レオンのブログ
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お次はグリーンランド
昨年の12月に森友学園問題隠蔽を彷彿とさせる黒塗りだらけのエプスタイン文章が追加で公開されたことにより(日本でもシンゾー君に忖度した糞官僚が証拠を黒塗りにしていましたが、アメリカでもトンチキに忖度するアホ官僚が同じように沢山いるようです・笑)、自らのエプスタイン疑惑から人々の目を逸らそうと、アメリカのトンマは対ベネズエラ、対イランと愚かな戦争を矢継ぎ早に仕掛けていて、予定どおり、グリーンランドでも動き出しました。トンマは「ロシアと中国がグリーンランドを狙っていて脅威だからアメリカの支配下に置いて防衛しなければならない」と言っていますけど、いつもと同じ嘘のオンパレード。そもそもからして、ロシアや中国がグリーンランド領有の野望を抱いているという事実なんか存在しません。そんな野望を持っているのはあのトンチキとその取り巻きだけですね。トンマがグリーンランドに侵攻してNATOは分裂、アメリカは国際社会から爪弾きとなれば、逆にロシアと中国は万歳三唱で大喜びすることでしょう。アメリカはデンマークと防衛協定を結んでおり、グリーンランドにも基地を置く許可も得ていますし実際に置いてもいますから(グリーンランドの米軍基地に駐屯している米兵は約100名。そもそもからしてグリーンランドの防衛なんて考えてない証拠ですね・笑)、ロシアと中国の脅威があるのなら、もっとグリーンランドに基地をいっぱい作って、さらなる兵員を配置すれば良いだけの話。アメリカがグリーンランドを領有する必要などどこにもないのです(笑)。
因みにカスゴミはまったく報じませんが、第二次世界大戦中、デンマークがドイツに占領された為、アメリカはグリーンランドをナチス・ドイツの侵略から守るという名目で兵を送って占領していたという事実があり、戦後、デンマークに返還する必要に迫られた際、時のアメリカ大統領トルーマンが、デンマーク政府に金銭でのグリーンランド割譲を持ちかけたものの、デンマーク政府に一蹴されているんですよね(笑)。そもそも、アメリカ合衆国という国は、北米大陸に住んでいた原住民の土地を白人が勝手に奪ってできあがった国家。トンマのような白人にとっては、グリーンランドを手に入れることはその延長線上のことでしかないのです(グリーンランドの住人の大半はアメリカ大陸原住民と同様モンゴロイド系)。
グリーンランドがデンマーク領となった経緯もそれは同じで、目糞鼻糞とはこのこと。この件に関してヨーロッパにはアメリカを非難する権利など端から無いのですが、常に口先だけの偽善者集団であるヨーロッパが、今後、どのような行動に出るのか見物ですので、トンマには早くグリーンランド侵攻を実行してもらいたいものです。その時、ヨーロッパがアメリカに対して国交断絶や経済制裁を加えるなどのことをすれば少しは見直してやろうという気になりますが、いつものように何もしないし、何もできないでしょう。「その時、日本国はどうしますか?」というのは愚問。アメリカにケツの穴を舐めろと言われれば平気で舐める自民党とその取り巻きが政権を握る日本国のことですから、考える必要もありませんね。
カスゴミとその提灯持ちの連中は相変わらずトランプの戦略だとか政策だとか主義だとか、意味不明な言葉を使ってトンチキの動きを解説していますけども、このキチガイにそんなものはありません。奴にあるのは私利私欲だけなんです。そのことが未だに分かっていない人があまりにも多いことに愕然とせざるを得ません。ドンロー主義?何ですか、それ?それって漫才の新ネタですかね?まあ、ひとつだけ言えるのは、ドンロー主義とかアベノミクスとかサナエノミクスとか、低能な人間ほど、カスみたいな思考回路に自らの名を冠したがるということでしょう(笑)。

💛何度でも言うよ!僕たち二人の友情は永遠なんだ💛(笑)
『洋楽の棚』傑作選「ローズ」
今週お届けするのは、第18回で取り上げたベット・ミドラーの永遠の名曲「ローズ」。この曲の何が素晴らしいかと言うと、メロディーも歌詞も両方が美しいということです。美しいメロディーというのは数多く存在しますけど、歌詞が「美しい」と思うような曲は世界広しと言えど、なかなか見当たりませんね。そんな「ローズ」の歌詞に使われている英語はとてもシンプルですが、その理解となるとなかなか手強い相手。ここに記した解説が皆さんの理解の手助けになれば嬉しいです。
【第18 回】The Rose / Bette Midler (1980)
