洋楽の棚①

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みんなで洋楽を楽しみましょう!

今からもう半世紀近くも前の1980年代前半、その頃は携帯電話やインターネットが世界を変えていくことなど想像さえつかなかったまだまだ長閑な時代で、当時高校生であった僕の楽しみはと言えば、FMラジオから流れてくる雑音交じりの洋楽をアルバイトの給料を貯めて少しづつ買い揃えたバラコンのカセットデッキに録音して繰り返し聴いたり、放送時間の枠に収まるようカットされて原形を留めていない日本語吹替の洋画をテレビで見たりすることくらいでした(バラコンというのは、コンポーネントを好みに応じて異なるメーカーの製品でバラバラに揃えたステレオセットのこと。それが当時の流行りでした)。そんなアナログだった時代に僕が聴いて好きになった懐かしの曲を、古い洋楽に興味のない今の若い人たちにも聴いてもらえるようにならないものかと思い立ち上げたのが、本コーナー『洋楽の棚』です。

音楽とはその名のとおり、音を楽しむものであって、曲のメロディーラインを聴くだけで楽しめるものがそうであるというのが僕の音楽というものに対する基本的な考え方ではありますが、洋楽の場合は、それぞれの曲の歌詞の意味を知ればさらにもっと楽しめるというのも事実(ここで言う洋楽とは、英語圏の主にロックやポップスのこととします)。そこでこのコーナーでは、単純に洋楽の曲を紹介するだけでなく、必ずその曲の歌詞を和訳して付記することにしました。なんて、偉そうなことを言ってはみたものの、実のところ、洋楽の歌詞をまともな日本語にするのはなかなか大変な仕事。好きな洋楽の歌詞を自分で訳してみようと一度は挑戦してみたが、うまくできなくて挫折したという方も多いのではないでしょうか。まだ英語が良く理解できていなかった頃の僕もそんな挫折の繰り返しでした。

中学校の英語の授業で習うような単語しか並んでいない歌詞なのに、なぜだかその意味をうまく理解できない。多くの人がそうなってしまう主な原因は、洋楽の歌詞の構造にあると言っても良いのではないかと思います。歌詞というのはメロディーラインに合わせる必要がある為、その字数には自ずと限りがあり、それ故に洋楽では主語やbe 動詞の省略はあたりまえ、時には文の要となる動詞や目的語といったものさえ省かれてしまうこともあるからなのです。ネイティブ話者と呼ばれる英語を母語とする人々であれば歌詞を聞いて何が省略されているのかぱっと察することもできるのでしょうけども、それができない英語初心者の日本人にとっては、文法どおりになっていない文は何が何だかさっぱりで、混乱して理解不能となるのは無理もない話だと言えるでしょう。そのうえ、洋楽は音の響きを優先する傾向が強くあり、耳に聞こえの良い音がする語句を無理矢理にでも使って帳尻合わせをしたりもしますから、そういった曲の場合はますます英語初心者にとっては分かり辛いものとなってしまいます。ですが、何よりも洋楽の歌詞の一番難しい点、それはネイティブ話者でさえ同じひとつの曲を聞いてもその受け止め方、解釈の仕方が随分と違ってくる歌詞が多く存在するということにあります。例えば、和訳するにあたって良く分からない英語の歌詞の部分をネイティブ話者に質問すると、三者三様の答えが返ってくることは珍しいことではなく(作詞した本人でさえ思いもしなかった解釈が為され、それが一人歩きしていくことも多々あるほどです)中には歌詞なんかにこれといった意味など込められてはいないと言い切る人さえいます(確かに、音の響きを良くする為、特に意味のない語句が加えられていたりすることもあったりはしますが稀です)。そのような経験から僕が達した結論は、英語が堪能であったところで、必ずしも英語の歌詞を日本語の歌詞にすることができるという訳でもなく、原文の意味を損なうことなく日本語に訳す為に必要なものは、語学力以上に感性であるということでした。

よって、このコーナーで紹介する曲の歌詞ははすべて僕自身の自分の感性に従って独断で訳してあることを先ずお断りしておきます。和訳にあたっては、直訳の羅列ではなく、訳した歌詞を通しで読んだ時に日本語としてまともなものになっているかどうかにこだわりましたので、当然、どうしてそんな和訳になるんだと疑問に思われる部分もたくさんあるかと思います。それ故、曲の解説欄にはできるだけ僕がその曲の歌詞を聴いてどう受け止めたのかやそう訳した理由、その曲の背景などを詳しく記しました。但し、僕は英語圏で生まれ育った訳でもなく、高校卒業時の英語力は限りなくゼロであった人間ですので、文法的に間違った解釈や誤訳があるかも知れません。なので、そんな部分があれば遠慮なく指摘していただきたいです。それと、もう一点。僕は単に昔の洋楽が好きなだけであって、洋楽マニアでも洋楽オタクでもありませんから、自分が若い頃に聴いていた曲以外のことは全く分かりませんし、興味もありませんので悪しからず。Taylor Swift の曲の歌詞を解説してくれとか言われても無理なのです(汗)。

と、なんだか最初から小難しい話になってしまい、申し訳ありません。要はこのコーナーを読んで「へぇー、あの曲ってそんなことを歌ってたんだ」とか「こんな歌詞の曲があったのかぁ、今度聴いてみよう」と感じてくださる方が一人でも多く出てきて欲しいというのがこのコーナーに込める僕の思いであり、洋楽の懐かしの曲のファンが増えていくことを心から願ってやみません。

【第1回】Call me / Blondie (1980)

Blondie のこの曲がリリースされたのは1980年。女性歌手の歌声と言えばキャンディーズやピンクレディーのそれしか思い浮かばないような当時中学3年生だった僕が、突然ラジオから流れてきたドラムの連打で始まるパンチの効いたイントロとそれに続くボーカルのDebbie Harry(なぜだか日本では本名のDeborah で紹介さていますが、ここではDebbie で統一します)のパワフルな歌声を聞いた時の衝撃は今でも忘れられません。その半分を海外での放浪生活に費やし駆け抜けた80年代という僕の青春は、まさにこの曲と共に始まったと言っても過言ではない思い出の名曲です。

Color me your color, baby
Color me your car
Color me your color, darling
I know who you are
Come up off your color chart
I know where you are coming from

愛しのベイビー、僕を君の色に染めておくれよ
僕を君好みにしてくれよ、君の愛車みたいにさ
愛しのダーリン、僕を君の色に染めておくれよ
僕は君がどんな人なのか分かってるさ
君の欲望に付かず離れずでいるのはね
僕には君の考えてることが分かるから

Call me (Call me) on the line
Call me, call me any, anytime
Call me (Call me) I’ll arrive
You can call me any day or night
Call me

だから、僕に電話してよ
いつでもいいから電話して
お願いだから電話して、すぐに行くから
昼でも夜でもいいからさ
僕に電話してくれよ

Cover me with kisses, baby
Cover me with love
Roll me in designer sheets
I’ll never get enough
Emotions come, I don’t know why
Cover up love’s alibi

愛しのベイビー、僕の体をキスで覆いつくしてくれよ
愛で僕を包み込んでくれよ
成金のベッドで僕を抱いてくれ
でも、それだけじゃ足りないな
だって、僕は感情が昂って分からなくなってるんだ
どうして君が二人の情事を隠そうとするのかってね

Call me (Call me) on the line
Call me, call me any, anytime
Call me (Call me) I’ll arrive
When you’re ready we can share the wine
Call me

だから、僕に電話してよ
いつでもいいから電話して
お願いだから電話して、すぐに行くから
君にその気があるのなら、僕らは秘密を分かち合えるんだ
だから、僕に電話してくれよ

Ooh, he speaks the languages of love
Ooh, amore, chiamami, chiamami
Ooh, appelle-moi, mon chéri, appelle-moi
Anytime, anyplace, anywhere, any way
Anytime, anyplace, anywhere, any day, any way

彼って外国語でも愛を囁くの
イタリア語で、愛しの人よ、僕に電話して、電話してとか
フランス語で、僕に電話して、愛しの人よ、電話してとかってね
いつでも、どこでも、どこからでも、どうやってでも
いつでも、どこでも、どこからでも、どんな日でも、どうやってでも

Call me (Call me) my love
Call me, call me any, anytime
Call me (Call me) for a ride
Call me, call me for some overtime
Call me (Call me) my love
Call me, call me in a sweet design
Call me (Call me), call me for your lover’s lover’s alibi
Call me (Call me) on the line
Call me, call me any, anytime

僕に電話してくれ、愛しの人よ
電話して、いつでも僕に電話して
電話して、車が要るなら
電話してよ、仕事を終えたら
電話してくれ、愛しの人よ
電話して、甘美なデートプランを用意したら
電話して、話したくても話せない隠し事が必要な時は
だから、僕に電話して
電話してくれればいいんだ、いつでもいいから

Call Me Lyrics as written by Deborah Harry, Giorgio Moroder
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
今回は第1回目の解説。なので、この解説の読み方というか使い方を先に説明しておきたいと思います。本コーナーでは、英語の歌詞と和訳のあとにその解説を記しますが、解説で扱うそれぞれの歌詞は、節verseの部分とコーラスchorus 部分を区別せず、すべて単純に節として扱っていますので(その方が、第〇節〇行目という表記で統一できるからです)ご理解いただけますようお願い致します。それと、それぞれの回で紹介している英語と和訳の歌詞部分を印刷し、その歌詞を見ながら解説を読むとより理解し易いので、ご参考まで。では、記念すべき第1回目の解説に入りましょう!

1980年前後の時代には、FMラジオ局が放送する音楽の曲名や曲順、正確な時間までが列記された詳細な番組表が掲載されている「FMレコパル」や「FMfan」といった音楽ファン向けの雑誌が隔週で発売されてまして(番組表を参考に目当ての曲が放送される日時をチェックし、その放送を待ち受けてカセットデッキに録音する訳です。今の若い人には具体的な光景が目に浮かばないと思いますが…)、その雑誌で美しい金髪に黒の革ジャン姿のDebbie Harry の姿を初めて見てからというもの、僕は彼女がロンドンあたりのパンクの姉ちゃんでイギリス人なんだと勝手に思い込んでしまっていました。彼女がフロリダ生まれのニュージャージー育ちという生粋のアメリカ人で、この曲をリリースした時には既に35歳であった(姉ちゃんではなかったんです・汗)と知ったのはずっと後になってからのことです。マリリン・モンローのような雰囲気を漂わせる当時のDebbie Harry のルックスには、おつむの弱い典型的な白人女性といった感じのイメージが重なりますが、この曲の歌詞はDebbie自身が作詞したものであり、その歌詞が完全に韻を踏んではいないものの二行連の古典的な西洋詩の形式で書かれていることから見ても、彼女はそんなイメージとは違うそれなりに学のある女性であることが窺えます。しかし、この曲が中学校で習うような英語の単語しか使われていないのに非情に理解し辛いという、前書きにも書いたような歌詞の典型であるのはそのせいではありません。なぜなら、この歌詞がどのようにして書かれたかの経緯を知らずにこの曲を聞いたり歌詞を読んだりした場合、ネイティブ話者でさえ、言語として捉えることはできても何を意味しているのかが良くは分からない筈だからです(笑)。と言うのも、この歌詞にはリチャード・ギアが主演した映画「アメリカン・ジゴロ」の主題歌の作詞を依頼されたDebbie が映画の試写を見てからそのストーリーに合わせて詩を作ったという背景がある為で、その映画の内容を知らずして歌詞の解釈をすることはほぼ不可能と言って良いかと思います。

その映画のストーリーはというと、アメリカの西海岸でギアが扮する金持ちのご婦人たちを上客にする男娼(つまりは、自分の体を資本にして商売をする男性です)と政治家である議員を夫に持つ上流階級の女性客とが真の愛に目覚めていくという凡庸なもので、ある日、ギアの客の一人が惨殺されて、彼女と顔見知りのギアに殺人容疑がかかることから波乱が始まります。その犯行時間にギアは別の客の相手をしていて、相手の婦人がアリバイを証明してくれれば簡単に無罪を証明できるのですが、婦人は夫に情事がばれるのが怖くて彼と一緒にいた事実を警察に証言してくれません。そのせいでギアは殺人の容疑で逮捕されることになりますが、そこで登場するのが前出の議員婦人で、ギアを愛する気持ちが本物であることに気付いた彼女は、議員の夫と別れることになるのを覚悟した上で、犯行時間にギアとベッドで時を共に過ごしていたと警察に偽証をし、晴れてギアは釈放されるという展開で映画は終わります(ネタバレですみません。こうしないと歌詞の意味を分かっていただけないので)。ここまで話を聞いて「えっ?そうなの?」と思った方はおられませんか?そうなんです。女性の歌手が歌っているんだから、歌の主人公は女性で女性の気持ちが表現されているのだと普通は考えてしまうものなんですが、実はこの曲、男性側の気持ちを女性が歌っているんです!だから、和訳の主語が「僕」なのです。映画の中でギアが演じる男娼は毎日身体を鍛えているマッチョな感じな男で、主語は「俺」にしようとも考えましたが、マッチョだけではないスマートさと品の良さもある男性として描かれていたので、主語を「僕」にしました。日本語の「俺」と「僕」とでは随分と印象が変わりますから、このあたりが男性であろうが女性であろうが一人称が「I」しかない英語を日本語にする際の難しい部分ですね。

