消えた活アサリ

ここ1ヶ月ほど、どこのスーパーへ行っても活アサリが見当たりません。やっと見つけても冷凍アサリ。これまでもアサリは一年中いつでも必ず陳列棚に並んでいるという商品ではなかったですが、こんなに長い期間、見かけないのは初めてです。12月に入ってからの大阪の中央市場の日報を見てみると、北海道産や中国産のアサリの卸値の最高値と最安値が毎日載っていて、それらの数字も異常なほどの高値というほどでもないので、流通が止まっている訳でもなさそうなんですが、やはり、他の海産物同様、漁獲量が減っているのは確かなのでしょう。

思い起こせば確か2022年、中国産のアサリを国産として偽装して販売していたことが発覚した頃から、売っているアサリの粒が小さくなったり、スーパーの棚に見かけないことが多くなったような気がします。産地偽装は良くないことですが、問題は中国産を国産といつわって高値で売っていた悪徳業者だったのであって、庶民にとっては産地偽装であろうが何であろうが、健康被害をもたらす物質でも含んでいない限りは、中国産と表示して安くで売ってくれればそれで良かったのですし、実際、中国産を安くで買えてもいました。アサリはパエリャを作る際なんかにとても良い出汁が出るうえ、味噌汁に入れても酒蒸しにしても美味しくて、我が家では料理に欠かせない食材。中国産でも韓国産でも何でもいいから、ほんと、なんとかして欲しいです。

アサリ以外にも高くなり過ぎて手が出なくなったものにはオリーブオイルやココナッツミルク等があり、これらの品々の価格の急上昇は世界的な不作に原因があるようです。コーヒー豆やチョコレートの原料であるカカオ豆といった農作物も不作か在庫不足のようで、日本でも秋以降、トマトやキュウリ、タマネギといった食卓に欠かせない野菜も不作でものすごく高いです。でも、輸入産品に関しては、円高になれば値段を下げることができますし、国産の農産品や畜産物も生産にかかるエネルギーコストや輸入に頼っている肥料、飼料の価格が円高で下がれば、その分、安くで生産できます。なのに、何もしないマヌケ女が長の日本国政府。しかも、物価対策として打ち出したのは、相も変らぬトンチンカンな8兆円もの税金バラマキ。この糞みたいなバラマキがさらなる円安に向かわせることは間違いないでしょう(将来、財政破綻する国の通貨など誰も買いませんね。紙屑になるのですから)。

『洋楽の棚』傑作選「サウンド・オブ・サイレンス」

本日お届けする曲は第53回で紹介したサイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」です。この曲の歌詞も恐ろしく難解で、和訳するのに四苦八苦したことを思い出します(汗)。サウンド・オブ・サイレンスが映画「卒業」の挿入歌として使われたことは映画好きの方ならご存知のことかと思いますが、『洋楽の棚⑥』では第51回から59回まで映画音楽特集として映画にまつわる音楽を取り上げておりますので、映画ファンには是非とも読んでいただきたいです。

洋楽の棚⑥はこちら→ https://leon-no-hondana.com/?page_id=2098

【第53回】The Sound of Silence / Simon & Garfunkel (1965)

別にダスティン・ホフマンが好きだという訳ではないですけども、前回に続き今回も彼の出演した映画で使われた名曲を紹介しましょう。1967年公開の映画「The Graduate」の挿入歌、Simon & GarfunkelのThe Sound of Silence です(Graduate の意味は卒業生。なので「卒業」というこの映画に付けられた邦題は多くのそれと同じくヘンテコですね・汗)。この曲も映画の為に作詞作曲されたものではないのですが(1966年のビルボード社年間チャートで25位と映画で使われる前から既にヒットしていました)、Born to Be Wild やEverybody’s Talkin’ 同様、映画のストーリーというか、映画の主人公のキャラクターと曲の歌詞がシンクロしていると思ってしまうような曲なので、ネタバレとはなりますが、先にThe Graduateのあらすじをどうぞ。

名門大学を卒業したばかりで輝く未来が待ち受けているはずなのに、虚無感に囚われて何をしていいのか分からなくなっているダスティン・ホフマン演じる主人公ベンジャミン。その虚無感を振り払おうとするかのように父親の友人の妻であるロビンソン夫人(アン・バンクロフト)と情事を重ねる彼でしたが、ある日、ひょんなことから夫人の娘でベンジャミンの出身大学に通う女子大生エレーンとデートをすることになります(エレーン役はキャサリン・ロス←この作品での彼女はさすがに初々しくてかわいいです。そんな彼女も2年後、Butch Cassidy and the Sundance Kid に出演して大スターの仲間入りを果たしました)。自分が嫌われるように振る舞うベンジャミンでしたが、エレーンの純真さに魅かれて彼女とも付き合い始めてしまい(←そんなことありえますかね?←まあまあ、落ち着きましょう。映画ですから・笑)、そのことを知ったロビンソン夫人から、娘と別れないと情事のことを彼女にばらすと脅迫される羽目に陥って針のむしろ状態に(←自業自得です・笑)。悩み抜いたベンジャミンは夫人との情事を自らエレーンに告白するものの、当然、彼女は傷つき、ベンジャミンのもとを去るだけでなく大学も退学し、同じ大学の医学部卒の男と結婚することを決意するのですが、本当に愛しているのはエレーンであることに気付いたベンジャミンは、彼女の結婚式の当日、式場である教会に向かってエレーンの手を取り、二人で逃げるように教会を後にして、通りにやって来たバスに乗り込む(結婚式の最中に花嫁を花婿から奪うという伝説のシーンです←そんなことありえますかね←またかよ、とひとりつっこみ・笑)。というのが映画のあらすじでして、そんなちょっとクサいエンディングでバスの座席に腰掛けた二人の表情が喜びの笑みから不安のようなものに変わっていく様がスクリーンに映し出された時、この曲The Sound of Silence がバックで静かに流れ始め、観客に強い余韻を残します。

Hello darkness, my old friend
I’ve come to talk with you again
Because a vision softly creeping
Left its seeds while I was sleeping
And the vision that was planted in my brain
Still remains within the sound of silence

僕の古い友、暗闇よ、こんにちは
また君に会いにきちゃったよ
だって、幻影が優しく忍び寄ってきて
僕が眠っている間にその種をまいていったんだもの
だから、幻影が僕の頭の中に植え付けられて
残ったままなんだ、静寂の音の中にね

In restless dreams, I walked alone
Narrow streets of cobblestone
‘Neath the halo of a street lamp
I turned my collar to the cold and damp
When my eyes were stabbed by the flash of a neon light
That split the night, and touched the sound of silence

心休まらない夢の中で、僕はひとり歩いてた
丸石の敷かれた細い通りの上をね
街灯の光の輪の下で
じめじめとした寒さに僕は襟を立てたよ
そして、僕の目がネオンサインの煌きに突き刺された時
夜が裂かれ、静寂の音に触れたんだ

And in the naked light I saw
Ten thousand people, maybe more
People talking without speaking
People hearing without listening
People writing songs that voices never shared
And no one dared disturb the sound of silence

裸火の中に僕は見たんだ
一万人、いや、多分それ以上の人々が
話すことなく喋り
聴くことなく聞き
決して分かち合うことのない歌を書いていることを
誰もがあえて静寂の音を妨げようとしないんだ

“Fools,” said I, “You do not know
Silence like a cancer grows
Hear my words that I might teach you
Take my arms that I might reach you”
But my words, like silent raindrops, fell
And echoed in the wells of silence

だから「愚か者」って僕は言ったよ「君は分かってない
癌のように浸潤する静寂のことが
僕の言葉を聞いてくれ、君に教えられるかも知れない言葉を
僕の手を取ってくれ、君に届くかも知れない手を」ってね
だけどさ、僕の言葉は空から降ってきた無音の雨粒のようなもの
静寂の井戸の中でこだまするだけなんだ

And the people bowed and prayed
To the neon god they made
And the sign flashed out its warning
In the words that it was forming
And the sign said, “The words of the prophets are written on the subway walls and tenement halls
And whispered in the sound of silence”

ところが人々は頭を垂れて祈ったね
自分たちが創ったネオンサインの神にね
すると、サインが戒めの光を放ったのさ
でき始めてた言葉を使ってさ
サインは告げてたんだ「預言者の言葉は地下鉄の壁やぼろアパートの廊下に書かれてあるぞ
預言者の言葉は静寂の音の中で囁かれるものなんだ」って

The Sound of Silence Lyrics as written by Paul Simon
Lyrics © Sony/ATV Songs LLC

【解説】
物悲しげなアコースティックギターのイントロで始まり、その後に続くPaul Simon とArthur Garfunkelの優しく透明感のある歌声が印象的なこの曲、歌詞は6行5連(スタンザ)という本格的な詩の形式で書かれていて、そこに綴られているフレーズは詩的と言うよりもむしろ文学的ですね。「ということは、この曲の歌詞も難解なんですか?」と質問したくなった方、Bingo ですよ!この曲もまた、本コーナーでこれまで何度も紹介してきた「迷曲」のお仲間なんです(汗)。今回はいつものように歌詞を紐解いていく前に、この曲のタイトルの一部となっているsilence の意味を皆さんに先ず理解しておいていただきたいので、幾つかの辞書の中からsilence の定義を紹介しておきます。

  • a period without any sound; complete quiet
  • a state of refusing to talk about something or answer questions, or a state of not communicating
  • a state of not speaking or writing or making a noise

