【お知らせ】4月上旬まで本サイトのUPを休止します

遂に還暦を迎えてしまった河内レオン(汗)。とは言え、体力があるうちにやっておきたいことがまだまだ山ほど残っていまして、その第一弾としてこの10年間、毎月3千円ずつ貯めてきた旅行資金を使って今週より10年振りの旅に出ます。行き先はシルクロード。当初の計画では中国の西安からタクラマカン砂漠のオアシス都市を訪ねながらカシュガルへ向かい、カシュガルから標高4千メートルのイルケシュタム峠を越えてキルギスへ入国、中央アジアを抜けて最後はトルコのイスタンブールを目指す予定でしたが、あの作り笑顔が心底気味悪いまぬけ女がイキって余計なことを口にしたせいで、予約していた西安行きのフライトが減便でキャンセルされてしまい、別のフライトを探しても料金が高いし、再予約したところで、出発直前になってまたフライト・キャンセルにされたり、中国の入国査証免除が突然休止になったりなんかすると厄介極まりない。ということで、中国部分の旅程は全部カットして旅程をもう一度作り直し、今回はカザフスタンのアルマトイからトルコのイスタンブールまで旅することにしました。

ほんと、あのババアの余計な一言のせいで、10年振りの旅の楽しみが半減です(怒×10)。今のところ帰国は4月初旬を予定していますが、僕は携帯電話やスマートフォンを日本でも持っていませんし、旅の荷物も常に最小限にするというのがポリシーなので、旅行中に荷物になるノートパソコンを持ち歩くなど論外。なので、ブログを始めとした本ホームぺージの更新はその間、ストップします(不在中でも毎週日曜日だけは『映画の棚』のネタがUPされるよう予約投稿しておきましたので、その記事だけはブログに自動でUPされていきます)。今のところ、僕のブログに対するコメントやメールでの問い合わせはゼロ行進ですから(汗)誰からもコンタクトは無いとは思いますけど、不在中に万が一そのようなことがあった場合、お返事は帰国後となります。予めご承知おきくださいませ。

帰国後『旅の棚』で今回のシルクロードの旅の報告をUP致しますので、乞うご期待!では、行ってまいります!

茶番劇とホクホクの人たち

今回もエセ民主主義最大のペテン行為である「選挙」という茶番劇が終了しました。カスゴミは自民党の圧勝とか、相変わらず平気で嘘を撒き散らしていますけど、圧勝でもなんでもありません。それがどういうことなのか、少し説明しておきましょう。日本国の現在の有権者数は約1億人。このうち、まともな人間は馬鹿らしくて端から投票なんか行きませんから(そのことを民主主義を自ら放棄しているなんて非難する人は、真の民主主義が何たるかを全く理解できていませんね)、当然、今回の投票率も約56%。争った衆議院の議席数は465。そして、そのうち自民党が獲得したのは310議席で、これは総議席数の67%。一票の格差を相変わらず放置しているばかりか、比例代表制なんていうとんでもないインチキ制度のもとで行われている選挙なので、そもそもからしてデタラメですが、それらのことを一切無視して単純に計算すれば、投票した有権者の数が5,600万人程度ですから、自民党はおよそ3,700万票を獲得したということになります。

他方、日本国の70歳以上の人口は2,900万人。そのうちの6割の約1700万人が自民党の支持層と言われていますので、これだけで今回の3,700万票のほぼ半分をクリアー(笑)。これらの老人たちは、安い掛け金で何十倍もの年金を手にし、健康保険を日々使って長生きしているホクホクな層です。次に円安でホクホクのトヨタ自動車など上場企業で働く労働者の数が約300万人。夏冬のボーナスの平均支給額が1回あたり100万円とか庶民の感覚とはかけ離れている層ですね。それと、何の利益も生み出さないばかりか、給与の原資が税金であるのにそんな上場企業と同じレベルの収入を得てホクホクしているのが公務員。これが330万人もいます(笑)。この上場企業の社員や公務員たちは、米の値段が倍になろうが、スーパーの輸入牛肉の値段が倍になろうが、大して被害を被っていない層(そりゃそうでしょう。毎度、ボーナスだけで100万円ももらってるんですから)。あと、人を安くでこき使ってホクホクの中小企業の経営者が約330万人。米の値上がりでホクホクの米農家が約70万人。円安進行、株価上昇でホクホクの資産1億以上の富裕層が約150万人。と、これだけでも、トンマ女が率いる自民党のおかげでホクホクしている人たちが約3,000万人はいる訳です。まあ、それらの人たちが必ずしも自民党に投票している訳ではありませんが、今回の衆議院選の3,700万票という数字は自民党の圧勝でもなんでもなく、この物価高で多くの庶民が苦しんでいるというのに有権者の3人に1人が自民党のおかげでホクホクしているというだけのことであり、同時に、3人に1人の支持しかないのに、また好き勝手なことをし続けることができるということなのです。まあ、それがエセ民主主義というシステムなのですから、どうしようもないですけどね。あの薄気味悪い作り笑顔をまだ目にし続けないといけないなんて、ほんと、絶望しかありません(笑)。

『洋楽の棚』傑作選「ライク・ア・ローリング・ストーン」

『洋楽の棚』で紹介した曲の中から解説が力作であると思える10曲を著者自身が勝手に選んで毎週日曜日にお送りしてきた傑作選特集、早くも今回で最終回となりました!傑作選でも大トリはこの曲に登場願いましょう。第100回で取り上げたボブ・ディランの最高傑作とされている「Like A Rolling Stone」です。

【第100回】Like A Rolling Stone / Bob Dylan (1965)

