レオンのブログ

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和牛入れすぎカレー

「何ですかそれ?」ってな今回のブログのタイトル。実はこれ、正月前にお土産で頂いたレトルトカレーの紙箱に印刷されてあった商品名なんです。一箱しかなかったので、嫁さんと半分づつにして分けて食べたのですが、その意味が良く分かりました(笑)。まさしくそのネーミングに偽り無しで、柔らかく煮込まれた牛肉の塊がこれでもかというほど入っていたのです。二人で分けて食べてもそう感じるくらいでしたから、一人で食べたらそれはもう「このカレー、牛肉入れすぎだろ!」と叫ぶこと間違いなし(笑)。どこに肉があるのか茶色の海の中から探さなくてはならない一般的なレトルトカレーと比べるとその肉の量は半端なく、これは結構なお値段がするに違いないとインターネットで調べてみたら、やはり一箱、千円以上していました(汗)。しかし、最近はスーパーでも牛の塊肉が普通に100グラム5百円はしますから、コストパフォーマンスは高いですね。

肉の量だけでなく、肝心な味の方もちゃんと深みがあって適度にスパイシー。カレー評論家とかならごちゃごちゃとウンチクを垂れて文句をつけるのでしょうが、一般人からすれば十分に美味しかったです。温めたこのカレーを「手作りのカレーです。牛肉もほろほろになるまで煮込んでありますので、どうぞ召し上がってください」と言って出されたら、レトルトだとはきっと気付かないでしょう。最近は冷凍食品が進化し過ぎていて、餃子とかうどん、パスタの味のレベルにはびっくりしますけど、レトルト食品もあなどれませんね。と言うか、冷凍食品は冷凍庫が無いと保存できませんが、レトルト食品は常温で長期保存できますので、このカレーのレベルのクオリティーであれば、逆に冷凍食品より勝っていると言えるのではないでしょうか。まあ、一箱千円以上という価格は庶民にとってはキツイですけど、自分へのご褒美として偶に食べるのであれば、それに値する十分な逸品だと思いました。

カレーを食べ終わって、口を拭っている時に「そうだ!ブログに書いておこう」と思ったので、空箱の写真しかありません(汗)。

『洋楽の棚』傑作選「First We Take Manhattan」

今回、傑作選に選んだのはレナード・コーエンという現代詩の詩人であったカナダ人が作詞した曲です(コーエンは後にシンガーソングライターに転向。同じユダヤ系だからなのか、それとも共通の先祖でもいるのか、ダスティン・ホフマンにかなり似てる人ですね・笑)。詩人が書いた歌詞だけあって、流石というか、そのあたりのへっぽこ歌手が書く単純な歌詞とはレベルが違うので、その内容は非常に難解。この曲の歌詞も、どう理解して良いのか大変苦しみました。

【第28回】First We Take Manhattan / Jennifer Warnes

カナダつながりでもう1曲。Bryan Adams 以外のカナダ出身のアーティストで僕の頭に浮かぶ人と言えば、Neil Young、Joni Mitchell、Leonard Cohen くらいですが、今回紹介するのはその中のLeonard Cohenの曲です。と言っても、この曲を歌っているJennifer Warnesはカナダ人ではなくアメリカ人なんですが(汗)。「Jennifer Warnes?誰ですかそれ?」って思った人は、リチャード・ギアが主演した映画「愛と青春の旅立ち」を思い出してみてください。あの映画の主題歌をJoe Cocker とデュエットしていたのが彼女です。Leonard Cohen はシンガーソングライターである以前に本業が詩人という人だけあって(10冊以上の詩集を出版しています)、その歌詞は非常に難解。さてさて、うまく和訳できるでしょうか…。

They sentenced me to twenty years of boredom
For trying to change the system from within
I’m coming now, I’m coming to reward them
First we take Manhattan, then we take Berlin

奴らは僕に20年間に渡って退屈しろって言い渡したんだ
思考回路を内側から変えようとしてさ
僕は今、やつらに報いてやっている、報いてやってるんだ
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ

I’m guided by a signal in the heavens
I’m guided by this birthmark on my skin
I’m guided by the beauty of our weapons
First we take Manhattan, then we take Berlin

僕は天のメッセージに導かれてるんだ
肌にあるアザに導かれてるのさ
武器の美しい輝きに導かれてるんだ
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ

I’d really like to live beside you, baby
I love your body and your spirit and your clothes
But you see that line there moving through the station?
I told you, I told you, told you, I was one of those

