映画の棚④

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第16回 陽のない通り

原題:La calle sin sol
公開年/製作国/本編上映時間:1948年/スペイン/95分
監督:Rafael Gil(ラファエル・ヒル)
主な出演者:Amparo Rivelles(アンパーロ・リべージェス)、Antonio Vilar(アントニオ・ビラール)、 Manolo Morán(マノーロ・モラーン)、Alberto Romea(アルベルト・ロメア)、Félix Fernández(フェ リス・フェルナンデス)

【ストーリー】
第二次世界大戦が終結した数年後、フランスのとある港に、船員の目を盗んで密かに貨物船に乗り込む男の姿があった。誰かに追われているかのようなその男の名はマウリシオ(アントニオ・ビラール)。沖仲仕に紛れて船底の倉庫に難無く潜り込んだ彼は、船が出港すると程なくして船員に見つかってしまうも、船内の厨房で手伝いをすることを条件に船長から乗船を許される。しかし、船の行き先が遥か遠くのブラジルであることを知ったマウリシオは翌日、窓の向こう大きな街の姿が映るや甲板からロープを伝って海に降り、船内にいた子犬と共にそのまま埠頭まで泳いで行く。マウリシオが泳ぎ着いた先にあったのはスペイン東部の大都市バルセロナ。上陸直後、コロンブスの像が建つ港の傍らの大きな広場で口上をしながら物売りをしていたマノーロ(マノーロ・モラーン)という男に声をかけられサクラ役をやらされたものの、その手伝いで得た小銭を握り締めたマウリシオが犬と共に向かったのは、港から続くバリオ・チーノ(Barrio Chino ・チャイナタウン)と呼ばれる貧民街の中にある小さな食堂であった。空腹を満たしたかったのである。しかし、スペイン語が話せない彼は、食堂の女給ピラール(アンパーロ・リべージェス)となかなか意思の疎通が図れず、メモ用紙の上に絵を描くことでなんとか彼女に用件を伝え、指にはめていた指輪を差し出して部屋を探しているということも絵を通じて伝える。なぜ部屋が必要なのかと尋ねるピラールにマウリシオが「船でバルセロナに上陸後、酒に酔っ払ってしまい、その間に船が出港してしまった」という嘘で答えると、彼女は「階上に貸し部屋があるから訊いてきてあげる」と食堂の経営者である叔父のバシリオ(フェリス・フェルナンデス)のもとへ駆けて行く。ピラールから事の経緯を聞いて通りの故買屋に指輪の価値を鑑定させたバシリオは、その価値と家賃が一致する二ヶ月間を期限として階上の部屋をマウリシオに貸し出すことにする。すると今度は、通りを巡回していた私服刑事(ホセ・マリア・プラダ)が食堂にやって来て「港の船から逃げ出して入国書類も無しに密入国した犬連れの外国人を探している」と情報提供を求めるが、貧民街では警察の手助けをする者など誰もおらず、逆にマウリシオをかくまう。斯くして、マウリシオのバルセロナでの不法滞在が始まり、ピラールは彼にスペイン語を教えたり何かと世話を焼いたりしているうちに恋心を抱くようになるが、当のマウリシオは仕事を探すでも働こうとするでもなく毎日ぶらぶらしているだけで、約束の期限の二ヶ月が過ぎると「仕事を見つけて、またここへ戻ってくる」と言い残し部屋を出て行く。マウリシオがいなくなったことでピラールは嘆き悲しむが、それから暫くしたある日、新調のスーツに身を包んだ見違えるような姿になったマウリシオが彼女への手土産を手に食堂に現れ、数ヶ月分の家賃を前払いをして階上の部屋で再び暮らし始める。そればかりか、高価な酒をあおるように飲んだり、周囲の者たちに奢ってやるとポケットから札束を取り出したりとやたらと羽振りがいい。そんな時、再び食堂に現れた刑事が「隣接するパラレーロ地区で裕福な老婆が刺殺された」と話して帰って行くと、それを聞いたバシリオや通りの住人たちは、急に金回りが良くなったマウリシオが犯人ではないかと疑い始める。

【四方山話】
「レオンさんが『映画の棚』で紹介してる『陽のない通り』なんて映画、インターネットで検索しても出てこないんですけど」てなことは言わないでください。本作は日本未公開の映画につき、僕が勝手に付けた邦題ですので(笑)。この映画の原題はLa calle sin sol(英語に置き換えればThe street without sun)であり、そのまま日本語に直訳しました。因みに英語圏での翻訳タイトルは「The Sunless Street」。本作とはまったく何の関係も関連性もないですが、日本には1929年に徳永直が発表した「太陽のない街」というプロレタリア文学の隠れた名作があり、当時、その作品がスペイン語に翻訳された時のタイトルもLa calle sin sol でした。後から触れますが、本作は「えっ!そんなことあり得ないだろ!」という突っ込みどころが満載で、La calle sin sol というどこか暗さの漂うタイトルが付けられているのに最後はハッピーエンドという、名作とは呼べない映画ではありますけども、スペイン好きの僕としてはどうしてもひとつくらいはスペインの映画を紹介しておきたくってこの作品を選びました。同時代のイタリアやフランスに比べ、スペインの映画作品で特筆に値するものが見当たらないのは、スペイン人に映画製作の才能が無かったからではなく、スペインがフランコ将軍の独裁政権下にあった、つまり、芸術の自由は認められていなかった(建前では表現の自由が認められてはいても、国家体制やその協力者(例えばカトリック教会)の価値観に反するような表現は検閲ですべて削除されるし、そもそもからして製作を許可されない)という特殊な事情があったというのがその一番の理由でしょう。実際、フランコ将軍の独裁体制が終わりスペインで民主化が進んで以降は、ペドロ・アルモドバル、ビクトル・エリセ、ビガス・ルナといった才能ある監督たちが現れ、多くの名作を世に送り出していますね。

本作を観て最初に受ける印象は、どことなくネオレアリズモ風だというもの。恐らく、イタリアで始まったそのムーブメントを意識したか影響を受けたのは間違いないと思いますが、前述したとおり、突っ込みどころがあり過ぎてレアリズモとは呼べませんね(笑)。先ず、9分過ぎのマウリシオが泳いでバルセロナ港の埠頭に向かうシーンですが、船から海に降りて泳いで上陸なんてことはそんなに簡単にできることではありません。それに、埠頭の岸壁にあんな上手い具合にロープが垂れてるなんてのも出来過ぎですし、そもそも港の岸壁というものは劇中に出てきたような低いものではないですね。おまけに、船内にいた子犬が泳いで彼について来てるんですから「おちょくってんのか?」って感じ。マウリシオがピラールの食堂の階上で暮らす2ヶ月でスペイン語がペラペラになっているのも笑えます。確かにイタリア人やフランス人がひと度スペイン語の勉強を始めれば、文法は似たようなものだし共通の語彙も多いので瞬く間に上達はしますが、2ヶ月でペラペラになる人はよほど語学の才能がある人。それに、フランス人が話すスペイン語にはフランス語訛りがあるのが普通ですが、マウリシオのスペイン語にはほとんどそれが無いってのもリアリティーに欠けていると言わざるを得ません。16分過ぎに出てくる、言葉の代わりに絵を書いて伝えようとするシーンは、僕も昔、言葉の通じない国で同じような方法で意思疎通を図った経験があるので興味深かったですが、まさかこれが映画の伏線になっているとは思いもしませんでした(汗)。78分前に挿入されているマウリシオの彼女のスサンナが実は死んでなかったという展開も余りにも唐突。本作はハッピーエンドではなく、マウリシオが勘違いから憤った通りの住人に追い詰められて建物から転落死するといったような救いようのない結末にしたり、その他の部分もリアリティーをもっと追求すれば歴史的名作になったであろうポテンシャルがあるので、大変残念に思います。

配役の方もネオレアリズモとは違って、出演しているのはすべてプロの俳優。フランス人のマウリシオ役を演じたアントニオ・ビラール、この人はポルトガル人ですね。本作ではマウリシオが「祖国にいられなくなった酒や煙草をこよなく愛するダンディーな人物」という設定になっていたことから考えると、映画「望郷」のジャン・ギャバンを意識したキャラではなかったかと思われます。ピラール役のマリア・アンパーロは両親も俳優であった芸能一家の出身で、本名のフルネームはMaría Amparo Rivelles Ladrón de Guevara(汗)。スペイン人の名前は、名前、洗礼名、父方の苗字、母方の苗字と続くのでとても長いんですが、この女優の場合、Ladrón de Guevara が母方の苗字。Ladrón は今のスペイン語では泥棒の意味なので、先祖は泥棒だったのかって思いがちなんですけども、Ladrón de Guevara は12世紀頃からバスク地方の貴族の家系で受け継がれてきた由緒ある苗字なんですよね。この他、マノーロ・モラーンやホセ・マリア・プラダ、フェリス・フェルナンデスといった脇役たちは、フランコ将軍の独裁政権時代を通じて数多くのスペイン映画に出演した有名俳優。

