『洋楽の棚』傑作選「ライク・ア・ローリング・ストーン」

『洋楽の棚』で紹介した曲の中から解説が力作であると思える10曲を著者自身が勝手に選んで毎週日曜日にお送りしてきた傑作選特集、早くも今回で最終回となりました!傑作選でも大トリはこの曲に登場願いましょう。第100回で取り上げたボブ・ディランの最高傑作とされている「Like A Rolling Stone」です。

【第100回】Like A Rolling Stone / Bob Dylan (1965)

Oh, my, my, my, listen man…yeah, I finally made it! 古い洋楽のファンが増えることを願って始めたこのコーナー、遂に100回目となりました!我ながら一人黙々と良く書き続けられたものだと思います。誰も褒めてくれないので自分に拍手!パチ、パチ、パチィー(←ああ、虚しい・笑)。で、100回目の記念すべき回に何の曲を取り上げようかといろいろ考えましたが、最終的にこの曲、ボブ・ディランのLike A Rolling Stone を選びました。別に僕はボブ・ディランのファンでもなんでもないんですけども、この曲がフォークソングと決別したディランによって生み出されたアメリカン・ロックの原点という歴史的評価を得ていることから、ちょうどいいんじゃないかと思って選んでみました(←なんだよ、その安直な理由・笑)。1941年にミネソタ州の小さな地方都市ダルースで生まれたディランの本名はロバート・アレン・ジマーマン。その苗字のとおりユダヤ系です。少年期、ラジオから流れてきたHank Williams の歌声を聞いて感動し歌手を志した彼は、二十歳の時にその夢を叶えるべくニューヨーク市に移住、フォーク歌手として本格的な音楽活動を開始しました。折からの公民権運動やベトナム反戦運動の波に乗ってフォーク歌手として徐々に知られるようになり順風満帆だった彼でしたが、やがてカウンターカルチャーを背負うことが重荷となり、自分のやりたいことをやりたいようにやろうとアコースティック・ギターをエレキ・ギターに持ち替えて発表したのがこのLike A Rolling Stone という曲。結果、フォークのファン層からは裏切者扱いされて総スカンを食らったものの、社会に対して求めているのと同様、すべての面において変革を求めていた層には受け容れられて大ヒットし、その名を歴史に刻み込みました。それがどんな曲だったのか、先ずは歌詞を見ながら聴いてみてください。

Once upon a time you dressed so fine
Threw the bums a dime in your prime, didn’t you?
People call, say “Beware, doll, you’re bound to fall”
You thought they were all a-kiddin’ you
You used to laugh about
Everybody that was hangin’ out
Now you don’t talk so loud
Now you don’t seem so proud
About having to be scrounging your next meal

昔さ、君は着飾って
意気盛んに10セント硬貨を浮浪者に恵んでた、違うかい?
皆が君に言ったよね「お嬢さん、気を付けな、人生を転げ落ちてるぜ」って
君は連中が冗談を言ってるんだと思って
笑ってたものさ
その辺でたむろしてる皆のことをさ
だけど、今は昔と違って目立ったりはしていない
今は誇りがあるようにも見えない
人にたかって施しを受けることなんかしてんだから

How does it feel?
How does it feel
To be without a home
Like a complete unknown
Like a rolling stone?

それってどんな気分なんだい?
それってどんな気分なんだい
帰る場所が無いままでいるってことがだよ
まったく知られることがないかの如く
転がる石ころみたいにさ

Aw, you’ve gone to the finest school all right, Miss Lonely
But ya know ya only used to get juiced in it
Nobody’s ever taught ya how to live out on the street
And now you’re gonna have to get used to it
You say you never compromise
With the mystery tramp, but now you realize
He’s not selling any alibis
As you stare into the vacuum of his eyes
And say, “Do you want to make a deal?”

あぁー、ロンリー嬢、君は確かに最高の学校に通ってた
けど、君は単にそこで浮かれてただけだってことが分かってるんだ
誰も君に現実の社会でどう生きるのかを教えなかったし
今はそれに慣れなくっちゃいけなくなってんだ
君は絶対に妥協しないって言ってたよね
謎めいた放浪者に対してはさ、でも君は分かったんだね
彼は言い訳を売ってはいないって
君は彼の空虚な瞳をじっと見つめ
こう言うのさ「取引しない?」ってね

How does it feel?
How does it feel
To be on your own
With no direction home
A complete unknown
Like a rolling stone?

それってどんな気分なんだい?
それってどんな気分なんだい
帰る場所が無いままに
一人でいることがさ
まったく知られることがないままに
転がる石ころみたいにさ

Aw, you never turned around to see the frowns
On the jugglers and the clowns when they all did tricks for you
Never understood that it ain’t no good
You shouldn’t let other people get your kicks for you
You used to ride on a chrome horse with your diplomat
Who carried on his shoulder a Siamese cat
Ain’t it hard when you discover that
He really wasn’t where it’s at
After he took from you everything he could steal?

あぁー、君は決して振り向かなかった
曲芸師やピエロが芸を披露する時に浮かべる顰め面を見ようとさ
それが良くないことだって君が理解することはなかった
君は他人に君のことを楽しませるようにさせてはいけなかったのさ
君はクロム鍍金の馬に乗ってたものだよね
シャム猫を肩に乗せてる外交官と一緒にね
それって辛くなかったのかな
彼が大した奴じゃなかったって分かった時のことだよ
彼が盗めるものすべてを君から奪った後でね

How does it feel?
How does it feel?
To hang on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone?

それってどんな気分なんだい?
それってどんな気分なんだい
帰る場所が無いままに
一人で耐えることがさ
まったく知られることがないかのように
転がる石ころみたいにさ

Aw, princess on the steeple and all the pretty people
They’re all drinkin’, thinkin’ that they got it made
Exchangin’ all precious gifts
But you’d better take your diamond ring, ya better pawn it, babe
You used to be so amused
At Napoleon in rags, and the language that he used
Go to him now, he calls ya, ya can’t refuse
When ya ain’t got nothin’, you got nothin’ to lose
You’re invisible now, ya got no secrets to conceal

あぁー、尖塔の上の王女も愛らしい人々も
みんなが酒を飲みつつ、うまくやったって思ってる
貴重な贈り物を交換しながらさ
でも、君は君のダイヤの指輪を持って行って質に入れなよ
君は面白がってたもんだよね
襤褸をまとったナポレオンと彼が語っていた言葉をね
彼の所へ行きなよ、君を呼んでるんだ、断ることなんてできないさ
何も持ってない時ってのは、失うものも何も無いのさ
今の君は見えない存在、隠す秘密なんて無いんだよ

How does it feel?
Aw, how does it feel
To be on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone?

それってどんな気分なんだい?
それってどんな気分なんだい
帰る場所が無いままに
一人でいることがさ
まったく知られることがないかのように
転がる石ころみたいにさ

Like a Rolling Stone Lyrics as written by Bob Dylan
Lyrics © Special Rider Music

【解説】
歴史的名曲とされているこのLike a Rolling Stone、歌詞の量に反して演奏時間が長いですよね(笑)。聴いていただいて分かるとおり、その理由はとてもスローなテンポで歌っているから。曲の終了まで6分以上あり、こんなに長い曲を1965年当時のラジオ局がばんばんオンエアーしたというのは異例のこと。この曲の響きが如何に当時の世間に衝撃を与えるものであったかの裏返しとも言えるでしょう。とは言え、エレキギターとハモンドオルガンが響く独創的なイントロはフォークソングとの決別を示すには十分ですが、ロックと呼べるものではありませんね(←個人の見解です・汗)。ぱっと聴いた限りでは、何か小難しいことを言ってはいるものの、結局のところたいした意味はないという多くの迷曲と同じ匂いを感じますが、果たしてどうなのか?ゆっくりと歌詞を見て行く前に、歌詞を理解する上で役立ちそうな情報を先にまとめておきます。

① ディランはマスゴミのインタビューにしばしば応じていますが、この曲の歌詞の意味に関して直接言及したことは一度もありません。いつものパターンですが、歌詞に込められた真の意味は、本人が自ら語らない限り永遠に分からないままで終わりますね。1970年にディランがリリースしたアルバム「Self Portrait」にギターリストとして参加したRon Cornelius は、彼に歌詞の意味を尋ねたところで「He is not going to tell you anyway ・どうせ教えてくれない」と語っています。

② ディランは雑誌のインタビューで、この曲の歌詞は吐しゃ物vomit として書き連ねたものであり(つまりは、心の中に溜まっていたものを吐き出すように書いたということでしょう)、当初はもっと長い詩であったと発言していたそう(10ページ分あったとも20ページ分あったとも言われています)。そんなにも長い詩だったというのは眉唾ですがね(10ページだなんて、詩と言うよりも、もはや短編小説・笑)。

③ 彼は別のインタビューで、Like a Rolling Stoneの歌詞はHank Williamsが1949年にリリースしたLost Highway という曲の歌詞がヒントになったということを認めていまして、こちらの方はなるほどなと思わせるものがありました。その歌詞がこちらです。

I’m a rolling stone, all alone and lost
For a life of sin, I have paid the cost
When I pass by, all the people say
“Just another boy down the lost highway”

俺は転がる石ころさ、独りぼっちで迷っちまった
俺は罪な生き様の代償を払った
俺が傍を通り過ぎる時、皆が言うのさ
「迷い道を行く少年がまた一人」ってさ

Just a deck of cards and a jug of wine
And a woman’s lies make a life like mine
Oh, the day we met, I went astray
I started rollin’ down that lost highway

トランプ一箱とワインの入った水差しがさ
そして女の嘘がさ、人の生き様を作り出す、俺のみたいなさ
あー、俺たちが会った日、俺は道を踏み外したんだ
俺はこの迷い道を転がり落ち始めたんだ

I was just a lad, nearly twenty-two
Neither good nor bad, just a kid like you
And now I’m lost, too late to pray
Lord, I’ve paid the cost on the lost highway

俺は若かったんだよな、22かそこらだ
善人でも悪人でもなかった、君みたいな子供だったんだ
そして今、俺は迷っちまった、祈るには遅すぎるさ
あー、俺は迷い道の代償を払ったのさ

Now, boys, don’t start your ramblin’ round
On this road of sin or you’re sorrow bound
Take my advice or you’ll curse the day
You started rollin’ down that lost highway

さあ、ガキども、当てもなくぶらぶらし始めるなんてしちゃいけねえ
この罪な道でな、じゃないと悲しみや苦しみから抜け出せねえ
俺の助言を聞くこった、じゃないと後悔することになるんだ
だって、おまえは迷い道を転がり落ち始めてんだ

この歌詞のa rolling stone という言葉のコンセプトとディランのLike a Rolling Stone の歌詞の中のa rolling stone のそれとは完全に一致してますね(笑)。どちらの曲でもa rolling stone という言葉が、人がまっとうな人生から転がり落ちていく姿の比喩として用いられていることに間違いはなさそうです。このLost Highway という曲、実はHank Williams が作詞したのではなく、Leon Payne というカントリーソングを歌う盲目の白人歌手が1948年に書いたもので、Payne の妻は、病床の母親を見舞おうとLeon がカリフォルニアからテキサスへヒッチハイクで向かった際、途中で次の車が見つからずに行き詰まってしまい、最後は救世軍(Salvation Army と名乗っているキリスト教系の宗教団体)に助けられた経験をもとに彼はこの曲を作ったと証言しています。そこから推測するに、誰も車に乗せてくれずその先への道が断たれたことによって生じた絶望感にインスパイアーされてPayne はこのような詩を書いたのかも知れませんね。何はともあれ、自らの浅はかさによって人生を転げ落ちていくというLost Highway のストーリー展開が、ディランのLike a Rolling Stoneの歌詞の基盤と重なっていることに疑いの余地はありません(←基盤に重なっていると言うか、一歩間違えればパクリですよね・笑)。それでは、そんなディランの書いた歌詞を細かく見ていきましょう。

1節目、英語としての難解な部分は見当たりません。2行目のin one’s prime は人の最も充実している時期、活躍している時期、最良の時期といったニュアンス。a dime は以前も解説しましたが、米国では10セント硬貨のこと。3行目のdoll は(美しい)女性に対する呼びかけの言葉です。you’re bound to fall の部分は明らかにPayne の歌詞のrollin’ down にインスパイアーされたものでしょう。4行目のa-kiddin’はat kidding のこと。現在進行形の古い使い方で、Like a Rolling Stone の歌詞には、この曲が作られた頃には普通に使われていたのかも知れないけども今はあまり耳にしないという表現が多く使われています。5、6行目はYou used to laugh about everybody that was hangin’ out でひとつの文。7行目のtalk so loud は直訳すれば「大声で話す」ですが、1、2行目のような彼女が全盛だった頃の振る舞いを考えると「目立つ行い」の比喩のように僕は思いましたのでこう訳しました。8、9行目もNow you don’t seem so proud about having to be scrounging your next meal でひとつの文を構成しています。調子よく浮浪者に小銭を恵んでいた女性が、今は人にたかって施しを受けることを恥ずかしくも思っていないとは穏やかではありませんね。そのことがはっきりするのが2節目のコーラス。Payne の歌詞と決定的に違うのはあまりにも有名になったここの部分で、Payne の歌詞は歌詞の主人公が自分を自分で責めることで終わっていますが、ディランの歌詞では歌詞の主人公に対し第三者の問いかけが入るのです。これはそれぞれの節をしめていく上で非常に効果的な手法ですね。そして、How does it feel?の主語が人でないのはどうしてなんだろうと思った方はスルドいですよ。ここがit であるのは「(人が)感じる」という意味で使われているのではなく「(物事が)~の感じを与える」という意味で使われているからなんです。3行目のa home は普通なら「家」のことですが、ここはホームレスになった状態というよりも自分が帰ることのできる場所、自分の居場所が無い状態、つまり、誰からも見向きもされず、転がる石ころのように自分の居場所さえ失ってしまった(根無し草のように生きている)ということであると僕は理解しました。How does it feel?は、それがどんな気分なのかと尋ねている訳です。どうやら彼女はyou’re bound to fallの言葉どおり、落ちぶれた人間になってしまっているようですね(汗)。

第3節も英語的に難解な部分はありませんが、その歌詞の意味となると訳ワカメ(笑)。1、2行目は(A) all right, but (B) 構文です。「確かにA であるけども(その実は)B である(A と反対の事柄)」という表現方法。Miss Lonely は勿論、Lonely という名の女性に呼びかけているのではなく、孤独な女性に対する例えです。get juiced も今なら「(果物などを)ジュースにする」くらいにしか思いませんが、古いスラングではget drunk と同じ意味。(毎日パーティーなどで)酔っ払うということから転じて「浮かれ気分になる」という意味でも使われていたようです。3行目のthe street は「通り」の意味ですが、ここでは実社会や世間の意味で使われていると考えて良いかと思います。5、6行目はYou say you never compromise with the mystery tramp, but now you realize でひとつの文章。そして、ここでネイティブ話者も含めて誰しもが思うのが「はあ?The mystery tramp?誰ですか、それ?」ってことですね(笑)。the misery trump なら「ああ、あのアホ大統領か」と直ぐに分かりますが「謎めいた放浪者」ではまったく想像がつきません。そこで注目したいのが9行目のDo you want to make a deal?という文(あのアホ大統領もdeal が口癖ですが・笑)。ここから浮かび上がってくるのは「洋楽あるある」のひとつであるゲーテの「ファウスト」の引用である可能性です。「ドクトル・ファウストが悪魔メフィストと契約を交わし、自身の魂と引き換えに現世での幸福を得る」というやつですね。The mystery tramp をその悪魔メフィストだと考えれば、すべての辻褄が合います。つまり、主人公は自らの居場所を失っても尚、悪魔に魂など売らないと踏ん張ってはいたものの(その意味ではまともな人間だった訳で、最初の4行は主人公のその初心さを示していると僕は考えます)、you realize that he’s not selling any alibis(自分が今の自分のように落ちぶれてしまったことに対する言い訳は存在しない)と気付き、その言い訳が欲しいが故に結局は悪魔と妥協する(自ら取引を持ちかける)というのが、この節に関する僕の結論。

第4節は再びコーラスに入りますが、2節目のコーラスの歌詞とは微妙に違っています。第5節はまたまた訳ワカメで理解不能なフレーズのオンパレード。ここの1、2行目もYou never turned around to see the frowns on the jugglers and the clowns when they all did tricks for you がひとつの文で、4行目までの文がひとつの詩節を構成しています。ここでポイントになってくるのは、3行目のit が何を指しているのかであり、このit はnever turned around to see the frowns のことであると僕は理解しました。となると「曲芸師やピエロが芸を披露する時に浮かべる顰め面を見ようと振り向かなかったことは良くないことであった」ということになりますが、それでも尚、何を言わんとしているのかさっぱり分かりません(汗)。なので、第3節のthe mystery tramp 同様、the jugglers and the clowns がいったい誰のことなのかが鍵となってくるのですが、僕の頭に浮かんだのは、彼女を取り巻いていた人々(彼女にへつらい、ご機嫌取りばかりしているような種の人間)の姿であり、そこから、この第5節の前半は「取り巻きからちやほやされることでいい気になって彼らの本性を見よう(考えよう)ともしなかったことは間違いであり、そもそも、他人に自分のことをちやほやさせたり媚びさせたりしてはいけない」という意味が浮かび上がってきて僕の中では一気にクリアーになりました(←あくまでも個人の見解です)。

これでようやく第5節の前半が理解できたと思いきや、それに続く後半は意味不明を通り越していて絶望的な気分になります。Your diplomat who carried on his shoulder a Siamese cat っていったい何者なんですかね。そんな人がバイクに乗ってたらコワいです(笑)。今、バイクと言ったとおり、5行目のa chrome horse はバイクの比喩であることは想像がつきますが(実際、ディランはバイク好きで、1966年に愛車のトライアンフT400 に乗っていた際に転倒、大怪我を負っています)、シャム猫を肩に乗せてる外交官というのはさっぱり分かりません。そこで、先人の皆様の知恵をお借りすべくインターネットで調べてみたところ、これは芸術家のアンディ・ウォーホールのことであるという見解が多勢を占めていました。なぜそんなことになっているのかをさらに調べてみると、アンディ・ウォーホールがこの曲のYour diplomat who carried on his shoulder a Siamese cat の部分を聴いた際「これって僕のことだ」と自ら発言した(自伝に記した)ということがその始まりであったと分かりました。なぜ彼がそう思ったのかと言うと、これにもストーリーがあって、Like a Rolling Stone が世に出る前、ウォーホールはEdie Sedgwick(カリフォルニアの名家に生まれ、ニューヨークで社交界デビューした美しいモデルで、1971年、薬物の過剰摂取で死去。享年28歳)という女性と恋仲にあって、その後、彼女はウォーホールのもとを去ってディランと付き合っていたとされています(ディランはEdie と交際していたことを否定していて、彼女のことは記憶にもないと発言していますが、それが真実なのかどうかは当の二人以外、誰にも分かりません)。当時、ウォーホールは自分の母親と十匹だかのシャム猫と暮らしていて、恐らく彼はHe really wasn’t where it’s at after he took from you everything he could stealとSiamese catの部分を聴いて自分への当て付けだと思ったのでしょう。ここで重要と思えるのは、ウォーホールのこの思い込みが「シャム猫を肩に乗せてる外交官=アンディ・ウォーホール」説の原点となっているという事実であり、ディランがそう言った訳ではないということです。実際のところ、何度この曲を聴いても僕にはシャム猫を肩に乗せてる外交官がウォーホールのことだけを指しているとは思えないし、むしろ僕が感じたのは、ここのバイクに乗っているyou とdiplomat who carried on his shoulder a Siamese cat は、前半に出てきたthe jugglers and the clowns と同じ種の人々のことではないのかということでした。ディランはEdie と交際している途中で、彼の恋人であったモデルのSara Lownds と結婚していて、ディラン自身もHe really wasn’t where it’s at after he took from you everything he could steal に該当する男であった訳ですから(要はウォーホールと同じ穴の貉)、ここのyou はまさしく彼自身のことであり、僕にはこの第5節の後半はディランが自らに向けた自己批判ではないかという気がします。じゃないと、この後半部分が単なるウォーホールに対する嘲笑であるのなら、ディランは自分のことは棚に上げて他人を腐すケツの穴の小さい糞野郎だということになってしまいますからね(笑)。

