映画の棚③

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第11回 若者のすべて

原題:Rocco e i suoi fratelli
公開年/製作国/本編上映時間:1960年/イタリア・フランス合作/170分
監督:Luchino Visconti(ルキノ・ヴィスコンティ)
主な出演者:Alain Delon(アラン・ドロン)、Renato Salvator(i レナート・サルヴァトーリ)、AnnieGirardot(アニー・ジラルド)、Katina Paxinou(カティーナ・パクシヌー)、Max Cartier(マックス・カルティエ)、Spiros Focas(スピロス・フォーカス)

【ストーリー】
舞台は戦後の貧困がまだ解消されていなかった1950年代のイタリア。南イタリアのバジリカータ州(旧名ルカニア)で暮らすロザリア・パロンディ(カティーナ・パクシヌー)は、ある日突然、一家の大黒柱であった夫を亡くして未亡人となってしまい、先に故郷を離れて北部の大都市ミラノで働く長男のヴィンチェンツォ(スピロス・フォーカス)に家族の面倒を見てもらおうと、四人の息子たちと共に列車で長男のもとへ向かう。貧しい地であるルカニアから抜け出して都会で暮らすことはロザリアの長年の夢でもあったが、当てにしていたヴィンチェンツォはミラノでジネッタ(クラウディア・カルディナーレ)という同郷の娘と婚約しており、彼は自分たちの生活が最優先だから家族皆の面倒まで見ることはできないと早々に母親に告げる。とは言え、寝床もない家族のことを放っておくことができるはずもないヴィンチェンツォは、知人から「安アパートを見つけて暮らし、そのまま家賃を滞納する。そうすれば、市の役人がやって来てアパートから追い出されることになるが、役人は退去させた人間を路上で寝かすようなことはしないから、保護施設で部屋を与えられてタダで暮らすことができる」とのアドバイスをもらい、アパートの半地下にある一番家賃の安い部屋を借りて一家全員で暮らし始める。長男に頼れなくなったロザリアの期待は自然と次男のシモーネ(レナート・サルヴァトーリ)へと向かい、腕っぷしに自信のあるシモーネはボクサーになって手っ取り早く金を稼ごうとボクシングを始めると、三男のロッコ(アラン・ドロン)と四男のチーロ(マックス・カルティエ)がそんな兄や母親を支えるべく懸命に働く。その甲斐あってボクシング・ジムでめきめきと頭角を現したシモーネは母親からだけではなく周囲からの期待を一身に背負うが、同じアパートの住人である娼婦のナディア(アニー・ジラルド)と知り合ったことを切っ掛けに田舎の人間特有の純朴であった人柄が変わり始めて身を持ち崩していき、兄の穴を埋めるべくロッコがボクサーの道に嫌々ながら足を踏み入れる。その傍らで堕落する一方のシモーネは、街のチンピラとつるんだり、終には借金を繰り返して家族にも迷惑をかけるようになるが、母親のロザリアと、人を疑うことを知らない聖人のような性格の弟のロッコが常に彼をかばい、二人の心得違いなその甘やかしがやがて悲劇を招くこととなる。

【四方山話】
この映画の原題はイタリア語でRocco e i suoi fratelli、つまり「ロッコと彼の兄弟」という意味ですね。それが邦題では「若者のすべて」なんていう意味不明なタイトルに変えられているのですから恐ろしい話です。何なんですかね「若者のすべて」って?(笑)。本作のストーリーは原題のとおり、ロッコという名の青年とその兄弟のそれぞれの人生を描いた群像劇になっていまして、それだけでは芸がないので、家族の崩壊を巧みに悲劇に仕立てることで観客をひきつける工夫が為されています。が、やはり上演時間が170分というのはほぼ3時間ですから「長過ぎる!」と断言して良いでしょう。新幹線で新大阪駅からのぞみに乗車して直ぐにこの映画を見始めても、東京駅に着いた時点でまだラストシーンの手前な訳ですからね(笑)。この長い長いメロドラマを撮ったのはイタリアの巨匠、ルキノ・ヴィスコンティ。この人の出自は大変興味深いもので、その苗字が示しているとおり、1277年から1447年までの間ミラノを統治していたヴィスコンティ家の末裔です。ヨーロッパの貴族というのは、貴族を名乗っていてもその家柄はピンキリですが、ヴィスコンティ家は正真正銘の名門貴族であり、彼が子供時代を過ごしたのもボローニャ郊外にあるグラッツァーノ・ヴィスコンティ城。家が城ですよ、本物の城!(笑)。そんな貴族のおぼっちゃまに、本作に登場するような貧乏人の気持ちが果たして分かるのかという気がしますけど、ルキノ・ヴィスコンティは第二次世界大戦中にイタリア共産党に入党してパルチザンの支援をしたり、連合国軍の逃亡捕虜やパルチザンをかくまったことでファシスト政権に逮捕されて銃殺刑を宣告されたりと、ただのおぼっちゃまではなかったようです。ですが、本作はネオレアリズモの作品とされているものの、貧困に喘ぐ農村部の人々というのは、劇中でパロンディ家の人間を演じている役者みたいなきれいな手はしてませんから、赤貧というものがどういうものであるのかがヴィスコンティは所詮、分かっていなかったことは確かですね。やはりここは、出演者にプロの俳優を使わずに一般人を起用するというネオレアリズモの王道を突き進んで欲しかったところ(とは言え、この作品以降、彼がネオレアリズモの手法で映画を撮ることはなくなりました)。

さて、次にその出演者に目を向けてみますと、タイトルともなっているロッコ役を演じているハンサムな青年はご存知アラン・ドロン。この頃のドロンは20歳代前半で、役柄が虫も殺せぬ優しい性格という設定であることもあって、とても初々しいですね。同じ年に公開された「太陽がいっぱい(Plein soleil)」で計算高い若者を演じた彼とはまったく別人のように見えます。個人的にはアラン・ドロンが名優だとは思いませんが、この二つの作品の彼の演技だけはイケてると認めざるを得ません。それと、本作ではドロンがルカニア方言のイタリア語を話していますけども、本人の声ではなくAchille Millo というイタリア人声優による吹替です(因みにドロンは、発音やイントネーションはともあれ、通訳を使わずイタリア語で会話ができました)。実はこの作品、主要な出演者の多くがイタリア人ではない為、ほとんどの俳優の声が吹替。シモーネ役のイタリア人俳優レナート・サルヴァトーリの声でさえ吹替なんです(恐らく、サルヴァトーリは北部生まれの為、ルカニア方言のイタリア語に変える為だったのでしょう)。イタリア南部の典型的なたくましいマンマ(母さん)を見事に演じていたカティーナ・パクシヌーや長男役のスピロス・フォーカスはギリシャ人(笑)。三男役のドロン、四男役のカルティエ、娼婦役のジラルドはフランス人。つまり、パロンディ一家の六人のうち四人はイタリア人ではなかった訳です(汗)。そして、主役のロッコよりも強烈な印象を観客に残すのが、シモーネ役のレナート・サルヴァトーリと娼婦ナディア役のアニー・ジラルドという素晴らしい演技を見せた二人。むしろタイトルは「シモーネとその家族」で良かったのではと思うくらいです。ここで面白エピソードをひとつ紹介しておきますと、劇中、シモーネは娼婦のナディアに夢中になり、やがて執着していきますが、それを地で行くかのようにサルヴァトーリとジラルドは本作の撮影で共演したことが切っ掛けで交際を始め、1962年に結婚。サルヴァトーリが1988年に54歳の若さで病死するまで二人は離婚することなく夫婦であり続けました。