次に本作の舞台の話を少々。劇中での設定はバルセロナのバリオ・チーノですが、ピラールが働く食堂やその食堂が面している通りは、かつてマドリード郊外のシウダー・リネアル(Ciudad Lineal) にあったCEA(Cinematografia Española Americana、1966年に閉鎖)という映画スタジオでセットを組んで撮影されました。ですが、部分的にバルセロナでロケ撮影されているシーンもあり、10分過ぎにマウリシオが歩いている通りはバルセロナ旧市街の中心にあるランブラス通り。11分過ぎに出てくるマノーロが物売りをしている広場はランブラス通りの南端にあるコロンブス記念塔が建つ広場。46分過ぎに登場の劇場はカタルーニャ音楽堂でしょう。映画を観た限り、これらの場所は本物に見えましたので、バルセロナでロケ撮影したことは間違いないかと思います。本作の舞台となっているバリオ・チーノ、劇中のものは前述のとおりセットですが、実際にバリオ・チーノという街区はバルセロナにあり、30分前あたりでピラールが街のことについてマウリシオに「Antes de venir a él lo aborrecía, hasta me daba miedo su nombre, el Barrio Chino. Creía encontrar criminales con coleta en cada esquina.… Hay gentes que son malas, pero hay gentes que también son buenas, que trabajan, que luchan, como en cualquier otro barrio de la ciudad. Solo que aquí parece que se ayudan más unos a otros. No cree usted?・ここへ来る前は中国人街って名前が怖かったし嫌いだったわ。どの街角にも髷を結った犯罪者がいるんだって思ってたもの。…ここには悪い人たちもいい人たちもいる。他の街と同じように働き、喧嘩する人がね。でもここでは皆が互いに助け合ってように思えるわ。あなたはそう思わない?」と話していますけど、実際には人情の街としてではなく、悪人ばかりが暮らす危険な街として長らく悪名を馳せていました(余談ですが、ここではまだピラールがマウリシオに対しtu ではなくusted で話していますので、二人の間にはまだ心理的距離間があることが分かります)。バリオ・チーノBarrio Chino は日本語にすればずばり中国人街。つまりチャイナ・タウンのことですが、世界中の他のチャイナタウンのように中国人が集って住んでいた訳ではありません。僕は1987年、88年とバルセロナで暮らしていたことがあって、バリオ・チーノにあったSimago というスーパーマーケットへ良く買物に行ってたんですけども、バリオ・チーノで中国人を見たことも中国系の店を見たことも無かったです。その頃もバリオ・チーノには麻薬の売人や常習者、売春婦がたくさん暮らしていて、世間では治安の良くない地域だとされていましたが、僕自身は治安が悪いと感じたことは一度もありませんでした。少なくとも、最近の中南米の危険地帯のようにいきなり銃で撃たれるってな可能性は限りなくゼロだったし、出くわしたとしてもナイフ強盗くらいでしたから(笑)。因みにバリオ・チーノは1992年に開催されたバルセロナ・オリンピックを機に再開発が進み、今はラバル地区(El Raval)と呼んでいるそうです。長らくバルセロナを訪れていませんが、随分と街の姿が変わってるんでしょうね。ペセタからユーロに変わってから以降のスペインにはまったく興味は湧きませんけども…。

では最後に、再び本作の題名について。この映画の原題は冒頭で述べたとおり「La calle sin sol ・陽のない通り」ですが、今回はなぜそのようなタイトルが付けられたのかについて考えてみたいと思います。恐らく、その鍵となるのが23分過ぎに出てくるシーン。狭い通りの壁際に立って歌を歌って小銭を稼いでいる物乞いと盲目のその妻が陽光に照らされ始めると、ピラールがその陽光を求めて店から飛び出し彼らの横に並ぶシーンです。なぜ、ピラールがそんなことをしたかと言うと、5階、6階といった石造りの高層の集合住宅が密集しているバリオ・チーノの細い通りでは、物理的に通りの路面に陽が差すのは一日の中でほんの数分だから。この日照時間は通りの建物が倒壊して無くなりでもしない限り不変ですから、このシーンは自分たちの運命は既に決まっていて、どんなに努力しても変えられないという暗喩だと考えられますが、逆に、太陽は物乞いのような社会の最下層の人間に対しても、それがたとえ一日のほんの数分であっても平等に照らすとも受け取れるでしょう。まあ、この映画の終わりがハッピーエンドであることを考えると、後者の理解で良いのではないかという気が僕にはしますが。あぁぁー、スペインの映画を久し振りに見たら、ヨーロッパからのけものにされていた昔のスペインが懐かしく、そして恋しくもなってきました。映画って、ほんと恐ろしいものですね。それでは皆さん、グッバイ、アディオス、チ・べディアーモ!

第17回 死刑台のエレベーター

原題:Ascenseur pour l’échafaud
公開年/製作国/本編上映時間:1958年/フランス/91分
監督:Louis Malle(ルイ・マル)
主な出演者:Jeanne Moreau(ジャンヌ・モロー)、Maurice Ronet (モーリス・ロネ)、Georges Poujouly(ジョルジュ・プージュリイ)、Yori Bertin(ヨリ・ベルタン)、Lino Ventura(リノ・ヴァンチュラ)、Iván Petrovich(イワン・ペテロビッチ)

【ストーリー】
1950年代のパリ。裕福な実業家であるシモン・カララにはフロランス(ジャンヌ・モロー)という歳の離れた美しい妻がいるが、フロランスが愛しているのはシモンが信頼を置く彼の部下、ジュリアン・タベルニエ(モーリス・ロネ)であった。ジュリアンを強く愛するフロランスは、邪魔者であるシモンを亡き者にするだけでなくその遺産も得るという一石二鳥を狙ってジュリアンに夫を殺害するよう唆し、頭脳明晰であるだけでなく、フランス軍の将校としてインドシナ戦争で戦った経験から度胸と行動力も備わっているジュリアンは、勤め先の会社の建物を舞台にした完全犯罪の計画を二人の未来の為に練り上げる。その計画とは、社員が早く退社する土曜日を狙い、常に最後に事務所を後にする電話交換手に声をかけてアリバイ作りをした上で、自らの執務室のバルコニーから錨付きのロープを使ってシモンがいる一階上の社長室へ侵入。シモンを射殺したあと拳銃を彼の手に握らせて自殺したように見せかけ、部屋を密室状態にする細工をしてから再びロープを伝って執務室に戻り、電話交換手からの退出確認の電話を待つというものであった。首尾よく事を成し遂げたジュリアンは、電話交換手と建物の管理人と共にエレベーターで階下へ向かい、フロランスと落ち合うことになっている約束のカフェへ愛車で向かおうとするが、車のエンジンをかけたその時、職場の建物を見上げた彼の目に見えたのは、建物の階上で風になびく錨付きのロープであった。そのロープを始末しておかなければ完全犯罪が達成できないことから、ジュリアンは車から飛び降りて再び自らの職務室へ向かうが、皮肉にもその瞬間から彼の完全犯罪の瓦解が始まる。

【四方山話】
今回も映画のタイトルの話題でスタート!本作の原題は「Ascenseur pour l’échafaud」。で、いつも問題となる邦題は「死刑台のエレベーター」。そのまんまの直訳なので先ずは良しとしておきましょう(合格じゃねえのかよ!)。échafaud は確かにフランス語で「死刑台、処刑台」という意味ですが、フランスの場合は「処刑台=ギロチン台」のこと。なぜかと言うと、フランスが1981年に死刑制度を廃止するまで、すべての死刑がギロチンを使って行われていたからです。20世紀後半になってもギロチンで処刑ですよ、ギロチンですよ!ギロチン!(←しつこいぞ)マリー・アントワネットの処刑じゃあるまいし、コワ過ぎます(笑)。フランスのことを民度が高い国だなんて勝手に思い込んでいる日本人が多いようですが、それは大きな間違い。フランス人が(って言うか、イギリスやベルギー、オランダ、ドイツなどの欧州各国の人間もそうですが)植民地で繰り広げた残虐非道な行いは日本の植民地支配の悪行など足元にも及ばぬもので、フランスってのは元から野蛮な国なんです。1939年までは、公開処刑なんてことも平気でやってましたしね。処刑を一般公開するだなんて「江戸時代か!」って突っ込みたくなりますね(笑)。とは言え、本作が撮影された1950年代後半のフランスでは既に「人を一人殺したから即死刑」というようなことはなく、死刑判決が出されること自体もその執行も数えるほどになっていました。なので、この映画のタイトルの一部となっているéchafaud は、死刑台と言うよりは絶望的な状況の比喩と考える方が自然。冒頭で「先ずは良しとしておきましょう」と書いたのはその為です。