第6節は再びコーラスに入り、ここも2節目のコーラスの歌詞とは微妙に違っています。そして7節目、またしても意味不明なフレーズの羅列。奇天烈というのはこのような時に使う言葉なのかも知れません(笑)。最初の3行は恐らく、競争社会の中で成功し富を得た人々の比喩でしょう。They’re all drinkin’, thinkin’ that they got it made exchangin’ all precious gifts は、そんな彼らの価値観は金がすべてであり、それで満足しているということの暗喩であると僕は理解しました。そう考えれば、4行目にBut you’d better take your diamond ring, ya better pawn it という文が来ていることが理解できます。you’d better という表現は、事実上の強い命令であり、「君は君のダイヤの指輪を持って行って質に入れろ」なんてことをなぜ強く言っているのかというと、金がすべてと考えるような世界とは決別しろということなのだろうと僕は考えました。4、5行目もYou used to be so amused at Napoleon in rags, and the language that he used でひとつの文ですが、これまた珍妙な表現ですよね(笑)。なぜにここで唐突にナポレオンが登場するのか良く分かりませんが、Napoleon in rags は、かつては権勢を誇っていたのに最後は落ちぶれた(流刑されて襤褸をまとうことになった)ナポレオンのイメージ、即ち、成功者たちの世界、富を持つ人の世界から転落した人々の比喩だと理解。the language that he used は「真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者のことである」とか「死ぬよりも苦しむほうが勇気を必要とする」といった類の彼が残した格言の数々のことではないかと思います。7行目のGo to him now のhim はナポレオンを指していると考えるのが自然。ナポレオンの所へ行けというのは、落ちぶれたとしても、崇高な精神を失うことのない世界で生きろというではないでしょうか。なぜなら、そんな世界で生きることは、You ain’t got nothin’, you got nothin’ to lose. You’re invisible now, you got no secrets to conceal な人間だけに許されるからです(You’re invisible は何もかも失って裸同然の姿であることの比喩ですね)。そして、最後にもう一度、How does it feel? Aw, how does it feel のコーラスが入りますが、2、4、6節目のコーラスではHow does it feel?が嫌味にしか聞こえなかったのに、最後のここでは「(落ちぶれたって、まともな世界で生きることができるのなら)それもいいもんだろ?」というふうに僕には聞こえました(←あくまでも個人の感想です・汗)。

と、Like a Rolling Stone の歌詞を最後まで一通り追ってみた結果、この曲はかつては成功者たちの世界、富を持つ人々の世界にいたものの自分の浅はかさによってそこから転落し、自らの居場所も失って根無し草のように生きる孤独な女性の物語であることは分かりました。が、それ以上に意味があるものでも、それ以下の意味しかないものでもないというのが僕の結論。それと、この歌詞の主人公のキャラクターはEdie Sedgwick をモデルにしていることは間違いなさそうですが、主人公=Edie Sedgwick という訳ではなく、この曲では主人公が女性になってはいても、そこにはディラン自身の姿が投影されているような気がしたということを付け加えておきます(冒頭に紹介した「この曲の歌詞は僕のvomit だ」という彼の言葉を思い出してみてください)。なぜなら、世間から注目され続ける成功者の座を捨て、何も持たず、すべてを無にして自分本来の姿で生きたいと思っていたのは、他でもないディラン自身だったのであろうことは想像に難くないからです。まあ、いずれにせよ、この曲の歌詞が世間で評価されているほどに優れたものだとは僕には思えませんでしたけどね(←最後まで上から目線かよ・笑)。

本ホームぺージ内の『洋楽の棚』では100曲以上の洋楽の名曲を紹介していますので、興味のある方は覗いてみてください!

『洋楽の棚』傑作選「コール・ミー」

今週の傑作選として選んだのは輝かしき第1回で紹介したブロンディーの「コール・ミー」です。この曲の歌詞は、簡単な英単語しか使われていないというのに、その意味がうまく理解できない、と言うよりもチンプンカンプン(笑)という洋楽の典型例。恐らく、日本語にどう訳していいものやらと多くの方々が悩むはずの歌詞だと思いますので、ここに記してあることが少しでも理解の助けになってくれればと思います。但し、僕の解説が必ずしも正しいとは限りませんので悪しからず(汗)。

【第1回】Call me / Blondie (1980)

Blondie のこの曲がリリースされたのは1980年。女性歌手の歌声と言えばキャンディーズやピンクレディーのそれしか思い浮かばないような当時中学3年生だった僕が、突然ラジオから流れてきたドラムの連打で始まるパンチの効いたイントロとそれに続くボーカルのDebbie Harry(なぜだか日本では本名のDeborah で紹介さていますが、ここではDebbie で統一します)のパワフルな歌声を聞いた時の衝撃は今でも忘れられません。その半分を海外での放浪生活に費やし駆け抜けた80年代という僕の青春は、まさにこの曲と共に始まったと言っても過言ではない思い出の名曲です。

Color me your color, baby
Color me your car
Color me your color, darling
I know who you are
Come up off your color chart
I know where you are coming from

愛しのベイビー、僕を君の色に染めておくれよ
僕を君好みにしてくれよ、君の愛車みたいにさ
愛しのダーリン、僕を君の色に染めておくれよ
僕は君がどんな人なのか分かってるさ
君の欲望に付かず離れずでいるのはね
僕には君の考えてることが分かるから

Call me (Call me) on the line
Call me, call me any, anytime
Call me (Call me) I’ll arrive
You can call me any day or night
Call me

だから、僕に電話してよ
いつでもいいから電話して
お願いだから電話して、すぐに行くから
昼でも夜でもいいからさ
僕に電話してくれよ

Cover me with kisses, baby
Cover me with love
Roll me in designer sheets
I’ll never get enough
Emotions come, I don’t know why
Cover up love’s alibi

愛しのベイビー、僕の体をキスで覆いつくしてくれよ
愛で僕を包み込んでくれよ
成金のベッドで僕を抱いてくれ
でも、それだけじゃ足りないな
だって、僕は感情が昂って分からなくなってるんだ
どうして君が二人の情事を隠そうとするのかってね

Call me (Call me) on the line
Call me, call me any, anytime
Call me (Call me) I’ll arrive
When you’re ready we can share the wine
Call me

だから、僕に電話してよ
いつでもいいから電話して
お願いだから電話して、すぐに行くから
君にその気があるのなら、僕らは秘密を分かち合えるんだ
だから、僕に電話してくれよ

Ooh, he speaks the languages of love
Ooh, amore, chiamami, chiamami
Ooh, appelle-moi, mon chéri, appelle-moi
Anytime, anyplace, anywhere, any way
Anytime, anyplace, anywhere, any day, any way

彼って外国語でも愛を囁くの
イタリア語で、愛しの人よ、僕に電話して、電話してとか
フランス語で、僕に電話して、愛しの人よ、電話してとかってね
いつでも、どこでも、どこからでも、どうやってでも
いつでも、どこでも、どこからでも、どんな日でも、どうやってでも

Call me (Call me) my love
Call me, call me any, anytime
Call me (Call me) for a ride
Call me, call me for some overtime
Call me (Call me) my love
Call me, call me in a sweet design
Call me (Call me), call me for your lover’s lover’s alibi
Call me (Call me) on the line
Call me, call me any, anytime

僕に電話してくれ、愛しの人よ
電話して、いつでも僕に電話して
電話して、車が要るなら
電話してよ、仕事を終えたら
電話してくれ、愛しの人よ
電話して、甘美なデートプランを用意したら
電話して、話したくても話せない隠し事が必要な時は
だから、僕に電話して
電話してくれればいいんだ、いつでもいいから

Call Me Lyrics as written by Deborah Harry, Giorgio Moroder
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
今回は第1回目の解説。なので、この解説の読み方というか使い方を先に説明しておきたいと思います。本コーナーでは、英語の歌詞と和訳のあとにその解説を記しますが、解説で扱うそれぞれの歌詞は、節verseの部分とコーラスchorus 部分を区別せず、すべて単純に節として扱っていますので(その方が、第〇節〇行目という表記で統一できるからです)ご理解いただけますようお願い致します。それと、それぞれの回で紹介している英語と和訳の歌詞部分を印刷し、その歌詞を見ながら解説を読むとより理解し易いので、ご参考まで。では、記念すべき第1回目の解説に入りましょう!

1980年前後の時代には、FMラジオ局が放送する音楽の曲名や曲順、正確な時間までが列記された詳細な番組表が掲載されている「FMレコパル」や「FMfan」といった音楽ファン向けの雑誌が隔週で発売されてまして(番組表を参考に目当ての曲が放送される日時をチェックし、その放送を待ち受けてカセットデッキに録音する訳です。今の若い人には具体的な光景が目に浮かばないと思いますが…)、その雑誌で美しい金髪に黒の革ジャン姿のDebbie Harry の姿を初めて見てからというもの、僕は彼女がロンドンあたりのパンクの姉ちゃんでイギリス人なんだと勝手に思い込んでしまっていました。彼女がフロリダ生まれのニュージャージー育ちという生粋のアメリカ人で、この曲をリリースした時には既に35歳であった(姉ちゃんではなかったんです・汗)と知ったのはずっと後になってからのことです。マリリン・モンローのような雰囲気を漂わせる当時のDebbie Harry のルックスには、おつむの弱い典型的な白人女性といった感じのイメージが重なりますが、この曲の歌詞はDebbie自身が作詞したものであり、その歌詞が完全に韻を踏んではいないものの二行連の古典的な西洋詩の形式で書かれていることから見ても、彼女はそんなイメージとは違うそれなりに学のある女性であることが窺えます。しかし、この曲が中学校で習うような英語の単語しか使われていないのに非情に理解し辛いという、前書きにも書いたような歌詞の典型であるのはそのせいではありません。なぜなら、この歌詞がどのようにして書かれたかの経緯を知らずにこの曲を聞いたり歌詞を読んだりした場合、ネイティブ話者でさえ、言語として捉えることはできても何を意味しているのかが良くは分からない筈だからです(笑)。と言うのも、この歌詞にはリチャード・ギアが主演した映画「アメリカン・ジゴロ」の主題歌の作詞を依頼されたDebbie が映画の試写を見てからそのストーリーに合わせて詩を作ったという背景がある為で、その映画の内容を知らずして歌詞の解釈をすることはほぼ不可能と言って良いかと思います。

その映画のストーリーはというと、アメリカの西海岸でギアが扮する金持ちのご婦人たちを上客にする男娼(つまりは、自分の体を資本にして商売をする男性です)と政治家である議員を夫に持つ上流階級の女性客とが真の愛に目覚めていくという凡庸なもので、ある日、ギアの客の一人が惨殺されて、彼女と顔見知りのギアに殺人容疑がかかることから波乱が始まります。その犯行時間にギアは別の客の相手をしていて、相手の婦人がアリバイを証明してくれれば簡単に無罪を証明できるのですが、婦人は夫に情事がばれるのが怖くて彼と一緒にいた事実を警察に証言してくれません。そのせいでギアは殺人の容疑で逮捕されることになりますが、そこで登場するのが前出の議員婦人で、ギアを愛する気持ちが本物であることに気付いた彼女は、議員の夫と別れることになるのを覚悟した上で、犯行時間にギアとベッドで時を共に過ごしていたと警察に偽証をし、晴れてギアは釈放されるという展開で映画は終わります(ネタバレですみません。こうしないと歌詞の意味を分かっていただけないので)。ここまで話を聞いて「えっ?そうなの?」と思った方はおられませんか?そうなんです。女性の歌手が歌っているんだから、歌の主人公は女性で女性の気持ちが表現されているのだと普通は考えてしまうものなんですが、実はこの曲、男性側の気持ちを女性が歌っているんです!だから、和訳の主語が「僕」なのです。映画の中でギアが演じる男娼は毎日身体を鍛えているマッチョな感じな男で、主語は「俺」にしようとも考えましたが、マッチョだけではないスマートさと品の良さもある男性として描かれていたので、主語を「僕」にしました。日本語の「俺」と「僕」とでは随分と印象が変わりますから、このあたりが男性であろうが女性であろうが一人称が「I」しかない英語を日本語にする際の難しい部分ですね。

それでは、この映画のストーリーを頭に入れた上でCall Me の歌詞を見ていきましょう。先ず1節目の出だしの3行ですが、Color me の後に来るのは文法的には形容詞のはずで、この歌詞のように名詞が置かれることは通常ありません。ここはColor me の後にlike を入れてみると分かり易いです。2行目のyour car は1行目のyour color と韻を踏ませているもので、car という単語を彼女が使ったのは車というものが持ち主の好みを反映する典型的な物だからであり、2行目は自分の愛車のように好きなように仕上げてくれというような意味だと僕は解釈しました。5行目のCome up off your color chart はこの曲の歌詞の中では恐らく一番難解な部分で、僕はCome up and come off your color chart と置き換えて考えました。color chart というのは色見本のことで、例えばハンドバッグをオーダーメードで作るとした場合「お色は如何いたしましょう?」と店の主人が見せてくる幾つもの色が並んだ一覧表のようなものがそれにあたりますが、1節目のColor meから考えて、ここで言うcolor chart は男娼の客であるご婦人たちの様々な(淫らな)欲望の比喩であると僕は理解しました。つまり、Come up off your color chart とI know where you are coming from の2行で、あなたの欲望にはそう簡単に応じませんよという夜の世界特有の相手をじらすような気持ちを表しているのではないかと考えます。I know where you are coming from は、ネイティブ話者がこの言葉を使う時は「あー、その気持ち分かるよ」といった意味で言っているのが常で、4行目のI know who you are にひっかけられてもいます。

第2節はCall me の連呼だけなので難しい部分はありませんね。Call me だけだと、後に続く何かを呼んでくれなのか、僕を呼んでくれなのか、僕に電話してくれなのか判別できませんが、on the line がわざわざ付け加えられているとおり、電話してくれの意味であることは明らかで、映画の中でも、ギアが電話を使って客と連絡のやり取りをするシーンが頻繁に出てきます。3節目のCover me with kisses は、体のそこら中に隙間がないほどキスをして欲しいといったイメージが僕の頭に浮かんだのでこう訳しました。3行目に出てくるRoll me in designer sheets もまたまた難解な部分です。映画の中ではギアが客から買ってもらったアルマーニを始めとした様々なブランドの服が出てきますが、当時のアメリカの上流社会では(今でも日本はそうだと思いますけど)ブランド品であれば何でも高級で良いものというような風潮がありdesigner sheets にはそういった風潮への揶揄だと僕は理解したので、このように訳しました。ベッドのシーツなんて真っ白で清潔なものであれば事足りるのに、シーツにまでわざわざ高いブランド品を使って満足しているのはモノの価値が分からぬ成金だけだという訳です。最後のCover up love’s alibiの部分も、映画のストーリーを知らなければ何のことだかよく分かりませんが、これを今読んでいる皆さんであれば、何を意味しているのかもうお分かりのことでしょう。

第4節では再びCall meの連呼に戻ります。4行目のthe wineは、恐らく、情事という二人の秘密の比喩ではないかと考えました。5節目に入ると曲調はDebbie のナレーションのような感じになり、いきなり歌詞がイタリア語やフランス語に変わることから、1行目のthe languagesは外国語を指していることが分かります。この節も映画を見ていないとなぜここで唐突に外国語が出てくるのかという疑問しか残りませんが、これは映画の中でギアが扮する男娼が外国からやって来る太客も抱えているからで、フランス語やスウェーデン語をギアが流暢に話している場面が何度か出てきます(映画に登場するギアに女性を斡旋するエージェントの女性は恐らくスウェーデン系アメリカ人という設定)。ここで興味深いのは、この4節目がこの曲をプロデュースしたイタリア人アーティストのGiorgio MoroderがDebbieにアドバイスをして付け加えられたものであるという事実。映画の中ではフランス語とスウェーデン語だったのに、曲の方ではイタリア語とフランス語になっているのは、色男の代表格であるイタリア男のプライドがそうさせたような気がしてなりませんね(笑)。最後の節でも再びCall me の連呼に入りますが、ここでやっかいなのはfor some overtimeとin a sweet designの部分。for some overtime は仕事が終わったその延長線上という感じがしたのでこの訳とし、in a sweet design の部分は、design という単語に意図などの意味もあるので、僕には高級レストランで食事の予約といったデートのお膳立てのようなものが頭に浮かびました。designという言葉をデビーがわざわざ使ったのは、前節のdesigner sheets にひっかけてここでも成金を皮肉っているからではないかというような気が僕にはします。

因みにこの曲には、もっと歌詞が長いロングバージョンや、あまり知られてはいませんが映画「アメリカン・ジゴロ」をスペイン語圏の中南米でヒットさせることを狙ってDebbie がスペイン語で歌わされたバージョン(Llámame というタイトルで、英語のCall me をスペイン語で言うとこうなります)なんてものもあります。スペイン語バージョンを聞いてみたことがありますが、かなりの部分で歌詞が英語とは違ったものに差し替えられている上、何よりも歌の響きがなんとも間の抜けたものになっていて全くイケてませんでした。そのせいかどうかは分かりませんが、スペイン語圏で「Llámame」が大ヒットしたという話を聞いたことはないです(笑)。

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『洋楽の棚』傑作選「フーリッシュ・ビート」

先日、小説「風と娼婦」に登場するタイの懐かしのポップスをブログで紹介しましたが、その延長版として今週の『洋楽の棚』傑作選では、第7回で取り上げたデビー・ギブソンの名曲を紹介させていただくことにしました。

小説「風と娼婦」はこちらで無料公開中→ https://leon-no-hondana.com/?page_id=2315

【第7回】Foolish Beat / Debbie Gibson (1987)

このDebbie Gibson の曲は僕のお気に入りの曲と言うよりも、一生忘れることはない思い出の曲です。その出来事があって以来、この曲を耳にすると胸が締めつけられ、苦しくって長らくのあいだ聞くことができなかったんですが、あれから30年以上の月日が流れ、最近ようやく、何か懐かしさを感じながら聴けるようになりました。それがなぜなのかに興味を持たれた方は、このサイト内の『小説の棚』にアップしてある『風と娼婦』という僕の作品を読んでみてください。特に、携帯電話が一台あれば世界の果てとも簡単につながることのできる今の時代しか知らない若い人たちに読んでもらえたら嬉しいです。

There was a time when
Broken hearts and broken dreams
Were over
There was a place where
All you could do was
Wish on a four leaf clover

傷ついたり夢破れたり
した時があったわ
昔のことだけどね
あたしができることと言ったら
四つ葉のクローバーに
祈ることぐらいだった

But now is a new time
There is a new place
Where dreams just can’t come true
It started the day when I left you

でも今、時は新たになったの
新たな人生の一歩を踏み出すわ
夢が叶うって訳じゃないけどね
すべてはあなたと別れた時から始まったのよ

I could never love again the way that I loved you
I could never cry again like I did when I left you
And when we said goodbye
Oh the look in your eyes
Just left me beside myself without your heart
(Without your heart)
I could never love again now that we’re apart