Oh, my, my, my, listen man…yeah, I finally made it! 古い洋楽のファンが増えることを願って始めたこのコーナー、遂に100回目となりました!我ながら一人黙々と良く書き続けられたものだと思います。誰も褒めてくれないので自分に拍手!パチ、パチ、パチィー(←ああ、虚しい・笑)。で、100回目の記念すべき回に何の曲を取り上げようかといろいろ考えましたが、最終的にこの曲、ボブ・ディランのLike A Rolling Stone を選びました。別に僕はボブ・ディランのファンでもなんでもないんですけども、この曲がフォークソングと決別したディランによって生み出されたアメリカン・ロックの原点という歴史的評価を得ていることから、ちょうどいいんじゃないかと思って選んでみました(←なんだよ、その安直な理由・笑)。1941年にミネソタ州の小さな地方都市ダルースで生まれたディランの本名はロバート・アレン・ジマーマン。その苗字のとおりユダヤ系です。少年期、ラジオから流れてきたHank Williams の歌声を聞いて感動し歌手を志した彼は、二十歳の時にその夢を叶えるべくニューヨーク市に移住、フォーク歌手として本格的な音楽活動を開始しました。折からの公民権運動やベトナム反戦運動の波に乗ってフォーク歌手として徐々に知られるようになり順風満帆だった彼でしたが、やがてカウンターカルチャーを背負うことが重荷となり、自分のやりたいことをやりたいようにやろうとアコースティック・ギターをエレキ・ギターに持ち替えて発表したのがこのLike A Rolling Stone という曲。結果、フォークのファン層からは裏切者扱いされて総スカンを食らったものの、社会に対して求めているのと同様、すべての面において変革を求めていた層には受け容れられて大ヒットし、その名を歴史に刻み込みました。それがどんな曲だったのか、先ずは歌詞を見ながら聴いてみてください。

Once upon a time you dressed so fine
Threw the bums a dime in your prime, didn’t you?
People call, say “Beware, doll, you’re bound to fall”
You thought they were all a-kiddin’ you
You used to laugh about
Everybody that was hangin’ out
Now you don’t talk so loud
Now you don’t seem so proud
About having to be scrounging your next meal

昔さ、君は着飾って
意気盛んに10セント硬貨を浮浪者に恵んでた、違うかい?
皆が君に言ったよね「お嬢さん、気を付けな、人生を転げ落ちてるぜ」って
君は連中が冗談を言ってるんだと思って
笑ってたものさ
その辺でたむろしてる皆のことをさ
だけど、今は昔と違って目立ったりはしていない
今は誇りがあるようにも見えない
人にたかって施しを受けることなんかしてんだから

How does it feel?
How does it feel
To be without a home
Like a complete unknown
Like a rolling stone?

それってどんな気分なんだい?
それってどんな気分なんだい
帰る場所が無いままでいるってことがだよ
まったく知られることがないかの如く
転がる石ころみたいにさ

Aw, you’ve gone to the finest school all right, Miss Lonely
But ya know ya only used to get juiced in it
Nobody’s ever taught ya how to live out on the street
And now you’re gonna have to get used to it
You say you never compromise
With the mystery tramp, but now you realize
He’s not selling any alibis
As you stare into the vacuum of his eyes
And say, “Do you want to make a deal?”

あぁー、ロンリー嬢、君は確かに最高の学校に通ってた
けど、君は単にそこで浮かれてただけだってことが分かってるんだ
誰も君に現実の社会でどう生きるのかを教えなかったし
今はそれに慣れなくっちゃいけなくなってんだ
君は絶対に妥協しないって言ってたよね
謎めいた放浪者に対してはさ、でも君は分かったんだね
彼は言い訳を売ってはいないって
君は彼の空虚な瞳をじっと見つめ
こう言うのさ「取引しない?」ってね

How does it feel?
How does it feel
To be on your own
With no direction home
A complete unknown
Like a rolling stone?

それってどんな気分なんだい?
それってどんな気分なんだい
帰る場所が無いままに
一人でいることがさ
まったく知られることがないままに
転がる石ころみたいにさ

Aw, you never turned around to see the frowns
On the jugglers and the clowns when they all did tricks for you
Never understood that it ain’t no good
You shouldn’t let other people get your kicks for you
You used to ride on a chrome horse with your diplomat
Who carried on his shoulder a Siamese cat
Ain’t it hard when you discover that
He really wasn’t where it’s at
After he took from you everything he could steal?

あぁー、君は決して振り向かなかった
曲芸師やピエロが芸を披露する時に浮かべる顰め面を見ようとさ
それが良くないことだって君が理解することはなかった
君は他人に君のことを楽しませるようにさせてはいけなかったのさ
君はクロム鍍金の馬に乗ってたものだよね
シャム猫を肩に乗せてる外交官と一緒にね
それって辛くなかったのかな
彼が大した奴じゃなかったって分かった時のことだよ
彼が盗めるものすべてを君から奪った後でね

How does it feel?
How does it feel?
To hang on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone?

それってどんな気分なんだい?
それってどんな気分なんだい
帰る場所が無いままに
一人で耐えることがさ
まったく知られることがないかのように
転がる石ころみたいにさ

Aw, princess on the steeple and all the pretty people
They’re all drinkin’, thinkin’ that they got it made
Exchangin’ all precious gifts
But you’d better take your diamond ring, ya better pawn it, babe
You used to be so amused
At Napoleon in rags, and the language that he used
Go to him now, he calls ya, ya can’t refuse
When ya ain’t got nothin’, you got nothin’ to lose
You’re invisible now, ya got no secrets to conceal

あぁー、尖塔の上の王女も愛らしい人々も
みんなが酒を飲みつつ、うまくやったって思ってる
貴重な贈り物を交換しながらさ
でも、君は君のダイヤの指輪を持って行って質に入れなよ
君は面白がってたもんだよね
襤褸をまとったナポレオンと彼が語っていた言葉をね
彼の所へ行きなよ、君を呼んでるんだ、断ることなんてできないさ
何も持ってない時ってのは、失うものも何も無いのさ
今の君は見えない存在、隠す秘密なんて無いんだよ

How does it feel?
Aw, how does it feel
To be on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone?