本作は歴史的名画ということに世間ではなっていますけども、僕にはそう思えません。ストーリーなんて凡庸、と言うよりも最初から破綻してますね(笑)。白昼堂々、錨付きのロープを使ってビルの外壁を伝って社長室へ侵入だなんてスパイダーマンも顔負け。パリの中心部でそんなことをして目撃者が出ない筈がありません。社長を射殺して自殺に見せかけるっていうのも噴飯もの。いくらフランス人が無能であっても、1950年代後半のフランスの警察に遺体に付着する硝煙反応や遺体に撃ち込まれた弾丸の入射角といった知識が無かったとは思えません。コナン・ドイル時代の探偵小説じゃあるまいし、あんなやり方では100%、自殺ではないと直ぐに断定されることになるでしょう。ジュリアンの車を盗んだ青年ルイ(ジョルジュ・プージュリイ)がモーテルでドイツ人旅行者(イワン・ペテロビッチ)を射殺することになったそもそもの原因も、ジュリアンの車のグローブボックスに拳銃が入っていたからですが、ゴダールの「勝手にしやがれ」もそうですけど、フランスの車ってのはいつもグローブボックスに拳銃が入ってるもんなんですね。笑えます。他にも突っ込みどころは満載ですが、それでも尚この映画が名作とされているのは、ゴダールより先に手持ちカメラを使って画面に臨場感とリアリティーを与えたからでしょうね。まあ、それだけでなくどんでん返しの結末も一応用意されてますし(笑)、深いことは考えずに娯楽映画として鑑賞するのであれば十分に楽しめます。「そんなにコケにするなら、ここで紹介しなくていいじゃないか!」と思った方もおられるでしょうが、僕が本作を紹介したのには理由があります。それはスクリーンに映し出される映像と背後で流れるトランペットの音色が見事に調和していることに驚愕したからです。しかも、そのトランペットを演奏しているのは、あの天才ジャズ奏者マイルス・デイビスで、本作のプレビューを見ながら即興で演奏したって言うんですから、やはり彼は神としか言いようがありません。その演奏を聴く為だけでも、本作を観る価値はあるのです。

しかし、この映画にはもっと驚くべき事実が実はあります。既に女優デビューしていたジャンヌ・モローを主演に起用したり、音楽をマイルス・デイビスに依頼したりと、随分と予算に恵まれていたんだなと思いきや、この映画、監督をしたルイ・マルの自主製作映画だったそうなんです!つまりは、自らのポケットマネーで映画を撮ったっていうことですね(汗)。なぜにそんなことができたのかと言うと、ルイ・マルが大富豪の子息、つまりは、関西で言うところの「ええとこのぼん」だったから。彼の祖父で貴族出身のアンリ・ベギンは砂糖会社「ベギン」を創業して一財産を築いた人で、叔父のフェルディナンドが事業を多角化させてさらに富を増したベギン一族は、正真正銘の大富豪であったのです。後にフェルディナンドがベギン社とセイ社と合併させて作ったベギン・セイ社(Béghin Say)は現在でもフランスで有名な砂糖製造会社ですが、資本は既に他社に買収されていてベギン家は現在経営に携わっていません。

では次に、本作の目ぼしい出演者たちをご紹介しておきましょう。社長夫人のフロランス役を演じたジャンヌ・モローは本作撮影時はまだアラサーでしたが、画面の中の彼女は既にマダムの貫禄ありでしたね。この人は純フランス人女優というイメージが強いですけど、彼女の母親はイギリス人でパリのキャバレーの踊り子だったそう。そう言えば何の因果か、モローはジャン・ギャバン主演の「現金に手を出すな(Touchez pas au Grisbi)」でキャバレー(バーレスク)の踊り子を演じていました。フロランスにけしかけられて社長を殺すことになるジュリアン役のモーリス・ロネはこの映画出演によって脇役から主演級の役者へと飛躍を遂げますが、本作ではエレベーターに閉じ込められているだけなので、演技力はあまり必要なかったですね(笑)。僕の中では「太陽がいっぱい」でアラン・ドロンに殺されるフィリップ・グリーンリーフ役の彼の方が印象に残っています。それと、渋い刑事役を演じたリノ・ヴァンチュラはイタリア人。彼は元プロレスラーで、怪我で引退後に「現金に手を出すな」に出演し、ジャン・ギャバンにその演技力を認められて本格的に俳優の道に入りました。なかなか味のある役者です。モーテルでルイに射殺されるドイツ人旅行者役を演じたイワン・ペテロビッチ、この人もフランス人ではなく、オーストリア・ハンガリー帝国で生まれたセルビア人。劇中ではガルウイングのメルセデス300SL に乗って国道をぶっ飛ばしていましたが「おいおい、そんな爺さんこの世にいるのかよ」って感じでしたね(笑)。

さてと、今回の最後は、映画の舞台について少し話して締め括ることにしましょう。本作では手持ちカメラが多用されているとおり、多くのシーンが実際のパリ市内でロケ撮影されています。殺人の舞台となるビルはクールセール通り(Rue de Courcelles)にあったオフィス・ビル。現在もビルの建物自体は残っていますが、外壁がリノベーションされているので、見た目は近代的なビルに生まれ変わっていて過去の面影はほとんどありません。ジュリアンの車を盗むルイ(ジョルジュ・プージュリイ)の彼女ベロニク(ヨリ・ベルタン)が働いているのは、このビルの斜め前の建物の1階にある花屋(Boulevard Haussmann とRue de Courcelles の角)。驚くべきことに現在も「Rene Veyrat」の店名で花屋として営業中。ジュリアンとフロランスが待ち合わせをしている「Café Royal Camée」はオスマン大通りの182番地(Boulevard Haussmann)。現在も同じ場所にカフェは残っていますが店名は「da Alfredo」に変わっており、外観も撮影時の姿を留めていません。ベロニクが暮らすアパートがあるのはグルネル通り55番地(55 Boulevard de Grenelle)。ここの建物も現存しており、装飾が施された印象的な入口のドアが撮影時と変わらぬままの姿で残っています。51分前に出てくるルイとベロニクがメルセデスを乗り捨てる橋、橋の中央に沿って地下鉄(メトロ6号線)の高架が設けられているという珍しい構造になってますが、これはエッフェル塔の近くにあるビラケム橋(Pont de Bir-Hakeim)ですね。そして最後に、ルイがドイツ人旅行者を射殺するパリ郊外という設定のモーテルですが、ここだけはパリではなく(当時、パリにモーテルは存在しなかった)ドーバー海峡に面したパ・ド・カレー県のル・トゥケ(Le Touquet)という海辺のリゾート地でロケ撮影したそう。現在もこのモーテルは当時と同じ姿で残っていて「Résidence du Golf」という名で営業しているようです。このように、ロケ地を探し出し、Google map のstreet view を使って訪ね回ることができるのは今のハイテク時代を生きる映画ファンの特権。興味を持った方は是非とも試してみてください。それでは皆さん、グッバイ、アディオス、チ・べディアーモ!

