映画の棚・第32回「十二人の怒れる男」

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第32回】十二人の怒れる男

原題:12 Angry Men
公開年/製作国/本編上映時間:1957年/アメリカ/96分
監督:Sidney Lumet(シドニー・ルメット)
主な出演者:Henry Fonda(ヘンリー・フォンダ)、Lee J. Cobb(リー・J・コッブ)、Ed Begley(エド・ベグリー)、E. G. Marshall(E・G・マーシャル)、Jack Warden(ジャック・ウォーデン)

【ストーリー】
舞台は1950年代のアメリカ、ニューヨーク市。うだるような暑さが続いていた夏のある日、マンハッタンにある裁判所の法廷で結審したのは、スラム街にあるアパートの自宅で少年が口論の末に飛び出しナイフで父親を刺殺したとされる事件であった。裁判官は少年が起訴されている罪は第一級殺人(第一級謀殺)であり、陪審員が有罪と判断すれば死刑が確定することを述べて評議室へと入る十二人の陪審員を見送り、部屋に集った互いの名前も知らぬ陪審員たちは、評議をするよりも早く家に帰りたいとばかりに慣例に従って早速、評決を取る。被告人は札付きの不良少年。しかも、少年が殺人を犯したという証拠や証言が数多く揃っていたことから評決は直ぐに全員一致で有罪になるかと思われたが、有罪に賛成する挙手をしなかった男が一人いた。その男は陪審員番号8番(ヘンリー・フォンダ)。男が有罪に賛成しなかったのは少年の無罪を確信していたのではなく、裁判の過程で検察側の少年に対する偏見を感じ、少年が殺人を犯したとされる証拠や証言に対して疑念を抱いていたからであった。すると、評決を早く終わらせたい面々から「少年は間違いなく有罪である」という怒涛の反撃が始まる。それは、一人でも反対者がいると、十二人の陪審員の全員一致が原則である評決を全員が一致するまで永遠に繰り返さなければならないからで、中でもその急先鋒は、不仲な自らの息子を法廷での被告の姿に重ね合わせる陪審員番号3番(リー・J・コッブ)であった。両者の対立を軸に評決は混乱に陥っていくが、自らの観点で事件の真相を見極めようと陪審員番号8番の疑問に声を傾ける者が一人また一人と出始める。果たして評決の行方は?

【四方山話】
「法廷モノ」と呼ばれる作品群の中で歴史的名作とされる本作ですが、1954年に放映された米国CBS製作のテレビドラマ「Twelve Angry Men」のリメイクであることはあまり知られていません。基本的にドラマ版と映画版の筋書きに差異は無く、違うのは作品の長さくらい(ドラマ版は約50分)。当時は録画機器が貧弱であった為にドラマは生放送で放映されたそうで、台詞だけで進むこの作品を生放送という一発勝負でよくできたものだと感心してしまいます。ドラマ版との混同を避ける為なのか新聞の見出し風にしたかったのか、理由は良く分かりませんけども映画版のタイトルは「12 Angry Men」。まあ、発音すれば同じですから、耳で聞いた場合は違いが分かりませんね(笑)。この映画(というか脚本)のすごいところは、出演者から次々と繰り出されるテンポの良い台詞だけで観客を最後まで惹き付けてスクリーンから目を離させないこと。映画の中に出てくるのは、最初と最後の短いシーンを除いて陪審員が集う評議室の中だけ。あんな何の変哲もない部屋から画面が他の舞台に移動しないのに観客を退屈させないというのは、並大抵のことではありません。当然、撮影に必要なセットが最小限で済みますから、本作の製作費は約34万ドルと当時としては破格の安さで収まりましたが、絵に動きがない分(普通のアメリカ人が映画に求めていたものではなかった)、当時の観客の受けは今ひとつで、批評家には賞賛はされたものの興行的には奮わず、この映画が一般に名作として知られるようになったのは、皮肉にも後にテレビで放映されてから以降のことでした。