この作品の舞台設定は、劇中にミラノの大聖堂(ドゥオーモ)が出てくるとおり、イタリア北部の大都市ミラノ。実際、多くのシーンがミラノでロケ撮影されました。冒頭に出てくる見事な鉄骨組みの大屋根を持つ鉄道駅も本物のミラノ中央駅。パロンディ一家が乗車してきた夜行列車に「BARI/MILANO」のサボが見えますが、BARI(バーリ)は南イタリアのプーリア州の州都で、プーリア州の南に広がるのがパロンディ一家が暮らしていたイタリアでも最貧の地域のひとつであるルカニアです。戦後、ミラノなど北部の都市を中心にイタリア経済の奇蹟と呼ばれる高度経済成長が続いた為、農業以外にこれといった産業が無く(しかも、大地主が土地を専有しているので、農業と言っても小作人ばかり)貧しいままの南部地域から北部へ移住する人々が1960年代末頃まで後を断たず、南部では大量の人口流失が生じました。そんなこともあって、北部で暮らす南部出身者は北部の都市部では長らくのあいだ嘲りや差別の対象でしたけども、近年はその対象が増えすぎた外国人移民に対するそれへと変わってきているようです。シモーネが通うボクシングジムはセットではなく、当時Via Giovanni Bellezza 16A に実際にあった本物のジム(現在は廃業)。パロンディ一家が最初に暮らす半地下の部屋のあるアパートの建物もVia Dalmazio Birago 2 に今も残る本物の集合住宅。60分頃に登場の高級ホテルはコモ湖の湖畔に建つ当時のHotel Grand Bretagne(現在休業中で、2026年にリッツ・カールトンとして再オープン予定)。ラストシーンに出てくる湖はミラノ郊外ということになっていますが、実際にロケ撮影が行われた場所はミラノから遠く離れたローマとナポリの間に位置するLago di Fondi(フォンディ湖)。なぜそんな辺鄙な場所で撮影することになったかと言うと、少しネタばれになってしまいますが、ミラノのあるロンバルジア州の当時の州知事が、ロンバルジア州内で人殺しのシーンを撮影することはまかりならんと許可しなかったからです。

以上のように、本作でヴィスコンティが試みたのは、貧しさ故に故郷を離れなければならないイタリア南部の貧しい人々と、彼らが向かう先の北部の都会で待ち受けている残酷な現実を描くことで、イタリアの南北の格差という問題にイタリア人の目を向けさせるということだったのでしょう。アルファロメオという一流の自動車会社(因みに、アルファロメオ社のマークの中の人を飲み込む大蛇の紋章はヴィスコンティ家の家紋)に就職した四男チーロのおかげで暮らしぶりが良くなったロザリアが、127分過ぎに「La gente per la strada mi chiamava signora, Immagina! Signora! A me! Signora in una grande città come questa qua ・道行く人たちがあたしのことをsignora(奥さん)と呼んだの。想像してみて!あたしによ!こんな大都会でsignora ってね(つまり、ロザリアはそう言われて自分が認められたように感じている)」という切ない台詞を口にしますが(恐らく、terrona と呼ばれなかったことを暗に仄めかしているのでしょう。terrone(a)は北部のイタリア人が南部のイタリア人に対して「この田舎百姓め」みたいな感じで当時使っていた差別的な言葉でした)、彼女の言葉の裏には、イタリア国内に存在する南北格差という時には人としての存在価値さえ否定する根深い問題が潜んでいることを理解した上で本作を観れば、退屈せずに興味深く鑑賞できるのではないかと思います。パロンディ家の中で一番まともなチーロはラストシーンで「Rocco è un santo ma non si vuole difendere. Che può fare nel mondo uno come lui? Lui perdona sempre tutti. E invece non tutto dovrebbe essere perdonato ・ロッコは聖人で自分を守ろうとはしない。彼のような人間が世の中で何ができる?彼はいつもみんなを許しているけど、すべてを許すべきではないんだ」とまだ歳のいかない末っ子のルーカ(ロッコ・ヴィドラッツィ)に語り、続けてこうも言っています。「Molti hanno poca fiducia in un mondo diverso, ma io sì・多くの人は世界が変わると信じていなけど、僕は信じてる」と。このチーロの言葉は重いですが、本作の中で唯一の救いでもあります。それでは皆さん、グッバイ、アディオス、チ・べディアーモ!

第12回 現金に体を張れ

原題:The Killing
公開年/製作国/本編上映時間:1956年/アメリカ/84分
監督:Stanley Kubrick(スタンリー・キューブリック)
主な出演者:Sterling Hayden(スターリング・ヘイドン)、Coleen Gray(コリーン・グレイ)、Vince Edwards(ヴィンス・エドワーズ)、Jay C. Flippen(ジェイ・シイ・フリッペン)、Ted de Corsia(テッド・デ・コルシア)、Joe Sawyer(ジョー・ソーヤー)、Marie Windsor(マリー・ウィンザー)

【ストーリー】
5年の刑期を終えて刑務所から出所したばかりのジョニー・クレイ(スターリング・ヘイドン)。クレイが早速取り掛かったのは、自分の帰りをひたすら待ち続けてくれていた恋人フェイ(コリーン・グレイ)と幸せに暮らす為の金の算段であったが、その方法は真面目にこつこつと働くことではなく、人気レースが開催される競馬場の売上金を強奪するという一攫千金であった。襲撃日当日に予想される売上金は2百万ドルという途方もない大金。警備が厳重な競馬場の売上金を奪うことなどできる訳がないと誰もが考える中、クレイがそれを成功させる自信に満ちていたのは強奪計画を入念に練り上げていたからで、計画を成功させるための協力者も既に仲間に引き入れていた。金貸しから3千ドルの返済を迫られている警察官のランディ・ケナン(テッド・デ・コルシア)、病床に就いたままの妻を持つ競馬場内のバーで働くマイク・オライリー(ジョー・ソーヤー)、金のことしか頭にない悪妻シェリー(マリー・ウィンザー)を愛して止まない競馬場の窓口勤務のジョージ・ピーティ(エリシャ・クック)、そして、襲撃計画に必要な資金と自らのアパートの部屋を隠れ家として提供する役目を引き受けたマーヴィン・アンガー(ジェイ・シイ・フリッペン)という4人の訳ありの男たちである。協力者たちはクレイの指示に従って強奪計画の下準備を着実に進めて行くが、その陰でひとつだけクレイが予想していなかったことが起こっていた。ピーティが妻のシェリーの機嫌を取りたいが為に強奪計画の詳細を漏らしてしまっていたのだ。そればかりか、シェリーは自らの浮気相手であるヴァル・キャノン(ヴィンス・エドワーズ)にその計画を伝え、売上金が強奪された後にそれを横取りすることを画策したことから、クレイの完全犯罪が徐々に綻び始める。