つまり、silence とは日本語に置き換えれば静寂(場合によっては沈黙)ということになりますね。これらのsilence の定義を頭に入れた上で、歌詞を見ていくことにしましょう。1節目、Hello darkness, my old friend というフレーズで始まるこの曲の歌詞。迷曲はやはりセオリーどおり最初からぶちかましてきますね(笑)。darkness っていったい何なのでしょう?ここで参考になるのが、このdarkness についてPaul Simon が21歳の時に語っている言葉です。

「The main thing about playing the guitar, though, was that I was able to sit by myself and play and dream. And I was always happy doing that. I used to go off in the bathroom, because the bathroom had tiles, so it was a slight echo chamber. I’d turn on the faucet so that water would run and I’d play. In the dark」

この事から考えると、この歌詞における古い友人であるdarkness というのは、人と言うよりも、外界を遮断して一人くつろげる場所のように僕は感じました。I’ve come to talk with you againですから、何度もその場所にやって来ている訳です。3行目はなぜそうするかの理由であり、a visionは夢で見た夢の内容であると理解。その見た夢に何か不穏なものを感じた主人公はdarknessに再び会いにやって来てしまったのでしょう。そして6行目に出てくるのが、この曲のタイトルであるのと同時に最大の謎でもあるthe sound of silence という言葉。前述のとおりsilence というのはa period without any sound ですから、音は存在しない世界です。となると、sound of silence は音のない世界にある音ということになって矛盾します。が、僕はこの矛盾の中にsound of silence の意味が存在していると理解しました。「矛盾」という言葉は異なる状況を論理的に描写した際に使いますが、それを心理的に描写した場合は「葛藤」という言葉に変わります。つまり、sound of silence は葛藤する自分の心であるというのが僕の結論であり、その心の葛藤から何が生まれているのかというと、それは「孤独」なのです。ここで言う孤独とは寂しさといったものではなく他人との距離感であり、だからこそwithin という言葉が使われているのではないでしょうか。

第2節も、ものすごく難解です。In restless dreams で始まっているからには、夢で見た内容を語っているのでしょう。細い石畳の通りの上を一人歩く主人公の前に街灯が現れ、その街灯の下にhalo が浮かび上がっているといった感じですかね。Halo というのは聞き慣れない単語ですが、これは後光のような光の輪のことで5節目のthe flash of a neon light につながっていくものだと僕は考えました(neon light は日本で言うところのネオンサインと同じ意味で使われていると考えた方が分かり易いです)。4行目のI turned my collar to the cold and damp を聞いて僕の頭に浮かんだのは、主人公が寝床で夢の中に出てきたhalo にうなされている様子で、そのhalo が突然、the flash of a neon light に変わってmy eyes were stabbed by the flash of a neon light that split the nigh(主人公に衝撃を与える)ことになったのではないかと推察します。なぜ衝撃を受けたのかというと、それを目にしたことで強烈な孤独を感じた(touched the sound of silence)からで、その衝撃を与えたthe flash of a neon light がいったい何であったのかが語られているのが第3節ですね。第3節1行目のthe naked light は、halo とthe flash of a neon light の延長線上にあるもの、つまり同じ根を持つ光であり、主人公が目にしたのは、多くの人々(Ten thousand people, maybe more は勿論、実際の数ではなくその比喩です)が、talking without speaking、hearing without listening、writing songs that voices never shared(話をしても誰も話を聞いてくれないし、そもそも分かり合えることもない)という光景であり、no one dared disturb the sound of silence(孤独があちこちで広がっているのに誰もそれを止めようともしない)ことに主人公は衝撃を受けたのです。第4節の最初に主人公がそんな人たちに向かってFoolsと嘆いているのはそれが理由です。第4節では、1行目You do not know から4行目のI might reach you までがひとつのフレーズであることに注意してください。You do not know silence like a cancer grows は、気付かぬうちにどんどんと広がる孤独ってもののことが君は分かっちゃいない。Hear my words that I might teach you とTake my arms that I might reach you は、それを分からせようとする主人公の努力ですね。ですが、結局、その努力が報われることはないようです。But my words, like silent raindrops, fell. And echoed in the wells of silence はそのことの描写でしょう。自分の声は誰の耳にも届かないってことの暗喩ですね。

そして最後の第5節。ここも滅茶苦茶難解です(汗)。1行目のthe people は、第3節に出てくるpeopleと同じ人たちのことなんでしょうが、なぜ彼らが跪いて祈ったのかの理由がまったく分かりません。しかも、the neon god に対してですよ。なんですか?ネオンの神って?(笑)。あくまでも僕の感覚でですが、ここまでの歌詞の中でneon light が何であるのかを考えてみた場合、それが意味しているのは主人公が夢の中で見た恐ろしい世界(現実)ということなのであろうというのが僕の結論で、the people bowed and prayed to the neon god they madeを何度も聴いているうちに僕の頭に浮かんできた情景は「人間が自ら作り出した恐ろしい現実の前で、人々が自分たちは間違っていましたと許しを請うている」みたいなものでした。4行目のIn the words that it was formingは、スイッチを入れたネオンサインに光が灯って徐々に言葉が浮かび上がってくるような様子でしょうか。そして、その現実は同時に彼らを戒めます。どう戒めたのかというと「The words of the prophets are written on the subway walls and tenement halls. And whispered in the sound of silence」とです(tenementなんて言葉を使う人は見たことないですが、これは昔、apartment と同じ意味で使われていた単語で、後にスラム街を意味するようにもなりました。hallはアメリカではcorridor と同じ意味で使われます)。僕はThe words of the prophet を神の啓示、即ち人が進むべき正しき道へのヒント(神の啓示=正しい道なんて僕はこれっぽっちも思っていませんので誤解なきようお願いします(笑)。あくまでも西洋人の目線で考えた場合のたとえですので)、the subway walls and tenement halls を身近な場所と考え、この戒めの言葉をこう理解しました。「人が進むべき道へのヒントは身近なところにある。孤独(自分)と向き合えば聞こえてくるだろう」と。

まあ、迷曲たるこの曲には当然、様々な解釈が存在してますので、僕の解釈も迷解釈のひとつとご理解ください。それでは最後に、1966年にテレビの生放送でこの曲を演奏する際、演奏に入る前に曲の紹介としてPaul Simon が聴衆に向かって語った言葉を紹介してこの回を締め括りたいと思います。

「One of the biggest hang-ups we have today is the inability of people to communicate, not only on an intellectual level, but on an emotional level as well. So you have people unable to touch other people, unable to love other people. This is a song about the inability to communicate. It’s called, “The Sound of Silence”・ 僕たちが今日抱えている大きな悩みの種のひとつは、人々のコミニケーション能力のなさです。知的な会話のレベルでだけでなく、感情表現のレベルででもそうですから、人々は他の人に触れることもできないし、他の人を愛することもできなくなってきてる。この歌はそんなコミニケーション能力のなさについてのもので、タイトルはThe Sound of Silenceと言います」

本ホームぺージ内の『洋楽の棚』では100曲以上の洋楽の名曲を紹介していますので、興味のある方は覗いてみてください!

旅の棚⑥をUPしました!

今回の『旅の棚⑥』では、魅力溢れるスペイン南部のアンダルシア地方を紹介させていただきます。ギラギラとした太陽、白壁の家屋が連なる街並み、底抜けに陽気な人々、オリーブ畑、フラメンコといった、日本人がスペインの名を聞いた時に頭に思い浮かぶイメージのすべてが揃っている地、それがアンダルシア。フランコ将軍がスペインで独裁政権を敷いていた時代にはこれといった産業が無く、広大な農地も少数の大地主に支配されていた為、多くの人々が故郷を離れて出稼ぎに出ないとならない貧しい地方でしたが、時代は変わり、近年ではスペイン国内の標準を上回る成長を続ける地域となっています。そんなアンダルシアに興味を持った方は、今すぐ『旅の棚⑥』か下記URLをクリック!

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我が家のクリスマス・ディナー

¡Feliz Navidad a todos! これはスペイン語で「皆さん、メリークリスマス!」の意味。Feliz Navidadのfelizがメリー(happy)、navidadがクリスマスです。ということで、今日は我が家(レオン食堂)のクリスマス・ディナーをご紹介(←どういうことだよ・笑)。物価高騰が家計を圧迫しているせいで去年くらいから我が家のクリスマスの恒例であった豪華食材投入ができなくなり、今年もスーパーで売っていた品だけで作りました。使った材料は、

・国産鶏の骨付きモモ肉2本(415円と433円)
・インドネシア産フラワーエビ小を6尾(12尾入り・299円)特売品
・メキシコ産アボガド1個(98円)普段は150円以上してますが、特売になってました。
・ほうれん草1束(98円)これも特売品。
・プチトマト(9個入り・168円)高い!普通のトマトも異常に高いです。
・卵2個(冷蔵庫内にあったものを利用)
・梨1個(夏の安い時に買ったもので、冷蔵庫に残っていたもの)
 
普通、水分の多いキュウリやモヤシは冷蔵庫に入れていてもすぐに腐ってきますが、梨は水分が多いのに冷蔵庫の中で保存していれば半年ぐらいは余裕で腐りません(笑)。なので、材料費は約1,500円。これに加えて糞消費税120円をむしり取られるので、合計1,620円(一人当たり約800円)。そして、この材料から作った今年のクリスマス・ディナーのメニューは以下の4品です。