第18回 ハスラー

原題:The Hustler
公開年/製作国/本編上映時間:1961年/アメリカ/136分
監督:Robert Rossen(ロバート・ロッセン)
主な出演者:Paul Newman(ポール・ニューマン)、Piper Laurie(パイパー・ローリー)、George C. Scott(ジョージ・シー・スコット)、Jackie Gleason(ジャッキー・グリーソン)、Myron McCormick(マイロン・マコーミック)、Michael Constantine(マイケル・コンスタンチン)

【ストーリー】
カリフォルニア州オークランド出身のファスト・エディ(早衝きエディ)こと若きエディ・フェルソン(ポール・ニューマン)は、父親ほど歳の離れた相棒チャーリー・バーンズ(マイロン・マコーミック)と共にビリヤード賭博で金を稼ぎながら全米を渡り歩くハスラー(博打うち)だ。ビリヤード賭博と言っても、二人が得意としているのはビリヤードが下手な振りをして素人のビリヤード打ちに賭けを挑み、適当に負け続けた後に掛け金を釣り上げたうえで、たまたまツキがあったように装ってショットを決め、相手から金をまきあげるという詐欺同然のやり口である。その日、とある街のビリヤード場を訪れたエディはいつものようにそこにいた客の一人ビッグ・ジョン(マイケル・コンスタンチン)をカモにしようとするが、直ぐに自らの正体を見破られ、逆にその店で15年負け無しという伝説の男ミネソタ・ファッツ(ジャッキー・グリーソン)に挑んだらどうなんだとけしかけられる。ビリヤードなら誰にも負けないと自負している血気盛んなエディはすぐさまビッグ・ジョンの言葉に反発し、その夜、ミネソタ・ファッツに対戦を申し込む。エディが持つ自らのビリヤードの実力に対する絶対的な自信のとおりゲームは彼の優勢で進み、翌朝には1万ドル以上もの勝ち金を手にするが、金よりもファッツを完璧に打ち負かすことにこだわるエディは「ゲームは終わりだ」とファッツが言うまでは試合を続けると言い張る。すると、ファッツの掛け金の後ろ盾でゲームの成り生きを見守っていたギャンブラーのバート・ゴードン(ジョージ・シー・スコット)が「このガキといろ(試合を続けろ)、奴は負け犬だ」とファッツに向かって静かに声をかけ、その言葉を耳にしたのを機にエディはプレッシャーに耐えきれなくなって深酒を始めてしまい、ゲームが始まって25時間が経過した時、彼の手元に残っていたのは僅か2百ドルだった。エディはその2百ドルをも差し出して試合を続けようとするが、睡眠不足と深酒でまともに球を衝けない彼に既に勝ち目はなく、ファッツは「ゲームは終わりだ」という言葉を残して去って行く。チャーリーの忠告に従わずにゲームを続けて持ち金のほとんどを失ったばかりか、ファッツに完全敗北してプライドまでズタズタになったエディは、ホテルの部屋で眠るチャーリーに声もかけずに逃げ出し、荷物を手にバス・ターミナルへ向かう。エディがターミナル内のコインロッカーに荷物を預けていた時、その目に留まったのは朝から酒をあおっていた若い女性のサラ・パッカード(パイパー・ローリー)で、彼女に声をかけたエディは、自分の中にある弱さを酒で紛らわせているように見える彼女と自分の姿とが重なるように思えて親近感を抱く。程なくしてエディはサラのアパートの部屋に転がり込んで同棲生活を始め、子供の頃に罹患したポリオの後遺症によって彼女が足に軽い障害を持っていることや、そんなサラを捨てた父親が罪滅ぼしとして送金してくる金で彼女が生活していることを知る。それから暫くしたある日、エディの居場所を見つけたチャーリーがサラの部屋に現れ、以前と同じようにビリヤード賭博で各地を回って稼ごうと提案するが、ファッツとの再戦に燃えるエディはその元手となる賭け金をよこせとチャーリーに迫る。しかし、チャーリーに拒否され「おいぼれて一人で死んでいきやがれ」と怒って彼を追い返したエディは、そのあと、ビールを飲みに立ち寄ったバーで偶然にもバート・ゴードンと再会、エディのビリヤードの腕前が確かなものであることが分かっていたゴードンはファッツに再戦する為に最低限必要な3千ドルの賭け金を用意してやるからやってみろと唆す。しかし、勝ち金の75%もを要求する強欲なバートに怒りを覚えたエディは、自らで元手の金を用意しようと街の小さな飲み屋でいつものビリヤード詐欺を地元のチンピラ相手に始めるも、バートの「おまえの噂は広まってる。場所を間違うとやられちまうぞ」という忠告どおり、プロのビリヤード打ちであることがばれてしまい、罰として親指を折られたエディは骨折した指を抱えてサラの部屋に向かう。助けを求める彼を部屋に招き入れて献身的な介護を続けたサラは、エディを愛していることに気付いて何度もそのことを言葉にして伝えるが、勝負の世界で相手を打ち負かすことしか考えてこなかったエディは、彼女の気持ちにどう応えて良いのか分からない。そればかりか、数カ月が経過して親指が回復したエディがサラをさて置き向かった先はバートのもとであった。彼から資金援助を受けてファッツと再戦することを決意したのである。エディの申し出を快諾したバートは、競馬の有名レースが開催中のケンタッキー州のルイビルへエディを連れて行って地元の金持ち相手に資金稼ぎをすることにするが、狂った勝負の世界に戻って欲しくないサラは行かないで欲しいとエディに懇願。結局、サラを同行させることにしたエディは、バート共に3人でルイヴィルへ向かう。しかし、そのあと彼を待ち受けていたのは、思いもよらない悲劇と意味の無い栄光であった。

【四方山話】
ポール・ニューマンが出演している映画の中で名作と呼べるのは、僕の中では「Cool Hand Luke(邦題は意味不明なので記しません・笑)」一択なんですがあの作品はカラーなので、ちょっと上映時間が長いのが玉に瑕ですけども、今回はこの「ハスラー(The Hustler)」を選びました。英語のhustler という言葉、普通は「努力して成果を上げる人」という意味で使われますが、スラングだと「博打うち、詐欺師、売春婦、泥棒」といった意味にもなります。動詞のhustle も本来は「張り切る、頑張る、精を出す」といった意味ですが、同じように「博打で稼ぐ、博打で生計を立てる、騙し取る、人をひっかける」という意でも使われ、本作では11分30秒過ぎに出てくるシーンでビッグ・ジョンが「I’m not trying to hustle. I don’t never hustle people that walk into poolrooms with leather satchels. Don’t try to hustle me ・俺は金をまきあげる真似なんかしようとしてねえ。革鞄を手にビリヤード場へやって来る人をカモにするなんてことは絶対にしねえんだ。俺をひっかけようなんてことはやめときな」という台詞を口にしているように、hustle を「不正な手段で人から金をまきあげる」というニュアンスで使っていますから、本作のタイトルのhustler には博打うちと詐欺師の両方の意味が込められているのでしょう。

この映画で僕が面白いと思ったのは、作品を理解する上で重要と思える台詞が場面のところどころに出てくるところでして、今回は少し趣向を変え、それらの台詞を見て行くことにしてみましょう。先ずは24分前にエディと死闘中のファッツが「Go down and get me some White Tavern whisky, a glass, and some ice ・下へ行ってウイスキーのホワイト・タヴァーンを取って来てくれ。グラスと氷もな」と言って酒を注文し、エディも待ってましたとばかりに「Go on down and get me some bourbon. J. T. S. Brown. No ice, no glass・下へ行ってバーボンのJTS ブラウンを取って来てくれ。氷もグラスも無しでだ」と応じるシーン。これがエディの失敗の始まりとなりますが、ファッツの作戦であったのなら彼の方が一枚上手であったと言えますね。でも、勝負師が真剣勝負の最中に酒を口にするなんてことは絶対にあり得ませんから、かなりリアリティーに欠けます。そもそも、強い酒を飲んでビリヤードなんかしたら、たちまち集中力が維持できなくなってショットが決まらなくなりますし(笑)。因みに、JTS ブラウンというバーボンは日本では馴染みはありませんが、アメリカでは伝統のある銘柄。ホワイト・タヴァーンという名のウイスキーは聞いたことが無いですけども、White Tavern American Whisky という酒が実在していたようです(原作の小説ではWhite Horse になってます)。この対決でエディが失う金額は1万8千ドル。当時、シボレー・コルベット(V8エンジン搭載のオープン・スポーツカー)の新車が2千8百ドル程度、エディがチャーリーと別れたあとしばらく身を寄せていたおんぼろホテルの部屋代が1週間あたり7ドルと劇中で言ってましたから、如何に大金であったかが分かるでしょう。お次は68分前にサラが口にする「You told Charlie to lay down and die. Will you say that to me too?・あなた、チャーリーに死にやがれっ言ってたけど、あたしにも同じことを言ってくれない?」という台詞。ここからは少しネタバレが入りますが、この言葉はサラに自殺願望があることを匂わす伏線であると受け止めることができ、サラが自殺した後、ラストのシーンでバートがエディに言った「If it didn’t happen in Louisville, it’d happened someplace else. If it didn’t happen now, it’d happen six months from now. That’s the kinda dame she was ・ルイビルで起こってなかっても、どこか別のところで起こってた。今起こってなくても、半年以内には起こってたさ。彼女はそういう女だったんだ」という言葉ともつながります。そして、続きましては72分過ぎのバートとエディの以下のような会話。

