洋楽の棚①

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みんなで洋楽を楽しみましょう!

今からもう半世紀近くも前の1980年代前半、その頃は携帯電話やインターネットが世界を変えていくことなど想像さえつかなかったまだまだ長閑な時代で、当時高校生であった僕の楽しみはと言えば、FMラジオから流れてくる雑音交じりの洋楽をアルバイトの給料を貯めて少しづつ買い揃えたバラコンのカセットデッキに録音して繰り返し聴いたり、放送時間の枠に収まるようカットされて原形を留めていない日本語吹替の洋画をテレビで見たりすることくらいでした(バラコンというのは、コンポーネントを好みに応じて異なるメーカーの製品でバラバラに揃えたステレオセットのこと。それが当時の流行りでした)。そんなアナログだった時代に僕が聴いて好きになった懐かしの曲を、古い洋楽に興味のない今の若い人たちにも聴いてもらえるようにならないものかと思い立ち上げたのが、本コーナー『洋楽の棚』です。

音楽とはその名のとおり、音を楽しむものであって、曲のメロディーラインを聴くだけで楽しめるものがそうであるというのが僕の音楽というものに対する基本的な考え方ではありますが、洋楽の場合は、それぞれの曲の歌詞の意味を知ればさらにもっと楽しめるというのも事実(ここで言う洋楽とは、英語圏の主にロックやポップスのこととします)。そこでこのコーナーでは、単純に洋楽の曲を紹介するだけでなく、必ずその曲の歌詞を和訳して付記することにしました。なんて、偉そうなことを言ってはみたものの、実のところ、洋楽の歌詞をまともな日本語にするのはなかなか大変な仕事。好きな洋楽の歌詞を自分で訳してみようと一度は挑戦してみたが、うまくできなくて挫折したという方も多いのではないでしょうか。まだ英語が良く理解できていなかった頃の僕もそんな挫折の繰り返しでした。

中学校の英語の授業で習うような単語しか並んでいない歌詞なのに、なぜだかその意味をうまく理解できない。多くの人がそうなってしまう主な原因は、洋楽の歌詞の構造にあると言っても良いのではないかと思います。歌詞というのはメロディーラインに合わせる必要がある為、その字数には自ずと限りがあり、それ故に洋楽では主語やbe 動詞の省略はあたりまえ、時には文の要となる動詞や目的語といったものさえ省かれてしまうこともあるからなのです。ネイティブ話者と呼ばれる英語を母語とする人々であれば歌詞を聞いて何が省略されているのかぱっと察することもできるのでしょうけども、それができない英語初心者の日本人にとっては、文法どおりになっていない文は何が何だかさっぱりで、混乱して理解不能となるのは無理もない話だと言えるでしょう。そのうえ、洋楽は音の響きを優先する傾向が強くあり、耳に聞こえの良い音がする語句を無理矢理にでも使って帳尻合わせをしたりもしますから、そういった曲の場合はますます英語初心者にとっては分かり辛いものとなってしまいます。ですが、何よりも洋楽の歌詞の一番難しい点、それはネイティブ話者でさえ同じひとつの曲を聞いてもその受け止め方、解釈の仕方が随分と違ってくる歌詞が多く存在するということにあります。例えば、和訳するにあたって良く分からない英語の歌詞の部分をネイティブ話者に質問すると、三者三様の答えが返ってくることは珍しいことではなく(作詞した本人でさえ思いもしなかった解釈が為され、それが一人歩きしていくことも多々あるほどです)中には歌詞なんかにこれといった意味など込められてはいないと言い切る人さえいます(確かに、音の響きを良くする為、特に意味のない語句が加えられていたりすることもあったりはしますが稀です)。そのような経験から僕が達した結論は、英語が堪能であったところで、必ずしも英語の歌詞を日本語の歌詞にすることができるという訳でもなく、原文の意味を損なうことなく日本語に訳す為に必要なものは、語学力以上に感性であるということでした。

よって、このコーナーで紹介する曲の歌詞ははすべて僕自身の自分の感性に従って独断で訳してあることを先ずお断りしておきます。和訳にあたっては、直訳の羅列ではなく、訳した歌詞を通しで読んだ時に日本語としてまともなものになっているかどうかにこだわりましたので、当然、どうしてそんな和訳になるんだと疑問に思われる部分もたくさんあるかと思います。それ故、曲の解説欄にはできるだけ僕がその曲の歌詞を聴いてどう受け止めたのかやそう訳した理由、その曲の背景などを詳しく記しました。但し、僕は英語圏で生まれ育った訳でもなく、高校卒業時の英語力は限りなくゼロであった人間ですので、文法的に間違った解釈や誤訳があるかも知れません。なので、そんな部分があれば遠慮なく指摘していただきたいです。それと、もう一点。僕は単に昔の洋楽が好きなだけであって、洋楽マニアでも洋楽オタクでもありませんから、自分が若い頃に聴いていた曲以外のことは全く分かりませんし、興味もありませんので悪しからず。Taylor Swift の曲の歌詞を解説してくれとか言われても無理なのです(汗)。

と、なんだか最初から小難しい話になってしまい、申し訳ありません。要はこのコーナーを読んで「へぇー、あの曲ってそんなことを歌ってたんだ」とか「こんな歌詞の曲があったのかぁ、今度聴いてみよう」と感じてくださる方が一人でも多く出てきて欲しいというのがこのコーナーに込める僕の思いであり、洋楽の懐かしの曲のファンが増えていくことを心から願ってやみません。

【第1回】Call me / Blondie (1980)

Blondie のこの曲がリリースされたのは1980年。女性歌手の歌声と言えばキャンディーズやピンクレディーのそれしか思い浮かばないような当時中学3年生だった僕が、突然ラジオから流れてきたドラムの連打で始まるパンチの効いたイントロとそれに続くボーカルのDebbie Harry(なぜだか日本では本名のDeborah で紹介さていますが、ここではDebbie で統一します)のパワフルな歌声を聞いた時の衝撃は今でも忘れられません。その半分を海外での放浪生活に費やし駆け抜けた80年代という僕の青春は、まさにこの曲と共に始まったと言っても過言ではない思い出の名曲です。

Color me your color, baby
Color me your car
Color me your color, darling
I know who you are
Come up off your color chart
I know where you are coming from

愛しのベイビー、僕を君の色に染めておくれよ
僕を君好みにしてくれよ、君の愛車みたいにさ
愛しのダーリン、僕を君の色に染めておくれよ
僕は君がどんな人なのか分かってるさ
君の欲望に付かず離れずでいるのはね
僕には君の考えてることが分かるから

Call me (Call me) on the line
Call me, call me any, anytime
Call me (Call me) I’ll arrive
You can call me any day or night
Call me

だから、僕に電話してよ
いつでもいいから電話して
お願いだから電話して、すぐに行くから
昼でも夜でもいいからさ
僕に電話してくれよ

Cover me with kisses, baby
Cover me with love
Roll me in designer sheets
I’ll never get enough
Emotions come, I don’t know why
Cover up love’s alibi

愛しのベイビー、僕の体をキスで覆いつくしてくれよ
愛で僕を包み込んでくれよ
成金のベッドで僕を抱いてくれ
でも、それだけじゃ足りないな
だって、僕は感情が昂って分からなくなってるんだ
どうして君が二人の情事を隠そうとするのかってね

Call me (Call me) on the line
Call me, call me any, anytime
Call me (Call me) I’ll arrive
When you’re ready we can share the wine
Call me

だから、僕に電話してよ
いつでもいいから電話して
お願いだから電話して、すぐに行くから
君にその気があるのなら、僕らは秘密を分かち合えるんだ
だから、僕に電話してくれよ

Ooh, he speaks the languages of love
Ooh, amore, chiamami, chiamami
Ooh, appelle-moi, mon chéri, appelle-moi
Anytime, anyplace, anywhere, any way
Anytime, anyplace, anywhere, any day, any way

彼って外国語でも愛を囁くの
イタリア語で、愛しの人よ、僕に電話して、電話してとか
フランス語で、僕に電話して、愛しの人よ、電話してとかってね
いつでも、どこでも、どこからでも、どうやってでも
いつでも、どこでも、どこからでも、どんな日でも、どうやってでも

Call me (Call me) my love
Call me, call me any, anytime
Call me (Call me) for a ride
Call me, call me for some overtime
Call me (Call me) my love
Call me, call me in a sweet design
Call me (Call me), call me for your lover’s lover’s alibi
Call me (Call me) on the line
Call me, call me any, anytime

僕に電話してくれ、愛しの人よ
電話して、いつでも僕に電話して
電話して、車が要るなら
電話してよ、仕事を終えたら
電話してくれ、愛しの人よ
電話して、甘美なデートプランを用意したら
電話して、話したくても話せない隠し事が必要な時は
だから、僕に電話して
電話してくれればいいんだ、いつでもいいから

Call Me Lyrics as written by Deborah Harry, Giorgio Moroder
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
今回は第1回目の解説。なので、この解説の読み方というか使い方を先に説明しておきたいと思います。本コーナーでは、英語の歌詞と和訳のあとにその解説を記しますが、解説で扱うそれぞれの歌詞は、節verseの部分とコーラスchorus 部分を区別せず、すべて単純に節として扱っていますので(その方が、第〇節〇行目という表記で統一できるからです)ご理解いただけますようお願い致します。それと、それぞれの回で紹介している英語と和訳の歌詞部分を印刷し、その歌詞を見ながら解説を読むとより理解し易いので、ご参考まで。では、記念すべき第1回目の解説に入りましょう!

1980年前後の時代には、FMラジオ局が放送する音楽の曲名や曲順、正確な時間までが列記された詳細な番組表が掲載されている「FMレコパル」や「FMfan」といった音楽ファン向けの雑誌が隔週で発売されてまして(番組表を参考に目当ての曲が放送される日時をチェックし、その放送を待ち受けてカセットデッキに録音する訳です。今の若い人には具体的な光景が目に浮かばないと思いますが…)、その雑誌で美しい金髪に黒の革ジャン姿のDebbie Harry の姿を初めて見てからというもの、僕は彼女がロンドンあたりのパンクの姉ちゃんでイギリス人なんだと勝手に思い込んでしまっていました。彼女がフロリダ生まれのニュージャージー育ちという生粋のアメリカ人で、この曲をリリースした時には既に35歳であった(姉ちゃんではなかったんです・汗)と知ったのはずっと後になってからのことです。マリリン・モンローのような雰囲気を漂わせる当時のDebbie Harry のルックスには、おつむの弱い典型的な白人女性といった感じのイメージが重なりますが、この曲の歌詞はDebbie自身が作詞したものであり、その歌詞が完全に韻を踏んではいないものの二行連の古典的な西洋詩の形式で書かれていることから見ても、彼女はそんなイメージとは違うそれなりに学のある女性であることが窺えます。しかし、この曲が中学校で習うような英語の単語しか使われていないのに非情に理解し辛いという、前書きにも書いたような歌詞の典型であるのはそのせいではありません。なぜなら、この歌詞がどのようにして書かれたかの経緯を知らずにこの曲を聞いたり歌詞を読んだりした場合、ネイティブ話者でさえ、言語として捉えることはできても何を意味しているのかが良くは分からない筈だからです(笑)。と言うのも、この歌詞にはリチャード・ギアが主演した映画「アメリカン・ジゴロ」の主題歌の作詞を依頼されたDebbie が映画の試写を見てからそのストーリーに合わせて詩を作ったという背景がある為で、その映画の内容を知らずして歌詞の解釈をすることはほぼ不可能と言って良いかと思います。

その映画のストーリーはというと、アメリカの西海岸でギアが扮する金持ちのご婦人たちを上客にする男娼(つまりは、自分の体を資本にして商売をする男性です)と政治家である議員を夫に持つ上流階級の女性客とが真の愛に目覚めていくという凡庸なもので、ある日、ギアの客の一人が惨殺されて、彼女と顔見知りのギアに殺人容疑がかかることから波乱が始まります。その犯行時間にギアは別の客の相手をしていて、相手の婦人がアリバイを証明してくれれば簡単に無罪を証明できるのですが、婦人は夫に情事がばれるのが怖くて彼と一緒にいた事実を警察に証言してくれません。そのせいでギアは殺人の容疑で逮捕されることになりますが、そこで登場するのが前出の議員婦人で、ギアを愛する気持ちが本物であることに気付いた彼女は、議員の夫と別れることになるのを覚悟した上で、犯行時間にギアとベッドで時を共に過ごしていたと警察に偽証をし、晴れてギアは釈放されるという展開で映画は終わります(ネタバレですみません。こうしないと歌詞の意味を分かっていただけないので)。ここまで話を聞いて「えっ?そうなの?」と思った方はおられませんか?そうなんです。女性の歌手が歌っているんだから、歌の主人公は女性で女性の気持ちが表現されているのだと普通は考えてしまうものなんですが、実はこの曲、男性側の気持ちを女性が歌っているんです!だから、和訳の主語が「僕」なのです。映画の中でギアが演じる男娼は毎日身体を鍛えているマッチョな感じな男で、主語は「俺」にしようとも考えましたが、マッチョだけではないスマートさと品の良さもある男性として描かれていたので、主語を「僕」にしました。日本語の「俺」と「僕」とでは随分と印象が変わりますから、このあたりが男性であろうが女性であろうが一人称が「I」しかない英語を日本語にする際の難しい部分ですね。

それでは、この映画のストーリーを頭に入れた上でCall Me の歌詞を見ていきましょう。先ず1節目の出だしの3行ですが、Color me の後に来るのは文法的には形容詞のはずで、この歌詞のように名詞が置かれることは通常ありません。ここはColor me の後にlike を入れてみると分かり易いです。2行目のyour car は1行目のyour color と韻を踏ませているもので、car という単語を彼女が使ったのは車というものが持ち主の好みを反映する典型的な物だからであり、2行目は自分の愛車のように好きなように仕上げてくれというような意味だと僕は解釈しました。5行目のCome up off your color chart はこの曲の歌詞の中では恐らく一番難解な部分で、僕はCome up and come off your color chart と置き換えて考えました。color chart というのは色見本のことで、例えばハンドバッグをオーダーメードで作るとした場合「お色は如何いたしましょう?」と店の主人が見せてくる幾つもの色が並んだ一覧表のようなものがそれにあたりますが、1節目のColor meから考えて、ここで言うcolor chart は男娼の客であるご婦人たちの様々な(淫らな)欲望の比喩であると僕は理解しました。つまり、Come up off your color chart とI know where you are coming from の2行で、あなたの欲望にはそう簡単に応じませんよという夜の世界特有の相手をじらすような気持ちを表しているのではないかと考えます。I know where you are coming from は、ネイティブ話者がこの言葉を使う時は「あー、その気持ち分かるよ」といった意味で言っているのが常で、4行目のI know who you are にひっかけられてもいます。

第2節はCall me の連呼だけなので難しい部分はありませんね。Call me だけだと、後に続く何かを呼んでくれなのか、僕を呼んでくれなのか、僕に電話してくれなのか判別できませんが、on the line がわざわざ付け加えられているとおり、電話してくれの意味であることは明らかで、映画の中でも、ギアが電話を使って客と連絡のやり取りをするシーンが頻繁に出てきます。3節目のCover me with kisses は、体のそこら中に隙間がないほどキスをして欲しいといったイメージが僕の頭に浮かんだのでこう訳しました。3行目に出てくるRoll me in designer sheets もまたまた難解な部分です。映画の中ではギアが客から買ってもらったアルマーニを始めとした様々なブランドの服が出てきますが、当時のアメリカの上流社会では(今でも日本はそうだと思いますけど)ブランド品であれば何でも高級で良いものというような風潮がありdesigner sheets にはそういった風潮への揶揄だと僕は理解したので、このように訳しました。ベッドのシーツなんて真っ白で清潔なものであれば事足りるのに、シーツにまでわざわざ高いブランド品を使って満足しているのはモノの価値が分からぬ成金だけだという訳です。最後のCover up love’s alibiの部分も、映画のストーリーを知らなければ何のことだかよく分かりませんが、これを今読んでいる皆さんであれば、何を意味しているのかもうお分かりのことでしょう。

第4節では再びCall meの連呼に戻ります。4行目のthe wineは、恐らく、情事という二人の秘密の比喩ではないかと考えました。5節目に入ると曲調はDebbie のナレーションのような感じになり、いきなり歌詞がイタリア語やフランス語に変わることから、1行目のthe languagesは外国語を指していることが分かります。この節も映画を見ていないとなぜここで唐突に外国語が出てくるのかという疑問しか残りませんが、これは映画の中でギアが扮する男娼が外国からやって来る太客も抱えているからで、フランス語やスウェーデン語をギアが流暢に話している場面が何度か出てきます(映画に登場するギアに女性を斡旋するエージェントの女性は恐らくスウェーデン系アメリカ人という設定)。ここで興味深いのは、この4節目がこの曲をプロデュースしたイタリア人アーティストのGiorgio MoroderがDebbieにアドバイスをして付け加えられたものであるという事実。映画の中ではフランス語とスウェーデン語だったのに、曲の方ではイタリア語とフランス語になっているのは、色男の代表格であるイタリア男のプライドがそうさせたような気がしてなりませんね(笑)。最後の節でも再びCall me の連呼に入りますが、ここでやっかいなのはfor some overtimeとin a sweet designの部分。for some overtime は仕事が終わったその延長線上という感じがしたのでこの訳とし、in a sweet design の部分は、design という単語に意図などの意味もあるので、僕には高級レストランで食事の予約といったデートのお膳立てのようなものが頭に浮かびました。designという言葉をデビーがわざわざ使ったのは、前節のdesigner sheets にひっかけてここでも成金を皮肉っているからではないかというような気が僕にはします。

因みにこの曲には、もっと歌詞が長いロングバージョンや、あまり知られてはいませんが映画「アメリカン・ジゴロ」をスペイン語圏の中南米でヒットさせることを狙ってDebbie がスペイン語で歌わされたバージョン(Llámame というタイトルで、英語のCall me をスペイン語で言うとこうなります)なんてものもあります。スペイン語バージョンを聞いてみたことがありますが、かなりの部分で歌詞が英語とは違ったものに差し替えられている上、何よりも歌の響きがなんとも間の抜けたものになっていて全くイケてませんでした。そのせいかどうかは分かりませんが、スペイン語圏で「Llámame」が大ヒットしたという話を聞いたことはないです(笑)。

【第2回】Against the Wind / Bob Seger and the Silver Bullet Band (1980)

この曲を作詞作曲したのはBob Seger というアメリカ人で、アメリカでは大変人気のある有名歌手なのですが、残念ながら日本ではあまり知られていませんね。奇しくもAgainst the Wind がリリースされたのはCall me と同じ1980年。僕の中では青春時代よりずっと僕の人生のテーマソングであり続けている名曲です(もちろん今でも)。というのも、僕は小学生の頃から既に「他人なんてまったく信用できない」と考えているようなガキで、中学生にもなると、それに加えて「権威、権力には絶対に屈しない」という信念がそこに加わりました。それなりに友人たちに囲まれてはいましたが、心の中ではいつもひとりぼっちで、お互いを理解し合い、絶対的に信用のできる他人がこの世界でたった一人でいいからいないものなのかと、今になって考えれば、そんな人間をずっと探し求め続けていたのが僕の青春の旅だったように思います。だから、この歌の歌詞は僕にとっては特別なものなのです。ありがたいことに、僕は探し求めていた人と出会えたので(嫁さんです)ひとりぼっちではなくなりましたが、反権威、反権力という骨にまで染み込んだ信念が変わる訳でもなく、そのせいでこれまで何度も痛い目に遭い、愛して止まない嫁さんに迷惑をかけてしまったこともあります。それでも尚、もうじき還暦を迎えるというのに未だ世間に逆らって生きている自分の姿はこの曲そのものであり、この歳になった今であるからこそ、この曲を聴くとなぜだか涙が頬を伝います。極東の島国でこの曲を聴いて涙している初老の日本人がいるなどとはボブ・シーガーは思いもしていないでしょうが…。

Seems like yesterday
But it was long ago
Janey was lovely
She was the queen of my nights
There in the darkness
With the radio playin’ low, and
The secrets that we shared
The mountains that we moved
Caught like a wildfire out of control
‘Til there was nothing left to burn
And nothing left to prove

ほんの昨日のことのようだけど
もうずっと昔の話さ
ジェイニーはとても可愛いい娘でね
夜ともなれば俺のお姫さまだったんだ
暗闇でラジオが静かに鳴る中でさ
俺たちはたくさんの秘密を分かち合ったし
俺たちのハチャメチャな行いは
手を付けられないくらいに燃え上がった
燃え尽きるものがなくなるまで
やり残したことがなくなるまでね

And I remember what she said to me
How she swore that it never would end
I remember how she held me, oh-so tight
Wish I didn’t know now what I didn’t know then

俺は彼女が言ったことを今でも思い出すよ
二人の仲に終りはないって、彼女がどう誓ったかを
彼女がどんなに俺を強く抱きしめたのかも覚えてる
あの頃に知らなかったことを今になって知りたくはなかったな

Against the wind
We were running against the wind
We were young and strong
We were running against the wind

風に立ち向かってさ
俺たちは風に逆らって走ってたのさ
だって、俺たちは若くてタフだったからね
だから、風に立ち向かって走ってたのさ

And the years rolled slowly past
And I found myself alone
Surrounded by strangers I thought were my friends
I found myself further and further from my home and I
I guess I lost my way
There were oh-so many roads
I was livin’ to run
And runnin’ to live
Never worried about payin’
Or even how much I owed

でも、年月がゆっくりと流れていった今
俺はひとりぼっちだってことが分かったよ
ずっと音沙汰のない連中、昔は友と思ってた連中の傍で生きてるうちに
気付けば俺は自分の居場所からずっと遠ざかってしまってたんだ
たぶん、道を見失っちまったんだろうよ
選べる道はたくさんあったけど
俺は走る為に生き
生きる為に走ってたんだ
支払いのことなんて気にしたこともなかった
借りがいくらあるかなんてこともね

Movin’ eight miles a minute
For months at a time
Breakin’ all of the rules that would bend
I began to find myself searchin’
Searchin’ for shelter again and again

俺は1分に8マイルも駆けてたんだぜ
一度に何カ月もね
ねじ曲げられる規則はなんだって破ったさ
でも、そのうちに何かを探している自分に気付き始めたんだ
逃げ場所を繰り返し探してる自分にね

Against the wind
Little somethin’ against the wind
I found myself seekin’ shelter against the wind

風に逆らってるうちにさ
ほんの少しだけ何かが分かったのさ
俺が探し求めてるのは向かい風を受けずにすむ場所だってさ

Well, those drifters days are past me now
I’ve got so much more to think about
Deadlines and commitments
What to leave in
What to leave out

そうだな、あてもなくさ迷ったそんな日々が過ぎ去っちまった今
俺にはもっと考えなきゃいけねえことがいろいろと出てきた
人として超えちゃいけない一線とか人との約束や
何を残して
何を捨て去るかといったことをね

Against the wind
I’m still running against the wind
I’m older now but still running against the wind
Well, I’m older now and still running
Against the wind

風に逆らってさ
俺はまだ風に立ち向かってるのさ
歳は食っちまったが、今でも風に逆らって走ってるのさ
そうさ、この歳になった今でも走ってるんだ
風に逆らってさ

*このあとに続く曲のアウトロは、Against the wind やI’m still running といったフレーズが続いてやたらと長いので、重要と思う部分だけ記しておきます。

I’m still running against the wind
Still running
See the young man run
Watch the young man run
Watch the young man runnin’
He’ll be runnin’ against the wind
Let the cowboys ride

俺はまだ風に逆らって走ってるんだ
まだ走ってるんだ
走る若者たちを見てみな
走る若者たちを良く見てみな
走ってる若者たちを良く見るんだ
連中だって風に立ち向かって走るだろうよ
そうさせておけばいいのさ

Against the Wind Lyrics as written by Bob Seger
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
端的に言えば、この曲の歌詞は一人の純粋な男の抒情詩です。歌に出てくるこの不器用な男は、映画「フォレスト・ガンプ(Forrest Gump)」の主人公のモデルになったとも言われていて、それが事実かどうかは分かりませんが、フォレスト・ガンプを映画館で観た時、この歌と何か通ずるものがあるような気がした記憶があります。まあ、前置きはそれくらいにしておいて歌詞を見ていきましょう。

第1節は歌詞の主人公の男がまだ青春真っただ中の時代(恐らくは高校生であった頃の話でしょう)に付き合っていたジェイニーという恋人の回想から始まります。3行目のqueen of my nights は直訳すれば夜の女王ですが、その言葉から僕の中に湧いてくるのは、男が週末の夜ともなれば恋人であるジェイニーと車に乗って映画館やディスコへいつも繰り出していたというイメージ(アメリカでは16歳、州によっては14歳で自動車の運転免許を取得できるので、高校生が車で外へ出掛けるというのはごく普通のことです)。そのあとに続くThere in the darkness with the radio playin’ low というフレーズを聴くいて僕の脳裏に浮かんだのは、デートの後にどこかで車を止めた二人がおしゃべりを楽しんでいて、その傍でカーステのラジオが静かに鳴り響いている光景でした。8行目のThe mountains that we moved はちょっと難解。文字どおりの意味は「俺たちが動かした山々」ですが、人間が山を動かすなんてことはできる筈もない話なので、ここでは「若気のいたりで時には無茶もした」というようなことの比喩ではないかと推測し、このように訳しました。The secrets that we shared の部分の秘密とはそういった無茶な行い、例えば酒を飲んだり、マリワナを吸ったり、空き家に忍び込んだり、時には盗みを働いたりといったことを暗喩しているのではないかと思います。

第2節目には特に難しいフレーズはなく、その後、ジェイニーとの間に別れが訪れたことが仄めかされています。4行目のWish I didn’t know now what I didn’t know then は、この曲の歌詞の中で一番の要となる部分で、お互いに固く信じあっていたはずの彼女が、自分で口にした言葉を平気で反故にするといった裏切り行為のような、まだ自分が純粋であった頃には知ることのなかった汚れた(大人の)世界があることを知りたくはなかったという気持ちがうまく表されています。但し、文法的には少しおかしな表現で、正しい文法で表現するならばI wish that I knew what I know now when(what) I didn’t know then になるでしょうか。因みにボブ・シーガー自身もそのことを気にしていたそうですが、アルバムの収録時に演奏のサポートに加わったイーグルスのグレン・フライやドン・ヘンリーにこのフレーズ部分が最高だと言われてふっきれたと雑誌のインタビューで語っています。第3節も和訳のとおりで、wind は純粋な若者たちに向かって吹き付ける風の源、つまりは(いつかは加わらなければならない時がやって来る)汚れた(大人の)世界、もしくはそんな大人が構成する社会そのものであり、僕の目に浮かぶのは、その風に逆らって純粋さを失わないよう必死で抗っている若者たちの姿です。第4節では、同じように風に抗っていたそんな友人たちも、いつの間にか大人(汚れた世界の側の人間)になっていて、そんな彼らとは他人のように疎遠となってしまい、いつまでも純粋でいようともがいている自分だけがひとりぼっちになっていることに気付いた男は、自分本位で歩んできた自分の道が間違っていたのではないかと思い始めます。9行目と10行目のNever worried about payin’とOr even how much I owedは、まさしくそのことであり、この部分は実際のお金の貸し借りを意味しているのではなく、人間関係の中のギブ&テイクを比喩していると考えるのが自然です。男は自らの生き方を優先するあまり、他者との関係に気を使っていなかった自分の身勝手を反省しているのでしょう。

第5節はなぜ男がひとりぼっちになってしまったのかの理由説明であり、Movin’ eight miles a minute for months at a time やBreakin’ all of the rules that would bend の行が示しているとおり、男の相変わらずのはちゃめちゃな暮らしぶり(恐らくは純粋に生きようとすればするほどにそうなってしまったのでしょう)に原因があったことが推察できます。1分で8マイル(約13キロ)なんて走れる訳がないので、この表現も第1節のThe mountains that we moved と同しく、それくらいの無茶な行いをしていたということを比喩していると考えれば筋が通ります。そして、男はそんな荒れた生活の中でようやく気付くのです。そろそろ大人の世界(風に逆らわないでもすむ世界)に加わらなければならない時が来たのだと。そのことが歌われているのが第6節の短い3行です。そして、第7節では、年齢を重ねて少しは丸くもなったのでしょう、遂に風に逆らうことを止める決心をした男が社会に適応していくにはどうすればいいのかを考えるのですが、第8節では、さらに歳を重ねた男がまだ風に逆らって走り続けています。なぜでしょう?男は気付いたのです。人には決して捨ててはならないものがあること、そして、人にはそれぞれの道(生き方)があることを。僕はそう解釈しています。曲のアウトロはAgainst the wind とI’m still running の連呼ですが、その中のいくつかのフレーズを通じて、いい歳になってもまだ風に逆らって走り続けている男が、若者たちの姿の中にかつての自分の姿を見て少し安堵している様子が窺えますね。Let the cowboys ride は、カウボーイが馬に乗るのはあたりまえのことなので「そうさせておけばいい」という訳にしました。言い換えれば、自分が走り続けてきた道を男は後悔していないということでしょう。