それでは、この映画のストーリーを頭に入れた上でCall Me の歌詞を見ていきましょう。先ず1節目の出だしの3行ですが、Color me の後に来るのは文法的には形容詞のはずで、この歌詞のように名詞が置かれることは通常ありません。ここはColor me の後にlike を入れてみると分かり易いです。2行目のyour car は1行目のyour color と韻を踏ませているもので、car という単語を彼女が使ったのは車というものが持ち主の好みを反映する典型的な物だからであり、2行目は自分の愛車のように好きなように仕上げてくれというような意味だと僕は解釈しました。5行目のCome up off your color chart はこの曲の歌詞の中では恐らく一番難解な部分で、僕はCome up and come off your color chart と置き換えて考えました。color chart というのは色見本のことで、例えばハンドバッグをオーダーメードで作るとした場合「お色は如何いたしましょう?」と店の主人が見せてくる幾つもの色が並んだ一覧表のようなものがそれにあたりますが、1節目のColor meから考えて、ここで言うcolor chart は男娼の客であるご婦人たちの様々な(淫らな)欲望の比喩であると僕は理解しました。つまり、Come up off your color chart とI know where you are coming from の2行で、あなたの欲望にはそう簡単に応じませんよという夜の世界特有の相手をじらすような気持ちを表しているのではないかと考えます。I know where you are coming from は、ネイティブ話者がこの言葉を使う時は「あー、その気持ち分かるよ」といった意味で言っているのが常で、4行目のI know who you are にひっかけられてもいます。

第2節はCall me の連呼だけなので難しい部分はありませんね。Call me だけだと、後に続く何かを呼んでくれなのか、僕を呼んでくれなのか、僕に電話してくれなのか判別できませんが、on the line がわざわざ付け加えられているとおり、電話してくれの意味であることは明らかで、映画の中でも、ギアが電話を使って客と連絡のやり取りをするシーンが頻繁に出てきます。3節目のCover me with kisses は、体のそこら中に隙間がないほどキスをして欲しいといったイメージが僕の頭に浮かんだのでこう訳しました。3行目に出てくるRoll me in designer sheets もまたまた難解な部分です。映画の中ではギアが客から買ってもらったアルマーニを始めとした様々なブランドの服が出てきますが、当時のアメリカの上流社会では(今でも日本はそうだと思いますけど)ブランド品であれば何でも高級で良いものというような風潮がありdesigner sheets にはそういった風潮への揶揄だと僕は理解したので、このように訳しました。ベッドのシーツなんて真っ白で清潔なものであれば事足りるのに、シーツにまでわざわざ高いブランド品を使って満足しているのはモノの価値が分からぬ成金だけだという訳です。最後のCover up love’s alibiの部分も、映画のストーリーを知らなければ何のことだかよく分かりませんが、これを今読んでいる皆さんであれば、何を意味しているのかもうお分かりのことでしょう。

第4節では再びCall meの連呼に戻ります。4行目のthe wineは、恐らく、情事という二人の秘密の比喩ではないかと考えました。5節目に入ると曲調はDebbie のナレーションのような感じになり、いきなり歌詞がイタリア語やフランス語に変わることから、1行目のthe languagesは外国語を指していることが分かります。この節も映画を見ていないとなぜここで唐突に外国語が出てくるのかという疑問しか残りませんが、これは映画の中でギアが扮する男娼が外国からやって来る太客も抱えているからで、フランス語やスウェーデン語をギアが流暢に話している場面が何度か出てきます(映画に登場するギアに女性を斡旋するエージェントの女性は恐らくスウェーデン系アメリカ人という設定)。ここで興味深いのは、この4節目がこの曲をプロデュースしたイタリア人アーティストのGiorgio MoroderがDebbieにアドバイスをして付け加えられたものであるという事実。映画の中ではフランス語とスウェーデン語だったのに、曲の方ではイタリア語とフランス語になっているのは、色男の代表格であるイタリア男のプライドがそうさせたような気がしてなりませんね(笑)。最後の節でも再びCall me の連呼に入りますが、ここでやっかいなのはfor some overtimeとin a sweet designの部分。for some overtime は仕事が終わったその延長線上という感じがしたのでこの訳とし、in a sweet design の部分は、design という単語に意図などの意味もあるので、僕には高級レストランで食事の予約といったデートのお膳立てのようなものが頭に浮かびました。designという言葉をデビーがわざわざ使ったのは、前節のdesigner sheets にひっかけてここでも成金を皮肉っているからではないかというような気が僕にはします。

因みにこの曲には、もっと歌詞が長いロングバージョンや、あまり知られてはいませんが映画「アメリカン・ジゴロ」をスペイン語圏の中南米でヒットさせることを狙ってDebbie がスペイン語で歌わされたバージョン(Llámame というタイトルで、英語のCall me をスペイン語で言うとこうなります)なんてものもあります。スペイン語バージョンを聞いてみたことがありますが、かなりの部分で歌詞が英語とは違ったものに差し替えられている上、何よりも歌の響きがなんとも間の抜けたものになっていて全くイケてませんでした。そのせいかどうかは分かりませんが、スペイン語圏で「Llámame」が大ヒットしたという話を聞いたことはないです(笑)。

【第2回】Against the Wind / Bob Seger and the Silver Bullet Band (1980)

この曲を作詞作曲したのはBob Seger というアメリカ人で、アメリカでは大変人気のある有名歌手なのですが、残念ながら日本ではあまり知られていませんね。奇しくもAgainst the Wind がリリースされたのはCall me と同じ1980年。僕の中では青春時代よりずっと僕の人生のテーマソングであり続けている名曲です(もちろん今でも)。というのも、僕は小学生の頃から既に「他人なんてまったく信用できない」と考えているようなガキで、中学生にもなると、それに加えて「権威、権力には絶対に屈しない」という信念がそこに加わりました。それなりに友人たちに囲まれてはいましたが、心の中ではいつもひとりぼっちで、お互いを理解し合い、絶対的に信用のできる他人がこの世界でたった一人でいいからいないものなのかと、今になって考えれば、そんな人間をずっと探し求め続けていたのが僕の青春の旅だったように思います。だから、この歌の歌詞は僕にとっては特別なものなのです。ありがたいことに、僕は探し求めていた人と出会えたので(嫁さんです)ひとりぼっちではなくなりましたが、反権威、反権力という骨にまで染み込んだ信念が変わる訳でもなく、そのせいでこれまで何度も痛い目に遭い、愛して止まない嫁さんに迷惑をかけてしまったこともあります。それでも尚、もうじき還暦を迎えるというのに未だ世間に逆らって生きている自分の姿はこの曲そのものであり、この歳になった今であるからこそ、この曲を聴くとなぜだか涙が頬を伝います。極東の島国でこの曲を聴いて涙している初老の日本人がいるなどとはボブ・シーガーは思いもしていないでしょうが…。

Seems like yesterday
But it was long ago
Janey was lovely
She was the queen of my nights
There in the darkness
With the radio playin’ low, and
The secrets that we shared
The mountains that we moved
Caught like a wildfire out of control
‘Til there was nothing left to burn
And nothing left to prove

ほんの昨日のことのようだけど
もうずっと昔の話さ
ジェイニーはとても可愛いい娘でね
夜ともなれば俺のお姫さまだったんだ
暗闇でラジオが静かに鳴る中でさ
俺たちはたくさんの秘密を分かち合ったし
俺たちのハチャメチャな行いは
手を付けられないくらいに燃え上がった
燃え尽きるものがなくなるまで
やり残したことがなくなるまでね

And I remember what she said to me
How she swore that it never would end
I remember how she held me, oh-so tight
Wish I didn’t know now what I didn’t know then

俺は彼女が言ったことを今でも思い出すよ
二人の仲に終りはないって、彼女がどう誓ったかを
彼女がどんなに俺を強く抱きしめたのかも覚えてる
あの頃に知らなかったことを今になって知りたくはなかったな

Against the wind
We were running against the wind
We were young and strong
We were running against the wind

風に立ち向かってさ
俺たちは風に逆らって走ってたのさ
だって、俺たちは若くてタフだったからね
だから、風に立ち向かって走ってたのさ

And the years rolled slowly past
And I found myself alone
Surrounded by strangers I thought were my friends
I found myself further and further from my home and I
I guess I lost my way
There were oh-so many roads
I was livin’ to run
And runnin’ to live
Never worried about payin’
Or even how much I owed

でも、年月がゆっくりと流れていった今
俺はひとりぼっちだってことが分かったよ
ずっと音沙汰のない連中、昔は友と思ってた連中の傍で生きてるうちに
気付けば俺は自分の居場所からずっと遠ざかってしまってたんだ
たぶん、道を見失っちまったんだろうよ
選べる道はたくさんあったけど
俺は走る為に生き
生きる為に走ってたんだ
支払いのことなんて気にしたこともなかった
借りがいくらあるかなんてこともね

Movin’ eight miles a minute
For months at a time
Breakin’ all of the rules that would bend
I began to find myself searchin’
Searchin’ for shelter again and again

俺は1分に8マイルも駆けてたんだぜ
一度に何カ月もね
ねじ曲げられる規則はなんだって破ったさ
でも、そのうちに何かを探している自分に気付き始めたんだ
逃げ場所を繰り返し探してる自分にね

Against the wind
Little somethin’ against the wind
I found myself seekin’ shelter against the wind

風に逆らってるうちにさ
ほんの少しだけ何かが分かったのさ
俺が探し求めてるのは向かい風を受けずにすむ場所だってさ

Well, those drifters days are past me now
I’ve got so much more to think about
Deadlines and commitments
What to leave in
What to leave out

そうだな、あてもなくさ迷ったそんな日々が過ぎ去っちまった今
俺にはもっと考えなきゃいけねえことがいろいろと出てきた
人として超えちゃいけない一線とか人との約束や
何を残して
何を捨て去るかといったことをね

Against the wind
I’m still running against the wind
I’m older now but still running against the wind
Well, I’m older now and still running
Against the wind

風に逆らってさ
俺はまだ風に立ち向かってるのさ
歳は食っちまったが、今でも風に逆らって走ってるのさ
そうさ、この歳になった今でも走ってるんだ
風に逆らってさ

*このあとに続く曲のアウトロは、Against the wind やI’m still running といったフレーズが続いてやたらと長いので、重要と思う部分だけ記しておきます。

I’m still running against the wind
Still running
See the young man run
Watch the young man run
Watch the young man runnin’
He’ll be runnin’ against the wind
Let the cowboys ride

俺はまだ風に逆らって走ってるんだ
まだ走ってるんだ
走る若者たちを見てみな
走る若者たちを良く見てみな
走ってる若者たちを良く見るんだ
連中だって風に立ち向かって走るだろうよ
そうさせておけばいいのさ

Against the Wind Lyrics as written by Bob Seger
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
端的に言えば、この曲の歌詞は一人の純粋な男の抒情詩です。歌に出てくるこの不器用な男は、映画「フォレスト・ガンプ(Forrest Gump)」の主人公のモデルになったとも言われていて、それが事実かどうかは分かりませんが、フォレスト・ガンプを映画館で観た時、この歌と何か通ずるものがあるような気がした記憶があります。まあ、前置きはそれくらいにしておいて歌詞を見ていきましょう。

第1節は歌詞の主人公の男がまだ青春真っただ中の時代(恐らくは高校生であった頃の話でしょう)に付き合っていたジェイニーという恋人の回想から始まります。3行目のqueen of my nights は直訳すれば夜の女王ですが、その言葉から僕の中に湧いてくるのは、男が週末の夜ともなれば恋人であるジェイニーと車に乗って映画館やディスコへいつも繰り出していたというイメージ(アメリカでは16歳、州によっては14歳で自動車の運転免許を取得できるので、高校生が車で外へ出掛けるというのはごく普通のことです)。そのあとに続くThere in the darkness with the radio playin’ low というフレーズを聴くいて僕の脳裏に浮かんだのは、デートの後にどこかで車を止めた二人がおしゃべりを楽しんでいて、その傍でカーステのラジオが静かに鳴り響いている光景でした。8行目のThe mountains that we moved はちょっと難解。文字どおりの意味は「俺たちが動かした山々」ですが、人間が山を動かすなんてことはできる筈もない話なので、ここでは「若気のいたりで時には無茶もした」というようなことの比喩ではないかと推測し、このように訳しました。The secrets that we shared の部分の秘密とはそういった無茶な行い、例えば酒を飲んだり、マリワナを吸ったり、空き家に忍び込んだり、時には盗みを働いたりといったことを暗喩しているのではないかと思います。

第2節目には特に難しいフレーズはなく、その後、ジェイニーとの間に別れが訪れたことが仄めかされています。4行目のWish I didn’t know now what I didn’t know then は、この曲の歌詞の中で一番の要となる部分で、お互いに固く信じあっていたはずの彼女が、自分で口にした言葉を平気で反故にするといった裏切り行為のような、まだ自分が純粋であった頃には知ることのなかった汚れた(大人の)世界があることを知りたくはなかったという気持ちがうまく表されています。但し、文法的には少しおかしな表現で、正しい文法で表現するならばI wish that I knew what I know now when(what) I didn’t know then になるでしょうか。因みにボブ・シーガー自身もそのことを気にしていたそうですが、アルバムの収録時に演奏のサポートに加わったイーグルスのグレン・フライやドン・ヘンリーにこのフレーズ部分が最高だと言われてふっきれたと雑誌のインタビューで語っています。第3節も和訳のとおりで、wind は純粋な若者たちに向かって吹き付ける風の源、つまりは(いつかは加わらなければならない時がやって来る)汚れた(大人の)世界、もしくはそんな大人が構成する社会そのものであり、僕の目に浮かぶのは、その風に逆らって純粋さを失わないよう必死で抗っている若者たちの姿です。第4節では、同じように風に抗っていたそんな友人たちも、いつの間にか大人(汚れた世界の側の人間)になっていて、そんな彼らとは他人のように疎遠となってしまい、いつまでも純粋でいようともがいている自分だけがひとりぼっちになっていることに気付いた男は、自分本位で歩んできた自分の道が間違っていたのではないかと思い始めます。9行目と10行目のNever worried about payin’とOr even how much I owedは、まさしくそのことであり、この部分は実際のお金の貸し借りを意味しているのではなく、人間関係の中のギブ&テイクを比喩していると考えるのが自然です。男は自らの生き方を優先するあまり、他者との関係に気を使っていなかった自分の身勝手を反省しているのでしょう。