バート:Eddie, you’re a born loser. / エディ、おまえは生まれもっての負け犬さ。
エディ:What’s that supposed to mean? / 何が言いたいんだ?
バート: First time in ten years I ever saw Minnesota Fats hooked, really hooked. But you let him off. / ミネソタ・ファッツがマジで手こずってんのを見たのは10年振りだったんだぜ。なのに、おまえは奴を負かせなかった。
エディ: I told you. I got drunk. / 言ったろ、酔っ払っちまったって。
バート: Sure, you got drunk. That’s the best excuse in the world for losing. No trouble losing when you got a good excuse. And winning! That can be heavy on your back too. Like a monkey. You drop that load too when you got an excuse. All you gotta do is learn to feel sorry for yourself. It’s one of the best indoor sports, feeling sorry for yourself, a sport enjoyed by all, especially the born losers. / 確かにおまえは酔っ払ってたさ。でもそれは負けた時の最高の言い訳ってやつだ。うまい言い訳があれば、負けても問題なしだからな。そして、勝利!勝利ってのは厄介な重荷にもなるが、おまえは言い訳さえあればその重荷も下ろす。おまえが学ばなきゃならねえことは自分を哀れむ憐れむことさ。ビリヤードは最高の室内競技のひとつだ、自分を憐れに感じながら、誰もが楽しむ競技なのさ、特に生まれもっての負け犬がな。

バートのこの長台詞は哲学的過ぎて(笑)ちょっと難しいですが、要は「勝つためには自分の姿を見つめろ」ということでしょう。つまり「自己実現には自己認識が不可欠」という世の鉄則です。ここのシーンが興味深いのは、バートのこの台詞はエディだけでなくサラに対しても当てはまるのだという製作者の意図があるように僕には思えるから。ポリオで不自由になった足のせいで転ぶことが多い事実を酒を飲んだ所為にしている彼女は、エディと同じ穴の狢なのです。唯一、二人が違っているのは情熱を傾ける何かを持っているかいないかであり、だからこそサラは、指を折られた後も「ビリヤードを本気でやっている時だけ最高の気分になれる」と熱く語るエディに向かって「You’re not a loser, Eddie. You’re a winner. Some men never get to feel that way about anything. I love you, Eddie ・あなたは負け犬なんかじゃないわ、勝者よ。何に対してもそんなふうに思える男は少ないもの。愛してるわ、エディ」と言ったのではないでしょうか。ここではSome men と彼女は言っていますが、それは取りも直さず彼女自身のことであり、恐らく彼女は気付いたのです。自分もエディを本気で愛する(情熱を傾ける)ことで負け犬根性から抜け出せるのではないのかと(←あくまでも個人の意見です・汗)。なのに彼女は、結局、自殺という道を選んでしまう。なぜだったのでしょう?ようやく彼女が自己認識を始めた矢先、賭けビリヤードという道徳的に破綻した世界に舞い戻ったエディに自分は見捨てられたと思い込んで絶望したから(父親に見捨てられた経験のあるサラは、もしエディに見捨てられるようなことにでもなればその苦しみを乗り越える自信も気力も無かった)というのが僕の考え。サラは死ぬ前に「Perverted, twisted, crippled ・歪んでて、ひねくれてて、麻痺してる」という言葉を洗面所の鏡に口紅でなぐり書きしていますが、これにも伏線があって101分過ぎ、バートがサラに何か耳打ちをするや彼女が彼にグラスを投げつけて激しく取り乱すというシーンが出てきます。バートが何を囁いたのかは分かりませんけども、僕は「エディが最後に選ぶのは君ではなくビリヤードだ」みたいなことを言ったのではないかと想像します。つまり、バートはサラに現実を認めるよう迫った訳です。そして、114分過ぎ、サラはエディに向かって「That man, this place, the people. They wear masks, Eddie. And underneath the masks they’re perverted, twisted, crippled ・あの男もこの場所もそこにいる人々も、仮面をかぶってるのよ、エディ。仮面の下のあの人たちは歪んでて、ひねくれてて、麻痺してるの」と言いますが、この時の彼女の言葉は明らかにエディが舞い戻ろうとしている狂った世界に対する非難であり、彼に対する警鐘であった筈です。なのにサラがこのperverted, twisted, crippled という同じ言葉を遺言のように書き残して自殺したのは、この言葉が同時に彼女自身の絶望と自己嫌悪を表すものであったからでしょう(エディに対してcrippled と言った時は恐らく道徳的な麻痺を意味していたのに対し、鏡に書いたcrippled は自らの身体的な障害をそこに重ね合わせたのだと思われます)。結局、彼女はそれを言い訳にして現実から逃げてしまった訳ですが、エディはその残酷な現実に直面したからこそ、ファッツとの再戦で勝利できた(彼はもはや負ける言い訳を探すことがなかった)。僕はそう理解しています。

さて、お次はいつもの出演者紹介へ。「ハスラー」に出演する前のポール・ニューマンは、そのハンサムな見た目もあってジェームス・ディーンやマーロン・ブランドの二番煎じという評価しか受けていませんでしたが、本作で自分の望むものを手に入れるためならどんな手段でも選ぶ野心家で、自滅的で、傲慢なファスト・エディの役を巧みに演じたことでその評価から脱し、一気にスターダムを駆け上がりました。実はポール・ニューマン、アメリカでは俳優以外の別の顔を幾つか持っていた人で、アメリカのスーパーへ行くと彼の似顔絵がラベルに印刷されたドレッシングを見かけることがありますけど、あれは「Newman’s Own」という彼が1982年に興した非営利食品会社の製品。この会社は今も存続していて、これまでに6億ドル以上を全米各地の慈善団体に寄付したとされています。ミネソタ・ファッツ役のジャッキー・グリーソンは、本作ではシリアスな演技をしていますが、本来はコメディアンだった人。映画よりもテレビのお笑い番組で活躍しました。狡猾で道徳心の欠片もない拝金主義者バート・ゴードン役のジョージ・シー・スコットの演技もニューマンに負けず劣らずの素晴らしいものですが、スクリーンを見ているとどうしてもパットン将軍の姿がだぶってしまいますね(笑)。そして、紅一点のサラ・パッカードを演じたパイパー・ローリー、本作の撮影時はアラサーでした。この女優の演技も悪くはないですが、伝説のホラー映画「キャリー」でキャリーの母親、キリスト教原理主義の狂信者マーガレット役を演じていた時の方が印象は強かったですね。余談ですがパイパー・ローリー、あの超ダイコン役者ロナルド・レーガン(第40代米国大統領)に処女を捧げたと自伝の中で告白しています(笑)。

それと、本作ではファッツとの再戦が行われるのがケンタッキー州のルイビルであると劇中で述べられていますけども、ルイビルへ行く前の舞台がどこの街であるのかは明言されていません。冒頭の田舎町のバー(Homestead Bar & Grill)で客をカモにするシーンがピッツバーグへ向かう途中という設定になっていましたから、そこから考えればピッツバーグということになりますが、映画のロケ撮影はルイビルの部分を除けばほとんどがニューヨーク市で行われました。最初と最後にエディがファッツと対戦するビリヤード場「Ames Billiard Academy」もニューヨーク市のブロードウェイに建っていたホテル・クラリッジの2階に実際にあった同名のビリヤード場(ホテルの建物自体が1970年に取り壊された為、今はありません)。このホテルは、映画「真夜中のカーボーイ(Midnight Cowboy)」でジョン・ボイトが演じた田舎者のジョー・バックが劇中でニューヨークへ来て最初に泊まったホテルとしても有名です。9分30秒前に出てくるビリヤード場のキャッシャー係役の老人は当時のAmes Billiard Academy の本物の店主。エディに「バーはないのかい?」と訊かれて「No bar, no pinball machines, no bowling alleys. Just pool. Nothing else. This is Ames, mister ・バーもない、ピンボール台もない、ボーリングのレーンもない。ビリヤード以外には何もない。ここはエイムスなんだよ、旦那」という彼の答えた台詞に実感がこもっていたのも頷けます。38分過ぎに登場のエディがサラに初めて出会うバスターミナルは、マンハッタン中心部、マディソン・スクエア・ガーデンに面したペン駅の傍にあったグレイハウンドのバスターミナルで、劇中に出てきたカフェは撮影の為だけに現場で作られたものだそう。あまりにもリアルに出来ていたので、撮影中、バス待ちの乗客たちが間違えて何度も入ってきたという逸話が伝わっています(このバスターミナルも1963年に取り壊されたので現存しません)。ルイビルでエディたちが宿泊しているホテルはケンタッキー州ルイビルにあるシールバッハ・ホテル(Seelbach Hotel)。こちらは現存していて今もSeelbach Hilton Louisville として営業中。