あなたを愛したようにもう人を愛せないでしょうね
あなたと別れた時みたいに泣くこともないと思うわ
だって、あたしたちに別れが訪れた時
あなたの目に浮かんだものが
あたしの心をかき乱したんだもの。あなたの気持ちを考えもしなかった
離れ離れになった今、またあなたを愛したいだなんて無理もいいところよね

When I was sorry
It was too late to turn around
And tell you so
There was no reason
There was no reason
Just a foolish beat of my heart

後悔した時はもう
振り返るには手遅れだった
だから、あなたにはこう伝えたいわ
理由なんて何もなかった
理由なんて何もなかったってね
単にあたしが浅はかだったのよ

I could never love again the way that I loved you
I could never cry again like I did when I left you
And when we said goodbye
Oh the look in your eyes
Just left me beside myself without your heart
(Without your heart)
I could never love again now that we’re apart

あなたを愛したようにもう人を愛せないでしょうね
あなたと別れた時みたいに泣くこともないと思うわ
だって、あたしたちに別れが訪れた時
あなたの目に浮かんだものが
あたしの心をかき乱したんだもの。あなたの気持ちを考えもしなかった
離れ離れになった今、またあなたを愛したいだなんて無理もいいところよね

Oh, can’t you see I’m not fooling nobody
Don’t you see the tears are falling down my face?
Since you went away
Break my heart, you slipped away
Didn’t know I was wrong
Never meant to hurt you now you’re gone

あたしが誰も欺いていなんかないって分かってもらえないわよね
あたしの頬を伝ってる涙だって見える訳ないわよね
もう離れ離れになっちゃったんだもの
ああ、あたしの心はもうずたずた。だって、あなたはそっと身を引いたんだもの
悪いのはあたしだって知らないままにね
あなたを傷つける気なんてなかったのよ。今となっては遅いけど

I could never love again now that we’re apart
(Now that we’re apart)
I could never love again now that we’re apart

離れ離れになった今、あなたをもう一度愛するなんてできないわよね
あなたをもう一度愛するなんてできる訳ないわ。もう離れ離れなんだもの

Foolish Beat Lyrics as written by Debbie Gibson
Lyrics © MUSIC SALES CORPORATION

【解説】
この曲が大ヒットして全米週間チャートで1位を獲得した1987年、Debbie Gibson はまだ高校生でした。17歳という最年少で栄冠を得た彼女の前人未到の記録は今も破られていません(16歳でリリースしたアルバムOut of the Blue(本曲を含む)から5曲ものシングルカットが全米トップ10入りしたという凄まじい記録も彼女は持っています)。驚くのは、この曲の歌詞を実体験からではなく想像で創作したと彼女が語っていることで、感性のある人は違うものだなとつくづく思います。この曲の歌詞は一見シンプルに見えますが、タイトルの「Foolish Beat」からして、置き換える日本語を探すのが難しいように、日本語に訳すにはなかなか手強い相手です。

第1節は和訳のとおり。この節を聞くと、子供の頃、いつも公園で四つ葉のクローバー探しに熱中していたことを思い出します。その理由は四つ葉のクローバーを見つけたら願い事が叶うと教えられていたからで、日本におけるその俗信は、四つ葉のクローバーは珍しいものだから、見つけた時には幸運が訪れるという意味で広まったと考えられています(海外でも、同じように考えている人は多いですが)。本来の四つ葉のクローバーの意味は、それぞれの葉をhope,faith,love,luck(希望、信仰、愛、幸運)と見做し、それらを大事にしましょうというアイルランドの伝承で語られているとおりで、アメリカでは花言葉としてBe mine(私を想ってください)の意味もあると聞きました。第2節も難しい部分は無く、元カレのことは忘れて新たな道を進もうという決意が語られています。この節で一番見落としてはならないのがI left you という部分で、この言葉が意味しているのは、主人公である女性の側から男性を振ったという事実であり(逆ならHe left me と歌うはずです)別れの主導権が女性にあったことが分かります。この曲の歌詞の和訳で出鱈目なものが多いのは、この点をまったく理解していないからではないでしょうか。この後に続く歌詞を聞いても分かるように、この歌は彼氏に振られた女性の失恋の悲しみや辛さを歌っているのではなく、自らの身勝手から彼氏を振ってしまった自分の後悔を歌っているものなのです。

第3節は少し難解。ここではcould が多用されていますが、ネイティブがこのcould を聞いて感じるのは、話者の気持ちの実現の可能性でしょう。即ち、この節から伝わってくるのは、完全にそうだとは言い切れない彼女の中の未練という女心であり、この節の文を断定口調で訳すと歌詞の意味が台無しになってしまいます。4行目と5行目のThe look in your eyes just left me beside myself without your heart は構文としては相当に難解で、このままでは何を言おうとしているのか分かり辛いですが、Just left me、beside myself、without your heart の3つに分け、Oh the look in your eyes がbeside myself という状態に私をしたleft me と考えれば理解できます。without your heart の部分は、without thinking your heart であると考えこう訳しました。the look in your eyes からは、彼女が別れを告げた時、彼氏が反論することもなくどこか冷静に淡々と話を聞いているような光景が僕の目には浮かびます。第4節にも難しい部分はなく、彼女がなぜ後悔しているのかとその驚くべき理由が語られています。なんと理由はThere was no reason.Just a foolish beat of my heart だったのです。つまり、別れを告げた理由にこれといったものはなくfoolish beat(うまく日本語に置き換えられませんが、心の中に愚かにも浮かんでしまった何か衝動のようなものとでも言うべきでしょうか)が彼女にそうさせたと言っている訳です。5節目は3節目の繰り返し。6節目も和訳のとおりです。Break my heart, you slipped away, Didn’t know I was wrong はやや難解ですが、前述のような身勝手な理由で彼女が彼氏に別れを告げた時、その理由も分からないままあたかも自分が悪かったかのように自らそっと身を引いていった彼氏の姿を僕は想像しました。恐らくは、世で言うところの「いい人」と呼ばれる部類の人だったのでしょう。7節目も訳のとおりで、別れを告げた相手に対する彼女の未練が最後まで感じられますね。

シンセサイザーとサックスが奏でる悲し気な音の響きが見事にマッチしたメランコリックなイントロに続き、Debbie が抜群の歌唱力で(そのデビュー時の年齢もあって、彼女はアイドル的な扱いを受けてしまいましたが、声もいいし歌も上手いです)恋人との切ない別れを歌いあげるこの曲、聴いたことがない方には是非とも聞いていただきたい一曲です。

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『洋楽の棚』傑作選「ローズ」

今週お届けするのは、第18回で取り上げたベット・ミドラーの永遠の名曲「ローズ」。この曲の何が素晴らしいかと言うと、メロディーも歌詞も両方が美しいということです。美しいメロディーというのは数多く存在しますけど、歌詞が「美しい」と思うような曲は世界広しと言えど、なかなか見当たりませんね。そんな「ローズ」の歌詞に使われている英語はとてもシンプルですが、その理解となるとなかなか手強い相手。ここに記した解説が皆さんの理解の手助けになれば嬉しいです。

【第18 回】The Rose / Bette Midler (1980)

今回は心に沁みる曲を一曲紹介しましょう。女優のBette Midler(ベット・ミドラー)が歌った名曲The Rose です。なぜ女優が歌っているのかというと、この曲がジャニス・ジョプリンの生涯を描いた同名の映画の主題歌だからで、Bette Midler がこの曲を熱唱するシーンが映画の中に出てきます。ただ、ブロンディのCall Me と違ってこの曲は映画の為に新たに作られたものではなく、シンガーソングライターのAmanda Mcbroom(女優も兼業していて、昔のアメリカのテレビドラマなんかを見てると、端役で登場している姿を偶に目にします)の持ち歌でした。映画の主題歌を探していることを知った彼女の友人が、関係者にこの曲を薦めたことから主題歌として採用されることになったのです(こんなの讃美歌じゃないかと、映画の担当者に一度は採用を却下されたようですが)。Amanda 本人の談によると、曲は既に1970年頃に完成していて、当時、彼女が愛車で高速道路を飛ばしていた際、カーラジオから「Your love is like a razor. My heart is just a scar」という歌声(Leo Sayer が歌うMagdalena という曲でした)が流れてきて、そのフレーズを大変気に入ったことがThe Rose の誕生につながったそうです。Amanda はその部分を聞いた瞬間、その頃の自分はまだ若かったので、愛がlike a razor であることには同意できないと思ったけれど、それをきっかけに自分は愛のことを考えたことがあるだろうかと自問し始めると、あっという間に言葉が頭の中に湧き出してきて止まらなくなり、家にすっ飛んで帰って、その日のうちに歌詞を書き上げたとも述べています。

Some say love, it is a river
That drowns the tender reed
Some say love, it is a razor
That leaves your soul to bleed
Some say love, it is a hunger
An endless aching need
I say love, it is a flower
And you, its only seed

人はこう言うの、愛は川だって
柔らかな葦が流されてしまうね
人はこう言うの、愛は鋭い刃だって
魂を傷つけてしまうね
人はこう言うの、愛は渇望だって
疼くような願望がどこまでも続くね
でも、あたしはこう思うの、愛は花だって
そしてあなたが、その唯一の種なんだよね

It’s the heart, afraid of breaking
That never learns to dance
It’s the dream, afraid of waking
That never takes the chance
It’s the one who won’t be taken
Who cannot seem to give
And the soul, afraid of dying
That never learns to live

心ってのは、折れることを恐れてしまうもの
踊れるようになんてなる訳ないみたいにね
夢ってのは、目覚めることを恐れてしまうもの
チャンスなんてつかめっこないみたいにね
愛を受け入れることができない者に
愛を与えるなんてこと、できそうにないよね
そして魂ってのは、その死を恐れてしまうもの
魂が永遠だなんてことはないのにね

When the night has been too lonely
And the road has been too long
And you think that love is only
For the lucky and the strong
Just remember in the winter
Far beneath the bitter snows
Lies the seed that with the sun’s love
In the spring becomes the rose

あまりに夜が孤独過ぎて
ゴールへの道程も長過ぎる時って
あなたは思うわよね、愛って
ただ幸運で強い人の為にあるものなんだって
でも、冬を思い出してみて
ひどく積もった雪のずっと下でね
眠る種のことを、太陽に育まれる種のことを
春にバラの花を咲かせるね

The Rose Lyrics as written by Amanda Mcbroom
Lyrics © Word Collections Publishing, Warner Chappell Music, Inc.

【解説】
この曲の歌詞はこれまで何度かこのコーナーで紹介した曲と同じように二行連で韻を踏むという西洋詩の形式で書かれていますが、他の同種の歌詞とは完成度が比べ物にならないくらい高いですし、その響きも甘美で聴くものをたちまち魅了します。この詩を書いたAmanda Mcbroom も、かなりレベルの高い教育を受けた人なのでしょう。そんなこともあってか、The Rose の歌詞は中学校で習うレベルの語彙しか使われていないのに、日本語に訳すとなるとなかなか苦労します(汗)。

Some say love, it is a river で始まるこの歌詞はあまりにも有名で、この歌は多くの人の手によって和訳されていますが、その後に続くThat drowns the tender reed のreed を「葦」と単に訳して終わるだけで、それが何なのか、なぜなのかについてきちんと考える人はほとんどいないようです。確かにreed は川辺などに茂る植物の葦の意味ですが、植物の葦がdrown する(溺れる)ことはありません。水に溺れるのは人か動物(場合によっては昆虫もですかね)だけでしょう。そのことを考えた時、僕にはフランスの哲学者のとある言葉以外、頭に思い浮かべることができるようなものはありませんでした。「人間は大自然の中では一本の葦のような弱い存在に過ぎないが、人間は単なる葦でなく考える葦である」という言葉です。つまり、ここでのreed は「人間」の代替語として使われていることに疑問の余地はなく、か弱い人に対して試練を与えるのが愛であることを暗喩しているのです。第1節では、愛とは何なのかという問いかけが続いたあと、love, it is a flower, and you, its only seed との結論に主人公は達しますが、その結論とは「人は誰しも人を愛する能力(種)を持ってはいるけど、その能力を開花させることができるかどうかは本人次第」ということではないかと僕は考えます。

第2節も英語として理解するのが難かしいと言うよりも、うまく日本語に置き換えることが難しく、韻を踏んでいる原文を大切にしようとすれば尚更そうなります。1行目から6行目までは2行がワンセットになっているフレーズで、すべてIt’s で始まっていますが、このIt’s はlove を意識しつつも形式主語として使われていると考えるべきでしょう。最初の2行を例にすると、the heart はafraid of breaking しているのであり、そのafraid が何なのかをthat 以下の文が補足しています。ここでのnever learns to dance は「そんなこと私にできるだろうか?」といった人が持ちがちな不安や怖れを比喩しているのではないかと僕は思いました。アメリカ人なら「私にプロムの相手なんか見つかりっこない」と受け止める人もいるかも知れませんね。第2節に出てくるlearns to はすべて、何かができるようになるの意味で使われています。It’s the one who won’t be taken, Who cannot seem to give も難解で、the one who won’t be taken は受け取られることがない人、即ち、受け止めることがない、もしくは受け容れない人であり、そんな人がgive することはcannot seem to(やってはみるんだけどもできないというニュアンス)だと言っていて、take とgive が対になっています。言い換えるなら、One who won’t be taken love can’t seem to give love であり、まさしく、人間関係の基本となるギブ&テイクというやつですね。And the soul, afraid of dying that never learns to live のフレーズもとても難しく、僕にはdying が人の死ではなく魂の死としか聞こえなかったのでこう訳しました。

最後の第3節はここまでと打って変わってとても分かりやすいです。強いて解説を入れるとすれば2行目のthe road。このthe road は真の愛に目覚める、真の愛を得るといったことのゴールへの道程を意味していて「孤独にもがくあなたはそんなゴールに達することができるのは幸運であったり、メンタルの強い人だけだと思うだろうけど、そうじゃないよ」と語り手は伝えようとしています。なぜそうじゃないのか?それは、和訳のとおりです。あぁー、ほんと、素晴らしい歌詞ですよね。ほぼピアノだけの伴奏で静かに、そして力強く歌われるこの歌を聴いて勇気づけられた人はきっと多くいることでしょう。世界中にたくさん。

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『洋楽の棚』傑作選「First We Take Manhattan」

今回、傑作選に選んだのはレナード・コーエンという現代詩の詩人であったカナダ人が作詞した曲です(コーエンは後にシンガーソングライターに転向。同じユダヤ系だからなのか、それとも共通の先祖でもいるのか、ダスティン・ホフマンにかなり似てる人ですね・笑)。詩人が書いた歌詞だけあって、流石というか、そのあたりのへっぽこ歌手が書く単純な歌詞とはレベルが違うので、その内容は非常に難解。この曲の歌詞も、どう理解して良いのか大変苦しみました。

【第28回】First We Take Manhattan / Jennifer Warnes

カナダつながりでもう1曲。Bryan Adams 以外のカナダ出身のアーティストで僕の頭に浮かぶ人と言えば、Neil Young、Joni Mitchell、Leonard Cohen くらいですが、今回紹介するのはその中のLeonard Cohenの曲です。と言っても、この曲を歌っているJennifer Warnesはカナダ人ではなくアメリカ人なんですが(汗)。「Jennifer Warnes?誰ですかそれ?」って思った人は、リチャード・ギアが主演した映画「愛と青春の旅立ち」を思い出してみてください。あの映画の主題歌をJoe Cocker とデュエットしていたのが彼女です。Leonard Cohen はシンガーソングライターである以前に本業が詩人という人だけあって(10冊以上の詩集を出版しています)、その歌詞は非常に難解。さてさて、うまく和訳できるでしょうか…。

They sentenced me to twenty years of boredom
For trying to change the system from within
I’m coming now, I’m coming to reward them
First we take Manhattan, then we take Berlin

奴らは僕に20年間に渡って退屈しろって言い渡したんだ
思考回路を内側から変えようとしてさ
僕は今、やつらに報いてやっている、報いてやってるんだ
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ

I’m guided by a signal in the heavens
I’m guided by this birthmark on my skin
I’m guided by the beauty of our weapons
First we take Manhattan, then we take Berlin

僕は天のメッセージに導かれてるんだ
肌にあるアザに導かれてるのさ
武器の美しい輝きに導かれてるんだ
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ

I’d really like to live beside you, baby
I love your body and your spirit and your clothes
But you see that line there moving through the station?
I told you, I told you, told you, I was one of those

ほんとは君の傍で暮らしたいんだよ
君の身体も魂も着てる服も好きなんだ
けど、君には駅を通り抜けてくあの列が見えるだろ?
言ったよね、言ったよね、言ったよね、僕はそのうちの一人だったって

Ah you loved me as a loser, but now you’re worried that I just might win
You know the way to stop me, but you don’t have the discipline
How many nights I prayed for this, to let my work begin
First we take Manhattan, then we take Berlin

君は敗者としての僕が好きだったんだろうけど今は恐れてるよね、僕が勝者になるかもしれないってさ
そんなことだから、分かってても僕を止めることができないのさ
いったい幾晩祈ったかな、僕の仕事を始めさせてくれってさ
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ

I don’t like your fashion business mister
And I don’t like these drugs that keep you thin
I don’t like what happened to my sister
First we take Manhattan, then we take Berlin
I’d really like to live beside you, baby …

僕は流行りの服を追うような君の仕事は嫌いなんだ
ドラッグで痩せた身体を保とうなんてすることもさ
僕の妹に起きてることが嫌なんだ
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ
ほんとは君の傍で暮らしたいんだけどね

And I thank you for those items that you sent me
The monkey and the plywood violin
I practiced every night, now I’m ready
First we take Manhattan, then we take Berlin

君が送ってくれたものには感謝してるよ
猿とベニヤ板のバイオリンのことさ
毎晩練習もしたし、今や準備は万全だ
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ

I am guided
僕は導かれてるんだものね

Ah remember me, I used to live for music
Remember me, I brought your groceries in
Well it’s Father’s Day and everybody’s wounded
First we take Manhattan, then we take Berlin

あー、僕のことを覚えてるかい、音楽の道で生きてた僕を
覚えてるかい、食料品をせっせと運び込んでた僕をさ
さあ、父の日だ、皆が傷ついてるね
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ

First We Take Manhattan Lyrics as written by Leonard Cohen
Lyrics © Universal Music Publishing Group, Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
Leonard Cohen の歌詞、如何でしたか?やはり詩人の書くそれは、そのあたりのへっぽこロックスターが書くようなクサい歌詞とはレベルが違うと言わざるを得ないですよね(笑)。英語で読んでも日本語で読んでも何が言いたいのかよく分からないこの曲の歌詞ですが、Cohen はそれを理解する為の最高の手掛かりを残してくれていました。インタビューでこの曲の歌詞について尋ねられた彼が「I think it means exactly what it says. It is a terrorist song. I think it’s a response to terrorism. There’s something about terrorism that I’ve always admired」と答えていたという事実がそれです。彼のこの言葉に偽りがないのであれば、この曲はテロリストの歌ということになります(汗)。実際、この曲のイントロには緊迫した感じの口調のドイツ語のアナウンスみたいなものが入ってまして、ドイツ語はほとんど分からないので確かなことは言えませんが、聞き取れたin Berlin やAnschlag, Polizei といった言葉から想像するに「ベルリンで起きたテロで警察がなんちゃらかんちゃら」と言っているみたいなんです。やはり、この歌はテロリストの歌で間違いなさそうですね(但し、コーエンの真意はテロリズムをadmire しているのではなく、テロリズムの「決して妥協はしない」という基本原理をadmire しているということのようですが)。実のところ、この曲の歌詞の構文は英語として難しい部分はありません。なので、今回は英語の解説ではなく、英語歌詞の裏に潜む意味を中心に紐解いていきたいと思います(←で、できるかな・汗)。