ふぅー、Against the Wind の歌詞、如何でしたか?ちょっと長いですが、なかなか奥の深い歌詞ですよね。では最後に、冒頭で触れた映画「フォレスト・ガンプ」の話の続きを少しだけして、今回の解説を締め括りたいと思います。この映画を見たことのある方には、映画の内容を思い出してみて欲しいのですが、皆さんの中ではこの曲の歌詞の主人公の男とフォレストの姿が重なり合ったでしょうか?実は、僕がこの曲を聴いて歌詞の内容に重なった姿の人物はフォレストではなく、彼の幼馴染みであったジェニーでした。この曲で歌われている内容はジェニーの人生じゃないかと思ったのです。僕がフォレスト・ガンプを見た時、この歌と何か通ずるものを感じたり、ジェニーに親近感を抱いたりしたのはそのせいだったのかも知れません。まあ、そんなことはさておき、アコースティックギターとピアノの伴奏の音色が織り成すカントリーミュージックとロックが融合したような曲調に合わせてボブ・シーガーの渋い声が響き渡るこの名曲。聴いたことがないという方は、是非とも一度聴いてみてくださいね。

【第3回】Hotel California / Eagles (1976)

8つのギターコードが反復進行(ゼクエンツ)する印象的なイントロで始まるどこか刹那いギターの音色、そして終盤に披露される圧巻のギターソロ。毎日聴いても飽きることのないこのこの名曲のメロディーラインを作り上げたDon Felder は天才としか言いようがなく、Hotel California は1970年代にアメリカ西海岸で興隆したウエスト・コースト・サウンドにおける金字塔です(アルバムHotel California は全世界で3千万枚以上売れたんだそう)。耳にした者の多くをしびれさせたこの哀愁漂うメロディーを同時に盛り上げているのがその謎めいた歌詞で、この曲を聴いた者が増えれば増えるほどに、ある意味難解と言うか、分かりにくい歌詞が様々な解釈を生み出すことになったという興味深いエピソードを持つ曲でもあります。ということで、先ずはその歌詞をどうぞ。

On a dark desert highway
Cool wind in my hair
Warm smell of colitas
Rising up through the air
Up ahead in the distance
I saw a shimmering light
My head grew heavy and my sight grew dim
I had to stop for the night

暗い砂漠の上のハイウェイで
髪を撫でる涼しい風
煙るマリワナの芳香が
辺りに漂う中
前方の遠く向こうに見えたのは
チラチラと光る灯りだった
頭は重くなるばかりだし、目も霞んでくるしで
俺はその夜、ホテルで休むことにしたんだ

There she stood in the doorway
I heard the mission bell
And I was thinkin’ to myself
"This could be Heaven or this could be Hell"
Then she lit up a candle
And she showed me the way
There were voices down the corridor
I thought I heard them say

ホテルに着くと入口に女が立っててね
修道院の鐘の音が聞こえてきたもんだから
どうしようかなって考えたよ
「泊まるべきか、引き返すべきか」って
そのあと、女が蝋燭に火を灯したからさ
結局、彼女の後について行っちまったんだ
そしたら、廊下の向こうで声が響いてた
こんな風に言ってたかな

"Welcome to the Hotel California
Such a lovely place (Such a lovely place)
Such a lovely face
Plenty of room at the Hotel California
Any time of year (Any time of year)
You can find it here"

「ようこそホテル・カリフォルニアへ
お泊りになるならここは最良の場所
見た目もイケてますしね
お部屋もたくさんございますから
年中いつでも
空き部屋を見つけられますよ」

Her mind is Tiffany-twisted
She got the Mercedes Bends, uh
She got a lot of pretty, pretty boys
That she calls friends
How they dance in the courtyard
Sweet summer sweat
Some dance to remember
Some dance to forget

彼女が考えてるのは贅沢品のことばかり
メルセデス・ベンツだって手に入れたし
恋人にする男だって選び放題だったさ
まあ、彼女にとっては単なる遊び友達だったんだけどね
なんだろう、中庭では宿泊客たちがダンスを踊ってる
甘美な夏に汗をかきながら
ある者は何かを思い出そうとして
またある者は何かを忘れようとして

So I called up the Captain
"Please bring me my wine"
He said, "We haven’t had that spirit here
Since 1969"
And still those voices are callin’
From far away
Wake you up in the middle of the night
Just to hear them say

でさ、俺は給仕長を呼んで丁寧に頼んだんだ
「ワインを持ってきてくれないかな」ってね
ところが「1969年以降、ここにはお酒を置いておりません」
なんてことを彼は言うんだよね
そして、またあの声が
遠くから聞こえてきたんだ
真夜中に叩き起こされて
その声を聞けと言われてるかのように

"Welcome to the Hotel California
Such a lovely place (Such a lovely place)
Such a lovely face
They livin’ it up at the Hotel California
What a nice surprise (What a nice surprise)
Bring your alibis"

「ようこそホテル・カリフォルニアへ
お泊りになるならここは最良の場所
見た目もイケてますしね
皆様、ここで大いに楽しまれてるんですよ
そりゃいいねって思うでしょ
あなたもここに住まれてみてはどうです」

Mirrors on the ceiling
The pink champagne on ice, and she said
"We are all just prisoners here
Of our own device"
And in the master’s chambers
They gathered for the feast
They stab it with their steely knives
But they just can’t kill the beast

鏡張りの天井のある部屋で
氷で冷やしたピンク色のシャンパンを手に女が言ったんだ
「あたしたちはみんなここの囚人なのよ
自ら望んでそうなったんだけどさ」と
そのあと、宴をする為に
みんなで看守の部屋に集まってさ
鉄のナイフでケダモノ同然の自分に止めを刺そうってするんだけど
連中ったら、誰もできないんだよね

Last thing I remember, I was
Running for the door
I had to find the passage back
To the place I was before
"Relax," said the night man
"We are programmed to receive
You can check out any time you like
But you can never leave"

最後に俺が思い出せるのは、俺が
ドアに向かって駆け出してたってことかな
元の居場所に戻りたきゃあ
こんな所から早く逃げ出さなくっちゃと思ってね
すると、夜勤の男が「もっとくつろいだらどうです」って俺に言ったんだ
そして、こうも言ったのさ
「私どもはあなた方を受け入れる為にここにいるんです
まあ、出て行きたければいつでも好きにしてもらっていいんですが
そんなこと、決してできやしませんよ」ってね

Hotel California Lyrics as written by Don Henley, Glenn Frey, Don Felder
Lyrics © Red Cloud Music, Cass County Music

【解説】
あぁぁー、ほんと何回聴いてもHotel California はしびれますね。素晴らしいです。そんな名曲の歌詞にはさまざまな解釈が存在すると冒頭で述べましたが、なぜそんなことになったのかを早速紐解いていくとしましょう。第1節は構文もシンプルで文法的に難解な部分もなく、一見すれば日本の高校生でも訳せそうですが、この歌詞を訳そうとした日本人の多くはこの最初の節でいきなり挫折することになります。その原因はすべて3行目のcolitas という単語のせいで、このcolitas という言葉がどんな辞書のどこを探しても見当らないからです。それはネイティブにとっても同様で、多くの人が「colitas って何なんだろう?」と悩み、その意味を探ってきました。それらの先人たちの努力のおかげで、今ではcolitas がマリワナの意味で使われていることが定説になっています。ここでは先人がもたらしてくれたそんな知識が無いものと仮定して、自分なりに一度考えてみましょう。colitas が英語の辞書に存在しない単語だと分かると普通は、その語が外国語であるか造語のどちらかであるという結論に達しますけども、スペイン語話者であればcolitas がcola(しっぽ、尾)の指小辞ではないかとすぐにピンとくることでしょう。指小辞というのは英語にはないスペイン語特有の文法用語で、語尾を–ito や-ita に変化させて単語に小ささや可愛さの意味合いを加える用法です。なのでcolita は「かわいいしっぽとか、ちっちゃなしっぽ、しっぽちゃん」といった意味合いになります(語尾のs は英語同様、複数形を表しています)。ですが、それが分かったとしても、まったく意味が通りません。「しっぽちゃんの生温かい匂い?なんじゃそりゃ?」となります。すると、今度はこんなことが思い浮かびます。「スペイン語は中南米のほとんどの国で話されているから、国によっては本国での単語の意味と乖離した意味で使用されている単語が数多くあるはずだ」と。そこでカリフォルニアがメキシコと国境を接する地であることにあたりを付けて、メキシコでcolita がどういった意味で用いられているのかを調べてみると、次のような解説にたどりつきました。

【México】Un término del argot para los cogollos de la planta de cannabis(メキシコでは大麻草のつぼみを意味する隠語である)

ただ、この解説はホテル・カリフォルニアの歌詞が世で有名になってから後付けされたような気がしないでもありません。なぜなら、マリワナのメキシコでの隠語は通常、煙草の吸い殻を意味するcolilla が使われるからです。言語学者でもない僕には、colilla から転じてcolita を使うようになったのかどうかといったことまでは分かりませんがcolitas は、イーグルスのメンバーなど、ごく限られた人々の間だけで通じる隠語だったのかも知れませんね。とは言え、後にローリング・ストーンズ誌のインタビューでcolitas とは何なんですかと尋ねられたDon Henley(この歌を作詞した人で、ホテル・カリフォルニアをドラムを叩きながら歌っています。ある意味凄いです)が「It means little tails, the very top of the plant ・ちっちゃなしっぽって意味さ。植物の先っぽのね」と答えていることや(マリワナのことだとは明言してませんけどね・笑)、当時イーグルスに同行していたメキシコ系アメリカ人スタッフがこの言葉をメンバーに教えたという関係者の証言なども加味すれば、colita がマリワナの代替語であることに疑問の余地はないと思います。因みにDon Felder は同じことを訊かれて「The colitas is a plant that grows in the desert that blooms at night, and it has this kind of pungent, almost funky smell ・コリータスはね、砂漠で夜に花を咲かせる植物のことさ。ツンと鼻にくるようなおかしな匂いがするね」と答えてますが、世界中のどんな植物図鑑にもcolitas なんて植物は載ってませんから、この言葉は彼なりにマリワナを比喩したものであるか、単にジョークで返したと考えるべきでしょう。以上のことを踏まえてこの曲の第1節を聴くと、僕の頭に浮かんでくるのはこんな情景です。

陽が暮れた後、カリフォルニア郊外の砂漠のハイウェイを走る一台の車。車はおんぼろのオープンカーで、運転しているのは長髪のヒッピー風の若者。彼の長髪が砂漠特有の気温の低下で涼しくなった風にたなびいています。銜え煙草で車を運転している若者がふかしているのはマリワナ煙草(smell がwarm なのは、先に火のついていている煙草を口元に銜えているからではないでしょうか。喫煙者なら分かると思いますが、銜え煙草でふかすと口の周りに仄かな熱を感じる時があります)。I saw a shimmering light の部分からは、前方にホテルのネオンサインのようなものが見えてきたと推測できますが、マリワナでラリってきたと言ってるようにも聞こえます(頭の中がチッチラパッパになっている・笑)。My head grew heavy and my sight grew dim はその結果です。と、colitas がマリワナの意味であることが分かると、歌詞のgrew dim とは裏腹に第1節は一気にクリアーになります。出だしのOn a dark desert highway をベトナム戦争が泥沼化していく中、斜陽していくアメリカという国を暗喩しているといったような小難しいことを考える人もいるようですけども、この第1節にそんな深い意味はないと思います(笑)。後になってDon Henley が、この歌詞に込めた思いのひとつに、度を超えたアメリカ文化the excesses of American culture (それが何なのかを彼は詳しく述べていませんが、アメリカ文化と言うよりは、西海岸の若者文化、つまりは、ドラッグ(麻薬)の乱用や男女間の乱れきった性などによって引き起こされている退廃した世界のことを指しているのでしょう)への警鐘があったと語っているとおり、第1節は、今まさにその退廃した世界への入口に立っている若者の姿を単に描写しているのだと僕は考えています。そのことは、第2節を見ても明らかですね。

第2節は、ホテルの入口にたどり着いた若者がmission bellを耳にするところから始まります。mission bell は教会や修道院の鐘の音のことで、鐘の音は時を知らせる役割以外にも、周囲に危険が迫っていることを知らせる際にも使われていました。つまり、鐘の音が若者に「ほんとに泊まるのか?」と警告している訳です。Don Henley の前述の言葉どおり、まさしく警鐘です。その結果、若者は「泊まって天国のようなホテルだったらいいけど、泊まって地獄みたいなホテルだったら嫌だな。どうしよう」と考えるのですが、結局はホテルの中へ足を踏み入れます。若者がなぜホテルに泊まることにしたのかというと、入口にいた女がlit up a candle(マリワナ煙草に火を付けたの暗喩ではないでしょうか)したように、ドラッグの誘惑があったのだと僕は考えています。そして、若者は一度聞けば誰もが忘れることのない「Welcome to the Hotel California」の声を聞くことになります。その後に続くSuch a lovely face には、癖のある面々が集うホテルといった意味も込められているかも知れません。

この世にはホテル・カリフォルニアの歌詞を絶賛されている方が星の数ほどおられます。その本人が最高と思えば、本人の中では最高のものということは揺るぎなき真理ですので、それらの意見を否定はしませんが、僕の中ではこの曲の歌詞はどちらかと言えばできの悪い部類です(←出た!上から目線・汗)。その理由は次の第4節にあります。第4節に出てくるHer やShe は、第2節に出てくるドアの傍に立っていたsheとは別人であると推察できますが、第3節までの流れはとてもいいのに、この第4節の唐突な女の登場がすべてをぶち壊しにしているからです。あまりにも脈略が無さ過ぎて、取ってつけた感が否めません。まあ、それはさておき、4節目の最初の行のTiffany-twisted はティファニー狂い(ティファニーのような高級品ばかり好む)という意味で、2行目のMercedes Bends と対をなしています(Benz であるはずのメルセデス・ベンツの綴りがBends になっているのは、twist にひっかけた言葉遊びだとDon Henley が後に明かしています)。この節の最初の2行は、度を超えたアメリカ文化のひとつである商業主義とそれに翻弄される人々、3行目と4行目は男女間の乱れた性への非難なのでしょう。そのあと、中庭へ目を向けた若者の目に宿泊客たちが踊っているのが見えます(このシーンも唐突感が否めませんけど)。客たちは自らの過去の人生を振り返りながら踊っていますが(Some dance to remember)中には自らの過去の行いを悔いている人もいるようです。Some dance to forget は忘れてしまいたいくらいに後悔しているということでしょう。

第5節では、中庭で踊る宿泊客たちを目にした若者が、酒でも飲みながら自分も人生をよく考えてみようと、給仕長を呼んでワインを頼みますが、給仕長の返事はWe haven’t had that spirit here since 1969 というものでした。このspirit は強い酒を意味するspirits との語呂合わせのようなもので、ここでも言葉遊びが行われています。つまり、Don Henley は「1969年以来、そんな精神はここにはない」と給仕長に言わせている訳ですが、ここでもまた、その精神とはいったい何なのか、そしてなぜに1969年なのかという謎解きが必要となってきます。そこで、多くの人が1969年がどういう年であったかのかを調べる訳ですが、その結果、その年がアメリカのニクソン大統領がベトナム反戦運動の高まりの中でベトナムからの撤兵を決定した年であったことから、そのことと結びつけて考える人が続出します。ですが、僕の目に留まったのは、そんなニクソンの決定ではなく、その年に起こった「シャーク・エピソード」と呼ばれる出来事でした。そのエピソードというのは、アメリカ公演の為に訪米していたレッド・ツェッぺリンが、西海岸のエッジウォーター・ホテル(部屋から釣りができることが売りの高級ホテルです)に滞在した際に起こったとされる事 件で(事件を起こしたのがメンバーなのかツアーマネージャーのRichard Cole であったのかや、そもそも本当にそんな事件が起こったのかは定かではありません)、ホテルの部屋でドンチャン騒ぎをしていた彼らが、前日に釣り上げて冷蔵庫に入れてあったred snapper(鯛の一種)をグルーピーの女性の陰部に挿入したとされています(当時は、人気ロックバンドのもとには常にグルーピーが集まり、彼女たちをホテルの部屋に呼んでは酒とドラッグで乱痴気騒ぎをする行為が日常的に行われていました)。そんな堕落を生み出すことになった米国音楽産業の商業主義に背を向けていたFrank Zappa は、後にこの事件のことを歌って批判しています。このことから考えると「1969年以来、そんな精神はここにはない」の精神spirit とは「まともな精神、まともな考え、まともな世界」のことであり、1969年というのは、年を表しているのではなく、この事件を指しているとしか僕には思えません。そして、ロックスターたちのそんな堕落した退廃の世界が繰り広げられる舞台に常になっていたのが各地のホテルであり、だからこそ、この曲の舞台がホテル・カリフォルニアという場所であったのだと考えれば全てのつじつまが合うのです。Don Henley やDon Felder、Glenn Frey といった当時のイーグルスのメンバーは元々は西海岸の歌姫Linda Ronstadt(リンダ・ロンシュタット)のバックバンドのメンバーで、Linda Ronstadt の才能を見出して彼女のマネージャーとなったHerb Cohen(ハーブ・コーエン)は、その前はFrank Zappa のマネージャーをしていた人でしたから、Don HenleyとZappa に直接の付き合いが無かったとしても、Herb Cohen からZappa の話を聞いたりしてDon HenleyがZappa の影響を受けていたとしてもおかしくはありません。Don Henley は自らのプライドから「Zappaにインスパイアーされたことはない」と言うかも知れませんけど…。

第6節では再びコーラスに入りますが、第3節のコーラスの歌詞とは少し違っています。ここでの難解な部分はBring your alibis で、第1回のCall Me にも出てきたとおりalibi は本来、犯罪の起こった場所にその時間はいなかったということの証明という意味で使用される警察用語ですので「まともな世界にもう自分は身を置かないという決意を持ってこい」つまりは、ここの住人になれと言っているのだと理解してこの訳にしました。第7節も難解な文のオンパレードですが、和訳を読んでいただけば、だいたいの感じは分かってもらえるかと思います。Mirrors on the ceiling から僕が感じたのは、内なる欲望を隠し覆せない宿泊客たちが集っている部屋の情景(鏡は鏡の前にあるものをそのとおりありのままにに映す、つまりは人の内面といった真実までを映す)であり、そんな部屋の中でpink champagne を手にした女が若者に語りかけているのです。The pink champagne on ice と聞いて思い浮かぶイメージはアイスペールの中で冷やされたシャンペンですが、恐らくここではドラッグを暗喩しているのだろうと僕は思いました。We are all just prisoners here of our own device はその台詞どおり、自分たちが堕落したのは誰のせいでもなく自らの責任であるということでありThey stab it with their steely knives but they just can’t kill the beast は、そんな自分たちは、なんとかドラッグをやめようとしているのだけど結局はできないという意味に思えました。なので、最後に出てくるbeast は、麻薬の常用でケダモノみたいになってしまっている自分たちのことなのだと考えながら、このように訳した次第です。steely knives という言葉を使ったのは、その響きからSteely Dan を仄めかしたかったとDon Henley が語っているとおり(Steely Dan のメンバーであったWalter Becker は麻薬中毒者として有名でした)、第7節は麻薬の乱用に対する問いかけだと考えて問題ないでしょう。

最後の第8節は、特に難しい言い回しはないですが、かの有名なYou can check out any time you like but you can never leave というフレーズがここに出てきます。皆さんはこの台詞を聞いてどう感じられましたか?なんだか自分のことを歌っているみたいだと感じた方はおられませんか?例えば、学校の校則や権威をふりかざすセンコーなど糞喰らえですぐにでも退学したいのに、それができない自分。親が厳しすぎてすぐにでも家出したいのにそれができない自分。会社を辞めたくって仕方ないのに、収入が途絶えると思うとそれができない自分。安易に麻薬に手を出してしまったが為に、やめたくてもやめられなくなった自分。恋人と別れたいのに、なんだか情だけで付き合い続けている自分。自分が選んだ訳でも自分の未来を託した訳でもない連中に好き勝手にされている似非民主主義の世界から抜け出したくても抜け出せない自分。糞みたいな日本国が嫌で嫌で、海外へ飛び出したいけどそれができない自分。そんな風にYou can check out any time you like but you can never leave には様々な人々のそれぞれの思いが重なってしまうからこそ、この曲から様々な解釈が生まれてしまったのだと僕は考えています。そしてこの台詞のあと、伝説のギターソロが続いて曲は終了。

以上のように、ホテル・カリフォルニアはDon Henley が自ら語っているとおり、度を超えたアメリカ文化への警鐘であることは間違いなく、同時に、そんな度を超えたアメリカ文化にどっぷりと浸かってしまている自らへの戒めでもあったのではないかと思います。成功で大金を手にしたイーグルスのメンバーも御多分にもれず、酒、女、ドラッグに塗れたクレイジーな日々を送っていて、保守的な気風のテキサスで生まれ育ったDon Henley が「こんなはずではなかった」と自己嫌悪するようになったとしても不思議ではありません(因みに、イーグルスのメンバーに西海岸出身の者は一人もいません)。そこから導かれる結論はただひとつ。ホテル・カリフォルニアという場所が、度を超えたアメリカ文化が生み出してしまった退廃世界の象徴として描かれたということです。それ以外に他はありません。でも、この名曲には残念ながら情けないオチがあります。Don Henley はそんな思いを込めてこの曲を書き、歌ったにも拘らず、その後は反省どころか逆に銭亡者になってしまい、金銭トラブルからこの曲の最大の功労者であるDon Felder をグループから追い出しました。人間というのは所詮そんなものなんですよね(汗)。

難解だとされる歌詞の解説なので、やはりどうしても長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。第1回から第3回までは、僕が人生の中で好きになった洋楽ベスト3を紹介させていただきましたが、如何でしたか?ベスト3の中でどの曲が一番というのは僕の中にはありませんけども、音楽としての完成度の面からだけで評価するなら、この曲が一番優れているかと思います。

【第4回】Harden My Heart / Quarterflash (1981)

難解な歌詞の曲が続きましたので、今回は比較的、歌詞の意味が分かり易い曲を取紹介しましょう。本日お届けするのは、誠実な愛を求めているのに、うわべだけの愛情でしか接してくれない恋人に愛想を尽かして別れを決めた女の切ない気持ちをボーカルのRindy Rossが力強く歌い上げるQuarterflash の名曲、Harden My Heart です。QuarterflashはこのRindyと彼女の夫でありギターリストのMarv Ross(二人とも元教師)が中心となって1980年に西海岸のポートランドで結成したバンドで、翌年にこの曲Harden My Heartをリリースして大ヒットさせました(翌年のビルボード社年間チャートで13位と大健闘)。バンド名のQuarterflash は、オーストラリアで新移民を指すスラング「a quarter flash, three quarters foolish ・4分の1はまともだけど(使えるけど)残りの4分の3は馬鹿(使えない)」に由来するそうですが(笑)、Ross 夫婦はオーストラリア人ではなく二人ともポートランド生まれのアメリカ人。友人の音楽プロデューサーの家にあった本の中にたまたまその言葉を見つけてバンド名にしたとMarv Ross が語っています。

Crying on the corner
Waiting in the rain
I swear I will never ever wait again
You gave me your word
But words for you are lies

街角で泣きながら
雨降る中、待ってるの
もう二度と待たないって誓うわ
だって、あなたは約束したけど
その言葉は嘘だもの

Darling in my wildest dreams
I never thought I’d go
But it’s time to let you know

叶わぬ夢の中の愛しいあなた
あなたのもとを去るなんて思ったことはなかったけど
今がその時よ、あなたにそのことを分からせるわ

I’m gonna harden my heart
I’m gonna swallow my tears
I’m gonna turn and leave you here

あたしは覚悟を決めることにしたの
もう諦めることにしたの
あなたに背を向けて去ることにしたのよ、今ここで

All of my life I’ve been waiting in the rain
I’ve been waiting for a feeling that never ever came
It feels so close but always disappears

あたしは人生でね、ずっと雨の中、待ち続けていた
ずっと待ち続けてたの、叶うことのなかった
儚い恋の成就をね

Darling in your wildest dreams
You never had a clue
But it’s time you’ve got the news

叶わぬ夢の中の愛しいあなた
心当たりなんてなかったでしょ
だけど、そのことを今、あなたは知ったはずだわ

I’m gonna harden my heart
I’m gonna swallow my tears
I’m gonna turn and leave you here

あたしは覚悟を決めることにしたの
もう諦めることにしたの
あなたに背を向けて去ることにしたのよ、今ここで

Darling in my wildest dreams
I never thought I’d go
But it’s time to let you know

叶わぬ夢の中の愛しいあなた
あなたのもとを去るなんて思ったことはなかったけど
今がその時よ、あなたにそのことを分からせるわ

I’m gonna harden my heart
I’m gonna swallow my tears
I’m gonna turn and leave you here

あたしは覚悟を決めることにしたの
もう諦めることにしたの
あなたに背を向けて去ることにしたのよ、今ここで

*アウトロはI’m gonna harden my heart とI’m gonna swallow my tears の繰り返しなので省略します。

Harden My Heart Lyrics as written by Marvin Ross
Lyrics © Warner Chappell Music Inc.