と、今回はなんだか話が長くなってしまったので、最後に本作に出てくるビリヤードの話を少しして終わりにしましょう。劇中、エディが得意にしているのは「ナインボール」全盛の日本とはちょっと違う「ストレート・プール」呼ばれるゲーム。まず先攻を決めてブレイクし、的球を好きに選んでコールショット(的球指名)でポケットに落としていきます。どの的球でもポケットに入れれば1点。球が最後のひとつになったら落とした14個の的球を先頭を除いて組み、最後の的球を狙いつつブレイクしてゲームを継続するというものです。つまり、このままでは永遠にゲームが終わりませんので、100点や150点というゴールを決め、その点を先取したプレーヤーが勝ちというルール。しかも、セーフと言って、球をポケットに落とさず手玉を敢えて対戦相手の衝きにくい位置へ飛ばしたりもするので、必然的にプレー時間が長くなっていきますね(汗)。本作では、1941年から1957年の間にストレート・プール選手権の世界大会で19回優勝した伝説のプロビリヤード選手ウィリー・モスコーニ(Willie Mosconi)がビリヤードのシーンの技術指導を担当していて、劇中で顔が映らない部分のトリックショットなども彼が俳優たちに代わって球を衝きました。モスコーニにはルドルフ・ワンダローネ(Rudolf Wanderone)というライバル選手がいて、そのワンダローネこそがミネソタ・ファッツのモデルとなった人(当時の彼の愛称はニューヨーク・ファッツ、つまり、ニューヨークのデブ・笑)。ファッツ役のジャッキー・グリーソンは若い頃からビリヤード賭博をしていた人なので、プレーの指導も特に受けることなく劇中でも本人がショットを決めていますが、ポール・ニューマンはビリヤードの未経験者であった為、モスコーニから猛特訓を受けたそう。このモスコーニ、本作でカメオ出演をしていて、23分過ぎ、エディとファッツの試合を観戦する客の一人として登場しています。僕も昔、ビリヤードがうまくなりたくて、強烈なブレークショットで有名だった女子プロの光岡純子先生に教えてもらっていた時期が少しあったんですが、光岡先生はビリヤードが上手いだけでなく頭脳明晰で英語もペラペラという尊敬に値する方でした。もう二十年近くお会いしてませんが、元気にされているでしょうかね?それでは皆さん、グッバイ、アディオス、チ・べディアーモ!

第19回 にがい米

原題:Riso amaro
公開年/製作国/本編上映時間:1949年/イタリア/108分
監督:Giuseppe De Santis( ジュゼッペ・デ・サンティス)
主な出演者:Silvana Mangano(シルヴァーナ・マンガーノ)、Doris Dowling(ドリス・ダウリング)、 Vittorio Gassman(ヴィットリオ・ガスマン)、Raf Vallone(ラフ・ヴァローネ)

【ストーリー】
第二次世界大戦が終わって間もないイタリア北部。その年の5月もまた、中世から数百年続いてきた一大行事の幕が上がろうとしていた。モンディーナと呼ばれる田植え作業を専門にする女性の季節労働者たちが、幾何かの糧を得るべくピエモンテ州の水田地帯へ一斉に向かうのである。そんな最中、米の一大産地であるヴェルチェッリへと向かう列車に乗り込むモンディーナたちでごった返すトリノ駅で、その日、乗客たちの姿に目を光らせている男たちがいた。奉公先で高価なネックレスを盗んだ女中のフランチェスカと彼女のヒモで窃盗を唆した札付きの悪党ワルテルを追っている私服刑事たちである。程なくして、首尾よくワルテルを見つけ出した刑事は、人混みの中で彼に背後から拳銃を突き付けて拘束しようとしたものの、不意を突かれて取り逃がしてしまう。その直後、フランチェスカと駅のホームで落ち合ったワルテルは、列車の傍らでブギウギを踊っていた若いモンディーナの一人シルヴァーナの踊りの相手をして刑事の目から逃れようとするが再び見つかってしまい逃亡、一人残されたフランチェスカは、モンディーナたちに紛れて逃亡することを決意、そのまま彼女たちと同じ列車に乗り込む。フランチェスカが駅でブギウギを踊った相手の男とホームで抱擁するのを目撃していたシルヴァーナは、列車内で何かとフランチェスカの世話を焼き、農場主に代わってモンディーナを描き集める仕事斡旋人と雇用契約を交わしていない彼女に「仕事斡旋人は人出が足りなくなってくるともぐりのモンディーナでも使う」とアドバイスして、モンディーナたちが滞在する宿舎に同宿させる。宿舎と言っても、普段は軍隊の兵士たちが兵舎として利用しているバラックで、彼らが宿舎を明け渡す際、そこにいた軍務歴10年のベテラン軍曹であるマルコは目の前に現れた美しいシルヴァーナに気を惹かれるが、誠実そうなマルコのことを気に入ったのは、自分がワルテルに利用されているだけであることが既に分かっていたフランチェスカであった。斯くして、40日間続く田植えの作業が始まり、仕事を奪い合う正規のモンディーナたちともぐりのモンディーナたちが対立を乗り越えて一丸となっていく中、作業期間の終わりの日が近付いてきたある日、フランチェスカの居場所を嗅ぎ付けたワルテルが村に姿を現し、今度は自分になびき始めたシルヴァーナを利用して悪事を企み始める。その悪事とは、農場の倉庫内に山積みになっている米を軍のトラックに載せて一度で大量に盗み出すことであった。

【四方山話】
この映画はイタリア映画界のネオ・リアリズモの先駆けとされている作品で、冒頭で映し出されるニュース・フィルムのような水田での壮観な農作業のシーンが印象的です。イタリアでこんなことが行われていたなんて驚きですが、日本の水田と違って畔が少ないので、水田というよりも、なんかブラックタイガーの養殖池みたいに見えなくもありませんね(笑)。そして、この水田で働いている季節労働者たちが本作の主人公であるモンディーナ(mondina、実際は一人ではないのでmondine ですが)。イタリア語の動詞mondare(皮や殻を剥く、雑草を取り除く)の名詞はmonda であり、それをする人がmondino(男性)、mondina(女性)です。日本の水田でも雑草が生えると稲に栄養分が行かなくなったり害虫発生の原因になりますので雑草の除去は米農家の必須の仕事ですけど、それはイタリアでも同じで、モンディーナは田植えもしますが、主な仕事はその名のとおり水田の雑草除去でした。劇中では、冒頭のシーンでモンダが始まったことを伝えるラジオ局のレポーターが、モンディーナはイタリア全土からやって来るあらゆる職業の階層の女性たちだと解説していましたが、実際のモンディーナは北イタリアで暮らす最貧困層の女性たちでした。同じくこのレポーターは田植えには女性の繊細な手が必要であるみたいなことを言ってましたけど、これも嘘で(男性の手でも勿論、田植えはできますね)、水田でのmonnda の仕事が女性の仕事になったのは、単にイタリア北部で一番安くでこき使える余剰労働力が貧困層の女性であったということに他なりません。水田での仕事は、裸足で膝まで水に浸かり、炎天下の下、何時間も腰を曲げたまま作業を続けなくてはならないという大変厳しいものでしたが、それでも希望者がいくらでもいたのは貧困が故。おまけに、パドローニと呼ばれる仕事斡旋人と契約を交わした正規のモンディーナよりも安い報酬で働くもぐりのモンディーナも後を絶たずで、劇中のように両者の対立が起こることがしばしばでした。このように、4月末(劇中では5月になっていましたけども)から6月上旬までの40日間、まさしく馬車馬の如く働くモンディーナたちの唯一の楽しみは歌うこと。劇中でも再現されていたように、皆で故郷の民謡やその替え歌を歌ったり、労働の辛さを即興で歌ったりしていたそうです。但し、モンディーナが実在していた頃の彼女たちの姿を知る人々は、本作のシルヴァーナのようにブギウギを歌って踊るようなモンディーナなど見たことがないし、あり得ないと証言していますので、ブギウギはあくまでも映画の中だけのフィクションということでしょう(レアリズモではないですね・笑)。