本作をより深く理解するには、陪審制というアメリカの司法制度について知っておくことを避けては通れませんので、解説に入る前に簡単にですが少し触れておくことにします。陪審制とは、一般市民から無作為に選出された者(陪審員)が裁判官から独立して犯罪の事実認定、つまり、有罪か無罪かを決定する制度です。13世紀初頭に「人は同輩から成る陪審の判決によるのでなければ処罰されない」という権利をマグナカルタで宣言したイギリスに於いて発展した制度で、イギリスの植民地であったアメリカもそれに習いました(実は日本でも、1928年から43年までの間、陪審制が実施されていました)。陪審制においては、量刑(刑の重さ)は裁判官が決定しますが、犯罪の事実認定は前述のとおり陪審員のみによって行われ、裁判官は評議に加わりません。評決は原則全員一致で(現在は特別多数決と言って11対1や10対2でも評決に達したと認める国も存在)、陪審員の意見が分かれてしまって、いつまでたっても評決に達しない場合は「評決不能」と見做し、新たな陪審員を選任して裁判をやり直します。日本国のように裁判官が中世の王侯貴族や領主の如く人を裁いているだけでなく(法が人を裁いているのではありません。人が人を裁いているのです)、これまでの数々の公害裁判や原子力発電関連の裁判、種々の違憲判断裁判で常に国家の意向に沿った判決しか御用裁判官たちが下さないことからも分かるとおり、日本国の司法制度はデタラメだらけで正義の鉄槌が下されることはありません(まあ、日本国だけでなく、世界中どこでも同じようなものですが)。単に司法試験をパスしただけでエリートとされる裁判官が神のように振る舞う日本のような司法制度よりも、少なくとも陪審制の方がまだましであることはこの映画を見れば一目瞭然。なぜなら、社会においてそこに暮らす構成員を裁く資格があるのは、同じくそこで共に暮らす構成員以外にはありえないからです。勿論、陪審制も問題だらけで、あくまでも「まだましなレベル」というだけのこと。例えば本作では陪審員が全員白人男性でしたが、この裁判が黒人男性が白人女性を殺害した事件の裁判であったのなら、間違いなく3分で有罪の評決に達していたことでしょう。いずれにせよ、従来の欧米法などの理念などとは完全に決別した新たな思考による正義を行う独自のシステムを将来的には生み出さなければならないことに疑問の余地はありません。因みに、本作に出てくる「第一級殺人(murder in the first degree)」というのは、周到な準備に基づいて行われた殺人や強盗、強姦などの重罪の結果として行われた殺人に対する量刑で、裁判官の情状酌量は一切認められず自動的に死刑適用となります(死刑制度のない州では終身刑)。これに対し、計画性や周到な準備がない一般的な故意による殺人や、殺意はないが重大な危険行為(暴行など)によって人を死亡させた場合には「第二級殺人(murder in the second degree)」が適用され、こちらの場合は裁判官の情状酌量が可能。なので、そもそもからして本作の少年がなぜに第一級殺人で起訴されていたのかが甚だ疑問。犯行が被害者側の挑発に基づいていたとか、犯行当時の容疑者の心理状態に問題があったのであれば、謀殺(murder)ではなく、むしろ故殺(manslaughter)が適用されてしかるべきでしょう(ここで謀殺と故殺の違いの説明を始めると話がどんどん長くなるので割愛します・笑)。

いつものように前置きが長くなってしまいましたので(汗)、そろそろ解説に入るとしましょう。先ずは本作の舞台について。舞台がどこの街なのかということは映画の中で直接触れられてはいませんが、   7分30秒頃に二人の陪審員が評議室の窓の外を覗いているシーンで「Hey, is that the Woolworth Building?」「That’s right」という会話を彼らが交わしていることや(Woolworth Buildingは1930年まで世界一の高さを誇っていた高さ240メートルの高層ビル)、陪審員番号7番の男(ジャック・ウォーデン)が「I have tickets to that ball game tonight.Yanks and Cleveland・今夜のヤンキース対クリーブランド戦の野球観戦チケットを持ってるんだ」とはりきっていますから(彼が8分40秒頃に「Real jug-handled・まじなカーブ(を投げる)」と話しているマジェルスキーというヤンキースのピッチャーは実在しません。余談ですが、当時のヤンキースはミッキー・マントルが所属するチームの黄金時代でした)、舞台となっている裁判所があるのはニューヨーク市のマンハッタンであることが分かります。実際、ラストシーンで陪審員8番(ヘンリー・フォンダ)と9番(ジョセフ・スィーニー)とが別れの挨拶を交わすシーンが撮影されているのはマンハッタンのCentre Streetの60番地にあるNew York County Courthouse(ニューヨーク郡裁判所)の正面玄関。それ以外のシーンの評議室などはニューヨークにあった20世紀フォックスのスタジオでセットを組んで撮影されました。本作は96分の上映時間のうち90分以上が評議室でのシーンなので、ロケ地に関する話はこれにて終了!(笑)。因みに、本作の陪審員たちが劇中において番号でしか登場しないのは、陪審員裁判では互いの名前も知らぬ者たち同士が一致団結して事実認定を行うというふうに脚本の設定がなっていたからで、実際の裁判では勿論、陪審員同士は裁判開始前にお互い自己紹介をして名前で呼び合います(見知らぬ者同士がひとつのチームとしてまとまるには、名前で呼び合うことが必須だそう)。現在のアメリカでは、年間100万人以上が陪審員となって裁判に参加しているようですが(刑事事件の場合は、司法取引によって裁判をする前に解決となることも頻繁にあります)、仕事を休んで参加しないといけないのに日当の金額が20ドルとか30ドルと低いので、渋々参加している人も多いように聞きました(陪審員を務めることは国民の義務なので正当な理由なく拒否はできませんし、拒否のハードルも高いらしいです)。