それってどんな気分なんだい?
それってどんな気分なんだい
帰る場所が無いままに
一人でいることがさ
まったく知られることがないかのように
転がる石ころみたいにさ

Like a Rolling Stone Lyrics as written by Bob Dylan
Lyrics © Special Rider Music

【解説】
歴史的名曲とされているこのLike a Rolling Stone、歌詞の量に反して演奏時間が長いですよね(笑)。聴いていただいて分かるとおり、その理由はとてもスローなテンポで歌っているから。曲の終了まで6分以上あり、こんなに長い曲を1965年当時のラジオ局がばんばんオンエアーしたというのは異例のこと。この曲の響きが如何に当時の世間に衝撃を与えるものであったかの裏返しとも言えるでしょう。とは言え、エレキギターとハモンドオルガンが響く独創的なイントロはフォークソングとの決別を示すには十分ですが、ロックと呼べるものではありませんね(←個人の見解です・汗)。ぱっと聴いた限りでは、何か小難しいことを言ってはいるものの、結局のところたいした意味はないという多くの迷曲と同じ匂いを感じますが、果たしてどうなのか?ゆっくりと歌詞を見て行く前に、歌詞を理解する上で役立ちそうな情報を先にまとめておきます。

① ディランはマスゴミのインタビューにしばしば応じていますが、この曲の歌詞の意味に関して直接言及したことは一度もありません。いつものパターンですが、歌詞に込められた真の意味は、本人が自ら語らない限り永遠に分からないままで終わりますね。1970年にディランがリリースしたアルバム「Self Portrait」にギターリストとして参加したRon Cornelius は、彼に歌詞の意味を尋ねたところで「He is not going to tell you anyway ・どうせ教えてくれない」と語っています。

② ディランは雑誌のインタビューで、この曲の歌詞は吐しゃ物vomit として書き連ねたものであり(つまりは、心の中に溜まっていたものを吐き出すように書いたということでしょう)、当初はもっと長い詩であったと発言していたそう(10ページ分あったとも20ページ分あったとも言われています)。そんなにも長い詩だったというのは眉唾ですがね(10ページだなんて、詩と言うよりも、もはや短編小説・笑)。

③ 彼は別のインタビューで、Like a Rolling Stoneの歌詞はHank Williamsが1949年にリリースしたLost Highway という曲の歌詞がヒントになったということを認めていまして、こちらの方はなるほどなと思わせるものがありました。その歌詞がこちらです。

I’m a rolling stone, all alone and lost
For a life of sin, I have paid the cost
When I pass by, all the people say
“Just another boy down the lost highway”

俺は転がる石ころさ、独りぼっちで迷っちまった
俺は罪な生き様の代償を払った
俺が傍を通り過ぎる時、皆が言うのさ
「迷い道を行く少年がまた一人」ってさ

Just a deck of cards and a jug of wine
And a woman’s lies make a life like mine
Oh, the day we met, I went astray
I started rollin’ down that lost highway

トランプ一箱とワインの入った水差しがさ
そして女の嘘がさ、人の生き様を作り出す、俺のみたいなさ
あー、俺たちが会った日、俺は道を踏み外したんだ
俺はこの迷い道を転がり落ち始めたんだ

I was just a lad, nearly twenty-two
Neither good nor bad, just a kid like you
And now I’m lost, too late to pray
Lord, I’ve paid the cost on the lost highway

俺は若かったんだよな、22かそこらだ
善人でも悪人でもなかった、君みたいな子供だったんだ
そして今、俺は迷っちまった、祈るには遅すぎるさ
あー、俺は迷い道の代償を払ったのさ

Now, boys, don’t start your ramblin’ round
On this road of sin or you’re sorrow bound
Take my advice or you’ll curse the day
You started rollin’ down that lost highway

さあ、ガキども、当てもなくぶらぶらし始めるなんてしちゃいけねえ
この罪な道でな、じゃないと悲しみや苦しみから抜け出せねえ
俺の助言を聞くこった、じゃないと後悔することになるんだ
だって、おまえは迷い道を転がり落ち始めてんだ

この歌詞のa rolling stone という言葉のコンセプトとディランのLike a Rolling Stone の歌詞の中のa rolling stone のそれとは完全に一致してますね(笑)。どちらの曲でもa rolling stone という言葉が、人がまっとうな人生から転がり落ちていく姿の比喩として用いられていることに間違いはなさそうです。このLost Highway という曲、実はHank Williams が作詞したのではなく、Leon Payne というカントリーソングを歌う盲目の白人歌手が1948年に書いたもので、Payne の妻は、病床の母親を見舞おうとLeon がカリフォルニアからテキサスへヒッチハイクで向かった際、途中で次の車が見つからずに行き詰まってしまい、最後は救世軍(Salvation Army と名乗っているキリスト教系の宗教団体)に助けられた経験をもとに彼はこの曲を作ったと証言しています。そこから推測するに、誰も車に乗せてくれずその先への道が断たれたことによって生じた絶望感にインスパイアーされてPayne はこのような詩を書いたのかも知れませんね。何はともあれ、自らの浅はかさによって人生を転げ落ちていくというLost Highway のストーリー展開が、ディランのLike a Rolling Stoneの歌詞の基盤と重なっていることに疑いの余地はありません(←基盤に重なっていると言うか、一歩間違えればパクリですよね・笑)。それでは、そんなディランの書いた歌詞を細かく見ていきましょう。

1節目、英語としての難解な部分は見当たりません。2行目のin one’s prime は人の最も充実している時期、活躍している時期、最良の時期といったニュアンス。a dime は以前も解説しましたが、米国では10セント硬貨のこと。3行目のdoll は(美しい)女性に対する呼びかけの言葉です。you’re bound to fall の部分は明らかにPayne の歌詞のrollin’ down にインスパイアーされたものでしょう。4行目のa-kiddin’はat kidding のこと。現在進行形の古い使い方で、Like a Rolling Stone の歌詞には、この曲が作られた頃には普通に使われていたのかも知れないけども今はあまり耳にしないという表現が多く使われています。5、6行目はYou used to laugh about everybody that was hangin’ out でひとつの文。7行目のtalk so loud は直訳すれば「大声で話す」ですが、1、2行目のような彼女が全盛だった頃の振る舞いを考えると「目立つ行い」の比喩のように僕は思いましたのでこう訳しました。8、9行目もNow you don’t seem so proud about having to be scrounging your next meal でひとつの文を構成しています。調子よく浮浪者に小銭を恵んでいた女性が、今は人にたかって施しを受けることを恥ずかしくも思っていないとは穏やかではありませんね。そのことがはっきりするのが2節目のコーラス。Payne の歌詞と決定的に違うのはあまりにも有名になったここの部分で、Payne の歌詞は歌詞の主人公が自分を自分で責めることで終わっていますが、ディランの歌詞では歌詞の主人公に対し第三者の問いかけが入るのです。これはそれぞれの節をしめていく上で非常に効果的な手法ですね。そして、How does it feel?の主語が人でないのはどうしてなんだろうと思った方はスルドいですよ。ここがit であるのは「(人が)感じる」という意味で使われているのではなく「(物事が)~の感じを与える」という意味で使われているからなんです。3行目のa home は普通なら「家」のことですが、ここはホームレスになった状態というよりも自分が帰ることのできる場所、自分の居場所が無い状態、つまり、誰からも見向きもされず、転がる石ころのように自分の居場所さえ失ってしまった(根無し草のように生きている)ということであると僕は理解しました。How does it feel?は、それがどんな気分なのかと尋ねている訳です。どうやら彼女はyou’re bound to fallの言葉どおり、落ちぶれた人間になってしまっているようですね(汗)。