そもそも、なぜに北イタリアが米作地帯になったかと言うと、アルプス山脈の雪解け水が大量に流れ込むポー川やその支流の中流域一帯は湿地を形成しており、夏にはそれなりに気温も上昇して高温多湿になるという自然環境が米作に適していたから。北イタリアで誰が米作を始めたのかには諸説ありますが、15世紀にイタリア南部を領有していたアラゴン連合王国(スペイン統一前のスペイン東部、現在のカタルーニャ、バレンシア、アラゴン地方にまたがる領域にあった一王国)から稲作の技術が伝わったようです。確かに、現在のスペインのバレンシア地方も米どころで、北イタリアの水田と同じような景色が広がっています(スペインに稲作をもたらしたのは、8世紀初頭に北アフリカからスペインに侵入したイスラム教徒)。因みに、イタリアの水田では第二次世界大戦後の高度成長期に人手不足から苗の手植えを直接水田に種を播く直播方式にするという大転換が行われ、雑草の除去も農薬が使用されるようになったので、それを機にモンディーナはイタリアから姿を消しました(仮に今の時代にモンダの仕事があっても、そんなきつい仕事の担い手は現在のイタリアでは不法移民くらいですね)。

さて、次に本作の出演者ですが、なんと言ってもシルヴァーナ役のシルヴァーナ・マンガーノが圧倒的な存在感を放っています。スクリーンに映し出されるあのムチムチボディーは(笑)、当時としては衝撃的なものだったでしょう(当然、イタリア国内では瞬く間に彼女がセックス・シンボルとして祭り上げられました)。本作撮影時のマンガーノは18歳、16歳でミス・ローマに選ばれたことだけあってギリシャ彫刻のように美しいですし(劇中ではミス・モンディーナに選ばれていますね・笑)、フサフサ腋毛もお見事。今では腋毛を剃ることは女性のエチケットみたいになってますが、僕が若かりし頃(1980年代)にヨーロッパ諸国を旅行した時は、腋毛を剃っていない女性をまだそこら中の国で見かけました。余談ですが、マンガーノはイタリアのローマ生まれで、父親はシチリア島出身のイタリア人ですが母親はイギリス人。この時代のイタリア映画の常として本作の彼女の声は吹替で、歌を歌っているシーンだけが彼女の地声です。マンガーノの存在感の陰に隠れてしまっていますが、フランチェスカ役を演じたドリス・ダウリングの演技も悪くはありません。彼女はその英語風の名前が示しているとおり、ミシガン州デトロイト生まれのアメリカ人。当時、彼女は俳優の仕事を求めてイタリアに3年ほど暮らしており、イタリア語は話せましたが、勿論、本作の彼女の声も吹替。実はドリス・ダウリングには彼女とそっくりな姉がいて、その姉コンスタンス・ダウリングも女優。この姉妹、私生活では有名人狙いのプレイガールで(ドリスはビリー・ワイルダーの元愛人、コンスタンスはエリア・カザンの元愛人)、本作の役柄とは違って、どちらかと言えば悪女系だった訳です(笑)。本作ではスクリーンに何度も大規模な水田が映し出されるとおり、ピエモンテ州ヴェルチェッリ郊外の本物の水田やヴェナリーア、テヌータ・セルヴェ、オルタ・サン・ジュリオといった村々でロケ撮影が行われました。冒頭に出てくるトリノ駅は恐らく、本物のトリノ駅ではなく前述のロケ地のどこかにあった最寄りの駅ではないかと思われます。

ではでは、今回は最後に映画のタイトルについて話して締め括りにしましょう。と言っても、いつものような邦題に対する愚痴ではありません。原題の「Riso amaro」は日本語に訳せばずばり「にがい米」ですからね(笑)。なので、今回もなぜそのようなタイトルが付けられたのかについて考えてみます。にがい味の米というものは基本的には存在しませんから(酸化した古米の場合、炊飯すると苦味の出る場合もありますが、それでもその苦味は微かなものです)、これは、本作のテーマのひとつであるモンディーナの過酷な労働にひっかけた何かの比喩であると考えるのが自然でしょう。なので、米はモンディーナとして働かなくてはならないような最貧困層の女性の人生、生き様の象徴であり、苦さとは、そこから抜け出すことのできない苦しみであると僕は理解しました。まさしく、その姿は劇中のシルヴァーナそのもので、彼女がワルテルになびいていくのも愛からではなく金が理由(金持ちになって貧困から脱したい)であり、最後は結局、その願いが叶えられることはありませんでした。本作のラストシーンでモンディーナたちがそれぞれ彼女に手向ける一握りの米が、そんな彼女への同情と自分もいつかは貧困から抜け出してみせるという決意のように僕には見え、胸が熱くなったことを覚えています(riso がイタリア語で笑顔を意味することから、苦笑いと関連付ける意見もあるようですが、このタイトルのriso に笑顔の意味は特に関係ないと僕は考えます)。この映画はモンディーナに関する予備知識を得てから観れば、より興味深く鑑賞できますので、初めて本作を観る方はそうすることをお薦めしますよ!それでは皆さん、グッバイ、アディオス、チ・べディアーモ!

第20回 地下水道

原題:Kanał
公開年/製作国/本編上映時間:1957年/ポーランド/95分
監督:Andrzej Wajda(アンジェイ・ワイダ)
主な出演者:Tadeusz Janczar(タデウシュ・ヤンチャル)、Wieńczysław Gliński(ヴィェンチスワフ・グリンスキー)、Emil Karewicz(エミール・カレヴィッチ)、Teresa Iżewska(テレサ・イジェフスカ)

【ストーリー】
舞台はポーランドを占領中のドイツ軍に対して一斉蜂起が起きた1944年の首都ワルシャワ。戦車や火砲という圧倒的な差の武力を持つドイツ軍によって蜂起は鎮圧の方向へと進み、国内軍のザドラ中尉(ヴィェンチスワフ・グリンスキー)が率いる中隊も半分以上の人員を失ったうえに、モコトゥフ地区でドイツ軍に包囲されてしまい全滅が目前に迫っていた。しかし、副官のモンドリ中尉(エミール・カレヴィッチ)や歴戦の兵ヤツェック(タデウシュ・ヤンチャル)を始めとした彼の部下たちの士気は高く、皆が玉砕覚悟で戦い抜く覚悟ができていたが、国内軍司令部からの命令は市街の地下に張り巡らされた地下水道を使って北側のシルドミエシチェ地区へ脱出せよというものであった。司令部の命令に従うしかなかったザドラ中尉は、生き残った部下26名と共に渋々地下水道へ向かうが、そこで彼らを待ち受けていたのは、卓袱の闇の中で汚物や生活排水、腐敗した死体の悪臭が立ち込め、それらの悪臭がガスとなって地下水道内の酸素を欠乏させるというこの世の地獄。出口を探し求めて地下をさ迷ううちに、ある者は恐怖心から発狂し、ある者は苦痛から逃れる為にドイツ軍が待ち受ける地上へと自ら向かい、またある者は力尽きて下水の中に身を沈めるといった具合に次々と仲間たちが死んで行き、部下の命を救いたい一心で隊の先頭を進むザドラ中尉に焦りの色が見え始める。

【四方山話】
早いもので『映画の棚』も20回目に突入!今回は20回記念として、僕が尊敬するアンジェイ・ワイダ監督の作品を再び紹介します。この映画は第1回で紹介した「灰とダイヤモンド」の前年に公開された作品で、1954年公開の「世代(Pokolenie)」と併せてアンジェイ・ワイダの「戦争三部作」と呼ばれているもののひとつ。本作も「灰とダイヤモンド」同様、観客がポーランド人であることを前提に製作されていますので、ポーランドの近代史や戦時中のワルシャワ蜂起に関する予備知識を頭に入れてから鑑賞しないと、ちょっと分かりにくい映画かも知れません。例えば、80分過ぎ、ヤツェックとストクロトカがようやく出口にたどり着いたものの、出口には鉄の柵がはめられていて外に出られず絶望するシーンがありますが、ここのシーンを見て日本人は「あー、やっとここまで逃げて来たのに残酷な話だ。絶望して当然だ」くらいにしか思いませんが、ポーランド人の心を動かすのはそこではなく、その直後に鉄柵の向こうに映し出されるヴィスワ川の対岸の景色です。なぜなら、ソ連軍は川の手前のそこで進撃を止め、蜂起に加わったポーランド人を見殺しにしたことをポーランド人の誰もが知っているからで、ここのシーンは、ソ連の強い影響下にあった当時のポーランドで暗にソ連を批判するという密かな抵抗でもありました。ワイダはポーランド人の観客がそのことに気付くと信じて疑わなかったからこそ、このシーンを入れたのであろうことは想像に難くありません。