第5節はなぜ男がひとりぼっちになってしまったのかの理由説明であり、Movin’ eight miles a minute for months at a time やBreakin’ all of the rules that would bend の行が示しているとおり、男の相変わらずのはちゃめちゃな暮らしぶり(恐らくは純粋に生きようとすればするほどにそうなってしまったのでしょう)に原因があったことが推察できます。1分で8マイル(約13キロ)なんて走れる訳がないので、この表現も第1節のThe mountains that we moved と同しく、それくらいの無茶な行いをしていたということを比喩していると考えれば筋が通ります。そして、男はそんな荒れた生活の中でようやく気付くのです。そろそろ大人の世界(風に逆らわないでもすむ世界)に加わらなければならない時が来たのだと。そのことが歌われているのが第6節の短い3行です。そして、第7節では、年齢を重ねて少しは丸くもなったのでしょう、遂に風に逆らうことを止める決心をした男が社会に適応していくにはどうすればいいのかを考えるのですが、第8節では、さらに歳を重ねた男がまだ風に逆らって走り続けています。なぜでしょう?男は気付いたのです。人には決して捨ててはならないものがあること、そして、人にはそれぞれの道(生き方)があることを。僕はそう解釈しています。曲のアウトロはAgainst the wind とI’m still running の連呼ですが、その中のいくつかのフレーズを通じて、いい歳になってもまだ風に逆らって走り続けている男が、若者たちの姿の中にかつての自分の姿を見て少し安堵している様子が窺えますね。Let the cowboys ride は、カウボーイが馬に乗るのはあたりまえのことなので「そうさせておけばいい」という訳にしました。言い換えれば、自分が走り続けてきた道を男は後悔していないということでしょう。

ふぅー、Against the Wind の歌詞、如何でしたか?ちょっと長いですが、なかなか奥の深い歌詞ですよね。では最後に、冒頭で触れた映画「フォレスト・ガンプ」の話の続きを少しだけして、今回の解説を締め括りたいと思います。この映画を見たことのある方には、映画の内容を思い出してみて欲しいのですが、皆さんの中ではこの曲の歌詞の主人公の男とフォレストの姿が重なり合ったでしょうか?実は、僕がこの曲を聴いて歌詞の内容に重なった姿の人物はフォレストではなく、彼の幼馴染みであったジェニーでした。この曲で歌われている内容はジェニーの人生じゃないかと思ったのです。僕がフォレスト・ガンプを見た時、この歌と何か通ずるものを感じたり、ジェニーに親近感を抱いたりしたのはそのせいだったのかも知れません。まあ、そんなことはさておき、アコースティックギターとピアノの伴奏の音色が織り成すカントリーミュージックとロックが融合したような曲調に合わせてボブ・シーガーの渋い声が響き渡るこの名曲。聴いたことがないという方は、是非とも一度聴いてみてくださいね。

【第3回】Hotel California / Eagles (1976)

8つのギターコードが反復進行(ゼクエンツ)する印象的なイントロで始まるどこか刹那いギターの音色、そして終盤に披露される圧巻のギターソロ。毎日聴いても飽きることのないこのこの名曲のメロディーラインを作り上げたDon Felder は天才としか言いようがなく、Hotel California は1970年代にアメリカ西海岸で興隆したウエスト・コースト・サウンドにおける金字塔です(アルバムHotel California は全世界で3千万枚以上売れたんだそう)。耳にした者の多くをしびれさせたこの哀愁漂うメロディーを同時に盛り上げているのがその謎めいた歌詞で、この曲を聴いた者が増えれば増えるほどに、ある意味難解と言うか、分かりにくい歌詞が様々な解釈を生み出すことになったという興味深いエピソードを持つ曲でもあります。ということで、先ずはその歌詞をどうぞ。

On a dark desert highway
Cool wind in my hair
Warm smell of colitas
Rising up through the air
Up ahead in the distance
I saw a shimmering light
My head grew heavy and my sight grew dim
I had to stop for the night

暗い砂漠の上のハイウェイで
髪を撫でる涼しい風
煙るマリワナの芳香が
辺りに漂う中
前方の遠く向こうに見えたのは
チラチラと光る灯りだった
頭は重くなるばかりだし、目も霞んでくるしで
俺はその夜、ホテルで休むことにしたんだ

There she stood in the doorway
I heard the mission bell
And I was thinkin’ to myself
"This could be Heaven or this could be Hell"
Then she lit up a candle
And she showed me the way
There were voices down the corridor
I thought I heard them say

ホテルに着くと入口に女が立っててね
修道院の鐘の音が聞こえてきたもんだから
どうしようかなって考えたよ
「泊まるべきか、引き返すべきか」って
そのあと、女が蝋燭に火を灯したからさ
結局、彼女の後について行っちまったんだ
そしたら、廊下の向こうで声が響いてた
こんな風に言ってたかな

"Welcome to the Hotel California
Such a lovely place (Such a lovely place)
Such a lovely face
Plenty of room at the Hotel California
Any time of year (Any time of year)
You can find it here"

「ようこそホテル・カリフォルニアへ
お泊りになるならここは最良の場所
見た目もイケてますしね
お部屋もたくさんございますから
年中いつでも
空き部屋を見つけられますよ」

Her mind is Tiffany-twisted
She got the Mercedes Bends, uh
She got a lot of pretty, pretty boys
That she calls friends
How they dance in the courtyard
Sweet summer sweat
Some dance to remember
Some dance to forget

彼女が考えてるのは贅沢品のことばかり
メルセデス・ベンツだって手に入れたし
恋人にする男だって選び放題だったさ
まあ、彼女にとっては単なる遊び友達だったんだけどね
なんだろう、中庭では宿泊客たちがダンスを踊ってる
甘美な夏に汗をかきながら
ある者は何かを思い出そうとして
またある者は何かを忘れようとして

So I called up the Captain
"Please bring me my wine"
He said, "We haven’t had that spirit here
Since 1969"
And still those voices are callin’
From far away
Wake you up in the middle of the night
Just to hear them say

でさ、俺は給仕長を呼んで丁寧に頼んだんだ
「ワインを持ってきてくれないかな」ってね
ところが「1969年以降、ここにはお酒を置いておりません」
なんてことを彼は言うんだよね
そして、またあの声が
遠くから聞こえてきたんだ
真夜中に叩き起こされて
その声を聞けと言われてるかのように

"Welcome to the Hotel California
Such a lovely place (Such a lovely place)
Such a lovely face
They livin’ it up at the Hotel California
What a nice surprise (What a nice surprise)
Bring your alibis"

「ようこそホテル・カリフォルニアへ
お泊りになるならここは最良の場所
見た目もイケてますしね
皆様、ここで大いに楽しまれてるんですよ
そりゃいいねって思うでしょ
あなたもここに住まれてみてはどうです」

Mirrors on the ceiling
The pink champagne on ice, and she said
"We are all just prisoners here
Of our own device"
And in the master’s chambers
They gathered for the feast
They stab it with their steely knives
But they just can’t kill the beast

鏡張りの天井のある部屋で
氷で冷やしたピンク色のシャンパンを手に女が言ったんだ
「あたしたちはみんなここの囚人なのよ
自ら望んでそうなったんだけどさ」と
そのあと、宴をする為に
みんなで看守の部屋に集まってさ
鉄のナイフでケダモノ同然の自分に止めを刺そうってするんだけど
連中ったら、誰もできないんだよね

Last thing I remember, I was
Running for the door
I had to find the passage back
To the place I was before
"Relax," said the night man
"We are programmed to receive
You can check out any time you like
But you can never leave"

最後に俺が思い出せるのは、俺が
ドアに向かって駆け出してたってことかな
元の居場所に戻りたきゃあ
こんな所から早く逃げ出さなくっちゃと思ってね
すると、夜勤の男が「もっとくつろいだらどうです」って俺に言ったんだ
そして、こうも言ったのさ
「私どもはあなた方を受け入れる為にここにいるんです
まあ、出て行きたければいつでも好きにしてもらっていいんですが
そんなこと、決してできやしませんよ」ってね

Hotel California Lyrics as written by Don Henley, Glenn Frey, Don Felder
Lyrics © Red Cloud Music, Cass County Music

【解説】
あぁぁー、ほんと何回聴いてもHotel California はしびれますね。素晴らしいです。そんな名曲の歌詞にはさまざまな解釈が存在すると冒頭で述べましたが、なぜそんなことになったのかを早速紐解いていくとしましょう。第1節は構文もシンプルで文法的に難解な部分もなく、一見すれば日本の高校生でも訳せそうですが、この歌詞を訳そうとした日本人の多くはこの最初の節でいきなり挫折することになります。その原因はすべて3行目のcolitas という単語のせいで、このcolitas という言葉がどんな辞書のどこを探しても見当らないからです。それはネイティブにとっても同様で、多くの人が「colitas って何なんだろう?」と悩み、その意味を探ってきました。それらの先人たちの努力のおかげで、今ではcolitas がマリワナの意味で使われていることが定説になっています。ここでは先人がもたらしてくれたそんな知識が無いものと仮定して、自分なりに一度考えてみましょう。colitas が英語の辞書に存在しない単語だと分かると普通は、その語が外国語であるか造語のどちらかであるという結論に達しますけども、スペイン語話者であればcolitas がcola(しっぽ、尾)の指小辞ではないかとすぐにピンとくることでしょう。指小辞というのは英語にはないスペイン語特有の文法用語で、語尾を–ito や-ita に変化させて単語に小ささや可愛さの意味合いを加える用法です。なのでcolita は「かわいいしっぽとか、ちっちゃなしっぽ、しっぽちゃん」といった意味合いになります(語尾のs は英語同様、複数形を表しています)。ですが、それが分かったとしても、まったく意味が通りません。「しっぽちゃんの生温かい匂い?なんじゃそりゃ?」となります。すると、今度はこんなことが思い浮かびます。「スペイン語は中南米のほとんどの国で話されているから、国によっては本国での単語の意味と乖離した意味で使用されている単語が数多くあるはずだ」と。そこでカリフォルニアがメキシコと国境を接する地であることにあたりを付けて、メキシコでcolita がどういった意味で用いられているのかを調べてみると、次のような解説にたどりつきました。

【México】Un término del argot para los cogollos de la planta de cannabis(メキシコでは大麻草のつぼみを意味する隠語である)

ただ、この解説はホテル・カリフォルニアの歌詞が世で有名になってから後付けされたような気がしないでもありません。なぜなら、マリワナのメキシコでの隠語は通常、煙草の吸い殻を意味するcolilla が使われるからです。言語学者でもない僕には、colilla から転じてcolita を使うようになったのかどうかといったことまでは分かりませんがcolitas は、イーグルスのメンバーなど、ごく限られた人々の間だけで通じる隠語だったのかも知れませんね。とは言え、後にローリング・ストーンズ誌のインタビューでcolitas とは何なんですかと尋ねられたDon Henley(この歌を作詞した人で、ホテル・カリフォルニアをドラムを叩きながら歌っています。ある意味凄いです)が「It means little tails, the very top of the plant ・ちっちゃなしっぽって意味さ。植物の先っぽのね」と答えていることや(マリワナのことだとは明言してませんけどね・笑)、当時イーグルスに同行していたメキシコ系アメリカ人スタッフがこの言葉をメンバーに教えたという関係者の証言なども加味すれば、colita がマリワナの代替語であることに疑問の余地はないと思います。因みにDon Felder は同じことを訊かれて「The colitas is a plant that grows in the desert that blooms at night, and it has this kind of pungent, almost funky smell ・コリータスはね、砂漠で夜に花を咲かせる植物のことさ。ツンと鼻にくるようなおかしな匂いがするね」と答えてますが、世界中のどんな植物図鑑にもcolitas なんて植物は載ってませんから、この言葉は彼なりにマリワナを比喩したものであるか、単にジョークで返したと考えるべきでしょう。以上のことを踏まえてこの曲の第1節を聴くと、僕の頭に浮かんでくるのはこんな情景です。

陽が暮れた後、カリフォルニア郊外の砂漠のハイウェイを走る一台の車。車はおんぼろのオープンカーで、運転しているのは長髪のヒッピー風の若者。彼の長髪が砂漠特有の気温の低下で涼しくなった風にたなびいています。銜え煙草で車を運転している若者がふかしているのはマリワナ煙草(smell がwarm なのは、先に火のついていている煙草を口元に銜えているからではないでしょうか。喫煙者なら分かると思いますが、銜え煙草でふかすと口の周りに仄かな熱を感じる時があります)。I saw a shimmering light の部分からは、前方にホテルのネオンサインのようなものが見えてきたと推測できますが、マリワナでラリってきたと言ってるようにも聞こえます(頭の中がチッチラパッパになっている・笑)。My head grew heavy and my sight grew dim はその結果です。と、colitas がマリワナの意味であることが分かると、歌詞のgrew dim とは裏腹に第1節は一気にクリアーになります。出だしのOn a dark desert highway をベトナム戦争が泥沼化していく中、斜陽していくアメリカという国を暗喩しているといったような小難しいことを考える人もいるようですけども、この第1節にそんな深い意味はないと思います(笑)。後になってDon Henley が、この歌詞に込めた思いのひとつに、度を超えたアメリカ文化the excesses of American culture (それが何なのかを彼は詳しく述べていませんが、アメリカ文化と言うよりは、西海岸の若者文化、つまりは、ドラッグ(麻薬)の乱用や男女間の乱れきった性などによって引き起こされている退廃した世界のことを指しているのでしょう)への警鐘があったと語っているとおり、第1節は、今まさにその退廃した世界への入口に立っている若者の姿を単に描写しているのだと僕は考えています。そのことは、第2節を見ても明らかですね。

