映画の棚・第34回「西部戦線異状なし」

このエントリーをはてなブックマークに追加

第34回】西部戦線異状なし

原題:All Quiet on the Western Front
公開年/製作国/本編上映時間:1930年/アメリカ/133分
監督:Lewis Milestone(マイル・ストーン)
主な出演者:Lew Ayres(リュー・エアーズ)、Louis Wolheim(ルイス・ウォルハイム)、John Wray(ジョン・レイ)、Slim Summerville(スリム・サマービル)、William Bakewell(ウィリアム・ベイクウェル)

【ストーリー】
1914年にサラエボで起こったオーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者暗殺に始まり、やがて欧州全域を巻き込んでいった第一次世界大戦。フランス領内への侵攻を目論むドイツ軍に対し、英仏軍は国境地帯に塹壕を張り巡らしてその野望を阻止。防御が攻撃を圧倒する膠着状態に陥った西部戦線では消耗戦が始まり、日々失われる兵員の補充が各国の急務となっていた。そんな状況下、前線に向かう兵士たちを住民が大歓声を上げて送り出し、若者たちの愛国心を煽って軍に志願するよう呼びかける教師の声が教室に響いていたドイツのとある田舎町で、その熱弁を聞いて血潮をたぎらせた生徒のポール・バウマー(リュー・エアーズ)が級友たちと共にドイツ陸軍に入隊する。入営後、顔見知りの町の郵便配達員で予備役の下士官であったヒンメルストス(ジョン・レイ)から厳しい訓練を受ける若者たちは、気のいい郵便配達員であったヒンメルストスが権威を振りかざす人間に変貌しているのを目にして軍隊の恐ろしさを知るが、それは彼らの運命を待ち受ける壮絶な苦難の序章でしかなかった。基礎訓練を終えて直ちに西部戦線の最前線に送り込まれ、塹壕に到着するやその日のうちに砲弾や銃弾が飛び交う下で鉄条網を敷設するという任務に駆り出されたポールたちがそこで目にしたのは、あっけなく死んでいく兵士たちの姿だったのだ。連日の戦闘で級友たちが次々に戦死していく中、古参兵のカチンスキー(ルイス・ウォルハイム)から戦場で生き延びる術を学んだポールはなんとか死なずに済んでいたが、ある日、総突撃が繰り返されて一進一退の攻防が続く戦闘の最中、砲撃でできた巨大な穴に落ちてしまい、そこへ同じように落ちてきたフランス兵を短剣で刺殺することとなる。ところが、敵兵を殺めたポールには自分が死なずに済んだという安堵感が沸き上がってくることは無く、倒れた男のポケットから出てきた家族の写真を目にした彼に芽生えたのは、戦争というものの正当性に対する疑念であった。その後もポールの部隊には繰り返し出撃命令が出され、遂に砲弾の破片を腹部に受けて重傷を負った彼は病院送りとなるが、生きたいという強い精神力によって傷を完治させ、帰隊前に休暇を与えられて一時帰郷する。久し振りに故郷の町へ帰ってみると、学校では相変わらず戦争を賛美して愛国心をたきつけている教師の前で生徒たちが目を輝かせていて、戦場の悲惨さも実情も知らない町の住人たちが、パリに攻め入るにはどうすれば良いかと激論を交わしてるのを見て愕然としたポールは、翌日、休暇を切り上げて粛々と再び戦場へと向かう。