先ず第1節のThey sentenced me to twenty years of boredom というフレーズを聞いて僕の中に思い浮かんだのは、男(女かもしれませんが、ここでは男とします)が裁判で20年の刑を言い渡されている姿です。For trying to change the system from within は和訳のとおりで、この最初の2行は、独房で20年間、退屈な日々を送らなければならないし、その間に権力者は受刑者を洗脳する気だということの比喩でしょう。3行目のI’m coming now, I’m coming to reward themは、刑務所にぶち込まれてるのに、ぶち込んだ相手をreward するというのは矛盾しているようにも思えますが、reward には犯人を捕らえた人への褒賞金という意味もありますので、男が自らの体で権力者に報奨金を払っている(自由を奪われるという代償を払っている)と考えれば納得できます。男が刑を言い渡した権力者に仕返しに向かっていると取れなくもないですが、収監中の男にはそのようなことはできないので話の整合性が取れません。4行目のFirst we take Manhattan, then we take Berlin はこの曲の歌詞の最大の難関です。この難関を突破するには、この歌詞が書かれた1986年に目を向けなければならないでしょう。その当時はまだソ連邦が崩壊しておらず、ベルリンの壁も取り払われていない東西冷戦の時代でした。そんな時代背景を頭に入れた上で、資本主義経済の中心地であるニューヨークのマンハッタンを資本主義のシンボル、壁で東西を強制的に分断した共産主義のシンボルをベルリンと考えれば、このフレーズが当時の世界を支配していた二大勢力(権力)である資本主義と共産主義への敵意と理解できます。ここの主語がwe になっているのは、前述のとおり男は収監されていてもはや何もできないが、志を共にする同志たちがそれをやるだろうということではないでしょうか。この後、僕は最後まで一気に歌詞を聴いてみましたが、僕の達した結論は、第2節以降は男が自らの行動によって20年の刑を受けるに至るまでの回想であるということでしたので、その結論を前提に話を進めます。

第2節は和訳のとおりで、男を行動へと向かわせた要因の比喩であるとしか考えられません。I’m guided by this birthmark on my skin のbirthmark はその綴りのとおり、生まれた時からある印であり、同時に生まれる前から自らの体に与えられた印であって、何者も変えることができないものです。そこから考えると、この単語が「運命」といったものの代替語として使われているのではないかと推測できます。I’m guided by the beauty of our weapons のweapons も、Armed with logic(理論武装)ってな言葉もあるように、銃器といった実際の武器だけでなく思想なども含めた包括的な武器を意味しているのではないでしょうか。第3節では、I’d really like to live beside you, baby, I love your body and your spirit and your clothes という言葉が唐突に出てきますが、これはテロリスト(ここで言うテロリストは、自らの信念に従って行動を起こす人という意味でです)になってしまった男が、ほんとは元の暮らしに戻りたいということを言っているのではないかと思いました。また、この曲の歌詞に出てくるyouは二人称としてのyouではなく、対象を限定しない一般人称としてのyou でしょう。そう考えれば、後に続いているBut you see that line there moving through the station? I told you, I told you, told you, I was one of those もしっくりときます。テロリストになる前は、男も通勤で駅へと向かうようなごく普通の人間の一人であったということです。4節目もかなり難解ですが、you loved me as a loser, but now you’re worried that I just might win から僕の目に浮かんだのは、自らの信念に従って行動を起こそうとしている男を、そんなことできる訳ないだろうと高を括っていた周囲の人間たちの姿で、You know the way to stop me, but you don’t have the discipline は、直訳すれば「君は僕を止めるやり方が分かってるけど、僕を律する気はない」ですが、男をみくびっていたせいで止めることができないということを対義語的に言っているのではないかと思いましたので、このような訳にしました。How many nights I prayed for this, to let my work begin も同じく反義で、本当は止めて欲しかったという男の心情を表しているのではないでしょうか。

第5節の1行目から3行目のフレーズも、なぜこのような言葉がここで出てくるのかという唐突感が否めませんが、資本主義の恥部のひとつである行き過ぎた商業主義を批判しているということ以外の答えが僕には思い付きませんでした。男は行き過ぎた商業主義のひとつの例としてファッション・ビジネスを引き合いに出しているのであり、そのビジネスの広告塔であるモデル女性たちが、自らの価値(痩せた身体)を維持する為にドラッグに走っているなんて言語道断だということではないかと思います。I don’t like what happened to my sister は、そんなことが身近なところでたくさん起こっているということの比喩でしょう。第6節でも意味不明なフレーズが続きます。1行目はまあ良しとして、2行目のThe monkey and the plywood violin っていったい何のことなんでしょう?僕には皆目見当もつかず、いろいろと調べてみた結果、どうも東欧のジプシーのことを言っているのではないかということが分かりました。中世の東欧では、猿や熊を安物のバイオリンの音色に合わせて踊らせることで見世物にして生活の糧を得ていたジプシーが存在していたようで、ここのThe monkey and the plywood violin は「商売の道具」という言葉に入れ替えることができるのではないかというのが僕の結論です。つまり、友が送ってきたitemsというのは、テロで使う道具であったのでしょう。それがライフルや拳銃などの銃器だったのか爆弾の材料だったのか何だったのかは分かりませんが、男はその扱い方の訓練を繰り返し準備完了となった。そう考えれば、ここの節はすべてクリアーになりませんか?そして、最後の節で男はRemember me, I used to live for music, Remember me, I brought your groceries inと、自分が普通の人間の一人であったことを覚えておいてくれと言い残し、ついに行動に移ります。男が選んだのは父の日(家長優位的な社会への挑戦であったのかもしれません)、銃を乱射したのか爆弾を爆発させたのかは分かりませんが、多くの人が怪我をすることeverybody’s wounded となりました。そして、男は逮捕され裁判で判決を受けることになります。それが第1節の最初に述べられていることではないかというのが僕の考えです。以上、何だかミステリー小説の謎解きみたいになってしまいましたが、皆さん、楽しんでいただけましたか?(汗)。

このFirst We Take Manhattan という曲は、Jennifer Warnes のFamous Blue Raincoat というアルバムに収録されています(曲はすべてLeonard Cohen が作詞)。このアルバムの完成度は非常に高く、他にも素晴らしい曲がこれでもかというほどに詰め込まれてますので、聴いたことがないという方はこれを機に是非とも彼女の美しい歌声を聴いてみてください。聴いて絶対に損はないです。僕がこれだけ言うんですから(←しつこいぞ・笑)。

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『洋楽の棚』傑作選「青い影」

2026年1発目の『洋楽の棚』傑作選に選んだ曲は、プロコハルムの「A Whiter Shade of Pale 」です(日本では、多くの洋画に付けられた邦題のタイトルと同様「青い影」というヘンテコなものになってますね・笑)。この曲の歌詞も難解なものとして有名ですが、その難解レベルは最強級。なので、今回の解説も、とてもとても長いですよ(笑)。

【第60回】A Whiter Shade of Pale / Procol Harum (1967)

今回紹介させていただくのは、全世界で1千万枚以上ものシングル・レコードが売れたというProcol Harum の名曲、A Whiter Shade of Pale です。と言っても60年近くも前のヒット曲なので、若い方の多くはご存知ないかもですね(汗)。Procol Harum というなんだか奇妙な名前のこのバンド、Gary Brooker というロンドン出身のミュージシャンが1967年に英国のエセックス州サウスエンドで結成したグループで、A Whiter Shade of Pale の曲の歌詞を書いたKeith Reid はバンドの正式メンバーであるものの、歌も歌わないし楽器も演奏しないという風変わりなバンドでもありました。因みに、Procol Harum というバンド名はこのKeith Reid の友人が飼っていた猫の名前で、ラテン語でaway やat distance を意味するprocul の綴りが間違って伝わったもののようです(Harum はラテン語ではなく、意味は分かりませんけど響きはどこかアラビア語風ですね)。A Whiter Shade of Pale は、メンバーの一人Matthew Fisher(この曲の著作権は自分にもあると後に裁判を起こし、認められた人です)の演奏によるハモンド・オルガン(電子オルガンの一種)の音色のイントロを一度でも耳にすれば二度と忘れることはないという曲ですが、その哀愁を帯びた分かり易いメロディーラインに対して歌詞が非常に難解であることは有名で(難解と言うよりもほぼ理解不能です・汗)、それ故にイーグルスのホテル・カリフォルニアやツェッぺリンの天国への階段と同様、古今東西の先人たちによってこの曲の歌詞に対する様々な解釈が為されてきました。タイタニック号の沈没を暗示しているとか、酒やドラッグによって得られた幻想の世界だとか、男が処女を口説いてモノにする話だとか、パーティーでドラッグをやり過ぎて死んだ少女の話だとか、この曲を聴いた人の歌詞の解釈はまさしく十人十色。ある意味、滅茶苦茶な解釈だらけとも言えますが、A Whiter Shade of Pale の歌詞を書いたKeith Reid(2023年に死去されました)はこの歌詞の意味を直接的に言及したことは無いものの、歌詞を理解するのに役立つ数多くのヒントを残しているので、今回はそれらのヒントを参考にしながら和訳に挑戦してみました。Keith が生前に語っていた主なヒントには以下のようなものがあります。

① I feel with songs that you’re given a piece of the puzzle, the inspiration or whatever. In this case, I had that title, ‘Whiter Shade of Pale,’ and I thought, There’s a song here. And it’s making up the puzzle that fits the piece you’ve got. You fill out the picture, you find the rest of the picture that that piece fits into. つまり、この曲は「Whiter Shade of Pale」というタイトルが先ずありきで、そのタイトルに合わせてパズルを組み合わせるように歌詞を作ったということですね。僕も小説を書く時、先ず最初にタイトルが決まり、それに合わせてストーリーが頭に浮かんでくるということはしばしばあることなので、彼の言わんとしていることは良く分かります。

② では、そのA whiter shade of pale というタイトルがどこから来たのかというと、Keith はI overheard someone at the party saying to a woman, “You’ve turned a whiter shade of pale”, and the phrase stuck in my mind. パーティーで誰かが女性に向かって「You’ve turned a whiter shade of pale 君、蒼い顔がさらに白くなってるよ」と言っているのを聞いて、その言葉が頭から離れなくなったと語っています。普通は単にOh,You’ve turned pale. Are you alright?と言うくらいでしょうから、確かに面白い表現ではありますね。

③ I might have been smoking when I conceived it, but not when I wrote it. It was influenced by books, not drugs. この歌詞を書いた時はタバコは吸ってたかもしれないけど、歌詞はドラッグの影響を受けたものではなく、本に影響されたものだとKeith が自ら語っているように、酒やドラッグにこの歌詞の解釈を求めるというのは誤ったアプローチのようです。

④ I wrote this song to describe a very simple story of a boy who falls too hard for a girl he barely knows and is then rejected by that girl. Nothing more and nothing less. これはもう答えそのものですね。少年がまだ良く分かり合えていない少女にフラれたというストーリーがこの曲の歌詞の軸になっていることは間違いないでしょう。Nothing more and nothing less の言葉どおり、それがこの歌詞の真実なのだと思います。

以上のことを参考にしながら日本語に置き換えたのが以下の歌詞です。先ずはご一読ください。各節の詳細に関しては解説欄にて。

We skipped the light fandango
Turned cartwheels ‘cross the floor
I was feeling kinda seasick
But the crowd called out for more
The room was humming harder
As the ceiling flew away
When we called out for another drink
The waiter brought a tray

僕らはさ、スローなダンスはすっ飛ばして
ダンスフロアで激しく踊ってたんだ
船酔いみたいに僕の頭はクラクラしたけど
周りの連中はもっと踊れって声を張り上げてたよ
部屋の中はますます騒めき立ってさ
天井が吹っ飛ぶ勢いだった
そんな中、僕たちが酒のお代わりを頼むと
給仕がトレイで運んできたんだよな

And so it was that later
As the miller told his tale
That her face, at first just ghostly
Turned a whiter shade of pale

そう、それはそのあとのことさ
食わせ者が耳打ちしたら
最初は幽霊みたいだった彼女の顔が
もっと蒼白くなったんだ

She said, there is no reason
And the truth is plain to see
But I wandered through my playing cards
And would not let her be
One of sixteen vestal virgins
Who were leaving for the coast
And although my eyes were open
They might have just as well’ve been closed

彼女は言ったよ、理由なんてないし
言うまでもないでしょって
だけど、僕はどうすべきか悩んだね
だって、彼女にはなって欲しくなかったんだ
浜辺へと向かう
16歳のウェスターの巫女の一人なんかにさ
僕は目を見開いてたんだけど
閉じてたのと同じだったのかもしれないな

And so it was that later
As the miller told his tale
That her face at first just ghostly
Turned a whiter shade of pale

そう、それはそのあとのことさ
食わせ者が耳打ちしたら
最初は幽霊みたいだった彼女の顔が
もっと蒼白くなったんだ

A Whiter Shade of Pale Lyrics as written by Keith Reid, Gary Brooker, Matthew Fisher
Lyrics © Onward Music Limited

【解説】
さてさて、A Whiter Shade of Pale の歌詞、如何でしたか?最初の節ではまだなんとなく場所やそこにいる人たちの雰囲気が伝わって来ますが、コーラスのあとの次の節、特にその後半部分は何を言いたいのか良く分からないというのが正直なところです。実はこの曲の歌詞、当初書かれたオリジナルの歌詞は4節で構成されており、さらに意味不明な二つの節がこの後に続いてまして(コンサートではこれらの節を含めたロング・バージョンが歌われることもあったようです)特に第3節はAnd so it was that later で始まるコーラス部分の歌詞を解読する上で重要という気がしましたので、先に残りの歌詞を読んでいただき、それから解説に入りたいと思います。

She said, ‘I’m home on shore leave,’
Though in truth we were at sea
So I took her by the looking glass
And forced her to agree
Saying, ‘You must be the mermaid
Who took Neptune for a ride.’
But she smiled at me so sadly
That my anger straightway died

彼女は言ったよ「休暇でうちに戻った」ってね
ほんとは僕も彼女も海にいたんだけどさ
だから僕は彼女を鏡の傍へと連れて行って
認めさせようとしたんだ
こんな風に言ってね「君は人魚に違いないんだ
海の神を欺いたね」って
でも、彼女は悲しそうに微笑んだだけで
僕の怒りは直ぐに消えちまったよ

If music be the food of love
Then laughter is its queen
And likewise if behind is in front
Then dirt in truth is clean
My mouth by then like cardboard
Seemed to slip straight through my head
So we crash-dived straightway quickly
And attacked the ocean bed

もし音楽が愛の糧なら
笑いはその女王さ
同じように後ろが前なら
ほんとの汚れもきれいなものだよね
名ばかりの僕の口は
頭の中を通り抜けて行くみたいだった
だから僕たちは直ぐに海に潜って
海底を襲ったんだ

それでは、各節の歌詞を紐解いていきましょう。歌詞が難解とされる曲でしばしば見受けられることですが、この曲も出だしからいきなりぶちかましてきます(笑)。第1節1行目のthe light fandango がそれですね。この聞き慣れない単語、ネイティブ話者であっても、それがいったい何であるのか分かる人はほぼ皆無ではないでしょうか。スペインのフラメンコの知識がある人であれば「それってフラメンコの踊りのひとつですよ」と言うかもしれませんが、僕の頭に浮かんだのはポルトガルのフォークダンスであるfandangoでした。ポルトガルでfandango と呼ばれているダンスは、男女のペアが向き合ってステップを踏みながら踊るもので、そのことから僕はこの歌詞のfandango は親密な男女が踊るチークダンスのようなものの言い換えだと考えました(現代フラメンコのfandango は通常、男女がペアになって踊るようなことはありませんし、正式名称はfandangos de Huelva ウエルバ(スペインの地名)のファンダンゴと言って、民俗舞踊のfandango とは異なります)。ここでのlight はslow の意味で使われているような気がしましたので、the light fandango はslow dance cheek to cheek のようなものであり、第1節の舞台となっている場所はダンス・パーティーの会場か街のディスコというのが僕の結論です。Keith Reid がfandango という言葉をどこでどのように知ったのかは分かりませんが、モーツァルトのオペラ「フィガロの結婚(舞台設定はスペイン南部)」を彼が観ていたとすれば、第3幕のフィナーレで、フィガロとスザンナが着飾った村人たちの前でfandangoを踊る姿のようなものを意識してたのかもしれませんね。

2行目のturn cartwheels ‘cross the floor もこれまた良く分からない表現です。turn cartwheels という言葉を聞いて思い浮かぶのは、曲芸師がする横転のようなアクロバティックな動きですが、パーティー会場やディスコで横転しまくる男女なんてのはまずいませんので(いたら迷惑ですよね・笑)「まるで横転でもするかのような激しいダンス」と僕は受け止めました。酒の入った身体で余りにも激しく踊ったのでI was feeling kinda seasick になったと考えれば話の辻褄も合います。4行目のBut the crowd called out for moreから6行目のAs the ceiling flew away までのフレーズは、パーティー会場が非常に盛り上がっていることを想像させ、As the ceiling flew away は勿論、実際に天井が吹っ飛んだ訳ではなく、それくらい盛り上がっていたということの比喩でしょう。7行目のWhen we called out for another drink は、ますます場が盛り上がってきたので、ダンスを踊っていた男女のカップルはもっと盛り上がろうと酒のお代わりを頼んだってな感じでしょうか。最後のThe waiter brought a tray は、トレイを運んできたのではなくa tray with drinks かdrinks on tray と考えるのが自然です。

次にコーラス部分である第2節の2行目、この曲の歌詞の中でも最大の謎のひとつになっているAs the miller told his tale は、多くの先人たちがチョーサーの小説「カンタベリー物語The Canterbury Tales」の中の「粉屋の話The Miller’s Tale」と結びつけて解釈しようとしてきましたが、Keith Reid は音楽雑誌のインタビューに対してI’d never read The Miller’s Tale in my life. Maybe that’s something that I knew subconsciously, but it certainly wasn’t a conscious idea for me to quote from Chaucer, no way と語っています。彼は生前、これと同じようなことを何度も繰り返し言ってましたので、ここは彼の言葉を信じることにしましょう。では、このthe miller というのは一体何者なのか?miller をmirror と解釈する人も多いようで、そんな一人がインタビューでKeith にI always heard the line “the Miller told his tale” as “the mirror told his tale.” I was thinking she was looking in the mirror, something was happening と自説をぶつけていましたが、Keith はYes. That might have been a good idea と答えて笑い飛ばしていました。なので、この線もなさそうです。この他にも、作家のHenry Miller と結びつけて解釈しようとする人たちもいたりしますが、僕は冒頭に記したKeith のヒント①から、As the miller told his tale というフレーズからこの節の解釈をするのではなく、なぜ彼女はさらに蒼白くなったのかの理由を考察すればこの節の答えは見つかると考えました。そもそも、the miller ってのは何を指しているのでしょう?mill が「臼などで粉にする、製粉する」という動詞であるとおり、miller は水車や風車の動力を使って石臼でそれをする人、つまりは製粉職人、粉挽き職人のことです。現代では機械が自動的に製粉をするのでほとんど見かけることはありませんが、中世のヨーロッパでは各地にmiller がいました。農民やパン屋が穀物をmiller の所へ持って行って粉にしてもらう訳です。その際、miller は定められた量の穀物を水車や風車の使用料として徴収し、それがmiller の稼ぎとなっていましたが、定められた以上の量の穀物を徴収する(要はくすねるということ)miller も多かったようで、millerに穀物をくすねられたと訴える記録がヨーロッパ各地に大量に残っています。なぜ僕がここでそんなことについて書いたかというと、miller という言葉の響きを聞いた時、ヨーロッパの人はどのような人物を想像するのだろうかと考えたからで、文献を調べてみると、中世の農民や市民たちはmiller は前述のように穀物の量をちょろまかしていると考える人が多く、そのイメージは「嘘つき、不誠実、穀物泥棒、嫌われ者」といったものであったことが分かりました。次に考えたのは、人の顔が蒼ざめるのはどういう時かという点で、普通、人の顔が蒼ざめる、即ち、顔から血の気が引くのは、何かの強いショックやストレスを受けた時ですから、この歌詞に登場する女性の顔が蒼ざめたのは、the miller がtold his tale したから、つまりthe millerが彼女に何かを話したからだと僕は推測しました。そして、その瞬間、僕の脳裏を過ったのは、彼女の浮気相手(主人公の男性にとっては不誠実な嫌な存在)が彼女に「あいつ、俺たちの関係に気付いてるぞ」みたいなことを耳打ちしているような情景でした(因みに、前述のフィガロの結婚には、スザンナがそっと伯爵に手紙を渡し、その手紙のことを知ったフィガロが「どこかの色女が伯爵に恋文を渡したらしいぞ」と歌う場面が第3幕にあります)。浮気がばれたことを知って彼女の顔が蒼ざめた。それがこの第2節の僕なりの解釈です。そう考えると、次の節のthere is no reason and the truth is plain to see というのが「浮気に理由なんてないわ。見てのとおりよ」という彼女の開き直りの言葉に聞こえてきませんか?