第2節は、ホテルの入口にたどり着いた若者がmission bellを耳にするところから始まります。mission bell は教会や修道院の鐘の音のことで、鐘の音は時を知らせる役割以外にも、周囲に危険が迫っていることを知らせる際にも使われていました。つまり、鐘の音が若者に「ほんとに泊まるのか?」と警告している訳です。Don Henley の前述の言葉どおり、まさしく警鐘です。その結果、若者は「泊まって天国のようなホテルだったらいいけど、泊まって地獄みたいなホテルだったら嫌だな。どうしよう」と考えるのですが、結局はホテルの中へ足を踏み入れます。若者がなぜホテルに泊まることにしたのかというと、入口にいた女がlit up a candle(マリワナ煙草に火を付けたの暗喩ではないでしょうか)したように、ドラッグの誘惑があったのだと僕は考えています。そして、若者は一度聞けば誰もが忘れることのない「Welcome to the Hotel California」の声を聞くことになります。その後に続くSuch a lovely face には、癖のある面々が集うホテルといった意味も込められているかも知れません。

この世にはホテル・カリフォルニアの歌詞を絶賛されている方が星の数ほどおられます。その本人が最高と思えば、本人の中では最高のものということは揺るぎなき真理ですので、それらの意見を否定はしませんが、僕の中ではこの曲の歌詞はどちらかと言えばできの悪い部類です(←出た!上から目線・汗)。その理由は次の第4節にあります。第4節に出てくるHer やShe は、第2節に出てくるドアの傍に立っていたsheとは別人であると推察できますが、第3節までの流れはとてもいいのに、この第4節の唐突な女の登場がすべてをぶち壊しにしているからです。あまりにも脈略が無さ過ぎて、取ってつけた感が否めません。まあ、それはさておき、4節目の最初の行のTiffany-twisted はティファニー狂い(ティファニーのような高級品ばかり好む)という意味で、2行目のMercedes Bends と対をなしています(Benz であるはずのメルセデス・ベンツの綴りがBends になっているのは、twist にひっかけた言葉遊びだとDon Henley が後に明かしています)。この節の最初の2行は、度を超えたアメリカ文化のひとつである商業主義とそれに翻弄される人々、3行目と4行目は男女間の乱れた性への非難なのでしょう。そのあと、中庭へ目を向けた若者の目に宿泊客たちが踊っているのが見えます(このシーンも唐突感が否めませんけど)。客たちは自らの過去の人生を振り返りながら踊っていますが(Some dance to remember)中には自らの過去の行いを悔いている人もいるようです。Some dance to forget は忘れてしまいたいくらいに後悔しているということでしょう。

第5節では、中庭で踊る宿泊客たちを目にした若者が、酒でも飲みながら自分も人生をよく考えてみようと、給仕長を呼んでワインを頼みますが、給仕長の返事はWe haven’t had that spirit here since 1969 というものでした。このspirit は強い酒を意味するspirits との語呂合わせのようなもので、ここでも言葉遊びが行われています。つまり、Don Henley は「1969年以来、そんな精神はここにはない」と給仕長に言わせている訳ですが、ここでもまた、その精神とはいったい何なのか、そしてなぜに1969年なのかという謎解きが必要となってきます。そこで、多くの人が1969年がどういう年であったかのかを調べる訳ですが、その結果、その年がアメリカのニクソン大統領がベトナム反戦運動の高まりの中でベトナムからの撤兵を決定した年であったことから、そのことと結びつけて考える人が続出します。ですが、僕の目に留まったのは、そんなニクソンの決定ではなく、その年に起こった「シャーク・エピソード」と呼ばれる出来事でした。そのエピソードというのは、アメリカ公演の為に訪米していたレッド・ツェッぺリンが、西海岸のエッジウォーター・ホテル(部屋から釣りができることが売りの高級ホテルです)に滞在した際に起こったとされる事 件で(事件を起こしたのがメンバーなのかツアーマネージャーのRichard Cole であったのかや、そもそも本当にそんな事件が起こったのかは定かではありません)、ホテルの部屋でドンチャン騒ぎをしていた彼らが、前日に釣り上げて冷蔵庫に入れてあったred snapper(鯛の一種)をグルーピーの女性の陰部に挿入したとされています(当時は、人気ロックバンドのもとには常にグルーピーが集まり、彼女たちをホテルの部屋に呼んでは酒とドラッグで乱痴気騒ぎをする行為が日常的に行われていました)。そんな堕落を生み出すことになった米国音楽産業の商業主義に背を向けていたFrank Zappa は、後にこの事件のことを歌って批判しています。このことから考えると「1969年以来、そんな精神はここにはない」の精神spirit とは「まともな精神、まともな考え、まともな世界」のことであり、1969年というのは、年を表しているのではなく、この事件を指しているとしか僕には思えません。そして、ロックスターたちのそんな堕落した退廃の世界が繰り広げられる舞台に常になっていたのが各地のホテルであり、だからこそ、この曲の舞台がホテル・カリフォルニアという場所であったのだと考えれば全てのつじつまが合うのです。Don Henley やDon Felder、Glenn Frey といった当時のイーグルスのメンバーは元々は西海岸の歌姫Linda Ronstadt(リンダ・ロンシュタット)のバックバンドのメンバーで、Linda Ronstadt の才能を見出して彼女のマネージャーとなったHerb Cohen(ハーブ・コーエン)は、その前はFrank Zappa のマネージャーをしていた人でしたから、Don HenleyとZappa に直接の付き合いが無かったとしても、Herb Cohen からZappa の話を聞いたりしてDon HenleyがZappa の影響を受けていたとしてもおかしくはありません。Don Henley は自らのプライドから「Zappaにインスパイアーされたことはない」と言うかも知れませんけど…。

第6節では再びコーラスに入りますが、第3節のコーラスの歌詞とは少し違っています。ここでの難解な部分はBring your alibis で、第1回のCall Me にも出てきたとおりalibi は本来、犯罪の起こった場所にその時間はいなかったということの証明という意味で使用される警察用語ですので「まともな世界にもう自分は身を置かないという決意を持ってこい」つまりは、ここの住人になれと言っているのだと理解してこの訳にしました。第7節も難解な文のオンパレードですが、和訳を読んでいただけば、だいたいの感じは分かってもらえるかと思います。Mirrors on the ceiling から僕が感じたのは、内なる欲望を隠し覆せない宿泊客たちが集っている部屋の情景(鏡は鏡の前にあるものをそのとおりありのままにに映す、つまりは人の内面といった真実までを映す)であり、そんな部屋の中でpink champagne を手にした女が若者に語りかけているのです。The pink champagne on ice と聞いて思い浮かぶイメージはアイスペールの中で冷やされたシャンペンですが、恐らくここではドラッグを暗喩しているのだろうと僕は思いました。We are all just prisoners here of our own device はその台詞どおり、自分たちが堕落したのは誰のせいでもなく自らの責任であるということでありThey stab it with their steely knives but they just can’t kill the beast は、そんな自分たちは、なんとかドラッグをやめようとしているのだけど結局はできないという意味に思えました。なので、最後に出てくるbeast は、麻薬の常用でケダモノみたいになってしまっている自分たちのことなのだと考えながら、このように訳した次第です。steely knives という言葉を使ったのは、その響きからSteely Dan を仄めかしたかったとDon Henley が語っているとおり(Steely Dan のメンバーであったWalter Becker は麻薬中毒者として有名でした)、第7節は麻薬の乱用に対する問いかけだと考えて問題ないでしょう。

最後の第8節は、特に難しい言い回しはないですが、かの有名なYou can check out any time you like but you can never leave というフレーズがここに出てきます。皆さんはこの台詞を聞いてどう感じられましたか?なんだか自分のことを歌っているみたいだと感じた方はおられませんか?例えば、学校の校則や権威をふりかざすセンコーなど糞喰らえですぐにでも退学したいのに、それができない自分。親が厳しすぎてすぐにでも家出したいのにそれができない自分。会社を辞めたくって仕方ないのに、収入が途絶えると思うとそれができない自分。安易に麻薬に手を出してしまったが為に、やめたくてもやめられなくなった自分。恋人と別れたいのに、なんだか情だけで付き合い続けている自分。自分が選んだ訳でも自分の未来を託した訳でもない連中に好き勝手にされている似非民主主義の世界から抜け出したくても抜け出せない自分。糞みたいな日本国が嫌で嫌で、海外へ飛び出したいけどそれができない自分。そんな風にYou can check out any time you like but you can never leave には様々な人々のそれぞれの思いが重なってしまうからこそ、この曲から様々な解釈が生まれてしまったのだと僕は考えています。そしてこの台詞のあと、伝説のギターソロが続いて曲は終了。

以上のように、ホテル・カリフォルニアはDon Henley が自ら語っているとおり、度を超えたアメリカ文化への警鐘であることは間違いなく、同時に、そんな度を超えたアメリカ文化にどっぷりと浸かってしまている自らへの戒めでもあったのではないかと思います。成功で大金を手にしたイーグルスのメンバーも御多分にもれず、酒、女、ドラッグに塗れたクレイジーな日々を送っていて、保守的な気風のテキサスで生まれ育ったDon Henley が「こんなはずではなかった」と自己嫌悪するようになったとしても不思議ではありません(因みに、イーグルスのメンバーに西海岸出身の者は一人もいません)。そこから導かれる結論はただひとつ。ホテル・カリフォルニアという場所が、度を超えたアメリカ文化が生み出してしまった退廃世界の象徴として描かれたということです。それ以外に他はありません。でも、この名曲には残念ながら情けないオチがあります。Don Henley はそんな思いを込めてこの曲を書き、歌ったにも拘らず、その後は反省どころか逆に銭亡者になってしまい、金銭トラブルからこの曲の最大の功労者であるDon Felder をグループから追い出しました。人間というのは所詮そんなものなんですよね(汗)。

難解だとされる歌詞の解説なので、やはりどうしても長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。第1回から第3回までは、僕が人生の中で好きになった洋楽ベスト3を紹介させていただきましたが、如何でしたか?ベスト3の中でどの曲が一番というのは僕の中にはありませんけども、音楽としての完成度の面からだけで評価するなら、この曲が一番優れているかと思います。

【第4回】Harden My Heart / Quarterflash (1981)

難解な歌詞の曲が続きましたので、今回は比較的、歌詞の意味が分かり易い曲を取紹介しましょう。本日お届けするのは、誠実な愛を求めているのに、うわべだけの愛情でしか接してくれない恋人に愛想を尽かして別れを決めた女の切ない気持ちをボーカルのRindy Rossが力強く歌い上げるQuarterflash の名曲、Harden My Heart です。QuarterflashはこのRindyと彼女の夫でありギターリストのMarv Ross(二人とも元教師)が中心となって1980年に西海岸のポートランドで結成したバンドで、翌年にこの曲Harden My Heartをリリースして大ヒットさせました(翌年のビルボード社年間チャートで13位と大健闘)。バンド名のQuarterflash は、オーストラリアで新移民を指すスラング「a quarter flash, three quarters foolish ・4分の1はまともだけど(使えるけど)残りの4分の3は馬鹿(使えない)」に由来するそうですが(笑)、Ross 夫婦はオーストラリア人ではなく二人ともポートランド生まれのアメリカ人。友人の音楽プロデューサーの家にあった本の中にたまたまその言葉を見つけてバンド名にしたとMarv Ross が語っています。

Crying on the corner
Waiting in the rain
I swear I will never ever wait again
You gave me your word
But words for you are lies

街角で泣きながら
雨降る中、待ってるの
もう二度と待たないって誓うわ
だって、あなたは約束したけど
その言葉は嘘だもの

Darling in my wildest dreams
I never thought I’d go
But it’s time to let you know

叶わぬ夢の中の愛しいあなた
あなたのもとを去るなんて思ったことはなかったけど
今がその時よ、あなたにそのことを分からせるわ

I’m gonna harden my heart
I’m gonna swallow my tears
I’m gonna turn and leave you here

あたしは覚悟を決めることにしたの
もう諦めることにしたの
あなたに背を向けて去ることにしたのよ、今ここで

All of my life I’ve been waiting in the rain
I’ve been waiting for a feeling that never ever came
It feels so close but always disappears

あたしは人生でね、ずっと雨の中、待ち続けていた
ずっと待ち続けてたの、叶うことのなかった
儚い恋の成就をね

Darling in your wildest dreams
You never had a clue
But it’s time you’ve got the news

叶わぬ夢の中の愛しいあなた
心当たりなんてなかったでしょ
だけど、そのことを今、あなたは知ったはずだわ

I’m gonna harden my heart
I’m gonna swallow my tears
I’m gonna turn and leave you here

あたしは覚悟を決めることにしたの
もう諦めることにしたの
あなたに背を向けて去ることにしたのよ、今ここで

Darling in my wildest dreams
I never thought I’d go
But it’s time to let you know

叶わぬ夢の中の愛しいあなた
あなたのもとを去るなんて思ったことはなかったけど
今がその時よ、あなたにそのことを分からせるわ

I’m gonna harden my heart
I’m gonna swallow my tears
I’m gonna turn and leave you here

あたしは覚悟を決めることにしたの
もう諦めることにしたの
あなたに背を向けて去ることにしたのよ、今ここで

*アウトロはI’m gonna harden my heart とI’m gonna swallow my tears の繰り返しなので省略します。

Harden My Heart Lyrics as written by Marvin Ross
Lyrics © Warner Chappell Music Inc.