【四方山話】
今回も先ずはこの映画の邦題の話から。本作の原題はThe Killing。普通は「殺し」といった意味ですが、アメリカ英語ではmake a killing が「大儲けする」を意味する慣用表現であることや、本作の内容から考えれば、タイトルのThe Killing が「大儲け」を意味していることは明らかです。それをどうやったら「現金に体を張れ」に変えることができるのか不思議でなりません。そもそも日本語の「体を張る」というのは「命懸けで事に当たる」という意味ですが、本作の主犯であるクレイが目論んでいるのは、如何にスマートに売上金を奪うかであって命を懸けている訳ではありませんから、そこからしてもう感覚がズレてますね。恐らく、本作の2年前に公開されたジャン・ギャバン主演の「現金に手を出すな(原題はTouchez pas au Grisbiで、こちらの邦題はフランス語の直訳になってます)」を意識して「現金に体を張れ」にしたのでしょうけど「なんだかなぁー」といつものように溜息です。因みにアメリカでKilling が大儲けを意味するようになったのは、開拓時代、ハンターたちが大量のバイソンを一気に撃ち殺して売りさばくことで短時間に大金を得ていたからだそう。

さてと、一通り鬱憤を晴らしたところで、お次は本作の舞台のお話へ。この映画では、劇中で舞台がどこの街であるのかといった台詞や情報が一切出てきませんので、観客にはアメリカのどこかの都市だろうということくらいしか分かりません。当時、ロサンゼルスに在住していた観客であれば、劇中に出てくる警官が胸に付けているバッジや帽章のバッジの形状、時折映し出される街並みなどからロサンゼルスだと思ったでしょうし(実際、ラストシーンを良く見ると「Los Angeles International Airport」という文字が描かれたガラスが映り込んでいます)、競馬場がサンフランシスコにあるベイ・メドウズ競馬場(Bay Meadows Racetrack)であることに気付いた人は、舞台がサンフランシスコだと思ったかも知れません。但し、確かに本作の撮影はベイ・メドウズ競馬場で行われましたが(馬券窓口や金庫室などはスタジオのセット)、劇中では競馬場の名前がBay Meadows ではなくLansdowne Park になっています(冒頭、3分50秒頃に映し出される馬券にそう書かれてありました)。Lansdowne Park はカナダのバンクーバーに実在した競馬場で、どうしてこの名前を使ったのかは良く分かりません(汗)。当時ロサンゼルスには3つも競馬場が存在したのに、なぜにロサンゼルスから離れたサンフランシスコの競馬場でロケ撮影が行われたのかと言うと、答えは簡単。ベイ・メドウズ競馬場が撮影に協力してくれた唯一の競馬場だったからです。当初、本作はニューヨークを舞台にそこの競馬場を使って撮影をしようとしたものの、ニューヨークの競馬場がどこも撮影に応じてくれなかった為(恐らくは、競馬場の売り上げを強奪するというストーリーの所為でしょう)、撮影協力に応じてくれたベイ・メドウズ競馬場のある西海岸に撮影の舞台を移したと伝えられています(余談ですが、ベイ・メドウズ競馬場は2008年に閉鎖され、跡地は再開発でオフィス街や住宅街に変身していますので今は跡形もありません)。

次に出演者に関してですが、残念ながら際立った演技をしている俳優は見当たりませんね(汗)。強いて言うならばシェリー役のマリー・ウィンザーが印象に残る程度でしょうか。この女優、当時の女性としては大柄の身長175センチ。本作でもそのデカさが目立ってました(笑)。主演のスターリング・ヘイドン、この人も演技力はさて置き、体はデカいです。彼の身長も196センチあり、その経歴もちょっと興味深いので紹介しておきます。ヘイドンが俳優になる前に就いていた職業は船員(船長資格も所持)で、その知識と技術を活かして第二次世界大戦中はOSS(戦略情報局、CIA の前身にあたる組織)に所属し、ユーゴスラビアで密かにチトー(後のユーゴスラビア首相、大統領)が率いるパルチザンの支援にあたっていたそう。こんなにデカい男は目立つ筈ですから、どこまで活躍できていたのかは分かりませんが(笑)、その功績により戦後、チトーから勲章を授与されています。あと、面白いのがモーリス・オボクホフ役を演じていたコラー・クワリアーニ。劇中ではチェス好きな元レスラーという役柄になっていましたが、その姿は実際の彼そのものでした。クワリアーニは1903年帝政ロシアのグルジア(現在のジョージア)生まれ。グルジア人であることを誇りにしており、新聞にカザフスタン人と書かれた際は、猛烈に抗議して訂正記事を載せさせたというエピソードもあります。第二次世界大戦前はグレコ・ローマン・スタイルのアマチュアレスリングの欧州チャンピオンで、1930年代にアメリカへ移住。戦後はアメリカでプロレスラーとなってNick the Wrestler のリングネームで活躍し、同時にチェスの有段者としてニューヨークを中心に地元の対戦でその腕を披露していました。クワリアーニが映画に出演するようになったのは、勿論、チェス好きであったスタンリー・キューブリックがクワリアーニの親友だったからです。

さてと、お次はそのキューブリックの話を少し。キューブリックは1928年ニューヨーク市生まれ。他の多くの映画関係者同様、ユダヤ系です。父親は医師で比較的裕福な環境の中で育ちましたが、高卒のままカメラマンの道へと進み、その傍ら独学で映画製作や監督としての技術を習得しました。キューブリックは映画製作の際、監督としてだけではなく、脚本、撮影、美術、編集といったことすべてに自らが関与し、自ら指示しないと納得しない完璧主義者。キューブリックの撮った映画はその作品のジャンルが偏ることのない幅広いものであり、リアリティーへのこだわりや革新的な撮影技法、ブラック・ユーモア的なセンスなどがその特徴とされています。確かに、彼が撮影した「ロリータ」「博士の異常な愛情(以下省略・笑)」「2001年宇宙の旅」「時計じかけのオレンジ」「シャイニング」「フルメタル・ジャケット」といった作品群を眺めてみても、同じテイストの作品というのは皆無ですね。本作の場合、その最大の特徴は、ストーリーは凡庸であるものの、競馬場の売上金強奪までの各登場人物の行動や心理描写を時系列を入れ替えながら映し出し、ジグソー・パズルを徐々に組み上げるかのように全体像へと導いていくのと併せ、それだけでは観客が混乱するだけでストーリーを追えないという欠陥を補うためにナレーションを入れて補足するという画期的な技法が用いられていることにあります(それでも尚、前半部分は何が起ころうとしているのか、見ててもちょっと分かり辛いですが)。本作で特に有名なシーンは73分頃から始まる銃撃戦のそれで、ここのシーンを見て「あれっ?このシーン、どこかで見たような気がする。デジャブかな…」と思った方は、かなりの映画を見ておられる映画好きですね。それは、デジャブではなかったんですよ(笑)。クエンティン・タランティーノが監督した「レザボア・ドッグス(Reservoir Dogs)」に同じような場面が出てきます。因みにこのレザボア・ドッグスという映画、様々なフィルム・ノワール風作品からおいしい部分をパクって詰め合わせにしたような作品なんですけども、その完成度は高いので、興味のある方は観ておいて損は無いかと思います。