① ローストチキン
酒としょうゆ、潰したニンニクをモモ肉と一緒にポリ袋に入れ、一晩漬け込んでおいたものをオーブンで焼きました。オーブンに放り込むだけなので手間いらずですが、皮目に白い部分が残ってぶよぶよしていてはおいしくないですし、かといって焼き過ぎると黒く焦げてしまいますので、皮をパリっと色良く仕上げるにはある程度のコツが必要です(そのコツは使用するオーブンによって異なってきますので、具体的なことは言えません・笑)。

② アボガドとエビのサラダ
サイコロ切りにしたアボガドと茹でた小エビを一口大にカットしたものをオーロラソースで和えました。オーロラソースはケチャップとマヨネーズを混ぜるだけでなく微量の酢、白だし少々、コンデンスミルク少々を加えるとぐっと美味しくなります。

③ ほうれん草のココット
ほうれん草を茹でた後、ニンニクと炒めて塩、胡椒で味付け。容器に詰めてココットにしました。ローストチキンを焼いた後、すぐに容器に卵を落としてオーブンに入れれば、余熱で卵を加熱できます。

④ 梨のミルクコンポート(デザート)
くし切りにした梨(早く熱が通るようにする為)を牛乳と大量の砂糖で15分ほど煮込み、冷蔵庫で冷やしたあと、食べる前にコンデンスミルクとシナモン粉をかけて完成(甘過ぎが嫌な人はコンデンスミルクは不要・笑)。

で、これが我が家のクリスマス・ディナーの実物!

皆さんには味見をしていただけませんが、いつもどおり、美味しくいただきました(自画自賛で申し訳アリマセン・汗)。ワインはスーパーで550円で売っているチリ産の「フロンテラ(カベルネ・ソーヴィニヨン)」。この値段なのに十分に美味しいです。文句のつけようがありません。逆にこのレベルのワインをこの値段で売ることができるというのが不思議なくらいです。

我が家の低予算料理の数々を本ホームぺージ内の『レオン食堂』にてご覧いただけますので、興味のある方は覗いてみてください!

レオン食堂① https://leon-no-hondana.com/?page_id=1294
レオン食堂② https://leon-no-hondana.com/?page_id=1322

パスポート

パスポートと言っても東京ディズニーランドの年間パスポートではなく、日本国のパスポートのお話です(笑)。10年前に取得していたパスポートの有効期限が切れてしまったので、新たに申請手続きをしたものを先週、受領してきました。18歳の時にパスポートを初めて取得して以来、6冊目のパスポート。今回受領したパスポートは最新型のもので、顔写真のページがICチップの入ったプラスチックの板になっていて(メインの顔写真はカラーで提出しても白黒で印刷)、署名欄の上にも小さな顔写真(傾けると誕生日が浮かび上がる特殊印刷)、その上の渡航先のぺージにも顔写真(カラー)が印刷されてありました。これなら偽造はもう不可能ですね(莫大な資金と労力を注ぎ込めば可能でしょうが、日本国の偽造パスポートの需要とリスクを考えればやっても割に合いません)。査証のぺージも昔と違って、全ページに葛飾北斎の「冨嶽三十六景」の浮世絵が印刷されてあって、欧米のパスポートではイラスト入りのページにすることが既に定番化してましたけど、日本国のパスポートもようやくといったところ。

前回のパスポート申請時もそうでしたが、現在のパスポートの所持者の署名はパスポートに印刷される為、申請時、先にその署名を申請用紙の署名欄にするのですが、その署名欄の枠がとても小さくて、しかもサインは枠内に収めないといけないので、僕のようなスペイン人風のぐちゃぐちゃの署名(スペイン人のサインを見たことがある人だけに分かる表現かと思いますけど・笑)を使っている者にとっては、署名を枠内に収めるというのは至難の業。今回もなかなかうまくサインができずに失敗を繰り返し、結局、申請用紙を30枚くらい使ってしまいました(汗)。申請用紙のあの署名の枠、もっと大きくして欲しいものです。因みに署名が印刷化される以前は、パスポートを受領する時にパスポートの署名欄に直接ボールペンでサインをするという一発勝負だったんですが、あれはあれでコワかったですけどね(笑)。

今回、10年間有効のパスポートの申請にかかった費用は16,300円(窓口申請の場合)。年収100万円で生活している僕にとっては結構な出費で、「高いなぁー」と思わずぼやいてしまいましたが、よく考えれば、僕が18歳の時(1984年)に取得した際にかかった費用は確か8,000円で(当時のパスポートは5年間有効のものしかありませんでした)、その頃の大阪府の最低賃金が450円。なので、パスポートを取得するには約18時間、働かないといけなかった訳ですが、現在、5年間有効のパスポート取得にかかる費用は11,300円で、最低賃金は1,177円。つまり、11,300円を捻出するには約10時間、働けば良いので、考え方によっては1984年当時よりかは現在の方が安くで取得できるとも言えます。しかし、何よりもショックだったのは、僕がパスポートを受領しに行ったその日に「来年の夏頃を目途にパスポートを10年間有効のものに統一し、取得費用も9,000円程度に値下げする」というニュースが流れていたこと。「おいおい、そんなこと、もっと早くにしてくれよぉー」って感じです(涙)。

『洋楽の棚』傑作選「ジャングルランド」

今日お届けするのは第30回で紹介したブルース・スプリングスティーンの「ジャングルランド」です。彼の曲の歌詞はストレートな表現のものが多くて比較的分かり易いですけども、この「ジャングルランド」だけは別。暗喩が多くて超難解なんです。しかも、歌詞が叙事詩の如く長いので(つまり、曲自体も長い)、僕の解説も滅茶苦茶長くなってしまった回でした。皆さんに最後まで読んでいただけると良いですが(笑)。

【第30回】Jungleland / Bruce Springsteen (1975)

早いものでこのコーナーも30回目に突入。今回は第30回記念として、僕のお気に入りのアーティストの一人であるBruce Springsteen(ブルース・スプリングスティーン)の曲を紹介することにしました。彼の数ある曲の中から僕が選んだのは、1975年にリリースされた彼の3枚目のアルバムBorn to Run に収録されているJungleland という曲です。この曲はアルバムのリリース後、音楽業界で高く評価されることになった曲なのですが、シングルカットされることはありませんでした。なぜなら、演奏時間が9分半というとても長い曲だからなのです。当時、シングル曲を販売する為に使われていたドーナッツ盤に音質を落とさず収録できるのは45回転で6分程度が限度とされていましたから、シングルカットされていないと言うよりも、シングルカットできなかったんですね(笑)。余談ですが、どうしてドーナッツ盤みたいな利用範囲の狭いレコードが生まれたのかと言うと、ジュークボックス(若い方はご存知ないかもですが、ジュークボックスは有料でレコードの音楽を聴くことができるアナログな機械で、小銭を投入して曲の選択ボタンを押したらその曲を収録したレコードが自動的にかかるようになっていました)で再生する為だけに設計製造されたからだそうです。ドーナッツ盤の中央の穴が大きいのは、機械のアームがレコードをつかみ易くする為だったんですね。そう言えば、昔はドーナッツ盤を聴く際、穴が大きいのでレコード・プレーヤーにプラスチックのアダプターみたいなのをセットして再生していたことを思い出します。「あぁー、そうだった、そうだった。懐かしーい」なんて思うのは年配の人間だけですが(笑)。このJungleland という曲、長いだけでなく、その歌詞が難解であることでも名を馳せていまして、今回の解説は、記念回に相応しい大作となりそうな気配です…(汗)。

The Rangers had a homecoming
In Harlem late last night
And the Magic Rat drove his sleek machine
Over the Jersey state line
Barefoot girl sitting on the hood of a Dodge
Drinking warm beer in the soft summer rain
The Rat pulls into town, rolls up his pants
Together they take a stab at romance
And disappear down Flamingo Lane

レンジャースが顔を出したんだぜ
昨日の夜遅く、ハーレムであった会合にね
マジック・ラットが奴の愛車を飛ばしたのは翌朝のことさ
州境を超えてニュージャージーへ向かったんだ
裸足の彼女はダッジのボンネットの上に腰掛けてたよ
そぼ降る夏の雨の中、生温かいビールを飲みながらね
川向こうの街に入ったラットは、ズボンの裾をまくり上げ
女とのロマンスにしけこんだね
そして、フラミンゴ通りの彼方に消えようとしたのさ

Well, the maximum lawman run down Flamingo
Chasing the Rat and the barefoot girl
And the kids ‘round here look just like shadows
Always quiet, holding hands
From the churches to the jails
Tonight all is silence in the world
As we take our stand
Down in Jungleland

ところがその時、ポリ公の車がフラミンゴ通りを駆け始めたんだよな
ラットと裸足のガールフレンドが乗った車を追いかけてね
なのに、この辺りのガキどもはみんな影みたいで
いつも静かに手を取り合ってる
教会からムショに至るまで
今夜、この世界のすべてが静寂に包まれるよ
俺たちが事を構えるからにはね
このジャングルランドで

Well, the midnight gangs assembled
And picked a rendezvous for the night
They’ll meet ‘neath that giant Exxon sign
That brings this fair city light
Man, there’s an opera out on the turnpike
There’s a ballet being fought out in the alley
Until the local cops’ cherry top
Rips this holy night