【解説】
この曲、Rindy Ross の声(特にleave you here の部分を伸ばして歌う時の声の響きが最高です)と哀愁を帯びたメロディーラインが見事にマッチしていて、彼女が自ら奏でるサックスの音色が響くイントロを聞いた瞬間から、たちまち悲恋の世界に引き込まれますね。

では早速、歌詞の解説に入りましょう。第1節は和訳のとおり。この節を聞いて頭に浮かぶのは「デートの約束を信じて雨降る中を男が来るのを街角でずっと待っているのに今日もすっぽかされた」といった情景で、実際にデートの約束があったのかや雨の中で待っていたのかどうかは別として、この節からは不誠実な男の薄っぺらな愛情に翻弄され続けている女の姿が垣間見えます。第2節も特に難しい部分はなく、そんな男に愛想を尽かした女が別れを決意した気持ちが歌われていますね。wildest dreamsは「夢のまた夢」とか「見果てぬ夢」といった意味なので、ここでは「叶わぬ夢」にしました。第3節のI’m gonna harden my heartは直訳すれば「心を強く持つことにする」とか「心を鬼にする」で、曲のタイトルから浮かんでくる印象を優先して日本語に置き換えるならば、それらの表現の方がぴったりとくるのですが、ここは別れという重い決断をした女の切ない思いを尊重し、敢えて「覚悟をきめることにした」と訳しました。I’m gonna swallow my tears も同様で、日本語に訳せば文字どおり「涙をのむ」ですが、もうこれ以上の我慢はしないと誓った女の揺るぎない決意を強調する為「諦めることにした」と訳しています。因みにgonna はgoing to、ain’tはI am not もしくはYou are not、wanna はwant to、gotta はhave(has) got to もしくはhave(has) got a の口語表現で、これを使わない人間はいるのかと思うほどに日常会話では頻繁に耳にします。洋楽の歌詞にもしばしば登場しますので、覚えておいて損はありません。第4節はやや難解でI’ve been waiting for a feeling that never ever came.It feels so close but alwaysdisappearsは、叶えられることのなかった彼女の気持ち、すなわち、恋人から真の愛情を受けたい、偽りのない誠実な恋を成就させたいという気持ちであり、その気持ちIt は叶えられそうでいていつも叶えられなかったと理解してこのような訳にしました。第5節以降は、これまでの節の繰り返しなので解説は不要ですね。

Harden My Heart には、曲がリリースされた当時に制作された古いMV(Music Video)がありまして、冒頭からRindy がいきなりダサいレオタードを着て現れるという衝撃映像(笑)と歌詞の間とにまったく関連性が見受けられないという出来の悪いビデオなのですが、But it’s time you’ve got the news の部分を歌う時だけ、彼女の顔が「どうだ、思い知ったか!」ってな女の顔になるのが印象的でした。余談ですが、このあとQuarterflash は特にヒット曲を生み出すことはなかったものの(つまりは、世間で言うところの一発屋だったんです)、2019年頃まで解散することもなく夫婦揃って音楽活動を続けていたみたいです(笑)。

【第5回】867-5309 Jenny / Tommy Tutone (1981)

この曲のタイトル867-5309 Jenny を見て「何だよ、これ?」と思った方はおられませんか?そうなんです。この曲は電話番号がタイトルになっている世にも珍しい曲なんです!しかし、この曲を大変興味深いものにしているのはそれだけではありません。ギターの爽やかな音色のイントロから一気に曲調がブーストアップしていくまさにアメリカン・ストレート・ロックという感じのこの曲は僕も大好きで、若い頃は歌詞の意味など知らぬままに良く聞いていたのですが(今でも良く聞きます)、実はこの曲、とてもとても怖いことを歌っている曲でもあるのです。先ずはその問題の歌詞をどうぞ。

Jenny, Jenny, who can I turn to?
You give me somethin’ I can hold on to
I know you think I’m like the others before
Who saw your name and number on the wall

ジェニー、ジェニー、僕はどうすりゃいいんだい?
君には僕が夢中になれる何かがあるんだ
君は僕のことを他の連中と同じようにしか思っていないだろうけどさ
壁に書かれた君の名前と電話番号を見た連中と変わらないってね

Jenny, I got your number
I need to make you mine
Jenny, don’t change your number
867-5309 (867-5309)
867-5309 (867-5309)

でもさジェニー、僕は君の番号を知っちゃったんだよ
僕は君をモノにしなくちゃならないのさ
だからジェニー、番号を変えないでくれよ
867-5309って番号をね

Jenny, Jenny, you’re the girl for me
Oh, you don’t know me, but you make me so happy
I tried to call you before, but I lost my nerve
I tried my imagination, but I was disturbed

ジェニー、ジェニー、ほんと、君は僕のタイプなんだ
君は僕のことを知らないけどね、君は僕のことをご機嫌にしてくれてるんだ
このまえ君に電話してみようとしたんだけどさ、ビビっちゃって駄目だった
想像しただけで、おかしくなりそうだったよ

Jenny, I got your number
I need to make you mine
Jenny, don’t change your number
867-5309 (867-5309)
867-5309 (867-5309)

でもさジェニー、僕は君の番号を知っちゃったんだよ
僕は君をモノにしなくちゃならないのさ
だからジェニー、番号を変えないでくれよ
867-5309って番号をね

I got it (I got it), I got it
I got your number on the wall
I got it (I got it), I got it
For a good time, for a good time call

知っちゃったんだ、知っちゃったんだよ
壁を見て君の電話番号を
知っちゃったんだ、知っちゃったんだよ
楽しく過ごしたかったら、ここに電話してってやつさ

Jenny, don’t change your number
I need to make you mine
Jenny, I’ll call your number
867-5309 (867-5309)
867-5309 (867-5309)

ジェニー、番号を変えないでくれよ
僕は君をモノにしなくちゃならないのさ
だからジェニー、電話するよ
867-5309って番号へね

Jenny, Jenny, who can I turn to? (867-5309)
For the price of a dime
I can always turn to you (867-5309)
867-5309 (867-5309)
867-5309 (867-5309)
5309 (867-5309)
5309 (867-5309)
5309 (867-5309)

ジェニー、ジェニー、僕はどうすりゃいいんだい?
そうか、10セントあれば
いつでも君に近付けるよね
867-5309って番号を知ってんだもの

867-5309/Jenny Lyrics as written by Alexander Call
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC, Warner Chappell Music Inc.

【解説】
さて、皆さんは、この曲の歌詞の和訳に目を通してみてどう思われましたか?「これってストーカーですよね!?」って思われた方も多いのではないでしょうか?Yeah, absolutely! 僕もそう思います(笑)。壁に書かれていた女性の電話番号を偶然見つけて、ひとり勝手に盛り上がって、一方的に思いを寄せるばかりか、僕は君をモノにしなくちゃいけないんだなんて気になってしまっているこの兄ちゃんは、今の時代であれば100%ストーカー認定です(だからdefinitely ではなくabsolutely なんです)。まあ、この曲がリリースされた1980年台初頭はストーカーなんて言葉も世にはまだ無くって、こんなことが許されてしまうようなまだまだ大らかな時代だったということですね。ですが、歌詞を読み解いていくと、この兄ちゃんは単なるストーカーではなく、相当にヤバイ兄ちゃんであることも分かります(笑)それがどういうことなのか、いつものように歌詞を見ていきましょう。

僕がこの歌詞を理解できるようになった頃、この曲の舞台はアメリカの高校なんだろうと勝手に想像していましたが、作詞を担当したAlexander Call のインタビュー記事なんかを読んでみると、必ずしもそういう設定ではないようです(本人談によると、電話番号も名前もストーリーも全て架空のものとのこと)。ですが、ここでは場所をアメリカの高校、主人公は性への興味で頭が一杯の思春期の男子高校生、ジェニーは学校の誰もが憧れている素敵な女性徒、もしくは性にオープンだと男性徒の間で噂されている女性であると独断で舞台とキャラクターを設定して歌詞を解説することにします。第1節のwho can I turn to?は、ネイティブ話者がこの言葉を口にする際は普通「誰に頼めばいいの?」とか「誰を頼ればいいの?」といった意味で使っています。ここでは「どうすれば君にお近づきになれるのなー?」といった感じでしょうか。3行目と4行目では、ジェニーの電話番号が壁に書き込まれてあるのを見つけたことが明かされていますが、歌詞には壁としか書かれていないので、どこの壁かは分かりません。男性であれば普通思い浮かぶのは、卑猥な落書きが溢れている学校の男子トイレの壁ですね。次の第2節では、憧れていたジェニーの電話番号を偶然知った青年が暴走を始め、彼女を僕のものにしないといけないという妄想に憑りつかれるだけでなく「電話番号を変えるな!」なんてことまで要求し始める始末。とんでもない兄ちゃんです(笑)

第3節では、妄想だけではもう我慢できなくなって遂にジェニーに電話をするも、ビビってしまって失敗(呼び出し音の途中で切ってしまったと想像します)。4行目のI tried my imagination, but I was disturbedは、電話で話せなかったことで、青年の妄想(恐らく性的な妄想も含む)がますます膨らんでいる様子が窺えます。つまり、最初は単に憧れの的であったジェニーが、電話番号を手に入れてしまったことでこの頃には性の対象に変わってしまっていると僕は受け止めました。第4節は和訳のとおり。第5節のFor a good time, for a good time call は少し難解です。携帯電話が普及する前は日本でも公衆電話ボックスに風俗店のエロ・チラシがベタベタと貼り付けられていましたが、アメリカでも状況は同様で、都会の街中ではエスコート・サービスなどのエロ・チラシを見かけることはしょっちゅうでした。そんなエロ・チラシに印刷されていた客を呼び込む為の典型的な宣伝文句がこのfor a good time call なのです。I tried my imagination, but I was disturbed とfor a good time call を関連付けて考えると筋が通ると思います。第6節は和訳のとおり。第7節のFor the price of a dime のa dime というのはアメリカの10セント硬貨のこと。前述のとおり、この歌詞が書かれた1980年頃は携帯電話などまだ無かった時代ですから(アメリカでさえ、携帯電話が庶民の身近なものになったのは90年代に入ってからですかね)電話と言えば家か勤務先の電話と公衆電話しかなく、10セントという金額は当時の公衆電話の市内通話1回分だったのです。現在のアメリカ人の若者は恐らくそんなことを知らないでしょうから、彼らもまた、ここの部分を聴いてもあまりピンとこないのではないかと思います。それにしても、ビビって電話を切ってしまったくせに「10セントありゃあ、君に近付けるよね」なんてまだそんな風にうそぶいているこの兄ちゃん、ほんとヤバい奴というかイタい奴というか、ここまできたらただの変態野郎ですよね(笑)

余談ですが、この曲は全米でヒットしたせいで(米国ビルボード社の1982年度年間チャートで16位。但し、売れたか売れなかったかはその曲の価値を意味するものではありませんので(小説も同じですが)このコーナーでチャートの順位を紹介している時は、そういう事実があるという意味のみで記しているとご理解ください。なので順位の数字が間違っていてもいちいち訂正は入れません)、多くの人に大迷惑をかけた曲としても名を馳せています。曲が人々に知られるにつれ、多くの人が8675309とこの電話番号を口ずさむようになり、その結果どうなったかというと、もう皆さんもお分かりですよね。全米で同じ電話番号を持つ家庭や施設に電話のコールが殺到するようになったそうです。市外局番をいろいろと組み合わせて片っ端から電話をかける馬鹿もいて、被害者となってしまった方々は、電話番号を変えたり、電話線を自ら切断したりする羽目になったそう。ある日突然、街の人々がそこら中で自分の電話番号を口ずさんでる光景を想像してみてください。笑えない話ですよね。そんなイタズラ電話による被害の他にも、ハイスクールでこの時代を過ごすことになったものの、ジェニーという名を持つばかりに校内で揶揄いの対象となった女子高生も少なからずいたみたいで、ボーカルのTommy Tutone に「あんたのせいであたしの高校生活が滅茶苦茶になったじゃないの!」と抗議する女性も現れたと伝えられています。

【第6回】You’re So Vain / Carly Simon (1972)

今回も前回に引き続き、怖い歌詞の曲を紹介します。英語なんてチンプンカンプンだった高校生の頃にこの曲を初めて聞いた時、その出だしの特徴的な音の響きの中になぜだか炭鉱へ向かう炭鉱夫の姿が頭に浮かんだ僕は、これは彼らの辛い労働の日々を歌ってる曲なんだと勝手に思い込んでしまっていました。You’re so vain の部分もその頃の僕の耳には「ヨーソーベイ(湾)」としか聞こえなくって「ヨーソーという名の石炭の積出港のことなんだろうな」なんて思ってたんですよね(汗)。歌詞カードでも持ってればそんなことにはならなかったんでしょうが、歌詞カードを手にするには高価なレコードを買わなければならず、気に入った曲の歌詞を知る為に毎度レコードを買い揃えるなんてことは経済的に不可能でした。その後、英語が少しは分かるようになった時、それまでの自分の理解が勘違いも甚だしかったことに気付き、カーリー・サイモンの大ヒット曲「You’re so vain」が、自分を捨てた歴代の彼氏たちに対する女の怨念がこもった世にも恐ろしい歌であることをようやく知りました(笑)

You walked into the party like you were walking onto a yacht
Your hat strategically dipped below one eye
Your scarf it was apricot
You had one eye in the mirror, as you watched yourself gavotte

あんたってさ、ヨットに乗り込むみたいにパーティーへ足を運んでたよね
なんだか意味ありげに中折れ帽を斜にかぶってさ
アプリコット色のスカーフなんかも身に着けてたわね
それでもって、ダンスを踊る自分の姿を鏡で見ながら女たちの品定めをしてたのよね

And all the girls dreamed that they’d be your partner
They’d be your partner and

ええ、そうよ、女たちはみんなあんたと踊りたがったわ
誰もがあんたと踊りたがった

You’re so vain
You probably think this song is about you
You’re so vain (you’re so vain)
I’ll bet you think this song is about you
Don’t you? Don’t you?

あんた、うぬぼれてるから
これを聞いたら自分のことだってたぶん思うでしょうよ
あんたって、うぬぼれが強いから
絶対そう思うよね
ねえ、違う?違わないよね?

You had me several years ago when I was still quite naive
Well, you said that we made such a pretty pair and that you would never leave
But you gave away the things you loved
And one of them was me

何年か前、あたしがまだ世間知らずだった頃、あたしはあんたの女だった
あんた、言ったわよね、あたしたちほどお似合いのカップルはいないし、絶対に離さないって
なのに、あんたは何度も女を捨ててきた
そのうちの一人があたしよ

I had some dreams, they were clouds in my coffee
Clouds in my coffee and

結局、あたしは淡い夢を見てただけなんだよね
コーヒーカップに映る雲みたいな幻影をさ

You’re so vain
You probably think this song is about you
You’re so vain (you’re so vain)
I’ll bet you think this song is about you
Don’t you? Don’t you? Don’t you?