【解説】
この曲、Rindy Ross の声(特にleave you here の部分を伸ばして歌う時の声の響きが最高です)と哀愁を帯びたメロディーラインが見事にマッチしていて、彼女が自ら奏でるサックスの音色が響くイントロを聞いた瞬間から、たちまち悲恋の世界に引き込まれますね。

では早速、歌詞の解説に入りましょう。第1節は和訳のとおり。この節を聞いて頭に浮かぶのは「デートの約束を信じて雨降る中を男が来るのを街角でずっと待っているのに今日もすっぽかされた」といった情景で、実際にデートの約束があったのかや雨の中で待っていたのかどうかは別として、この節からは不誠実な男の薄っぺらな愛情に翻弄され続けている女の姿が垣間見えます。第2節も特に難しい部分はなく、そんな男に愛想を尽かした女が別れを決意した気持ちが歌われていますね。wildest dreamsは「夢のまた夢」とか「見果てぬ夢」といった意味なので、ここでは「叶わぬ夢」にしました。第3節のI’m gonna harden my heartは直訳すれば「心を強く持つことにする」とか「心を鬼にする」で、曲のタイトルから浮かんでくる印象を優先して日本語に置き換えるならば、それらの表現の方がぴったりとくるのですが、ここは別れという重い決断をした女の切ない思いを尊重し、敢えて「覚悟をきめることにした」と訳しました。I’m gonna swallow my tears も同様で、日本語に訳せば文字どおり「涙をのむ」ですが、もうこれ以上の我慢はしないと誓った女の揺るぎない決意を強調する為「諦めることにした」と訳しています。因みにgonna はgoing to、ain’tはI am not もしくはYou are not、wanna はwant to、gotta はhave(has) got to もしくはhave(has) got a の口語表現で、これを使わない人間はいるのかと思うほどに日常会話では頻繁に耳にします。洋楽の歌詞にもしばしば登場しますので、覚えておいて損はありません。第4節はやや難解でI’ve been waiting for a feeling that never ever came.It feels so close but alwaysdisappearsは、叶えられることのなかった彼女の気持ち、すなわち、恋人から真の愛情を受けたい、偽りのない誠実な恋を成就させたいという気持ちであり、その気持ちIt は叶えられそうでいていつも叶えられなかったと理解してこのような訳にしました。第5節以降は、これまでの節の繰り返しなので解説は不要ですね。

Harden My Heart には、曲がリリースされた当時に制作された古いMV(Music Video)がありまして、冒頭からRindy がいきなりダサいレオタードを着て現れるという衝撃映像(笑)と歌詞の間とにまったく関連性が見受けられないという出来の悪いビデオなのですが、But it’s time you’ve got the news の部分を歌う時だけ、彼女の顔が「どうだ、思い知ったか!」ってな女の顔になるのが印象的でした。余談ですが、このあとQuarterflash は特にヒット曲を生み出すことはなかったものの(つまりは、世間で言うところの一発屋だったんです)、2019年頃まで解散することもなく夫婦揃って音楽活動を続けていたみたいです(笑)。

【第5回】867-5309 Jenny / Tommy Tutone (1981)

この曲のタイトル867-5309 Jenny を見て「何だよ、これ?」と思った方はおられませんか?そうなんです。この曲は電話番号がタイトルになっている世にも珍しい曲なんです!しかし、この曲を大変興味深いものにしているのはそれだけではありません。ギターの爽やかな音色のイントロから一気に曲調がブーストアップしていくまさにアメリカン・ストレート・ロックという感じのこの曲は僕も大好きで、若い頃は歌詞の意味など知らぬままに良く聞いていたのですが(今でも良く聞きます)、実はこの曲、とてもとても怖いことを歌っている曲でもあるのです。先ずはその問題の歌詞をどうぞ。

Jenny, Jenny, who can I turn to?
You give me somethin’ I can hold on to
I know you think I’m like the others before
Who saw your name and number on the wall

ジェニー、ジェニー、僕はどうすりゃいいんだい?
君には僕が夢中になれる何かがあるんだ
君は僕のことを他の連中と同じようにしか思っていないだろうけどさ
壁に書かれた君の名前と電話番号を見た連中と変わらないってね

Jenny, I got your number
I need to make you mine
Jenny, don’t change your number
867-5309 (867-5309)
867-5309 (867-5309)

でもさジェニー、僕は君の番号を知っちゃったんだよ
僕は君をモノにしなくちゃならないのさ
だからジェニー、番号を変えないでくれよ
867-5309って番号をね

Jenny, Jenny, you’re the girl for me
Oh, you don’t know me, but you make me so happy
I tried to call you before, but I lost my nerve
I tried my imagination, but I was disturbed

ジェニー、ジェニー、ほんと、君は僕のタイプなんだ
君は僕のことを知らないけどね、君は僕のことをご機嫌にしてくれてるんだ
このまえ君に電話してみようとしたんだけどさ、ビビっちゃって駄目だった
想像しただけで、おかしくなりそうだったよ

Jenny, I got your number
I need to make you mine
Jenny, don’t change your number
867-5309 (867-5309)
867-5309 (867-5309)

でもさジェニー、僕は君の番号を知っちゃったんだよ
僕は君をモノにしなくちゃならないのさ
だからジェニー、番号を変えないでくれよ
867-5309って番号をね

I got it (I got it), I got it
I got your number on the wall
I got it (I got it), I got it
For a good time, for a good time call

知っちゃったんだ、知っちゃったんだよ
壁を見て君の電話番号を
知っちゃったんだ、知っちゃったんだよ
楽しく過ごしたかったら、ここに電話してってやつさ

Jenny, don’t change your number
I need to make you mine
Jenny, I’ll call your number
867-5309 (867-5309)
867-5309 (867-5309)

ジェニー、番号を変えないでくれよ
僕は君をモノにしなくちゃならないのさ
だからジェニー、電話するよ
867-5309って番号へね

Jenny, Jenny, who can I turn to? (867-5309)
For the price of a dime
I can always turn to you (867-5309)
867-5309 (867-5309)
867-5309 (867-5309)
5309 (867-5309)
5309 (867-5309)
5309 (867-5309)

ジェニー、ジェニー、僕はどうすりゃいいんだい?
そうか、10セントあれば
いつでも君に近付けるよね
867-5309って番号を知ってんだもの

867-5309/Jenny Lyrics as written by Alexander Call
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC, Warner Chappell Music Inc.

【解説】
さて、皆さんは、この曲の歌詞の和訳に目を通してみてどう思われましたか?「これってストーカーですよね!?」って思われた方も多いのではないでしょうか?Yeah, absolutely! 僕もそう思います(笑)。壁に書かれていた女性の電話番号を偶然見つけて、ひとり勝手に盛り上がって、一方的に思いを寄せるばかりか、僕は君をモノにしなくちゃいけないんだなんて気になってしまっているこの兄ちゃんは、今の時代であれば100%ストーカー認定です(だからdefinitely ではなくabsolutely なんです)。まあ、この曲がリリースされた1980年台初頭はストーカーなんて言葉も世にはまだ無くって、こんなことが許されてしまうようなまだまだ大らかな時代だったということですね。ですが、歌詞を読み解いていくと、この兄ちゃんは単なるストーカーではなく、相当にヤバイ兄ちゃんであることも分かります(笑)それがどういうことなのか、いつものように歌詞を見ていきましょう。

僕がこの歌詞を理解できるようになった頃、この曲の舞台はアメリカの高校なんだろうと勝手に想像していましたが、作詞を担当したAlexander Call のインタビュー記事なんかを読んでみると、必ずしもそういう設定ではないようです(本人談によると、電話番号も名前もストーリーも全て架空のものとのこと)。ですが、ここでは場所をアメリカの高校、主人公は性への興味で頭が一杯の思春期の男子高校生、ジェニーは学校の誰もが憧れている素敵な女性徒、もしくは性にオープンだと男性徒の間で噂されている女性であると独断で舞台とキャラクターを設定して歌詞を解説することにします。第1節のwho can I turn to?は、ネイティブ話者がこの言葉を口にする際は普通「誰に頼めばいいの?」とか「誰を頼ればいいの?」といった意味で使っています。ここでは「どうすれば君にお近づきになれるのなー?」といった感じでしょうか。3行目と4行目では、ジェニーの電話番号が壁に書き込まれてあるのを見つけたことが明かされていますが、歌詞には壁としか書かれていないので、どこの壁かは分かりません。男性であれば普通思い浮かぶのは、卑猥な落書きが溢れている学校の男子トイレの壁ですね。次の第2節では、憧れていたジェニーの電話番号を偶然知った青年が暴走を始め、彼女を僕のものにしないといけないという妄想に憑りつかれるだけでなく「電話番号を変えるな!」なんてことまで要求し始める始末。とんでもない兄ちゃんです(笑)

第3節では、妄想だけではもう我慢できなくなって遂にジェニーに電話をするも、ビビってしまって失敗
(呼び出し音の途中で切ってしまったと想像します)。4行目のI tried my imagination, but I was disturbedは、電話で話せなかったことで、青年の妄想(恐らく性的な妄想も含む)がますます膨らんでいる様子が窺えます。つまり、最初は単に憧れの的であったジェニーが、電話番号を手に入れてしまったことでこの頃には性の対象に変わってしまっていると僕は受け止めました。第4節は和訳のとおり。第5節のFor a good time, for a good time call は少し難解です。携帯電話が普及する前は日本でも公衆電話ボックスに風俗店のエロ・チラシがベタベタと貼り付けられていましたが、アメリカでも状況は同様で、都会の街中ではエスコート・サービスなどのエロ・チラシを見かけることはしょっちゅうでした。そんなエロ・チラシに印刷されていた客を呼び込む為の典型的な宣伝文句がこのfor a good time call なのです。I tried my imagination, but I was disturbed とfor a good time call を関連付けて考えると筋が通ると思います。第6節は和訳のとおり。第7節のFor the price of a dime のa dime というのはアメリカの10セント硬貨のこと。前述のとおり、この歌詞が書かれた1980年頃は携帯電話などまだ無かった時代ですから(アメリカでさえ、携帯電話が庶民の身近なものになったのは90年代に入ってからですかね)電話と言えば家か勤務先の電話と公衆電話しかなく、10セントという金額は当時の公衆電話の市内通話1回分だったのです。現在のアメリカ人の若者は恐らくそんなことを知らないでしょうから、彼らもまた、ここの部分を聴いてもあまりピンとこないのではないかと思います。それにしても、ビビって電話を切ってしまったくせに「10セントありゃあ、君に近付けるよね」なんてまだそんな風にうそぶいているこの兄ちゃん、ほんとヤバい奴というかイタい奴というか、ここまできたらただの変態野郎ですよね(笑)

余談ですが、この曲は全米でヒットしたせいで(米国ビルボード社の1982年度年間チャートで16位。但し、売れたか売れなかったかはその曲の価値を意味するものではありませんので(小説も同じですが)このコーナーでチャートの順位を紹介している時は、そういう事実があるという意味のみで記しているとご理解ください。なので順位の数字が間違っていてもいちいち訂正は入れません)、多くの人に大迷惑をかけた曲としても名を馳せています。曲が人々に知られるにつれ、多くの人が8675309とこの電話番号を口ずさむようになり、その結果どうなったかというと、もう皆さんもお分かりですよね。全米で同じ電話番号を持つ家庭や施設に電話のコールが殺到するようになったそうです。市外局番をいろいろと組み合わせて片っ端から電話をかける馬鹿もいて、被害者となってしまった方々は、電話番号を変えたり、電話線を自ら切断したりする羽目になったそう。ある日突然、街の人々がそこら中で自分の電話番号を口ずさんでる光景を想像してみてください。笑えない話ですよね。そんなイタズラ電話による被害の他にも、ハイスクールでこの時代を過ごすことになったものの、ジェニーという名を持つばかりに校内で揶揄いの対象となった女子高生も少なからずいたみたいで、ボーカルのTommy Tutone に「あんたのせいであたしの高校生活が滅茶苦茶になったじゃないの!」と抗議する女性も現れたと伝えられています。

【第6回】You’re So Vain / Carly Simon (1972)

今回も前回に引き続き、怖い歌詞の曲を紹介します。英語なんてチンプンカンプンだった高校生の頃にこの曲を初めて聞いた時、その出だしの特徴的な音の響きの中になぜだか炭鉱へ向かう炭鉱夫の姿が頭に浮かんだ僕は、これは彼らの辛い労働の日々を歌ってる曲なんだと勝手に思い込んでしまっていました。You’re so vain の部分もその頃の僕の耳には「ヨーソーベイ(湾)」としか聞こえなくって「ヨーソーという名の石炭の積出港のことなんだろうな」なんて思ってたんですよね(汗)。歌詞カードでも持ってればそんなことにはならなかったんでしょうが、歌詞カードを手にするには高価なレコードを買わなければならず、気に入った曲の歌詞を知る為に毎度レコードを買い揃えるなんてことは経済的に不可能でした。その後、英語が少しは分かるようになった時、それまでの自分の理解が勘違いも甚だしかったことに気付き、カーリー・サイモンの大ヒット曲「You’re so vain」が、自分を捨てた歴代の彼氏たちに対する女の怨念がこもった世にも恐ろしい歌であることをようやく知りました(笑)

You walked into the party like you were walking onto a yacht
Your hat strategically dipped below one eye
Your scarf it was apricot
You had one eye in the mirror, as you watched yourself gavotte

あんたってさ、ヨットに乗り込むみたいにパーティーへ足を運んでたよね
なんだか意味ありげに中折れ帽を斜にかぶってさ
アプリコット色のスカーフなんかも身に着けてたわね
それでもって、ダンスを踊る自分の姿を鏡で見ながら女たちの品定めをしてたのよね

And all the girls dreamed that they’d be your partner
They’d be your partner and

ええ、そうよ、女たちはみんなあんたと踊りたがったわ
誰もがあんたと踊りたがった

You’re so vain
You probably think this song is about you
You’re so vain (you’re so vain)
I’ll bet you think this song is about you
Don’t you? Don’t you?

あんた、うぬぼれてるから
これを聞いたら自分のことだってたぶん思うでしょうよ
あんたって、うぬぼれが強いから
絶対そう思うよね
ねえ、違う?違わないよね?

You had me several years ago when I was still quite naive
Well, you said that we made such a pretty pair and that you would never leave
But you gave away the things you loved
And one of them was me

何年か前、あたしがまだ世間知らずだった頃、あたしはあんたの女だった
あんた、言ったわよね、あたしたちほどお似合いのカップルはいないし、絶対に離さないって
なのに、あんたは何度も女を捨ててきた
そのうちの一人があたしよ

I had some dreams, they were clouds in my coffee
Clouds in my coffee and

結局、あたしは淡い夢を見てただけなんだよね
コーヒーカップに映る雲みたいな幻影をさ

You’re so vain
You probably think this song is about you
You’re so vain (you’re so vain)
I’ll bet you think this song is about you
Don’t you? Don’t you? Don’t you?

あんた、うぬぼれてるから
これを聞いたら自分のことだってたぶん思うでしょうよ
あんたって、うぬぼれが強いから
絶対そう思うよね
ねえ、違う?違わないよね?

I had some dreams, they were clouds in my coffee
Clouds in my coffee and

結局、あたしは淡い夢を見てただけなんだ
コーヒーカップに映る雲みたいな幻影をね

You’re so vain
You probably think this song is about you
You’re so vain (you’re so vain)
I’ll bet you think this song is about you
Don’t you? Don’t you?

あんた、うぬぼれてるから
これを聞いたら自分のことだってたぶん思うでしょうよ
あんたって、うぬぼれが強いから
絶対そう思うよね
ねえ、違う?違わないよね?

Well, I hear you went up to Saratoga
And your horse naturally won
Then you flew your Learjet up to Nova Scotia
To see the total eclipse of the sun
Well, you’re where you should be all the time
And when you’re not

聞いたわよ、あんたがサラトガ競馬場へ行って
大勝ちしたってね
そのあと、皆既日食を見たさにプライベートジェットで
ノヴァ・スコシアへ飛んだこともね
あんたはいつでも自分がいるべき場所にいる
そうじゃない時に

You’re with some underworld spy or the wife of a close friend
Wife of a close friend and

あんたの傍にいるのは、くだらない連中か親友の奥さんくらい
親友の奥さんだなんて最低だわ

You’re so vain
You probably think this song is about you
You’re so vain (you’re so vain)
I’ll bet you think this song is about you
Don’t you? Don’t you? Don’t you?

あんた、うぬぼれてるから
これを聞いたら自分のことだってたぶん思うでしょうよ
あんたって、うぬぼれが強いから
絶対そう思うよね
ねえ、違う?違わないよね?

*このあとアウトロでYou’re so vain. You probably think this song is about you を繰り返して曲は終了します。

You’re So Vain Lyrics as written by Carly Simon
Lyrics © Universal Music Publishing Group

【解説】
この曲には、歌詞の内容がカーリーがそれまでに付き合っては別れることになった何人かの男たちに対する当てこすりではないのかとそのリリース直後から騒ぎになっていたという有名エピソードがあり、それはいったい誰なのかという論争が長年に渡って続いてきました。ですが、近年になってカーリー本人が、歌詞の対象になっている男が3人で、そのうちの2人は俳優のウォーレン・ベイティとローリングストーンズのミック・ジャガーであることを認めたことから、謎であったままの元恋人の正体がほぼ解き明かされることになりました(残る一人が誰なのかだけは未だ明かされていません)。カーリーがそう言っているからにはそれが事実なのでしょうが、ここでひとつ疑問なのは、この曲のレコーディング時にミック・ジャガーがバックコーラスに飛び入り参加していたという事実です。彼はその時、自分の事が歌われていると気付かなかったんですかね?それとも、よほどの鈍感男なのか(彼ならありえそうですが・笑)不思議です。実はこの曲、イントロに何か掛け声のような声が入っていまして、長いあいだ僕には「シャバダバ」にしか聞こえてなくって、そう言ってるものだとてっきり思い込んでいたんですが、今回、じっくりと曲を聴き直してみた際Son of a gun と言っていることにようやく気付きました(汗)。Son of a gun はSon of a bitchの婉曲表現で、かつての恋人たちに向けて「糞野郎め」ってな言葉を最初に投げかけてから歌い始めているこの曲が、噂どおりの相当攻撃的なものであることを改めて知ることになった次第です。因みにSon of a gun は罵倒だけでなく、このあとにYou did it などを付ければ「おいおい、やったじゃないか!(上出来、上出来)」みたいな感じの誉め言葉としても使えます。

それでは、そろそろ解説に移るとしましょう。第1節はやや難解ですが、和訳を読んでいただけば、感じは掴んでいただけるかと思います。4行目のgavotte は大抵のネイティブも聞いたことがないような単語で、当然僕にも分かるはずもなく、辞書で調べてみたところ、フランスの古い時代の民俗舞踊であることが分かりました。第1節に出てくる男が実際にgavotte を踊っているとは思えないのでgavotte は単にダンスの言い換えだと考え、こう訳してあります。カーリーがgavotte みたいなレアな単語をわざわざ使った訳については、1行目前のyacht と3行目のapricot と韻を踏む為だったということ以外の理由が僕には浮かんできません。次に第2節、ここで重要なのはAnd all the girls dreamed の文中でgirls が使われているとおり、第1節と共にカーリーがまだティーンエイジャーであった頃の話であることが推察できるという点です。第1節に出てきた洒落男はカーリーの初恋の相手で、ヨットなんかも所有していた年上の富裕な男だったのでしょう、恐らくは、まだ名前が明かされていない3人の中の最後の1人がこの男なのではないかという気が僕にはします。第3節も和訳のとおり。この節でthis song という言葉が使われているのを見ると、この曲がヒットしていつか自分の歌声が糞野郎たちの耳にも入るであろうことをカーリーが確信していたと思わざるを得ません。怨念に憑りつかれた女の執念のようなものが感じられて怖いです。逆に言えば、そんな性格だから男たちは皆、彼女から離れていったんじゃないのかという気がしないでもありません(笑)。

第4節で気をつけなければならないのはBut you gave away the things you loved の部分で、ここのthe things は物ではなく人間(つまり、ここでは女性たち)であると僕は理解しました。女を物みたいにしか扱かわない男たちへの批難の気持ちを込めてthe things にしたのではないかと考えます。第5節はこの曲の歌詞の中で一番難解な部分。clouds in my coffee のclouds は雲と同じように白いミルクの比喩であり、コーヒーカップの中でかき混ぜられて瞬く間に消えていくというイメージから儚さを表現しているのだと長らく僕は考えていましたが、今回、和訳にあたってカーリーが受けたインタビューにいろいろ目を通していると、これもまた僕の思い込みであったことが分かりました(汗)。clouds in my coffee は、彼女が飛行機で移動していた際、機内サービスで出されたカップに注がれたコーヒーの上に窓の外の雲が映り、それを隣の席から目にした友人がLook at the clouds in your coffeeと彼女に向かって言ったことに彼女がインスパイアーされたというのが事実だったのです。まあ、いずれにせよclouds in my coffee が儚さを表していることに違いはないですね。

第6~8節は特に解説の必要なし。第9節は、一見、何か比喩が含まれているようにも見えますが、特にこれといった比喩はなく、サラトガ競馬場(米国では上流階級の社交場)やプライベート・ジェット(Learjetは主にビジネス用の小型ジェット機を製造しているメーカーの名前です)に言及していることから見て、第9節では男が相当な金持ちであることを示唆していると推察できます。これを聞いた男が自分のことだと分かるようになっているというこの曲の性格から考えて、この節で歌われている出来事は実際にあった話なのでしょう(因みに、1970年の3月、カナダのノヴァ・スコシア州では素晴らしい皆既日食が観測できたそうです。1972年7月にもノヴァ・スコシアで皆既日食を見られるチャンスがありましたが、その年は本曲がリリースされた年ですし、72年のノヴァ・スコシアでは上空に分厚い雲が出て観測できなかったという事実が存在しますので、この節で言及されているのは70年の皆既日食のことで間違いないと思います)。第10節のunderworld spy は今でもはっきりとした意味が僕には良く分からず、裏世界で暗躍する人間といったイメージしか湧いてこないので、ここでは金持ちに取り入ろうとする得体の知れぬ人たち、つまりはくだらない人間と理解し「どうせあんたは今でもくだらない連中に囲まれてるか、浮気の最中なんだろうさ」という嫌味が込められているのだと想像しながら、こう訳しました。

女の怨念は恐ろしい、そして、人間の思い込みもまた恐ろしい(←僕のことだ・笑)という二つのことを勉強することができたカーリー・サイモンの名曲、是非とも聴いてみてください。

【第7回】Foolish Beat / Debbie Gibson (1987)

このDebbie Gibson の曲は僕のお気に入りの曲と言うよりも、一生忘れることはない思い出の曲です。その出来事があって以来、この曲を耳にすると胸が締めつけられ、苦しくって長らくのあいだ聞くことができなかったんですが、あれから30年以上の月日が流れ、最近ようやく、何か懐かしさを感じながら聴けるようになりました。それがなぜなのかに興味を持たれた方は、このサイト内の『小説の棚』にアップしてある『風と娼婦』という僕の作品を読んでみてください。特に、携帯電話が一台あれば世界の果てとも簡単につながることのできる今の時代しか知らない若い人たちに読んでもらえたら嬉しいです。

There was a time when
Broken hearts and broken dreams
Were over
There was a place where
All you could do was
Wish on a four leaf clover

傷ついたり夢破れたり
した時があったわ
昔のことだけどね
あたしができることと言ったら
四つ葉のクローバーに
祈ることぐらいだった

But now is a new time
There is a new place
Where dreams just can’t come true
It started the day when I left you

でも今、時は新たになったの
新たな人生の一歩を踏み出すわ
夢が叶うって訳じゃないけどね
すべてはあなたと別れた時から始まったのよ

I could never love again the way that I loved you
I could never cry again like I did when I left you
And when we said goodbye
Oh the look in your eyes
Just left me beside myself without your heart
(Without your heart)
I could never love again now that we’re apart

あなたを愛したようにもう人を愛せないでしょうね
あなたと別れた時みたいに泣くこともないと思うわ
だって、あたしたちに別れが訪れた時
あなたの目に浮かんだものが
あたしの心をかき乱したんだもの。あなたの気持ちを考えもしなかった
離れ離れになった今、またあなたを愛したいだなんて無理もいいところよね

When I was sorry
It was too late to turn around
And tell you so
There was no reason
There was no reason
Just a foolish beat of my heart

後悔した時はもう
振り返るには手遅れだった
だから、あなたにはこう伝えたいわ
理由なんて何もなかった
理由なんて何もなかったってね
単にあたしが浅はかだったのよ

I could never love again the way that I loved you
I could never cry again like I did when I left you
And when we said goodbye
Oh the look in your eyes
Just left me beside myself without your heart
(Without your heart)
I could never love again now that we’re apart

あなたを愛したようにもう人を愛せないでしょうね
あなたと別れた時みたいに泣くこともないと思うわ
だって、あたしたちに別れが訪れた時
あなたの目に浮かんだものが
あたしの心をかき乱したんだもの。あなたの気持ちを考えもしなかった
離れ離れになった今、またあなたを愛したいだなんて無理もいいところよね

Oh, can’t you see I’m not fooling nobody
Don’t you see the tears are falling down my face?
Since you went away
Break my heart, you slipped away
Didn’t know I was wrong
Never meant to hurt you now you’re gone

あたしが誰も欺いていなんかないって分かってもらえないわよね
あたしの頬を伝ってる涙だって見える訳ないわよね
もう離れ離れになっちゃったんだもの
ああ、あたしの心はもうずたずた。だって、あなたはそっと身を引いたんだもの
悪いのはあたしだって知らないままにね
あなたを傷つける気なんてなかったのよ。今となっては遅いけど

I could never love again now that we’re apart
(Now that we’re apart)
I could never love again now that we’re apart

離れ離れになった今、あなたをもう一度愛するなんてできないわよね
あなたをもう一度愛するなんてできる訳ないわ。もう離れ離れなんだもの

Foolish Beat Lyrics as written by Debbie Gibson
Lyrics © MUSIC SALES CORPORATION

【解説】
この曲が大ヒットして全米週間チャートで1位を獲得した1987年、Debbie Gibson はまだ高校生でした。17歳という最年少で栄冠を得た彼女の前人未到の記録は今も破られていません(16歳でリリースしたアルバムOut of the Blue(本曲を含む)から5曲ものシングルカットが全米トップ10入りしたという凄まじい記録も彼女は持っています)。驚くのは、この曲の歌詞を実体験からではなく想像で創作したと彼女が語っていることで、感性のある人は違うものだなとつくづく思います。この曲の歌詞は一見シンプルに見えますが、タイトルの「Foolish Beat」からして、置き換える日本語を探すのが難しいように、日本語に訳すにはなかなか手強い相手です。

第1節は和訳のとおり。この節を聞くと、子供の頃、いつも公園で四つ葉のクローバー探しに熱中していたことを思い出します。その理由は四つ葉のクローバーを見つけたら願い事が叶うと教えられていたからで、日本におけるその俗信は、四つ葉のクローバーは珍しいものだから、見つけた時には幸運が訪れるという意味で広まったと考えられています(海外でも、同じように考えている人は多いですが)。本来の四つ葉のクローバーの意味は、それぞれの葉をhope,faith,love,luck(希望、信仰、愛、幸運)と見做し、それらを大事にしましょうというアイルランドの伝承で語られているとおりで、アメリカでは花言葉としてBe mine(私を想ってください)の意味もあると聞きました。第2節も難しい部分は無く、元カレのことは忘れて新たな道を進もうという決意が語られています。この節で一番見落としてはならないのがI left you という部分で、この言葉が意味しているのは、主人公である女性の側から男性を振ったという事実であり(逆ならHe left me と歌うはずです)別れの主導権が女性にあったことが分かります。この曲の歌詞の和訳で出鱈目なものが多いのは、この点をまったく理解していないからではないでしょうか。この後に続く歌詞を聞いても分かるように、この歌は彼氏に振られた女性の失恋の悲しみや辛さを歌っているのではなく、自らの身勝手から彼氏を振ってしまった自分の後悔を歌っているものなのです。

第3節は少し難解。ここではcould が多用されていますが、ネイティブがこのcould を聞いて感じるのは、話者の気持ちの実現の可能性でしょう。即ち、この節から伝わってくるのは、完全にそうだとは言い切れない彼女の中の未練という女心であり、この節の文を断定口調で訳すと歌詞の意味が台無しになってしまいます。4行目と5行目のThe look in your eyes just left me beside myself without your heart は構文としては相当に難解で、このままでは何を言おうとしているのか分かり辛いですが、Just left me、beside myself、without your heart の3つに分け、Oh the look in your eyes がbeside myself という状態に私をしたleft me と考えれば理解できます。without your heart の部分は、without thinking your heart であると考えこう訳しました。the look in your eyes からは、彼女が別れを告げた時、彼氏が反論することもなくどこか冷静に淡々と話を聞いているような光景が僕の目には浮かびます。第4節にも難しい部分はなく、彼女がなぜ後悔しているのかとその驚くべき理由が語られています。なんと理由はThere was no reason.Just a foolish beat of my heart だったのです。つまり、別れを告げた理由にこれといったものはなくfoolish beat(うまく日本語に置き換えられませんが、心の中に愚かにも浮かんでしまった何か衝動のようなものとでも言うべきでしょうか)が彼女にそうさせたと言っている訳です。5節目は3節目の繰り返し。6節目も和訳のとおりです。Break my heart, you slipped away, Didn’t know I was wrong はやや難解ですが、前述のような身勝手な理由で彼女が彼氏に別れを告げた時、その理由も分からないままあたかも自分が悪かったかのように自らそっと身を引いていった彼氏の姿を僕は想像しました。恐らくは、世で言うところの「いい人」と呼ばれる部類の人だったのでしょう。7節目も訳のとおりで、別れを告げた相手に対する彼女の未練が最後まで感じられますね。

シンセサイザーとサックスが奏でる悲し気な音の響きが見事にマッチしたメランコリックなイントロに続き、Debbie が抜群の歌唱力で(そのデビュー時の年齢もあって、彼女はアイドル的な扱いを受けてしまいましたが、声もいいし歌も上手いです)恋人との切ない別れを歌いあげるこの曲、聴いたことがない方には是非とも聞いていただきたい一曲です。

【第8回】The Warrior / Scandal featuring Patty Smyth (1984)

前回の解説を書いているうちになんだかセンチメンタルな気分になってしまいましたので、今日は元気が出てくるような勢いのあるサウンドを一曲紹介します(歌詞はかなり意味不明なものですが・笑)。この曲はバンド名の後にわざわざfeaturing Patty Smyth と付け加えられているとおり、ボーカルにPatty Smyth(スミスではなくスマイスと発音します)を迎えて新たに結成されたバンドScandal がヒットさせたもので、Patty のOhhhhhh…Ohoooh…の叫びで始まるパワフルな歌声がハードロック調のメロディーラインと共に響き渡ります。因みに、Patty Smyth の夫は、プレー中にコートでしばしば暴言を吐く気性の激しさからsuperbrat (悪童)と呼ばれるようになった往年の男子テニス界の名選手John McEnroe(ジョン・マッケンロー)。二人の馴れ初めはまたあとで!