第3節も英語的に難解な部分はありませんが、その歌詞の意味となると訳ワカメ(笑)。1、2行目は(A) all right, but (B) 構文です。「確かにA であるけども(その実は)B である(A と反対の事柄)」という表現方法。Miss Lonely は勿論、Lonely という名の女性に呼びかけているのではなく、孤独な女性に対する例えです。get juiced も今なら「(果物などを)ジュースにする」くらいにしか思いませんが、古いスラングではget drunk と同じ意味。(毎日パーティーなどで)酔っ払うということから転じて「浮かれ気分になる」という意味でも使われていたようです。3行目のthe street は「通り」の意味ですが、ここでは実社会や世間の意味で使われていると考えて良いかと思います。5、6行目はYou say you never compromise with the mystery tramp, but now you realize でひとつの文章。そして、ここでネイティブ話者も含めて誰しもが思うのが「はあ?The mystery tramp?誰ですか、それ?」ってことですね(笑)。the misery trump なら「ああ、あのアホ大統領か」と直ぐに分かりますが「謎めいた放浪者」ではまったく想像がつきません。そこで注目したいのが9行目のDo you want to make a deal?という文(あのアホ大統領もdeal が口癖ですが・笑)。ここから浮かび上がってくるのは「洋楽あるある」のひとつであるゲーテの「ファウスト」の引用である可能性です。「ドクトル・ファウストが悪魔メフィストと契約を交わし、自身の魂と引き換えに現世での幸福を得る」というやつですね。The mystery tramp をその悪魔メフィストだと考えれば、すべての辻褄が合います。つまり、主人公は自らの居場所を失っても尚、悪魔に魂など売らないと踏ん張ってはいたものの(その意味ではまともな人間だった訳で、最初の4行は主人公のその初心さを示していると僕は考えます)、you realize that he’s not selling any alibis(自分が今の自分のように落ちぶれてしまったことに対する言い訳は存在しない)と気付き、その言い訳が欲しいが故に結局は悪魔と妥協する(自ら取引を持ちかける)というのが、この節に関する僕の結論。

第4節は再びコーラスに入りますが、2節目のコーラスの歌詞とは微妙に違っています。第5節はまたまた訳ワカメで理解不能なフレーズのオンパレード。ここの1、2行目もYou never turned around to see the frowns on the jugglers and the clowns when they all did tricks for you がひとつの文で、4行目までの文がひとつの詩節を構成しています。ここでポイントになってくるのは、3行目のit が何を指しているのかであり、このit はnever turned around to see the frowns のことであると僕は理解しました。となると「曲芸師やピエロが芸を披露する時に浮かべる顰め面を見ようと振り向かなかったことは良くないことであった」ということになりますが、それでも尚、何を言わんとしているのかさっぱり分かりません(汗)。なので、第3節のthe mystery tramp 同様、the jugglers and the clowns がいったい誰のことなのかが鍵となってくるのですが、僕の頭に浮かんだのは、彼女を取り巻いていた人々(彼女にへつらい、ご機嫌取りばかりしているような種の人間)の姿であり、そこから、この第5節の前半は「取り巻きからちやほやされることでいい気になって彼らの本性を見よう(考えよう)ともしなかったことは間違いであり、そもそも、他人に自分のことをちやほやさせたり媚びさせたりしてはいけない」という意味が浮かび上がってきて僕の中では一気にクリアーになりました(←あくまでも個人の見解です)。

これでようやく第5節の前半が理解できたと思いきや、それに続く後半は意味不明を通り越していて絶望的な気分になります。Your diplomat who carried on his shoulder a Siamese cat っていったい何者なんですかね。そんな人がバイクに乗ってたらコワいです(笑)。今、バイクと言ったとおり、5行目のa chrome horse はバイクの比喩であることは想像がつきますが(実際、ディランはバイク好きで、1966年に愛車のトライアンフT400 に乗っていた際に転倒、大怪我を負っています)、シャム猫を肩に乗せてる外交官というのはさっぱり分かりません。そこで、先人の皆様の知恵をお借りすべくインターネットで調べてみたところ、これは芸術家のアンディ・ウォーホールのことであるという見解が多勢を占めていました。なぜそんなことになっているのかをさらに調べてみると、アンディ・ウォーホールがこの曲のYour diplomat who carried on his shoulder a Siamese cat の部分を聴いた際「これって僕のことだ」と自ら発言した(自伝に記した)ということがその始まりであったと分かりました。なぜ彼がそう思ったのかと言うと、これにもストーリーがあって、Like a Rolling Stone が世に出る前、ウォーホールはEdie Sedgwick(カリフォルニアの名家に生まれ、ニューヨークで社交界デビューした美しいモデルで、1971年、薬物の過剰摂取で死去。享年28歳)という女性と恋仲にあって、その後、彼女はウォーホールのもとを去ってディランと付き合っていたとされています(ディランはEdie と交際していたことを否定していて、彼女のことは記憶にもないと発言していますが、それが真実なのかどうかは当の二人以外、誰にも分かりません)。当時、ウォーホールは自分の母親と十匹だかのシャム猫と暮らしていて、恐らく彼はHe really wasn’t where it’s at after he took from you everything he could stealとSiamese catの部分を聴いて自分への当て付けだと思ったのでしょう。ここで重要と思えるのは、ウォーホールのこの思い込みが「シャム猫を肩に乗せてる外交官=アンディ・ウォーホール」説の原点となっているという事実であり、ディランがそう言った訳ではないということです。実際のところ、何度この曲を聴いても僕にはシャム猫を肩に乗せてる外交官がウォーホールのことだけを指しているとは思えないし、むしろ僕が感じたのは、ここのバイクに乗っているyou とdiplomat who carried on his shoulder a Siamese cat は、前半に出てきたthe jugglers and the clowns と同じ種の人々のことではないのかということでした。ディランはEdie と交際している途中で、彼の恋人であったモデルのSara Lownds と結婚していて、ディラン自身もHe really wasn’t where it’s at after he took from you everything he could steal に該当する男であった訳ですから(要はウォーホールと同じ穴の貉)、ここのyou はまさしく彼自身のことであり、僕にはこの第5節の後半はディランが自らに向けた自己批判ではないかという気がします。じゃないと、この後半部分が単なるウォーホールに対する嘲笑であるのなら、ディランは自分のことは棚に上げて他人を腐すケツの穴の小さい糞野郎だということになってしまいますからね(笑)。