あんた、うぬぼれてるから
これを聞いたら自分のことだってたぶん思うでしょうよ
あんたって、うぬぼれが強いから
絶対そう思うよね
ねえ、違う?違わないよね?

I had some dreams, they were clouds in my coffee
Clouds in my coffee and

結局、あたしは淡い夢を見てただけなんだ
コーヒーカップに映る雲みたいな幻影をね

You’re so vain
You probably think this song is about you
You’re so vain (you’re so vain)
I’ll bet you think this song is about you
Don’t you? Don’t you?

あんた、うぬぼれてるから
これを聞いたら自分のことだってたぶん思うでしょうよ
あんたって、うぬぼれが強いから
絶対そう思うよね
ねえ、違う?違わないよね?

Well, I hear you went up to Saratoga
And your horse naturally won
Then you flew your Learjet up to Nova Scotia
To see the total eclipse of the sun
Well, you’re where you should be all the time
And when you’re not

聞いたわよ、あんたがサラトガ競馬場へ行って
大勝ちしたってね
そのあと、皆既日食を見たさにプライベートジェットで
ノヴァ・スコシアへ飛んだこともね
あんたはいつでも自分がいるべき場所にいる
そうじゃない時に

You’re with some underworld spy or the wife of a close friend
Wife of a close friend and

あんたの傍にいるのは、くだらない連中か親友の奥さんくらい
親友の奥さんだなんて最低だわ

You’re so vain
You probably think this song is about you
You’re so vain (you’re so vain)
I’ll bet you think this song is about you
Don’t you? Don’t you? Don’t you?

あんた、うぬぼれてるから
これを聞いたら自分のことだってたぶん思うでしょうよ
あんたって、うぬぼれが強いから
絶対そう思うよね
ねえ、違う?違わないよね?

*このあとアウトロでYou’re so vain. You probably think this song is about you を繰り返して曲は終了します。

You’re So Vain Lyrics as written by Carly Simon
Lyrics © Universal Music Publishing Group

【解説】
この曲には、歌詞の内容がカーリーがそれまでに付き合っては別れることになった何人かの男たちに対する当てこすりではないのかとそのリリース直後から騒ぎになっていたという有名エピソードがあり、それはいったい誰なのかという論争が長年に渡って続いてきました。ですが、近年になってカーリー本人が、歌詞の対象になっている男が3人で、そのうちの2人は俳優のウォーレン・ベイティとローリングストーンズのミック・ジャガーであることを認めたことから、謎であったままの元恋人の正体がほぼ解き明かされることになりました(残る一人が誰なのかだけは未だ明かされていません)。カーリーがそう言っているからにはそれが事実なのでしょうが、ここでひとつ疑問なのは、この曲のレコーディング時にミック・ジャガーがバックコーラスに飛び入り参加していたという事実です。彼はその時、自分の事が歌われていると気付かなかったんですかね?それとも、よほどの鈍感男なのか(彼ならありえそうですが・笑)不思議です。実はこの曲、イントロに何か掛け声のような声が入っていまして、長いあいだ僕には「シャバダバ」にしか聞こえてなくって、そう言ってるものだとてっきり思い込んでいたんですが、今回、じっくりと曲を聴き直してみた際Son of a gun と言っていることにようやく気付きました(汗)。Son of a gun はSon of a bitchの婉曲表現で、かつての恋人たちに向けて「糞野郎め」ってな言葉を最初に投げかけてから歌い始めているこの曲が、噂どおりの相当攻撃的なものであることを改めて知ることになった次第です。因みにSon of a gun は罵倒だけでなく、このあとにYou did it などを付ければ「おいおい、やったじゃないか!(上出来、上出来)」みたいな感じの誉め言葉としても使えます。

それでは、そろそろ解説に移るとしましょう。第1節はやや難解ですが、和訳を読んでいただけば、感じは掴んでいただけるかと思います。4行目のgavotte は大抵のネイティブも聞いたことがないような単語で、当然僕にも分かるはずもなく、辞書で調べてみたところ、フランスの古い時代の民俗舞踊であることが分かりました。第1節に出てくる男が実際にgavotte を踊っているとは思えないのでgavotte は単にダンスの言い換えだと考え、こう訳してあります。カーリーがgavotte みたいなレアな単語をわざわざ使った訳については、1行目前のyacht と3行目のapricot と韻を踏む為だったということ以外の理由が僕には浮かんできません。次に第2節、ここで重要なのはAnd all the girls dreamed の文中でgirls が使われているとおり、第1節と共にカーリーがまだティーンエイジャーであった頃の話であることが推察できるという点です。第1節に出てきた洒落男はカーリーの初恋の相手で、ヨットなんかも所有していた年上の富裕な男だったのでしょう、恐らくは、まだ名前が明かされていない3人の中の最後の1人がこの男なのではないかという気が僕にはします。第3節も和訳のとおり。この節でthis song という言葉が使われているのを見ると、この曲がヒットしていつか自分の歌声が糞野郎たちの耳にも入るであろうことをカーリーが確信していたと思わざるを得ません。怨念に憑りつかれた女の執念のようなものが感じられて怖いです。逆に言えば、そんな性格だから男たちは皆、彼女から離れていったんじゃないのかという気がしないでもありません(笑)。

第4節で気をつけなければならないのはBut you gave away the things you loved の部分で、ここのthe things は物ではなく人間(つまり、ここでは女性たち)であると僕は理解しました。女を物みたいにしか扱かわない男たちへの批難の気持ちを込めてthe things にしたのではないかと考えます。第5節はこの曲の歌詞の中で一番難解な部分。clouds in my coffee のclouds は雲と同じように白いミルクの比喩であり、コーヒーカップの中でかき混ぜられて瞬く間に消えていくというイメージから儚さを表現しているのだと長らく僕は考えていましたが、今回、和訳にあたってカーリーが受けたインタビューにいろいろ目を通していると、これもまた僕の思い込みであったことが分かりました(汗)。clouds in my coffee は、彼女が飛行機で移動していた際、機内サービスで出されたカップに注がれたコーヒーの上に窓の外の雲が映り、それを隣の席から目にした友人がLook at the clouds in your coffeeと彼女に向かって言ったことに彼女がインスパイアーされたというのが事実だったのです。まあ、いずれにせよclouds in my coffee が儚さを表していることに違いはないですね。

第6~8節は特に解説の必要なし。第9節は、一見、何か比喩が含まれているようにも見えますが、特にこれといった比喩はなく、サラトガ競馬場(米国では上流階級の社交場)やプライベート・ジェット(Learjetは主にビジネス用の小型ジェット機を製造しているメーカーの名前です)に言及していることから見て、第9節では男が相当な金持ちであることを示唆していると推察できます。これを聞いた男が自分のことだと分かるようになっているというこの曲の性格から考えて、この節で歌われている出来事は実際にあった話なのでしょう(因みに、1970年の3月、カナダのノヴァ・スコシア州では素晴らしい皆既日食が観測できたそうです。1972年7月にもノヴァ・スコシアで皆既日食を見られるチャンスがありましたが、その年は本曲がリリースされた年ですし、72年のノヴァ・スコシアでは上空に分厚い雲が出て観測できなかったという事実が存在しますので、この節で言及されているのは70年の皆既日食のことで間違いないと思います)。第10節のunderworld spy は今でもはっきりとした意味が僕には良く分からず、裏世界で暗躍する人間といったイメージしか湧いてこないので、ここでは金持ちに取り入ろうとする得体の知れぬ人たち、つまりはくだらない人間と理解し「どうせあんたは今でもくだらない連中に囲まれてるか、浮気の最中なんだろうさ」という嫌味が込められているのだと想像しながら、こう訳しました。

女の怨念は恐ろしい、そして、人間の思い込みもまた恐ろしい(←僕のことだ・笑)という二つのことを勉強することができたカーリー・サイモンの名曲、是非とも聴いてみてください。

【第7回】Foolish Beat / Debbie Gibson (1987)

このDebbie Gibson の曲は僕のお気に入りの曲と言うよりも、一生忘れることはない思い出の曲です。その出来事があって以来、この曲を耳にすると胸が締めつけられ、苦しくって長らくのあいだ聞くことができなかったんですが、あれから30年以上の月日が流れ、最近ようやく、何か懐かしさを感じながら聴けるようになりました。それがなぜなのかに興味を持たれた方は、このサイト内の『小説の棚』にアップしてある『風と娼婦』という僕の作品を読んでみてください。特に、携帯電話が一台あれば世界の果てとも簡単につながることのできる今の時代しか知らない若い人たちに読んでもらえたら嬉しいです。

There was a time when
Broken hearts and broken dreams
Were over
There was a place where
All you could do was
Wish on a four leaf clover

傷ついたり夢破れたり
した時があったわ
昔のことだけどね
あたしができることと言ったら
四つ葉のクローバーに
祈ることぐらいだった

But now is a new time
There is a new place
Where dreams just can’t come true
It started the day when I left you

でも今、時は新たになったの
新たな人生の一歩を踏み出すわ
夢が叶うって訳じゃないけどね
すべてはあなたと別れた時から始まったのよ

I could never love again the way that I loved you
I could never cry again like I did when I left you
And when we said goodbye
Oh the look in your eyes
Just left me beside myself without your heart
(Without your heart)
I could never love again now that we’re apart

あなたを愛したようにもう人を愛せないでしょうね
あなたと別れた時みたいに泣くこともないと思うわ
だって、あたしたちに別れが訪れた時
あなたの目に浮かんだものが
あたしの心をかき乱したんだもの。あなたの気持ちを考えもしなかった
離れ離れになった今、またあなたを愛したいだなんて無理もいいところよね

When I was sorry
It was too late to turn around
And tell you so
There was no reason
There was no reason
Just a foolish beat of my heart

後悔した時はもう
振り返るには手遅れだった
だから、あなたにはこう伝えたいわ
理由なんて何もなかった
理由なんて何もなかったってね
単にあたしが浅はかだったのよ

I could never love again the way that I loved you
I could never cry again like I did when I left you
And when we said goodbye
Oh the look in your eyes
Just left me beside myself without your heart
(Without your heart)
I could never love again now that we’re apart

あなたを愛したようにもう人を愛せないでしょうね
あなたと別れた時みたいに泣くこともないと思うわ
だって、あたしたちに別れが訪れた時
あなたの目に浮かんだものが
あたしの心をかき乱したんだもの。あなたの気持ちを考えもしなかった
離れ離れになった今、またあなたを愛したいだなんて無理もいいところよね

Oh, can’t you see I’m not fooling nobody
Don’t you see the tears are falling down my face?
Since you went away
Break my heart, you slipped away
Didn’t know I was wrong
Never meant to hurt you now you’re gone

あたしが誰も欺いていなんかないって分かってもらえないわよね
あたしの頬を伝ってる涙だって見える訳ないわよね
もう離れ離れになっちゃったんだもの
ああ、あたしの心はもうずたずた。だって、あなたはそっと身を引いたんだもの
悪いのはあたしだって知らないままにね
あなたを傷つける気なんてなかったのよ。今となっては遅いけど

I could never love again now that we’re apart
(Now that we’re apart)
I could never love again now that we’re apart

離れ離れになった今、あなたをもう一度愛するなんてできないわよね
あなたをもう一度愛するなんてできる訳ないわ。もう離れ離れなんだもの

Foolish Beat Lyrics as written by Debbie Gibson
Lyrics © MUSIC SALES CORPORATION

【解説】
この曲が大ヒットして全米週間チャートで1位を獲得した1987年、Debbie Gibson はまだ高校生でした。17歳という最年少で栄冠を得た彼女の前人未到の記録は今も破られていません(16歳でリリースしたアルバムOut of the Blue(本曲を含む)から5曲ものシングルカットが全米トップ10入りしたという凄まじい記録も彼女は持っています)。驚くのは、この曲の歌詞を実体験からではなく想像で創作したと彼女が語っていることで、感性のある人は違うものだなとつくづく思います。この曲の歌詞は一見シンプルに見えますが、タイトルの「Foolish Beat」からして、置き換える日本語を探すのが難しいように、日本語に訳すにはなかなか手強い相手です。

第1節は和訳のとおり。この節を聞くと、子供の頃、いつも公園で四つ葉のクローバー探しに熱中していたことを思い出します。その理由は四つ葉のクローバーを見つけたら願い事が叶うと教えられていたからで、日本におけるその俗信は、四つ葉のクローバーは珍しいものだから、見つけた時には幸運が訪れるという意味で広まったと考えられています(海外でも、同じように考えている人は多いですが)。本来の四つ葉のクローバーの意味は、それぞれの葉をhope,faith,love,luck(希望、信仰、愛、幸運)と見做し、それらを大事にしましょうというアイルランドの伝承で語られているとおりで、アメリカでは花言葉としてBe mine(私を想ってください)の意味もあると聞きました。第2節も難しい部分は無く、元カレのことは忘れて新たな道を進もうという決意が語られています。この節で一番見落としてはならないのがI left you という部分で、この言葉が意味しているのは、主人公である女性の側から男性を振ったという事実であり(逆ならHe left me と歌うはずです)別れの主導権が女性にあったことが分かります。この曲の歌詞の和訳で出鱈目なものが多いのは、この点をまったく理解していないからではないでしょうか。この後に続く歌詞を聞いても分かるように、この歌は彼氏に振られた女性の失恋の悲しみや辛さを歌っているのではなく、自らの身勝手から彼氏を振ってしまった自分の後悔を歌っているものなのです。

