先日、安倍元総理を手製の武器で殺害したことにより殺人罪で起訴されていたY被告に対する裁判の判決が下されました。「殺意があろうがなかろうが、判断力があろうがなかろうが、人を殺めた者は自らの命でもって償うことは当然であり基本である」というのが僕の持論ですが、判決は無期懲役でした。「基本」と書いたのは、その行為に至った理由や原因に考慮すべき点がある場合はその限りではないということを言たいからで、今回の事件ではオウム真理教等と何ら変わらぬカルト教団であり犯罪者集団である「統一教会」とそんな団体と懇意にしていた元総理によってY被告が味わされてきた絶望を加味すれば、量刑の無期懲役は妥当なものではなかろうかという気がします。
しかし、判決文自体はデタラメも甚だしいもので、本件でY被告が元総理を殺害するに至った原因、理由は、彼の母親が「統一教会」の信者となり、犯罪者集団に洗脳された挙句、自らの財産をすべて教団に寄付した母親に対して絶望した兄が自殺、家族が崩壊するという悲惨な経験を通じて教団に対する激しい恨みを抱いていたY被告が、日本国がそんな犯罪者集団を放置しているばかりか、その長であった安倍晋三氏が「統一教会」とズブズブの関係であることを知って憤ったからであると考えても不自然さはないと思いますが、判決は安倍一族と統一教会の関係(安倍晋三氏の祖父でA級戦犯の岸信介が始めた)にはまったく触れないばかりか「(元総理を殺害しようとする)意思決定に至ったことについては、大きな飛躍がある」と、あたかも安倍一族と統一教会には何の関係も無いと言わんばかりの判決文でした。選挙での一票の格差は違憲だが、行われた選挙そのものは有効とか、公害や薬害の被害者裁判で請求権が時効で消滅しているから賠償は不要といった意味不明のデタラメ判決文と同様、流石は似非民主主義国家の裁判官が書いただけのことはありますね(笑)。
Y被告の弁護士は直ちに控訴し、控訴審でY被告の意思決定には何の飛躍もないことを証明すべき、って言うか、Y被告の弁護士がなぜ今回の裁判で被告の生い立ちが犯行動機に強く結びついていると主張することだけしかしなかったのかが不思議で仕様がないです。犯行動機を形成したのは生い立ちではなく私怨であり、なぜその私怨が生まれのかをあぶり出さなければ意味がありません。Y被告が起こした事件はテロでも暗殺でも何でもなく、怨恨による殺人事件であって、その恨みを買った被害者が著名人であっただけのことなのです(その恨みには万人が理解可能な理由があったのか、それとも単なる逆恨みであったのかを明らかにするというのが裁判というものではないでしょうか)。