第6節は再びコーラスに入り、ここも2節目のコーラスの歌詞とは微妙に違っています。そして7節目、またしても意味不明なフレーズの羅列。奇天烈というのはこのような時に使う言葉なのかも知れません(笑)。最初の3行は恐らく、競争社会の中で成功し富を得た人々の比喩でしょう。They’re all drinkin’, thinkin’ that they got it made exchangin’ all precious gifts は、そんな彼らの価値観は金がすべてであり、それで満足しているということの暗喩であると僕は理解しました。そう考えれば、4行目にBut you’d better take your diamond ring, ya better pawn it という文が来ていることが理解できます。you’d better という表現は、事実上の強い命令であり、「君は君のダイヤの指輪を持って行って質に入れろ」なんてことをなぜ強く言っているのかというと、金がすべてと考えるような世界とは決別しろということなのだろうと僕は考えました。4、5行目もYou used to be so amused at Napoleon in rags, and the language that he used でひとつの文ですが、これまた珍妙な表現ですよね(笑)。なぜにここで唐突にナポレオンが登場するのか良く分かりませんが、Napoleon in rags は、かつては権勢を誇っていたのに最後は落ちぶれた(流刑されて襤褸をまとうことになった)ナポレオンのイメージ、即ち、成功者たちの世界、富を持つ人の世界から転落した人々の比喩だと理解。the language that he used は「真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者のことである」とか「死ぬよりも苦しむほうが勇気を必要とする」といった類の彼が残した格言の数々のことではないかと思います。7行目のGo to him now のhim はナポレオンを指していると考えるのが自然。ナポレオンの所へ行けというのは、落ちぶれたとしても、崇高な精神を失うことのない世界で生きろというではないでしょうか。なぜなら、そんな世界で生きることは、You ain’t got nothin’, you got nothin’ to lose. You’re invisible now, you got no secrets to conceal な人間だけに許されるからです(You’re invisible は何もかも失って裸同然の姿であることの比喩ですね)。そして、最後にもう一度、How does it feel? Aw, how does it feel のコーラスが入りますが、2、4、6節目のコーラスではHow does it feel?が嫌味にしか聞こえなかったのに、最後のここでは「(落ちぶれたって、まともな世界で生きることができるのなら)それもいいもんだろ?」というふうに僕には聞こえました(←あくまでも個人の感想です・汗)。

と、Like a Rolling Stone の歌詞を最後まで一通り追ってみた結果、この曲はかつては成功者たちの世界、富を持つ人々の世界にいたものの自分の浅はかさによってそこから転落し、自らの居場所も失って根無し草のように生きる孤独な女性の物語であることは分かりました。が、それ以上に意味があるものでも、それ以下の意味しかないものでもないというのが僕の結論。それと、この歌詞の主人公のキャラクターはEdie Sedgwick をモデルにしていることは間違いなさそうですが、主人公=Edie Sedgwick という訳ではなく、この曲では主人公が女性になってはいても、そこにはディラン自身の姿が投影されているような気がしたということを付け加えておきます(冒頭に紹介した「この曲の歌詞は僕のvomit だ」という彼の言葉を思い出してみてください)。なぜなら、世間から注目され続ける成功者の座を捨て、何も持たず、すべてを無にして自分本来の姿で生きたいと思っていたのは、他でもないディラン自身だったのであろうことは想像に難くないからです。まあ、いずれにせよ、この曲の歌詞が世間で評価されているほどに優れたものだとは僕には思えませんでしたけどね(←最後まで上から目線かよ・笑)。

本ホームぺージ内の『洋楽の棚』では100曲以上の洋楽の名曲を紹介していますので、興味のある方は覗いてみてください!

円安でホクホクだそうです

日本国の首相であるマヌケ女の談によると、日本国は円安でホクホクだそうです。このブログで何度か触れていますが、円安など庶民にとっては何ひとつ良いことがありません。儲かるのはトヨタ自動車のような輸出で潤う糞大企業とその関係者だけです。そして、彼らが儲かったところで、日本社会には何の還元もされません。毎日スーパーで買物をしていれば、輸入食料品が円安が進むごとにどんどん値上がりしていることに気づきますが、まあ、マヌケ女は円安と税金からせしめた給料でホクホクですから、スーパーで買物をすることもないのでしょう。

あのマヌケ女が国会で解散を宣言してからというもの、たった1週間で自動音声の気持ち悪い声の電話が2回も僕の家にかかってきました。声の主は高市早苗。選挙前になったらよくかかってくる類の「わたしの党に投票宜しく」という糞電話です。それにしても、なぜ、あのマヌケ女とその党が僕の家の電話番号を知っていて、何の権利があって勝手に電話してくるのか?なぜにあの作り笑顔以上に気持ち悪い声を無理矢理聞かされなくてはならないのか?腹が立つ以上に恐ろしくて仕様がありません。その手口はオレオレ詐欺や糞インチキセールス電話とまったく同一。こんなことが許されていい筈がありませんし、なぜ禁止にならないのか全く理解不能です。それに、その電話代は誰が支払ってるのでしょう?電話代の出所が統一教会の如きカルト教団や円安でホクホクのトヨタ自動車のような糞大企業からの献金であるのなら大問題。そのことを徹底的に追及し、選挙前の糞電話や選挙前にだけ駅前に来て名前を連呼したり選挙カーと呼ばれる車輛から名前を連呼して騒音を撒き散らす迷惑行為を禁止する法を作るよう国会に要求します。