第3節は少し難解。ここではcould が多用されていますが、ネイティブがこのcould を聞いて感じるのは、話者の気持ちの実現の可能性でしょう。即ち、この節から伝わってくるのは、完全にそうだとは言い切れない彼女の中の未練という女心であり、この節の文を断定口調で訳すと歌詞の意味が台無しになってしまいます。4行目と5行目のThe look in your eyes just left me beside myself without your heart は構文としては相当に難解で、このままでは何を言おうとしているのか分かり辛いですが、Just left me、beside myself、without your heart の3つに分け、Oh the look in your eyes がbeside myself という状態に私をしたleft me と考えれば理解できます。without your heart の部分は、without thinking your heart であると考えこう訳しました。the look in your eyes からは、彼女が別れを告げた時、彼氏が反論することもなくどこか冷静に淡々と話を聞いているような光景が僕の目には浮かびます。第4節にも難しい部分はなく、彼女がなぜ後悔しているのかとその驚くべき理由が語られています。なんと理由はThere was no reason.Just a foolish beat of my heart だったのです。つまり、別れを告げた理由にこれといったものはなくfoolish beat(うまく日本語に置き換えられませんが、心の中に愚かにも浮かんでしまった何か衝動のようなものとでも言うべきでしょうか)が彼女にそうさせたと言っている訳です。5節目は3節目の繰り返し。6節目も和訳のとおりです。Break my heart, you slipped away, Didn’t know I was wrong はやや難解ですが、前述のような身勝手な理由で彼女が彼氏に別れを告げた時、その理由も分からないままあたかも自分が悪かったかのように自らそっと身を引いていった彼氏の姿を僕は想像しました。恐らくは、世で言うところの「いい人」と呼ばれる部類の人だったのでしょう。7節目も訳のとおりで、別れを告げた相手に対する彼女の未練が最後まで感じられますね。

シンセサイザーとサックスが奏でる悲し気な音の響きが見事にマッチしたメランコリックなイントロに続き、Debbie が抜群の歌唱力で(そのデビュー時の年齢もあって、彼女はアイドル的な扱いを受けてしまいましたが、声もいいし歌も上手いです)恋人との切ない別れを歌いあげるこの曲、聴いたことがない方には是非とも聞いていただきたい一曲です。

【第8回】The Warrior / Scandal featuring Patty Smyth (1984)

前回の解説を書いているうちになんだかセンチメンタルな気分になってしまいましたので、今日は元気が出てくるような勢いのあるサウンドを一曲紹介します(歌詞はかなり意味不明なものですが・笑)。この曲はバンド名の後にわざわざfeaturing Patty Smyth と付け加えられているとおり、ボーカルにPatty Smyth(スミスではなくスマイスと発音します)を迎えて新たに結成されたバンドScandal がヒットさせたもので、Patty のOhhhhhh…Ohoooh…の叫びで始まるパワフルな歌声がハードロック調のメロディーラインと共に響き渡ります。因みに、Patty Smyth の夫は、プレー中にコートでしばしば暴言を吐く気性の激しさからsuperbrat (悪童)と呼ばれるようになった往年の男子テニス界の名選手John McEnroe(ジョン・マッケンロー)。二人の馴れ初めはまたあとで!

You run, run, runaway
It’s your heart that you betray
Feeding on your hungry eyes
I bet you’re not so civilized
Well isn’t love primitive?
A wild gift that you wanna give
Break out of captivity
And follow me stereo jungle child
Love is the kill
Your heart’s still wild

走れ、走るのよ、逃亡するの
それをできなくしているのはあなたの心よ
飢えた心に勇気を与えてもいいの
あなたはありのままでいていいんだから
だって、愛なんて原始的なものじゃないの?
そんなのがあなたの与えたいものかしら
囚われの身から抜け出せばいいのよ
窮屈な世界で生きるあなたはあたしについてきなさい
所詮、愛は不毛なものでしょ
あなたの心に眠っているものはまだ生きてるはずよ

Shooting at the walls of heartache
Bang, bang!
I am the warrior
Well, I am the warrior
And heart to heart you’ll win
If you survive the warrior
The warrior

傷ついた心の壁を狙って撃てばいいの
バン、バンってね
あたしは戦士
戦士なの
心を開けばあなたが勝つわ
あなたが生き残れば戦士なの
まさしく戦士なの

You talk, talk, talk to me
Your eyes touch me physically
Stay with me we’ll take the night
As passion takes another bite
Who’s the hunter, who’s the game?
I feel the beat call your name
I hold you close in victory
I don’t wanna tame your animal style
You won’t be caged in the call of the wild

あなたはあたしに話しかけ
その目であたしを惑わすわね
傍にいてよ、一緒に夜を過ごすの
情熱をもう一度蘇らせるのよ
誰が狩る側で、誰が狩られる側?
あたしはあなたの名を呼びたい衝動に駆られる
勝利に近付けるようにね
あたしは自由を求めるあなたをおとなしくさせるつもりなんてないわ
自由を求めて叫ばなきゃいけない檻に入れられるようなこともないの

*ここから後のコーラス、ブリッジは同じフレーズの連呼なので省略。アウトロで若干歌詞の異なっている部分だけ記しておきます。

Shooting at the walls of heartache
Bang, bang!
I am the warrior
Yes, I am the warrior
And victory is mine

傷ついた心の壁を狙って撃てばいいの
バン、バンってね
あたしは戦士
戦士なの
勝利はあたしのものなのよ

The Warrior Lyrics as written by Nick Gilder, Holly Knight
Lyrics © BMG Rights Management

【解説】
僕にとってこの曲は、何度聞いてみても歌詞の意味がまったく理解できない意味不明なものでしたが、当初は主人公を男性として書かれていた曲の歌詞(作詞したのは彼女ではありません)にPatty Smyth が手を加えて主人公を自分の望むものを得る為に戦うことを恐れない強く自信に満ちた女性を示唆する象徴に作り変えたことや、この曲を聞いた世界中の女性があれほど共感してくれたことは驚きだったと本人が語っているのを聞いて、ようやく歌詞の意味を理解することができました。そのことを知る機会が無ければ、永遠に意味不明のままの曲だったと思います(笑)

いきなりYou run, run, runawayというフレーズから始まる第1節の最初のYouを、歌っているのが女性だからYou は相手の側、つまりは男性だと思ってしまうとこの曲の歌詞は何を言おうとしてるのかまったく要領を得ないものになってしまいます。なぜなら、僕も前述のPatty Smythへのインタビュー動画を見るまでは、この曲の歌詞に出てくるyouやyourが同じ女性を指していることに気付かなかったからです。You run, run, runaway が、男性が支配する社会や夫に縛られるような家庭から逃げ出せと女性たちに呼びかけているのだと理解できたのはインタビューの内容を知ってからで(この曲が世に出た頃はまだ、社会のあちこちに様々な男女格差が残っていた時代だったんです)それが分かると、後に続く訳の分からぬフレーズの意味も見えてきます。2行目のhungry eyesは女性の独立心、I bet you’re not so civilizedは規則や慣習、伝統といったものを気にせず自分が思うことをするありのままの姿であっていいということ。A wild gift はlove primitive(男女間の愛などもう過去の遺物)の言い換えと考えてこのように訳しました。stereo jungle child も長らく僕の中で謎でしたが、stereo はギリシャ語が語源で元の意味がsolid であることからstereo jungle は硬直した社会の言い換えであると考え、child はそこに生きる女性たちを指しているのではないかという結論に達しました。そう考えていくと、第2節のShooting at the walls of heartache,Bang, bang!は、相手の傷ついた心の壁を撃てと言っているのではなく、自分のそれを撃てと言っていることが分かってきます。つまり、このフレーズの意味は自分の殻を破れと言っているのだと理解しました。自分はそうやって戦うことで(だから戦士)女性が窮屈しか感じない世界から抜け出した、あなたたちもそうすれば同じようになれると、主人公は第2節で歌っているのです。

第3節も、4行目までは一見すれば男女間の愛の行為について歌っているように思えますが、歌詞の流れからして、ここも同性の女性に対する語りかけだと考えましょう。Who’s the hunter, who’s the game?は男女間の関係の主導権はどちらにあるのかという問いかけであり、後に続くI feel the beat call your name がそれはあなただと示唆しています(ここでのbeat の響きはfoolish beat の時のbeat とはまた違う、何か魂の鼓動のようなものを感じさせます)。animal style は男女間の関係においても自由を求める女性の姿、気持ち(animal であるのはnot so civilized であることが女性の地位向上の第一歩であると主人公の戦士が考えているからではないかと思います)。つまり、最後の行のthe call of the wild は、自由を求める女性の叫びを意味しているのです(ジャック・ロンドンの同名の小説を匂わせていることは明白でしょう)。そして最後に、あたしは戦うことで自由を手に入れた、自由はあたしのものになったのだと叫んでこの歌は終ります。the warrior は自由を求め、戦い、勝ち取った女戦士だったという訳です。ここに記した僕の解説が的を得たものであるかどうかは今でもやや自信がないですが、歌詞なんか意味不明であっても、ノリのいい旋律さえあれば音楽は人に何か活力のようなものを与えてくれるということを証明してくれている1曲ですので、自分の耳で聴いて確かめてみてください。

さて、冒頭で触れたPatty Smyth とJohn McEnroe の馴れ初めですが、お互いがファンだったということもなく、1994年頃にたまたま互いの共通の友人のパーティーで出会って付き合い始めたようです。当時、二人ともバツイチでしたが、1997年にバツイチ同士で再婚し、2034年現在も離婚することなくその関係は続いているそう。McEnroe はテニス選手になる以前より大の音楽好きだったそうですから、彼の方がPatty に惚れているのでしょうね(←個人の推測です)。

【第9回】Eye in the Sky / The Aran Parsons Project (1982)

前回のThe Warriorの歌詞に意外なメッセージが潜んでいることに興味を持たれた稀有な方はいらっしゃいませんか?(笑)今回も見方によってはかなり違った意味を併せ持っているのではと思わせる曲を紹介しましょう。この曲をリリースしたThe Aran Parsons Project(以下APP と記します)は、その名のとおりAran Parsons という音楽エンジニア(スタジオでアーティストの音作りの裏方をするスタッフ)を生業にしていたイギリス人とシンガーソングライターであったEric Woolfson(同じくイギリス人)が1975年にロンドンで結成した音楽ユニットで、二人が作詞作曲した曲を彼らがその都度、曲に合ったシンガーを選んで歌わせるというちょっと風変わりな音楽集団(プロジェクト)です。二人が作る曲の音色や構成は新しい音楽を生み出そうとする気概が感じられる実験的なものが多く、ロック・ミュージシャンというよりは音楽家といった感がありますね。

Don’t think sorry’s easily said
Don’t try turning tables instead
You’ve taken lots of chances before
But I ain’t gonna give anymore
Don’t ask me
That’s how it goes
‘Cause part of me knows what you’re thinking

ごめんねなんて簡単に言えることだって思わないでくれよ
立場を挽回しようなんてことは尚更さ
君にはいっぱいチャンスがあったんだから
これ以上、チャンスはあげないよ
頼んだって無駄さ
それが君には相応しいんだ
だって、君の考えてることの分かる自分がここにいるから

Don’t say words you’re gonna regret
Don’t let the fire rush to your head
I’ve heard the accusation before
And I ain’t gonna take any more
Believe me
The sun in your eyes
Made some of the lies worth believing

後悔してるなんて言わないでくれよ
調子にのらないでくれ
前にも咎められたことがあるけど
もう耳は貸さない
だって
君の燃えるような瞳を見てると
嘘さえ信じてもいいのかなって思っちゃうからね

I am the eye in the sky
Looking at you
I can read your mind
I am the maker of rules
Dealing with fools
I can cheat you blind
And I don’t need to see any more to know that
I can read your mind (Looking at you)
I can read your mind (Looking at you)
I can read your mind (Looking at you)
I can read your mind

僕は空に浮かぶ目なんだ
空から君を見てると
君の考えてることが分かるのさ
ルールを決めるのは僕
お馬鹿さんたちをうまくあしらうように
僕は君を操ることができるんだ、完璧にね
これ以上何もしなくたって分かるんだ
君の考えてることなんて(君を見てるだけで)

Don’t leave false illusion behind
Don’t cry, I ain’t changin’ my mind
So find another fool like before
‘Cause I ain’t gonna live anymore believin’
Some of the lies while all of the signs are deceiving

錯覚なんてしないでくれよ
泣いたって駄目さ、僕の気持ちは変わらないから
だから、前みたいに別のカモを探しなよ
だって、僕は生きてくつもりはないから
君の思わせぶりな態度を信じながらね

*ここから後のコーラスは第3節のフレーズの繰り返しなので省略します。

Eye in the Sky Lyrics as written by Eric Norman Wolfson, Alan Parsons
Lyrics © Warner Chappell Music Inc.