You run, run, runaway
It’s your heart that you betray
Feeding on your hungry eyes
I bet you’re not so civilized
Well isn’t love primitive?
A wild gift that you wanna give
Break out of captivity
And follow me stereo jungle child
Love is the kill
Your heart’s still wild

走れ、走るのよ、逃亡するの
それをできなくしているのはあなたの心よ
飢えた心に勇気を与えてもいいの
あなたはありのままでいていいんだから
だって、愛なんて原始的なものじゃないの?
そんなのがあなたの与えたいものかしら
囚われの身から抜け出せばいいのよ
窮屈な世界で生きるあなたはあたしについてきなさい
所詮、愛は不毛なものでしょ
あなたの心に眠っているものはまだ生きてるはずよ

Shooting at the walls of heartache
Bang, bang!
I am the warrior
Well, I am the warrior
And heart to heart you’ll win
If you survive the warrior
The warrior

傷ついた心の壁を狙って撃てばいいの
バン、バンってね
あたしは戦士
戦士なの
心を開けばあなたが勝つわ
あなたが生き残れば戦士なの
まさしく戦士なの

You talk, talk, talk to me
Your eyes touch me physically
Stay with me we’ll take the night
As passion takes another bite
Who’s the hunter, who’s the game?
I feel the beat call your name
I hold you close in victory
I don’t wanna tame your animal style
You won’t be caged in the call of the wild

あなたはあたしに話しかけ
その目であたしを惑わすわね
傍にいてよ、一緒に夜を過ごすの
情熱をもう一度蘇らせるのよ
誰が狩る側で、誰が狩られる側?
あたしはあなたの名を呼びたい衝動に駆られる
勝利に近付けるようにね
あたしは自由を求めるあなたをおとなしくさせるつもりなんてないわ
自由を求めて叫ばなきゃいけない檻に入れられるようなこともないの

*ここから後のコーラス、ブリッジは同じフレーズの連呼なので省略。アウトロで若干歌詞の異なっている部分だけ記しておきます。

Shooting at the walls of heartache
Bang, bang!
I am the warrior
Yes, I am the warrior
And victory is mine

傷ついた心の壁を狙って撃てばいいの
バン、バンってね
あたしは戦士
戦士なの
勝利はあたしのものなのよ

The Warrior Lyrics as written by Nick Gilder, Holly Knight
Lyrics © BMG Rights Management

【解説】
僕にとってこの曲は、何度聞いてみても歌詞の意味がまったく理解できない意味不明なものでしたが、当初は主人公を男性として書かれていた曲の歌詞(作詞したのは彼女ではありません)にPatty Smyth が手を加えて主人公を自分の望むものを得る為に戦うことを恐れない強く自信に満ちた女性を示唆する象徴に作り変えたことや、この曲を聞いた世界中の女性があれほど共感してくれたことは驚きだったと本人が語っているのを聞いて、ようやく歌詞の意味を理解することができました。そのことを知る機会が無ければ、永遠に意味不明のままの曲だったと思います(笑)

いきなりYou run, run, runawayというフレーズから始まる第1節の最初のYouを、歌っているのが女性だからYou は相手の側、つまりは男性だと思ってしまうとこの曲の歌詞は何を言おうとしてるのかまったく要領を得ないものになってしまいます。なぜなら、僕も前述のPatty Smythへのインタビュー動画を見るまでは、この曲の歌詞に出てくるyouやyourが同じ女性を指していることに気付かなかったからです。You run, run, runaway が、男性が支配する社会や夫に縛られるような家庭から逃げ出せと女性たちに呼びかけているのだと理解できたのはインタビューの内容を知ってからで(この曲が世に出た頃はまだ、社会のあちこちに様々な男女格差が残っていた時代だったんです)それが分かると、後に続く訳の分からぬフレーズの意味も見えてきます。2行目のhungry eyesは女性の独立心、I bet you’re not so civilizedは規則や慣習、伝統といったものを気にせず自分が思うことをするありのままの姿であっていいということ。A wild gift はlove primitive(男女間の愛などもう過去の遺物)の言い換えと考えてこのように訳しました。stereo jungle child も長らく僕の中で謎でしたが、stereo はギリシャ語が語源で元の意味がsolid であることからstereo jungle は硬直した社会の言い換えであると考え、child はそこに生きる女性たちを指しているのではないかという結論に達しました。そう考えていくと、第2節のShooting at the walls of heartache,Bang, bang!は、相手の傷ついた心の壁を撃てと言っているのではなく、自分のそれを撃てと言っていることが分かってきます。つまり、このフレーズの意味は自分の殻を破れと言っているのだと理解しました。自分はそうやって戦うことで(だから戦士)女性が窮屈しか感じない世界から抜け出した、あなたたちもそうすれば同じようになれると、主人公は第2節で歌っているのです。

第3節も、4行目までは一見すれば男女間の愛の行為について歌っているように思えますが、歌詞の流れからして、ここも同性の女性に対する語りかけだと考えましょう。Who’s the hunter, who’s the game?は男女間の関係の主導権はどちらにあるのかという問いかけであり、後に続くI feel the beat call your name がそれはあなただと示唆しています(ここでのbeat の響きはfoolish beat の時のbeat とはまた違う、何か魂の鼓動のようなものを感じさせます)。animal style は男女間の関係においても自由を求める女性の姿、気持ち(animal であるのはnot so civilized であることが女性の地位向上の第一歩であると主人公の戦士が考えているからではないかと思います)。つまり、最後の行のthe call of the wild は、自由を求める女性の叫びを意味しているのです(ジャック・ロンドンの同名の小説を匂わせていることは明白でしょう)。そして最後に、あたしは戦うことで自由を手に入れた、自由はあたしのものになったのだと叫んでこの歌は終ります。the warrior は自由を求め、戦い、勝ち取った女戦士だったという訳です。ここに記した僕の解説が的を得たものであるかどうかは今でもやや自信がないですが、歌詞なんか意味不明であっても、ノリのいい旋律さえあれば音楽は人に何か活力のようなものを与えてくれるということを証明してくれている1曲ですので、自分の耳で聴いて確かめてみてください。

さて、冒頭で触れたPatty Smyth とJohn McEnroe の馴れ初めですが、お互いがファンだったということもなく、1994年頃にたまたま互いの共通の友人のパーティーで出会って付き合い始めたようです。当時、二人ともバツイチでしたが、1997年にバツイチ同士で再婚し、2034年現在も離婚することなくその関係は続いているそう。McEnroe はテニス選手になる以前より大の音楽好きだったそうですから、彼の方がPatty に惚れているのでしょうね(←個人の推測です)。

【第9回】Eye in the Sky / The Aran Parsons Project (1982)

前回のThe Warriorの歌詞に意外なメッセージが潜んでいることに興味を持たれた稀有な方はいらっしゃいませんか?(笑)今回も見方によってはかなり違った意味を併せ持っているのではと思わせる曲を紹介しましょう。この曲をリリースしたThe Aran Parsons Project(以下APP と記します)は、その名のとおりAran Parsons という音楽エンジニア(スタジオでアーティストの音作りの裏方をするスタッフ)を生業にしていたイギリス人とシンガーソングライターであったEric Woolfson(同じくイギリス人)が1975年にロンドンで結成した音楽ユニットで、二人が作詞作曲した曲を彼らがその都度、曲に合ったシンガーを選んで歌わせるというちょっと風変わりな音楽集団(プロジェクト)です。二人が作る曲の音色や構成は新しい音楽を生み出そうとする気概が感じられる実験的なものが多く、ロック・ミュージシャンというよりは音楽家といった感がありますね。

Don’t think sorry’s easily said
Don’t try turning tables instead
You’ve taken lots of chances before
But I ain’t gonna give anymore
Don’t ask me
That’s how it goes
‘Cause part of me knows what you’re thinking

ごめんねなんて簡単に言えることだって思わないでくれよ
立場を挽回しようなんてことは尚更さ
君にはいっぱいチャンスがあったんだから
これ以上、チャンスはあげないよ
頼んだって無駄さ
それが君には相応しいんだ
だって、君の考えてることの分かる自分がここにいるから

Don’t say words you’re gonna regret
Don’t let the fire rush to your head
I’ve heard the accusation before
And I ain’t gonna take any more
Believe me
The sun in your eyes
Made some of the lies worth believing

後悔してるなんて言わないでくれよ
調子にのらないでくれ
前にも咎められたことがあるけど
もう耳は貸さない
だって
君の燃えるような瞳を見てると
嘘さえ信じてもいいのかなって思っちゃうからね

I am the eye in the sky
Looking at you
I can read your mind
I am the maker of rules
Dealing with fools
I can cheat you blind
And I don’t need to see any more to know that
I can read your mind (Looking at you)
I can read your mind (Looking at you)
I can read your mind (Looking at you)
I can read your mind

僕は空に浮かぶ目なんだ
空から君を見てると
君の考えてることが分かるのさ
ルールを決めるのは僕
お馬鹿さんたちをうまくあしらうように
僕は君を操ることができるんだ、完璧にね
これ以上何もしなくたって分かるんだ
君の考えてることなんて(君を見てるだけで)

Don’t leave false illusion behind
Don’t cry, I ain’t changin’ my mind
So find another fool like before
‘Cause I ain’t gonna live anymore believin’
Some of the lies while all of the signs are deceiving

錯覚なんてしないでくれよ
泣いたって駄目さ、僕の気持ちは変わらないから
だから、前みたいに別のカモを探しなよ
だって、僕は生きてくつもりはないから
君の思わせぶりな態度を信じながらね

*ここから後のコーラスは第3節のフレーズの繰り返しなので省略します。

Eye in the Sky Lyrics as written by Eric Norman Wolfson, Alan Parsons
Lyrics © Warner Chappell Music Inc.

【解説】
この曲でボーカルを担当したのはEric Wolfson。どこか清涼感のあるメロディーラインの中で彼の優しい声が響くこのラブソングは(取り敢えずはラブソングとしておきます)全米週間ヒットチャートで3位にまで昇りつめましたが(米国ビルボード社の年間チャートでは32位。ガイジンは「洋楽あるある」とでも言うべき聞いただけで「だっさぁー」と赤面するようなクサい歌詞の並ぶラブソングが好きなんです)、二人の母国の英国ではこの曲は泣かず飛ばずで、年間チャートのトップ100にも入りませんでした。この曲の歌詞をクサい歌詞が並ぶラブソングとして受け止めて和訳すると、歌詞は以上にご覧いただいたとおりのようなものとなり、どの節もシンプルで、特に難解な部分は見当たりません。この歌詞の英語をざっと聞いてみても、浮気癖が抜けないとか生活態度が悪いといった何か問題のありそうな恋人に愛想をつかした男が別れを決意した心情を吐露しているようにしか思えません。ですが、いくつかの疑問が出てくるのも事実で、その最大のものがI am the eye in the sky から始まる第3節です。いくら逆ギレして別れることに決めたからといって「おまえのことを空から見てるからな」なんてことになるでしょうか?これでは867-5309 Jenny で紹介した変態男の上を行くストーカーです(笑)。しかし、何よりも、APP がそれまでに発表してきた曲のことを考えると、彼らがこの歌を安直なラブソングとしてプロデュースしたとも思えません(Eye in the Sky も、シングルカットには挿入されていませんが、アルバムではこの曲の前奏的なものとして「Sirius」というインストゥルメンタルのみの曲が挿入されており、コンサートでも必ずセットで演奏されることも意味深長です)。実際、彼らのデビューアルバムが「怪奇と幻想の物語/エドガー・アラン・ポーの世界」という芸術性に富んだものであったこともあってか、この曲には何か別のメッセージが込められているに違いないと同じように考える人は世界中にいて、多くのファンが自らの見解を各々に述べ、時には議論を戦わせてきました。そして、そんな論議の中で僕の目に留まったのが「I am the eye in the sky のフレーズはジョージ・オーウェルが『1984』で描いたような監視社会の暗喩なのでは?」という、とあるアメリカ人の意見でした。

その意見が「それは一理あるな」と僕に思わせたのは、ラスベガスのカジノ場へ行った時にEye in the Skyのインスピレーションが湧いたとアランが雑誌のインタビューに答えている記事を読んだことがあったからで(カジノ場では不正を防止する為、至る所に取り付けられた監視カメラが客を監視しています)、カジノ場で失恋の歌のインスピレーションが湧いたというのはどう考えても僕には不自然だったのです。僕が見つけたアメリカ人のコメントは短いものでそれ以上のことを語ってはいませんでしたが、この一人のアメリカ人の意見は僕に大きなヒントを与えてくれました。僕にはこの曲の歌詞が「1984」に描かれていたような全体主義への恐怖を暗喩しているとまでは思えなかったものの(確かにこの曲がリリースされた1982年頃は、2年後に1984年が迫っていたことからオーウェルの作品が話題に上ることが多かったので、APP が意識をしてはいたかもですが)この歌詞が一人の人格が語っているものではなく、歌詞の中には二人の人格があり、この世を支配する側と支配される側との対立を描いているのではと考えるとすべてがクリアーになったのです。そこで、第1節のDon’t think から始まる言葉が支配される側、その中でも、真理や真実を見抜く目を持っているが故に国家や社会などから冷遇され(真理や真実を見抜く目を持っているが故に偽善に満ちた支配者には従わない)反抗者として扱われている者たちの叫び、I am the eye in the sky から始まるコーラス部分(第3節)は、そんな彼らを支配しようとし続けている支配者側(似非民主主義を土台にしている偽善国歌や価値観を共有しない者は排除するような社会といったもの。似非民主主義とは、日本国をはじめアメリカ、イギリス、フランスといった世界中の国家で行われている間接民主主義という名のインチキ統治システムのことです。ルソーの言葉を借りるまでもなく、直接民主主義以外は民主主義ではありません)が発する声と仮定して訳してみると、なかなか興味深いものとなりました。以下が僕の新解釈です。

【反抗者の声】
Don’t think sorry’s easily said
Don’t try turning tables instead
You’ve taken lots of chances before
But I ain’t gonna give anymore
Don’t ask me
That’s how it goes
‘Cause part of me knows what you’re thinking

おまえたちの謝罪なんていらねえ
俺たちのことを逆に懲らしめてやろうなんて思うなよ
おまえたちには社会をまともにするチャンスが何度もあったんだ
これ以上、おまえたちに従うなんてごめんだね
従ってくれって頼んだって無駄だぞ
それが道理だろ
おまえたちの考えてることなんてお見通しなんだよ

Don’t say words you’re gonna regret
Don’t let the fire rush to your head
I’ve heard the accusation before
And I ain’t gonna take any more
Believe me
The sun in your eyes
Made some of the lies worth believing

俺たちを袖にしたことを後悔してるなんて言うなよ
調子に乗るんじゃねえってんだ
俺たちは何度も袖にされてきたんだ
もうお前たちに耳なんか貸すもんか
だってよ
お前たちの甘事を聞いてると
偽善さえ善だと思っちまうからな

【偽善国家の声】
I am the eye in the sky
Looking at you
I can read your mind
I am the maker of rules
Dealing with fools
I can cheat you blind
And I don’t need to see any more to know that
I can read your mind (Looking at you)
I can read your mind (Looking at you)
I can read your mind (Looking at you)
I can read your mind

我々は君たちのことを常に監視している
君たちを監視している我々こそ
君たちの考えはお見通しだ
ルールを決めるのは我々である
我々は愚か者をうまくあしらい
完璧に支配することができるのだ
監視している以上、我々にはすぐに分かるのだ
君たちの考えてることなんてな(常に監視してるからな)

【再び反抗者の声】
Don’t leave false illusion behind
Don’t cry, I ain’t changin’ my mind
So find another fool like before
‘Cause I ain’t gonna live anymore believin’
Some of the lies while all of the signs are deceiving

錯覚しやがって、おまえたちはほんと愚かだ
何を言われたところで、俺たちはもう気持ちを変えない
今までのように御しやすい別のカモを探しな
俺たちはおまえたちなんかともう一緒に生きてくつもりはないのさ
おまえたちの嘘に塗れた言動など信じるもんか

第1節のturning tables はラブソング版では立場を挽回するという意味で訳しましたが、新解釈版では、やり返すという意味の方がはまります。第2節の2行目のlet the fire rush to your head はlet it go to your
head の言い換えでしょう。That’s how it goes は「物事なんてそんなものだ」とか「あなたにはそれが相応だ」と言いたい時に良く使われるフレーズで、ここでのthat’s はI ain’t gonna give anymore を指しています。The sun in your eyes は、まさに税金のばら撒きなど偽善国家がちらつかせる飴といったイメージがここではぴったりで、cheat you blind は、騙して盲目にする、つまり、完全に騙すの意味で、人を徹底的に騙して操るというイメージから「支配」としました。さてさて、僕の新解釈、如何だったですか?ちょっと面白いと思いませんか?(笑)

【第10回】Play the Game Tonight / Kansas (1982)

1982年にヒットした曲の中にもう1曲、意味深長な曲があるので紹介しましょう。Kansas というバンドがヒットさせた曲で、リリース直後に全米週間チャートの4位にランクインしました。Kansas は70年代後半にヒット曲を連発していた人気バンドでしたが、81年にボーカルのSteve Walsh がリーダー格のKerry Livgren と曲作りの方向性で揉めて脱退したこともあって低迷(揉めた原因は、新興キリスト教にのめり込んだKerry が、キリストの啓示といった宗教的なものを曲に含ませようとし始めたせいだとされています)そのあと新たなボーカルにJohn Elefante を迎えて再始動した直後にヒットさせたのがこの曲でした。この曲を聴いて最初に浮かんでくるイメージは、成功への階段を駆け上りつつあるアーティストの姿といった感じのものですが、Kerry が宗教に傾倒していたこともあって、歌詞には別のメッセージが込められていると考える人が少なくない曲でもあります。

You think that something’s happening
And it’s bigger than your life
But it’s only what you’re hearing
Will you still remember
When the morning light has come?
Will the songs be playing over and over
Till you do it all over again?

何かが起こりつつあるって君は思ってるよね
人生を左右する何かがさ
でもね、それは君がそう思ってるだけなんだ
朝の光が差し始めた時のことを
君はまだ覚えてるかい?
すべてを一からやり直すことになるまで
あの曲が何度も何度も聞こえてくるだけじゃないのかな?

Play, play the game tonight
Can you tell me if it’s wrong or right?
Is it worth the time?, is it worth the price?
Do you see yourself in the white spotlight?
Then play the game tonight

いよいよ今夜だな
でも、その前に教えてくれよ、それって正しいことなのかい?
時間を費やしたり、やったりするに値することなのかい?
白いスポットライトを浴びる自分を想像できるのかい?
それが分かってるなら、やればいいさ。今夜ね

And when the curtains open
To the roaring of the crowd
You will feel it all around you
Then it finally happens
And it’s all come true for you
And the songs are playing over and over
Till you do it all over again

興奮する観衆の前の
舞台の幕が上がった時
君は観衆の熱気を感じるだろうね
遂にこの時が来たって
成功をつかんだんだって
でもさ、あの曲が何度も何度も聞こえてくることになるよ
すべてを一からやり直すことになる日まで

Play, play the game tonight
Can you tell me if it’s wrong or right?
Is it worth the time?, is it worth the price?
Do you see yourself in the white spotlight?
Then play the game tonight
Tonight!

いよいよ今夜だな
でも、その前に教えてくれよ、それって正しいことなのかい?
時間を費やしたり、やったりするに値することなのかい?
白いスポットライトを浴びる自分を想像できるのかい?
それが分かってるなら、やればいいさ。今夜ね
そう、今夜さ!

Play, play the game tonight
Can you tell me if it’s wrong or right?
Is it worth the time?, is it worth the price?
Do you see yourself in the bright lights?

いよいよ今夜だな
でも、その前に教えてくれよ、それって正しいことなのかい?
時間を費やしたり、やったりするに値することなのかい?
明るい未来にいる自分の姿を想像できるのかい?

*この後は、bright lights をwhite spotlight に再び変えて同じフレーズを歌い、最後にPlay the game tonight を連呼しながら曲は終わります。

Play the Game Tonight Lyrics as written by Kerry Livgren, Danny Flower
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
強風が吹きすさぶ荒野のど真ん中にぽつりと置かれたピアノから流れ出す音色のようなピアノの独奏で始まるこの曲のイントロは、まさしくその後に続くYou think that something’s happening の歌詞のとおり、今まさに何かが始まろうとしているのだという感覚を聴く者に抱かせますが、この曲の場合、歌詞の意味を知ればその感覚がさらに高まります。そこで、冒頭で触れたKerry Livgren が宗教にのめり込んでしまっていたという情報を踏まえつつ、宗教における道徳観のようなものを念頭に僕の頭の中で日本語に置き換えてみた結果が以上のような和訳です。それでは、詳しく歌詞を見ていきましょう。

第1節の歌詞は英文として特に難しい部分はありませんが、その真意をつかむとなるとやっかいな相手と
なります。3行目のit’s only what you’re hearing のit は2行目のit と同様にsomething’s happening を指していると考えられ、only what you’re hearing は、あなたに聞こえていることはそれだけということです。問題は4行目以降で、この曲の歌詞を何度も聞き返して僕が達した結論は、5行目のthe morning light has come は人が生まれた時の姿、つまり、まだ金や欲に塗れていない純粋な人の姿であり、6行目のthe songsはその純粋さを失うな、金や欲には塗れるなという警鐘のようなものではないかということでした。Will the songs be playing over and over till you do it all over again は「人は金や欲には塗れてしまうと最後には破滅し、人生をやり直すことになる。その警鐘はその時まで鳴り続くんだぞ」ということであると僕は理解しています。この曲のようにit を多用する歌詞では、そのit がそれぞれ何を指しているのかをよく見極めることが和訳のコツとなります。第2節のPlay, play the game tonight は、中学の1年生が習うレベルのごく簡単な単語しか並んでいないのに多くの日本人が理解できないという、この歌詞の中で一番難解な部分です。play the game は前後の文脈によっては当然「ゲームで遊ぶ」にもなりますし、単体で慣用表現的に使えば、英和辞書にも記されているとおり「正々堂々とやる」という意味にもなります。が、それらの意味だけにこだわってしまうと、この歌詞はまったく意味不明なものとなることでしょう。そこで、英英辞書にその手掛かりを求めてみたのですが、そこにto do things in the way you are expected という用法が記されてあるのを見つけた僕は、まさしくそれだと思いました。ネイティブ話者に尋ねてみても「play the game という言葉の響きには何か動きのようなものを前に進めるというという核core がその中にあるように思う」という意見があったこともあり、ここは思い切ってPlay, play the game tonight を「いよいよ今夜だな」、Then play the game tonight を「なら、やればいいさ。今夜ね(「なら」だけでは、言葉足りずに思えたので、敢えて捕捉的に「それが分かってるなら」にしました)」と訳した次第です。第2節ではPlay, play the game tonight という言葉のあと、主人公がやろうとしていることに対してCan you tell me if it’s wrong or right?やIs it worth the time?, is it worth the price?という問いかけが為されていますが、それらの言葉が意味しているのはすべて「もっと良く考えろ」ということでしょう。Do you see yourself in the white spotlight?については、第5節で触れることにします。

次に第3節ですが、ここの歌詞を聴いて頭に浮かんでくるのは、いよいよステージに立ったアーティストの姿で、成功をつかんだ主人公(Then it finally happens, and it’s all come true for you がそのことであり、言い換えれば「おまえはついに金と欲に塗れてしまったのだ」となりますでしょうか)に対してAnd the songs are playing over and over till you do it all over again と再び警鐘が打ち鳴らされています。4節目は第2節のフレーズの繰り返し。5節目も同じフレーズの繰り返しですが、5節目だけはwhite spotlight がbright lights に入れ替えられていることに気付いた方はおられますか?ここにbright が出てくることでwhite spotlight やbright lights が明るい未来の暗喩なのではないのかということをようやく理解できるような気がします。恐らくlight はfuture の言い換えでしょう。Do you see yourself は、例えばWhere do you see yourself in ten years?(10年後の自分の姿が見えますか?、つまり10年後の自分はどんな自分でいたいですか?ということです)といった質問がよく為されるように、ここでは自分の姿を想像するという意味で使われています。

因みにKansas は1984年に一度解散しましたが、翌年には先に脱退していたSteve Walsh を中心に再結成(バンド解散の原因ともなったKerry Livgren は再結成に加わっていません、と言うかお呼びでなかった・笑)。その後もメンバーの入れ替えが続いてオリジナルのメンバーがほとんどいなくなったものの、2023年になった現在も音楽活動を続けているという息の長いバンドでもあります。この曲を歌ったボーカルのJohn Elefante(同じく再結成には加わらず)はKansas のボーカルを選ぶオーディションに応募した200人以上のシンガーの中から選ばれたという実力からも分かるとおり歌唱力抜群で、Kansas 時代の彼の美しい歌声を聴きたい方にはこの曲がお薦めですよ!

【第11回】Rosanna / Toto (1982)

この曲のタイトルとなっているRosanna はイタリアでは良く耳にする女性の名前で、イタリア語ではロザンナと発音されますが(ロの音は巻き舌で発音)、英語圏ではロザーナとなります(ロザーナというよりはロザァナに聞こえます)。ロザンナと聞いて「ヒデとロザンナ」を思い浮かべるのは年配の人。若い方はヒデとロザンナなんてご存知ないでしょうね(笑)。この曲をリリースしたのは1977年にロサンゼルスで結成されたToto というロックバンドで、Rosanna がラジオから流れ始めた当時、中学生だった僕たちの間では「ベンキ」と呼ばれていました。ベンキとはずばり「便器」のことで、学校のトイレの和式便器の金隠しの部分の上でいつも輝いている文字が『TOTO』だったからです(笑)。この曲のモデルとなったのは、グループのメンバーだったイタリア系アメリカ人のSteve Porcaro が当時つきあっていた女優Rosanna Arquette(ロザーナ・アークチェット)であるという説が長らくの間まことしやかに伝わっていましたが、歌詞を書いた同じくメンバーのDavid Paich は後にそれを否定していて、この曲に出てくるロザーナの名は、歌詞を歌う際にどんな名前が合うのかをいろいろと試してみた結果、ロザーナという名の響きが一番しっくりときたからだと明かしています。歌詞のモデルがRosanna Arquette だという噂の原因は、当時、まだ駆け出しの女優であったArquette が「あの曲はあたしのことを歌ってるのよ」と自らの宣伝の為に吹聴して回っていたからだとも言われていますけども、David Paich は、Porcaroの彼女がたまたま曲のタイトルと同じロザーナという名前であることを知っていた自分たちが「この曲を演奏する時は、あいつら二人のことを思い浮かべながらやろうぜ」という悪ふざけをいつもしていたことから歌詞のモデルがRosanna Arquette だという誤解が生まれたと語っています。

All I wanna do when I wake up in the morning is see your eyes
Rosanna, Rosanna
I never thought that a girl like you could ever care for me
Rosanna
All I wanna do in the middle of the evening is hold you tight
Rosanna, Rosanna
I didn’t know you were looking for more than I could ever be

僕が朝起きたらしたいことはね、君の瞳を見つめることさ
ああ、ロザーナ
君みたいな娘が僕に優しくしてくれるなんて思いもしなかったよ
ロザーナ
僕が夜の真っ只中にしたいことはな、君を強く抱きしめることさ
ああ、ロザーナ
君が僕以上のものを求めるなんて思いもしなかった

Not quite a year since she went away, Rosanna, yeah
Now she’s gone and I have to say

彼女が出て行ってそろそろ一年、ああ、ロザーナ
彼女がいなくなった今、僕はこう言わなくっちゃね

Meet you all the way
Meet you all the way, Rosanna yeah
Meet you all the way
Meet you all the way, Rosanna yeah

今でも君に会いたいよ
今でも君に会いたいんだ、ロザーナ
今でも君に会いたいんだ
今でも君に会いたいのさ、ロザーナ

I can see your face still shining through the window on the other side
Rosanna, Rosanna
I didn’t know that a girl like you could make me feel so sad
Rosanna
All I want to tell you is now you’ll never ever have to compromise
Rosanna, Rosanna
I never thought that losing you could ever hurt so bad

反対側の窓から未だ微笑んでる君の顔が見えるよ
ああ、ロザーナ
君みたいな娘が僕をこんなにへこませるなんて思いもしなかったな
だけど、ロザーナ
君には自分を曲げる必要はないってことだけは言っておくよ
ああ、ロザーナ
君を失うことがこれほど辛いとは思いもしてなかったさ

Not quite a year since she went away, Rosanna, yeah
Now she’s gone and I have to say

彼女が出て行ってそろそろ一年、ああ、ロザーナ
彼女がいなくなった今、僕はこう言わなくっちゃね

*この後は同じフレーズの繰り返しで最後にコーラスがMeet you all the way を連呼して曲が終わります。

Rosanna Lyrics as written by David Paich
Lyrics © Spirit Music Group, Warner Chappell Music Inc.