隣国で何やら大変なことが

アメリカのトンマが自らのエプスタイン問題から人々の目を逸らそうと狂人的言動で世界の注目をかっさらっている間に、中国では軍のトップの追放が粛々と進められていたようです。まさしく粛清ですね(笑)。日本では一連の流れに注目している人が少ないですが、最終的には中央軍事委員会ナンバー2の張又俠と劉振立も消され、中国人民軍の最高幹部のほぼ全員が消えていなくなるという、まさしく異常事態となっています。粛清の表向きの理由は軍の腐敗を正す為とか、核兵器情報をアメリカに漏らしたからとかになっていますが、それらは後付けの粛清理由。ここまで徹底的にやったからには、自らへの権力を集中させて第二の毛沢東になろうと企む習近平を打倒しようとする密かな動き(と言うか、その考えの共有)が軍の中にあり、習近平が先手を打ったということなのでしょう(←あくまでも個人の勝手な推測です)。

日本ではことさら中国を敵視する人たちがいますが、悪の元凶は中国共産党が支配する中華人民共和国というシステムであって中国ではありません。中国は4千年以上もの歴史を持つ地であり、日本文化の多くは中国の模倣から始まっているのですから、中国を馬鹿にし侮る者は天に向かって唾を吐いているようなもの。中国に媚びを売る必要などまったくありませんが、中国に対してそれなりの敬意を持って接することで損をすることはありません。現在の中国は言わば「共産党王朝」であり、民を苦しめ不興を買った歴代の中国王朝が辿った運命を顧みれば、共産党王朝の運命も同じなのは歴史が証明済み。ソビエト連邦が自滅したのと同様に中国共産党が支配する中華人民共和国の崩壊も既定路線なのですから(日本国の滅亡も既定路線ですから、どっちが早いかですけど・笑)ほっとけば良いのです。日本国首相のトンマ女のようにくだらないことを口にして日本人の生活に悪影響が出るのは迷惑千万。隣国とうまくつきあっていくにこしたことはないということがなぜ分からないのか不思議でなりません。

相変わらずのデタラメな判決文

先日、安倍元総理を手製の武器で殺害したことにより殺人罪で起訴されていたY被告に対する裁判の判決が下されました。「殺意があろうがなかろうが、判断力があろうがなかろうが、人を殺めた者は自らの命でもって償うことは当然であり基本である」というのが僕の持論ですが、判決は無期懲役でした。「基本」と書いたのは、その行為に至った理由や原因に考慮すべき点がある場合はその限りではないということを言たいからで、今回の事件ではオウム真理教等と何ら変わらぬカルト教団であり犯罪者集団である「統一教会」とそんな団体と懇意にしていた元総理によってY被告が味わされてきた絶望を加味すれば、量刑の無期懲役は妥当なものではなかろうかという気がします。

しかし、判決文自体はデタラメも甚だしいもので、本件でY被告が元総理を殺害するに至った原因、理由は、彼の母親が「統一教会」の信者となり、犯罪者集団に洗脳された挙句、自らの財産をすべて教団に寄付した母親に対して絶望した兄が自殺、家族が崩壊するという悲惨な経験を通じて教団に対する激しい恨みを抱いていたY被告が、日本国がそんな犯罪者集団を放置しているばかりか、その長であった安倍晋三氏が「統一教会」とズブズブの関係であることを知って憤ったからであると考えても不自然さはないと思いますが、判決は安倍一族と統一教会の関係(安倍晋三氏の祖父でA級戦犯の岸信介が始めた)にはまったく触れないばかりか「(元総理を殺害しようとする)意思決定に至ったことについては、大きな飛躍がある」と、あたかも安倍一族と統一教会には何の関係も無いと言わんばかりの判決文でした。選挙での一票の格差は違憲だが、行われた選挙そのものは有効とか、公害や薬害の被害者裁判で請求権が時効で消滅しているから賠償は不要といった意味不明のデタラメ判決文と同様、流石は似非民主主義国家の裁判官が書いただけのことはありますね(笑)。

Y被告の弁護士は直ちに控訴し、控訴審でY被告の意思決定には何の飛躍もないことを証明すべき、って言うか、Y被告の弁護士がなぜ今回の裁判で被告の生い立ちが犯行動機に強く結びついていると主張することだけしかしなかったのかが不思議で仕様がないです。犯行動機を形成したのは生い立ちではなく私怨であり、なぜその私怨が生まれのかをあぶり出さなければ意味がありません。Y被告が起こした事件はテロでも暗殺でも何でもなく、怨恨による殺人事件であって、その恨みを買った被害者が著名人であっただけのことなのです(その恨みには万人が理解可能な理由があったのか、それとも単なる逆恨みであったのかを明らかにするというのが裁判というものではないでしょうか)。

『洋楽の棚』傑作選「コール・ミー」

今週の傑作選として選んだのは輝かしき第1回で紹介したブロンディーの「コール・ミー」です。この曲の歌詞は、簡単な英単語しか使われていないというのに、その意味がうまく理解できない、と言うよりもチンプンカンプン(笑)という洋楽の典型例。恐らく、日本語にどう訳していいものやらと多くの方々が悩むはずの歌詞だと思いますので、ここに記してあることが少しでも理解の助けになってくれればと思います。但し、僕の解説が必ずしも正しいとは限りませんので悪しからず(汗)。

【第1回】Call me / Blondie (1980)

Blondie のこの曲がリリースされたのは1980年。女性歌手の歌声と言えばキャンディーズやピンクレディーのそれしか思い浮かばないような当時中学3年生だった僕が、突然ラジオから流れてきたドラムの連打で始まるパンチの効いたイントロとそれに続くボーカルのDebbie Harry(なぜだか日本では本名のDeborah で紹介さていますが、ここではDebbie で統一します)のパワフルな歌声を聞いた時の衝撃は今でも忘れられません。その半分を海外での放浪生活に費やし駆け抜けた80年代という僕の青春は、まさにこの曲と共に始まったと言っても過言ではない思い出の名曲です。

Color me your color, baby
Color me your car
Color me your color, darling
I know who you are
Come up off your color chart
I know where you are coming from