【四方山話】
今回も文学が映像化された作品を紹介させていただきます。原作はドイツの作家レマルクが1928年に発表した有名な反戦小説「西部戦線異状なし(Im Westen nichts Neues)」で、作者自身が戦場で味わった過酷な体験と戦争に対する嫌悪を主人公に投影したとされている作品です。1928年と言えば、ヒトラー率いるナチスが国政選挙で初めて議席を獲得(12議席)した年であり、ナチスが徐々に社会に浸透しつつあった当時のドイツの状況を考えれば、この原作小説をドイツで映画化することは困難であったであろうことは想像ができますが(実際、レマルクはナチスに糾弾され身の危険を感じてスイスへ亡命。ドイツに残った妹は国家反逆罪でナチスに処刑されました・汗)、原作の権利をアメリカの映画会社(ユニバーサル)が買い取り、直ぐに撮影に入って原作の発表から2年後には作品がアメリカの映画館で公開されていたというのは、意外というか、かなりの驚き。それだけでなく、本作は非常に完成度が高く、公開からほぼ1世紀が経過した現在でも普通に鑑賞できますから、その点でも驚きなんですよね。100年前の映画とはとても思えない出来栄えなのです。先ず何が凄いかというと、戦場のリアリティの再現度でしょう。しかも、本作に登場するシーンはすべてアメリカ国内で撮影されているというのですから、これまたびっくり(笑)。ドイツの街並みなどはハリウッドのユニバーサル・スタジオ内に巨大セットを組んで丸ごと再現し、塹壕のシーンはロサンゼルス郊外のサンタ・アナにあった「アーバイン牧場」で実際に塹壕を掘ってロケ撮影されました。この他、同じくロサンゼルス郊外のバルボアやベニス、シャーウッド湖周辺の森林地帯でも撮影が行われていますが、9分30秒過ぎに出てくるポールたちが歩兵として基礎訓練を受ける為に入営する欧州風の巨大な兵舎の建物だけは、恐らくマット画で背景を合成しているのではないかと思われます。本作では、兵士たちの軍服や装備、使用している武器も非常に正確に再現されていて、ドイツ兵役はドイツ陸軍の標準装備であった小銃、モーゼル・ゲヴェーア1898を使っていますし、フランス兵役も同じくフランス陸軍が採用していたベルティエ1907/15ライフルを使用しています。ドイツ兵役がマキシムMG08機関銃を撃ちまくっているというのも史実に忠実。但し、フランス軍がヴィッカース・マークⅠ機関銃を使っているのはちょっと疑問符。フランス軍ならホッチキスM1914を使っている筈ですが、イギリス軍から供与されたものと考えて、まあ良しとしましょう(←また上から目線かよ・笑)。ラストシーンに出てくるフランス兵が使っている狙撃銃だけは完全に誤りですね。あのライフルはモーゼル・ダンチヒ・スポーターという小銃で、ドイツのダンチヒにあった造兵廠が第一次世界大戦後にモーゼル・ゲヴェーア1898を民生用に作り変えて生産したものなので、第一次世界大戦中には存在していなかった銃です(←いつもの武器オタクのこだわりでスミマセン・笑)。ポールたちが兵営で基礎訓練を受ける際に頭に被っている滑稽な形状の帽は「ピッケルハウベ」と呼ばれるプロイセン式の兜。てっぺんの角(ピッケル)は、兵士の背を高く見せて威厳ある姿に見せる為に取り付けられていて、敵がサーベルを頭上に振り下ろしてきた際、衝撃を分散する役割も果たしていました。しかし、機関銃や大砲が主役の近代戦では邪魔にしかならない無用の長物で、ポールたちも史実どおり、塹壕戦に送り込まれた時にはスパイクの無い鉄製のヘルメットを被るようになっていましたね(原作小説では入営時から既に鉄のヘルメットを支給されています)。あと、この映画で驚かされるのがド迫力の砲弾着弾シーン。あれは電気発火式の本物のダイナマイトを地中に大量に仕掛けて、専門の技術者が兵士の動きを見ながら爆発させていたそうです。タイミングを一歩間違えれば死亡事故発生間違いなしですから、安全第一の今の時代に同じことをするのは絶対に無理。なので、ある意味、現在の映画やドラマよりも迫力あるシーンが撮れているとも言えるでしょう。それに加え、砲弾の着弾シーンや白兵戦のシーンでのカメラワークも絶妙。実は本作の戦闘シーンで兵士役として雇われた約150名のエキストラのほとんどが第一次世界大戦の実戦経験者だったそうで、それらの元兵士たちから様々なアドバイスがあったことも本作でリアルな戦闘シーンを再現できた理由のひとつのようです。当時はまだ社会に知られていなかったシェルショック(戦闘の極度のストレスや砲弾の爆発音によって引き起こされるPTSD)も作中で既に取り上げられていましたね。但し、本作のエキストラとして雇われていたフレッド・ジンネマン(後に映画監督となる)は、エキストラの多くがロシア革命から逃れてきた貴族と将校であったと語っています(ジンネマン自身は従軍経験なし)。本作で唯一リアリティーに欠けているのは、ドイツ人が英語を話していることくらいでしょうかね(笑)。原作では主人公の名はPaul Bäumer(パウル・ボイマー)ですが、それも映画では英語風にポール・バウマーと発音が変更されていました。