【解説】
小気味よいドラムの打音とどこか爽やかさの漂うギターの音色が見事に組み合うイントロに続いて歌い始めるのはSteve Lukather。本職はギターリストで、歌ってもバックコーラスくらいでしたが、この曲ではボーカルを担当していて、第1節のAll I wanna do when I wake up in the morning is see your eyes というなんだか早口言葉みたいなフレーズをソフトな声で見事に歌っています。ですが、Lukather の出番はここまで。5行目のAll I wanna do in the middle of the evening is hold you tight からはメイン・ボーカルのBobby Kimball にバトンタッチです。7行目のI didn’t know you were looking for more than I could ever be から推測できるのは、歌詞の主人公の彼女であったのであろう女性が他の男のもとへ走ったということ。第1節の歌詞に英語的な難しさのある部分は特になく、和訳したとおり。要するに、洋楽によくある典型的なクサい歌詞ですね(笑)。2節目のNot quite a year since~は「~してから1年は経っていない」という意味。第3節はMeet youの前のI wanna がすべて省略されていると考えて良いでしょう。そのあとのall the way にはいろいろな使い方がありますが、ここでは距離感や程度を表す「ずっと」いう意味なので「今でも」と言葉を置き換えました。第4、5節も和訳のとおり。このように、この曲の歌詞には難解な言い回しも聞き慣れない単語も見当たらず、とてもシンプルなものになっています。初級レベルの英語を学習中の方でも、この歌詞であれば自力で和訳することはそれほど難しくはないと思いますので、一度チャレンジしてみては如何でしょうか?一曲でも自力で歌詞を訳し終えると、英語力に自信がつきますよ!

自分の元を去って行った元カノに今でも会いたいという切ない思いを、どこかふっきれた感の漂うメロディーラインと共に歌い上げるこの曲、高度なテクニックを駆使して叩かれるドラムの音色と相まって大ヒット(1982年の米国ビルボード社の年間チャートで14位)。それまでほとんど無名であったToto の名を世界に知らしめました。因みにToto というバンド名、日本では「アメリカに輸出されたTOTO の便器に染め付けられていた会社名のロゴをアメリカのトイレで見かけたメンバーが気に入ってバンド名にした」みたいな都市伝説のような名前の由来が流布していますが、Bobby Kimball は次のように語っています(発言の中で彼がwe ではなくthey と言っているのは、Kimball はその場にいなかったからでしょう)。
「They were sitting at the house Jeff (Porcaro) had, watching television, they were watching ’The Wizard of z’. The little dog was named Toto and they thought that’s a good name for a band. That’s where the name came from」
つまり、Toto の名は便器ではなく「オズの魔法使い」に出てくる犬の名前だったということなんです(笑)

【第12回】My Sharona / The Knack (1979)

前回に引き続き、今回も曲中で女性の名前を連呼している曲を紹介しましょう。ですがRosannaとは違ってこのMy Sharona という曲はかなりキワドイ歌詞の曲ですので、未成年者は歌詞も解説も読まないようにしてください(笑)。この曲をリリースしたのは「ビートルズの再来」として売り出されたThe Knackという4人組のバンドで、1979年度の米国ビルボード社年間ヒットチャートで堂々1位の座に輝くほどにMy Sharona はバカ売れしました。しかし、この曲以外のヒット曲を生み出せずにいつの間にか消えてしまったことから、同じ頃、日本で「夢想花」という曲をヒットさせた後「飛んで、飛んで、飛んで」と歌った自らの歌詞のようにどこかへ飛んで行ってしまって1曲のヒットで消えたとされる円広志さんになぞらえ、アメリカ版の「一発スター」と日本では呼ばれています。但し、両者の名誉の為に付け加えておくと、円さんは関西圏のテレビ、ラジオで今でも活躍されてますし(笑)、The Knack でボーカルを務めていたDoug Fieger(ダグ・フィーガー)も2010年に亡くなるまでずっと地道に音楽活動を続けていました。

Ooh, my little pretty one, pretty one
When you gonna give me some time, Sharona?
Ooh, you make my motor run, my motor run
Gun it coming off of the line, Sharona

あぁ、俺の可愛いいコギャルちゃん、可愛いいコギャルの
シャローナちゃん、いつになったら時間を作ってくれるんだい?
あぁ、君は俺のモーターを回し始めたんだ、俺のモーターをね
俺のモーターはもうフル回転でおかしくなりそうなんだよ、シャローナちゃん

Never gonna stop, give it up, such a dirty mind
I always get it up for the touch of the younger kind
My, my, my, I, yi, woo!
M-m-m-my Sharona

そんなエロい妄想、もう止めることも諦めることもできないんだ
だってさ、若い娘に触れられるって思うだけで、俺はいつもおっ勃ってんだもの
あぁ、俺の、俺の、そうさ、俺の
俺のぉぉ、俺のシャローナちゃん

Come a little closer, huh, ah, will ya, huh?
Close enough to look in my eyes, Sharona
Keeping it a mystery gets to me
Running down the length of my thighs, Sharona

もっと傍に来てくれよ、なあ、来てくれるだろ?
俺の瞳を覗けるくらい傍へさ、頼むよ、シャローナちゃん
エロい妄想をそのまんまにしてると
なんだか股間がムズムズしちゃうんだよ、シャローナちゃん

Never gonna stop, give it up, such a dirty mind
I always get it up for the touch of the younger kind
My, my, my, I, yi, woo!
M-m-m-my Sharona
M-m-m-my Sharona

そんなエロい妄想、もう止めることも諦めることもできないんだ
だってさ、若い娘に触れられるって思うだけで、俺はいつもおっ勃ってんだもの
あぁ、俺の、俺の、そうさ、俺の!
俺のぉぉ、俺のシャローナちゃん
俺のぉぉ、俺のシャローナちゃん

When you gonna give to me, g-give to me?
Is it just a matter of time, Sharona?
Is it j-just destiny, d-destiny
Or is it just a game in my mind, Sharona?

いつになったら、だ、抱かせてくれるんだい?
そんなの時間の問題?だよね、シャローナちゃん
そ、それが運命なのさ、それが君の、う、運命
それとも、シャローナちゃんさあ、これって単なる俺の妄想?

Never gonna stop, give it up, such a dirty mind
I always get it up for the touch of the younger kind
My, my, my, I, yi, woo!
M-m-m-my my my, I, yi, woo!
M-m-m-my Sharona

そんなエロい妄想、もう止めることも諦めることもできないんだ
だってさ、若い娘に触れられるって思うだけで、俺はいつもおっ勃ってんだもの
あぁ、俺の、俺の、そうさ、俺の!
俺のぉぉ、俺のシャローナちゃん

*ここから先はmy Sharona だけを連呼した後、長いギターソロが入って再びmy Sharona の連呼で曲が終わるので省略します。

My Sharona Lyrics as written by Doug Fieger, Burton Averre
Lyrics © MUSIC SALES CORPORATION, REACH MUSIC PUBLISHING

【解説】
The Knack のボーカルでこの曲を作詞したDoug Fieger が曲のリリース直後から明かしているとおり、曲中に出てくるSharona は実在する女性で、Doug の恋人でした。二人が出会ったのはDoug が25歳の時、一方のSharona は17歳だったそうです。その事実を知れば、第1節の最初に出てくるmy little pretty oneの意味がすぐに理解できますが、同時にそのことは物議を醸すことになりました。Doug Fieger はロリコン趣味の変態野郎ではないのかという疑惑です。そのあと彼は危機感を感じたのか、新聞社のインタビューに対して、歌詞の内容は自分の気持ちではなく14歳という架空の少年の目線で描いたものだと答えていますが、ロリコン認定を避ける為の方便だったとしか思えませんね(笑)。そもそもThe Knack というバンド名自体、1965年に製作されたイギリス映画「The Knack …and How to Get It」というエロ・コメディーに由来するそうですし…。

まあ、そんなことはさておき、歌詞を見ていきましょう。ドラムとベースが奏でる単調なリズムにエレキギターの音色が加わって曲が一気にブーストアップする特徴的なイントロの後に聞こえてくる第1節のWhen you gonna give me some time から浮かんでくるのは、主人公がシャローナをデートに誘っている光景で、そこから推測できるのは、二人がこの時点ではまだ付き合ってはいないという事実です(余談ですが、ダグはこのsome time の部分を真ん中で切ってtimeを後ろのSharonaとくっつけて歌うので、聞いただけでは何を言いたいのか良く分からないですし、他の節でも同じような歌い方をしていますね)。4行目のGun it はあまり使われない表現で、ネイティブでもGot it と聞き間違える人が少なからずいるようですが、Got it だとyou make my motor runがあったことによってcoming off of the lineすることになった(直訳すれば線から外れるですが、ここでのthe lineは正常な気持ちのような意味で使っているのだと考えこう訳しました)と単に言っているようにしか聞こえませんが、Gun it(車を急発進させるといった意味があります)だと、you make my motor run によって急に心に火が付いたといった感じのイメージが湧いてきますし、そのことから主人公はシャローナに一目ぼれだったのであろうということが窺えます。第2節を聞いて分かるのは、第1節のmotor が主人公の淫らな欲望を意味しているに違いないということで、それがなぜかと言うと、2行目のget it up は第1節の流れと後に続いている文から考えても男性器をおっ勃てるにしか聞こえないからです。the touch of the younger kind に至っては、ロリコン趣味を反映しているのかkind がkid を連想させますし、もしもこの曲をkind ではなくkid で歌えば、放送禁止処分を受けることになるのは確実でしょう。これらのフレーズはmy little pretty one 以上に物議を醸したと言うよりか、世間の批判に晒されることになり、日本にも「8時だよ全員集合を子供たちに見せてはいけない」というような主張(子供を下品にする)をしていた教育ママみたいな方々がかつて存在していたようにアメリカにも同種の人々がいて、この第2節は「だから、ロックなんて子供に聞かせてはいけないんだ」という主張を正当化する材料ともなってしまいました。

3節目も下品なフレーズ炸裂で、the length of my thighs は男性器を指しているとしか思えません。僕がそう思ったのはthigh が複数形になっているからで、男性の太腿と太腿の間に何があるのかは誰が考えてひとつしかないのです(笑)。第4節は第2節と同じヤバいフレーズの繰り返し。5節目も同じく絶好調に下品で、When you gonna give to me, g-give to me?の部分からは、二人が既に付き合い始め、次の段階に進もうとしていることが推察できます。第1節ではsome time をいつgive してくれるのかと言っていたのに、ここでは何をgive して欲しいのか曖昧にしていますが、第4節の歌詞部分のダグの歌い方が実にイヤラしくスケベ丸出しなので、主人公が何を求めているのかは明らかです(言い過ぎですか?・笑)。第6節は再びお下劣フレーズに戻り、そのあと、ギターのソロが入ります。Berton Averre のギター演奏、めちゃくちゃ上手いしイケてますよね。どうやって弾いてるんだろうと思います。そして、最後に「俺のシャローナ」を狂ったように連呼しながら曲は終了。と、ここまで歌詞を見てきたことからも分かるように、この曲は100%「変態ソング認定」ですね(笑)。

では最後に、この曲の興味深いエピソードをひとつ紹介して解説を終えることにしましょう。冒頭でも触れましたが、歌詞に登場するシャローナは実在の人物で、Sharona Alperin というLA 出身の女性です(シャローナという名前はユダヤ系の名前で、ヘブライ語で平和を意味するシャロームに由来)。なんと、この女性、My Sharona のシングル・レコードのジャケットの表紙にも登場していて、乳首スケスケの白のタンクトップ姿で写っています(ここからもDoug Fieger の変態ぶりが窺えますね・笑)。Doug とSharonaAlperin は実際に付き合っていましたが、彼女が二十歳を過ぎた頃に別れたそう。ロリータとしての価値が無くなったからでしょうかね(笑)驚くべきことに彼女、Doug と別れた後は不動産業界に身を置き、LAで売上金額ナンバーワンになるほどの成功を収めています。こんな歌詞の曲を歌うグループをどうしてビートルズの再来として売り出そうとしたのか不思議でなりませんが、ギター演奏も上手いことだし、ビートルズの再来ではなく、ビジュアルもパンク風に変えてクレイジーなハードロック・バンドとして売り出した方が、ロック界のキワモノとしてもっと生き残れたのではと思うのは僕だけでしょうか?(笑)

【第13回】Heat of the Moment / Asia (1982)

今回紹介する曲は1982年に米国ビルボード社の年間チャートで40位に入ったAsia というバンドがリリースしたHeat of the Moment です。高校生の時にこの曲を最初に聴いてからというもの、これぞアメリカン・ロックといったそのメロディーラインから(今、聞き返すと、シンセサイザーの音の使い方なんかが英国っぽいと言えば英国っぽいのですが・笑)僕はしばらくのあいだアメリカのグループの曲だとてっきり思っていましたが、Asiaがイギリスのバンドであり、しかも、結成の中心人物がVideo Killed the Radio StarをヒットさせたThe Buggles のGeoff Downes であったことを後に知って驚いた記憶があります。

I never meant to be so bad to you
One thing I said that I would never do
A look from you and I would fall from grace
And that would wipe the smile right from my face

君を傷つけるつもりなんてなかった
そんなこと絶対にしないってのが僕の誓いだった
でも、君の様子を見れば嫌われちまったって分かったね
だから僕の顔、ぱっと蒼ざめちゃったんだよね

Do you remember when we used to dance?
And incidents arose from circumstance
One thing led to another, we were young
And we would scream together songs unsung

覚えてるかい、僕たち一緒に踊ったもんだよね?
いろんなことのせいで、いろんなことがあったよね
ひとつのことがまた別の何かを引き起こす、二人とも若かったんだ
だからさ、お互い言っちゃいけないことまで口に出しちゃってたんだ

It was the heat of the moment
Telling me what my heart meant
The heat of the moment shone in your eyes

激しく燃え立った感情ってやつだったのかな
僕の本心がどこにあるのかを気付かせてくれるね
君の瞳に光った一瞬の激情がそれさ

And now you find yourself in Eighty Two
The disco hot spots hold no charm for you
You can concern yourself with bigger things
You catch the pearl and ride the dragon’s wings

君はディスコ「82」で気付いたんだね
人気ディスコなんてもう君には用無しだってことをね
だって、君はもっと大きく羽ばたけるんだもんね
真珠を手にドラゴンの翼に乗ってね

‘Cause it’s the heat of the moment
Heat of the moment
The heat of the moment shone in your eyes
ぱっと燃え上がった情熱ってやつがそうさせるんだ
ほんの一瞬の情熱
君の瞳に光った一瞬の情熱がそれなんだ

And when your looks are gone and you’re alone
How many nights you sit beside the phone
What were the things you wanted for yourself?
Teenage ambitions you remember well

だけどね、君が年老いて一人になったらだよ
君も電話の傍で誰かの電話をずっと心待ちにするようになるよ
君自身が求めてたものはいったい何だったんだろうね?
思い出すのは君が抱いてた身の丈知らずの夢のことかもね

It was the heat of the moment
Telling me what your heart meant
The heat of the moment shone in your eyes

激しく燃え立った感情ってやつだったのかな
君の本心がどこにあるのかを気付かせてくれるね
君の瞳に光った一瞬の激情がそれさ

It was the heat of the moment
Heat of the moment
The heat of the moment shone in your eyes

激しく燃え立った感情ってやつだったのかな
ほんの一瞬の感情
君の瞳に光った一瞬の激情がそれさ

*この後は、アウトロでHeat of the moment を連呼して終わりますので省略します。

Heat Of The Moment Lyrics as written by John Wetton, Geoff Downes
Lyrics © Universal Music Publishing Group, Royalty Network, Songtrust Ave

【解説】
この曲の歌詞はメンバーのJohn Wetton とGeoffrey Downes によって書かれたもので、Wetton は雑誌のインタビューに対して、歌詞の内容は過去に付き合った実在女性に対する謝罪だと語っています。実際に曲を聴いてみると謝罪かどうかは微妙ですが、この曲に関しては歌詞の深読みをする必要は無さそうですよ(笑)。Wetton の話どおりとすれば、第1節は謝罪の言葉にあたるのでしょうが、謝罪というよりも言い訳という気がしないでもありません。難しい単語は使われていませんが、この節が日本人にとって分かりにくいのは描出話法で書かれているからで、I would の前にI thought that を入れて補うと簡単に理解できます。また、この曲の歌詞はコーラスの部分を除けばすべて二行連で韻を踏むという西洋詩の形式にのっとって書かれていますから(和訳を読んで、僕がそのことに敬意を払ったことに気付いた人がいたら嬉しいですが)、Wetton とDownes の二人はしっかりとした教育を受けた人物(恐らくは労働者階級の家庭出身ではない)であろうことが推測できます。fall from grace は、罪を犯して神の恩寵を失うという宗教的な言葉でしたが、そこから転じて人などに嫌われるという意味でも使われるようになりました。wipe the smile right from my face は直訳すれば「顔を拭かれて笑みがさっと消える」ですので、このように訳しました。すべてが過去形で語られていることから、二人が既に別れていることがこの節からは分かります。

第2節のwe would scream together songs unsung はやや難解。incidents arose from circumstance とOne thing led to another の後にscream together という言葉を聞いて僕の頭に浮かんだのは、二人が言い争っている光景で、songs unsung は歌えない歌、つまり、相手を傷つけるような種の言ってはならない言葉だと僕は理解しましたので、このように訳しました。第2節から浮かんでくるのは、若い二人がその若さ故にしょっちゅう口喧嘩をしているといったイメージです。そして、ついに女性はカチンときてブチ切れたのでし
ょう(heat of the moment)、第3節で描かれているのは二人の別れであり、Telling me what my heart meantは、男の側もそうなることが薄々分かっていたということかと思います。このコーラス部分の3行から、ブチ切れた女性がかなり気の強い女性であったことが窺え、The heat of the moment shone in your eyes からは、きりっと睨みつけるような恐ろしい女性の目が僕の脳裏に浮かびます(汗)。次の第4節はこの歌詞の中で一番難解で、1行目のin Eighty Two は1982年の意味として捉えるのが普通ですが(勿論、ネイティブ話者でもそう受け止めます)、John Wetton がここの部分に関しても手掛かりを残してくれています。彼曰く、Eighty Two は1982年のことではなく場所を指しているとのこと(なのに、ジョークのノリだったのか、92年に行われたコンサートではninety two に言葉を変えて歌ったりもしてるのでややこしいですが・汗)。そこで、第2節でDo you remember when we used to dance?というフレーズが入れられていることや、後に続いているThe disco hot spots という言葉を考え合わせてみた結果、Eighty Two は二人がよく通っていたのであろうディスコの店名であるということ以外の答が僕の頭には浮かんできませんでした(欧米では、店のある通りの番地をそのまま店名にすることは珍しくないんです)。

第6節にteenage という言葉が出てくることから女性がティーンエイジャーだと仮定すると、3行目のYou can concern yourself with bigger things から受けるのは、この世代が抱きがちな実現できそうにもない突飛な夢を口にしている彼女の姿で、4行目のYou catch the pearl and ride the dragon’s wings からは、そのことを鼻で笑うような男の冷やかな態度が目に浮かびます。龍の持つ珠(ドラゴンボール)はどんな願いも叶えてくれる珠であるとされていますが伝説に過ぎませんので「そんな珠があるならそれでも持って、とっととどこかへ行きやがれ」ってな感じでしょうか(笑)。こうなってくると、ディスコで夜遊びしてる歳じゃもうないとその先の夢を語った彼女に対し、まだまだ夜遊びしたい男が鼻で笑ったことからいつものように口喧嘩が始まり、彼女がブチ切れてついに別れることになったという想像も現実味を帯びてきます。第5節のコーラスは、第3節のコーラスとは違って文頭にBecause が入っていることから考えると、第4節の彼女が口にした夢に対する揶揄をここではしているように感じましたので、同じheat でも情熱という言葉に変えました。この節のThe heat of the moment shone in your eyes のeyes は、夢を熱く語る情熱的な目だったのではないでしょうか。この曲の歌詞は付き合っていた女性に対する謝罪だとJohn Wetton が語っていたことは冒頭で触れましたが、次の第6節は、何度聴いても、僕には男が別れた女性をくさしているようにしか聞こえません(笑)。4行目のTeenage ambitions はまさしく、彼女が口にしたのであろうティーンエイジャーが抱きがちな突拍子もない夢ということなのだろうと僕は理解しました。まるで「君は若い頃抱いてたあのバカげた夢も結局叶わぬままに歳を重ねて一人になり、最後はかかってこない電話を待ちわびるような寂しい人になるぞ」とでも言いたげで、気分が悪いです(笑)。第7節のコーラスも3節目と違ってyour heart meant になっていて「君の本心が早く分かって別れるのも早くなったから良かった」と女性を冷笑しているようにしか僕に聞こえないのですが…。まあ、僕は部外者ですからどちらでもいいんですけど(笑)。

Asia がロンドンで結成されたのはこの曲がヒットした前年の1981年。その後、何度か解散と再結成を繰り返し、2024年現在もGeoffrey Downes を中心として精力的に活動中です(John Wetton は2017年にお亡くなりになりました・涙)。因みにAsia というバンド名、バンド名を決める際、メンバーの誰かかマネージャーだかが、メンバーが4人であることから「There’s four guys. Four letters. Well, what about Asia?」と言って提案したことがその由来だそう。大した意味はなかったんですね(笑)。

【第14回】Centerfold / The J.Geils Band (1981)

またまた今回もノリノリ変態ソングを1曲紹介しましょう。僕のこのコーナーを読み続けてくださっている読者の中には「洋楽ってそんな曲ばっかりなんですか?」って思った方もおられるかも知れませんが(汗)、答えはノーです。僕が若かりし頃、好きになった曲がたまたまそんな曲ばかりだっただけなんです。勿論、その頃は歌詞の意味なんて理解できてませんでしたしね(笑)。本曲のタイトルであるCenterfold は、直訳すれば「真ん中で折られてる」ってな意味ですが、この言葉をネイティブ話者が使う時は、普通、ヌード写真やエロ写真を意味しています。と言うのはCenterfoldという単語がアメリカで成人向け雑誌「Playboy」を創刊したヒュー・ヘフナーが使い始めた彼の造語だからで、紙面を二つ折りにしてその真ん中のページをホチキスで綴じるという当時の雑誌の製本方法に目を付けた彼が、見開きのページにその号で一番売りにしたいヌード写真を挿入することを思い付き、そのページをCenterfold と名付けたのです。その理由は、中折れの見開きページならホチキスを外してページを剥がすだけで、ページ2枚大のピンナップに早変わりさせることができるからでした。キーボードのどこかコミカルな音色(チャルメラ風・笑)のイントロで始まるこの曲、リリース後、徐々に人気が上昇して、翌年の2月には全米週間ヒットチャートで1位にランクイン。その強いオリジナル性もあってか、洋楽ファンの中では歴史的名曲のひとつとする意見も多いです。

Does she walk? Does she talk?
Does she come complete?
My homeroom homeroom angel
Always pulled me from my seat
She was pure like snowflakes
No one could ever stain
The memory of my angel
Could never cause me pain

あの娘(こ)、歩いてる?それとも話してる?
いつものようにばっちり決まってる?
って気になるくらい、僕のクラス、クラスのアイドルは
いつだって僕をウキウキさせたもんさ
あの娘は雪の結晶みたいに純粋でね
誰も汚すことなんてできなかった
記憶の中の僕のアイドルが
僕を傷つけることなんてありえなかったんだ

Years go by
I’m looking through a girly magazine
And there’s my homeroom angel
On the pages in-between

ところがさ、何年か経ったある日のこと
ヌード雑誌をペラペラとめくってたらね
僕のアイドルがそこにいたんだ
ページとページのど真ん中にね

My blood runs cold
My memory has just been sold
My angel is the centerfold
Angel is the centerfold
My blood runs cold (Woo!)
My memory has just been sold
Angel is the centerfold

マジ、血の気が引いたよ
だって、僕の思い出が台無しじゃないか
僕のアイドルが脱いでたんだぜ
ページのど真ん中で
ほんと、血の気が引いたよ
僕の思い出が台無しだもの
僕のアイドルがページのど真ん中にいるなんて

Slipped me notes under the desk
While I was thinking about her dress
I was shy, I turned away
Before she caught my eye
I was shaking in my shoes
Whenever she flashed those baby-blues
Something had a hold on me
When angel passed close by

昔さ、机の下からあの娘が伝言を回してきたことがあったんだ
僕が彼女の服の下を想像してた最中にね
だから、恥ずかしくって目を逸らしちゃったよ
彼女が僕を見つめる前にね
僕はビクついてたんだ
彼女があの淡く蒼い瞳を輝かせる時はいつもね
なんか体が固まっちまってたんだ
彼女が僕の傍を通っていく時はさ

Those soft and fuzzy sweaters
Too magical to touch
To see her in that négligée
Is really just too much

あんなモコモコのセーター
触れるなんて夢のまた夢
あの娘のネグリジェ姿を目にするだなんて
それだけでもう大満足

My blood runs cold (Yeah)
My memory has just been sold
My angel is the centerfold
Angel is the centerfold
My blood runs cold
My memory has just been sold (Oh yeah)
Angel is the centerfold
Na-na, na-na-na-na
Na-na-na, na-na-na-na

マジ、血の気が引いたよ
だって、僕の思い出が台無しじゃないか
僕のアイドルが脱いでたんだぜ
ページのど真ん中で
ほんと、血の気が引いたよ
僕の思い出が台無しだもの
僕のアイドルがページのど真ん中にいるなんて

Now, look
It’s okay, I understand
This ain’t no never-never land
I hope that when this issue’s gone
I’ll see you when your clothes are on
Take your car, yes, we will
We’ll take your car and drive it
We’ll take it to a motel room
And take ‘em off in private

まあ
いいさ、分かってる
この世におとぎの国なんてないことはね
それより、この号が売り切れちゃってから
服を着た君に会うことが楽しみだな
君の車に乗って、そう
君の車でドライブするんだ、二人でね
モーテルの部屋に向かって
そのあとセーターやネグリジェをこの手で脱がしちゃう

A part of me has just been ripped
The pages from my mind are stripped
Oh no, I can’t deny it
Oh yeah, I guess I gotta buy it

清い思い出は引き裂かれちゃったし
僕の心から剥ぎ取られちゃった
あー駄目だ、そのこと否定できないよ
そうだ、あの号を買っとかなくっちゃ

My blood runs cold
My memory has just been sold
My angel is the centerfold
Angel is the centerfold
My blood runs cold (Woo!)
My memory has just been sold
My angel is the centerfold
Na-na, na-na-na-na
Na-na-na, na-na-na-na
(Alright! Alright! 1, 2, 3, 4!)

マジ、血の気が引いたよ
だって、僕の思い出が台無しじゃないか
僕のアイドルが脱いでたんだぜ
ページのど真ん中で
ほんと、血の気が引いたよ
僕の思い出が台無しだもの
僕のアイドルがページのど真ん中にいるなんて
(いいかい!いいかい!1、2、3、4で行くぜ!)

*この後、Na-na, na-na-na-na の大合唱に入り、アウトロを経て曲は終了です。

Centerfold Lyrics as written by Seth Justman
Lyrics © Kobalt Music Publishing Ltd.