真夜中のギャング仲間たちが集まり
今夜の待ち合わせ場所を決めたんだってよ
連中、あのでかいエクソンの看板の下に集合するってさ
この巨大な街を照らす看板のね
ハイウェイの出口ではオペラが催され
裏通りでは力任せのバレエの公演さ
地元のポリ公のパトカーの赤色灯が
聖なる夜を切り裂くまではね

The street’s alive as secret debts are paid
Contact’s made, they vanished unseen
Kids flash guitars just like switch-blades
Hustling for the record machine
The hungry and the hunted
Explode into rock’n’roll bands
That faced off against each other out in the street
Down in Jungleland

こっそりと金をやり取りすることで通りは活気づき
顔を突き合わせては、皆その姿を消していくけど
飛び出しナイフみたいに通りに出てギターを鳴らすガキどもだっているんだ
夢を追ってがむしゃらにね
飢えた者たちと追われる者たちが
ロックンロールのバンドに大変身するのさ
互いがいがみ合うこの街の通りでだよ
このジャングルランドの

In the parking lot the visionaries dress in the latest rage
Inside the backstreet girls are dancing to the records that the DJ plays
Lonely-hearted lovers struggle in dark corners
Desperate as the night moves on
Just one look and a whisper, and they’re gone

駐車場では目敏い連中が流行りの服に身を包み
裏通りでは女どもがDJのかけるレコードの音に合わせて踊り
孤独な恋人たちは暗闇の中の片隅でもがいてる
夜が更けるごとに絶望し
一目見て囁き、そして消えて行く

Beneath the city, two hearts beat
Soul engines running through a night so tender
In a bedroom locked in whispers
Of soft refusal and then surrender
In the tunnels uptown, the Rat’s own dream guns him down
As shots echo down them hallways in the night
No one watches when the ambulance pulls away
Or as the girl shuts out the bedroom light

そんな街で二人の鼓動は高鳴り
魂の鼓動も優しく夜を駆け抜ける
ベッドルームで女は囁き
じらしはしたけど、無駄な抵抗だった
アップタウンの地下道でラットの夢が撃ち砕かれたのはそのあとのこと
真夜中の通路に銃声がこだましたんだ
奴が救急車で運ばれて行く姿も
女がベッドルームの灯りを消すのも見た者はいないけどさ

Outside the street’s on fire in a real death waltz
Between what’s flesh and what’s fantasy
And the poets down here don’t write nothing at all
They just stand back and let it all be
And in the quick of the night
They reach for their moment and try to make an honest stand
But they wind up wounded, not even dead
Tonight in Jungleland

外では街の通りが燃え上がってる、死のワルツという炎でね
何が現実で何が幻想かってことの間で揺れ動いてる炎さ
でも、ここの詩人たちはまったく何も書こうとはしない
ただ後ずさりして、成り行きに身を任せるだけなんだ
やがて、夜の痛みの中で各々が
目の前の現実に手を伸ばし、何かをしなきゃって口にはするんだけど
それだけじゃあ、傷つきはしても、死にやしない
それが今宵のジャングルランドなのさ

Jungleland Lyrics as written by Bruce Springsteen
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
Jungleland の歌詞、如何でしたか?長いですよね、長過ぎです(汗)。でもこの曲、最初から最後まで聴く者を飽きさせることなく聴かせ続けるというとんでもないことをやってのける名曲なんですよ。「嘘だぁー、10分も続く曲なんて、ダレるだけでしょ」なんて風に思う方は、騙されたと思って是非とも一度聴いてみてくださいね。この曲の歌詞の英語、複雑な構文や難しい単語はほとんど使われてはいませんが、冒頭でも触れたとおり、歌詞の内容を理解しようとすると非常にやっかいな相手となります。暗喩が多く、ネイティブ話者であっても滅茶苦茶な解釈をしてる人が数多くいるくらいに難解ですので、そんなおかしな解釈にならぬよう、気合を入れて歌詞を見ていくことにしましょう。

先ず1節目ですが、のっけからぶちかましてきます。「はぁ?The Rangers!?」それっていったい何のことなんでしょう。ネイティブ話者もそれが何なのかと悩むようで、ベトナムの戦場から戻った帰還兵だとか、ホッケーチームの名前だとか、法執行機関の比喩だとか様々な意見が飛び交っていますが、僕の中ではThe Rangers はギャングのグループ名であるという結論以外ありませんでした。なぜその結論に至ったのかを分かっていただく為には、当時のニューヨークのギャング事情を知っておいてもらう必要があります。1970年代のニューヨークというのは、小規模な不良集団が割拠するストリート・ギャングの全盛期とも呼べる時代で、マンハッタンだけでも300に近いグループが活動し、縄張り争いを繰り広げていたと言われています。縄張り争いと言っても、マフィアや日本の暴力団のように自らの金銭的利益を得る為の領域争いではなく、自らが支配する領域ではよそ者に勝手なことはさせないというプライドのようなものから出てくる縄張り争いであって、彼らにとって最も価値を持つのは富ではなく、自らの縄張りを守り、そして同時に、縄張りを広げることで自らの力を誇示するということだったのです。実際、ギャングたちが金銭を重視していなかったのは事実で、麻薬の取引で手っ取り早く稼ぐといった者もほとんどいないばかりか、逆にギャングたちにとって麻薬は嫌悪の対象ですらありました。しかし、その半面、力による縄張り争いは熾烈を極めるもので、ギャングが多く暮らすハーレムやブロンクスでは抗争による殺人事件は日常茶飯事(年間1000件のペースで殺人事件が発生していたようで、超危険地帯であったハーレムやブロンクスに住人以外の者が近づくことはありませんでした)であった為、無用な殺し合いを防ぐ為の平和協定を結ぶべくギャングたちの代表がしばしば集って会合を開いていたくらいでした。僕の中でピンときたはこの会合でして、The Rangers had a homecoming のhomecoming は、そういった会合のことではないのかと思ったのです(アメリカ英語では、年に一度の同窓会や学園祭といった人が集まる意味で使われることがあります)。このフレーズの響きからは、どうしてもThe Rangers が街へ戻ってきたというイメージを抱いてしまいがちですが、The Rangers のリーダーがハーレムで夜遅く行われた平和協定を結ぶ為の会合に顔を出したと受け止めれば、この後に出てくるthe Magic Rat こそがThe Rangers のリーダーということになり、話の辻褄がすべて合います。以上のようなことを総合してみた結果、The Rangers がギャングのグループ名であるという結論に至りました。

3行目のsleek machine という言葉から目に浮かぶのは、ギャングが好みそうな車、ピカピカのアルミホイールを装着したマスタングみたいな中古のマッスルカーで、恐らくMagic Rat(以下、ラットと記します)は、当時のマンハッタンではまだ多数派であったプエルトリコ系のギャングでしょう。そんな車に乗ったラットはハドソン川の向こう側のニュージャージーへと向かって走っている訳ですが、その理由が語られているのが、5行目以降の歌詞です。ラットの目的地はハドソン川を超えた対岸のニュージャージー州のどこかにある美しいビーチ、そこでデートの待ち合わせをしていると思われます。車のボンネットに腰掛けてビールを飲みながらビーチで待っているのはラットの彼女Barefoot girl(ビーチでは普通、裸足になりますね・笑)。車はDodge としか書かれていませんので車種は分かりませんが、ギャングのリーダーの彼女となるような女性ですから、ラットと同じようにDodge のチャージャーみたいなマッスルカーに乗っているのかもしれません。The Rat pulls into town, rolls up his pantsからは、ビーチに着いたラットが車を止めた後、ズボンの裾を捲り上げ、彼女のところまでビーチの砂の上を裸足で駆けて行く光景が目に浮かびます。9行目のFlamingo Laneは架空の通りの名前で、ニュージャージー州アズベリーパーク(ブルース・スプリングスティーンがデビュー前、音楽活動をしていた街です)にかつて存在したFlamingo Motelという宿泊施設が通りのモデルではないかとも言われています。ニュージャージー州にFlamingo Laneという名の通りが存在するのか調べてみましたが、どこにも見当たりませんでしたので、架空の通りであることは間違いなさそうです(ニューヨーク州には同名の通りがありましたが、とても短い通りで、ビーチの傍にある訳でもないので該当しませんね)。

第2節1行目のlawman とは、法執行者のこと、つまりは警察の人間です。わざわざmaximum を付けているのは、lawman を単なる法執行者としてではなく、権力の象徴として強調しているのかもしれません。3行目のAnd the kids ‘round here look just like shadows, Always quiet, holding hands は、なぜにここでkidsが唐突に出てくるのか良く分かりませんが、パトカーに追われるラットを目にしてもおとなしくしているだけ(権威、権力に無抵抗な)の若者たちの無気力を嘆いていると僕は理解しました。そのことが5行目以降の歌詞につながっていて、最後の4行を聴くと、俺たちはそうじゃないと言っているようにも思えます。なぜなら、その夜、彼らはJungleland でwe take our stand する気だからです。take one’s stand は持ち場につくといった意味で用いられますが、僕は敵対するギャングたちに対する宣戦布告であると考えました。恐らく、前夜の平和協定の会合の場で話し合いが決裂したのでしょう。From the churches to the jails, Tonight all is silence in the world と言っているように、おまえたちがそういう態度を取るのなら、力で黙らせてやるという訳です。