ではでは、最後にいつものオタク視線から気付いた点を幾つか記して今回の終わりとしましょう。先ず、ジョニー・クレイが競馬場で現金強奪する際に使った銃、あれはレミントン社製のModel 11-48 という半自動のショットガン。但し、持ち運びし易いように銃身と銃床を切り詰めて短くし、発射時の反動をコントロールする為、フォアエンドを垂直のフォアグリップに取り替えるという改造銃になっていました。クレイに雇われたニッキー(ティモシー・ケリー)が競走馬を狙撃するのに使っていたライフルはマンリッヒャー・シェーナウアー(Mannlicher–Schönauer)というオーストリアの銃器メーカーが製造した狩猟用のスポーター・ライフル。日本では知名度ほぼゼロの銃ですが、作家のヘミングウェイなんかもこのライフルを愛用していて、アメリカではその美しさから人気のあった銃です。劇中ではライフルの銃口に申し訳程度の消音器が装着してありましたが、あれで発射音が軽減されることはないですね(笑)。それと面白いのが、嫁の言いなりのジョージ・ピーティが使っていた拳銃。ドイツのモーゼル社のM1914 という旧式の自動拳銃で、32ACP 弾という比較的小口径で火薬量の少ない銃弾を使う為、いくら近距離と言えども本作の劇中のように相手を即死させるには、よほどの急所に命中させないといけないんです。なので、ピーティは凄い腕前のガンマンだったということですね(笑)。キューブリックは細部のリアリティーにこだわる人だったそうですけども、このあたりは詰めが甘いとしか言いようがありません。あともうひとつ、リアリティーに欠けていたのが競馬場で強奪した売上金の200万ドル。競馬場での売上ですから、その紙幣の多くは小額紙幣である筈で、仮に20ドル紙幣で換算したとしても、100枚で束ねた札束が千束、重量は百キロにもなります。50ドル紙幣でようやく4百束、40キロですね。まあ、それくらいであれば一人で運べるでしょうが、競馬場の売り上げの札が50ドル紙幣(当時では相当な高額)ばかりだとは考えられませんね。あと、売上金の強奪後にクレイが運搬用のトランクを買いに行くのも首を傾げたくなります。あれだけ緻密な計画を練る男なのですから、トランクなんて事前に用意していてしかるべきのような気が…。と、なんだか突っ込みどころ満載のこの映画、ですが、重箱の隅をつつくような真似はよしておきましょう(←もう、やってるじゃねえかよ!・笑)。それでは皆さん、グッバイ、アディオス、チ・べディアーモ!

第13回 バルカン超特急

原題:The Lady Vanishes
公開年/製作国/本編上映時間:1938年/イギリス/97分
監督:Alfred Hitchcock(アルフレッド・ヒッチコック)
主な出演者:Margaret Lockwood(マーガレット・ロックウッド)、Michael Redgrave(マイケル・レッドグレイヴ)、Paul Lukas(ポール・ルーカス)、Dame May Whitty(デイム・メイ・ウィッティ)

【ストーリー】
戦雲たれこめる欧州の一角を占めるバンドリカ国。その山岳地帯の中のとある小さな村のホテルにその日、雪崩による鉄道の運休で身動きできなくなった人々が集っていた。宿泊客は、女友達二人と結婚前の独身最後の休暇旅行を楽しんでいるアイリス・ヘンダーソン(マーガレット・ロックウッド)、クリケットの大ファンである英国人紳士の二人組カルディコット(ノウントン・ウェイン)とチャータース(ベイジル・ラドフォード)、地元で音楽教師をしていたという老婦人フロイ(デイム・メイ・ウィッティ)、クラリネットの演奏が得意な民俗音楽研究家のギルバート(マイケル・レッドグレイヴ)、不倫旅行中の弁護士トッド・ハンター(セシル・パーカー)とその愛人といった一癖も二癖もありそうな面々で、地元住民に民俗舞踊を踊らせながらクラリネットを吹き鳴らすギルバートとその騒音で静かな夜を過ごすことができない階下の部屋のアイリスやフロイとの間で早速、ひと悶着が起こる。早く眠りにつきたかったアイリスはホテルのフロント係に金を渡して騒音を収めさせるが、フロイが騒音を嫌ったのは、窓の外から聞こえてくるギター演奏の音色に耳を傾けたかったからであった。そんな揉め事もなんとか収まり、翌日には除雪も終わって列車の運行が再開されたことから、英国人宿泊客たちの多くがロンドン行きの列車に乗車するが、駅でアイリスが列車に乗車する直前、駅舎の上から何者かが落とした植木のプランターが彼女の頭を直撃、そのせいでアイリスは列車に乗り込んだ途端に気絶してしまう。プランターが落ちてきた際、たまたま傍にいたフロイが彼女をコンパートメントへ連れて行って介護し、意識の回復したアイリスと共に食堂車へお茶を飲みに行った二人が再びコンパートメントへ戻ると、アイリスは眠気に襲われてまたしても意識を失い、次に眠りから目覚めた時には目の前にいたフロイの姿が消えていた。フロイがどこへ行ったのかと尋ねるアイリスに対し、コンパートメント内にいた他の乗客たちは「最初からそんな乗客はいなかった」と答えるだけで、そればかりか、車内で二人を見かけていた筈の英国人紳士の二人組や不倫弁護士のカップルも「そんな老婦人は見ていない」と証言、それを聞いたアイリスは「フロイという名の老婦人が確かに車内にいた」と騒ぎ出す。程なくして、列車に乗り合わせていた高名な外科医のハーツ医師(ポール・ルーカス)も騒ぎを聞きつけやって来るが、彼の見解は「植木のプランターが頭に当ったことで、記憶障害を起こしている」というものであった。一時はそれを信じそうになったアイリスだったが、フロイと食堂車でお茶を飲んだ際、フロイがの窓ガラスに描いた彼女の名前を見つけて自らの記憶が正しいことを確信、前夜には仲違いしたものの自分の言葉を信じてくれたギルバートと共にフロイを見つけるべく車内を探り始める。