分からないのはBut I wandered through my playing cards 以降の部分です。But I wandered through my playing cards は、開き直る彼女に対してどうすべきか悩んだと考えれば理解できますが、そのあとに続くAnd would not let her be one of sixteen vestal virgins who were leaving for the coast は意味不明としか言いようがありません。「vestal virgins?何ですかそれ?」状態でしたので、調べてみたところ、vestal virginsは古代ローマの火の神ウェスタに仕えていた巫女のことであることが分かりました。複数形になっているのは、ウェスタに仕える巫女の定員が6名だったからで、幼少期に巫女に選ばれた少女たちは、その後30年間、俗世から離れて処女でいることを誓わされていたようです。ここのone of sixteen vestal virgins を多くの方々は16人のウェスタの巫女の一人と和訳されているようですが、前述のとおり巫女の数は6人なので、僕はここのsixteen は年齢だと考えます。恐らく、この歌詞に出てくる彼女はそれくらいの年頃だったのでしょう。ウェスタの巫女になること=30年間も処女でいることを誓わされる、つまり、それは人生を棒に振るような行為の暗喩であり、不誠実な男のもとに走って人生を棒に振るような16歳の少女にはなって欲しくないというのが僕の解釈です。そのように理解すれば、それに続くAnd although my eyes were open. They might have just as well’ve been closed も、その思いはあくまでも彼の目から見た独善的なものであって、まだ若かった彼には現実が見えていなかったと解釈できるのではないでしょうか。最後の行のThey might have just as well’ve been closed は、なぜhave が重なっているのか良く分かりません。They might just as well have been closed でいいような気もしますし、実際、曲を聴いてみてもそう歌っているようにしか僕には聞こえませんでした。

シングルカットでは、このあとAnd so it was that later で始まるコーラス部分が2回繰り返されて曲はフェードアウトしますが、先に紹介した第3節は上記の僕の解釈を裏打ちしているようにも思えますので解説を続けたいと思います。She said, ‘I’m home on shore leave,’ Though in truth we were at sea. So I took her by the looking glass and forced her to agree というフレーズを聴いて僕の頭に浮かんだのは、彼女が浮気の言い訳をしている情景です。「昨日の夜、どこにいたんだよ?」「うちにいたわ」というやりとりのあと「嘘つくなよ。男と映画館にいたじゃないか。僕もあそこにいたんだぞ」と彼女に事実を認めさせようとしているみたいな感じですね(想像が飛躍し過ぎでしょうか・汗)。Saying, ‘You must be the mermaid who took Neptune for a ride.’はtake someone for a ride が人を欺くという意味ですから、mermaid は浮気した少女、Neptune は歌詞の主人公の少年であると理解しました。僕が思うに、mermaid は恐らくアンデルセンのThe Little Mermaid が念頭に置かれていて、アンデルセンの人魚姫は悲劇の主人公ですから、少年は「僕(Neptuneは海の神であり、少年自身は自らを彼女を守る存在と考えている)を裏切るなんて君は悲劇の娘(愚かな娘)だ」と浮気している少女を非難したのでしょう。ところが彼女の反応はshe smiled at me so sadly だったので、単なる浮気ではなく彼女が自分のもとを離れようとしていることに気付いてmy anger straightway diedとなったと考えればこの節の全てがきれいにまとまります。シングル版で削除された歌詞部分に関してKeith は「Our producer said, “Look, if you want to get airplay, if you want this record to be viable, you probably should think about taking out a verse.” And we did. I didn’t feel badly about it because it seemed to work fine. It didn’t really bother me」と発言していて、It didn’t really bother me という言葉から、削除された歌詞部分を彼はそれほど重要視していなかったことが窺えます。実際、最後の節に並ぶ言葉も意味不明なものばかりであまり重要ではなさそうですが、簡単に触れておきましょう。

1行目のIf music be the food of love は、シェイクスピアの戯曲からの引用であることは確定です。Twelfth Night, or What You Will の第1幕の冒頭でオシーノ公爵が口にする有名な台詞ですね。ここでシェイクスピアが引用されているが故にAs the miller told his tale もチョーサーの作品からの引用と考えてしまう人が多いのかもしれません。最初の2行と3、4行目では相反する事象が羅列され、そのあとMy mouth by then like cardboard seemed to slip straight through my head という言葉が続いています。僕が思ったのは、ここでのcardboard は段ボール紙と言うよりも実質のないものという意味であろうということであり、My mouth by then like cardboard を聴いて頭に浮かんだのは、陸にいる王子と会う為、言葉を話せなくなることと引き換えに両脚を得た(これもある意味、相反)人魚姫の姿でした。そのことがなぜにslip straight through my head したのかというと、何かを犠牲にして何かを得るということはないと主人公が気付いたからなのではないでしょうか。7行目のcrash-dive は、ずっと海に関係する話が続いていることから急いで海に潜るという意味であることに疑いの余地はありません(crash-dive だけでも潜水艦が急速潜航するという意味であるのにstraightway quickly と言葉が続いているのはtoo redundunt ですね。因みに海の話ばかり出てくるのは、Keithが海好きだったという単純な理由からのようです)。なので、So we crash-dived straightway quickly and attacked the ocean bed から僕が受けた印象は、今ならまだ間に合うとばかりに何か失ったものを過去(海底)に取返しに戻ろうとする姿でした。ただ、主語がI ならその理解でうまく辻褄が合うのですが、we(つまり、少年のもとを離れる決意をしている少女も含まれる)になっているので良く分かりません。ギブアップです!(笑)

ふーぅ。難解な歌詞の曲はやはり解説が長くなってしまいますね。今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。Keith Reid が亡くなった今、この曲の歌詞の謎が解き明かされることはもう永遠に無いでしょうけど、最後にProcol Harum のリーダーであったGary Brooker(この方も2022年に死去)の言葉を記しておきます。

「I don’t give a damn what lyrics mean. You know, they sound great, that’s all they have to do.・ 歌詞の意味なんてどうでもいいのさ。音としてうまく響く、それが歌詞の役目なんだ」

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『洋楽の棚』リクエスト曲「ホワイト・ルーム」

皆さんからリクエストをいただいた曲を紹介するコーナーを『洋楽の棚』に新たに設けました!今後、リクエストを頂いた曲で対応可能な曲は、このリクエスト・コーナーにてUP致します。尚、リクエストに関しましては、誠に勝手ながら条件を設けておりますので、リクエストの希望曲がある方は下記ページにてご確認ください。

リクエスト・コーナーはこちら→ https://leon-no-hondana.com/?page_id=2576

【リクエスト回】White Room / Cream (1968)

北海道にお住まいのクロスロードさんより、クリームの「ホワイト・ルーム」の歌詞を解説して欲しいとのリクエストがあり、カンパまで頂戴しました。この曲は僕が今でも良く聴く曲でもあり、お気に入りの1曲でもありますので、今回はリクエストにお応えして、歌詞の和訳と解説をお届けさせていただくことにしました。ですが、ホワイト・ルームの歌詞、詩人でもあったピート・ブラウン(Pete Brown)によって書かれたもので、その解釈は非常に難解というのが定説。期待に沿えるような日本語に果たして訳せるでしょうか…。

In a white room, with black curtains
Near the station
Black roof country, no gold pavements
Tired starlings
Silver horses, ran down moonbeams
In your dark eyes
Dawn light smiles, on you leaving
My contentment

黒いカーテンのかかった白い部屋
駅の傍のね
黒い屋根の国に、黄金の舗装はないよ
疲れたムクドリがいるだけさ
銀色の馬が月明りを駆け抜けたんだ
君の暗い瞳の中でさ
君が去る時、夜明けの光が輝く
僕は満足だね

I’ll wait in this place
Where the sun never shines
Wait in this place
Where the shadows run from themselves

僕はここで待つよ
太陽が決して輝かないここで
僕はここで待つよ
影が自らから逃げるここで

You said no strings could secure you
At the station
Platform ticket, restless diesels
Goodbye window
I walked into such a sad time
At the station
As I walked out, felt my own need
Just beginning

安心をもたらすものはないって君は言ったよね
駅でさ
駅の入場券、忙しないディーゼル機関車
別れを告げる列車の窓
僕はそんな悲しい時の流れに足を踏み入れたんだ
駅でさ
僕は駅を出る時、自分自身の必要性を感じたよ
これから先のね

I’ll wait in the queue
When the trains come back
Lie with you
Where the shadows run from themselves

僕は列に並んで待つよ
列車が戻ってくる時をね
君と一緒にいたいんだ
影が自らから逃げる場所で

At the party, she was kindness
In the hard crowd
Consolation, for the old wound
Now forgotten
Yellow tigers, crouched in jungles
In her dark eyes
She’s just dressing, goodbye windows
Tired starlings

パーティーで、あいつは優しかった
厳しい人生の中でのね
古傷への慰めだったんだ
今は忘れちまったね
ジャングルに潜む黄色い虎
あいつの暗い瞳の中のさ
あいつは古傷の手当をしてたのさ、窓も
疲れたムクドリもさよならだ

I’ll sleep in this place
With the lonely crowd
Lie in the dark
Where the shadows run from themselves

僕はここで眠るよ
孤独な群衆と
暗闇に横たわるよ
影が自らから逃げるこの場所で

White Room Lyrics as written by Jack Bruce, Pete Brown
Lyrics © WB Music Corp., Dratleaf Music Ltd., Special Rider Music

【解説】
曲の解説に入る前に、まずは「ホワイト・ルーム」をリリースしたアーティスト「クリーム」について少し触れておきましょう。クリームは1966年、既に音楽界で名声を得ていたエリック・クラプトン(ギター)、ジャック・ブルース(ベース)、ジンジャー・ベイカー(ドラム)の三人が英国のロンドンで結成したロックバンド。この曲を作曲したのはジャック・ブルースで、なんだか西部劇のガンマンが決闘に向かうような4分の5拍子という特殊なイントロのあとに続く歌声も彼の声です。作詞はジャックの友人であったピート・ブラウンが担当しました。本人の談によれば、最初は「Cinderella’s Last Midnight」という題でヒッピー娘について書こうとしたがうまく書けず「White Room」に題を変えたらすらすらと書けて8ページもの長いものになってしまい、それを1ページにまとめたのだそう。ピート・ブラウンは14歳で詩人としてデビューを果たした作家で(母国のイギリスでは無視され、その才能を見出したのはアメリカの出版会社)、1965年にはThe First Real Poetry Bandを結成して音楽活動にも参入しました。ピートもこの時代の多くのアーティストと同様、一時期、薬物依存に陥っており、その頃のことを彼はこう語っています。

「I had some very bad experiences with drugs and alcohol. I had just done too much of everything and I became paralyzed for a couple of hours. I thought I was dying. I had visions of my brain coming out of my ears and nose like mince meat and things and that. I realized that my body was trying to tell me something and more or less got straight overnight. But, after that, I had a lot of shakes, panic attacks and claustrophobia. I couldn’t go on the tube for years・僕はドラッグとアルコールですごく酷い経験をしたことがあるんだ。とにかく全てをやり過ぎて身体が数時間も麻痺してしまってさ、死ぬんじゃないかと思った。脳がミンチ肉みたいになって耳や鼻から飛び出してくるような幻覚を見たんだ。自分の身体が僕に何かを伝えようとしているんだって気づいて一晩でほぼ正気に戻ったけど、その後は何度も震えが来たし、パニック発作になったり閉所恐怖症になったりもした。何年も地下鉄に乗れなかったよ」

ピート・ブラウンという人は世間から注目を浴びることが好きだったのか、人のいい人だったのか、カスゴミのインタビューにも幾度となく応じていて「ホワイト・ルーム」という曲のことを尋ねられた際、こんなふうにも答えています。

「It was when I was kind of going through a woodshed period in re-evaluating what I was doing and who I was and everything. There was an actual white room. There was this kind of transitional period where I lived in this actual white room and was trying to come to terms with various things that were going on. I had the actual freak-out in the actual white room. It’s a place where I stopped, I gave up all drugs and alcohol at that time in 1967 as a result of being in the white room・「ホワイト・ルーム」は自分が何をしているのか、自分が何者なのかとかのあらゆることを再評価する、いわば自己啓発の時期を過ごしていた頃のものでね、そこにあったのが実在の白い部屋さ。そのホワイト・ルームに暮らして様々な事と折り合いをつけようとする、ある種の過渡期があったってこと。精神状態がおかしくなっちまってたのもホワイト・ルームにいた時なんだけど、その部屋は僕が人生で立ち止まった場所であり、ホワイト・ルームに居続けたおかげで1967年のあの時、僕はドラッグとアルコールをすべて断ち切れたのさ」

これらの本人の証言から、この曲の要である「ホワイト・ルーム」が、ピート・ブラウンがアルコールとドラッグへの依存から抜け出そうと、ロンドン市内で借りてこもっていたアパートの一室(イギリスではフラットと呼びますね)のことであることが今でははっきりしていますので、そのことを念頭に置いて歌詞を見ていくことにしましょう。先ずは第1節目、最初の2行を聴いて僕の脳裏に浮かんだのは、引越し直後のような家具も運び入れられていない白い壁に囲まれた殺風景な部屋。with black curtainsは、実際に黒いカーテンが部屋の窓にかかっていたのではなく、外界との断絶の比喩ではないかと思います。2行目のNear the stationはそのまんまで、ピートが借りたフラットは駅の近くにあったのでしょう。この最初の2行から、ホワイト・ルームは医療施設の中の一室ではないかと考える人も当初はいたようですが、前述のとおり、そこが借りていたフラットであったことを本人が認めています。3、4行目のBlack roof country, no gold pavements, tired starlingsは、何のことやらさっぱりですが、ここの部分もピート本人が、借りていたフラット周辺の情景の描写であると述べていて、Black roof countryは機関車が吐き出す煤で汚れた屋根、tired starlingsという表現は、窓の外に見えたムクドリが大気汚染で疲れているように見えたことから思いついたんだそう。no gold pavementsについては言及していないようですが、3、4行目は複合名詞を羅列することによって夢や希望のない薄汚く覇気のない大都会を暗喩していると考えて良さそうです。5行目のSilver horses以降のフレーズは、そんな都会の中でドラッグやアルコールをやっていた時だけが、唯一、生きているという満足感を得ることができていたという彼の過去の経験を吐露しているというのが僕の理解。Silver horsesはドラッグの使用によって見えた幻影(希望を表す)であり、7行目のon you leavingのyouは人ではなくドラッグやアルコールのことだと考えれば後に続いている歌詞との整合性が出てきます。余談ですが、starlingは正確にはホシムクドリのこと。日本のムクドリ(大きな群れを作って糞害を発生させる鳥ですね)と違ってホシ(星)という名が冠されているとおり、夜空で輝く無数の星のような斑点が頭から脛にかけてあります。昔はロンドンのそこら中で群れを成していたそうなんですが、1985年頃に僕が暫くロンドンに滞在していた時、ムクドリの大群ってのを見かけたことは無かったですね。

2節目のコーラス部分は、ドラッグやアルコールと隔離された本人にとっては絶望しかない(the sun never shines)ホワイト・ルームで、それらを断ち切るまで自分自身と闘う(Wait in this place where the shadows run from themselves)決意であろうと僕は理解しました。Where the shadows run from themselvesは、究極の恐ろしい場所といったイメージですかね。ドラッグやアルコールと決別する為の部屋なんですから、本人にとってはまさしくそのような場所なのでしょう。第3節は唐突に場面が駅に変わりますが(このように場面がぱっと変わるのは、ピート・ブラウンが大の映画好きだったことが影響しているようです)、出だしにIn a white room, with black curtains, near the stationとあるので、第3節をホワイト・ルームの近くにあったのであろう実際の駅での情景と考える人が多いようですが、僕はこの節もドラッグやアルコールとの決別を歌っているのだろうと思います。なぜなら、ここでのyouも人ではなくドラッグやアルコールを指していると考えれば、うまく説明がつくからです。1行目のYou said no strings could secure youは、歌の主人公とドラッグ、アルコールとの絆の崩壊が感じられますし、3行目のPlatform ticketからは、遠ざかって行くドラッグ、アルコールに自分はついては行かないという決意を感じました。だからこそ主人公は、列車に共に乗れる乗車券ではなく駅に入るだけで列車には乗れない入場券を買ったのでしょう(←あくまでも個人の意見です)。Goodbye windowはピート・ブラウンが「Just people waving goodbye from train windows」のことだと述べていて、この表現もドラッグ、アルコールとの決別の比喩だと僕は考えます。restless dieselsは何のことだか良く分かりませんが、恐らくは、ディーゼル・エンジンの大きな音や振動にドラッグ、アルコールと決別しようともがいている自分自身とを重ね合わせているような気がしました。そう考えれば、5行目以降からは、駅(心の中の葛藤の場)でドラッグ、アルコールに別れを告げたことで、なんだか未来に希望が見えてきたというイメージが伝わってきませんか?