次に出演者ですが、本作の出演者たちは皆、職業俳優ですけども、興味深いのはその多くが第二次世界大戦中、実際にレジスタンス活動や国内軍に参加していたという事実。ザドラ中尉を演じたヴィェンチスワフ・グリンスキーは、国内軍のワルシャワ地区防諜部隊第6グループに所属し、活動中に摘発されてドイツ国内の強制収容所へ送られ、そこで終戦まで過酷な日々を過ごしました。ヤツェック役のタデウシュ・ヤンチャルも元国内軍兵士(ヤツェック役は当初、「灰とダイヤモンド」でマチェックを演じたズビグニエフ・チブルスキーがやる予定でした。どことなく二人の雰囲気が似てるといえば似てますね・笑)。ヤンチャルも同じくドイツ軍に逮捕されてポーランド国内の収容所に入れられましたが脱走し、既に国内軍が壊滅していた為にソ連赤軍と行動を共にするポーランド人民軍に志願入隊しています。中隊の中で唯一の民間人で音楽家のミハウ役を演じたヴワディスワフ・シェイバルの経歴はもっと興味深く、レジスタンス活動中にゲシュタポに逮捕され、ポーランド国内の収容所で処刑される寸前に脱走、終戦までポーランド南部のクラコフで身を潜めていたそう。本作では地下水道のマンホールの上で国内軍の兵士たちが出てくるのを待ち受けるドイツ兵役を演じていたアダム・パヴリコフスキー(「灰とダイヤモンド」でマチェックの相棒アンジェイ役をしていた俳優)は、実際にワルシャワ蜂起に参加して生き残った国内軍の元兵士(蜂起の初日に負傷して戦線離脱)。蜂起が失敗に終わった後、捕虜となった彼はドイツの強制収容所へ送られ、ドイツが降伏すると収容所から解放された足でイタリアへ向かってそこに駐屯していた第2ポーランド軍団に参加しました。その後、軍団の解散と共にポーランドへ帰国、多くの映画に出演しましたが1976年に自殺しています。ちょっとセクシーで気が強くて勇敢なストクロトカ役を演じたテレサ・イジェフスカは1933年生まれなので、レジスタンスや国内軍の活動とは無縁。本作の日本公開版の字幕では彼女の呼び名がデイジーになっていますけども、これはポーランド語のストクロトカ(stokrotka)が雛菊(デイジー)の意味であることからで、劇中ではストクロトカと呼ばれていてデイジーという言葉は出てきません。70分前のシーンで、地下水道の壁に書かれた通りの名を血眼で探し回っていたザドラ中尉がようやく見つけたのは「JACKA KOCHAM(ヤツェックを愛してる)」という落書きでしたが、恐らくあれを書いたのは、連絡係として何度も地下水道を行き来していたストクロトカでしょう。因みに、残念なことですがテレサ・イジェフスカも1982年に自殺を遂げています。ラスト近くのシーンでドイツ軍の手榴弾の処理をミスって爆死するスモークウェ(ポーランド語でスリムの意味)役のスタニスラウ・ミクルスキーも1929年生まれの為、戦時中はローティーン。余談ですが、スモークウェを爆死させたのはドイツ軍が仕掛けていたM24 型柄付手榴弾と呼ばれるもので、この手榴弾は爆発で金属片を撒き散らして敵を殺傷するのではなく、爆風の圧力で敵の肺を圧し潰して殺傷します(木製の柄が付いているのは、より遠くまで投げられるようにする為)。出演者ではありませんが、本作の脚本を書いたイェジ・ステファン・スタヴィンスキー(Jerzy Stefan Stawiński)はワルシャワ蜂起で地下水道に逃げ込んだ国内軍将兵の生き残りで、彼は自らの体験をこう語っています。

「1944年9月26日午後10時、国内軍バスタ連隊の通信中隊の指揮官として、私は70名の部下を率いてモコトフのシュストラ通り6番地にあるマンホールから下水道に入り、翌日の午後1時、ヴィルチャ通りのマンホールから再び地上へ出た時には5名になっていた」

つまり、この映画はスタヴィンスキーの自伝的要素が色濃い作品ということですね。このように、関係者の多くが激動の戦中を駆け抜けた「生きる歴史」であったことが、本作のリアリティーを高めていることは間違いなさそうです。映画の冒頭を見ても分かるとおり、本作には明らかにイタリアのネオ・リアリズモの影響が感じられ、撮影はセットよりも実際の蜂起の舞台となったワルシャワ旧市街の通りに繰り出してロケ撮影が敢行されました。とは言え、撮影時は既に戦争終結から10年以上が経過していて戦後復興が急速に進行していたワルシャワで戦火で傷付いた廃墟を見つけるのが難しく、背景に廃墟が必要のないシーンはワルシャワ市内のモコトフ地区やポヴィシレ地区で撮影されましたが、廃墟が必要なシーンは戦争で街の7割の建物が破壊されたポーランド南西部のルビン(Lubin)で撮影されたようです。地下水道(と言っても下水道)のシーンは、ワルシャワの西南、約100キロに位置するウッチ(Łódź)にあった映画スタジオ「Kdor」でセットを組んで撮影。映画「第三の男」同様、下水道での撮影というのは衛生面での問題もありますし、仮に「自分は肥溜めだろうが汚水の中であろうがどこででも演技をします」という根性のある役者がいたとしても、下水道の汚水の中で演技をさせることは基本的にはできませんね。下手すりゃ、酸欠や有毒ガスで死者が出る可能性だってありますから(笑)。劇中のセットでは下水のヘドロやガス、トンネル内のぬめりのある壁の質感などがリアルに再現されていましたが、残念ながら実際の下水道に漂うその凄まじい匂いまで伝えることはできていません。セットの水の中に汚水を流し込まずとも、強烈な匂いを放つ汚水をバケツに入れてセットのあちこちに配置するなどの工夫をしていれば、もっとリアルな役者の苦悶の表情(恐らく、自然と嘔吐する者も続出したことでしょう)を撮れたのではないかと思います。

あと、いつもの武器オタクの視点から見て興味深かったのは、31分前に登場する有線リモートコントロールの小型無人戦車。あれはドイツ軍が使用していたSdKfz 303(通称ゴリアテ)という実物の兵器です。自爆してバリケードなどの障害物を除去するのがその役目でしたが、劇中と同様、リモートコントロール用のケーブルを切断されて役に立たないことが多かったそう。同じシーンに出てくる玩具みたいな対戦車兵器はイギリス軍のパイアット(PIAT)。バズーカ砲のようなロケット弾ではなく迫撃砲弾を使用するもので、こちらも映画に登場するのは珍しい部類の武器ですね。スモークウェがそのPIAT でドイツ軍の戦車を撃破してましたが、あの戦車はソ連製のT-34 をⅤ号戦車パンターに見せかけたバッタもん(笑)。劇中で国内軍が使用している武器は、ルガーP08 自動拳銃やMP40 短機関銃、MG42 機関銃、Karabiner 98 Kurz ライフルなど、ドイツ軍からの鹵獲品オンパレードでした。12分前、モンドリ中尉が愛人のハリンカに手渡しているのはモデル1911 というスペインのアストラ社製の小型護身用拳銃です。

さて、最後にネタバレになってしまいますが、どうしても触れておかなければならない点がひとつ。ラストシーンでザドラ中尉はクラ軍曹を裏切者だとして拳銃で射殺しますが、果たして軍曹の行為が射殺されるほどに罪深いものであったかどうかは疑問です。ここは、ザドラ中尉のような冷静沈着な男であっても、想像を絶する苦難を強いられれば正常な判断力さえ失ってしまうという恐ろしさを表しているのであろうと僕は理解しました。中尉が再び下水道へ入って行くのも、責任感に駆られて部下を探しに戻ったと言うよりも、既に正気を失くしていたと考える方が良いのかも知れませんね(←あくまでも個人の見解です)。それでは皆さん、グッバイ、アディオス、チ・べディアーモ!

この続きは『映画の棚⑤』でお楽しみください。