愛しのベイビー、僕を君の色に染めておくれよ
僕を君好みにしてくれよ、君の愛車みたいにさ
愛しのダーリン、僕を君の色に染めておくれよ
僕は君がどんな人なのか分かってるさ
君の欲望に付かず離れずでいるのはね
僕には君の考えてることが分かるから

Call me (Call me) on the line
Call me, call me any, anytime
Call me (Call me) I’ll arrive
You can call me any day or night
Call me

だから、僕に電話してよ
いつでもいいから電話して
お願いだから電話して、すぐに行くから
昼でも夜でもいいからさ
僕に電話してくれよ

Cover me with kisses, baby
Cover me with love
Roll me in designer sheets
I’ll never get enough
Emotions come, I don’t know why
Cover up love’s alibi

愛しのベイビー、僕の体をキスで覆いつくしてくれよ
愛で僕を包み込んでくれよ
成金のベッドで僕を抱いてくれ
でも、それだけじゃ足りないな
だって、僕は感情が昂って分からなくなってるんだ
どうして君が二人の情事を隠そうとするのかってね

Call me (Call me) on the line
Call me, call me any, anytime
Call me (Call me) I’ll arrive
When you’re ready we can share the wine
Call me

だから、僕に電話してよ
いつでもいいから電話して
お願いだから電話して、すぐに行くから
君にその気があるのなら、僕らは秘密を分かち合えるんだ
だから、僕に電話してくれよ

Ooh, he speaks the languages of love
Ooh, amore, chiamami, chiamami
Ooh, appelle-moi, mon chéri, appelle-moi
Anytime, anyplace, anywhere, any way
Anytime, anyplace, anywhere, any day, any way

彼って外国語でも愛を囁くの
イタリア語で、愛しの人よ、僕に電話して、電話してとか
フランス語で、僕に電話して、愛しの人よ、電話してとかってね
いつでも、どこでも、どこからでも、どうやってでも
いつでも、どこでも、どこからでも、どんな日でも、どうやってでも

Call me (Call me) my love
Call me, call me any, anytime
Call me (Call me) for a ride
Call me, call me for some overtime
Call me (Call me) my love
Call me, call me in a sweet design
Call me (Call me), call me for your lover’s lover’s alibi
Call me (Call me) on the line
Call me, call me any, anytime

僕に電話してくれ、愛しの人よ
電話して、いつでも僕に電話して
電話して、車が要るなら
電話してよ、仕事を終えたら
電話してくれ、愛しの人よ
電話して、甘美なデートプランを用意したら
電話して、話したくても話せない隠し事が必要な時は
だから、僕に電話して
電話してくれればいいんだ、いつでもいいから

Call Me Lyrics as written by Deborah Harry, Giorgio Moroder
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
今回は第1回目の解説。なので、この解説の読み方というか使い方を先に説明しておきたいと思います。本コーナーでは、英語の歌詞と和訳のあとにその解説を記しますが、解説で扱うそれぞれの歌詞は、節verseの部分とコーラスchorus 部分を区別せず、すべて単純に節として扱っていますので(その方が、第〇節〇行目という表記で統一できるからです)ご理解いただけますようお願い致します。それと、それぞれの回で紹介している英語と和訳の歌詞部分を印刷し、その歌詞を見ながら解説を読むとより理解し易いので、ご参考まで。では、記念すべき第1回目の解説に入りましょう!

1980年前後の時代には、FMラジオ局が放送する音楽の曲名や曲順、正確な時間までが列記された詳細な番組表が掲載されている「FMレコパル」や「FMfan」といった音楽ファン向けの雑誌が隔週で発売されてまして(番組表を参考に目当ての曲が放送される日時をチェックし、その放送を待ち受けてカセットデッキに録音する訳です。今の若い人には具体的な光景が目に浮かばないと思いますが…)、その雑誌で美しい金髪に黒の革ジャン姿のDebbie Harry の姿を初めて見てからというもの、僕は彼女がロンドンあたりのパンクの姉ちゃんでイギリス人なんだと勝手に思い込んでしまっていました。彼女がフロリダ生まれのニュージャージー育ちという生粋のアメリカ人で、この曲をリリースした時には既に35歳であった(姉ちゃんではなかったんです・汗)と知ったのはずっと後になってからのことです。マリリン・モンローのような雰囲気を漂わせる当時のDebbie Harry のルックスには、おつむの弱い典型的な白人女性といった感じのイメージが重なりますが、この曲の歌詞はDebbie自身が作詞したものであり、その歌詞が完全に韻を踏んではいないものの二行連の古典的な西洋詩の形式で書かれていることから見ても、彼女はそんなイメージとは違うそれなりに学のある女性であることが窺えます。しかし、この曲が中学校で習うような英語の単語しか使われていないのに非情に理解し辛いという、前書きにも書いたような歌詞の典型であるのはそのせいではありません。なぜなら、この歌詞がどのようにして書かれたかの経緯を知らずにこの曲を聞いたり歌詞を読んだりした場合、ネイティブ話者でさえ、言語として捉えることはできても何を意味しているのかが良くは分からない筈だからです(笑)。と言うのも、この歌詞にはリチャード・ギアが主演した映画「アメリカン・ジゴロ」の主題歌の作詞を依頼されたDebbie が映画の試写を見てからそのストーリーに合わせて詩を作ったという背景がある為で、その映画の内容を知らずして歌詞の解釈をすることはほぼ不可能と言って良いかと思います。