4節目は再びコーラスに入りますが、ここの部分は主人公の心の反動のように僕には聞こえました。ドラッグ、アルコールに別れを告げたものの「やっぱり、やりてえなー(Lie with you)」ってな感じでしょうか。続く第5節は、ドラッグ、アルコールに対する郷愁であると理解しました。1行目のshe was kindnessは、she was all kindnessやshe was kindness itselfであれば、文法的に正しくなりますが、このままではおかしいですね。なぜなら、kindnessは抽象名詞であるからsheは人ではなくモノということになってしまうからです。しかし、逆にsheは人ではないと考えれば、このsheはドラッグ、アルコールであることが想像でき、冒頭から述べているように、この歌詞に出てくるyouやsheは人ではなくドラッグ、アルコールを指しているという考え方の補強となります。なので、1行目のAt the partyも、ドラッグ・パーティーと考えるのが自然。5行目のYellow tigers, crouched in junglesはこれまた訳ワカメですが(笑)、1節目のSilver horsesを希望の暗喩だと考える場合、Yellow tigers, crouched in junglesは「ドラッグでもアルコールでも、好きなものは何でもやっちまえばいい」という悪魔の囁きのようなもの、心の隙をまさしく虎視眈々と狙っている悪魔のような存在なのであろうという気が僕にはしました。7行目のdressingは3行目の the old woundにかかっていると考えて、こう訳しています。最後のgoodbye windows, tired starlingsは、自らの過去(windows)と薬物、酒の乱用で弱っていた自分(汚染物資で疲れたムクドリのようになっていた自分)との決別を意味しているのでしょう。ドラッグ、アルコールに未練はあるものの、主人公の決意は固いようですよ(笑)。それは最後の第6節を聴いても明らか。主人公は辛く孤独な闘いを「ホワイト・ルーム」で続けることを決意したのであり、この曲の歌詞は、彼の自分自身に対する癒しでもあるのです。そしてこのあと、曲はクラプトンのワウ・ペダル(Vox V846)を駆使したギターが鳴きまくる伝説のソロに入って終了。その余韻がいつまでも鼓膜に響き続けます。

では、最後にクリームのエピソードをひとつ紹介して、リクエスト回を終わることにしましょう。クリームは当時の英国の3人のスターミュージシャンが集まって結成した夢のようなバンドで、Cream of the crop(最も優秀な者たち、精鋭たち)という英語の慣用句がその存在に重ねられるほどでしたが、ジャック・ブルースとベジンジャー・ベイカーは「グレアム・ボンド・オーガニゼーション」というバンドに所属していた時代から犬猿の仲で(舞台の上での殴り合いもしょっちゅうで、最後は刃物沙汰も)、結局、クリームは二人の間で繰り返される同じゴタゴタが原因で2年で解散することになりました。この二人の衝突で常に心労が絶えなかったのがエリック・クラプトン。彼にはこのホワイト・ルームを演奏できるのはブルースとベイカーが和解した時だけだという思いでもあったのか、1985年までクラプトンがホワイト・ルームを演奏することはありませんでした。が、そもそもからして、ブルースとベイカーがクリームの結成になぜ同意したのかが僕には不思議でしょうがありませんけどね(笑)。

以上、リクエスト回でした!
 

『洋楽の棚』傑作選「サウンド・オブ・サイレンス」

本日お届けする曲は第53回で紹介したサイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」です。この曲の歌詞も恐ろしく難解で、和訳するのに四苦八苦したことを思い出します(汗)。サウンド・オブ・サイレンスが映画「卒業」の挿入歌として使われたことは映画好きの方ならご存知のことかと思いますが、『洋楽の棚⑥』では第51回から59回まで映画音楽特集として映画にまつわる音楽を取り上げておりますので、映画ファンには是非とも読んでいただきたいです。

洋楽の棚⑥はこちら→ https://leon-no-hondana.com/?page_id=2098

【第53回】The Sound of Silence / Simon & Garfunkel (1965)

別にダスティン・ホフマンが好きだという訳ではないですけども、前回に続き今回も彼の出演した映画で使われた名曲を紹介しましょう。1967年公開の映画「The Graduate」の挿入歌、Simon & GarfunkelのThe Sound of Silence です(Graduate の意味は卒業生。なので「卒業」というこの映画に付けられた邦題は多くのそれと同じくヘンテコですね・汗)。この曲も映画の為に作詞作曲されたものではないのですが(1966年のビルボード社年間チャートで25位と映画で使われる前から既にヒットしていました)、Born to Be Wild やEverybody’s Talkin’ 同様、映画のストーリーというか、映画の主人公のキャラクターと曲の歌詞がシンクロしていると思ってしまうような曲なので、ネタバレとはなりますが、先にThe Graduateのあらすじをどうぞ。

名門大学を卒業したばかりで輝く未来が待ち受けているはずなのに、虚無感に囚われて何をしていいのか分からなくなっているダスティン・ホフマン演じる主人公ベンジャミン。その虚無感を振り払おうとするかのように父親の友人の妻であるロビンソン夫人(アン・バンクロフト)と情事を重ねる彼でしたが、ある日、ひょんなことから夫人の娘でベンジャミンの出身大学に通う女子大生エレーンとデートをすることになります(エレーン役はキャサリン・ロス←この作品での彼女はさすがに初々しくてかわいいです。そんな彼女も2年後、Butch Cassidy and the Sundance Kid に出演して大スターの仲間入りを果たしました)。自分が嫌われるように振る舞うベンジャミンでしたが、エレーンの純真さに魅かれて彼女とも付き合い始めてしまい(←そんなことありえますかね?←まあまあ、落ち着きましょう。映画ですから・笑)、そのことを知ったロビンソン夫人から、娘と別れないと情事のことを彼女にばらすと脅迫される羽目に陥って針のむしろ状態に(←自業自得です・笑)。悩み抜いたベンジャミンは夫人との情事を自らエレーンに告白するものの、当然、彼女は傷つき、ベンジャミンのもとを去るだけでなく大学も退学し、同じ大学の医学部卒の男と結婚することを決意するのですが、本当に愛しているのはエレーンであることに気付いたベンジャミンは、彼女の結婚式の当日、式場である教会に向かってエレーンの手を取り、二人で逃げるように教会を後にして、通りにやって来たバスに乗り込む(結婚式の最中に花嫁を花婿から奪うという伝説のシーンです←そんなことありえますかね←またかよ、とひとりつっこみ・笑)。というのが映画のあらすじでして、そんなちょっとクサいエンディングでバスの座席に腰掛けた二人の表情が喜びの笑みから不安のようなものに変わっていく様がスクリーンに映し出された時、この曲The Sound of Silence がバックで静かに流れ始め、観客に強い余韻を残します。

Hello darkness, my old friend
I’ve come to talk with you again
Because a vision softly creeping
Left its seeds while I was sleeping
And the vision that was planted in my brain
Still remains within the sound of silence

僕の古い友、暗闇よ、こんにちは
また君に会いにきちゃったよ
だって、幻影が優しく忍び寄ってきて
僕が眠っている間にその種をまいていったんだもの
だから、幻影が僕の頭の中に植え付けられて
残ったままなんだ、静寂の音の中にね

In restless dreams, I walked alone
Narrow streets of cobblestone
‘Neath the halo of a street lamp
I turned my collar to the cold and damp
When my eyes were stabbed by the flash of a neon light
That split the night, and touched the sound of silence

心休まらない夢の中で、僕はひとり歩いてた
丸石の敷かれた細い通りの上をね
街灯の光の輪の下で
じめじめとした寒さに僕は襟を立てたよ
そして、僕の目がネオンサインの煌きに突き刺された時
夜が裂かれ、静寂の音に触れたんだ

And in the naked light I saw
Ten thousand people, maybe more
People talking without speaking
People hearing without listening
People writing songs that voices never shared
And no one dared disturb the sound of silence

裸火の中に僕は見たんだ
一万人、いや、多分それ以上の人々が
話すことなく喋り
聴くことなく聞き
決して分かち合うことのない歌を書いていることを
誰もがあえて静寂の音を妨げようとしないんだ

“Fools,” said I, “You do not know
Silence like a cancer grows
Hear my words that I might teach you
Take my arms that I might reach you”
But my words, like silent raindrops, fell
And echoed in the wells of silence

だから「愚か者」って僕は言ったよ「君は分かってない
癌のように浸潤する静寂のことが
僕の言葉を聞いてくれ、君に教えられるかも知れない言葉を
僕の手を取ってくれ、君に届くかも知れない手を」ってね
だけどさ、僕の言葉は空から降ってきた無音の雨粒のようなもの
静寂の井戸の中でこだまするだけなんだ

And the people bowed and prayed
To the neon god they made
And the sign flashed out its warning
In the words that it was forming
And the sign said, “The words of the prophets are written on the subway walls and tenement halls
And whispered in the sound of silence”

ところが人々は頭を垂れて祈ったね
自分たちが創ったネオンサインの神にね
すると、サインが戒めの光を放ったのさ
でき始めてた言葉を使ってさ
サインは告げてたんだ「預言者の言葉は地下鉄の壁やぼろアパートの廊下に書かれてあるぞ
預言者の言葉は静寂の音の中で囁かれるものなんだ」って

The Sound of Silence Lyrics as written by Paul Simon
Lyrics © Sony/ATV Songs LLC

【解説】
物悲しげなアコースティックギターのイントロで始まり、その後に続くPaul Simon とArthur Garfunkelの優しく透明感のある歌声が印象的なこの曲、歌詞は6行5連(スタンザ)という本格的な詩の形式で書かれていて、そこに綴られているフレーズは詩的と言うよりもむしろ文学的ですね。「ということは、この曲の歌詞も難解なんですか?」と質問したくなった方、Bingo ですよ!この曲もまた、本コーナーでこれまで何度も紹介してきた「迷曲」のお仲間なんです(汗)。今回はいつものように歌詞を紐解いていく前に、この曲のタイトルの一部となっているsilence の意味を皆さんに先ず理解しておいていただきたいので、幾つかの辞書の中からsilence の定義を紹介しておきます。

  • a period without any sound; complete quiet
  • a state of refusing to talk about something or answer questions, or a state of not communicating
  • a state of not speaking or writing or making a noise

つまり、silence とは日本語に置き換えれば静寂(場合によっては沈黙)ということになりますね。これらのsilence の定義を頭に入れた上で、歌詞を見ていくことにしましょう。1節目、Hello darkness, my old friend というフレーズで始まるこの曲の歌詞。迷曲はやはりセオリーどおり最初からぶちかましてきますね(笑)。darkness っていったい何なのでしょう?ここで参考になるのが、このdarkness についてPaul Simon が21歳の時に語っている言葉です。

「The main thing about playing the guitar, though, was that I was able to sit by myself and play and dream. And I was always happy doing that. I used to go off in the bathroom, because the bathroom had tiles, so it was a slight echo chamber. I’d turn on the faucet so that water would run and I’d play. In the dark」

この事から考えると、この歌詞における古い友人であるdarkness というのは、人と言うよりも、外界を遮断して一人くつろげる場所のように僕は感じました。I’ve come to talk with you againですから、何度もその場所にやって来ている訳です。3行目はなぜそうするかの理由であり、a visionは夢で見た夢の内容であると理解。その見た夢に何か不穏なものを感じた主人公はdarknessに再び会いにやって来てしまったのでしょう。そして6行目に出てくるのが、この曲のタイトルであるのと同時に最大の謎でもあるthe sound of silence という言葉。前述のとおりsilence というのはa period without any sound ですから、音は存在しない世界です。となると、sound of silence は音のない世界にある音ということになって矛盾します。が、僕はこの矛盾の中にsound of silence の意味が存在していると理解しました。「矛盾」という言葉は異なる状況を論理的に描写した際に使いますが、それを心理的に描写した場合は「葛藤」という言葉に変わります。つまり、sound of silence は葛藤する自分の心であるというのが僕の結論であり、その心の葛藤から何が生まれているのかというと、それは「孤独」なのです。ここで言う孤独とは寂しさといったものではなく他人との距離感であり、だからこそwithin という言葉が使われているのではないでしょうか。

第2節も、ものすごく難解です。In restless dreams で始まっているからには、夢で見た内容を語っているのでしょう。細い石畳の通りの上を一人歩く主人公の前に街灯が現れ、その街灯の下にhalo が浮かび上がっているといった感じですかね。Halo というのは聞き慣れない単語ですが、これは後光のような光の輪のことで5節目のthe flash of a neon light につながっていくものだと僕は考えました(neon light は日本で言うところのネオンサインと同じ意味で使われていると考えた方が分かり易いです)。4行目のI turned my collar to the cold and damp を聞いて僕の頭に浮かんだのは、主人公が寝床で夢の中に出てきたhalo にうなされている様子で、そのhalo が突然、the flash of a neon light に変わってmy eyes were stabbed by the flash of a neon light that split the nigh(主人公に衝撃を与える)ことになったのではないかと推察します。なぜ衝撃を受けたのかというと、それを目にしたことで強烈な孤独を感じた(touched the sound of silence)からで、その衝撃を与えたthe flash of a neon light がいったい何であったのかが語られているのが第3節ですね。第3節1行目のthe naked light は、halo とthe flash of a neon light の延長線上にあるもの、つまり同じ根を持つ光であり、主人公が目にしたのは、多くの人々(Ten thousand people, maybe more は勿論、実際の数ではなくその比喩です)が、talking without speaking、hearing without listening、writing songs that voices never shared(話をしても誰も話を聞いてくれないし、そもそも分かり合えることもない)という光景であり、no one dared disturb the sound of silence(孤独があちこちで広がっているのに誰もそれを止めようともしない)ことに主人公は衝撃を受けたのです。第4節の最初に主人公がそんな人たちに向かってFoolsと嘆いているのはそれが理由です。第4節では、1行目You do not know から4行目のI might reach you までがひとつのフレーズであることに注意してください。You do not know silence like a cancer grows は、気付かぬうちにどんどんと広がる孤独ってもののことが君は分かっちゃいない。Hear my words that I might teach you とTake my arms that I might reach you は、それを分からせようとする主人公の努力ですね。ですが、結局、その努力が報われることはないようです。But my words, like silent raindrops, fell. And echoed in the wells of silence はそのことの描写でしょう。自分の声は誰の耳にも届かないってことの暗喩ですね。

そして最後の第5節。ここも滅茶苦茶難解です(汗)。1行目のthe people は、第3節に出てくるpeopleと同じ人たちのことなんでしょうが、なぜ彼らが跪いて祈ったのかの理由がまったく分かりません。しかも、the neon god に対してですよ。なんですか?ネオンの神って?(笑)。あくまでも僕の感覚でですが、ここまでの歌詞の中でneon light が何であるのかを考えてみた場合、それが意味しているのは主人公が夢の中で見た恐ろしい世界(現実)ということなのであろうというのが僕の結論で、the people bowed and prayed to the neon god they madeを何度も聴いているうちに僕の頭に浮かんできた情景は「人間が自ら作り出した恐ろしい現実の前で、人々が自分たちは間違っていましたと許しを請うている」みたいなものでした。4行目のIn the words that it was formingは、スイッチを入れたネオンサインに光が灯って徐々に言葉が浮かび上がってくるような様子でしょうか。そして、その現実は同時に彼らを戒めます。どう戒めたのかというと「The words of the prophets are written on the subway walls and tenement halls. And whispered in the sound of silence」とです(tenementなんて言葉を使う人は見たことないですが、これは昔、apartment と同じ意味で使われていた単語で、後にスラム街を意味するようにもなりました。hallはアメリカではcorridor と同じ意味で使われます)。僕はThe words of the prophet を神の啓示、即ち人が進むべき正しき道へのヒント(神の啓示=正しい道なんて僕はこれっぽっちも思っていませんので誤解なきようお願いします(笑)。あくまでも西洋人の目線で考えた場合のたとえですので)、the subway walls and tenement halls を身近な場所と考え、この戒めの言葉をこう理解しました。「人が進むべき道へのヒントは身近なところにある。孤独(自分)と向き合えば聞こえてくるだろう」と。

まあ、迷曲たるこの曲には当然、様々な解釈が存在してますので、僕の解釈も迷解釈のひとつとご理解ください。それでは最後に、1966年にテレビの生放送でこの曲を演奏する際、演奏に入る前に曲の紹介としてPaul Simon が聴衆に向かって語った言葉を紹介してこの回を締め括りたいと思います。

「One of the biggest hang-ups we have today is the inability of people to communicate, not only on an intellectual level, but on an emotional level as well. So you have people unable to touch other people, unable to love other people. This is a song about the inability to communicate. It’s called, “The Sound of Silence”・ 僕たちが今日抱えている大きな悩みの種のひとつは、人々のコミニケーション能力のなさです。知的な会話のレベルでだけでなく、感情表現のレベルででもそうですから、人々は他の人に触れることもできないし、他の人を愛することもできなくなってきてる。この歌はそんなコミニケーション能力のなさについてのもので、タイトルはThe Sound of Silenceと言います」

本ホームぺージ内の『洋楽の棚』では100曲以上の洋楽の名曲を紹介していますので、興味のある方は覗いてみてください!

『洋楽の棚』傑作選「ジャングルランド」

今日お届けするのは第30回で紹介したブルース・スプリングスティーンの「ジャングルランド」です。彼の曲の歌詞はストレートな表現のものが多くて比較的分かり易いですけども、この「ジャングルランド」だけは別。暗喩が多くて超難解なんです。しかも、歌詞が叙事詩の如く長いので(つまり、曲自体も長い)、僕の解説も滅茶苦茶長くなってしまった回でした。皆さんに最後まで読んでいただけると良いですが(笑)。

【第30回】Jungleland / Bruce Springsteen (1975)

早いものでこのコーナーも30回目に突入。今回は第30回記念として、僕のお気に入りのアーティストの一人であるBruce Springsteen(ブルース・スプリングスティーン)の曲を紹介することにしました。彼の数ある曲の中から僕が選んだのは、1975年にリリースされた彼の3枚目のアルバムBorn to Run に収録されているJungleland という曲です。この曲はアルバムのリリース後、音楽業界で高く評価されることになった曲なのですが、シングルカットされることはありませんでした。なぜなら、演奏時間が9分半というとても長い曲だからなのです。当時、シングル曲を販売する為に使われていたドーナッツ盤に音質を落とさず収録できるのは45回転で6分程度が限度とされていましたから、シングルカットされていないと言うよりも、シングルカットできなかったんですね(笑)。余談ですが、どうしてドーナッツ盤みたいな利用範囲の狭いレコードが生まれたのかと言うと、ジュークボックス(若い方はご存知ないかもですが、ジュークボックスは有料でレコードの音楽を聴くことができるアナログな機械で、小銭を投入して曲の選択ボタンを押したらその曲を収録したレコードが自動的にかかるようになっていました)で再生する為だけに設計製造されたからだそうです。ドーナッツ盤の中央の穴が大きいのは、機械のアームがレコードをつかみ易くする為だったんですね。そう言えば、昔はドーナッツ盤を聴く際、穴が大きいのでレコード・プレーヤーにプラスチックのアダプターみたいなのをセットして再生していたことを思い出します。「あぁー、そうだった、そうだった。懐かしーい」なんて思うのは年配の人間だけですが(笑)。このJungleland という曲、長いだけでなく、その歌詞が難解であることでも名を馳せていまして、今回の解説は、記念回に相応しい大作となりそうな気配です…(汗)。

The Rangers had a homecoming
In Harlem late last night
And the Magic Rat drove his sleek machine
Over the Jersey state line
Barefoot girl sitting on the hood of a Dodge
Drinking warm beer in the soft summer rain
The Rat pulls into town, rolls up his pants
Together they take a stab at romance
And disappear down Flamingo Lane

レンジャースが顔を出したんだぜ
昨日の夜遅く、ハーレムであった会合にね
マジック・ラットが奴の愛車を飛ばしたのは翌朝のことさ
州境を超えてニュージャージーへ向かったんだ
裸足の彼女はダッジのボンネットの上に腰掛けてたよ
そぼ降る夏の雨の中、生温かいビールを飲みながらね
川向こうの街に入ったラットは、ズボンの裾をまくり上げ
女とのロマンスにしけこんだね
そして、フラミンゴ通りの彼方に消えようとしたのさ

Well, the maximum lawman run down Flamingo
Chasing the Rat and the barefoot girl
And the kids ‘round here look just like shadows
Always quiet, holding hands
From the churches to the jails
Tonight all is silence in the world
As we take our stand
Down in Jungleland

ところがその時、ポリ公の車がフラミンゴ通りを駆け始めたんだよな
ラットと裸足のガールフレンドが乗った車を追いかけてね
なのに、この辺りのガキどもはみんな影みたいで
いつも静かに手を取り合ってる
教会からムショに至るまで
今夜、この世界のすべてが静寂に包まれるよ
俺たちが事を構えるからにはね
このジャングルランドで