さて、ここでようやくJungleland という言葉が出てきました。いったい、このJungleland ってのは何のことなのでしょう?ここまでの歌詞を聴いただけでは、Jungleland が何なのかはまだ漠然としたイメージしか湧いてきませんが、曲を最後まで聴いて至った結論は、社会の底辺で生きる者たちの多くが、特に若者たちが、その底辺から抜け出せないでいる大都市(歌詞にニューヨークの名は出てきませんが、この曲の舞台がニューヨーク市であることは明白です)の現実を、右も左も分からぬままに出口を探してさ迷い歩くものの、決して出口にはたどりつけないという深い密林に覆われたジャングルに重ね合わせているのだろうということでした。この曲の中でのJungleland は、そういった現実が放置されたままでいる世界(社会)を表す代替語と考えて良いのではないかと思います。因みにブルース・スプリングスティーン本人は、アズベリーパークにあった「Palace」という遊園地(貧しい人々が束の間の息抜きをできる場所だったようです)がいつの間にか、ティーンエイジャーが喧嘩をしたり暴力を振るう場所に変わってしまっている姿を目にしたことにインスパイアーされてJungleland の歌詞を書いたと雑誌のインタビューに対して語っています。そのことから考えると、Jungleland の歌詞の原点は、かつての楽園が今や荒野という状況に陥っていたPalace にアメリカン・ドリームの崩壊を重ね合わせたことにあるとも言えそうです。

第3節で描写されているのは、宣戦布告したラットたちが敵対するギャングのもとへと向かう様子でしょう。3行目のthat giant Exxon sign は、これもまたアズベリーパークに関係していて、当時のアズベリーパークの街には住民の誰もが知る巨大な「Exxon(ガソリンスタンドの大手です)」の看板があったそうで、一言告げるだけで誰にでも分かる場所は集合場所としては最適ですよね。4行目のfair city はfair sized cityのことであり、3行目のgiant と対になっていると理解しましたが、もちろんここのfair は反語であって、街に対する皮肉が込められているのだと思います(不公平unfair な街ということです)。5行目のMan, there’s an opera out on the turnpike とそれに続くThere’s a ballet being fought out in the alley は、詩的な表現で超難解。turnpike は高速道路の料金所のことですが、ニュージャージにはNew Jersey Turnpike という名称の有料道路がありますので、ここのturnpike はその道路を指しているのだと思います。there’s an opera out on the turnpike を聴いて僕の目に浮かんだのは、派手な車に乗って高速道路から続々と下りてきて終結するギャングたちの様子(それをオペラと比喩しているのでしょう)、a ballet being fought out in the alleyは、裏通りで繰り広げられる血の応酬(それをバレエと比喩)でした。7行目のcherry top は日本でも今は見かけませんが、昔のパトカーのルーフに取り付けられていた単灯式の赤色灯のことで(アメリカのパトカーもかつてはそうでした)、その夜、警察が介入、もしくは追ってくるまでは、血で血を洗う暴力が続くのだということです。

続く4節目も相当に難解ですが、ここで描かれているのは抗争が開始される前の街の様子だと推測しました。The street’s alive as secret debts are paid とContact’s made, they vanished unseenは、通りで公然と行われている麻薬の売買をギャングたちが苦々しく思っている様子なのでしょう。前述したように、この当時のギャングたちにとって麻薬は嫌悪の対象でしたが、この頃より麻薬の売買で手っ取り早く金を得ようとする若者たちが急増するようになっていました。ですが、その一方ではKids flash guitars just like switch-blades, Hustling for the record machine のように、音楽の世界(音楽だけとは限りませんが)で成功することで社会の底辺から脱出しようとする若者たちもいるということが示されています。言い換えれば、それくらいしか抜け出す手段がなかったのでしょう。the record machine は、レコードプレーヤーといった機械類のことではなく、機械のようになってしまった音楽業界(金儲けの為だけに大量生産を繰り返している)のことを指しているものと理解しました。Explode into rock’n’roll bands that faced off against each other out in the street は「互いが殺し合うこんな糞みたいな街であっても、音楽で身を立てようとするような若者はいるんだぜ」ってな感じでしょうか。

第5節から僕が受けたインプレッションは、戦いが始まる前の束の間の静けさです。1行目から3行目で語られているのはごく普通の若者たちの姿であり、この節の趣旨は、ギャングたちもかつては普通の若者だったが、時が流れるごとに絶望だけが残り(なぜなら、社会の底辺から抜けだせないから)今はこうなって(ギャングになって)しまったということではないかと考えました。そして、この後、その夜の静けさの中で、今や伝説となったClarence Clemons のテナー・サックスの哀愁を帯びた音色が2分以上に渡って鳴り響きます。何千回聴いても、今聴いても尚、体が震えてくる魂の叫びです。6節目は、街で彼女(例のBarefoot girl なのか、別の愛人なのかは分かりませんが)と落ち合ったラットが、二人で彼女の部屋かホテルの部屋にしけこんでいる様子であろうと推察しました。ラットは既に、女と愛し合うのもこれが最後になるかもしれないという運命を覚悟していたのかもしれません。Whispers of soft refusal「だめぇ、だめぇ、今夜はそんな気になれないの」の類でしょう。ですが女は結局、surrenderします。そして、女とことを終えたラットは戦いの舞台へと向かいますが、彼を待ち受けていたのは地下道に響く銃声でした。the tunnels uptown は、最初はニューヨークとニュージャージーを結ぶLincoln Tunnelのことだと考えましたが、Lincoln Tunnel があるのはMid Town ですし、tunnels と複数形になっていることから、ここに記されているthe tunnels はsubway(pedestrian tunnel とも呼ばれます)の類であろうというのが僕の結論です。そう考えると、敵対ギャングに追われて地下道に逃げ込んだラットが、背後から銃撃を受けているような光景が目に浮かんできますね。No one watches when the ambulance pulls away, Or as the girl shuts out the bedroom light は、ラットが誰に気付かれることもなく(彼女さえ)ひっそりと(憐れに)死んでいった、つまり、一人のギャングの死など誰も気にとめもしないということの比喩なのでしょう。

最後の節でも尚、難解な歌詞が続きます。Outside the street’s on fire in a real death waltz between what’s flesh and what’s fantasy という詩的なフレーズからは、ラットたちが仕掛けた抗争で街が大混乱に陥っている様子が窺えます。そこらじゅうの通りに死体が転がっていて「これって現実?映画の世界じゃないの?」っていう感じでしょうか。And the poets down here don’t write nothing at all, They just stand back and let it all be は、そんな状況にも拘らず、街の人々(特に若者たち)は何の行動も起こそうとしないし、現実に目を背けるだけだということなのだと思います。And in the quick of the night, They reach for their moment and try to make an honest stand, But they wind up wounded, not even deaは、この曲を聴くものに突き付けられる最後の難問で、やがて事の重大さに気付き始めた若者たちが、何かを変える必要があるんじゃないかと自問をするものの、結局はうわべだけで終わる(not even dead何かを変えようとする為の死ぬ気の覚悟がない)ということではないかと僕は考えました。それがJungleland の現実なのです。

ふぅー、やはり予想どおりの長い解説になってしまいましたね(汗)。最後までお付き合い頂きまして誠にありがとうございました。このJungleland という曲が、社会の底辺に生まれ、暮らし、そして、そこから抜け出せないでいる行き場のない若者たちを主人公にした一種の叙事詩であることを分かってもらえたとしたら、解説を書いた甲斐もあったというものです。この曲がリリースされたのは1975年、良く考えれば、それから50年近くもの年月が過ぎ去っています。一般市民が近づくことなどあり得なかったハーレムでさえ、今や再開発が進んで富裕層が暮らすようになっているように、時代はすっかり変わってしまいました。ですが、アメリカ人の若者も含め、今の若い人たちがこの曲を聴いても、随分と昔に僕らの世代がこの曲を初めて聴いた時と同じ気持ちで受け止めることができるのではないかと僕は思っています。なぜなら、中高生といった若い人たちの自殺という悲しいニュースを聞かない年は無いという事実が存在するように、行き場を失い絶望する若者たちの姿は、残念ながら今も尚この世から消えてはいないからです。

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小説「太陽になろうとした男」を小説の棚②にUPしました!

原稿用紙30枚以内という規定で募集している純文学と呼ばれる系統の文学賞があったので「30枚で文学なんてものが書けるのですか?」と挑戦してみた作品です(結局、30枚以内に収まりませんでしたが・笑)。短編ですが「これが河内レオンの考える文学だ」という作品に仕上がっていますので、興味のある方はどうぞ。出だしはミステリー小説風ですけど、本作は娯楽系の小説ではありません(バイオレントな描写も含まれていますので、予めご承知おきください)。

【あらすじ】
とうに陽は沈んだというのに失せることのないねっとりとした熱気が宙に漂い、誰もがその不快さに苛まれていたその夜、地区の消防司令センターには送電線の鉄塔の上で火の手が上がっているとの通報が相次いでいた。不思議なことにどの通報の声にもさしたる緊迫感が無かったのは、高さ四十八メートルの鉄塔の上部で仄かな炎が揺らめいているだけのものだったからで、その炎の正体は自殺を図った男が自ら放ったものであった。現場検証と遺体の検死解剖を行ったを警察は、男が鉄塔の上で焼身自殺を図ったと断定したものの、遺体に関してはそれが中年の男性ということ以外は身元さえ判明せず、鉄塔の上という不可解な場所を選んだ理由や自殺の動機もまったくもって不明のままだったが、鉄塔上での焼身自殺事件から三日後、鉄塔にほど近い住宅街に建つ築五十年の古い木造アパートで異臭騒ぎが発生したことで事件は意外な展開を見せる。部屋の住人が自殺でも図って死んでいるのではないかと心配したアパートの大家が部屋の中に入るのを躊躇して警察に通報、駆け付けた警察官が室内に足を踏み入れてみると、そこにあったのは撲殺された血塗れの別人の男性の遺体で、しかも、その部屋で暮らしていた住人こそが、鉄塔の上で焼け死んだ身元不明の男だったのだ。果たして、男はなぜ鉄塔の上で死ぬことになったのか…。

この小説に興味を持った方は、本ホームぺージの『小説の棚②』か下記URLを今すぐクリック!