【解説】
Come on!の掛け声に続いて始まる1節目は、特に難しい部分はなく和訳のとおりです。この節を聞いて目に浮かぶのは、学校の教室(恐らくは高校でしょう)で主人公が憧れのクラスメートの女性の動きを常に注視している姿で、5行目以降のフレーズからは、その女性が汚れのない大変清楚な女性であったのであろうことが窺えます。2行目のcome complete はwith everything を補って考えました。angel の訳語は一般的には天使ですが、天使には性別が無いとされていますし、かと言って女神では大層なような気がしたのでアイドルにしました。マドンナでも良かったんですが、マドンナなんて言葉は若い方にはピンとこないかなと思ったんです(笑)。pulled me from my seat は、座ったままでいられなくさせられたっていう感じですので、こう訳しました。第2節も和訳のとおり。高校を卒業して何年かが経ったある日、girly magazine(ティーンエイジャー風の女性ヌードが満載の雑誌のことで、つまりはエロ本です)のページをめくっていたら、あの憧れの女性が裸になってメインのページを飾っているのを見つけてしまったという訳です。

3節目で語られているのは、そのヌード姿を見た男の気持ちで、My memory has just been sold からは、自分の中の彼女に対する清き思い出が、エロ本なんかの為に売り飛ばされてしまったとショックを受けている様子が思い浮かびます。第4節では再び高校時代の回想に戻り、この節の前半からは、男がその頃より既に彼女に対して性的な興味を抱いていたことが、そして、5行目以降の後半では、そんな彼女の存在に男が倒されていた様子が想像できます。Something had a hold on me は、直訳すれば「私を支配する何かがあった」ですが、言い換えれば、彼女の魅力の前ではひれ伏すしかなかったということでしょう。正直なところ、Something had a hold on me when angel passed close byのフレーズを聞いた時、Somethingが彼女の手だと想像した僕の脳裏には、純な男と擦れ違う度に男の股間をきゅっと握りしめるようなイタズラをする彼女の姿が浮かんだのですが、第1節で男がShe was pure like snowflakesと語っているので、それは想像を飛躍させ過ぎだろうと考え直しました(汗)。と、まあ、ここまでは良いのですが、彼女のあられもない姿を見て興奮してしまったのか、第5節から急にこの男の様子がおかしくなってきます。soft and fuzzy sweaters は、ふわっとしたモコモコのセーターといった感じのもので、多くの日本人にはこの第4節がいったい何のことを言っているのか良く分からないと思いますが、当時のgirly magazineがどのようなものであったのかを知ってもらえば、理解するのは簡単です。あの頃のアメリカのgirly magazineと呼ばれる類のエロ本の構成では、先ず前述のようなセーターを着た女性がベッドの上で寝そべる姿なんかが紙面に登場し、徐々にセクシーな服へと着替えながらやがてネグリジェ姿に、そして最後は全裸になるという流れが定番だったのです(笑)。

6節目は第3節のコーラスの繰り返し。そして第7節では、彼女のヌードを見た男が突然、変態の本領を発揮して妄想を始めます。2行目のThis ain’t no never-never land(この文は二重否定になってるのでちょっとややこしいですね)でnever-never land(清廉潔白な世界)じゃないものはないと言い訳を作った後に男の妄想は加速し、勝手に彼女の車を駆って二人でドライブに出掛けるどころか、モーテルの部屋に連れ込んで彼女の服を脱がしたいという変態的欲望にまで発展します(笑)。take ‘em off in private のthem はfuzzy sweaters やnégligée のことを指していると考えて間違いないでしょう。in private というのは、面と向かって直接という意味です。ところが、そんな風に妄想を膨らませた男は、最後の第8節で一転してOh yeah, I guess I gotta buy it という言葉を口にしています。変態男は気付いたようですよ!自らの妄想は実現不可能、だから本だけでも買っておこうと!(笑)。

この曲の特徴のひとつとしてNa-na-na, na-na-na-na の連呼が曲中に何度も入ることが挙げられますが、勿論このNa-na-na に意味はありません。強いて言うなら最後にAlright! Alright! 1, 2, 3, 4!と叫んでいるように「みんな、Na-na-na を口遊みながらこの男の気持ちを共有しようぜ」と聞く者に対して促している感じでしょうか(←誰が共有するかい!笑)。

【第15 回】Hard To Say I’m Sorry / Chicago (1982)

変態ソングで飛ばした後は、シンプルで美しい響きの曲を1曲。恋人との冷え込みかけている関係に気を揉む男の気持ちをベース兼ボーカル担当のPeter Cetera が清涼感のある声で歌い上げるChicago のHard To Say I’m Sorry です。歌詞は分かり易く、プレ・コーラスとコーラス部分を除くと歌詞の節が2節しか無いという大変シンプルな構成ですが、それでいて一度聴くと耳に残って離れることのないこの曲は、名曲と呼ぶに相応しいものでしょう。このバンドがデビューした年はなんと1967年。最初はChicago Transit Authority(シカゴ交通局)という訳の良く分からぬバンド名でしたが、シカゴで高架鉄道などを運営する 本物のシカゴ交通局からクレームを受け、翌年にTransit Authority の名を外してバンド名をChicago に変更 したというエピソードがあります。メンバーの面子はかなり入れ替わったものの現在も活躍中で(この曲でボーカルを担当しているPeter Cetera は1985年に脱退)、これまでにリリースしたアルバムが40枚に迫りつつあるというモンスター級バンド。それがChicago です。

"Everybody needs a little time away"
I heard her say, from each other
Even lovers need a holiday
Far away, from each other

「少し距離を置く時間って、誰しも必要よ」
って彼女の声が聞こえたんだ、お互いそうかな
恋人同士でさえ、時には必要なことなんだよな
お互い遠くへ離れてみるってことがさ

Hold me now
It’s hard for me to say I’m sorry
I just want you to stay

僕を抱きしめておくれよ、今すぐに
ごめんって言うのが僕には簡単じゃないから
ただ黙って傍にいて欲しいんだ

After all that we’ve been through
I will make it up to you, I promise to
And after all that’s been said and done
You’re just a part of me I can’t let go

この苦境を二人で乗り越えたらさ
埋め合わせはするよ、約束だ
なんやかんや言ったり、したりしてもさ、結局のところ
君と僕とは一身同体、離れることのできないね

Couldn’t stand to be kept away
Just for the day, from your body
Wouldn’t want to be swept away
Far away, from the one that I love

遠ざけられるのは耐えられないよ
一日の半分でさえ、君の傍から
流されたくないんだ
ずっと遠くへ、僕が愛する人の傍から

Hold me now
It’s hard for me to say I’m sorry
I just want you to know
Hold me now
I really want to tell you I’m sorry
I could never let you go

僕を抱きしめておくれよ、今すぐに
ごめんって言うことが僕には簡単じゃないことを
ただ君に分かって欲しいんだ
だから、僕を抱きしめておくれよ
本当はごめんって言いたいんだ
君を手離すなんてできやしない

After all that we’ve been through
I will make it up to you, I promise to
And after all that’s been said and done
You’re just the part of me I can’t let go
After all that we’ve been through
I will make it up to you, I promise to
You’re going to be the lucky one

この苦境を二人で乗り越えたらさ
埋め合わせはするよ、約束だ
なんやかんや言ったり、したりしてもさ、結局のところ
君と僕とは一身同体、離れることのできないね
この苦境を二人で乗り越えたらさ
埋め合わせはするよ、約束だ
君は幸運の持ち主になるだろうね

*アルバムでは、この後の間奏に続いて「Get Away」というブラスの音のパンチが利いた元来のシカゴらしさが漂う短い曲が 同じトラックに収録されていますが省略します。

Hard to Say I’m Sorry Lyrics as written by David Walter Foster, Peter P. Cetera
Lyrics © Universal Music Publishing Group, Peermusic Publishing

【解説】
ピアノのしっとりとした音色とチェロの低音が組み合わされた印象的なイントロに続く第1節に難解な 部分はありません。Even lovers need a holiday は、直訳すると「恋人同士でも休暇は必要」ですが、それ が「男女の関係においては時に一休みも必要」という意味で使われていることは容易に想像がつきますね。 次の2節目のIt’s hard for me to say I’m sorry から分かることは、彼女が恋人と距離を置こうとしている原因 が男の側にあるということですが、男は自身に原因があることを認めつつも、謝るのは苦手だから(そのこ とは君も分かってるだろうから、何も言わずに)今すぐに抱きしめて欲しい、傍にいて欲しいと彼女に懇願 しています。なんか、身勝手な話ですよね。僕に言わせれば、ごめんの一言も素直に言えない奴なんて、そ の時点でアウトな人間です(笑)。しかも、彼女は耳を貸してくれなかったのか、第3節ではI will make it up to you, I promise to なんて餌をまくような言葉を口にしてます(←ダメだこりゃ・笑)。

第3節のAfter all that we’ve been through のwe’ve の部分は、ピーター・セテラの歌い方のせいなのか、何度この曲を聞いても未だに僕は聞き取れません(ここのbeen through は、いろんな経験や苦労をした、いろんな目に遭った、辛かった、苦境を乗り超えたといった意味合いです)。わざと聞こえないようにしてるのではないかと邪推してしまうくらいです。なぜなら、聞き取れない部分にI’ve を当てはめる人は、訪れた苦境に対して自分だけが苦労したと思うような身勝手な性格の人、you’ve を当てはめる人は相手に苦労をかけてしまったと思うような謙虚な性格の人、we’ve を当てはめる人は二人で問題を解決していこうとするような協調性のある性格の人と、聞いた人がそこに何を当てはめるかによって、その人の性格が出るような気がするからです(これもまた、考え過ぎですかね…。笑)

第4節も特に難解な部分は無し。2行目のthe day はand the night が省略されていると考え、一日の半分と訳しました。第5節は第2節の繰り返し。第6節も和訳のとおりですが、最後のYou’re going to be the lucky one は「僕と仲直りしたら君はラッキー」と上から目線でものを言っているようにしか僕には聞こえ ません。やはり、この男はダメな奴です(笑)。この曲を作詞した音楽プロデューサーのDavid Foster(こ の曲で当時人気のジャンルであったバラード路線に舵を切り、低迷していたシカゴを復活させました)は4 回離婚しているそうですが、デビッドがこの歌詞に出てくるようなダメ男だったことこそがその原因ではな かったのかと邪推してしまうのは僕だけでしょうか? と、あっという間に解説終了。やはり、シンプルな歌詞の曲はいいですね。解説が短くて済みますので(笑)。

【第16回】Caught Up In You / 38 Special (1982)

今回も前回に続いてシンプルな曲をひとつ。ガイジンの大好きなクサい歌詞の並ぶラブソングというかバラードです。浮名を流していた一人の男が一人の女性と出会ったことから真の愛に目覚めるという歌詞の内容は凡庸そのものですが、太陽がさんさんと照りつけるビーチ沿いの街の通りを歩いているような気にさせる爽やかなメロディーラインのイントロで始まるこの曲は、ボーカルのDon Barnes の声も曲にはまっていて歌詞のクサさとは裏腹になかなかイケてます。Caught Up In You は1974年にフロリダ州のジャクソンビルでDon BarnesとDonnie Van Zant(Sweet Home Alabama をヒットさせた人気ロックバンドLynyrd Skynyrd でボーカルを担当していたRonnie Van Zant の弟)によって結成された38 Special というバンドがリリースした曲で、82年の米国ビルボード社年間チャートでは53位でした。38 Special と聞いて最初に思い浮かぶのは38口径の拳銃用の弾丸ですが(ミリオタ以外の方には思い浮かびませんか?笑)、このバンドの名前もズバリその拳銃の弾の名前に由来しています。伝えられているところでは、彼らが少年時代、倉庫に忍び込んで演奏の練習をしていたところ、警察に通報されて警官が駆け付け、その警官が「Let this 38 special do the talking」と叫んで倉庫の入口の南京錠を38口径の拳銃(その頃のアメリカの警官が持っている拳銃は今のような自動式拳銃ではなく、大抵が38口径の回転式拳銃でした)で撃って吹き飛ばしたというエピソードがバンド名の由来だそうです(真偽のほどは分かりませんけども・笑)。

I never knew there’d come a day
When I’d be sayin’ to you
"Don’t let this good love slip away
Now that we know that it’s true."

君にこんなことを言う日が
来るなんて思ってもいなかったよ
「この愛を逃しちゃいけない
それが本物だってこと、僕たち分かってるじゃないか」なんてね

Don’t, don’t you know the kind of man I am?
No, said I’d never fall in love again
But it’s real, and the feeling comes shining through

僕がどんな男なのか君は分かってないのかな、分かってない?
分かってないよね、もう二度と恋することなんてないって僕は言ったけど
それは本心だし、すごくときめいてる

I’m so caught up in you, little girl
And I never did suspect a thing
So caught up in you, little girl
That I never wanna get myself free
And baby, it’s true, you’re the one
Who caught me, baby, you taught me
How good it could be

だって、僕は君に夢中なんだもの
その気持ちを疑うことなんてなかったよ
君に夢中なんだからそりゃそうさ
僕は夢中な気持ちのままでいたいんだ
ほんとさ、君が唯一の女性
僕を夢中にさせるね、君は教えてくれたんだ
それがどんなに素晴らしいことなのかをね

It took so long to change my mind
I thought that love was a game
I played around enough to find
No two are ever the same

こんな気持ちになるまでには随分と時間がかかったな
恋はゲームだなんて僕は思ってたからね
でも、いろいろ遊びまわってようやく分かったよ
君の代わりになる女性は二人といないってね

You made me realize the love I missed
So hot, love I couldn’t quite resist
When it’s right, the light just comes shining through

君は気付かせてくれたんだ、僕が逃してた本当の愛をね
とっても熱い、抗することのできない愛をさ
正しいことには、自ずと光が差すものなんだ

I’m so caught up in you, little girl
You’re the one that’s got me down on my knees
So caught up in you, little girl
That I never wanna get myself free
And baby, it’s true, you’re the one
Who caught me, baby, you taught me
How good it could be

ほんと、僕は君に夢中なんだ
僕をひざまずかせたのは君だけさ
君に夢中なんだからそりゃそうさ
僕は夢中な気持ちのままでいたいんだ
ほんとさ、君が唯一の女性
僕を夢中にさせるね、君は教えてくれたんだ
それがどんなに素晴らしいことなのかをね

Fill your days and your nights
No need to ever ask me twice, oh no
Whenever you want me
And if ever comes a day
When you should turn and walk away, oh no
I can’t live without you
I’m so caught up in you
Yeah, yeah, yeah

一日中、君の傍にいるよ
そうして欲しいって僕に毎度頼む必要もないんだ、そう、ないのさ
いつでも君の傍にいる
もし、君が僕に背を向けて去ってく日が
来るようなことがあれば、あー、ダメだ、ダメだ
僕は君なしで生きていけないよ
だって、僕は君に夢中なんだもの

*この後は同じ歌詞のコーラスが続き、長いだけなので省略します。

Caught Up in You Lyrics as written by Jim Peterik, Frank Sullivan
Lyrics © Universal Music Publishing Group, Sony/ATV Music Publishing LLC, Warner Chappell Music, Inc.

【解説】
この曲の歌詞の共同作者であるJim Peterik は、Caught Up In You がリリースされた同じ1982年に映画「ロッキー3」のテーマソングEye of the Tige の歌詞をSurvivor というバンドの為にも書いて提供していて、映画の世界的ヒットと共にEye of the Tiger も大ヒットしました。まあ、そんなことはさておき、早速歌詞を見ていきましょう。この曲の歌詞も全体的にシンプルにまとめられていて、難解な単語も使われていませんが、部分的にはやや分かりにくいところもあります。第1節は和訳のとおりで、slip away(手からすり抜ける、すべり落ちるというイメージ)という言葉がうまく使われていますね。第2節のI’d never fall in love again は、恋なんてもう懲り懲りだから、二度としないと言っているのではなく、君以外の女性ともう恋をすることはないという意味でしょう。the feeling comes shining through からは、キラキラとした男のときめきが感じられ、それに続く第3節でI’m so caught up in you と男が語ることで、ここで初めて、男がなぜ他の女性ともう恋をする気がないのかや、なぜときめいているのかの理由が明かされます。つまり、これを最後の恋にするという覚悟を決めさせるくらいに男は彼女に夢中だという訳です。第3節の2行目のa thingは、I’d never fall in love again のことを指していると考えるのが自然で、I never wanna get myself free の文は、その決意を捨てるようなことはしたくない(覚悟を決めている自分を解き放つようなことはしたくない)という気持ちを表していると考えました。この節には、little girl やbabyなど、洋楽の歌詞にしばしば登場する相手に対する呼びかけの言葉が挿入されていますが、こういった呼びかけの言葉を和訳した文に無理矢理付け加えると違和感のある日本語の文になる時もありますので(まさしく今回がそうです)、そういう時は無視してしまう勇気も必要です。呼びかけの言葉は、その種類によって二人の関係性の親密度を推し量る目安となりますが、訳さないからといって、その文の意味が通じなくなるようなことはまずありません。

第4節も和訳のとおりで、1行目のchange my mind は、彼女に対して心変わりしたと言っているのではなく、I’d never fall in love again という気持ちにmind がchange するまで時間がかかってしまったという意味でしょう。No two are ever the same はNo two girls are exactly alike に置き換えて考えました。5節目のthe love I missed は「焦がれていた真の愛」とも取れますが、男がplay around(遊び回る)していたことを考えると「そのせいで逃してしまっていた真の愛」と捉えた方がぴったりときます。3行目のWhen it’s right, the light just comes shining through がやや難解なのは、right とlight で韻を踏ませたり、第2節で使ったcomes shining through が強引に使われていたりと、なんだか無理矢理感のある文になっているせいで、When it’s right のit が何かなのを考えれば(恐らくHow good it could be のit にも同じことが言えます)それは、ひとりの人を心から愛する行為であるとしか思えなかったので、このように訳しました。6節目は第3節のと同じフレーズの繰り返し。第7節のFill your days and your nights はwith activities や with happiness を補って考え、それらのことを含めて「傍にいる」と訳しました。2行目のtwice の使い方は面白く、1行前のdays and nightsに対応しています。この節の1~3行目のフレーズから浮かんでくるのは、自分本位に遊び回って彼女のことをほったらかしにしていたのであろうかつての男の姿ですが、4行目以降を聴くと、今では彼女がいなくなればI can’t live without youと思うほどに彼女を真摯に愛していることが分かります。

1977年にアルバムデビューした38 Special。このバンドも解散という言葉を知らない息の長いバンドでして、長年バンドのリーダー格であったDonnie Van Zant は健康上の問題で2013年に音楽活動から引退していますが、その後はDon Barnes が38 Special のメンバー(結成時から残ってるオリジナルのメンバーはBarnes だけ)を率いて活動中。余談ですが、Donnie の兄のRonnie Van Zant は、38 Special がアルバムデビューしたのと同じ1977年、Lynyrd Skynyrd が人気絶頂にあった最中、飛行機の墜落事故で亡くなっています(享年29歳)。事故原因は飛行機の燃料切れでした(汗)。

【第17回】Lost in Love / Air Supply (1979)

もう一曲、今回もクサい歌詞で盛り上がってみましょう(笑)。本日お届けするのは、オーストラリアのメルボルンで1975年に結成されたAir Supply というバンドのLost in Love という曲です。中学生だった当時、英語で歌うバンドはアメリカとイギリスにしかいないと思っていた僕に、オーストラリアにもバンド 活動をしている人がいるんだと教えてくれた懐かしの曲でもあります。よく考えればって言うか、よく考えるまでもなくオーストラリアって英語圏ですもんね(笑)。そして、このAir Supplyの背中を追うかのように、Men At Work やRick Springfield、INXS といったアーティストが80年代にオーストラリアから世界へ次々と羽ばたいていきました(シドニーで結成されたAC/DC もオーストラリア出身として有名ですが、バンドを結成した中心メンバーはスコットランド生まれのイギリス人です)。

I realize the best part of love is the thinnest slice
And it don’t count for much
But I’m not letting go
I believe there’s still much to believe in

愛の一番いいところって、その浅はかさだってことは分かってる
まあ、そのことに価値はないんだけどね
でも、僕は君を手離さないよ
信じるべきことがまだたくさんあるって信じてるから

So lift your eyes if you feel you can
Reach for a star and I’ll show you a plan
I figured it out
What I needed was someone to show me

だから見上げてみて、星に手が届くと感じたらね
そしたら僕は、どうしたら二人が歩み寄れるのかを教えるよ
って言うか、僕には分かったんだ
僕に必要なのはそれを教えてくれる誰かだって

You know you can’t fool me
I’ve been lovin’ you too long
It started so easy
You want to carry on (Carry on)

君は分かってるよね、僕は騙されないって
僕はずっと君を愛してきた、長すぎるくらいね
簡単に始まっちゃった恋だけど
君だって続けたいんじゃないのかな

Lost in love and I don’t know much
Was I thinkin’ aloud and fell out of touch?
But I’m back on my feet
And eager to be what you wanted

恋に夢中で我を忘れちゃってるし、自分でもよく分かんないんだけど
僕ってずけずけとものを言い過ぎたのかな、それで距離を置いちゃった?
でもね、僕は立ち直ったよ
今はね、君の望むような人に唯々なりたいんだ

So lift your eyes if you feel you can
Reach for a star and I’ll show you a plan
I figured it out
What I needed was someone to show me

だから見上げてみて、星に手が届くと感じたらね
そしたら僕は、どうしたら二人が歩み寄れるのかを教えるよ
って言うか、僕には分かったんだ
僕に必要なのはそれを教えてくれる誰かだって

*この後はプレコーラスとコーラスで同じフレーズが2回づつ続き、アウトロでlost in love を連呼して曲は終わります。

Lost in Love Lyrics as written by Graham Russell
Lyrics © BMG Rights Management, Universal Music Publishing Group, Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
アコースティックギターが奏でるどこか爽やかなメロディーラインに合わせ、関係に少し溝ができているのであろう恋人に対してもう一度やり直したいという思いを伝えたい男の気持ちをRussell Hitchcock(こんな苗字の人、本当にいるんですね・笑)とGraham Russell の二人が軽やかに歌うこの曲は、1980年5月の米国ビルボード社月間チャートで4位にランクイン。Air Supply がリリースした曲の中では最初の大ヒット曲となりました。先ずタイトルのLost in Love ですが、lost love だと失恋なので、失恋の歌と勘違いしてしまう日本人も多いようですがその逆です。この曲でのlost in love はI’m lost in love の意味で、I’m lost は、私は自分を失っている状態にある、我を見失っている状態であり(道を尋ねる時なんかに使うと、道に迷ったの意味にもなります)、何のせいでそうなっているのかというとin に続くlove によってです。つまり、この歌詞におけるLost in Love は、我を見失うほど恋(愛)に迷わされている、熱中している状態ということになります。

それでは、歌詞部分に進んでみましょう。この曲の歌詞を書いたのはボーカルのGraham Russell で、たっ
た15分で歌詞を書き上げたと本人は語っています(誇張の可能性ありですが・笑)。第1節に難しい英語は使われてはいないものの、1行目のthe thinnest slice は難解です。直訳すれば「一番薄い切れ端」ですが、それでは何のことやらさっぱりです。thin という言葉は浅はかという意味で使われることもありますので(日本語でも考えが薄っぺらって言うことがありますよね)、ここでのthe thinnestslice は、恋する人間がしばしば、深く考えもせずに情熱だけでやみくもに行動してしまうようなことを意味しているのではないかと僕は思います。2行目のit don’t count for much のcount for much は価値が無いという意味でよく使われる語句ですが、ここで何かお気づきになられた方はおれれますか?「it don’t っておかしいんじゃない?」って思われた方、正解です!正しい文法だとit doesn’t ですね。ですが、ここではわざと間違っているんです。ビートルズの曲の歌詞にもmy baby don’t care なんてのがありますが、三人称にdon’t を使うと、なんと言いますか、間違った文法で平気で話す奴みたいな、つまり、ちょっと悪ぶってるとか、ちょっと不良っぽいといった印象を聞く者に与えるような気がします。この歌詞の主人公の男も、きっとそういった人物設定なのでしょう。3行目のletting go は、ここではto make a person free の意味で用いられています。だから、you が入っていなくとも、この歌詞での流れではletting go させたくない相手はyou しかありません。

第2節も中学校で習うレベルの単語しか並んでないというのに、いつものパターンと同じく難解です。特に2行目のa plan が何を指しているのかが良く分かりません。そこで、その前のSo lift your eyes if you feel you can reach for a star というフレーズに目を向けてみると、僕にはこれが「もう一度思い直して僕に振り向いてくれるなら」にしか聞こえませんでした。なので、そこから考えるとこのa plan は、歩み寄る(仲直りの)方法、仕方であるとしか考えられなかったので、このように訳しました。そして、男はそうは思ったものの、いや違うと思ったのでしょう。その気持ちが3行目以降のI figured it out what I needed was
someone to show me につながっていると僕は考えます。つまり「歩み寄る方法を教えてもらわないといけないのは僕の方だ、僕の前に姿を見せてその方法を僕に教えて欲しい」と恋人に懇願していると僕は理解しました。3節目のyou can’t fool me は「私は騙されないぞ」という意味として日常会話でも良く使われるフレーズで、1行目と2行目からは「君が嘘を言って僕を遠ざけようとしたって、付き合いが長いんだからすぐにそれが嘘だと分かる」という男の気持ちが読み取れます。3行目のIt started so easy から感じるのは、二人の出会いがナンパのようななんか軽い出会いだったのではないかということですが、2行目で男がtoo longと言っているように、恋の始まりはそんな軽いものであったとしても二人の付き合いは既に長い年月を経ていることが推察され、その事実に対してYou want to carry on という言葉が続いているのでしょう。じゃないと、ただの上から目線の言葉になってしまいますが、この後の第4節を聞けば男が上から目線でものを言ってはいないことが直ぐに分かります。

第4節の2行目もまたまた難解で、think aloud というのは、思ってることをはっきり口に出して言うという意味であり、fell out of touch はkeep in touch とは逆の状態を表す語句です。恐らく男は、女心を考えることなく遠慮なくものを言ってしまうような性格の人間で、男の何かの言葉に傷ついた彼女との間にいつの間にか距離ができてしまい、なんとなくお互いが会うのを避けているといった光景が目に浮かびます。その状況をなんとか変えたいという思いが語られているのがこの歌詞の流れであり、男は最後にBut I’m backon my feet and eager to be what you wanted という言葉で締め括っています。be(get) back on one’s feet も日常会話ではよく聞くフレーズで、立ち直るや回復するといった、悪い状態から元に戻るという意味で使われますが、ここでは反省したの意味もこもっているように感じます。つまり、男は心から彼女とよりを戻すことを望んでいるのであり、その為には彼女の望むような男になるとまで言っている訳です。因みに、昔の僕にはReach for a star の部分がなぜかビーチパラソルと聞こえていて(汗)、意味も分からないまま夏になればよくこの曲を聴いていました。そのせいで、今でも夏が来るとこの曲を聴きたくなります(笑)。

【第18 回】The Rose / Bette Midler (1980)

今回は心に沁みる曲を一曲紹介しましょう。女優のBette Midler(ベット・ミドラー)が歌った名曲The Rose です。なぜ女優が歌っているのかというと、この曲がジャニス・ジョプリンの生涯を描いた同名の映画の主題歌だからで、Bette Midler がこの曲を熱唱するシーンが映画の中に出てきます。ただ、ブロンディのCall Me と違ってこの曲は映画の為に新たに作られたものではなく、シンガーソングライターのAmanda Mcbroom(女優も兼業していて、昔のアメリカのテレビドラマなんかを見てると、端役で登場している姿を偶に目にします)の持ち歌でした。映画の主題歌を探していることを知った彼女の友人が、関係者にこの曲を薦めたことから主題歌として採用されることになったのです(こんなの讃美歌じゃないかと、映画の担当者に一度は採用を却下されたようですが)。Amanda 本人の談によると、曲は既に1970年頃に完成していて、当時、彼女が愛車で高速道路を飛ばしていた際、カーラジオから「Your love is like a razor. My heart is just a scar」という歌声(Leo Sayer が歌うMagdalena という曲でした)が流れてきて、そのフレーズを大変気に入ったことがThe Rose の誕生につながったそうです。Amanda はその部分を聞いた瞬間、その頃の自分はまだ若かったので、愛がlike a razor であることには同意できないと思ったけれど、それをきっかけに自分は愛のことを考えたことがあるだろうかと自問し始めると、あっという間に言葉が頭の中に湧き出してきて止まらなくなり、家にすっ飛んで帰って、その日のうちに歌詞を書き上げたとも述べています。

Some say love, it is a river
That drowns the tender reed
Some say love, it is a razor
That leaves your soul to bleed
Some say love, it is a hunger
An endless aching need
I say love, it is a flower
And you, its only seed

人はこう言うの、愛は川だって
柔らかな葦が流されてしまうね
人はこう言うの、愛は鋭い刃だって
魂を傷つけてしまうね
人はこう言うの、愛は渇望だって
疼くような願望がどこまでも続くね
でも、あたしはこう思うの、愛は花だって
そしてあなたが、その唯一の種

It’s the heart, afraid of breaking
That never learns to dance
It’s the dream, afraid of waking
That never takes the chance
It’s the one who won’t be taken
Who cannot seem to give
And the soul, afraid of dying
That never learns to live

心ってのは、折れることを恐れてしまうもの
踊れるようになんてなる訳ないみたいにね
夢ってのは、目覚めることを恐れてしまうもの
チャンスなんてつかめっこないみたいにね
愛を受け入れることができない者に
愛を与えるなんてこと、できそうにないよね
そして魂ってのは、その死を恐れてしまうもの
魂が永遠だなんてことはないのにね

When the night has been too lonely
And the road has been too long
And you think that love is only
For the lucky and the strong
Just remember in the winter
Far beneath the bitter snows
Lies the seed that with the sun’s love
In the spring becomes the rose

あまりに夜が孤独過ぎて
ゴールへの道程も長過ぎる時って
あなたは思うわよね、愛って
ただ幸運で強い人の為にあるものなんだって
でも、冬を思い出してみて
ひどく積もった雪のずっと下でね
眠る種のことを、太陽に育まれる種のことを
春にバラの花を咲かせるね

The Rose Lyrics as written by Amanda Mcbroom
Lyrics © Word Collections Publishing, Warner Chappell Music, Inc.