ほんとは君の傍で暮らしたいんだよ
君の身体も魂も着てる服も好きなんだ
けど、君には駅を通り抜けてくあの列が見えるだろ?
言ったよね、言ったよね、言ったよね、僕はそのうちの一人だったって

Ah you loved me as a loser, but now you’re worried that I just might win
You know the way to stop me, but you don’t have the discipline
How many nights I prayed for this, to let my work begin
First we take Manhattan, then we take Berlin

君は敗者としての僕が好きだったんだろうけど今は恐れてるよね、僕が勝者になるかもしれないってさ
そんなことだから、分かってても僕を止めることができないのさ
いったい幾晩祈ったかな、僕の仕事を始めさせてくれってさ
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ

I don’t like your fashion business mister
And I don’t like these drugs that keep you thin
I don’t like what happened to my sister
First we take Manhattan, then we take Berlin
I’d really like to live beside you, baby …

僕は流行りの服を追うような君の仕事は嫌いなんだ
ドラッグで痩せた身体を保とうなんてすることもさ
僕の妹に起きてることが嫌なんだ
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ
ほんとは君の傍で暮らしたいんだけどね

And I thank you for those items that you sent me
The monkey and the plywood violin
I practiced every night, now I’m ready
First we take Manhattan, then we take Berlin

君が送ってくれたものには感謝してるよ
猿とベニヤ板のバイオリンのことさ
毎晩練習もしたし、今や準備は万全だ
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ

I am guided
僕は導かれてるんだものね

Ah remember me, I used to live for music
Remember me, I brought your groceries in
Well it’s Father’s Day and everybody’s wounded
First we take Manhattan, then we take Berlin

あー、僕のことを覚えてるかい、音楽の道で生きてた僕を
覚えてるかい、食料品をせっせと運び込んでた僕をさ
さあ、父の日だ、皆が傷ついてるね
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ

First We Take Manhattan Lyrics as written by Leonard Cohen
Lyrics © Universal Music Publishing Group, Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
Leonard Cohen の歌詞、如何でしたか?やはり詩人の書くそれは、そのあたりのへっぽこロックスターが書くようなクサい歌詞とはレベルが違うと言わざるを得ないですよね(笑)。英語で読んでも日本語で読んでも何が言いたいのかよく分からないこの曲の歌詞ですが、Cohen はそれを理解する為の最高の手掛かりを残してくれていました。インタビューでこの曲の歌詞について尋ねられた彼が「I think it means exactly what it says. It is a terrorist song. I think it’s a response to terrorism. There’s something about terrorism that I’ve always admired」と答えていたという事実がそれです。彼のこの言葉に偽りがないのであれば、この曲はテロリストの歌ということになります(汗)。実際、この曲のイントロには緊迫した感じの口調のドイツ語のアナウンスみたいなものが入ってまして、ドイツ語はほとんど分からないので確かなことは言えませんが、聞き取れたin Berlin やAnschlag, Polizei といった言葉から想像するに「ベルリンで起きたテロで警察がなんちゃらかんちゃら」と言っているみたいなんです。やはり、この歌はテロリストの歌で間違いなさそうですね(但し、コーエンの真意はテロリズムをadmire しているのではなく、テロリズムの「決して妥協はしない」という基本原理をadmire しているということのようですが)。実のところ、この曲の歌詞の構文は英語として難しい部分はありません。なので、今回は英語の解説ではなく、英語歌詞の裏に潜む意味を中心に紐解いていきたいと思います(←で、できるかな・汗)。

先ず第1節のThey sentenced me to twenty years of boredom というフレーズを聞いて僕の中に思い浮かんだのは、男(女かもしれませんが、ここでは男とします)が裁判で20年の刑を言い渡されている姿です。For trying to change the system from within は和訳のとおりで、この最初の2行は、独房で20年間、退屈な日々を送らなければならないし、その間に権力者は受刑者を洗脳する気だということの比喩でしょう。3行目のI’m coming now, I’m coming to reward themは、刑務所にぶち込まれてるのに、ぶち込んだ相手をreward するというのは矛盾しているようにも思えますが、reward には犯人を捕らえた人への褒賞金という意味もありますので、男が自らの体で権力者に報奨金を払っている(自由を奪われるという代償を払っている)と考えれば納得できます。男が刑を言い渡した権力者に仕返しに向かっていると取れなくもないですが、収監中の男にはそのようなことはできないので話の整合性が取れません。4行目のFirst we take Manhattan, then we take Berlin はこの曲の歌詞の最大の難関です。この難関を突破するには、この歌詞が書かれた1986年に目を向けなければならないでしょう。その当時はまだソ連邦が崩壊しておらず、ベルリンの壁も取り払われていない東西冷戦の時代でした。そんな時代背景を頭に入れた上で、資本主義経済の中心地であるニューヨークのマンハッタンを資本主義のシンボル、壁で東西を強制的に分断した共産主義のシンボルをベルリンと考えれば、このフレーズが当時の世界を支配していた二大勢力(権力)である資本主義と共産主義への敵意と理解できます。ここの主語がwe になっているのは、前述のとおり男は収監されていてもはや何もできないが、志を共にする同志たちがそれをやるだろうということではないでしょうか。この後、僕は最後まで一気に歌詞を聴いてみましたが、僕の達した結論は、第2節以降は男が自らの行動によって20年の刑を受けるに至るまでの回想であるということでしたので、その結論を前提に話を進めます。