では次に、いつもの出演者紹介。なんと言っても先ず最初に取り上げなければならない役者は、陪審員番号8番を演じたヘンリー・フォンダですね。本作では普通に地味なおっさんの役柄ですが(笑)迫真の演技によって真実に目を背けた偏見は許さないという男の信念を滲み出させていました。素晴らしい演技です。フォンダは1905年、ネブラスカ州生まれ。フォンダの母親が舞台女優であったマーロン・ブランドの母親、ドロシーと友人関係にあり、ドロシーの勧めで舞台劇の子役のオーディションを受けたことが演技に目覚めた切っ掛けでした。フォンダ家の血筋には本人も含め、もとから演技の才能の遺伝子が備わっていたようで、「コールガール」や「帰郷」で主演を務めたジェーン・フォンダと「イージーライダー」でブレイクしたピーター・フォンダはヘンリー・フォンダの実子です。第二次世界大戦開始時、既に有名俳優であったフォンダは「スタジオで偽物の戦争を体験するのは嫌だ」と海軍に志願して水兵として駆逐艦に乗り込み、退役時には少尉になっていたという経歴も持っており、映画「Mister Roberts」の海軍将校役が板についていたのも頷けますね。スクリーンの上では堅実なアメリカ人男性を演じることの多かったフォンダですけども、私生活では女性関係にルーズな人で、なんと5回も結婚をしています(汗)。その結婚生活の中でもジェーン・フォンダとピーター・フォンダの母親、フランシス・シーモアはフォンダの女性関係を苦に自殺しており、本当の自殺理由をフォンダはジェーンとピーターに隠し続けていた為、後にその事実を知ることになった二人と彼との間には親子関係の断絶が生まれました(最後は和解)。次に陪審員8番に最後まで抗う陪審員番号3番を演じたリー・J・コッブ。「この攻撃的なキャラと演技、どこかで見たことがあるぞ」と思った方は映画通ですよ!そうです、『映画の棚』の第8回で紹介した「波止場」でギャングのボス役をしていたのがこのコッブですね。ヤンキースの試合観戦へ行きたいが為に早く評決を終わらせることしか考えていない陪審員番号7番役のジャック・ウォーデンもいい演技をしてました。この人も興味深い経歴を持っていて、戦前は食えないプロボクサーやナイトクラブの用心棒として暮らし、18歳になるとアメリカ海軍に入隊。第二次世界大戦中は陸軍に転籍して第101空挺師団に所属しました。この空挺師団はノルマンディー上陸作戦でドイツ軍の背後に降下した勇猛な部隊ですが、ウォーデン自身は上陸作戦直前の訓練中に足を骨折してしまった為、作戦には参加していません。この人は本作の監督シドニー・ルメットが1982年に撮った本作の二番煎じ映画「評決」にも出演していますね。陪審員番号9番のジョセフ・スウィーニーはほぼ無名ですけど、テレビドラマ版でも同じ陪審員9番を演じていた役者。それと、陪審員番号1番。あの個性のある顔に見覚えありませんか?そう、第30回で解説したヒッチコックの「サイコ」で私立探偵役を演じていたマーティン・バルサムです。本作では死なずに済んでいますね(笑)。陪審員番号4番のE・G・マーシャル、10番のエド・ベグリーの演技もいいですし(この人も海軍出身)、台詞だけで話を進めないといけない映画ということもあって、やはり、陪審員役12人全員、演技レベルの高い役者を揃えてます。出演者の多くが軍務(実戦)経験者というのも興味深い点でしょう。あと、監督のシドニー・ルメットにも少し触れておきましょうか。僕の中では「この監督=ニューヨーク」というイメージがありますが、ルメットが生まれたのはニューヨークではなくフィラデルフィアなんですよね(育ちはニューヨークのLower East Side、当時は移民労働者階級が暮らす街区)。アル・パチーノが主演したニューヨークが舞台の「セルピコ」や「Dog Day Afternoon(邦題は記しません・笑)」もこの監督の作品です。ルメットも第二次世界大戦中は陸軍兵士として出征しており、その出征先は日本軍が侵攻していたインド・ビルマ方面でした。ですが、彼の任務はレーダーの修理であったので、日本兵と直接戦ったということではなかったようです。