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フェンタニルは大量破壊兵器なのか?

またまた悪の帝国アメリカから笑えるニュースが飛び込んできました!あのトンマが今度はフェンタニルを大量破壊兵器に指定する大統領令に署名したそうです(笑)。トンマは「フェンタニルのせいで毎年20万から30万人のアメリカ国民が命を落としているからだ」と主張していますが、これもトンマお得意のいつもの嘘の垂れ流し。アメリカにおける麻薬の乱用による死者数は2024年で約8万人(推定値)、しかもこの8万人というのはフェンタニルだけでなくヘロイン、コカインといった他の麻薬の乱用によって引き起こされた死者数をも含めたものです。トンマの論法で行けば、アメリカの2024年の交通事故の死者数は年間約4万人でしたから、当然、自動車も大量破壊兵器に指定されないとおかしいですね(笑)。

そもそも「フェンタニルって何なんですか?」って話ですけど、フェンタニルというのは合成麻薬の一種で、アメリカの医療現場で1990年代から鎮痛剤として合法的に処方されていたオピオイド(アヘンを成分とするモルヒネ系統の合成麻薬で、アメリカのパデュー・ファーマという製薬会社がその中毒性を知りつつ商品名「オキシコンチン」で製造、販売)が大量の乱用者を生み出した末に使用禁止となった為、それに代わる麻薬として主にメキシコで密造されアメリカに流入するようになったもの。フェンタニル問題の責任は元をたどればオキシコンチンを放置していたアメリカ政府にあるのであって、身から出た錆なのです。

では、なぜにトンマは唐突に「フェンタニルは大量破壊兵器だ」なんてことを言い出したのでしょう?先日にこのブログで紹介したベネズエラのマドゥロ大統領の「トンマは大量破壊兵器や核兵器といったものをベネズエラが製造していると湾岸戦争時のイラクに対して行ったようなでっち上げをできないから、麻薬の密輸という荒唐無稽な理由を新たに捏造して戦争を仕掛けようとしている」という言葉を思い出してみてください。トンマの魂胆は見え見えですね(笑)。フェンタニルを大量破壊兵器に指定して、ベネズエラ攻撃の理由を整えたという訳です(実際、イラク攻撃の理由となった「サダム・フセインが大量破壊兵器を製造、貯蔵している」という情報はアメリカのでっちあげでしたし、フェンタニルの主な密造国はベネズエラではなくメキシコなんです)。

トンマが最近になって急にベネズエラへの地上攻撃をちらつかせたり、ウクライナやガザの和平交渉に再び口を挟むようになったのは、次々に新事実が暴露されている自らが絡む「エプスタイン問題」から国民の目を逸らしたいから(エプスタインは未成年少女への虐待や性的人身売買で起訴され、拘留中に謎の死を遂げた大富豪でトンマの長年の大親友。トンマ自身も性的人身売買に関わっていたのではないかという疑惑があります)。戦争を仕掛けて国民の目をそちらに向けるという手は、歴史的に独裁者や独裁政権が用いてきた常套手段なんです。そんな見え透いた手にひっかかる奴がいるのかと疑問に思う方も多いかと思いますが、トンマがつき続けてきた嘘をいまだに信じている国民が多数いるアメリカのような国では、残念ながら通用してしまうんですね(汗)。

左の写真は仲睦ましいトンマとエプスタイン(撮影年は1997年)。右はトンマがエプスタインに贈った誕生日カード(笑)。これらのものもトンマにかかればフェイクの一言で終わりです。

茶番劇は永遠に

カスゴミが伝えるところによると『日本維新の会の吉村洋文代表は15日、議員定数削減法案が今国会で成立が困難な情勢となっていることについて「スピード感がなさすぎて残念。審議すらされていない」「茶番劇。結論を出さない、そんな国会、まっぴらごめんです」などと怒りをあらわにしました』だそうです。まぬけ女が総裁のカスみたいな政党と野合するという茶番劇を自ら演じておきながら、この発言。日本の政治において茶番劇はお約束の定番ですが、ほんと笑えます。以前にもこのブログに記しましたが「日本維新の会」という茶番政党が消滅するのは時間の問題というか、これにて確定です(笑)。

この吉村という御仁は、5日前に維新所属の衆院議員Oが政治資金からキャバクラやラウンジに9万円強を支出していた問題が発覚した際にも「政治資金で行くべきではない。自分のお金で行くのが当たり前。政治資金を使うのは普通に考えておかしい。常識の範囲内だ。ルールはないかもしれないが、普通に考えたら違うだろうと思うし、本人は分かっていると思う」と、他人事みたいに発言していましたが
「そんなあたりまえのことはおまえが言わなくても誰もが分かっていること。それよりも、すぐにOに何らかの処分を下すか辞めさせろ。おまえが長だろ!」という話ですよね(怒)。この御仁は、同じく維新のF共同代表が、自身の秘書が代表を務める会社に公金を支出していたことが発覚した際にも何の処分も下さずなのに、よくも「政治とカネ問題」とか「身を切る改革」とか恥ずかしげもなく口にできるものだと思います。まあ、それも茶番劇の一部なんですが(笑)。

兵庫県知事のSといい、ラブホテルで打ち合わせをする元前橋市長のOといい、卒業証書偽造疑惑の元伊東市長のTといい、日本国は茶番劇を演じることができる節操のない役者を揃えることには困らないようです(笑)。そろそろ、茶番劇の優秀な役者を表彰するアカ(恥)デミー賞とかを作ってみるのも良いかもですね。

『洋楽の棚』傑作選「天国への階段」

今週お届けする『洋楽の棚』傑作選は、第50回で紹介したレッド・ツェッぺリンの名曲「天国への階段」です。この曲の歌詞は難解であるとして有名なことや『洋楽の棚』が50回を迎えた記念回だったということもあって、解説部分だけで原稿用紙20枚以上という短編小説も顔負けの長さになってしまっていますが(汗)、どうか最後まで読んでやってください(笑)。

【第50回】Stairway to Heaven / Led Zeppelin (1971)

Woo-hoo! I made it!!(本当はHip hip hooray!と何人かで集まってやりたいところですが、一人孤独にこのコーナーを書いてますので自己満足の証としてI made it にしときます・涙)。ということで、洋楽紹介も早いものでついに50回目を迎えました!(パチパチパチーと一人で虚しく拍手)。このコーナーで紹介している曲は僕の青春と共にあった古い曲ばかりですけど、皆さん、楽しんでいただけてるでしょうか?このコーナーにいったいどれくらいの読者がいるのかは僕には分かりませんが(恐らく数人でしょう・汗)僕の解説を読んで一人でも洋楽ファンが増えたのであれば本望です。

さて、第50回という節目となりました今回、何の曲を選ぼうかといろいろ迷った結果、僕にとってはすごくお気に入りの曲という訳ではないのですが、レッド・ツェッペリンの名曲Stairway to Heaven(日本でのタイトルは「天国への階段」)を紹介することにしました。なぜかと言うと、この曲が紹介される時にはお約束のように「歌詞が難解だ」という解説が付け加えられているので、果たしてそれが事実なのかどうかを初心に戻って確かめてみようと思ったのです(←できるんだろうか…。汗)。レッド・ツェッペリンはRobert Plant、Jimmy Page、John Paul Jones、John Bonham という4人の英国人ミュージシャン(全員イングランド出身)が集まって1968年にロンドンで結成した伝説のロックバンドで、Jimmy Page のギター演奏を中心にしたスピードとパワーを感じさせるダイナミックな音作りは後に多くのアーティストに影響を与え、ハードロック、ヘビーメタルの祖とも位置づけられています。ですが、同時に傍若無人なミュージシャンの祖でもあり(麻薬乱用のせいなのか、商業的に成功して天狗になってたのか、良くは分かりませんが)、1971年の来日時には宿泊していたホテルの備品を土産物屋で買った日本刀(土産物屋で売ってるような代物なので、恐らくは真剣ではなく模造刀でしょう)で次々に切りつけて破壊するという蛮行に及び、ホテル側は多大なる迷惑と損害を被りました(彼らの乱痴気ぶりについては、本コーナーの第3回Hotel California の解説欄も参考ください)。このバンドに関する情報は巷に溢れてますので、レッド・ツェッペリン自体に関する歴史やエピソードはそれらに譲ることにして、先ずは難解とされる問題の歌詞を一読ください。

There’s a lady who’s sure all that glitters is gold
And she’s buying a stairway to Heaven
When she gets there she knows if the stores are all closed
With a word she can get what she came for
Ooh-ooh, ooh-ooh, and she’s buying a stairway to Heaven