今回は心に沁みる曲を一曲紹介しましょう。女優のBette Midler(ベット・ミドラー)が歌った名曲The Rose です。なぜ女優が歌っているのかというと、この曲がジャニス・ジョプリンの生涯を描いた同名の映画の主題歌だからで、Bette Midler がこの曲を熱唱するシーンが映画の中に出てきます。ただ、ブロンディのCall Me と違ってこの曲は映画の為に新たに作られたものではなく、シンガーソングライターのAmanda Mcbroom(女優も兼業していて、昔のアメリカのテレビドラマなんかを見てると、端役で登場している姿を偶に目にします)の持ち歌でした。映画の主題歌を探していることを知った彼女の友人が、関係者にこの曲を薦めたことから主題歌として採用されることになったのです(こんなの讃美歌じゃないかと、映画の担当者に一度は採用を却下されたようですが)。Amanda 本人の談によると、曲は既に1970年頃に完成していて、当時、彼女が愛車で高速道路を飛ばしていた際、カーラジオから「Your love is like a razor. My heart is just a scar」という歌声(Leo Sayer が歌うMagdalena という曲でした)が流れてきて、そのフレーズを大変気に入ったことがThe Rose の誕生につながったそうです。Amanda はその部分を聞いた瞬間、その頃の自分はまだ若かったので、愛がlike a razor であることには同意できないと思ったけれど、それをきっかけに自分は愛のことを考えたことがあるだろうかと自問し始めると、あっという間に言葉が頭の中に湧き出してきて止まらなくなり、家にすっ飛んで帰って、その日のうちに歌詞を書き上げたとも述べています。
Some say love, it is a river
That drowns the tender reed
Some say love, it is a razor
That leaves your soul to bleed
Some say love, it is a hunger
An endless aching need
I say love, it is a flower
And you, its only seed
人はこう言うの、愛は川だって
柔らかな葦が流されてしまうね
人はこう言うの、愛は鋭い刃だって
魂を傷つけてしまうね
人はこう言うの、愛は渇望だって
疼くような願望がどこまでも続くね
でも、あたしはこう思うの、愛は花だって
そしてあなたが、その唯一の種なんだよね
It’s the heart, afraid of breaking
That never learns to dance
It’s the dream, afraid of waking
That never takes the chance
It’s the one who won’t be taken
Who cannot seem to give
And the soul, afraid of dying
That never learns to live
心ってのは、折れることを恐れてしまうもの
踊れるようになんてなる訳ないみたいにね
夢ってのは、目覚めることを恐れてしまうもの
チャンスなんてつかめっこないみたいにね
愛を受け入れることができない者に
愛を与えるなんてこと、できそうにないよね
そして魂ってのは、その死を恐れてしまうもの
魂が永遠だなんてことはないのにね
When the night has been too lonely
And the road has been too long
And you think that love is only
For the lucky and the strong
Just remember in the winter
Far beneath the bitter snows
Lies the seed that with the sun’s love
In the spring becomes the rose
あまりに夜が孤独過ぎて
ゴールへの道程も長過ぎる時って
あなたは思うわよね、愛って
ただ幸運で強い人の為にあるものなんだって
でも、冬を思い出してみて
ひどく積もった雪のずっと下でね
眠る種のことを、太陽に育まれる種のことを
春にバラの花を咲かせるね
The Rose Lyrics as written by Amanda Mcbroom
Lyrics © Word Collections Publishing, Warner Chappell Music, Inc.