1930年頃と言えば、映画の主流がサイレント映画からトーキー映画へと変わっていく過渡期にあった時代で、映像に台詞や効果音、音楽をどのように合体させていくのか手探り状態であったと思うのですが、本作は現在の映画やドラマと遜色の無い仕上がりになっていて、出演者の演技もサイレント時代のとってつけたような演技とは違ってとてもいいです。特に主人公のポールを演じたリュー・エアーズは、もう少し後の時代に生まれていたら、もっと大スターになれていたであろうと思わせる才能が見受けられます。ですが、本人は出世欲など皆無の純真な人だったようで、本作でポールを演じて反戦意識に目覚めたのか、第二次世界大戦が始まると良心的兵役拒否者となり(エアーズが戦闘に関らない衛生兵を希望したものの軍が認めなかったというのが本当のところでしたが)、アメリカ社会より大反発を食らいます。が結局、彼は衛生兵として太平洋の前線(フィリピン、ニューギニア)に送られることになり、終戦までその任務を果たしました(エアーズは軍隊で得た給与をすべてアメリカ赤十字に寄付したそうです)。彼は厳格なベジタリアンであったことでも知られていて、何と言うか、ちょっと変わった人だったのかも知れませんね(笑)。戦後も映画やテレビドラマの端役で細々と活躍し、1996年に亡くなりました(戦争映画への出演オファーはすべて断っていたそう。オカルト映画のオーメン2でダミアンを養子として迎え入れたリチャード・ソーンが会長を務める会社の社長役をしていたのはこの人)。古参兵のカチンスキーを演じたルイス・ウォルハイムもいい味を出していましたね。鼻が折れていて見かけはプロレスラーのヒール役ですが、ウォルハイムは名門コーネル大学で工学を学んだ秀才で、4ヶ国語を自由に操ったと言われています。因みに、鼻が折れたのは大学時代にサッカーの試合をしていた時だったそうで、一度は手術で折れた鼻を元に戻したものの、その後、酔って殴り合いの喧嘩をした際に再び折れてしまい(若い頃の彼は喧嘩早いことで有名だったそう)そのままとなったというエピソードが残っています。ウォルハイムにも軍務歴がありますが、第一次世界大戦の最中にアメリカ陸軍に志願して将校となる訓練(大卒なので)を受けていた最中に終戦となった為、実戦の経験はありません。残念なことに、ウォルハイムは本作が公開された翌年に胃癌で亡くなっていて、その人柄から慕われていた彼の死を多くの映画人が悲しみました。享年50歳。あと、本作の監督であるマイル・ストーンについても少し触れておきましょう。彼は1895年にロシア帝国のベッサラビア(現在のモルドバ)で裕福なユダヤ人の家に生まれ、ドイツへの留学を経て1913年にアメリカへ移住しています。彼がドイツを離れたのは兵役に就きたくなかったからだったそうですが、1917年にアメリカも第一次世界大戦に参戦した為、結局、アメリカで陸軍に入隊することになりました。しかし、当時、写真家を生業にしていた彼が配属されたのは、航空写真を撮影したり訓練映画の編集をしたりする部隊で、実戦には参加していません。この部隊には後に映画監督となるヨーゼフ・フォン・シュテルンバーグやビクター・フレミングといった映画関係者が多くいて、彼らの友人を介してストーンがハリウッドで職を得ることになったのですから、それが彼の運命だったのでしょう。このようにして、1919年からハリウッドで働き始めた彼はその才能によってめきめきと頭角を現し、9年後には「Two Arabian Knights」でアカデミー賞の監督賞を受賞。さらに本作でも二度目の監督賞を受賞しました。まあ、この『映画の棚』で何度も書いているとおり、アカデミー賞を受賞したから何なんだって話で(笑)、映画好きの人は、それらの受賞作よりも本作の次にストーンが監督を務めた「The Front Page」を彼の最高傑作として挙げる人も多いようです。

それでは、今回もネタバレに入りましょうか(笑)。休暇を終えたポールが部隊に戻ってみると、隊の顔ぶれはかつての自分のような若い新兵ばかりに変わっていましたが、戦場でのいろはを教えてくれたカチンスキーは健在で、二人は再会を喜こびます。ところがその時、飛行機が投下した爆弾が二人の傍らに落下してカチンスキーが足に怪我を負い、ポールは傷は軽いから心配ないとカチンスキーを背負って野戦病院へ向かいます。しかし、二人をしつこく追ってくる飛行機が再び爆弾を投下し、破片で首をやられたカチンスキーは絶命しますが、そのことに気付かぬポールは彼を担いで野戦病院へ運び込み、そこで衛生兵から彼が既に息絶えていることを知らされて初めてその死を知ることになります。肩を落として野戦病院のテントを去るポール。それから暫しの時が流れ、相変わらず塹壕の中で敵と対峙していたポールは銃眼の向こうに美しい蝶を見つけると、そっと手を伸ばしますが、その瞬間、フランス軍の狙撃兵が放った銃弾が彼の身体を貫き、映画は終了(ポールが一時帰郷した際、彼が蝶の収集家であったことを匂わせる前振りが入れられているのは、このラストへとつなげる為だったんです)。実はこの映画版のラストシーン、原作小説とは大きく違っていて、小説では塹壕の傍に落ちた砲弾でポールは戦死し、そのあと、視点が第三者に変わってこう記されています。

「„Er fiel im Oktober 1918, an einem Tage, der so ruhig und still war an der ganzen Front, dass der Heeresbericht sich nur auf den Satz beschränkte, im Westen sei nichts Neues zu melden.“・彼は1918年10月、戦死した。全前線が非常に静かで穏やかだったその日、報告書に記されたのは『西部戦線で特に新しい動きなし』という一文だけであった」

この部分がまさしく小説のタイトルの由来であり、一人の若者の死など異状のうちにも入らないという戦争というものの残酷さ、異常さを読者に感じさせる重要な部分なのですが、映画ではこの文言が一切出てきません。これは非常に残念なことで、今からでもいいから絶対に付け加えるべきですね。それでは皆さん、グッバイ、アディオス、チ・べディアーモ!

河内レオンは現在、シルクロードを旅行中につき、この記事は事前の予約投稿によって自動的にブログにUPされております。帰国予定の4月上旬まで、毎週日曜日の『映画の棚』の記事以外、ブログはUPされませんので悪しからずご承知おきくださいませ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です