【四方山話】
毎度のことになってきましたが、今回も先ずはこの映画の日本公開時に付けられた邦題「バルカン超特急」の話から始めましょう(笑)。本作の原題はThe Lady Vanishes、直訳すれば「消えてしまうご婦人」ですが、これが「バルカン超特急」に変えられてしまってるのですからびっくりと言うよりも、もはや言語道断のレベル。劇中では「バルカン」なんて言葉は一言も出てきませんし、舞台は「バンドリカ」という架空の国という設定になっていますから、このバルカンという言葉がいったいどこから出てきたのか不思議に思って調べてみたところ(バルカンというのは通常、黒海に面したルーマニア、ブルガリアからクロアチアあたりまでの領域のことです)、本作には原作となったThe Wheel Spins(著者はEthel Lina White)という小説があり、そこではアイリスの乗車する列車がバルカン諸国のとある国からトリエステ(スロベニアとイタリアの国境の街)へ向かうそれという設定になっていることや、彼女の旅のルートがブカレスト、ザグレブ、トリエステ、ミラノ、バーゼル、カレーであることが分かりました。なので、そこからヒントを得てバルカン超特急と名付けることにしたのだろうと想像しますけど、原作でアイリスの乗車する列車の名はバルカン超特急ではなくthe Trieste express になってるんですよね(笑)。重箱の隅をつつく訳ではないですが、超特急の定義というのは特急よりもさらに速い列車ということですし、そもそも超特急なんてものはこの時代には存在していません。因みにこの作品は1979年にリメイク版が製作されていて、その時の邦題は「レディ・バニッシュ/暗号を歌う女」でした。ネタバレにつながるので詳しくは書けませんけど、これはこれで「おいおい、それはダメだろ!」って邦題です(笑)。

それでは、映画の中身の話に入るとしましょう。冒頭、雪崩のせいで線路を塞ぐ大量の雪の山から駅舎、街中へとカメラがパーンしていきますが、これは今で言うところの「特撮」というやつですね。この時代の特撮としては「まあ、がんばった」と言えるのではないでしょうか。スクリーンに映し出される村の建物はバルカン諸国のどこかの国と言うよりかは、スイスやドイツの南部風。劇中で出演者に「3rd rate country ・三流の国だ」とか「Bandrika may have a dictator ・バンドリカには独裁者が出てくるかも」といった台詞を言わせていることからも、本作の監督を務めたヒッチコックの中では、ヒトラーが率いるドイツを念頭にバンドリカという架空の国のイメージを作ったことが窺えます。冒頭の特撮のあと、ホテルのロビーがズームアップされ、翌日の列車に乗り込む面々の紹介が始まりますが、その場面のノリはもうコメディー。あとからもう少し突っ込みますが、本作はサスペンスやスリラーではなくコメディー映画なんです。少なくとも僕の中では(笑)。ここのシーンで僕が面白いと思ったのは、アイリスが訛りの強い英語で話すホテルのフロント係の男が口にしたavalanche(雪崩)という単語のイントネーションを直すところ。いやいや、あなたのイントネーションの方がおかしいですよという感じです(笑)。あと、カルディコットとチャータースが、羽振りのいいアイリスたちを目の当たりにして、同じ英国人なのに「ドルにものを言わせてやって来たアメリカ人だろう」みたいなことを言っているのも笑えます。余談ですが、この二人組の紳士(原作の小説にはいてません)、1940年に公開された「Night Train to Munich」という映画でもまったく同じ役名でコンビとして出てきます。主役のマーガレット・ロックウッドは美人ですが、演技は凡庸。この女優もNight Train to Munich に出演してますね。本作で名演技と呼べるほどの技量を見せている俳優は見当たりませんが、一番ましなのはフロイ役のデイム・メイ・ウィッティ。彼女は女優としての功績を認められ、大英帝国勲章の上から2番目のランクに位置する司令官騎士勲章を1918年に叙勲されています(女優に対しての初の叙勲。名前の前にDame が冠されているのはそれが故です)。この人はテレビの時代に生きていれば、間違いなくミス・マープル役のオファーを受けていたでしょうね(笑)。ギルバート役のマイケル・レッドグレイヴは、本作よりも1962年公開の「長距離ランナーの孤独(The Loneliness of the Long Distance Runner)」で少年院の院長役をしていた時の方が僕の中では印象に残っています。ヒッチコックは自分の作品にカメオ出演することで有名でしたが、本作では92分30秒過ぎ、通行人の一人として登場(銜え煙草で列車の横を通り過ぎて行く人物)。ヒッチコックに関しては話が長くなるのでまた別の機会で(笑)。では次に、本作のロケ撮影について少し。既に述べたとおり、劇中の冒頭部分に出てくるシーンの舞台はバンドリカという架空の国であり、スイスかドイツ南部のようなイメージで描かれていますが、撮影は鉄道の実写部分を除き、すべてロンドンにあったGainsborough Studios やGaumont-British Studios でセットを組んで行われました。鉄道の実写部分はハンプシャー州(ロンドンの南東約100キロに位置)にあったLongmoor Military Railway(ロングムーア軍用鉄道)という英国陸軍の工兵隊に鉄道敷設の訓練を行う路線でロケ撮影。ラストシーン近くの銃撃戦のシーンなどはこの軍用鉄道の線路沿いにあるWoolmer Forest (ウルマーの森)で撮影されています。

それと、いつものように銃器オタクの視線で気になったのは、その銃撃戦で使われていた拳銃。弁護士のトッド・ハンターが護身用に持っていたのはベルギーのFN Herstal 社製のModel 1900 という旧式の自動拳銃。ギルバートが撃ちまくっていたのは米国Smith & Wesson 社製の44 Double Action という中折れ式拳銃で、こちらも旧式の銃です。なぜにこんな旧式の銃ばかり使ったのかは良く分かりませんが、映画会社の小道具倉庫にはそれらのものしか無かったのかも知れませんね。ここのシーンで面白いのは、81分過ぎ、銃撃戦が始まって皆で戦おうとカルディコットが決意を示すと、チャータースが「Thinking like this might cause a war. I’m going outside…tell them what occurred. It’s up to us to apologize and put the matter right ・そんなふうに考えちゃあ戦争になるぞ。僕が外へ行って何が起こったのか話してくる。連中に謝って事が片付くかどうかは僕たち次第さ」と言って列車から降りようとするものの、直ぐに手を撃たれて戻ってくるや、真顔で「You were right ・君が正しかったよ」と答えるシーン。イギリス人の強情さが面白可笑しく描かれていて、自分たちの国民性が分かっているイギリス人なら、銃撃戦に息をのむのではなくこのシーンを見て絶対笑うことでしょう。この他にも本作には、リアリティー重視派の僕としては「いやいや、そんなこと無理でしょう」と突っ込みたくなる個所が幾つかあって、例えば冒頭に出てくる雪崩で起こった線路を塞ぐ雪の量ですが、あんな大量の雪を一日で除去できませんから(笑)。銃弾に倒れた機関士に代わってギルバートが蒸気機関車を運転したり、素人が線路のポイントを切り替えたりするのもハチャメチャとしか言いようがありません。そもそも、どうしてあのようなややこしい方法(しかも、急遽計画されたのであれば準備が整い過ぎ)でフロイを拉致しようとしたのかも不思議で、口を封じるのが目的であればもっと早くに始末できていた筈だし、そこからしてもうプロットが破綻してるんですよね。でも、それで良いのです!なんたてったって、この映画はコメディーですから!それに、後になって「大陸横断鉄道」や「フライト・プラン」など多くの映画に影響を与えたように、密室状態の列車から人が消えるというアイデア自体は悪くないですし、コメディー映画だと割り切って観れば楽しめるのが本作なのです。いやぁー、映画ってほんと、割り切りも必要なんですね(笑)。それでは皆さん、グッバイ、アディオス、チ・べディアーモ!