【解説】
この曲の歌詞はこれまで何度かこのコーナーで紹介した曲と同じように二行連で韻を踏むという西洋詩の形式で書かれていますが、他の同種の歌詞とは完成度が比べ物にならないくらい高いですし、その響きも甘美で聴くものをたちまち魅了します。この詩を書いたAmanda Mcbroom も、かなりレベルの高い教育を受けた人なのでしょう。そんなこともあってか、The Rose の歌詞は中学校で習うレベルの語彙しか使われていないのに、日本語に訳すとなるとなかなか苦労します(汗)。

Some say love, it is a river で始まるこの歌詞はあまりにも有名で、この歌は多くの人の手によって和訳されていますが、その後に続くThat drowns the tender reed のreed を「葦」と単に訳して終わるだけで、それが何なのか、なぜなのかについてきちんと考える人はほとんどいないようです。確かにreed は川辺などに茂る植物の葦の意味ですが、植物の葦がdrown する(溺れる)ことはありません。水に溺れるのは人か動物(場合によっては昆虫もですかね)だけでしょう。そのことを考えた時、僕にはフランスの哲学者のとある言葉以外、頭に思い浮かべることができるようなものはありませんでした。「人間は大自然の中では一本の葦のような存在に過ぎないが、人間は単なる葦でなく考える葦である」という言葉です。つまり、ここでのreed は「人間」の代替語として使われていることに疑問の余地はなく、か弱い人に対して試練を与えるのが愛であることを暗喩しているのです。第1節では、愛とは何なのかという問いかけが続いたあと、love, it is a flower, and you, its only seed との結論に主人公は達しますが、その結論とは「人は誰しも人を愛する能力(種)を持ってはいるけど、その能力を開花させることができるかどうかは本人次第」ということではないかと僕は考えます。

第2節も英語として理解するのが難かしいと言うよりも、うまく日本語に置き換えることが難しく、韻を踏んでいる原文を大切にしようとすれば尚更そうなります。1行目から6行目までは2行がワンセットになっているフレーズで、すべてIt’s で始まっていますが、このIt’s はlove を意識しつつも形式主語として使われていると考えるべきでしょう。最初の2行を例にすると、the heart はafraid of breaking しているのであり、そのafraid が何なのかをthat 以下の文が補足しています。ここでのnever learns to dance は「そんなこと私にできるだろうか?」といった人が持ちがちな不安や怖れを比喩しているのでしょう。アメリカ人なら「私にプロムの相手なんか見つかりっこない」と受け止める人もいるかも知れません。第2節に出てくるlearns to はすべて、何かができるようになるの意味で使われています。It’s the one who won’t be taken, Who cannot seem to give も難解で、the one who won’t be taken は受け取られることがない人、即ち、受け止めることがない、もしくは受け容れない人であり、そんな人がgive することはcannot seem to(やってはみるんだけどもできないというニュアンス)だと言っていて、take とgive が対になっています。言い換えるなら、One who won’t be taken love can’t seem to give love であり、まさしく、人間関係の基本となるギブ&テイクというやつですね。And the soul, afraid of dying that never learns to live のフレーズもとても難しく、僕にはdying が人の死ではなく魂の死としか聞こえなかったのでこう訳しました。

最後の第3節はここまでと打って変わってとても分かりやすいです。強いて解説を入れるとすれば2行目のthe road。このthe road は真の愛に目覚める、真の愛を得るといったことのゴールへの道程を意味していて「孤独にもがくあなたはそんなゴールに達することができるのは幸運であったり、メンタルの強い人だけだと思うだろうけど、そうじゃないよ」と語り手は伝えようとしています。なぜそうじゃないのか?それは、和訳のとおりです。あぁー、ほんと、素晴らしい歌詞ですよね。ほぼピアノだけの伴奏で静かに、そして力強く歌われるこの歌を聴いて勇気づけられた人はきっと多くいることでしょう。世界中にたくさん。

【第19 回】Girls Just Want to Have Fun / Cyndi Lauper (1983)

前回のThe Rose と同じように人を勇気づける、特に女性たちを勇気づける曲を今回もご紹介しましょう。1983年にリリースされたCyndi Lauper が歌うGirls Just Want to Have Fun です。当時の日本では「ハイスクールはダンステリア」という意味不明な邦題で売り出されたので、僕を始めとしたおっさん連中はそっちのタイトルの方が馴染みがあるかも知れませんね。この曲が全世界でヒットした時(ビルボードの1984年度年間ヒットチャートでは全米第15位)、シンディは既に30歳。年齢に見合わぬその奇抜な髪の色(12歳の頃から既にそうで、いじめの対象になって石なんかもよく投げつけられたと本人は語っています)とファッションやMV でのファンキーな動作から、日本では「シンディ・アーパー」と呼んだりする者もいましたが(ほんと失礼ですよね・笑)、人を見かけで判断するのは大間違い、彼女はおつむの弱い女性なんかでは決してなく、とても賢く、苦労人で(継父に入浴姿をのぞき見されて17歳で家出し、高校も退学、その後はひとりで働きつつ自力で様々なことを学びながら下積み生活を送りました)、それでいて、ものすごく優しい心を持っている素敵な方なんです(慈善活動なんかにも熱心で、筋金入りのフェミニストとしても知られています)。実はこの曲、新曲ではなく、1979年にRobert Hazard という男性歌手が作詞作曲してデモ録音をしていた同名の曲(当時はリリースされなかった)のカバー曲で、男性を主人公として書かれてあった歌詞をCyndi が主人公を女性に変えて手直しを入れました。曲調もHazard 版はハードロック調であるのに対し、Cyndi 版ではシンセサイザーを多用したニューウェーブなポップ調に変わっています(但し、Cyndi 版でもメロディーラインはある程度継承されています。興味のある方は一度、聴き比べてみてください)。この曲で一気にメジャーデビューを果たしたCyndi Lauperは2年後の1985年にアルバムTrue Colorsをリリースして再び大ヒット曲を次々と生み出し、その凄まじいレコード販売数から世界で最も売れているアーティストの一人となりました。そんな大成功から時が流れるのは早いもので、彼女も今や70歳。ですが、その歳になっても相変わらず髪を紫色に染めたりしています。流石ですよね、元祖ファンキー姉さんは(笑)。

I come home in the mornin’ light
My mother says, "When you gonna live your life right?"
Oh, mama dear, we’re not the fortunate ones
And girls, they wanna have fun
Oh, girls just wanna have fun

あたしが朝帰りしたらさ
母さんが言うの、「あんたはいつになったらまともな人生を歩む気なの?」って
あー、ママ、あたしたちってママの時代みたいな女じゃないのよ
今の女の子ってのはね、楽しく過ごしたいの
そう、とにかく楽しみたいのよ

The phone rings in the middle of the night
My father yells, "What you gonna do with your life?"
Oh, daddy dear, you know you’re still number one
But girls, they wanna have fun
Oh, girls just wanna have

真夜中に電話が鳴ったらさ
父さんが声を張り上げるの、「おまえはこれから先どうするつもりなんだ?」って
あー、パパ、パパはまだ男の方が偉いみたいな時代だと思ってるんだろうけど
今の女の子ってのはね、楽しく過ごしたいの
そう、いろんなことでね

That’s all they really want
Some fun
When the workin’ day is done
Oh, girls, they wanna have fun
Oh, girls just wanna have fun

ほんと、女の子はみんな何か楽しみが欲しいの
ただそれだけよ
仕事をし終えたらさ
女の子ってのはね、楽しく過ごしたいの
そう、とにかく楽しみたいのよ

Girls, they want, wanna have fun
Girls, wanna have

女の子ってのはね、楽しく過ごしたいの
いろんなことでね

Some boys take a beautiful girl
And hide her away from the rest of the world
I wanna be the one to walk in the sun
Oh, girls, they wanna have fun
Oh, girls just wanna have

男の子ってさ、きれいな子と付き合いだすと
狭い世界にその子を閉じ込めちゃうじゃない
でも、あたしは太陽の下を歩く女になりたいの
女の子だって楽しく過ごしたいんだもの
そう、いろんなことでね

That’s all they really want
Is some fun
When the workin’ day is done
Oh, girls, they wanna have fun
Oh, girls just wanna have fun

ほんと、女の子がみんな求めてるのは
何か楽しみが欲しいってことだけ
仕事をし終えたらさ
女の子ってのはね、楽しく過ごしたいの
そう、とにかく楽しみたいのよ

*この後に続くポスト・コーラスとアウトロはwanna have fun やそれと同じようなフレーズの連呼なので省略します。

Girls Just Want to Have Fun Lyrics as written by Lolly Vegas, Robert Hazard
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC, Warner Chappell Music, Inc.

【解説】
シンセサイザーの弾けた音色で始まるイントロに続いて聞こえてくるCyndi の軽快な歌声。音階を自由に操る彼女が持つ声域は4オクターブに及ぶそうです。メロディーラインは非情にダンサブルなものですが、その明るい響きの中には女性の自立という深いメッセージが込められていますので、そのことを理解する為にも、歌詞をひとつひとつ追いながらその意味を紐解いていきましょう。英語の難易度という点において、第1節にはこれといって難しい部分はありませんが、we’re not the fortunate ones のフレーズだけは、詩として理解するという意味では難解です。直訳すれば「私たちは幸運な(運に恵まれた)者ではない」なんですが、それでは何のことを言っているのかいまいち良く分かりません。って言うか、全然分かりません(笑)。ここのフレーズのWe を、母親との会話の最中であることから、母親も含めた女性全般の事と受け止める人もいるようですが、僕がこの部分と後に続くgirls, they wanna have fun を聞いた時に頭に浮かんだのは、ママと娘との間に横たわる世代の断絶感のようなものでした。ここでのWe は娘の世代の女性だけのことを指していて、娘はママの世代はfortunate だったが私たちはそうでないと言っているように僕には聞こえたのです。もう少し言葉を補って説明するならば、「ママの時代の女性は家庭に入って夫や家族の為に尽くして生きるのが当然だったし、それが良いことだと信じていたのだろうけども(そのことをfortunate という言葉で逆説的に表現しているように思います)私たちの世代の女性は違う」ということです。ですが、歌詞とは自ずからその長さに制限を受けるものですから、we’re not the fortunate ones という短い言葉の中にその気持ちを込めたのではないかと考えました。それが、第1節をこのような日本語に置き換えた理由です。

第2節のyou know you’re still number one も第1節のwe’re not the fortunate ones と対をなしているようにしか僕には思えませんでしたので、このフレーズは、女は家庭に入って夫や家族に尽くしていればいい、外で遊ぶなんてもっての他だという男性優位的な考え方を暗喩していると理解しました。シンディが男女同権を強く求めるフェミニストであることからしても、そう考えれば全ての辻褄が合います。さて、これで峠を乗り越えたかと思いきや、続く第3節にも難題が待ち構えています。3行目のWhen the workin’ day is done というフレーズです。この曲で歌われているgirls という言葉を聞いて誰しもが思い浮かべるのはティーンエイジャーの姿でしょう。恐らく、日本でこの曲を「ハイスクールはダンステリア」として当初売り出したのも、同じような理由からであったような気がします(因みに、そのタイトルだと歌詞の意味を誤解される可能性があるから止めて欲しいとCyndi Lauper 本人から日本のレコード会社に申し入れが後にあった為、現在では曲のタイトルから邦題が削除されています)。とは言え、ティーンエイジャー世代はそのほとんどが学生として時を過ごしているのですから、バイトくらいはするでしょうが一日中働いているという訳でもありません。では、なぜWhen the workin’ day is done なのでしょうか?答えは簡単です。Hazard の原曲も同じフレーズだからです。ですが、理由はそれだけではありません。When the workin’ day is done という文言は同時に、女性が夫や家族の為に家庭にこもる時代は終り、女性も外で働く時代になっているということの暗喩でもあるからなのです。

4節目はたった2行ですが、何かお気付きになった方はおられますか?そうなんです。2行目がwanna have fun ではなく、wanna have だけで終わっているのです。それには何らかの意図があるはずで、僕はそれが「女の子はfun だけでなく、様々なことにチャレンジしても良いのだ」というメッセージを送る為に敢えて空白にしたのだと考え「いろんなことでね」という訳にしました。第5節の2行目は、直訳すれば「残りの世界から彼女を隠してしまう」ですが、男はその独占欲から彼女のいた世界からも引き離してしまうことであると理解してこのように訳しました。I wanna be the one to walk in the sun はその言葉どおり、そんな閉じ込められた世界を飛び出して太陽の下を歩きたい、つまりは、何にも縛られることなく自由に生きたい(まさしくそれがwanna have fun のことなのです)、女性もそうしていいんだということです。6節目からポスト・コーラス、アウトロを経て曲のエンドまでは同じフレーズが続くだけなので、特に解説は必要ないでしょう。
Cyndi 版の原曲であるHazard 版の歌詞も知っておくと、Cyndi 版の理解がより進むと思いますので、参考までに紹介しておきますね。以下がHazard 版の歌詞です。

The phone rings in the middle of the night
My father says, "My boy, what do you want from your life?"
Father dear, you are the fortunate one
Girls just wanna have fun
Yeah, girls just wanna have fun

真夜中に電話が鳴ったらさ
父さんが言うんだ、「なあ、おまえは人生に何を望んでるんだ?」って
父さんさあ、父さんは恵まれてた時代の人間だよ
今の女の子ってのはね、とにかく楽しく過ごしたいのさ
そう、女の子ってのは楽しみたがってるんだ

Come home with the morning light
My mother says, "My boy, you’ve got to start living right."
Don’t worry, mother dear, you’re still number one
Girls just wanna have fun
These girls just wanna have fun

朝帰りしたらさ
母さんが言うんだ、「おまえもさ、そろそろまともに生きなきゃ駄目だよ」って
母さんさあ、そんなこと心配無用さ。母さんは昔気質だけど
今の女の子ってのはね、とにかく楽しく過ごしたいのさ
そう、彼女たちは楽しみたがってるんだよ

That’s all they really want
Some fun
When the working day is done
Girls just wanna have fun
Yeah, girls just wanna have fun

ほんと、女の子はみんな何か楽しみを求めてるんだ
ただそれだけよ
仕事をし終えたらさ
女の子ってのはね、とにかく楽しく過ごしたいのさ
そう、楽しみたがってるんだよ

Some guys take a beautiful girl
They try to hide her away from the rest of the world
All my girls have got to walk in the sun
‘Cause girls just wanna have fun
Yeah, girls just wanna have fun

男ってのはさ、きれいな子と付き合いだすと
狭い世界にその子を閉じ込めちゃうじゃない
でもさ、俺の知ってる子たちってのは、太陽の下を歩かなくっちゃならないのさ
だって、女の子はとにかく楽しく過ごしたいんだ
そう、楽しみたがってるんだ

I know your love for him
Is deep as day is long
I know you’d never be the
Thing to do him wrong
But when I knock on the door
I’m close now, you could come
It really wasn’t important
‘Cause girls just wanna have fun
Yeah, girls just wanna have fun

男に対する君の愛がさ
すごく深いものだってのは分かってる
君が男を裏切るようなことを
しないってのも分かってる
でも、俺がドアをノックすれば
俺は君のすぐ傍にいるんだから、傍へ来ればいい
そんなこと、君にはどうでも良かったかな
だってさ、女の子は楽しく過ごしたいんだもんな
そう、楽しみたがってるんだ

Hazard 版の細かい解説は省かせていただきますが、二つの歌詞を比べてみて皆さんはどんな印象をお持ちになったでしょうか?この曲をカバーしてみないかと誘われたCyndi が原曲の歌詞を見せられた際「こんな歌詞、絶対歌うのは嫌だ」と言ったそうですが、彼女は第1節のFather dear, you are the fortunate oneや第5節のBut when I knock on the door, I’m close now, you could come あたりが特に気に食わなかったんでしょう。第5節のフレーズなんかは、なんだか「俺に出会ったからには、俺に黙ってついてくりゃあいいんだ」みたいな感じで古い男性優位社会を肯定しているような感じですもん。そのせいかどうかは分かりませんが、皆さんもお気づきのとおり、Cyndi 版ではこの第5節、ばっさり削除されていますね(笑)。

【第20 回】Small Town / John Cougar Mellencamp (1985)

早いものでこのコーナーで紹介する曲も既に20曲目となりました。今回は僕のお気に入りのアーティストの一人であるJohn Mellencamp の曲を紹介したいと思います。リリースされたアルバムの全部を僕が手元に揃えたアーティストっていうのは今だかつて三人だけですが、そのうちの一人がこのJohn Mellencampなんです(残りの二人はBruce Springsteen とEric Clapton)。John Mellencamp はリリースした曲の歌詞内容から「都会の繁栄とは裏腹に疲弊する地方の町や農村で暮らす人々の代弁者」と捉えられがちですが、彼の真髄はそこにあるのではなく「俺は誰の指図も受けないし誰の支配も受けない。俺は俺であって俺は死ぬまで俺のままだ」という鋼のような意思がそれだと僕は考えています。僕が彼の作品を好きになったのは、その意思を彼の曲の歌詞や生き方から強く感じたからです。メレンキャンプMellencamp なんて少し変わった苗字を持つJohn、実はこの名前、彼の本名でして、ドイツ人の苗字であるムーレンカンプMöhlenkamp がアメリカで英語風になまってMellencamp に変わったものだそう。つまり、ジョンのご先祖様はドイツ人。彼が生まれ育ち、今も暮らしているインディアナ州はかつてドイツからの移民が多かった州で、中でもAmish アーミッシュと呼ばれるキリスト教の教義に基づく非暴力を貫いて生きる人たちの集団が多数を占めていたと伝えられています。21世紀になった今でもアーミッシュは、電気などの文明の力は使わない、移動も徒歩か馬車という移民当時と変わらぬ自給自足の生活を送っており、彼らの暮らしぶりはハリソン・フォードが主演したサスペンス映画「Witness」で詳しく描かれていますので、興味のある方は一度ご覧になってみてください(映画の舞台はペンシルべニア州ですが、ペンシルべニアもアーミッシュの移民が多かった州として知られています)。John の遠い先祖もアーミッシュであった可能性は無きにしもあらずですが、10歳で喫煙を始めたヘビースモーカーで(今もだそうです)、馬ではなくバイクを乗り回し、3度の離婚経験も持つ彼がアーミッシュでないことだけは確かですね(笑)。彼の名前にはもうひとつエピソードがあって、クーガーCougar という名前(ちょっとダサいです)はデビュー時にレコード会社から無理矢理に押し付けられたものだったそうで、本人はずっとこの名前が嫌だったらしく、1991年頃からこのクーガーを外してJohn Mellencamp とだけ名乗るようになりました。

Well, I was born in a small town
And I live in a small town
Probably die in a small town
Oh, those small communities

俺はね、小さな町の生まれなんだ
今も小さな町で暮らしてるし
多分、小さな町で人生を終える
ほんと、誰もが顔見知りみたいな小さな町さ

All my friends are so small town
My parents live in the same small town
My job is so small town
Provides little opportunity

ダチどももみんな小さな町の住人だし
両親だって同じ小さな町に住んでる
働いてるのも小さな町
ほとんどチャンスなんて無いね

Educated in a small town
Taught to fear Jesus in a small town
Used to daydream in that small town
Another boring romantic, that’s me

小さな町で学校へ通ったし
小さな町でイエス様への敬意も教わった
そんな小さな町で空想にふけってた
ロマンチスト、それが俺さ

But I’ve seen it all in a small town
Had myself a ball in a small town
Married an L.A. doll and brought her to this small town
Now she’s small town just like me

でもさ、俺は小さな町であらゆることを知ったし
大いに楽しんだよ、小さな町でね
LAのお嬢さんを嫁にもらってこの小さな町へ連れ帰りもしたんだぜ
今じゃその彼女も小さな町の一員さ、俺みたいにね

No, I cannot forget from where it is that I come from
I cannot forget the people who love me
Yeah, I can be myself here in this small town
And people let me be just what I want to be

俺は自分がどこで生まれたのかを忘れたりなんかできないし
俺のことを愛してくれる町のみんなのことも忘れたりはできない
そうさ、この小さな町でなら俺は自分らしくいれるし
ここのみんなは俺が俺でありたいようにさせてくれる

Got nothing against a big town
Still hayseed enough to say, "look who’s in the big town"
But my bed is in a small town
Oh, and that’s good enough for me

都会に対する反感なんてこれっぽっちも持っちゃいない
「うわぁ、都会の人を見てみなよ」なんて言っちまうくらいの田舎者さ
俺の寝床があるのは小さな町だけど
そう、俺にはそれで充分なのさ

Well, I was born in a small town
And I can breathe in a small town
Gonna die in this small town
Oh that’s probably where they’ll bury me

俺はね、小さな町の生まれなんだ
俺が生きていけるのは小さな町
そして、この小さな町で人生を終える
多分、みんなが俺を埋葬してくれる小さな町でね

Small Town Lyrics as written by John Mellencamp
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
ギターとドラムの軽快な音色のイントロで始まるこの曲は、1985年にリリースされた「Scarecrow」というアルバムに収録されたもので、80年代前半に多くのヒット曲を出していたJohn はこのアルバムを出す前から既に人気ロックシンガーでしたが、この頃より地方の農村の困窮や地方都市の疲弊を歌う曲が増え始めています。Small Town はそんな社会問題をテーマにした曲の中の代表作のひとつであり、アメリカの地方で暮らす人々に地方賛歌として熱狂的に受け容れられました。しかし、John 本人は「歌詞にはそういった意図はなく、自分の生まれ育った町(ジョンはインディアナ州のシーモアで生まれ育ち、後に同じ州内のブルーミントンに引っ越しています)での経験を単に綴っただけだ」と語っていて、近年のインタビューでは「ニューヨークやロサンゼルスに住まなくとも人生を豊かに過ごすことはできる」ということを伝えたかったとも答えています。そして、この曲で歌ったとおり、有名人となった今でも彼はインディアナ州の小さな町、ブルーミントンで気の置けない住民たちに囲まれながら静かに暮らしていますから、John Mellencamp は誠に筋の通った有言実行の人だと言えるでしょう。

このSmall Town という曲の歌詞はとてもシンプルかつストレートで、意味不明な暗喩や比喩もありませんので(笑)、英語の初級学習者でも和訳するのに然程の苦労は無いと思います。以下の解説を参考に、是非とも一度、自分の手でチャレンジしてみてください。では、1節目です。前述のとおり大変分かり易く、解説は不要。4行目のthose は、最初の3行のsmall town が何であるかを指しています。第2節も同様に容易な文で綴られていて、1行目と3行目はbe 動詞の後にin を補って理解すると良いでしょう。なぜinが省略されているかというと、歌詞の中がin だらけになるのを避ける為だと思われます(既に充分in だらけですが・笑)。第3節は少し難解。先ず2行目のfear。この単語は普通であれば怖れの意味で使われますが、神に対して使う時は「怖れ」ではなく「崇め敬う」という意味になります。3行目のdaydream は名詞ではなく動詞として使われていますので気を付けてください。Used to は、日本の学校では「~したものだ」と習うかと思いますが、過去にはそうしていたけど今は全くしていないというニュアンスを伝える表現であり、今は全くしていないという点が重要です。4行目のboring は、Used to daydream していた一方で、そのdaydream に対し手持無沙汰であった、つまり「夢想するだけで何もすることはなかった、できなかった」と理解してこう訳しました。

4節目のI’ve seen it all は、直訳すれば「全てを見た」ですが、実際の意味は、おおよそ人が経験するであろうことはすべて経験したということでしょう。Have oneself a ball は大いに楽しむという意味の慣用句で、ここでのball はgood timeのことです。第5節は特に難しい部分もなく、和訳のとおり。ムラ意識の強い日本の地方ではI can be myself , people let me be just what I want to beなんてことは有り得ないでしょうね。第6節のget nothing againstは「~に反感を持っていない」という意味になります。2行目のhayseed
は、一般的には「田舎者」と訳されますが、John がこの言葉に込めているのは「素朴で洗練もされてはいないがハートは熱い人々」という気持ちであり、彼はこのhayseed という言葉を好んでよく使います。因みに彼が暮らすインディアナ州は、都会の人々からHoosier State と呼ばれることがあり、そこに暮らす住民は世間知らずの田舎者だという意味を込めてHoosier とあだ名されていますが、John Mellencamp がこの言葉を使っているのを聞いたことはありません。2行目のlook who’s は、look who’s here のように「誰かと思ったら!(直訳なら「ここにいる人を見て」ですが)」のような形で良く使われます。第7節も特に難しい部分は無く、2行目のI can breathe は、排気ガス塗れの都会の空気と違って、田舎では新鮮な空気を吸えるという意味に捉える方もおられるようですが、考え過ぎではないかと思います。ここは単に「生きる」という意味でしょう(笑)。

僕は都会生まれの都会育ちなので、地方出身者の気持ちは分かりませんが(決して地方を見下しているのではありません。その経験が無いから分からないという意味ですので誤解無きよう・汗)、自分の生まれ育った地とそこに暮らす人々を愛することができるなんて羨ましい限りです。都会には愛すべきところなんて何もありませんからね(涙)。

【第21回】Rock Me / Great White (1987)

僕がヘビーメタルと呼ばれるジャンルの曲を聴くことはほとんどないんですが、昔、それっぽいもので気に入っていた曲があるので紹介しておきたいと思います。その名はRock Me。米国のGreat White というバンドの曲です。Great White なんてバンド名、なんか白人至上主義者の集まりみたいな感じがして僕は好きでなかったんですけども、それがいつもと同じような僕の思い込みであったことを最近になってから知りました。このバンドはもともとGreat White Shark(ホオジロザメ、映画「ジョーズ」に出てくるあの人食い鮫と同じ種です)という名で活動していて、それがバンド名の由来になっているそう。確かにRock Meのシングルカットのレコード・ジャケットにも鮫のヒレが描かれていますね(笑)。この曲を作詞し、自らボーカルも担当しているのはJack Russell(ジャック・ラッセル)というカリフォルニア州生まれのアメリカ人(なかなかいい声をしてます)。実はこの人、かなりのお騒がせ野郎で、若かりし頃、知人の家からコカインを強奪しようと拳銃を持って押し入り、銃を乱射してその家で雇われていたベトナム人の女性メイドを殺害、駆け付けた警察官に逮捕されるという犯罪歴を持っています。本人の談によれば、PCP をやってから犯行に及んだらしく(PCP は超強力な幻覚作用のある化学合成麻薬で、その作用中なら人を殺していても本人は覚えていないとも言われる恐ろしい薬物)、後に行われた裁判の記録によると、トイレに逃げ込んだメイドに向かってドア越しに発砲したところ、不運にもメイドに当たってしまったとなっています。ですが、前述のとおりラッセルはPCP をやっていた為に記憶を失っていて、今も真相は不明のまま。結局、Jack は裁判で懲役8年を言い渡されましたが、恐らくその頃まだ未成年者であった彼は、麻薬中毒者向け更生プログラムの対象者となって1年も経たぬうちに出所しています。何の落ち度もない人間を一人殺してるのに、たった1年で出所ですよ。信じられませんよね(怒)。仮にこの事件の犯人が黒人で、撃たれたメイドが白人少女だったのなら、その黒人は間違いなく今も刑務所の中にいることでしょう。アメリカっていうのは、そういう出鱈目な国なんです。