Well, the midnight gangs assembled
And picked a rendezvous for the night
They’ll meet ‘neath that giant Exxon sign
That brings this fair city light
Man, there’s an opera out on the turnpike
There’s a ballet being fought out in the alley
Until the local cops’ cherry top
Rips this holy night

真夜中のギャング仲間たちが集まり
今夜の待ち合わせ場所を決めたんだってよ
連中、あのでかいエクソンの看板の下に集合するってさ
この巨大な街を照らす看板のね
ハイウェイの出口ではオペラが催され
裏通りでは力任せのバレエの公演さ
地元のポリ公のパトカーの赤色灯が
聖なる夜を切り裂くまではね

The street’s alive as secret debts are paid
Contact’s made, they vanished unseen
Kids flash guitars just like switch-blades
Hustling for the record machine
The hungry and the hunted
Explode into rock’n’roll bands
That faced off against each other out in the street
Down in Jungleland

こっそりと金をやり取りすることで通りは活気づき
顔を突き合わせては、皆その姿を消していくけど
飛び出しナイフみたいに通りに出てギターを鳴らすガキどもだっているんだ
夢を追ってがむしゃらにね
飢えた者たちと追われる者たちが
ロックンロールのバンドに大変身するのさ
互いがいがみ合うこの街の通りでだよ
このジャングルランドの

In the parking lot the visionaries dress in the latest rage
Inside the backstreet girls are dancing to the records that the DJ plays
Lonely-hearted lovers struggle in dark corners
Desperate as the night moves on
Just one look and a whisper, and they’re gone

駐車場では目敏い連中が流行りの服に身を包み
裏通りでは女どもがDJのかけるレコードの音に合わせて踊り
孤独な恋人たちは暗闇の中の片隅でもがいてる
夜が更けるごとに絶望し
一目見て囁き、そして消えて行く

Beneath the city, two hearts beat
Soul engines running through a night so tender
In a bedroom locked in whispers
Of soft refusal and then surrender
In the tunnels uptown, the Rat’s own dream guns him down
As shots echo down them hallways in the night
No one watches when the ambulance pulls away
Or as the girl shuts out the bedroom light

そんな街で二人の鼓動は高鳴り
魂の鼓動も優しく夜を駆け抜ける
ベッドルームで女は囁き
じらしはしたけど、無駄な抵抗だった
アップタウンの地下道でラットの夢が撃ち砕かれたのはそのあとのこと
真夜中の通路に銃声がこだましたんだ
奴が救急車で運ばれて行く姿も
女がベッドルームの灯りを消すのも見た者はいないけどさ

Outside the street’s on fire in a real death waltz
Between what’s flesh and what’s fantasy
And the poets down here don’t write nothing at all
They just stand back and let it all be
And in the quick of the night
They reach for their moment and try to make an honest stand
But they wind up wounded, not even dead
Tonight in Jungleland

外では街の通りが燃え上がってる、死のワルツという炎でね
何が現実で何が幻想かってことの間で揺れ動いてる炎さ
でも、ここの詩人たちはまったく何も書こうとはしない
ただ後ずさりして、成り行きに身を任せるだけなんだ
やがて、夜の痛みの中で各々が
目の前の現実に手を伸ばし、何かをしなきゃって口にはするんだけど
それだけじゃあ、傷つきはしても、死にやしない
それが今宵のジャングルランドなのさ

Jungleland Lyrics as written by Bruce Springsteen
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
Jungleland の歌詞、如何でしたか?長いですよね、長過ぎです(汗)。でもこの曲、最初から最後まで聴く者を飽きさせることなく聴かせ続けるというとんでもないことをやってのける名曲なんですよ。「嘘だぁー、10分も続く曲なんて、ダレるだけでしょ」なんて風に思う方は、騙されたと思って是非とも一度聴いてみてくださいね。この曲の歌詞の英語、複雑な構文や難しい単語はほとんど使われてはいませんが、冒頭でも触れたとおり、歌詞の内容を理解しようとすると非常にやっかいな相手となります。暗喩が多く、ネイティブ話者であっても滅茶苦茶な解釈をしてる人が数多くいるくらいに難解ですので、そんなおかしな解釈にならぬよう、気合を入れて歌詞を見ていくことにしましょう。

先ず1節目ですが、のっけからぶちかましてきます。「はぁ?The Rangers!?」それっていったい何のことなんでしょう。ネイティブ話者もそれが何なのかと悩むようで、ベトナムの戦場から戻った帰還兵だとか、ホッケーチームの名前だとか、法執行機関の比喩だとか様々な意見が飛び交っていますが、僕の中ではThe Rangers はギャングのグループ名であるという結論以外ありませんでした。なぜその結論に至ったのかを分かっていただく為には、当時のニューヨークのギャング事情を知っておいてもらう必要があります。1970年代のニューヨークというのは、小規模な不良集団が割拠するストリート・ギャングの全盛期とも呼べる時代で、マンハッタンだけでも300に近いグループが活動し、縄張り争いを繰り広げていたと言われています。縄張り争いと言っても、マフィアや日本の暴力団のように自らの金銭的利益を得る為の領域争いではなく、自らが支配する領域ではよそ者に勝手なことはさせないというプライドのようなものから出てくる縄張り争いであって、彼らにとって最も価値を持つのは富ではなく、自らの縄張りを守り、そして同時に、縄張りを広げることで自らの力を誇示するということだったのです。実際、ギャングたちが金銭を重視していなかったのは事実で、麻薬の取引で手っ取り早く稼ぐといった者もほとんどいないばかりか、逆にギャングたちにとって麻薬は嫌悪の対象ですらありました。しかし、その半面、力による縄張り争いは熾烈を極めるもので、ギャングが多く暮らすハーレムやブロンクスでは抗争による殺人事件は日常茶飯事(年間1000件のペースで殺人事件が発生していたようで、超危険地帯であったハーレムやブロンクスに住人以外の者が近づくことはありませんでした)であった為、無用な殺し合いを防ぐ為の平和協定を結ぶべくギャングたちの代表がしばしば集って会合を開いていたくらいでした。僕の中でピンときたはこの会合でして、The Rangers had a homecoming のhomecoming は、そういった会合のことではないのかと思ったのです(アメリカ英語では、年に一度の同窓会や学園祭といった人が集まる意味で使われることがあります)。このフレーズの響きからは、どうしてもThe Rangers が街へ戻ってきたというイメージを抱いてしまいがちですが、The Rangers のリーダーがハーレムで夜遅く行われた平和協定を結ぶ為の会合に顔を出したと受け止めれば、この後に出てくるthe Magic Rat こそがThe Rangers のリーダーということになり、話の辻褄がすべて合います。以上のようなことを総合してみた結果、The Rangers がギャングのグループ名であるという結論に至りました。

3行目のsleek machine という言葉から目に浮かぶのは、ギャングが好みそうな車、ピカピカのアルミホイールを装着したマスタングみたいな中古のマッスルカーで、恐らくMagic Rat(以下、ラットと記します)は、当時のマンハッタンではまだ多数派であったプエルトリコ系のギャングでしょう。そんな車に乗ったラットはハドソン川の向こう側のニュージャージーへと向かって走っている訳ですが、その理由が語られているのが、5行目以降の歌詞です。ラットの目的地はハドソン川を超えた対岸のニュージャージー州のどこかにある美しいビーチ、そこでデートの待ち合わせをしていると思われます。車のボンネットに腰掛けてビールを飲みながらビーチで待っているのはラットの彼女Barefoot girl(ビーチでは普通、裸足になりますね・笑)。車はDodge としか書かれていませんので車種は分かりませんが、ギャングのリーダーの彼女となるような女性ですから、ラットと同じようにDodge のチャージャーみたいなマッスルカーに乗っているのかもしれません。The Rat pulls into town, rolls up his pantsからは、ビーチに着いたラットが車を止めた後、ズボンの裾を捲り上げ、彼女のところまでビーチの砂の上を裸足で駆けて行く光景が目に浮かびます。9行目のFlamingo Laneは架空の通りの名前で、ニュージャージー州アズベリーパーク(ブルース・スプリングスティーンがデビュー前、音楽活動をしていた街です)にかつて存在したFlamingo Motelという宿泊施設が通りのモデルではないかとも言われています。ニュージャージー州にFlamingo Laneという名の通りが存在するのか調べてみましたが、どこにも見当たりませんでしたので、架空の通りであることは間違いなさそうです(ニューヨーク州には同名の通りがありましたが、とても短い通りで、ビーチの傍にある訳でもないので該当しませんね)。

第2節1行目のlawman とは、法執行者のこと、つまりは警察の人間です。わざわざmaximum を付けているのは、lawman を単なる法執行者としてではなく、権力の象徴として強調しているのかもしれません。3行目のAnd the kids ‘round here look just like shadows, Always quiet, holding hands は、なぜにここでkidsが唐突に出てくるのか良く分かりませんが、パトカーに追われるラットを目にしてもおとなしくしているだけ(権威、権力に無抵抗な)の若者たちの無気力を嘆いていると僕は理解しました。そのことが5行目以降の歌詞につながっていて、最後の4行を聴くと、俺たちはそうじゃないと言っているようにも思えます。なぜなら、その夜、彼らはJungleland でwe take our stand する気だからです。take one’s stand は持ち場につくといった意味で用いられますが、僕は敵対するギャングたちに対する宣戦布告であると考えました。恐らく、前夜の平和協定の会合の場で話し合いが決裂したのでしょう。From the churches to the jails, Tonight all is silence in the world と言っているように、おまえたちがそういう態度を取るのなら、力で黙らせてやるという訳です。

さて、ここでようやくJungleland という言葉が出てきました。いったい、このJungleland ってのは何のことなのでしょう?ここまでの歌詞を聴いただけでは、Jungleland が何なのかはまだ漠然としたイメージしか湧いてきませんが、曲を最後まで聴いて至った結論は、社会の底辺で生きる者たちの多くが、特に若者たちが、その底辺から抜け出せないでいる大都市(歌詞にニューヨークの名は出てきませんが、この曲の舞台がニューヨーク市であることは明白です)の現実を、右も左も分からぬままに出口を探してさ迷い歩くものの、決して出口にはたどりつけないという深い密林に覆われたジャングルに重ね合わせているのだろうということでした。この曲の中でのJungleland は、そういった現実が放置されたままでいる世界(社会)を表す代替語と考えて良いのではないかと思います。因みにブルース・スプリングスティーン本人は、アズベリーパークにあった「Palace」という遊園地(貧しい人々が束の間の息抜きをできる場所だったようです)がいつの間にか、ティーンエイジャーが喧嘩をしたり暴力を振るう場所に変わってしまっている姿を目にしたことにインスパイアーされてJungleland の歌詞を書いたと雑誌のインタビューに対して語っています。そのことから考えると、Jungleland の歌詞の原点は、かつての楽園が今や荒野という状況に陥っていたPalace にアメリカン・ドリームの崩壊を重ね合わせたことにあるとも言えそうです。

第3節で描写されているのは、宣戦布告したラットたちが敵対するギャングのもとへと向かう様子でしょう。3行目のthat giant Exxon sign は、これもまたアズベリーパークに関係していて、当時のアズベリーパークの街には住民の誰もが知る巨大な「Exxon(ガソリンスタンドの大手です)」の看板があったそうで、一言告げるだけで誰にでも分かる場所は集合場所としては最適ですよね。4行目のfair city はfair sized cityのことであり、3行目のgiant と対になっていると理解しましたが、もちろんここのfair は反語であって、街に対する皮肉が込められているのだと思います(不公平unfair な街ということです)。5行目のMan, there’s an opera out on the turnpike とそれに続くThere’s a ballet being fought out in the alley は、詩的な表現で超難解。turnpike は高速道路の料金所のことですが、ニュージャージにはNew Jersey Turnpike という名称の有料道路がありますので、ここのturnpike はその道路を指しているのだと思います。there’s an opera out on the turnpike を聴いて僕の目に浮かんだのは、派手な車に乗って高速道路から続々と下りてきて終結するギャングたちの様子(それをオペラと比喩しているのでしょう)、a ballet being fought out in the alleyは、裏通りで繰り広げられる血の応酬(それをバレエと比喩)でした。7行目のcherry top は日本でも今は見かけませんが、昔のパトカーのルーフに取り付けられていた単灯式の赤色灯のことで(アメリカのパトカーもかつてはそうでした)、その夜、警察が介入、もしくは追ってくるまでは、血で血を洗う暴力が続くのだということです。

続く4節目も相当に難解ですが、ここで描かれているのは抗争が開始される前の街の様子だと推測しました。The street’s alive as secret debts are paid とContact’s made, they vanished unseenは、通りで公然と行われている麻薬の売買をギャングたちが苦々しく思っている様子なのでしょう。前述したように、この当時のギャングたちにとって麻薬は嫌悪の対象でしたが、この頃より麻薬の売買で手っ取り早く金を得ようとする若者たちが急増するようになっていました。ですが、その一方ではKids flash guitars just like switch-blades, Hustling for the record machine のように、音楽の世界(音楽だけとは限りませんが)で成功することで社会の底辺から脱出しようとする若者たちもいるということが示されています。言い換えれば、それくらいしか抜け出す手段がなかったのでしょう。the record machine は、レコードプレーヤーといった機械類のことではなく、機械のようになってしまった音楽業界(金儲けの為だけに大量生産を繰り返している)のことを指しているものと理解しました。Explode into rock’n’roll bands that faced off against each other out in the street は「互いが殺し合うこんな糞みたいな街であっても、音楽で身を立てようとするような若者はいるんだぜ」ってな感じでしょうか。

第5節から僕が受けたインプレッションは、戦いが始まる前の束の間の静けさです。1行目から3行目で語られているのはごく普通の若者たちの姿であり、この節の趣旨は、ギャングたちもかつては普通の若者だったが、時が流れるごとに絶望だけが残り(なぜなら、社会の底辺から抜けだせないから)今はこうなって(ギャングになって)しまったということではないかと考えました。そして、この後、その夜の静けさの中で、今や伝説となったClarence Clemons のテナー・サックスの哀愁を帯びた音色が2分以上に渡って鳴り響きます。何千回聴いても、今聴いても尚、体が震えてくる魂の叫びです。6節目は、街で彼女(例のBarefoot girl なのか、別の愛人なのかは分かりませんが)と落ち合ったラットが、二人で彼女の部屋かホテルの部屋にしけこんでいる様子であろうと推察しました。ラットは既に、女と愛し合うのもこれが最後になるかもしれないという運命を覚悟していたのかもしれません。Whispers of soft refusal「だめぇ、だめぇ、今夜はそんな気になれないの」の類でしょう。ですが女は結局、surrenderします。そして、女とことを終えたラットは戦いの舞台へと向かいますが、彼を待ち受けていたのは地下道に響く銃声でした。the tunnels uptown は、最初はニューヨークとニュージャージーを結ぶLincoln Tunnelのことだと考えましたが、Lincoln Tunnel があるのはMid Town ですし、tunnels と複数形になっていることから、ここに記されているthe tunnels はsubway(pedestrian tunnel とも呼ばれます)の類であろうというのが僕の結論です。そう考えると、敵対ギャングに追われて地下道に逃げ込んだラットが、背後から銃撃を受けているような光景が目に浮かんできますね。No one watches when the ambulance pulls away, Or as the girl shuts out the bedroom light は、ラットが誰に気付かれることもなく(彼女さえ)ひっそりと(憐れに)死んでいった、つまり、一人のギャングの死など誰も気にとめもしないということの比喩なのでしょう。

最後の節でも尚、難解な歌詞が続きます。Outside the street’s on fire in a real death waltz between what’s flesh and what’s fantasy という詩的なフレーズからは、ラットたちが仕掛けた抗争で街が大混乱に陥っている様子が窺えます。そこらじゅうの通りに死体が転がっていて「これって現実?映画の世界じゃないの?」っていう感じでしょうか。And the poets down here don’t write nothing at all, They just stand back and let it all be は、そんな状況にも拘らず、街の人々(特に若者たち)は何の行動も起こそうとしないし、現実に目を背けるだけだということなのだと思います。And in the quick of the night, They reach for their moment and try to make an honest stand, But they wind up wounded, not even deaは、この曲を聴くものに突き付けられる最後の難問で、やがて事の重大さに気付き始めた若者たちが、何かを変える必要があるんじゃないかと自問をするものの、結局はうわべだけで終わる(not even dead何かを変えようとする為の死ぬ気の覚悟がない)ということではないかと僕は考えました。それがJungleland の現実なのです。

ふぅー、やはり予想どおりの長い解説になってしまいましたね(汗)。最後までお付き合い頂きまして誠にありがとうございました。このJungleland という曲が、社会の底辺に生まれ、暮らし、そして、そこから抜け出せないでいる行き場のない若者たちを主人公にした一種の叙事詩であることを分かってもらえたとしたら、解説を書いた甲斐もあったというものです。この曲がリリースされたのは1975年、良く考えれば、それから50年近くもの年月が過ぎ去っています。一般市民が近づくことなどあり得なかったハーレムでさえ、今や再開発が進んで富裕層が暮らすようになっているように、時代はすっかり変わってしまいました。ですが、アメリカ人の若者も含め、今の若い人たちがこの曲を聴いても、随分と昔に僕らの世代がこの曲を初めて聴いた時と同じ気持ちで受け止めることができるのではないかと僕は思っています。なぜなら、中高生といった若い人たちの自殺という悲しいニュースを聞かない年は無いという事実が存在するように、行き場を失い絶望する若者たちの姿は、残念ながら今も尚この世から消えてはいないからです。

本ホームぺージ内の『洋楽の棚』では100曲以上の洋楽の名曲を紹介していますので、興味のある方は覗いてみてください!