第14回 シシリーの黒い霧

原題:Salvatore Giuliano
公開年/製作国/本編上映時間:1962年/イタリア/123分
監督:Francesco Rosi(フランチェスコ・ロージ)
主な出演者:FrankWolf(フランク・ウォルフ)、SalvoRandone(サルヴォ・ランドーネ)、PietroCammarata(ピエトロ・カマラータ)

【ストーリー】
イタリア南部に位置するシチリア島。古代ギリシアの時代から続く長い歴史を持つその島の東端近く、カステルヴェトラーノの弁護士宅の中庭で1950年7月5日、30歳前後と推定される男が憲兵に射殺される。遺体の傍に落ちていたのは1丁づつの自動式拳銃と短機関銃。男の名はサルバトーレ・ジュリアーノ(ピエトロ・カマラータ)、21歳の時、闇市場で手に入れた小麦を咎めてきた国家憲兵(carabinieri)を殺害して地元の山に逃げ込み、以来、そこで山賊(bandito)を組織して仲間を束ねてきた若き頭領であった。だが、彼は単なる山賊ではなく、島民が尊敬の眼差しを向ける別の顔を持つ男でもあった。1943年、連合軍がシチリア島上陸作戦を敢行すると、独自の歴史と文化を持ちながらも常に貧困に喘ぐ島では独立運動が巻き起こり、ファシスト政権の打倒という利害で一致した連合国や地元のマフィアに支援された独立義勇軍が勢力を拡大、ジュリアーノはその独立義勇軍の代表も兼ねていたのである。独立派の幹部たちが元から武装していた山賊たちを担ぎあげて利用していたのだ。しかし、第二次世界大戦が終結すると新政府は独立運動の指導者たちを逮捕して独立を支持する島民の弾圧を開始、義勇軍として闘えば、独立達成の暁に過去の罪は不問とするという独立派の指導者たちから得ていた約束を保護にされたジュリアーノは、故郷であるモンテレプレ郊外の山に再び逃げ込んで義勇軍としての活動を続け、程なくして彼はモンテレプレの王と呼ばれるようになる。そんなジュリアーノの影響力を恐れた新政府は、彼とその一味を討伐すべく三百名の軍の兵士をモンテレプレに送り込むが、重武装している上に地の利を活かす山賊たちに歯が立たない。その為、新政府はシチリア島に自治権を与えて事態の収拾を図ることにし、1946年5月、シチリア島は自治権を獲得。それと引き換えに独立義勇軍が解散することになると、独立運動という大義名分を失ったジュリアーノとその一味たちの身分は、身代金目当ての誘拐、強盗、脅迫などで糧を得る犯罪者でしかなくなった。そして、そんなジュリアーノたちを一掃する為、新政府は再び軍の兵士をモンテレプレに送り、村の男たちを片っ端から逮捕するという強硬策に打って出るも、問題は一向に解決しない。逆に山賊と警察、憲兵との対立は激しさを増すばかりで、官憲の犠牲者が百人を越える非常事態となり、それに加えて1947年5月、第一回シチリア自治政府選挙で勝利した人民連合派に属する共産党がパレルモ郊外のポルテッラ・デッラ・ジネストラで催していた勝利を祝う集会をジュリアーノたちが襲撃し、多数の死傷者が出るに至ると(血のメーデー事件)、遂に政府は特別鎮圧部隊を編成して山賊の根絶に乗り出し、部隊を率いるルカ大佐によって、僅か一年弱でジュリアーノとその一味の大半が逮捕されるか殺害されることとなった。ジュリアーノの死後、時を経ずして彼の右腕であったガスパレ・ピショッタ(フランク・ウォルフ)も官憲の手に落ち、すべての混乱に終止符が打たれたかのように見えたが、血のメーデー事件の実行者特定に意欲を燃やす裁判官(サルヴォ・ランドーネ)によってその裁判に召喚されたピショッタが証言台で誰もが耳を疑う言葉を口にしたことから、ジュリアーノの死の真相が明らかになり始める。

【四方山話】
今回も先ずはこの映画の邦題の話から(笑)。原題である「Salvatore Giuliano」はイタリアの人の名前で、本作で描かれているとおり、サルバトーレ・ジュリアーノはシチリアにいた実在の人物。この人名が「シシリーの黒い霧」なんて意味不明なものに変えられてしまっている訳ですから、いつもながらの支離滅裂、理解不能な仕事としか言いようがないです(笑)。恐らく、1960年に松本清張さんが発表した「日本の黒い霧」という小説のタイトルを安直に流用したのでしょう。とは言え、原題のSalvatore Giuliano もちょっと微妙なところなんですよね(←どないやねん!)。なぜなら、本作はサルバトーレ・ジュリアーノの人生を主眼にしているのではなく(劇中では、ほとんどのシーンで死体としてでしか登場しません・汗)、彼の死の真相を焙り出しているものだからで、実際、本作に最初付けられていた原題は「Sicilia 1943-1960」だったそうです。

シチリア島の戦後をリアルに描いた緊迫感溢れる本作はイタリアのネオレアリズモの流れを汲むものなんですが、従来の作品と比べるとかなりのドキュメンタリータッチになっている為、ポスト・ネオレアリズモと区別されることもあるようです。配役に関してはネオレアリズモの手法を踏襲していて、出演者の中でプロの俳優はガスパレ・ピショッタ役のフランク・ウォルフと裁判官役のサルヴォ・ランドーネだけ。映画のタイトルとなっているサルバトーレ・ジュリアーノ役のピエトロ・カマラータは、シチリア島で一番大きい街であるパレルモで市電の運転手をしていた素人でした。と言っても、本作では死体の役をしているだけで、これといった演技はしていませんが(映っても背中だけとかです)、唯一、ラストシーン近くで台詞があるんですけども、暗闇の中という設定なので生きている姿はそこでも映ってないですね(笑)。ジュリアーノの補佐役と言うより、実際には共同リーダーであったと言われるピショッタを演じたフランク・ウォルフは、サンフランシスコ生まれのアメリカ人。ジュリアーノと同じくモンテレプレで生まれたシチリア人役を上手く演じていましたが、この人の両親、実はドイツ系。ウォルフは本作に出演した10年後、ローマのホテルの浴室で自ら咽を掻き切るという壮絶な方法で人生を終えました。享年43歳。劇中イタリア語を話していますが、その声はこの時代のイタリア映画のご多聞に漏れず吹替ですね。もう一人、熱血裁判官を演じたサルヴォ・ランドーネは、シチリア島のシラクーサ生まれの有名舞台俳優でした。前述したとおり、ウォルフとランドーネの二人以外の出演者はエキストラも含めて皆、地元住民。モンテレプレの村のシーンに出てくる住民たちも勿論、本物の住民で、実際のサルバトーレ・ジュリアーノを知っていた人ばかり(住民たちにとってジュリアーノは義賊)。なので、当初、村の住民たちはモンテレプレのイメージが悪くなることを怖れて撮影に非協力的でしたが、真実しか描かないと監督が約束すると、一転して村ぐるみで協力してくれるようになったそう。ポルテッラ・デッラ・ジネストラでロケ撮影した血の日曜日事件の場面のエキストラには、実際の事件当日に現場にいた人も数多くいて、銃撃のシーンの撮影が始まると、事件の日のことを思い出してパニック状態になる人が続出したと伝えられています。