【解説】
この曲でボーカルを担当したのはEric Wolfson。どこか清涼感のあるメロディーラインの中で彼の優しい声が響くこのラブソングは(取り敢えずはラブソングとしておきます)全米週間ヒットチャートで3位にまで昇りつめましたが(米国ビルボード社の年間チャートでは32位。ガイジンは「洋楽あるある」とでも言うべき聞いただけで「だっさぁー」と赤面するようなクサい歌詞の並ぶラブソングが好きなんです)、二人の母国の英国ではこの曲は泣かず飛ばずで、年間チャートのトップ100にも入りませんでした。この曲の歌詞をクサい歌詞が並ぶラブソングとして受け止めて和訳すると、歌詞は以上にご覧いただいたとおりのようなものとなり、どの節もシンプルで、特に難解な部分は見当たりません。この歌詞の英語をざっと聞いてみても、浮気癖が抜けないとか生活態度が悪いといった何か問題のありそうな恋人に愛想をつかした男が別れを決意した心情を吐露しているようにしか思えません。ですが、いくつかの疑問が出てくるのも事実で、その最大のものがI am the eye in the sky から始まる第3節です。いくら逆ギレして別れることに決めたからといって「おまえのことを空から見てるからな」なんてことになるでしょうか?これでは867-5309 Jenny で紹介した変態男の上を行くストーカーです(笑)。しかし、何よりも、APP がそれまでに発表してきた曲のことを考えると、彼らがこの歌を安直なラブソングとしてプロデュースしたとも思えません(Eye in the Sky も、シングルカットには挿入されていませんが、アルバムではこの曲の前奏的なものとして「Sirius」というインストゥルメンタルのみの曲が挿入されており、コンサートでも必ずセットで演奏されることも意味深長です)。実際、彼らのデビューアルバムが「怪奇と幻想の物語/エドガー・アラン・ポーの世界」という芸術性に富んだものであったこともあってか、この曲には何か別のメッセージが込められているに違いないと同じように考える人は世界中にいて、多くのファンが自らの見解を各々に述べ、時には議論を戦わせてきました。そして、そんな論議の中で僕の目に留まったのが「I am the eye in the sky のフレーズはジョージ・オーウェルが『1984』で描いたような監視社会の暗喩なのでは?」という、とあるアメリカ人の意見でした。

その意見が「それは一理あるな」と僕に思わせたのは、ラスベガスのカジノ場へ行った時にEye in the Skyのインスピレーションが湧いたとアランが雑誌のインタビューに答えている記事を読んだことがあったからで(カジノ場では不正を防止する為、至る所に取り付けられた監視カメラが客を監視しています)、カジノ場で失恋の歌のインスピレーションが湧いたというのはどう考えても僕には不自然だったのです。僕が見つけたアメリカ人のコメントは短いものでそれ以上のことを語ってはいませんでしたが、この一人のアメリカ人の意見は僕に大きなヒントを与えてくれました。僕にはこの曲の歌詞が「1984」に描かれていたような全体主義への恐怖を暗喩しているとまでは思えなかったものの(確かにこの曲がリリースされた1982年頃は、2年後に1984年が迫っていたことからオーウェルの作品が話題に上ることが多かったので、APP が意識をしてはいたかもですが)この歌詞が一人の人格が語っているものではなく、歌詞の中には二人の人格があり、この世を支配する側と支配される側との対立を描いているのではと考えるとすべてがクリアーになったのです。そこで、第1節のDon’t think から始まる言葉が支配される側、その中でも、真理や真実を見抜く目を持っているが故に国家や社会などから冷遇され(真理や真実を見抜く目を持っているが故に偽善に満ちた支配者には従わない)反抗者として扱われている者たちの叫び、I am the eye in the sky から始まるコーラス部分(第3節)は、そんな彼らを支配しようとし続けている支配者側(似非民主主義を土台にしている偽善国歌や価値観を共有しない者は排除するような社会といったもの。似非民主主義とは、日本国をはじめアメリカ、イギリス、フランスといった世界中の国家で行われている間接民主主義という名のインチキ統治システムのことです。ルソーの言葉を借りるまでもなく、直接民主主義以外は民主主義ではありません)が発する声と仮定して訳してみると、なかなか興味深いものとなりました。以下が僕の新解釈です。

【反抗者の声】
Don’t think sorry’s easily said
Don’t try turning tables instead
You’ve taken lots of chances before
But I ain’t gonna give anymore
Don’t ask me
That’s how it goes
‘Cause part of me knows what you’re thinking

おまえたちの謝罪なんていらねえ
俺たちのことを逆に懲らしめてやろうなんて思うなよ
おまえたちには社会をまともにするチャンスが何度もあったんだ
これ以上、おまえたちに従うなんてごめんだね
従ってくれって頼んだって無駄だぞ
それが道理だろ
おまえたちの考えてることなんてお見通しなんだよ

Don’t say words you’re gonna regret
Don’t let the fire rush to your head
I’ve heard the accusation before
And I ain’t gonna take any more
Believe me
The sun in your eyes
Made some of the lies worth believing

俺たちを袖にしたことを後悔してるなんて言うなよ
調子に乗るんじゃねえってんだ
俺たちは何度も袖にされてきたんだ
もうお前たちに耳なんか貸すもんか
だってよ
お前たちの甘事を聞いてると
偽善さえ善だと思っちまうからな

【偽善国家の声】
I am the eye in the sky
Looking at you
I can read your mind
I am the maker of rules
Dealing with fools
I can cheat you blind
And I don’t need to see any more to know that
I can read your mind (Looking at you)
I can read your mind (Looking at you)
I can read your mind (Looking at you)
I can read your mind

我々は君たちのことを常に監視している
君たちを監視している我々こそ
君たちの考えはお見通しだ
ルールを決めるのは我々である
我々は愚か者をうまくあしらい
完璧に支配することができるのだ
監視している以上、我々にはすぐに分かるのだ
君たちの考えてることなんてな(常に監視してるからな)

【再び反抗者の声】
Don’t leave false illusion behind
Don’t cry, I ain’t changin’ my mind
So find another fool like before
‘Cause I ain’t gonna live anymore believin’
Some of the lies while all of the signs are deceiving

錯覚しやがって、おまえたちはほんと愚かだ
何を言われたところで、俺たちはもう気持ちを変えない
今までのように御しやすい別のカモを探しな
俺たちはおまえたちなんかともう一緒に生きてくつもりはないのさ
おまえたちの嘘に塗れた言動など信じるもんか

第1節のturning tables はラブソング版では立場を挽回するという意味で訳しましたが、新解釈版では、やり返すという意味の方がはまります。第2節の2行目のlet the fire rush to your head はlet it go to your head の言い換えでしょう。That’s how it goes は「物事なんてそんなものだ」とか「あなたにはそれが相応だ」と言いたい時に良く使われるフレーズで、ここでのthat’s はI ain’t gonna give anymore を指しています。The sun in your eyes は、まさに税金のばら撒きなど偽善国家がちらつかせる飴といったイメージがここではぴったりで、cheat you blind は、騙して盲目にする、つまり、完全に騙すの意味で、人を徹底的に騙して操るというイメージから「支配」としました。さてさて、僕の新解釈、如何だったですか?ちょっと面白いと思いませんか?(笑)

【第10回】Play the Game Tonight / Kansas (1982)

1982年にヒットした曲の中にもう1曲、意味深長な曲があるので紹介しましょう。Kansas というバンドがヒットさせた曲で、リリース直後に全米週間チャートの4位にランクインしました。Kansas は70年代後半にヒット曲を連発していた人気バンドでしたが、81年にボーカルのSteve Walsh がリーダー格のKerry Livgren と曲作りの方向性で揉めて脱退したこともあって低迷(揉めた原因は、新興キリスト教にのめり込んだKerry が、キリストの啓示といった宗教的なものを曲に含ませようとし始めたせいだとされています)そのあと新たなボーカルにJohn Elefante を迎えて再始動した直後にヒットさせたのがこの曲でした。この曲を聴いて最初に浮かんでくるイメージは、成功への階段を駆け上りつつあるアーティストの姿といった感じのものですが、Kerry が宗教に傾倒していたこともあって、歌詞には別のメッセージが込められていると考える人が少なくない曲でもあります。

You think that something’s happening
And it’s bigger than your life
But it’s only what you’re hearing
Will you still remember
When the morning light has come?
Will the songs be playing over and over
Till you do it all over again?

何かが起こりつつあるって君は思ってるよね
人生を左右する何かがさ
でもね、それは君がそう思ってるだけなんだ
朝の光が差し始めた時のことを
君はまだ覚えてるかい?
すべてを一からやり直すことになるまで
あの曲が何度も何度も聞こえてくるだけじゃないのかな?

Play, play the game tonight
Can you tell me if it’s wrong or right?
Is it worth the time?, is it worth the price?
Do you see yourself in the white spotlight?
Then play the game tonight

いよいよ今夜だな
でも、その前に教えてくれよ、それって正しいことなのかい?
時間を費やしたり、やったりするに値することなのかい?
白いスポットライトを浴びる自分を想像できるのかい?
それが分かってるなら、やればいいさ。今夜ね

And when the curtains open
To the roaring of the crowd
You will feel it all around you
Then it finally happens
And it’s all come true for you
And the songs are playing over and over
Till you do it all over again

興奮する観衆の前の
舞台の幕が上がった時
君は観衆の熱気を感じるだろうね
遂にこの時が来たって
成功をつかんだんだって
でもさ、あの曲が何度も何度も聞こえてくることになるよ
すべてを一からやり直すことになる日まで

Play, play the game tonight
Can you tell me if it’s wrong or right?
Is it worth the time?, is it worth the price?
Do you see yourself in the white spotlight?
Then play the game tonight
Tonight!

いよいよ今夜だな
でも、その前に教えてくれよ、それって正しいことなのかい?
時間を費やしたり、やったりするに値することなのかい?
白いスポットライトを浴びる自分を想像できるのかい?
それが分かってるなら、やればいいさ。今夜ね
そう、今夜さ!

Play, play the game tonight
Can you tell me if it’s wrong or right?
Is it worth the time?, is it worth the price?
Do you see yourself in the bright lights?

いよいよ今夜だな
でも、その前に教えてくれよ、それって正しいことなのかい?
時間を費やしたり、やったりするに値することなのかい?
明るい未来にいる自分の姿を想像できるのかい?

*この後は、bright lights をwhite spotlight に再び変えて同じフレーズを歌い、最後にPlay the game tonight を連呼しながら曲は終わります。

Play the Game Tonight Lyrics as written by Kerry Livgren, Danny Flower
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
強風が吹きすさぶ荒野のど真ん中にぽつりと置かれたピアノから流れ出す音色のようなピアノの独奏で始まるこの曲のイントロは、まさしくその後に続くYou think that something’s happening の歌詞のとおり、今まさに何かが始まろうとしているのだという感覚を聴く者に抱かせますが、この曲の場合、歌詞の意味を知ればその感覚がさらに高まります。そこで、冒頭で触れたKerry Livgren が宗教にのめり込んでしまっていたという情報を踏まえつつ、宗教における道徳観のようなものを念頭に僕の頭の中で日本語に置き換えてみた結果が以上のような和訳です。それでは、詳しく歌詞を見ていきましょう。

第1節の歌詞は英文として特に難しい部分はありませんが、その真意をつかむとなるとやっかいな相手となります。3行目のit’s only what you’re hearing のit は2行目のit と同様にsomething’s happening を指していると考えられ、only what you’re hearing は、あなたに聞こえていることはそれだけということです。問題は4行目以降で、この曲の歌詞を何度も聞き返して僕が達した結論は、5行目のthe morning light has come は人が生まれた時の姿、つまり、まだ金や欲に塗れていない純粋な人の姿であり、6行目のthe songsはその純粋さを失うな、金や欲には塗れるなという警鐘のようなものではないかということでした。Will the songs be playing over and over till you do it all over again は「人は金や欲には塗れてしまうと最後には破滅し、人生をやり直すことになる。その警鐘はその時まで鳴り続くんだぞ」ということであると僕は理解しています。この曲のようにit を多用する歌詞では、そのit がそれぞれ何を指しているのかをよく見極めることが和訳のコツとなります。第2節のPlay, play the game tonight は、中学の1年生が習うレベルのごく簡単な単語しか並んでいないのに多くの日本人が理解できないという、この歌詞の中で一番難解な部分です。play the game は前後の文脈によっては当然「ゲームで遊ぶ」にもなりますし、単体で慣用表現的に使えば、英和辞書にも記されているとおり「正々堂々とやる」という意味にもなります。が、それらの意味だけにこだわってしまうと、この歌詞はまったく意味不明なものとなることでしょう。そこで、英英辞書にその手掛かりを求めてみたのですが、そこにto do things in the way you are expected という用法が記されてあるのを見つけた僕は、まさしくそれだと思いました。ネイティブ話者に尋ねてみても「play the game という言葉の響きには何か動きのようなものを前に進めるというという核core がその中にあるように思う」という意見があったこともあり、ここは思い切ってPlay, play the game tonight を「いよいよ今夜だな」、Then play the game tonight を「なら、やればいいさ。今夜ね(「なら」だけでは、言葉足りずに思えたので、敢えて捕捉的に「それが分かってるなら」にしました)」と訳した次第です。第2節ではPlay, play the game tonight という言葉のあと、主人公がやろうとしていることに対してCan you tell me if it’s wrong or right?やIs it worth the time?, is it worth the price?という問いかけが為されていますが、それらの言葉が意味しているのはすべて「もっと良く考えろ」ということでしょう。Do you see yourself in the white spotlight?については、第5節で触れることにします。

次に第3節ですが、ここの歌詞を聴いて頭に浮かんでくるのは、いよいよステージに立ったアーティストの姿で、成功をつかんだ主人公(Then it finally happens, and it’s all come true for you がそのことであり、言い換えれば「おまえはついに金と欲に塗れてしまったのだ」となりますでしょうか)に対してAnd the songs are playing over and over till you do it all over again と再び警鐘が打ち鳴らされています。4節目は第2節のフレーズの繰り返し。5節目も同じフレーズの繰り返しですが、5節目だけはwhite spotlight がbright lights に入れ替えられていることに気付いた方はおられますか?ここにbright が出てくることでwhite spotlight やbright lights が明るい未来の暗喩なのではないのかということをようやく理解できるような気がします。恐らくlight はfuture の言い換えでしょう。Do you see yourself は、例えばWhere do you see yourself in ten years?(10年後の自分の姿が見えますか?、つまり10年後の自分はどんな自分でいたいですか?ということです)といった質問がよく為されるように、ここでは自分の姿を想像するという意味で使われています。

因みにKansas は1984年に一度解散しましたが、翌年には先に脱退していたSteve Walsh を中心に再結成(バンド解散の原因ともなったKerry Livgren は再結成に加わっていません、と言うかお呼びでなかった・笑)。その後もメンバーの入れ替えが続いてオリジナルのメンバーがほとんどいなくなったものの、2023年になった現在も音楽活動を続けているという息の長いバンドでもあります。この曲を歌ったボーカルのJohn Elefante(同じく再結成には加わらず)はKansas のボーカルを選ぶオーディションに応募した200人以上のシンガーの中から選ばれたという実力からも分かるとおり歌唱力抜群で、Kansas 時代の彼の美しい歌声を聴きたい方にはこの曲がお薦めですよ!

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