【解説】
この曲の歌詞はこれまで何度かこのコーナーで紹介した曲と同じように二行連で韻を踏むという西洋詩の形式で書かれていますが、他の同種の歌詞とは完成度が比べ物にならないくらい高いですし、その響きも甘美で聴くものをたちまち魅了します。この詩を書いたAmanda Mcbroom も、かなりレベルの高い教育を受けた人なのでしょう。そんなこともあってか、The Rose の歌詞は中学校で習うレベルの語彙しか使われていないのに、日本語に訳すとなるとなかなか苦労します(汗)。
Some say love, it is a river で始まるこの歌詞はあまりにも有名で、この歌は多くの人の手によって和訳されていますが、その後に続くThat drowns the tender reed のreed を「葦」と単に訳して終わるだけで、それが何なのか、なぜなのかについてきちんと考える人はほとんどいないようです。確かにreed は川辺などに茂る植物の葦の意味ですが、植物の葦がdrown する(溺れる)ことはありません。水に溺れるのは人か動物(場合によっては昆虫もですかね)だけでしょう。そのことを考えた時、僕にはフランスの哲学者のとある言葉以外、頭に思い浮かべることができるようなものはありませんでした。「人間は大自然の中では一本の葦のような弱い存在に過ぎないが、人間は単なる葦でなく考える葦である」という言葉です。つまり、ここでのreed は「人間」の代替語として使われていることに疑問の余地はなく、か弱い人に対して試練を与えるのが愛であることを暗喩しているのです。第1節では、愛とは何なのかという問いかけが続いたあと、love, it is a flower, and you, its only seed との結論に主人公は達しますが、その結論とは「人は誰しも人を愛する能力(種)を持ってはいるけど、その能力を開花させることができるかどうかは本人次第」ということではないかと僕は考えます。
第2節も英語として理解するのが難かしいと言うよりも、うまく日本語に置き換えることが難しく、韻を踏んでいる原文を大切にしようとすれば尚更そうなります。1行目から6行目までは2行がワンセットになっているフレーズで、すべてIt’s で始まっていますが、このIt’s はlove を意識しつつも形式主語として使われていると考えるべきでしょう。最初の2行を例にすると、the heart はafraid of breaking しているのであり、そのafraid が何なのかをthat 以下の文が補足しています。ここでのnever learns to dance は「そんなこと私にできるだろうか?」といった人が持ちがちな不安や怖れを比喩しているのではないかと僕は思いました。アメリカ人なら「私にプロムの相手なんか見つかりっこない」と受け止める人もいるかも知れませんね。第2節に出てくるlearns to はすべて、何かができるようになるの意味で使われています。It’s the one who won’t be taken, Who cannot seem to give も難解で、the one who won’t be taken は受け取られることがない人、即ち、受け止めることがない、もしくは受け容れない人であり、そんな人がgive することはcannot seem to(やってはみるんだけどもできないというニュアンス)だと言っていて、take とgive が対になっています。言い換えるなら、One who won’t be taken love can’t seem to give love であり、まさしく、人間関係の基本となるギブ&テイクというやつですね。And the soul, afraid of dying that never learns to live のフレーズもとても難しく、僕にはdying が人の死ではなく魂の死としか聞こえなかったのでこう訳しました。
最後の第3節はここまでと打って変わってとても分かりやすいです。強いて解説を入れるとすれば2行目のthe road。このthe road は真の愛に目覚める、真の愛を得るといったことのゴールへの道程を意味していて「孤独にもがくあなたはそんなゴールに達することができるのは幸運であったり、メンタルの強い人だけだと思うだろうけど、そうじゃないよ」と語り手は伝えようとしています。なぜそうじゃないのか?それは、和訳のとおりです。あぁー、ほんと、素晴らしい歌詞ですよね。ほぼピアノだけの伴奏で静かに、そして力強く歌われるこの歌を聴いて勇気づけられた人はきっと多くいることでしょう。世界中にたくさん。
本ホームぺージ内の『洋楽の棚』では100曲以上の洋楽の名曲を紹介していますので、興味のある方は覗いてみてください!
レオン食堂の心臓部
本ホームぺージに掲載している料理記事が中心の棚「レオン食堂」。今日はその心臓部である我が家のキッチンを公開させていただきます!「レオン食堂」のぺージで紹介させていただいている低予算の様々な料理がどのようなキッチンで作られているのかに興味のある方は、今すぐ下記URLをクリック!
レオン食堂の心臓部を大公開→ https://leon-no-hondana.com/?page_id=2713

アサリ現れる!