第2節は和訳のとおりで、男を行動へと向かわせた要因の比喩であるとしか考えられません。I’m guided by this birthmark on my skin のbirthmark はその綴りのとおり、生まれた時からある印であり、同時に生まれる前から自らの体に与えられた印であって、何者も変えることができないものです。そこから考えると、この単語が「運命」といったものの代替語として使われているのではないかと推測できます。I’m guided by the beauty of our weapons のweapons も、Armed with logic(理論武装)ってな言葉もあるように、銃器といった実際の武器だけでなく思想なども含めた包括的な武器を意味しているのではないでしょうか。第3節では、I’d really like to live beside you, baby, I love your body and your spirit and your clothes という言葉が唐突に出てきますが、これはテロリスト(ここで言うテロリストは、自らの信念に従って行動を起こす人という意味でです)になってしまった男が、ほんとは元の暮らしに戻りたいということを言っているのではないかと思いました。また、この曲の歌詞に出てくるyouは二人称としてのyouではなく、対象を限定しない一般人称としてのyou でしょう。そう考えれば、後に続いているBut you see that line there moving through the station? I told you, I told you, told you, I was one of those もしっくりときます。テロリストになる前は、男も通勤で駅へと向かうようなごく普通の人間の一人であったということです。4節目もかなり難解ですが、you loved me as a loser, but now you’re worried that I just might win から僕の目に浮かんだのは、自らの信念に従って行動を起こそうとしている男を、そんなことできる訳ないだろうと高を括っていた周囲の人間たちの姿で、You know the way to stop me, but you don’t have the discipline は、直訳すれば「君は僕を止めるやり方が分かってるけど、僕を律する気はない」ですが、男をみくびっていたせいで止めることができないということを対義語的に言っているのではないかと思いましたので、このような訳にしました。How many nights I prayed for this, to let my work begin も同じく反義で、本当は止めて欲しかったという男の心情を表しているのではないでしょうか。

第5節の1行目から3行目のフレーズも、なぜこのような言葉がここで出てくるのかという唐突感が否めませんが、資本主義の恥部のひとつである行き過ぎた商業主義を批判しているということ以外の答えが僕には思い付きませんでした。男は行き過ぎた商業主義のひとつの例としてファッション・ビジネスを引き合いに出しているのであり、そのビジネスの広告塔であるモデル女性たちが、自らの価値(痩せた身体)を維持する為にドラッグに走っているなんて言語道断だということではないかと思います。I don’t like what happened to my sister は、そんなことが身近なところでたくさん起こっているということの比喩でしょう。第6節でも意味不明なフレーズが続きます。1行目はまあ良しとして、2行目のThe monkey and the plywood violin っていったい何のことなんでしょう?僕には皆目見当もつかず、いろいろと調べてみた結果、どうも東欧のジプシーのことを言っているのではないかということが分かりました。中世の東欧では、猿や熊を安物のバイオリンの音色に合わせて踊らせることで見世物にして生活の糧を得ていたジプシーが存在していたようで、ここのThe monkey and the plywood violin は「商売の道具」という言葉に入れ替えることができるのではないかというのが僕の結論です。つまり、友が送ってきたitemsというのは、テロで使う道具であったのでしょう。それがライフルや拳銃などの銃器だったのか爆弾の材料だったのか何だったのかは分かりませんが、男はその扱い方の訓練を繰り返し準備完了となった。そう考えれば、ここの節はすべてクリアーになりませんか?そして、最後の節で男はRemember me, I used to live for music, Remember me, I brought your groceries inと、自分が普通の人間の一人であったことを覚えておいてくれと言い残し、ついに行動に移ります。男が選んだのは父の日(家長優位的な社会への挑戦であったのかもしれません)、銃を乱射したのか爆弾を爆発させたのかは分かりませんが、多くの人が怪我をすることeverybody’s wounded となりました。そして、男は逮捕され裁判で判決を受けることになります。それが第1節の最初に述べられていることではないかというのが僕の考えです。以上、何だかミステリー小説の謎解きみたいになってしまいましたが、皆さん、楽しんでいただけましたか?(汗)。