さてさて、なんだか今回も話が長引いてきましたので、そろそろシメに入るとしましょう。ここから先はネタバレが入りますのでご注意願います。その後の評議ですが、先ず8番が再検討を呼びかけたのは凶器とされる飛び出しナイフ(switch knife)についてでした。ナイフを買ったことは認めるが、落として失くしてしまったという被告の少年の主張に対し、ナイフは特徴的な形状、柄をしており、同じものは二つとして無いと検察が決めつけていたからです。8番以外の陪審員は検察の主張を鵜呑みにしていましたが、8番が自分のポケットから取り出したナイフを凶器として警察が押収したナイフの横に並べた(テーブルに突き刺した)瞬間、皆がどよめきます。なぜなら、そのナイフが凶器のナイフと瓜二つであったから。どこでそのナイフを手に入れたのかと詰め寄る他の陪審員に「前日に少年が暮らすスラム訪れ、そこで普通に買えた」と答えた8番の言葉は、同じものは二つとして無いという検察の主張を瞬く間に覆し、このことでまず9番が8番の側につきます。これを切っ掛けに、スラムで育ってナイフを使った喧嘩を何度も目撃したことのある5番が、飛び出しナイフを使い慣れた人間が今回の事件のような角度で人を刺すことはないと疑問を呈し、少年の「殺してやる」という声を聞き、そのあと少年がアパートの階段を駆け下りていくのをドア越しに目撃したという老人の証言も、足の悪い老人が寝室から自室のドアまで15秒で移動することができないことが評議室の中で実証されます。そればかりか、高架鉄道の傍の部屋では列車の通過時には人の声など聞こえないということも判明。ついには、高架鉄道を挟んだ向かい側のアパートの部屋から少年が父親を刺すのを目撃したという中年女性の証言も、証言台に立っていた女性の顔に眼鏡をかけていることを示す皮膚のへこみがついていたことや片手で鼻をこするという眼鏡使用者の独特の仕草をしていたことを9番が思い出したことから、証言者の女性は普段は眼鏡を使っていて視力が悪いのではないかという疑いが浮上。ベッドで寝ていたところ、ふと窓の外を見たら少年が父親を刺しているのが見えたという証言に信憑性がない(人は寝床に就く時には眼鏡を外しているから、暗い夜に裸眼で高架鉄道の向こう側の部屋で何が起こっているのかが見えたかどうかは疑問)との認識が形成された時には、無罪を支持する陪審員が11名に達していました。3番だけは一人頑なに有罪を主張し続けますが、そんな3番も自分が少年の有罪にこだわっているのは反りの合わない自らの息子に対する憤りを法廷の被告に向けているからだということに気付くとテーブルの上で泣き崩れ、少年が無罪であることに同意します。このように、弁護人の努力不足によって引き起こされた被告人の不利な状況を陪審員たちが合理的疑いを洗い出してひとつひとつ吟味していく、つまり、法廷での検察と弁護人のやりとりはあくまでも事実認定の材料に過ぎず、真実を焙り出すのは普通の良識と理性を備えた市民である陪審員たちによる評議であるというのが本作が伝えたかったことなのでしょう。こうして、評決は無罪で全員一致となり映画も終了。オープニングからラストまで約90分、息つく暇もなく一気に見せますから「なるほど、これは名作だ!」とは思いますけども、「じゃあ、いったい誰が父親を殺害したのか?」や「ナイフは少年の落としたものだったのかそれとも別物だったのか?」「ナイフが少年の購入したものと同一であったのなら少年は誰かにはめられたのか?」といったことは一切語られずに映画は終わってしまいますので、僕としてはちょっと消化不良というか何というか、首を傾げたくなる点が無いという訳ではないんですよね。と、言いがかりも甚だしいところで(笑)、今回の解説を終えることにしましょう。それでは皆さん、グッバイ、アディオス、チ・べディアーモ!

河内レオンは現在、シルクロードを旅行中につき、この記事は事前の予約投稿によって自動的にブログにUPされております。帰国予定の4月上旬まで、毎週日曜日の『映画の棚』の記事以外、ブログはUPされませんので悪しからずご承知おきくださいませ。

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