その映画のストーリーはというと、アメリカの西海岸でギアが扮する金持ちのご婦人たちを上客にする男娼(つまりは、自分の体を資本にして商売をする男性です)と政治家である議員を夫に持つ上流階級の女性客とが真の愛に目覚めていくという凡庸なもので、ある日、ギアの客の一人が惨殺されて、彼女と顔見知りのギアに殺人容疑がかかることから波乱が始まります。その犯行時間にギアは別の客の相手をしていて、相手の婦人がアリバイを証明してくれれば簡単に無罪を証明できるのですが、婦人は夫に情事がばれるのが怖くて彼と一緒にいた事実を警察に証言してくれません。そのせいでギアは殺人の容疑で逮捕されることになりますが、そこで登場するのが前出の議員婦人で、ギアを愛する気持ちが本物であることに気付いた彼女は、議員の夫と別れることになるのを覚悟した上で、犯行時間にギアとベッドで時を共に過ごしていたと警察に偽証をし、晴れてギアは釈放されるという展開で映画は終わります(ネタバレですみません。こうしないと歌詞の意味を分かっていただけないので)。ここまで話を聞いて「えっ?そうなの?」と思った方はおられませんか?そうなんです。女性の歌手が歌っているんだから、歌の主人公は女性で女性の気持ちが表現されているのだと普通は考えてしまうものなんですが、実はこの曲、男性側の気持ちを女性が歌っているんです!だから、和訳の主語が「僕」なのです。映画の中でギアが演じる男娼は毎日身体を鍛えているマッチョな感じな男で、主語は「俺」にしようとも考えましたが、マッチョだけではないスマートさと品の良さもある男性として描かれていたので、主語を「僕」にしました。日本語の「俺」と「僕」とでは随分と印象が変わりますから、このあたりが男性であろうが女性であろうが一人称が「I」しかない英語を日本語にする際の難しい部分ですね。

それでは、この映画のストーリーを頭に入れた上でCall Me の歌詞を見ていきましょう。先ず1節目の出だしの3行ですが、Color me の後に来るのは文法的には形容詞のはずで、この歌詞のように名詞が置かれることは通常ありません。ここはColor me の後にlike を入れてみると分かり易いです。2行目のyour car は1行目のyour color と韻を踏ませているもので、car という単語を彼女が使ったのは車というものが持ち主の好みを反映する典型的な物だからであり、2行目は自分の愛車のように好きなように仕上げてくれというような意味だと僕は解釈しました。5行目のCome up off your color chart はこの曲の歌詞の中では恐らく一番難解な部分で、僕はCome up and come off your color chart と置き換えて考えました。color chart というのは色見本のことで、例えばハンドバッグをオーダーメードで作るとした場合「お色は如何いたしましょう?」と店の主人が見せてくる幾つもの色が並んだ一覧表のようなものがそれにあたりますが、1節目のColor meから考えて、ここで言うcolor chart は男娼の客であるご婦人たちの様々な(淫らな)欲望の比喩であると僕は理解しました。つまり、Come up off your color chart とI know where you are coming from の2行で、あなたの欲望にはそう簡単に応じませんよという夜の世界特有の相手をじらすような気持ちを表しているのではないかと考えます。I know where you are coming from は、ネイティブ話者がこの言葉を使う時は「あー、その気持ち分かるよ」といった意味で言っているのが常で、4行目のI know who you are にひっかけられてもいます。

第2節はCall me の連呼だけなので難しい部分はありませんね。Call me だけだと、後に続く何かを呼んでくれなのか、僕を呼んでくれなのか、僕に電話してくれなのか判別できませんが、on the line がわざわざ付け加えられているとおり、電話してくれの意味であることは明らかで、映画の中でも、ギアが電話を使って客と連絡のやり取りをするシーンが頻繁に出てきます。3節目のCover me with kisses は、体のそこら中に隙間がないほどキスをして欲しいといったイメージが僕の頭に浮かんだのでこう訳しました。3行目に出てくるRoll me in designer sheets もまたまた難解な部分です。映画の中ではギアが客から買ってもらったアルマーニを始めとした様々なブランドの服が出てきますが、当時のアメリカの上流社会では(今でも日本はそうだと思いますけど)ブランド品であれば何でも高級で良いものというような風潮がありdesigner sheets にはそういった風潮への揶揄だと僕は理解したので、このように訳しました。ベッドのシーツなんて真っ白で清潔なものであれば事足りるのに、シーツにまでわざわざ高いブランド品を使って満足しているのはモノの価値が分からぬ成金だけだという訳です。最後のCover up love’s alibiの部分も、映画のストーリーを知らなければ何のことだかよく分かりませんが、これを今読んでいる皆さんであれば、何を意味しているのかもうお分かりのことでしょう。

第4節では再びCall meの連呼に戻ります。4行目のthe wineは、恐らく、情事という二人の秘密の比喩ではないかと考えました。5節目に入ると曲調はDebbie のナレーションのような感じになり、いきなり歌詞がイタリア語やフランス語に変わることから、1行目のthe languagesは外国語を指していることが分かります。この節も映画を見ていないとなぜここで唐突に外国語が出てくるのかという疑問しか残りませんが、これは映画の中でギアが扮する男娼が外国からやって来る太客も抱えているからで、フランス語やスウェーデン語をギアが流暢に話している場面が何度か出てきます(映画に登場するギアに女性を斡旋するエージェントの女性は恐らくスウェーデン系アメリカ人という設定)。ここで興味深いのは、この4節目がこの曲をプロデュースしたイタリア人アーティストのGiorgio MoroderがDebbieにアドバイスをして付け加えられたものであるという事実。映画の中ではフランス語とスウェーデン語だったのに、曲の方ではイタリア語とフランス語になっているのは、色男の代表格であるイタリア男のプライドがそうさせたような気がしてなりませんね(笑)。最後の節でも再びCall me の連呼に入りますが、ここでやっかいなのはfor some overtimeとin a sweet designの部分。for some overtime は仕事が終わったその延長線上という感じがしたのでこの訳とし、in a sweet design の部分は、design という単語に意図などの意味もあるので、僕には高級レストランで食事の予約といったデートのお膳立てのようなものが頭に浮かびました。designという言葉をデビーがわざわざ使ったのは、前節のdesigner sheets にひっかけてここでも成金を皮肉っているからではないかというような気が僕にはします。

因みにこの曲には、もっと歌詞が長いロングバージョンや、あまり知られてはいませんが映画「アメリカン・ジゴロ」をスペイン語圏の中南米でヒットさせることを狙ってDebbie がスペイン語で歌わされたバージョン(Llámame というタイトルで、英語のCall me をスペイン語で言うとこうなります)なんてものもあります。スペイン語バージョンを聞いてみたことがありますが、かなりの部分で歌詞が英語とは違ったものに差し替えられている上、何よりも歌の響きがなんとも間の抜けたものになっていて全くイケてませんでした。そのせいかどうかは分かりませんが、スペイン語圏で「Llámame」が大ヒットしたという話を聞いたことはないです(笑)。

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