このFirst We Take Manhattan という曲は、Jennifer Warnes のFamous Blue Raincoat というアルバムに収録されています(曲はすべてLeonard Cohen が作詞)。このアルバムの完成度は非常に高く、他にも素晴らしい曲がこれでもかというほどに詰め込まれてますので、聴いたことがないという方はこれを機に是非とも彼女の美しい歌声を聴いてみてください。聴いて絶対に損はないです。僕がこれだけ言うんですから(←しつこいぞ・笑)。

本ホームぺージ内の『洋楽の棚』では100曲以上の洋楽の名曲を紹介していますので、興味のある方は覗いてみてください!

緊迫するイラン情勢

ベネズエラに続き、あのトンマがエプスタイン問題をうやむやにする為にイランでも何かを画策しているようです。世界のカスゴミは連日、イランで物価高に抗議する人々が立ち上がり反政府暴動が起こっていると報じていますが、この暴動の裏でアメリカとイスラエルが糸を引いていることは報じません。イランは2025年にアメリカに核施設を簡単に攻撃されたり、革命防衛隊の幹部を次々にイスラエルに暗殺されていますが、そのことが如実に示しているのは、いかにアメリカとイスラエルの諜報機関がイラン国内に食い込んで協力者の網を広げているかということなのです。イラン国内のみならずアメリカとイスラエルに金で飼われている連中は世界中のどこにでもいて、イランでの暴動が報じ始められやすぐに、それに呼応するかの如く「イランの最高指導者ハメイニ師がロシアへの亡命を計画している」などど何の根拠もなく報じたイギリスのカスゴミなどはその典型例。パーレビの息子が急にしゃしゃり出てきてイラン国民に対しゼネストを呼び掛けているのも同様です(因みにパーレビは国王とか皇帝とかを名乗ってましたが、あくまでも自称で正統性は皆無。彼の父親は、もともとはペルシャ軍の騎兵隊の馬の世話係でした)。とは言え、アメリカとイスラエルが仮にイラン革命で生まれた体制を崩壊させてかつてのパーレビのような傀儡政権を打ち立てたところで、イスラム教シーア派原理主義者の牙城であるイランで傀儡政権に反旗を翻す者が出てこない訳がないですから、イラン国内は傀儡政権と反傀儡政権武装勢力に分かれて長期の混乱状態に陥るのは必至でしょう。

先日に行われたニューヨークタイムズとのインタビューでトンマは「国際法は必要ない」とか「私を止められるのは私の良心だけだ」とか相変わらずの意味不明な発言ばかりしていましたが(こんな奴にインタビューを申し込むカスゴミはまさしくその名のとおりのカスですね・笑)、何よりも恐ろしいのは、このような狂人とその取り巻きが核ミサイルの発射ボタンをいつでも押せる立場にいるということなんです。「トンマが核ミサイルのボタンを押して世界が壊滅するなんて、流石にそんなことはあり得ないでしょ」と誰しもが考えますけども、何重もの安全装置が施され、頑強な容器で覆われた原子炉が爆発することなんてあり得ないと考えられていたチェルノブイリの原子炉は吹っ飛び、津波に襲われることなんてあり得ないし、ソ連の欠陥原子炉なんかよりも遥かに優秀な日本の原子炉が爆発することはあり得ないと高を括っていた福島原発でも、原子炉の爆発は辛うじて逃れたもののメルトダウンしたことを忘れてはいけません。この世の中に、絶対にあり得ないことなど存在しないのです。

忘れないでね!僕たち二人は永遠の友達なんだから!(笑)