先日にこのブログで活アサリをスーパーでまったく見かけない、なんとかして欲しいと書きましたが、
願いが通じたのか、久し振りにスーパーの棚に並んでいるのを発見!震える手でそのパックを手に取り(笑)、即買いしました。勿論、中国産でしたが、糞消費税込みで310円。やはり、中国産のあさりは庶民生活の強い味方。直ぐにボンゴレ・ビアンコにして食べました。旬の時期ではないので身は痩せていましたが、茹で汁が真っ白になるくらい旨味が滲み出て味は良かったです。
物価高の中、そんなふうに庶民は安いものを探して駆けずり回っているというのに、日本国の首相になってご満悦のまぬけ女は、解散総選挙をするそう。この物価高と円安に対して何の手も打たずに放置したまま総選挙ですよ。流石は「ポンポンが痛いからぼくちゃん辞めまーす」と政権を投げ出したシンゾー君の愛弟子。その自己中心さ、無責任さをまぬけ女はしっかりと引き継いでいて、相も変わらず私利私欲しか考えていないことには呆れるばかりです(まあ、似非民主主義とはそういうシステムですから、仕様がないんですけど)。日本国だけでなく、世界中の似非民主主義国家はどこも似たようなものとは言え、ほんと、それらの国家群も含めて日本国という国家ももう終わってますね。こういうふうに書くと勘違いする人が多いのですが、日本国が終わっているのであって、日本が終わっているのではありません。
こう言えば分かり易いでしょうかね。例えば、1945年に大日本帝国は滅亡し、その民は帝国臣民たる身分を失いましたが、日本と日本人が滅んだ訳ではありません。それと同じで、日本国が滅亡したところで、日本国という似非民主主義による収奪システムと日本国民の身分が消滅するだけで、日本と日本人が滅びる訳ではないですね。それよりも、日本国に寄生する一部の糞みたいな日本人の私利私欲による外国人労働者の日本への流入が今後も続けば、その時こそ日本国ではなく本当に日本が滅びます。昨今、外国人労働者を敵視する風潮がありますけども、それは誤り。敵は外国人労働者ではなく、人手不足を言い訳に彼らを私利私欲で日本に呼び寄せ続けている自民党及びその金魚の糞と奴らを支持する企業や農家を始めとした一部の日本人たちこそが日本人の真の敵であることを忘れてはなりません。連中は単に人を安くこき使えればそれでいいのです(外国人技能実習制度などは、その最たるもの)。人手が足りないのなら、今いる数の人間でどうすれば良いのかを考え、乗り切っていくのが人間の知恵というものではないでしょうか。
為政者や官僚、御用学者、カスゴミは、税金を上げる理由として「このままでは日本が滅びる」という脅し文句を常に使います。しかし、騙されてはいけません。税金を奴らが上げたい理由は、自らたちが属する日本国といううシステムが崩壊して自らの利益を失うのが嫌だからで、国民の為でも何でもありませんし、国民のことなどこれっぽっちも考えてはいません。将来、日本国が滅亡するのは財政的にも既定路線であり、税金や社会保障費がどんどん上がっていくのは連中の自己保身の為の延命措置ですね。前述のとおり、日本国が滅んでも日本と日本人が滅びることはありませんから、むしろ日本国には早く滅亡してもらい、特定の利益享受者だけを利する似非民主主義ではなく、万人を利する直接民主主義を実現してまともな世界を新たに作り出す方が今よりかはずっとましなのです。

この値段であれば納得ですね。糞消費税は納得できませんが(笑)。
和牛入れすぎカレー
「何ですかそれ?」ってな今回のブログのタイトル。実はこれ、正月前にお土産で頂いたレトルトカレーの紙箱に印刷されてあった商品名なんです。一箱しかなかったので、嫁さんと半分づつにして分けて食べたのですが、その意味が良く分かりました(笑)。まさしくそのネーミングに偽り無しで、柔らかく煮込まれた牛肉の塊がこれでもかというほど入っていたのです。二人で分けて食べてもそう感じるくらいでしたから、一人で食べたらそれはもう「このカレー、牛肉入れすぎだろ!」と叫ぶこと間違いなし(笑)。どこに肉があるのか茶色の海の中から探さなくてはならない一般的なレトルトカレーと比べるとその肉の量は半端なく、これは結構なお値段がするに違いないとインターネットで調べてみたら、やはり一箱、千円以上していました(汗)。しかし、最近はスーパーでも牛の塊肉が普通に100グラム5百円はしますから、コストパフォーマンスは高いですね。
肉の量だけでなく、肝心な味の方もちゃんと深みがあって適度にスパイシー。カレー評論家とかならごちゃごちゃとウンチクを垂れて文句をつけるのでしょうが、一般人からすれば十分に美味しかったです。温めたこのカレーを「手作りのカレーです。牛肉もほろほろになるまで煮込んでありますので、どうぞ召し上がってください」と言って出されたら、レトルトだとはきっと気付かないでしょう。最近は冷凍食品が進化し過ぎていて、餃子とかうどん、パスタの味のレベルにはびっくりしますけど、レトルト食品もあなどれませんね。と言うか、冷凍食品は冷凍庫が無いと保存できませんが、レトルト食品は常温で長期保存できますので、このカレーのレベルのクオリティーであれば、逆に冷凍食品より勝っていると言えるのではないでしょうか。まあ、一箱千円以上という価格は庶民にとってはキツイですけど、自分へのご褒美として偶に食べるのであれば、それに値する十分な逸品だと思いました。

カレーを食べ終わって、口を拭っている時に「そうだ!ブログに書いておこう」と思ったので、空箱の写真しかありません(汗)。