『洋楽の棚』傑作選「天国への階段」

今週お届けする『洋楽の棚』傑作選は、第50回で紹介したレッド・ツェッぺリンの名曲「天国への階段」です。この曲の歌詞は難解であるとして有名なことや『洋楽の棚』が50回を迎えた記念回だったということもあって、解説部分だけで原稿用紙20枚以上という短編小説も顔負けの長さになってしまっていますが(汗)、どうか最後まで読んでやってください(笑)。

【第50回】Stairway to Heaven / Led Zeppelin (1971)

Woo-hoo! I made it!!(本当はHip hip hooray!と何人かで集まってやりたいところですが、一人孤独にこのコーナーを書いてますので自己満足の証としてI made it にしときます・涙)。ということで、洋楽紹介も早いものでついに50回目を迎えました!(パチパチパチーと一人で虚しく拍手)。このコーナーで紹介している曲は僕の青春と共にあった古い曲ばかりですけど、皆さん、楽しんでいただけてるでしょうか?このコーナーにいったいどれくらいの読者がいるのかは僕には分かりませんが(恐らく数人でしょう・汗)僕の解説を読んで一人でも洋楽ファンが増えたのであれば本望です。

さて、第50回という節目となりました今回、何の曲を選ぼうかといろいろ迷った結果、僕にとってはすごくお気に入りの曲という訳ではないのですが、レッド・ツェッペリンの名曲Stairway to Heaven(日本でのタイトルは「天国への階段」)を紹介することにしました。なぜかと言うと、この曲が紹介される時にはお約束のように「歌詞が難解だ」という解説が付け加えられているので、果たしてそれが事実なのかどうかを初心に戻って確かめてみようと思ったのです(←できるんだろうか…。汗)。レッド・ツェッペリンはRobert Plant、Jimmy Page、John Paul Jones、John Bonham という4人の英国人ミュージシャン(全員イングランド出身)が集まって1968年にロンドンで結成した伝説のロックバンドで、Jimmy Page のギター演奏を中心にしたスピードとパワーを感じさせるダイナミックな音作りは後に多くのアーティストに影響を与え、ハードロック、ヘビーメタルの祖とも位置づけられています。ですが、同時に傍若無人なミュージシャンの祖でもあり(麻薬乱用のせいなのか、商業的に成功して天狗になってたのか、良くは分かりませんが)、1971年の来日時には宿泊していたホテルの備品を土産物屋で買った日本刀(土産物屋で売ってるような代物なので、恐らくは真剣ではなく模造刀でしょう)で次々に切りつけて破壊するという蛮行に及び、ホテル側は多大なる迷惑と損害を被りました(彼らの乱痴気ぶりについては、本コーナーの第3回Hotel California の解説欄も参考ください)。このバンドに関する情報は巷に溢れてますので、レッド・ツェッペリン自体に関する歴史やエピソードはそれらに譲ることにして、先ずは難解とされる問題の歌詞を一読ください。

There’s a lady who’s sure all that glitters is gold
And she’s buying a stairway to Heaven
When she gets there she knows if the stores are all closed
With a word she can get what she came for
Ooh-ooh, ooh-ooh, and she’s buying a stairway to Heaven

きらめくすべての物は黄金だと信じてる女性が一人いてさ
天国への階段を買おうとしてる
彼女は分かってるんだよね、そこへ行けば、お店が全部閉まってたって
彼女がひと言発すれば、目的のものが手に入ることを
あぁー、それだから、彼女は天国への階段を買おうとしてるんだ

There’s a sign on the wall, but she wants to be sure
‘Cause you know sometimes words have two meanings
In a tree by the brook, there’s a songbird who sings
Sometimes all of our thoughts are misgiven

壁には道しるべがあったんだけど、彼女は疑ってかかったね
だって、言葉ってのは時に違う意味で使われることがあるじゃない
小川の傍の木ではさ、小鳥がメロディーをさえずってる
人の思いってのは、時に疑いを引き起こすものだって

Ooh, it makes me wonder
Ooh, makes me wonder

あー、なんだか気になる
ほんと、気になる

There’s a feeling I get when I look to the West
And my spirit is crying for leaving
In my thoughts I have seen rings of smoke through the trees
And the voices of those who stand looking

西の方を見る時、感じることがあるんだ
ここから離れたいって魂が叫ぶんだよね
僕にはこんな気がしたんだ、樹々の間に煙の輪が見えてさ
目を逸らさず見つめている人たちの声がしたって気がね

Ooh, it makes me wonder
Ooh, really makes me wonder

あー、なんだか気になる
ほんと、気になる

And it’s whispered that soon if we all call the tune
Then the piper will lead us to reason
And a new day will dawn for those who stand long
And the forests will echo with laughter

噂じゃさ、僕たちが思いどおりに物事を決めれば
笛吹き男が正しい道へ導いてくれるって話だよね
長いこと耐えてきた人たちの為に新しい日の朝がやって来てさ
森の中で笑い声がこだまするんだ

If there’s a bustle in your hedgerow, don’t be alarmed now
It’s just a spring clean for the May queen
Yes, there are two paths you can go by, but in the long run
There’s still time to change the road you’re on

生垣が騒がしくたって、心配しないでよ
5月の女王の為に春の大掃除をしてるだけだから
そう、君には二つの道がある、結局のところ
今君がいる道を変える時間はまだあるのさ

And it makes me wonder
Oh, woah

気になるんだよね
なんだか

Your head is humming and it won’t go, in case you don’t know
The piper’s calling you to join him
Dear lady, can you hear the wind blow?
And did you know
Your stairway lies on the whispering wind? Oh

頭の中でブンブンと鳴る音は消えないよ、知ってるだろうけど
笛吹き男がいっしょにやろうぜって君のことを呼んでるんだもの
親愛なるお嬢さん、君にはあの風が吹く音が聞こえるかい?
知ってたかい?
君の求めてる天国への階段はその風のささやきから延びてるってことを

And as we wind on down the road
Our shadows taller than our soul
There walks a lady we all know
Who shines white light and wants to show
How everything still turns to gold
And if you listen very hard
The tune will come to you at last
When all are one, and one is all, yeah
To be a rock and not to roll

あちこち寄り道しているうちに
陰の背丈は魂より大きくなり
皆が知ってるあの女性がそこを歩いてて
白い光で照らしながらどうやるかを示したがるんだ
あらゆるものをさらに黄金色に変える方法を
でも、耳を澄ませば
最後にはあの曲が流れてくるだろうさ
みんながひとつに、ひとりがみんなになった時にね
分裂するのではなくひとつにまとまるために

And she’s buying a stairway to Heaven

なのに、彼女は天国への階段を買おうとしてるんだ

Stairway to Heaven Lyrics as written by Robert Plant, Jimmy Page
Lyrics © Warner Chappell Music, Inc.

【解説】
さてさて、Stairway to Heaven の歌詞、皆さんはどう受け止められましたか?はっきり言って、英語で読んでも日本語で読んでも、何を言いたいのやらよく分かりませんよね(笑)。ただでさえそうなのに、その状況をさらに混乱させているのが、この歌詞を書いたRobert Plant のこれまでの発言です。なぜなら、この人は目立つのが好きなのかメディアのインタビューによく応じていて、その度にStairway to Heaven の歌詞についていろいろと語っているのですが(本来なら、その種の発言は歌詞を理解する手掛かりとなるので歓迎のはずなんですけどね)、Robert Plant の発言が逆に混乱を招く原因となってしまっているのは、同じ質問であっても彼はしばしば異なる(以前の発言とは矛盾する)回答をするからです。しかし、彼が今までに発言してきた内容を順番に追って行くと、一貫してブレていない発言も中にはあることが分かってきました。僕が気付いた昔も今も変わらぬ彼の発言は3つ。その要点は以下のとおりです。

① Stairway to Heaven は「何の考えも思いやりもないまま(何も返すことなく)欲しいものをいつでも何でも手に入れる女性のことを歌ったものである。it was about a woman getting everything she wanted all the time without giving back any thought or consideration」

② Stairway to Heaven の中で彼が試みたのは「人里離れた牧歌的なイギリスやほとんど語られることのない古いケルト文化への関連性を作品に取り入れようとしたことである。I was really trying to bring the remote, pastoral Britain, the old, almost unspoken Celtic references into the piece」

③ Stairway to Heaven は「希望の歌である。I used to say it in Zeppelin, This is a song of hope」

これらの事はRobert Plant が若い頃から今に至るまで繰り返し口にしていますから、この3点をStairway to Heaven の歌詞を理解する鍵と考えても良いかと思います。なので、この鍵を手掛かりに歌詞を紐解いていくことにしましょう。先ず、第1節1行目ですが、このフレーズが前述した3つの要点の①を指していることに疑いの余地はありません。glitter はただ単に光る、輝くではなくキラキラと光る、輝くというイメージ。ここのgold は、世界共通の認識であるgold=money です。2行目に早速、a stairway to Heaven という言葉が出てきますが、ここで言うHeaven とは勿論、キリスト教によって定義されている天国のことであり、天国へ向かう階段という言葉を聞いて僕の頭に浮かんだのは「最後の審判を受けずに天国へ行くことを手助けするインチキな手段」といったイメージでした。つまり、そのような手段を主人公の女が欲しがっていることを示唆することによって「金で何でもできる、金があればなんとでもなる」という女の根底にある強欲さ(悪)を暗喩しているのだと思います。3、4行目のフレーズも、1、2行目の表現を変えただけであり、4行目のword をmoney に置き換えれば、ここで言及されていることも「金で何でもできる、金があればなんとでもなる」であることが分かります。僕には3行目のthe stores が天国の門のことのように思え、天国の門が閉まっていても、金さえあれば門番であるペテロから鍵を手に入れることができると女は信じていると言っているように聞こえました。では、なぜに天国への階段を買おうとしている者をa lady を使って表現したのでしょうか?あくまでも推測ですが、恐らくRobert Plant の周囲に強欲を地で行く性格を持つ人物モデルのような人がいて、たまたまそれが女性であっただけのことだと思います。ここでのlady は世の女性が強欲だと言うために使われているのではなく、男女を問わない強欲(悪)の象徴であると僕は理解しました。

第2節目で歌われているのも同じことで、天国への階段を欲しがっている女がどんな女であるのかを比喩しています。1行目の壁にあるサインは恐らく、天国への道を示す標識。でも、女はその標識が本当に天国の方向を指しているのかどうかを疑っており、words have two meanings と思うのも他人の言葉を信用しないことの裏返しだと考えます。つまり、歌詞の主人公である強欲女が信じるのは金だけで、何も信じない、誰も信じないということでしょう。女は金(欲)が自分から人々を遠ざけてしまっていることに気付いていないようです。3行目のIn a tree by the brook, there’s a songbird who sings は唐突で良く分からないフレーズですね(汗)。a songbird に続く関係代名詞がwhich ではなくwho なので、songbird は人のことなのかもと考えてもみましたが、ペットの愛犬など家族同然の存在の場合や話者がその対象を愛らしい存在と思っている場合なんかは動物に対してでもwho を使うことがありますので、やはりここに出てくるsongbird は鳥なのでしょう(一般にsongbird は、その鳴き声が歌っているように聞こえる鳥のことを指します)。songbird という言葉をここで使ったことに特にこれといった意味や意図はなく、a tree、the brook、a songbird という単語を並べることで単に英国の田園風景をイメージさせようとしただけではないかと思います。この節が3つの要点の②のことであるのは間違いなさそうですね。因みにRobert Plant は、イングランドのWest Bromwich 出身で、West Bromwich 自体は大都市バーミンガムの経済圏内なので街中には都市の景観しかありませんが、郊外へ行けば典型的な田園風景が広がっています。そのあとに続くSometimesall of our thoughts are misgiven は、人を信じることのできない女に対する助言のようなものではないかと理解しました。

3節目に登場するのが、この曲の歌詞の中でa stairway to Heaven 同様、記憶に残って忘れられなくなるit makes me wonder という印象的なフレーズ。直訳すれば「そのことが私に考えさせる」ですが、日本語に置き換える場合、感覚的には「なんか気になるなー」と言う時の感じと同じかなという気がします。第4節も唐突感が否めず、何が言いたいのかその内容もいまいち良く分かりません。なぜなら、ここまで語り手が第3者の目で女と天国への階段について語っていたのに、ここにきて突然、自らの感情を剥き出しにし始めるからです。先ず、1行目のthe West ですが、これは世界の多くの地域で日の沈む西には死後の世界があると考えられているとおり、この歌詞においても死後の世界の代替語としてthe West が使われていると思われます。2行目のmy spirit is crying for leaving は、語り手の魂が死後の世界へ行きたがっていることを匂わせていて、3、4行目でその理由が語られています、rings of smoke through the trees は何のことか意味不明ですが、3つの要点の②を参考に考えた結果、僕はケルト神話に出てくるナナカマドRowanという木から出た煙ではないかと推測しました。ケルト神話ではナナカマドを燃やした時に出る煙は霊を呼び出すと言われていて、4行目のthe voices はその霊に導かれて死後の世界へ向かう故人を見つめている人々の声(stand looking は「直視することに耐える」の意味であるstand looking at と理解)、つまり、嘆き悲しむ声ではないかという気が僕にはしました。語り手は、霊に導かれて死後の世界へやすらかに向かう人の姿を、強欲女に見せたかったのかもしれません。今のままの君では天国の階段を手に入れたところで、霊に導かれるような安らかな死を迎えることはできないとでも言いたかったのかもですね(←あくまでも僕個人の勝手な見解です・汗)。

第5節は3節目の繰り返し。6節目はまたまた意味不明なフレーズの羅列です。難解ではなく意味不明なんです(笑)。1、2行目はHe who pays the piper calls the tune という諺がベースになっていることは誰の目にも明らかですね。直訳すれば「金を払うものが笛吹きに曲を指示できる」。即ち「金を出す者に決定権がある。金を出す者は口も出す」といった意味です。it’s whispered that は、that 節以降のような噂がありますよと言いたい時の用法。英国において英国人がthe piper と言った場合、普通はバグパイプ奏者のことを指しています。2行目のreason は、ここではものごとの分別、良識、道理といった意味で使われていると理解し「正しい道」という訳語にしてみました。3行目のAnd a new day will dawn for those who stand longは、この曲を理解しようとした世界中の先人の方々の間では、ルカの福音書第1章78節であるA new day will dawn on us from above because our God is loving and merciful(これは私たちの神の憐み深い御心による。また、その憐みによって、日の光が上から私たちに臨み)からの一部引用であるというのが定説になっているようです。因みに第79節にはHe will give light to those who live in the dark and in death’s shadow. He will guide us into the way of peace(暗黒と死の陰とに住む者を照らし、私たちの足を平和の道へ導くであろう)という言葉が続いていて、この第79節も歌詞に影響を与えているような気がします。僕にはこの6節目が、伝統や習慣、社会、政治システムなどに縛られて自分の思う本心を隠したり行動できなかったり、それらのことを我慢している人々に対して「自分が思うように自由にやればいい、それこそが正しい道であり、そうすれば明るい未来が開けて、あなたたちも笑顔になれる」と言っているようにしか聞こえませんでした。そのことが強欲女と天国への階段の話とどう関係しているのかは、理解不能としか言いようがありませんが、3つの要点の③の根拠はこの節にあるような気がします。

第7節はさらに意味不明です(笑)。there’s a bustle はなんだか騒がしい、騒々しいといったイメージで、hedgerow は生垣、つまり、庭に低木を連なるように植えて塀代わりにするというあれです。「あなたの生垣が騒がしい」だなんて何のことかさっぱりですが、調べてみたところ、英国の田園地帯における生垣は自分の土地と隣人の土地を分ける境界線の象徴だそうで、境界線が騒がしいというのは、隣人(他者)と揉め事のような何らかの問題が起こっているような状況を想像させます。2行目のa spring clean は、日本でいうところの大晦日にやる大掃除みたいなもので、ヨーロッパでは、冬に薪や石炭の暖房を使って煤けた部屋を春の到来と共に掃除するという習慣が昔はありました(英国では今でもこの習慣を続けている家庭も多く、特に日は決まっていませんが3~4月に行われます)。そのあとのthe May queen というのは、その年の豊穣を祈る春祭りの日(日本では労働者の日というイメージしかない5月1日が春祭りの日です)に少女の中から選ばれる豊穣の女神の代理のような存在で、選ばれた少女はサンザシの花の冠を頭にかぶります。では、If there’s a bustle in your hedgerow, don’t be alarmed now. It’s just a spring clean for the May queen とはいったい何を意味してるのでしょうか?先程も申し上げたとおりワケワカメではあるのですが(←出た!必殺オヤジギャグ!)、僕はa bustle in your hedgerow は時として人が味わうことになる人生における苦難、the May queen は明るい未来の象徴と考えてみました。つまり「人は時として苦難を味わったり問題を抱えることもあるが、そういった状況は未来へ向かう為の自分自身の整理整頓(誤った過去の清算)の為だから、心配は要らない」と言ってるのではないかと。そう考えると、3行目がYes という言葉で受けていることも納得できるのです。そのあとに続くtwo paths は誤った過去に戻るか正しい未来に進むかであり、but in the long run, there’s still time to change the road you’re on で「今ならまだ間に合う」と強欲女を諭しているように僕には聞こえました。

と第7節を無理矢理に解釈して乗り切ったかと一安心したのも束の間、8節目もまたまたワケワカメです(笑)。Your head is humming and it won’t go って「なんじゃこれ?」ですよね。僕が思うに、彼女の頭に鳴り響くブンブンという音は「天国への階段を金で買おうなんて考えはそもそも悪である」と見做すような善良な人々の怒りにも似た声であり、3行目のthe wind blow と同じものであると考えます。2行目のThe piper はこの歌詞の中ではそんな善の側の人間の象徴であり、正しい未来へ進もうという人々の思いが消えることは永遠に無いということではないでしょうか。だからこそ最後にDid you know your stairway lies on the whispering wind? と尋ねているのだと思います。天国への階段は、金で手に入るようなものではなく、正しい道を歩む(善良に生きる)ことでいつか目の前に現れるものだということなのでしょう。おぉぉー、最後はなかなかうまくまとまったじゃないかと思ったら、このあとギターのソロが終わってからのブリッジにまたまた意味不明なフレーズが…。「あー、もう勘弁してくれー」と言いたいところですが、最後までがんばってみます。1行目のwind は主語にwe を取ってますので、名詞のwind ではなく動詞のwind です(ワインドと発音する方です)。ここで主語がwe に変わりましたが、このwe は善の側にいる人間全体を指していると思われます。we wind on down the road の部分を聴いて頭に浮かんだのは、蛇のようにうねりながら道を進んでいるようなイメージでしたので、このように訳しました。2行目のshadow は悪い欲望、soul は汚れのない善良な心と理解しました。3行目に出てくるa lady we all know は、天国への階段を買おうとしている強欲女のことであり、悪の側の象徴です。4行目のwhite light は何のことなのかまったく分かりません(←もうなげやりデス)が、強欲女が再び出てきてOur shadows taller than our soul という状況に対して「ほーら、見たことか」と言ってる感じですかね。7行目のThe tune は善良な人々の声であり、皆がひとつにまとまる(ひとつになって希望に満ちた正しい未来に向かう)時、その声が最後には聞こえてくるだろうと強欲女をいさめているのだと理解しました。ここの部分も、3つの要点の③と関連しているのではないでしょうか。最後の行のrock は一枚岩、roll は船を揺さぶって転覆させようとしているような情景が頭に浮かんだのでこのような訳にしています(ロックンロールという言葉を歌詞に入れてる曲は山ほどありますが、この曲のそれは類のない表現ですね)。

ここで最後の疑問。果たして強欲女は、反省し善良な心を取り戻したのでしょうか?残念ながら、アウトロで歌われているのがAnd she’s buying a stairway to Heaven というフレーズであるとおり、そうではなさそうです。強欲なだけあって、やはり一筋縄ではいかない女のようですね(汗)。僕が最近見たRobert Plant の姿は2023年にテレビのインタビュー番組に出演していた時のもので、そこでStairway to Heaven の歌詞について訊かれた彼は、やはりこう答えてました。「It was a song about fate and somerhing very British almost abstract, but they were coming out of a 23 years old guy, you know・あれは運命やとても英国的な事柄の歌なんだ。まったくもって抽象的なね。だってさ、23歳の若造が作った歌詞なんだもの」そして、そのあとも「It was a great achievement to take such a monstrously dramatic musical piece and find a lyric that was ambiguous enough and a delivery which was not over pumped just it almost was like the antithesis of the music was this kind of lyric and this vocal delivery that was just about enough to get in there」ってな調子で語ってたんですが、その話しぶりから僕が感じたのは「この人は、簡単なことを小難しく言いたがる人なんだ」ということでした。日本にもそういった人はいますよね(笑)。そして、その瞬間、僕はStairway to Heaven の歌詞には取り立てて深い意味などないことを確信しました。実際、Robert Plant はStairway to Heaven の歌詞がもう自分でも何のことだか良く分からなくなっていると最近は言ってるようで、なぜそんなことになってしまうのかというと、元から歌詞には大した意味がなかったからです。

「ごく簡単なことを小難しく言いたがる若造が作った出鱈目な歌詞が、自らの思わせぶりな声と神がかったJimmy Page のギターの音色によって昇華されてしまい、聴くものに何か深い意味があるかのように思わせてしまった」これが僕のStairway to Heaven の歌詞に対する結論であり、この曲の歌詞は難解なのではなく、そもそもからして筋が通っていないだけのことではないかと思います。まあ、歌詞はともあれ、ラベルのボレロをロックで再現したようなこの斬新な曲、歴史に名を残す名曲であることに変わりはないですが…。

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