本作のメガホンを握ったフランチェスコ・ロージはリアリティーに相当こだわる人だったようで、撮影はすべて史実どおりの場所でロケ撮影されました。冒頭、ジュリアーノの遺体が映し出されるシーンの場所は、カステルヴェトラーノのフラ・セラフィーノ・マノーネ通り(Via Frà Serafino Mannone)にある弁護士グレゴリオ・ディ・マリアの家の中庭で、映画に出てきたとおりにジュリアーノの遺体が横たわっていた実際の現場でした。その他、劇中に出てくるモンテレプレ、カステルヴェトラーノ、サン・ジュゼッペ・ヤート、ポルテッラ・デッラ・ジネストラ、パレルモといった地の情景もすべて本物。例えば、モンテレプレですと、33分前に画面に出てくる水汲み場のある通りはアントニオ・クルティ通り(Via Antonio Curti ・水汲み場は既に撤去されていて、通りの建物も多くが建て替えられた為、現在の通りに過去の面影は皆無)、41分過ぎに出てくるジュリアーノの母親マリアが暮らす家があるのはカストレンツェ・ディ・ベッラ通り(Via Castrenze Di Bella ・建物はそのまま残っていますが、外装はリノベーション済みで、ここも過去の面影なし)、48分過ぎに男たちを軍に連れ去られた女たちが抗議に向かって歩き出す通りはリカラ通り(Via Licara ・Google のストリートビューで見た限り、この通りは映画撮影時の雰囲気がやや残っています)といった具合です。あと、劇中に出てくる銃器ですが、冒頭のシーンでジュリアーノの遺体の傍に転がっている拳銃は米国製の45口径自動拳銃M1911A1、連合国軍がシチリアに上陸後、援助品として手に入れたか、アメリカ兵から盗んだ(もしくは金を積んで買った)と考えられます。短機関銃の方はイタリアのベレッタ社製Model 38/42。この短機関銃は前後並んでふたつの引き金が付いていまして、前が単発射撃用、後ろがフルオート射撃用という非常に面白い構造になっています。ピショッタが愛用しているのは米国製の短機関銃M1 トンプソン。シカゴのギャングたちが使っていたM1928 ではなく、コッキングハンドルが側面にある所謂「横引き」の戦時生産型であるM1 をちゃんと使っていますね。こちらも連合国軍からの援助品か米兵から盗んだかのどちらかでしょう(笑)。一番興味深いのは、30分過ぎに登場する山賊たちが使用の重機関銃。イタリアのフィアット社製M14/35 というイタリア陸軍が使っていたもので、テレビや映画では滅多にお目にかかることのない大変珍しいものです。この他にもいくつかの銃器が劇中で登場しますが、銃器オタクの視線から見てもすべて考証がしっかりとしたものでした。ロージ監督のリアリティー追求の熱意は相当なものであったようですね(笑)。

では最後にサルバトーレ・ジュリアーノにまつわるエピソードをひとつ。日本には「源義経が討たれたというのは頼朝を欺く為のカモフラージュで、実は平泉から密かに脱出して大陸へ渡り、チンギス・ハーンになった」という源義経伝説というものがありますが、ジュリアーノにも「カステルヴェトラーノで殺されたのはトゥリッドゥの替え玉で(トゥリッドゥは、オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」に登場するシチリアの田舎の騎士トゥリッドゥに由来するジュリアーノに付けられた愛称)、彼はシチリアのマフィアの手引きによってアメリカへ密かに渡り、生き延びた」という伝説が流布していて、その伝説を信じている者が少なからずいました。モンテレプレにあったジュリアーノの墓を裁判所命令で掘り返し、DNA 鑑定をして遺体が本人に間違いないと断定されたのはそれほど昔ではない2010年のことです。イタリアって面白い国ですね(笑)。それでは皆さん、グッバイ、アディオス、チ・べディアーモ!

第15回 恐怖の報酬

原題:Le Salaire de la peur
公開年/製作国/本編上映時間:1953年/フランス・イタリア合作/153分
監督:Henri-Georges Clouzot(アンリ・ジョルジュ・クルーゾー)
主な出演者:Yves Montand(イヴ・モンタン)、Charles Vanel(シャルル・ヴァネル)、Folco Lulli(フォルコ・ルリ)、Peter Van Eyck(ペーター・ファン・アイク)

【ストーリー】
舞台は中南米のとある国の油田地帯の入口となる小さな街ラス・ピエドラス。そこには周辺の石油資源を牛耳る米国の石油会社SOC(Southern Oil Company)の補給基地があり、石油関連の仕事を求めて世界中から食い詰め者が集ってくるが、そう簡単に仕事にありつける訳もなく、街に溢れているのは手持無沙汰な外国人たちの姿だ。ところがある日、そんな街に突然、ひとり二千ドルという破格の報酬が約束されたトラック輸送の仕事が舞い込んでくる。トラックの荷台に積み込むのは強い衝撃を受けると瞬時に爆発してしまう液体ニトログリセリン。五百キロ離れたSOC の油田で掘削作業中に爆発が起こって油田が炎上し、多数の死傷者を出すという大惨事が発生。激しく燃え盛る炎を鎮火させる為にはニトログリセリンを使った爆風消火を実行するしかなく、鎮火に必要な十分な量のニトログリセリンが現場に無かったことから、樽に詰めた四百キロのニトログリセリンをラス・ピエドラスから油田までトラックで輸送する必要が出てきたのだ。つまり、高額の報酬はその運送を引き受けてくれる運転手を集める餌であるのと同時に、悪路を走って油田まで危険物を輸送することに対する命の対価だったのである。しかし、仕事にあぶれている街の外国人たちは危険を承知でたちまちその餌に食いつき、選抜の結果、四人の外国人が仕事を得た。コルシカ島出身の与太者マリオ(イヴ・モンタン)、パリから逃亡してきた流れ者のジョー(シャルル・ヴァネル)、肺病持ちで余命半年のイタリア人ルイジ(フォルコ・ルリ)、冷静沈着なオランダ出身のユダヤ人ビンバ(ペーター・ファン・アイク)である。四人はそれぞれペアを組んでニトログリセリンを積み込んだ二台のダッジ社製トラックで油田へ向けて街を出発するが、彼らを待ち受けていたのは想像を絶する悪路であった。果たして四人は無事にニトログリセリンを油田へ届けることができるのか?果敢な運転手たちと悪路との闘いが始まる。