きらめくすべての物は黄金だと信じてる女性が一人いてさ
天国への階段を買おうとしてる
彼女は分かってるんだよね、そこへ行けば、お店が全部閉まってたって
彼女がひと言発すれば、目的のものが手に入ることを
あぁー、それだから、彼女は天国への階段を買おうとしてるんだ

There’s a sign on the wall, but she wants to be sure
‘Cause you know sometimes words have two meanings
In a tree by the brook, there’s a songbird who sings
Sometimes all of our thoughts are misgiven

壁には道しるべがあったんだけど、彼女は疑ってかかったね
だって、言葉ってのは時に違う意味で使われることがあるじゃない
小川の傍の木ではさ、小鳥がメロディーをさえずってる
人の思いってのは、時に疑いを引き起こすものだって

Ooh, it makes me wonder
Ooh, makes me wonder

あー、なんだか気になる
ほんと、気になる

There’s a feeling I get when I look to the West
And my spirit is crying for leaving
In my thoughts I have seen rings of smoke through the trees
And the voices of those who stand looking

西の方を見る時、感じることがあるんだ
ここから離れたいって魂が叫ぶんだよね
僕にはこんな気がしたんだ、樹々の間に煙の輪が見えてさ
目を逸らさず見つめている人たちの声がしたって気がね

Ooh, it makes me wonder
Ooh, really makes me wonder

あー、なんだか気になる
ほんと、気になる

And it’s whispered that soon if we all call the tune
Then the piper will lead us to reason
And a new day will dawn for those who stand long
And the forests will echo with laughter

噂じゃさ、僕たちが思いどおりに物事を決めれば
笛吹き男が正しい道へ導いてくれるって話だよね
長いこと耐えてきた人たちの為に新しい日の朝がやって来てさ
森の中で笑い声がこだまするんだ

If there’s a bustle in your hedgerow, don’t be alarmed now
It’s just a spring clean for the May queen
Yes, there are two paths you can go by, but in the long run
There’s still time to change the road you’re on

生垣が騒がしくたって、心配しないでよ
5月の女王の為に春の大掃除をしてるだけだから
そう、君には二つの道がある、結局のところ
今君がいる道を変える時間はまだあるのさ

And it makes me wonder
Oh, woah

気になるんだよね
なんだか

Your head is humming and it won’t go, in case you don’t know
The piper’s calling you to join him
Dear lady, can you hear the wind blow?
And did you know
Your stairway lies on the whispering wind? Oh

頭の中でブンブンと鳴る音は消えないよ、知ってるだろうけど
笛吹き男がいっしょにやろうぜって君のことを呼んでるんだもの
親愛なるお嬢さん、君にはあの風が吹く音が聞こえるかい?
知ってたかい?
君の求めてる天国への階段はその風のささやきから延びてるってことを

And as we wind on down the road
Our shadows taller than our soul
There walks a lady we all know
Who shines white light and wants to show
How everything still turns to gold
And if you listen very hard
The tune will come to you at last
When all are one, and one is all, yeah
To be a rock and not to roll

あちこち寄り道しているうちに
陰の背丈は魂より大きくなり
皆が知ってるあの女性がそこを歩いてて
白い光で照らしながらどうやるかを示したがるんだ
あらゆるものをさらに黄金色に変える方法を
でも、耳を澄ませば
最後にはあの曲が流れてくるだろうさ
みんながひとつに、ひとりがみんなになった時にね
分裂するのではなくひとつにまとまるために

And she’s buying a stairway to Heaven

なのに、彼女は天国への階段を買おうとしてるんだ

Stairway to Heaven Lyrics as written by Robert Plant, Jimmy Page
Lyrics © Warner Chappell Music, Inc.

【解説】
さてさて、Stairway to Heaven の歌詞、皆さんはどう受け止められましたか?はっきり言って、英語で読んでも日本語で読んでも、何を言いたいのやらよく分かりませんよね(笑)。ただでさえそうなのに、その状況をさらに混乱させているのが、この歌詞を書いたRobert Plant のこれまでの発言です。なぜなら、この人は目立つのが好きなのかメディアのインタビューによく応じていて、その度にStairway to Heaven の歌詞についていろいろと語っているのですが(本来なら、その種の発言は歌詞を理解する手掛かりとなるので歓迎のはずなんですけどね)、Robert Plant の発言が逆に混乱を招く原因となってしまっているのは、同じ質問であっても彼はしばしば異なる(以前の発言とは矛盾する)回答をするからです。しかし、彼が今までに発言してきた内容を順番に追って行くと、一貫してブレていない発言も中にはあることが分かってきました。僕が気付いた昔も今も変わらぬ彼の発言は3つ。その要点は以下のとおりです。

① Stairway to Heaven は「何の考えも思いやりもないまま(何も返すことなく)欲しいものをいつでも何でも手に入れる女性のことを歌ったものである。it was about a woman getting everything she wanted all the time without giving back any thought or consideration」

② Stairway to Heaven の中で彼が試みたのは「人里離れた牧歌的なイギリスやほとんど語られることのない古いケルト文化への関連性を作品に取り入れようとしたことである。I was really trying to bring the remote, pastoral Britain, the old, almost unspoken Celtic references into the piece」

③ Stairway to Heaven は「希望の歌である。I used to say it in Zeppelin, This is a song of hope」

これらの事はRobert Plant が若い頃から今に至るまで繰り返し口にしていますから、この3点をStairway to Heaven の歌詞を理解する鍵と考えても良いかと思います。なので、この鍵を手掛かりに歌詞を紐解いていくことにしましょう。先ず、第1節1行目ですが、このフレーズが前述した3つの要点の①を指していることに疑いの余地はありません。glitter はただ単に光る、輝くではなくキラキラと光る、輝くというイメージ。ここのgold は、世界共通の認識であるgold=money です。2行目に早速、a stairway to Heaven という言葉が出てきますが、ここで言うHeaven とは勿論、キリスト教によって定義されている天国のことであり、天国へ向かう階段という言葉を聞いて僕の頭に浮かんだのは「最後の審判を受けずに天国へ行くことを手助けするインチキな手段」といったイメージでした。つまり、そのような手段を主人公の女が欲しがっていることを示唆することによって「金で何でもできる、金があればなんとでもなる」という女の根底にある強欲さ(悪)を暗喩しているのだと思います。3、4行目のフレーズも、1、2行目の表現を変えただけであり、4行目のword をmoney に置き換えれば、ここで言及されていることも「金で何でもできる、金があればなんとでもなる」であることが分かります。僕には3行目のthe stores が天国の門のことのように思え、天国の門が閉まっていても、金さえあれば門番であるペテロから鍵を手に入れることができると女は信じていると言っているように聞こえました。では、なぜに天国への階段を買おうとしている者をa lady を使って表現したのでしょうか?あくまでも推測ですが、恐らくRobert Plant の周囲に強欲を地で行く性格を持つ人物モデルのような人がいて、たまたまそれが女性であっただけのことだと思います。ここでのlady は世の女性が強欲だと言うために使われているのではなく、男女を問わない強欲(悪)の象徴であると僕は理解しました。

第2節目で歌われているのも同じことで、天国への階段を欲しがっている女がどんな女であるのかを比喩しています。1行目の壁にあるサインは恐らく、天国への道を示す標識。でも、女はその標識が本当に天国の方向を指しているのかどうかを疑っており、words have two meanings と思うのも他人の言葉を信用しないことの裏返しだと考えます。つまり、歌詞の主人公である強欲女が信じるのは金だけで、何も信じない、誰も信じないということでしょう。女は金(欲)が自分から人々を遠ざけてしまっていることに気付いていないようです。3行目のIn a tree by the brook, there’s a songbird who sings は唐突で良く分からないフレーズですね(汗)。a songbird に続く関係代名詞がwhich ではなくwho なので、songbird は人のことなのかもと考えてもみましたが、ペットの愛犬など家族同然の存在の場合や話者がその対象を愛らしい存在と思っている場合なんかは動物に対してでもwho を使うことがありますので、やはりここに出てくるsongbird は鳥なのでしょう(一般にsongbird は、その鳴き声が歌っているように聞こえる鳥のことを指します)。songbird という言葉をここで使ったことに特にこれといった意味や意図はなく、a tree、the brook、a songbird という単語を並べることで単に英国の田園風景をイメージさせようとしただけではないかと思います。この節が3つの要点の②のことであるのは間違いなさそうですね。因みにRobert Plant は、イングランドのWest Bromwich 出身で、West Bromwich 自体は大都市バーミンガムの経済圏内なので街中には都市の景観しかありませんが、郊外へ行けば典型的な田園風景が広がっています。そのあとに続くSometimesall of our thoughts are misgiven は、人を信じることのできない女に対する助言のようなものではないかと理解しました。