バーガーキング

昨日、用事があって大阪市内に出かけた際、ファーストフード店の「バーガーキング」を通りで見つけたので懐かしく思い立ち寄ってみました。バーガーキングは以前、日本に進出したものの客を取り込めずに撤退していたはずなんですが、最近、再上陸を果たして店舗数を少しづつ増やしているようです。ハンバーガーチェーンの日本市場での王者であったマクドナルドが度重なる値上げで商品の価格帯を上げた為、価格が高かったバーガーキングの商品でも対抗できるようになったのでしょう(と言うか、同じような値段なら、バーガーキングの方が断然いいという客が増えてきているのだと思います)。確かに高いだけあって、味はバーガーキングの方が数段上。パテも鉄板ではなく直火で焼いていて(Flame-Grilled)、独特のスモーキー感があります。バーガーキングはパテを炭火で焼いていると勘違いしている方が多いようですが、炭火焼ではありません。ガスバーナーの付いた「ブロイラー」と呼ばれる専用の機械で焼かれています。

バーガーキングの看板商品と言えば、マクドナルドのバーガーより一回り以上も大きいサイズの「ワッパー(WHOPPER)」。その昔、僕が若かりし頃、カナダで初めてバーガーキングに入ってワッパーを注文した際、その読み方を知らなかったので「チーズ入りフーパーをひとつ」と言ってしまったことがありました(汗)。その頃の海外のバーガーキングの店では、レジの横にマイクが備え付けられていて、客が注文するごとに店員がマイクを通じて厨房ににオーダーを伝えていたのですが、店員も慣れているのか、心優しい人だったのか、僕が「フーパー」と言っても、素知らぬ振りで「ワッパー・ウィズ・チーズ」とマイクに向かって叫んだのを聞いて、その時、初めて「ワッパー」と発音することを知った次第です(笑)。因みにバーガーキングの「ワッパー」は、マクドナルドの「ビッグマック」よりも長い歴史を持つバーガーなんですよ。

何十年振りかにワッパーを味わって満足はしましたが、やはり、一番美味しいと思うバーガーは、パテも含めて自分で作る「レオン食堂」の手作りバーガーですね(←新年から自慢で終わるのかよ・笑)。

国民健康保険制度って必要ですか?

またまた頭にくるニュースが飛び込んできました。日本維新の会の糞議員どもが、国民健康保険の保険料はバカ高いからと、社団法人の理事になりすますという姑息な手段を用いることで、国民健康保険の加入とその支払いから逃れているようです。僕なんか年収100万円しかないのに国保の保険料として
毎月1万円もむしり取られているのですから、維新の糞議員どもの行為は到底許せませんし、ほんと、憤懣やるかたないです。国民健康保険の保険料がバカ高いと思うなら、それがなぜ高いのか、適正な金額なのか、そもそも国民健康保険という制度自体が必要なのか、といったことを考え、改革していくのが議員の仕事。それを、自分たちさえ逃れることができればそれでいいなんてあり得ませんね。なのに、維新のぼくちゃん吉村君はいつものとおり、またまた知らんぷりです。ぼくちゃん吉村君は、新年早々から本年度の茶番劇主演男優賞の受賞確定!(笑)。「社会保険料削減」とか「身を切る改革」とか、いつまでも恥ずかしいことを言い続けるのはいいかげん止めてもらえませんか、ぼくちゃん吉村君!
 
僕はサラリーマン時代に健康保険組合へ支払った保険料も含めて、これまでにトータルで600万円以上の保険料を支払っていますが、この約30年間で病院へ行ったのはインフルエンザにかかって高熱に耐えきれなくなった時とアレルギーで瞼が腫れあがった時の2回だけ。歯科医院での治療も20回ほどです。すべて10割負担で支払ったとしても、30万円もかかっていません。なのに、600万円も払わされている訳です。僕だけでなく、健康な多くの人は同じようなものでしょう。それに、僕はもし自分が何かシリアスな病気になったとしても、それはそれで自分の運命だったと考えますので、高額の治療なんかも必要ないし、受けたいとも思いません。それよりも、死の間際になって「あれもしておけば良かった、これもしておけば良かった」とならないよう今日という日を悔いなく生きたいですし、糞国家にむしり取られるお金をその為に使いたいです。

なので、最低限、日本国民には国民健康保険から離脱する権利があってしかるべきで、国家が国民全員に健康保険への加入を義務と称して強制するだけでなく、高額の保険料をまきあげていること自体が不正義であり、おかしいのです。そもそも保険というものは、自分が月に支払える保険料の金額や自分に必要な補償が何なのかを自らで考え、それに見合ったものに自分の意志で加入するもの。個人の健康に関しては、日本人が大好きな「自己責任」というやつで各自がやり、自分はなんとしても長生きしたい、老後は毎日病院へ通って薬を大量にもらいたいといった人だけが、国民健康保険に入れば良いので
はないでしょうか。国民健康保険制度は糞NHKと共に早急に解体して欲しいものです。