【四方山話】
本作のオリジナル版の上映時間は153分。この種のスリリングな映画としては長過ぎてダレるというのが正直なところですね。後半は緊迫感があってテンポも良いですが、前半は余計な描写が多過ぎてまったく駄目。例えば、街の食堂の女給を画面に何度も登場させて無駄に尺を伸ばす必要なんてあるんでしょうか?この映画のメガホンを取った監督アンリ・ジョルジュ・クルーゾーの自己満足としか言いようがありません(女給のリンダ役をしていたダイコン役者、実は彼の妻であるヴェラ・クルーゾーなんです・笑)。なぜに冒頭でわざわざオリジナル版と記したかと言うと、本作がアメリカで公開された際には35分もカットした約120分版で上映されたから(それでもまだ長い・汗)。でも実はこれ、長過ぎるので反省して再編集した訳ではなく、劇中のSOC の描き方を始め、反米的とされた部分がばっさりカットされた為でした。アメリカの配給会社が勝手にそうしたのかどうかは分かりませんが、監督もよく許したものだと思いますね。本作の製作費は当初の予算の倍の額がかかったと言われていて、アメリカでの興行収入を考えれば背に腹は代えられなかったのかも知れませんけど、そんな理由でカットを認めたのであれば情けない監督です。

この映画では、舞台がどこなのかについて劇中で語られることはありませんが、街の名がLas Piedras になっていることや(piedra はスぺイン語で石や岩の意味で、中南米の各地にLas Piedras という名の町や村が実際に存在しています)、街の住民がスペイン語を話していること、21分過ぎに出てくる店のショーウインドウの中の飛行機のチケット販売の手書き広告の行き先にカラカス、リマ、リオ・デ・ジャネイロ、ブエノス・アイレスといった地名が並んでいることが、映画の舞台が中南米のどこかの国であることを示唆しています。因みに、本作にも原作となった映画の原題と同名の小説があって(著者はGeorges Arnaud というフランス人作家)、その小説での舞台は中米のグアテマラという設定であったようです(グアテマラで油田開発が始まったのは1980年代に入ってからなんですが…)。そんなこともあって、クルーゾー監督は当初、この映画をグアテマラでロケ撮影しようと考えましたが、ブラジルを訪れたことのあったイヴ・モンタンが自らの経験から貧困地帯である中南米が映画撮影に適した環境ではないと拒否、中南米ではなくスペインでのロケ撮影が提案されましたが、これも当時のスペインがフランコ将軍の独裁政権下にあったことから却下となり、最終的にはすべてのシーンをフランス国内で撮影することになりました。劇中では中南米のどこかの国のようになかなかうまく見せていますけども、あれは全部、南フランスなんですよね(笑)。ラス・ピエドラスの街は、第二次世界大戦中にヴィシー政権がフランス国内にいたジプシーを強制収容する為に設置したアルル郊外のサリエ収容所跡にセットを組んで造ったもので(スクリーンに映し出される南国情緒豊かな椰子の木はなんと金属製・汗。劇中では皆が熱帯の蒸し暑さに苦しんでいますが、南フランスは熱帯ではないのでむしろ涼しかったそう・笑)、油田施設も南フランスのカマルグで組んだセット。実際にトラックを走らせるシーンはアンデューズやプルクス、ガルドン川沿いといった地でロケ撮影されました。

本作の中南米ロケを拒否したそのイヴ・モンタン、映画俳優よりも「枯葉」や「バルバラ」などをヒットさせたシャンソン歌手というイメージの方が強い人ですね。実際、モンタンはフランス歌謡界の大御所でしたが、実はイタリア生まれのイタリア人(イタリア人にしてはデカいですが)。両親ももちろんイタリア人(笑)。モンタンの父親は筋金入りの社会主義活動家で、ファシストのムッソリーニが政権に就くと迫害を受けるようになった為、アメリカへ移住しようと家族を引き連れてフランスへ向かいましたが、ちょうどその頃、アメリカが海外からの移民枠を閉じてしまった為、一家はそのままフランスに残らざるを得なくなってしまいました。アメリカへの移住がうまくいっていたら、イヴ・モンタンが世に出てくることはなかったかも知れません。いつもながらに思いますが、人の運命というのは不思議なものです。本作では主役の一角であるマリオ役を演じたモンタン、イタリア人の血を引いているおかげか(笑)その演技はなかなかのものでした。ルイジ役のフォルコ・ルリも印象に残る味のある演技をしていましたが、この人もイタリア人。ルリの経歴も興味深いもので、第二次世界大戦中は反ファシストの闘士として活動し、パルチザンの中でも精鋭の第一アルプス旅団に所属していました。この第一アルプス旅団は反ファシスト、反共産主義で結束していたパルチザンでしたので、共産主義に傾倒していたモンタンとルリとは気が合わなかったんだろうなと想像してしまいます(笑)。あと、本作の配役に関しての面白エピソードをひとつ紹介しておきますと、パリからやって来た逃亡者のジョーの役(12分頃の入国審査のシーンで軍人の机の上に顔写真入りの手配書のようなものが置かれていることから、ジョーが何らかの犯罪を犯した人物であることが窺え、彼がパスポートに賄賂の札を挟んで差し出すのはその所為です)、クルーゾーは最初、ジャン・ギャバンにオファーしたそうなのですが、ヘタレな性格の人物の役は嫌だとギャバンに断られたそう。そのおかげでジョー役が回ってきたシャルル・ヴァネルは、傲慢で強気であった男が、ニトログリセリンがいつ爆発するかも知れぬ恐怖の中で次第に冷静さを失い、遂には二千ドルの報酬が「payé pour avoir peur ・恐怖を味わう為に支払われたんだ」とまで口にして仕事を放棄しようとするヘタレ役を見事に演じていました(笑)。

さてと、最後は本作のストーリーの要となっているニトログリセリンの話を少し。ニトログリセリンの歴史は新しく、新たな有機化合物として歴史に登場したのは19世紀の中旬になってから。衝撃や加熱で即座に爆発する液体であった為、当初は爆薬にするには不向きと見做されていましたが、それを珪藻土に染み込ませることで安全に取り扱えるようにした人物がスウェーデン人のアルフレッド・ノーベルでした。所謂、ダイナマイトの発明というやつで、これによって巨万の富を築いた彼がその富をベースにノーベル賞を創設したことは皆さんもご存知のとおりですね。では、そのニトログリセリンがなぜに油田火災の消火に必要であったのかと言いますと、油田火災では炎の中心温度が摂氏三千度にも達し、炎の周辺でも二百度超になるから。それ故、消火隊が火災現場に近づくことさえ困難で、そこで考え出されたのがニトログリセリンやダイナマイトを使った爆風消火という方法なのです。爆風という名が付いてはいますが、実際には爆風で火を吹き消すのではなく、爆発によって周辺の酸素を一気に消滅させることで鎮火させるのだそう。酸素が無ければ火は燃えませんからなるほどです。いやぁー、映画ってほんと、勉強になりますね。それでは皆さん、グッバイ、アディオス、チ・べディアーモ!

この続きは『映画の棚④』でお楽しみください。