3節目に登場するのが、この曲の歌詞の中でa stairway to Heaven 同様、記憶に残って忘れられなくなるit makes me wonder という印象的なフレーズ。直訳すれば「そのことが私に考えさせる」ですが、日本語に置き換える場合、感覚的には「なんか気になるなー」と言う時の感じと同じかなという気がします。第4節も唐突感が否めず、何が言いたいのかその内容もいまいち良く分かりません。なぜなら、ここまで語り手が第3者の目で女と天国への階段について語っていたのに、ここにきて突然、自らの感情を剥き出しにし始めるからです。先ず、1行目のthe West ですが、これは世界の多くの地域で日の沈む西には死後の世界があると考えられているとおり、この歌詞においても死後の世界の代替語としてthe West が使われていると思われます。2行目のmy spirit is crying for leaving は、語り手の魂が死後の世界へ行きたがっていることを匂わせていて、3、4行目でその理由が語られています、rings of smoke through the trees は何のことか意味不明ですが、3つの要点の②を参考に考えた結果、僕はケルト神話に出てくるナナカマドRowanという木から出た煙ではないかと推測しました。ケルト神話ではナナカマドを燃やした時に出る煙は霊を呼び出すと言われていて、4行目のthe voices はその霊に導かれて死後の世界へ向かう故人を見つめている人々の声(stand looking は「直視することに耐える」の意味であるstand looking at と理解)、つまり、嘆き悲しむ声ではないかという気が僕にはしました。語り手は、霊に導かれて死後の世界へやすらかに向かう人の姿を、強欲女に見せたかったのかもしれません。今のままの君では天国の階段を手に入れたところで、霊に導かれるような安らかな死を迎えることはできないとでも言いたかったのかもですね(←あくまでも僕個人の勝手な見解です・汗)。

第5節は3節目の繰り返し。6節目はまたまた意味不明なフレーズの羅列です。難解ではなく意味不明なんです(笑)。1、2行目はHe who pays the piper calls the tune という諺がベースになっていることは誰の目にも明らかですね。直訳すれば「金を払うものが笛吹きに曲を指示できる」。即ち「金を出す者に決定権がある。金を出す者は口も出す」といった意味です。it’s whispered that は、that 節以降のような噂がありますよと言いたい時の用法。英国において英国人がthe piper と言った場合、普通はバグパイプ奏者のことを指しています。2行目のreason は、ここではものごとの分別、良識、道理といった意味で使われていると理解し「正しい道」という訳語にしてみました。3行目のAnd a new day will dawn for those who stand longは、この曲を理解しようとした世界中の先人の方々の間では、ルカの福音書第1章78節であるA new day will dawn on us from above because our God is loving and merciful(これは私たちの神の憐み深い御心による。また、その憐みによって、日の光が上から私たちに臨み)からの一部引用であるというのが定説になっているようです。因みに第79節にはHe will give light to those who live in the dark and in death’s shadow. He will guide us into the way of peace(暗黒と死の陰とに住む者を照らし、私たちの足を平和の道へ導くであろう)という言葉が続いていて、この第79節も歌詞に影響を与えているような気がします。僕にはこの6節目が、伝統や習慣、社会、政治システムなどに縛られて自分の思う本心を隠したり行動できなかったり、それらのことを我慢している人々に対して「自分が思うように自由にやればいい、それこそが正しい道であり、そうすれば明るい未来が開けて、あなたたちも笑顔になれる」と言っているようにしか聞こえませんでした。そのことが強欲女と天国への階段の話とどう関係しているのかは、理解不能としか言いようがありませんが、3つの要点の③の根拠はこの節にあるような気がします。

第7節はさらに意味不明です(笑)。there’s a bustle はなんだか騒がしい、騒々しいといったイメージで、hedgerow は生垣、つまり、庭に低木を連なるように植えて塀代わりにするというあれです。「あなたの生垣が騒がしい」だなんて何のことかさっぱりですが、調べてみたところ、英国の田園地帯における生垣は自分の土地と隣人の土地を分ける境界線の象徴だそうで、境界線が騒がしいというのは、隣人(他者)と揉め事のような何らかの問題が起こっているような状況を想像させます。2行目のa spring clean は、日本でいうところの大晦日にやる大掃除みたいなもので、ヨーロッパでは、冬に薪や石炭の暖房を使って煤けた部屋を春の到来と共に掃除するという習慣が昔はありました(英国では今でもこの習慣を続けている家庭も多く、特に日は決まっていませんが3~4月に行われます)。そのあとのthe May queen というのは、その年の豊穣を祈る春祭りの日(日本では労働者の日というイメージしかない5月1日が春祭りの日です)に少女の中から選ばれる豊穣の女神の代理のような存在で、選ばれた少女はサンザシの花の冠を頭にかぶります。では、If there’s a bustle in your hedgerow, don’t be alarmed now. It’s just a spring clean for the May queen とはいったい何を意味してるのでしょうか?先程も申し上げたとおりワケワカメではあるのですが(←出た!必殺オヤジギャグ!)、僕はa bustle in your hedgerow は時として人が味わうことになる人生における苦難、the May queen は明るい未来の象徴と考えてみました。つまり「人は時として苦難を味わったり問題を抱えることもあるが、そういった状況は未来へ向かう為の自分自身の整理整頓(誤った過去の清算)の為だから、心配は要らない」と言ってるのではないかと。そう考えると、3行目がYes という言葉で受けていることも納得できるのです。そのあとに続くtwo paths は誤った過去に戻るか正しい未来に進むかであり、but in the long run, there’s still time to change the road you’re on で「今ならまだ間に合う」と強欲女を諭しているように僕には聞こえました。

と第7節を無理矢理に解釈して乗り切ったかと一安心したのも束の間、8節目もまたまたワケワカメです(笑)。Your head is humming and it won’t go って「なんじゃこれ?」ですよね。僕が思うに、彼女の頭に鳴り響くブンブンという音は「天国への階段を金で買おうなんて考えはそもそも悪である」と見做すような善良な人々の怒りにも似た声であり、3行目のthe wind blow と同じものであると考えます。2行目のThe piper はこの歌詞の中ではそんな善の側の人間の象徴であり、正しい未来へ進もうという人々の思いが消えることは永遠に無いということではないでしょうか。だからこそ最後にDid you know your stairway lies on the whispering wind? と尋ねているのだと思います。天国への階段は、金で手に入るようなものではなく、正しい道を歩む(善良に生きる)ことでいつか目の前に現れるものだということなのでしょう。おぉぉー、最後はなかなかうまくまとまったじゃないかと思ったら、このあとギターのソロが終わってからのブリッジにまたまた意味不明なフレーズが…。「あー、もう勘弁してくれー」と言いたいところですが、最後までがんばってみます。1行目のwind は主語にwe を取ってますので、名詞のwind ではなく動詞のwind です(ワインドと発音する方です)。ここで主語がwe に変わりましたが、このwe は善の側にいる人間全体を指していると思われます。we wind on down the road の部分を聴いて頭に浮かんだのは、蛇のようにうねりながら道を進んでいるようなイメージでしたので、このように訳しました。2行目のshadow は悪い欲望、soul は汚れのない善良な心と理解しました。3行目に出てくるa lady we all know は、天国への階段を買おうとしている強欲女のことであり、悪の側の象徴です。4行目のwhite light は何のことなのかまったく分かりません(←もうなげやりデス)が、強欲女が再び出てきてOur shadows taller than our soul という状況に対して「ほーら、見たことか」と言ってる感じですかね。7行目のThe tune は善良な人々の声であり、皆がひとつにまとまる(ひとつになって希望に満ちた正しい未来に向かう)時、その声が最後には聞こえてくるだろうと強欲女をいさめているのだと理解しました。ここの部分も、3つの要点の③と関連しているのではないでしょうか。最後の行のrock は一枚岩、roll は船を揺さぶって転覆させようとしているような情景が頭に浮かんだのでこのような訳にしています(ロックンロールという言葉を歌詞に入れてる曲は山ほどありますが、この曲のそれは類のない表現ですね)。

ここで最後の疑問。果たして強欲女は、反省し善良な心を取り戻したのでしょうか?残念ながら、アウトロで歌われているのがAnd she’s buying a stairway to Heaven というフレーズであるとおり、そうではなさそうです。強欲なだけあって、やはり一筋縄ではいかない女のようですね(汗)。僕が最近見たRobert Plant の姿は2023年にテレビのインタビュー番組に出演していた時のもので、そこでStairway to Heaven の歌詞について訊かれた彼は、やはりこう答えてました。「It was a song about fate and somerhing very British almost abstract, but they were coming out of a 23 years old guy, you know・あれは運命やとても英国的な事柄の歌なんだ。まったくもって抽象的なね。だってさ、23歳の若造が作った歌詞なんだもの」そして、そのあとも「It was a great achievement to take such a monstrously dramatic musical piece and find a lyric that was ambiguous enough and a delivery which was not over pumped just it almost was like the antithesis of the music was this kind of lyric and this vocal delivery that was just about enough to get in there」ってな調子で語ってたんですが、その話しぶりから僕が感じたのは「この人は、簡単なことを小難しく言いたがる人なんだ」ということでした。日本にもそういった人はいますよね(笑)。そして、その瞬間、僕はStairway to Heaven の歌詞には取り立てて深い意味などないことを確信しました。実際、Robert Plant はStairway to Heaven の歌詞がもう自分でも何のことだか良く分からなくなっていると最近は言ってるようで、なぜそんなことになってしまうのかというと、元から歌詞には大した意味がなかったからです。

「ごく簡単なことを小難しく言いたがる若造が作った出鱈目な歌詞が、自らの思わせぶりな声と神がかったJimmy Page のギターの音色によって昇華されてしまい、聴くものに何か深い意味があるかのように思わせてしまった」これが僕のStairway to Heaven の歌詞に対する結論であり、この曲の歌詞は難解なのではなく、そもそもからして筋が通っていないだけのことではないかと思います。まあ、歌詞はともあれ、ラベルのボレロをロックで再現したようなこの斬新な曲、歴史に名を残す名曲であることに変わりはないですが…。

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