しかし、こんなのはまだ序の口で、最大の悲劇は2003年に起こりました。2000年にバンドのオリジナルメンバーが全員脱退した後、ラッセルが「Jack Russell’s Great White」として一人でバンドを率いてロードアイランド州でツアーを行っていた際に会場となったナイト・クラブ「ザ・ステーション」で大火災が発生し、観客を始めとして100名もの人々が猛火に巻き込まれて亡くなったのです(10名の書き間違いじゃないです。100名です)。火災の原因は、バンドのマネージャーが演出の為に発火させた花火の火がカーテンに引火し、瞬く間に火が室内に燃え広がったことでした。このマネージャーは後に裁判で過失致死罪に問われ、懲役10年の判決を受けて刑に服しています(但し、満期を待たずに仮釈放)。火災の直接の原因がラッセルにあった訳ではなく、事件の被害者たちには、後に総額1億8千万ドルという莫大な額の損害賠償が為されているとは言え、事件後、バンドを再結成し、完全復活を果たしたジャック・ラッセルは、ほんと鉄面皮というのか、何というのか、良くわからない人ですし、それを許すアメリカの社会っていったい何なんでしょうね…。因みに彼は、2024年までミュージシャンとして現役で活動していましたが、その年に認知症を発病して急死しています。

Sweet little baby, you don’t have to go
Little baby, tell me you won’t go
We’d be so good together if we had the time
Being alone is a nowhere state of mind

なあ、行くことねえじゃないか、ベイビー
行かないって言ってくれよ、ベイビー
あの時、時間があれば、俺たちいい感じになってたのにさ
一人でいるなんて考えられねえよ

Loving ain’t no crime, oh no
I see your man ain’t here, he don’t care
The way of the night has gone and we’ll move on
Got to find a way to face another day

人を愛するってことは罪じゃねえ、そう、違うんだ
おまえの男は今ここにいねえし、奴は気にもしちゃいねえ
帰り道はもう無くなったんだぜ、前に進もうじゃねえか
明日を迎える手立てを見つけなくっちゃいけねえよ

I search the world for someone I’ll never find
Someone who ain’t the hurting kind
If you stay the night, oh yeah
We’ll make the wrong seem right

俺は決して見つからない誰かをこの世界で探してるんだ
人を傷つけない誰かをだ
おまえがこの夜を共に過ごしてくれるなら、ああ
俺たち、間違ってることでも正しく思えるようになれるさ

So come on now
Rock me, rock me, roll me through the night
Rock me, rock me, roll me through the night
Rock me, rock me, roll me through the night
We’ll burn in love tonight

さあ、今こそ
俺のハートに火を点けてくれ、夜通し俺を抱きしめてくれよな
俺のハートに火を点けてくれ、夜通し俺を抱きしめてくれよな
俺のハートに火を点けてくれ、夜通し俺を抱きしめてくれよな
二人で愛の炎を燃やすんだ、今夜な

Sweet little baby, oh don’t you go
You ain’t so innocent, I know
I know your heart’s like mine, oh yeah
And I will find the time to make you mine
And if your love goes bad, if it makes you sad
But I’ll be back for more at your door

なあ、行かないでくれ、ベイビー
おまえが初心なんかじゃねえってことは分かってる
分かってるのさ、おまえの気持ちは俺とおんなじなんだって
だから、俺はおまえをものにするんだ
たとえそれがおまえの心を駄目にしても、悲しくさせても
俺は何度でもおまえの前に現れるさ

Rock me, rock me, roll me through the night
Rock me, rock me, roll me through the night
Rock me, rock me, roll me through the night
Before the morning light, we’ll burn with love tonight
Burn with love tonight

俺のハートに火を点けてくれ、夜通し俺を抱きしめてくれよな
俺のハートに火を点けてくれ、夜通し俺を抱きしめてくれよな
俺のハートに火を点けてくれ、夜通し俺を抱きしめてくれよな
朝がやって来る前に、二人で愛の炎を燃やすんだ、今夜な
愛の炎を燃やすのさ、今夜な

And when your man don’t care, I will be there
Still be loving real good love, so baby now
Rock me, rock me, roll me through the night
Rock me, come on, rock me, roll me through the night
Rock me, rock me, roll me through the night
There’s no wrong or right we’ll burn with love
Rock me, rock me, roll me through the night
Rock me, come on, rock me, roll me through the night
Rock me, rock me, roll me through the night
There’s nothing left to do but make sweet love to you
Come on and rock me

おまえの男が気にもしねえってのなら、その時は俺がいるぜ
俺はほんとの良き愛を求めてる、だからベイビー
俺のハートに火を点けてくれ、夜通し俺を抱きしめてくれ
俺のハートに火を点けてくれ、そうさ、夜通し俺を抱きしめてくれ
俺のハートに火を点けてくれ、夜通し俺を抱きしめてくれ
正しいか間違ってるかなんて関係ねえ、俺たちは愛の炎を燃やすんだ
俺のハートに火を点けてくれ、夜通し俺を抱きしめてくれ
俺のハートに火を点けてくれ、そうさ、夜通し俺を抱きしめてくれ
俺のハートに火を点けてくれ、夜通し俺を抱きしめてくれ
おまえに甘美な愛を捧げる以外、他はないんだ
さあ、今こそ俺のハートに火を点けてくれ

*この曲には幾つかのバージョンがあり、これより長い歌詞のバージョンもありますので悪しからず。

Rock Me Lyrics as written by Jack Russell, Alan Niven
Lyrics © BMG Rights Management, Sony/ATV Music Publishing LLC, Warner Chappell Music, Inc.

【解説】
ジャック・ラッセルの人となりはともかくとして、この曲がなかなかイケていることは否定できない事実でして、場末の街角で今まさに何かが起ころうとしているかのような緊張感を感じさせるイントロが特にいいですね。歌詞の内容は、彼氏のいる女(もしくは既婚者)に惚れてしまった男の心情というクサいものですが、ラッセルの声がメロディーラインに良く合っているし、ギターとベースの音色もパワフルで聴く者を魅了します。歌詞の解説に入る前にこの曲のタイトルである「Rock Me」について少し説明をさせてもらうと、実はRock Me というタイトルの曲(もしくはそれに類似したタイトルの曲)は、洋楽界では何十曲も存在していて、古くはステッペン・ウルフが同じタイトルで歌っていますし、アバのアルバムにも同名の曲があります。それらの曲中においてRock という言葉は、様々な意味で使われているのですけども、大抵は「魂や心を揺さぶる、興奮させる」といった意味で用いられていて、今回、この曲の歌詞を和訳するにあたっては「ハートに火を点ける」という言葉に置き換えることにしました。理由は後述します。では、歌詞を見ていきましょう。

第1節で注意しないといけないのは、3行目のWe’d be so good together if we had the time。この文は仮定法過去と仮定法過去完了の組み合わせになっていますから「もしあの時~だったら、今は~なのに」という現在の事実とは異なる願望を表しています。そこから窺えるのは、男とSweet little baby の二人が恋に陥る可能性が過去にあったということ、そして、女の側の気持ちも満更ではないということです。4行目のBeing alone is a nowhere state of mind は、直訳すれば「一人でいるということは気持ちの中のどこにもない」ということですから、このように訳しています。2節目と3節目に関しては、特に難解な部分はありませんが、第3節のWe’ll make the wrong seem right は、二人の関係が禁断の関係(浮気もしくは不倫)であることを連想させ、この歌詞に出てくる相手の女が既婚者ではないかと思わせる響きがあります。第4節はRock me の連呼に入りますが、僕がこの歌詞のRock me を「ハートに火を点ける」としたのは、4行目にWe’ll burn in love というフレーズが使われていたからで、burn のイメージをそのままrock に重ね合わせました。第5節も和訳のとおり。I’ll be back は映画「ターミネーター」でお馴染みのフレーズですね。第6節も解説の必要なし。第7節のAnd when your man don’t care, I will be there は、以前にも解説したように、正しい文法ではdon’t ではなくdoesn’t で、このフレーズのここでの意味は「君が去ることを君の彼氏が気にしないのなら、彼氏の立場に僕が収まる」といった感じでしょうか。

あれっ!?今回はもう解説が終わってしまいましたよ!この曲、フルバージョンは7分以上とやたら長いんですが、歌詞自体はとってもシンプルだったんですね(笑)。

【第22回】Ride Like the Wind / Christopher Cross (1979)

前回同様、ワルい奴の歌をもう1曲。と言っても、今回は歌っているのがワルい奴ではなく、歌詞の主人公が人を10人も殺した悪人(と言うかアウトロー)という人物設定になっている曲です。歌っているのはChristopher Cross というテキサス州のサン・アントニオ(メキシコ国境まで約200キロ、人口百万人を超える大都市)出身の歌手で、この曲を歌っていた頃の彼は丸々とした肥満気味の顔に熊のような髭を生やした、どこから見ても優しそうな兄ちゃんって感じの人なんですが、Christopher も御多分に洩れずヤク中だったアーティストでして(よく見ると、ちょっと悪そうな顔ではありますが・笑)この曲の歌詞もLSDでハイになっていた時に書いたものだと自ら語っています。この曲はタイトルがRide Like the Wind なのに、題名を見ても歌詞を聴いてみても、何にride するのか具体的なことが示されていないという不思議な曲なものですから、風に乗ると勘違いしてしまう日本人も多いようですが、それだとRide Like the Wind ではなくRide the wind でなければなりません。となると、現代社会でride するものと言えば自動車などの乗り物、特にバイクや自転車といったものになりますけども、歌詞を紐解いていくと、歌詞の主人公が乗ろうとしているのはそれらの乗り物ではなく馬であることが分かってきます。なぜなら、この曲の舞台設定がアメリカ映画の西部劇に出てくるみたいな開拓時代であるとしか考えられないからです。詳しくは解説で触れますので、先ずは和訳を読まないようにしながら以下の英語の歌詞に目を通してみてください。

It is the night
My body’s weak
I’m on the run
No time to sleep
I’ve got to ride
Ride like the wind
To be free again

夜の帳が下りた
体は弱ってきてるが
逃亡を続けてる俺に
寝てる暇なんてない
そろそろ馬にでも乗んなきゃならねえかな
風のように駆けるのさ
もう一度自由になる為に

And I’ve got such a long way to go
To make it to the border of Mexico
So I’ll ride like the wind
Ride like the wind

俺にあるのは遥か彼方へと向かう長い路
メキシコ国境へと続く逃亡の旅路
だから、俺は馬に乗って風のように駆けるんだ
そう、風のように駆けるんだ

I was born the son of a lawless man
Always spoke my mind with a gun in my hand
Lived nine lives
Gunned down ten
Gonna ride like the wind

俺は無法者の子として生まれ
銃を手にいつでも自分の言い分を通してきた
この世で9回の生を受け
10人を撃ち殺しちまったから
あとは風のように駆けるつもりさ

And I’ve got such a long way to go
To make it to the border of Mexico
So I’ll ride like the wind
Ride like the wind

俺にあるのは遥か彼方へと向かう長い路
メキシコ国境へと続く逃亡の旅路
だから、俺は馬に乗って風のように駆けるんだ
そう、風のように駆けるんだ

Accused and tried and told to hang
I was nowhere in sight when the church bells rang
Never was the kind to do as I was told
Gonna ride like the wind before I get old

起訴後の裁判で俺に告げられたのは絞首刑だった
けどな、教会の鐘が鳴った時、俺の姿はどこにも無かった
俺は言われたとおりにするような柄じゃなかったのさ
歳を食っちまう前に、風のように駆けるつもりさ

It is the night
My body’s weak
I’m on the run
No time to sleep
I’ve got to ride
Ride like the wind
To be free again

夜の帳が下りた
体は弱ってきてるが
逃亡を続けてる俺に
寝てる暇なんてない
そろそろ馬にでも乗んなきゃならねえかな
風のように駆けるのさ
もう一度自由になる為に

And I’ve got such a long way to go
To make it to the border of Mexico
So I’ll ride like the wind
Ride like the wind

俺にあるのは遥か彼方へと向かう長い路
メキシコ国境へと続く逃亡の旅路
だから、俺は馬に乗って風のように駆けるんだ
そう、風のように駆けるんだ

*このあと、同じフレーズをもう一度繰り返し、アウトロでGonna ride like the wind を連呼して曲は終わります。

Ride Like The Wind Lyrics as written by Christopher C.Cross
Lyrics © Kanjian Music, Universal Music Publishing Group, Royalty Network, Warner Chappell Music, Inc.

【解説】
英語の歌詞に目を通してみて、皆さんは西部劇に出てくるような光景が目に浮かびましたか?いまいちピンとこなかったという方もおられるかも知れませんので、もう一度一緒に歌詞を見ていきましょう。第1節に英語として難しい部分はありませんね。ごく短いフレーズをテンポ良く連続させるこの曲の第1節の形式は他の曲では見たことのない大変ユニークなもので、荒野を思い浮かばせるようなピリっとしたメロディーラインと相まって曲調に緊迫感を醸し出しています。第1節からは、歌詞の主人公が(男女の明示は無いですが、男ということにしときましょう)、何かの事情で逃亡をしている最中だということは示されているものの、ここの部分だけではまだ何にride するのかは特定できませんし、To be free again の為になぜride しなくてはならないのかも良く分かりません。ですが、第2節に入ってメキシコ国境という言葉が出てくることで、逃亡中の男が目指しているのはメキシコであり、メキシコに逃れて権威、権力(警察)から追われることのない自由な生活を取り戻そうとしていることが判明します。となると、アメリカ合衆国政府は1978年にメキシコ政府との間で犯罪人引き渡し条約(extradition treaty)を締結してますので、歌詞の舞台はそれより以前の時代ということです(余談ですが、犯罪人引き渡し条約の締結により、アメリカで犯罪を犯した者がメキシコへ逃亡したところで、昔と違って現在では自由にはなれません。まあ、メキシコの警察官の多くは腐敗してますし、賄賂を使ってうまく切り抜けることはできるかもですけど)。第2節でも何にride するのかは特定できず、ここではまだ、バイクの可能性も捨てきれませんね。

しかし、第3節に入ると舞台背景に関するヒントが一気に現れます。先ず1行目のlawless man、これはoutlaw の言い換えで、2行目のAlways spoke my mind with a gun in my hand は、男が常に拳銃を携帯するような生活を送ってきたことを連想させますし、3行目のLived nine lives は、生きるか死ぬかの人生を男が日々過ごしてきたことを伺わせます。そして、それに続く4行目のGunned down ten を聞いて僕の頭に浮かんだのは、西部開拓時代に実在した強盗『ビリー・ザ・キッド』の姿でした。現在なら10人も人を殺すような人物はシリアル・キラーと呼ばれる連続殺人犯くらいでしょうが、ビリー・ザ・キッドの生きた西部開拓時代では荒くれ者同士の諍いも多く、キッドも生涯で8人(一説では21人)の男を射殺したとされています。さらに、第5節で男がGunned down ten の結果としてtold to hang、吊るし首を宣告されていることを考えあわせると(現在、アメリカで絞首刑が認められているのはワシントン州とニューハンプシャー州だけです)、この歌詞の舞台が、男たちが日常的に腰に拳銃をぶら下げ自らの身を守っていた西部開拓時代であることに疑いの余地はなく、ここに来てようやくride の対象が馬であることが分かります。なぜなら、その時代に陸上でride するものと言えば、馬か馬車以外に他は無かったからです。第6節のI was nowhere in sight when the church bells rang は、絞首刑を宣告されたものの、埋葬されるようなことになる前に逃亡したということだと思いますが、結婚式で教会の鐘が打ち鳴らされることから「拘束の多い不自由な結婚生活から逃げた」と受け取るネイティブ話者もいるようです(それは考え過ぎだろうと僕は思いますが)。いずれにせよ男は、Never was the kind to do as I was told、権威、権力には決して従わない、我が道を行く男だったのであり、男にとって一番大切なものはbe free、自由でいることだったのでしょう。その気持ち、僕には良く分かります。

さて、男はその後、疾風の如く馬を駆ってメキシコ国境にたどり着けたのでしょうか?その結末は歌詞のどこにも出てきません。この曲を聴いた人だけが、心の中でそれを決めることができるのです。

【第23回】I Don’t Like Mondays / The Boomtown Rats (1979)

ワルい奴シリーズの第3弾として(←勝手にシリーズ化・笑)、今回は実在のワルい奴が引き起こした凶悪事件をモチーフにして作られた曲を紹介します。1975年にアイルランドのダブリンで結成されたBoomtown
(バンド名は歌手Woody Guthrie の自伝に出てくるギャング団の名前に由来)というバンドのI Don’t Like Mondays という曲です。この曲の主人公のモデルとなっているのはBrenda Ann Spencer(ブレンダ・アン・スペンサー)というアメリカ人女性で、1979年1月29日、月曜日の早朝、カリフォルニア州サンディエゴで、自宅の前にあった小学校に通学してきた児童たちに向けて自宅の窓から22口径の半自動ライフルを乱射し、生徒たちを守ろうとした学校職員を2名射殺するという事件を引き起こしました。その後、逮捕されて裁判を受けたBrenda は、終身刑を言い渡されて現在も服役中ですけど、逮捕された当時の彼女は16歳の女子高校生。無差別殺人の犯人が女子高生であったというその事実だけでもセンセーショナルだったのですが、何よりもこの事件が世間を騒がせることになったのは、銃撃後に自宅に立てこもっていた彼女に電話でインタビューを試みたアホな新聞記者の「なぜ犯行に及んだのか?」という質問に対して答えた台詞でした。彼女はこう答えたのです「I just don’t like Mondays. Do you like Mondays? I did this because it’s a way to cheer up the day. Nobody likes Mondays. あたし月曜日が嫌いなの。あんたは月曜日が好き?あたしがこんなことしたのは今日一日を盛り上げる為よ。月曜が好きな人なんて誰もいないもの」と。

初めてこの曲を聴いた時の僕は英語がチンプンカンプンな中学生。それでも、ピアノ鍵の連打で始まるどこかメランコリックなイントロの後に続いて響くI don’t like Mondays という声くらいは聞き取れたので、休み明けの月曜日に学校や会社に行きたくなくなる憂鬱な気分を歌っているのだと勝手に思いながらよく聴いていたのですが(汗)、随分とあとになってから、雑誌の記事を読んでこの曲のI don’t like Mondaysの意味がそうではないことを知りました。ですが、この曲はたとえ英語がよく分かる人であっても、乱射事件の背景を知らなければ、聴いただけで歌詞の意味を理解するのは難しいだろうなというのが正直なところです。

The silicon chip inside her head
Gets switched to overload
And nobody’s gonna go to school today
She’s gonna make them stay at home
And daddy doesn’t understand it
He always said she was good as gold
And he can see no reasons ‘cause there are no reasons
What reason do you need to be shown?
Oh oh oh

彼女の頭の中にあるコンピューターチップの
スイッチが入って、もう彼女はいっぱいいっぱい
今日、誰も学校に行こうとしないのは
彼女が家に閉じこもるように仕向けてるから
父親がそのことを理解できないのは
彼女がおとなしい子だっていつも思ってるから
それに、理由がないんだから、理由なんて見つかりっこない
そもそも、どんな理由を示す必要があるって言うんだい?

(Tell me why) I don’t like Mondays
(Tell me why) I don’t like Mondays
(Tell me why) I don’t like Mondays
I wanna shoot-ooh, the whole day down

あたしは月曜日が嫌いなの(どうしてだか教えてよ)
あたしは月曜日が嫌いなの(どうしてだか教えてよ)
あたしは月曜日が嫌いなの(どうしてだか教えてよ)
月曜日をまるごと撃ち落としちゃいたいの

The Telex machine is kept so clean
And it types to a waiting world
And mother feels so shocked, father’s world is rocked
And their thoughts turn to their own little girl
Sweet 16 ain’t that peachy keen
Now that ain’t so neat to admit defeat
They can see no reasons ‘cause there are no reasons
What reasons do you need?
Oh oh oh whoa whoa

テレックスの機械ってのは手入れが行き届いててね
知らせを待つ世界へと向けて印字を始める
その知らせに母親たちはショックを受け、父親たちは震えあがり
そして、彼らの思いは自分の娘へと向けられる
16歳の小娘がいい子じゃないなんて
そんなことを簡単に認める訳にはいかないってね
それに、理由がないんだから、理由なんて見つかりっこない
そもそも、どんな理由が必要だって言うんだい?

(Tell me why) I don’t like Mondays
(Tell me why) I don’t like Mondays
(Tell me why) I don’t like Mondays
I wanna shoot-ooh, the whole day down
Down, down, shoot it all down

あたしは月曜日が嫌いなの(どうしてだか教えてよ)
あたしは月曜日が嫌いなの(どうしてだか教えてよ)
あたしは月曜日が嫌いなの(どうしてだか教えてよ)
月曜日をまるごと撃ち落としちゃいたいの
落とすの、落とすのよ、すべてを撃ち落とすの

And all the playing’s stopped in the playground now
She wants to play with the toys a while
And school’s out early and soon we’ll be learning
And the lesson today is how to die
And then the bullhorn crackles and the captain tackles
With the problems of the how’s and why’s
And he can see no reasons ‘cause there are no reasons
What reason do you need to die?
Die, oh oh oh

校庭でのお遊びが今は止まってるけど
彼女はもう暫くおもちゃで遊びたがってる
早く終わっちゃった学校でそのあと学ぶことになるのは
どうやって死ぬのかっていう授業
やがて、拡声器が音を立て、指導員は取り組むことになる
どうやって、どうしてかって問題にね
でも、理由がないんだから、理由なんて見つかりっこない
そもそも、死ぬのにどんな理由が必要だって言うんだい?
死ぬってのにさ

*この後コーラスに入り、Tell me why とI don’t like Mondays の連呼で曲は終わります。

I Don’t Like Mondays Lyrics as written by Bob Geldof
Lyrics © Universal Music Publishing Group, Mute Song Limited

【解説】
アメリカの学校校内では、銃による殺傷事件がすでに19世紀の中頃から起こっていたそうですけども(大日本帝国憲法の発布より前の時代ですよ・汗)、その多くは怨恨がらみでした。無差別な銃撃による大量殺人となると、1966年にテキサス大学で起こったライフル乱射(死者15名)が最初の事件となるようです。その後もアメリカでは毎年のように同様の事件が起こり、何の落ち度もない人々の多くの命が奪われてますが、いまだ銃の規制は進んでいません。似非民主主義の国なのだから当然の結果と言えるでしょう。特定の利益享受者に選ばれた者たちが、特定の利益享受者の為に政治を行う。それが民主主義の名を勝手に使っている似非民主主義というシステムなのですから。まあ、つまらない話はこれくらいにしておいて、歌詞を見ていきましょう。

第1節には特に難しい部分はありませんが、6行目のbe good as gold の部分は注意してください。この表現は文字通り「黄金のように良いものである、価値がある」という意味で使われることも勿論あるのですけど「とてもおとなしい」とか「行儀が良い」という意味で使われることもあり、この歌詞の場合は後者です。第1節を聴いただけなら「何らかの理由で登校拒否にでもなっている少女の歌?」と思っても不思議ではないですし、続く第2節を聴いても尚「登校拒否は休み明けの月曜日が嫌いだから?」と考えてしまうかもです。4行目のI wanna shoot-ooh, the whole day down も「月曜日なんてぶっ飛ばしてやりたい」くらいにしか聞こえないかも知れませんね。第3説も英語としての難解な部分はないですが、この歌詞が書かれた背景を知らない限りは意味不明な部分が多いです。先ず1行目のTelex machine、こんな代物が家庭にある家なんてありませんね。テレックスは今のような電子メールなんて便利なものが無かった時代、主に国際通信に用いられた通信機器で、送信側が打ったタイプの文字が即座に受信側の機械に印字されるという装置でした。テレックスを日常的に使っていたのは商社や通信社で、通信料金は文字数でカウントされるだけでなく1文字当たりの料金も大変高価だったので、利用者はテレックス用に略語を作ってより短い文で相手に用件が伝わるよう工夫を凝らしていたくらいです。では、なぜここでTelex machine なんて言葉が唐突に出てくるのでしょう?僕も長らくその理由が分かりませんでしたが、この歌詞を書いたBoomtown Rats のボーカルBob Geldof(ボブ・ゲルドフ)へのインタビュー記事を見つけてようやく謎が解けました。ゲルドフの談によると、彼は乱射事件のあった日、米国のアトランタのラジオ局内で局員からインタビューを受けていて、その際に局にあったテレックスが音を立てて印字を始めたのが、サンディエゴで16歳の少女が銃を乱射して2人を殺害したというニュース速報だったそうなのです。「そんなこと知るか!」って感じですよね(笑)。つまり、5行目のSweet 16は、この16歳の少女だという訳です。同じ行のpeachy keenは、アメリカではvery good, fine, excellentといった意味で用いられます。6行目のNow that ain’t so neat to admit defeat は「自分の子供をうまく育てることができなかったことをすんなりとは認められない」であると考えてこう訳しました。第5説も難しい英語は使われていないのですが、下手くそな比喩が多くて理解に苦しみます。1行目のall the playing は少女による銃の乱射行為、2行目のtoys は銃のことではないかと僕は推測しました。5行目のthe bullhorn crackles は、恐らく、児童や近隣住民たちに向けて避難を促している、もしくは犯人に投降を呼びかけている拡声器の音でしょう。the captain は現場に駆け付けた警官か現場の責任者、学校の校長(校長は少女に撃たれて亡くなっています)あたりを指しているのではないかと考えてみたものの、僕には今もって良く分かりません。

この曲がヒットしてから5年後の1984年、ボブ・ゲルドフはエチオピアの飢餓救済を目的にバンド・エイドという活動を立ち上げDo They Know It’s Christmas?を大ヒットさせていますが、どうもこの人には他人の不幸を飯の種にするというカスゴミと同じ匂いしか感じなかったので、その頃からこの人の曲を聴くことはなくなりました。

【第24 回】Sunday Bloody Sunday / U2 (1983)

前回にアイルランド出身のバンドを取り上げたので、ついでと言っては大変失礼ですが、今回もアイルランド出身のグループを紹介します。アイルランドから羽ばたいた世界的スターU2 です。僕がU2 の曲で一番好きなのはWith Or Without You なんですけど、世界中で無意味な殺し合いが止むことのない愚かな現状を憂い、今回はSunday Bloody Sunday という曲を敢えて選びました。この曲は1972年1月30日の日曜日、北アイルランドのロンドンデリーでイギリスの支配に抗議するデモ行進を行っていた市民に対してイギリス陸軍の部隊が発砲し、14名の市民が亡くなった(そのうち6名は17歳の少年でした)という「血の日曜日」と呼ばれる事件をモチーフに作られたものなんですが、歌詞が伝えようとしているメッセージは、発砲したイギリス陸軍を非難しているのでも、北アイルランドにおけるイギリスの支配を打倒する為に戦っている人々(例えばIRA といった組織)を肯定しているものでもなく、歌に込められているのは「暴力はもう止めてくれ、殺し合いはもう止めてくれ」という切なる願いだそうです(北アイルランド問題の歴史や背景、その結末については、書き始めれば長くなってしまいますので、興味を持った方は各自で勉強願います・汗)。10年以上も前の1972年に起こった事件を今更といった感のある1983年に取り上げることになったのは、この年に彼らがリリースしたWAR というアルバムと関係しているからで、このアルバムには核戦争や権力に立ち向かう労働者といった戦いをモチーフにした曲ばかりが収録されています。

I can’t believe the news today
Oh, I can’t close my eyes and make it go away

今日のニュース、信じられない
あー、目を閉じて事実から目を逸らすなんてできない

How long? How long must we sing this song?
How long? How long?
‘Cause tonight
We can be as one tonight

どれくらい、どれくらいこの歌を歌わなきゃならないんだい?
どれくらい、どれくらいだい?
だってさ、今夜
僕たちはひとつになれるんだから、今夜

Broken bottles under children’s feet
Bodies strewn across the dead end street
But I won’t heed the battle call
It puts my back up, puts my back up against the wall

子供たちの足元には砕け散った瓶が
行き止まりの通りには散乱する遺体が
でも、僕は戦いの呼びかけには耳を貸さないね
呼びかけに後押しされれば、壁に押し付けられることにもなるからね

Sunday, Bloody Sunday
Sunday, Bloody Sunday
Sunday, Bloody Sunday
Sunday, Bloody Sunday
Oh, let’s go

日曜日、血に塗れた日曜日
日曜日、血に塗れた日曜日
日曜日、血に塗れた日曜日
日曜日、血に塗れた日曜日
さあ、行こうぜ

And the battle’s just begun
There’s many lost, but tell me who has won?
The trench is dug within our hearts
And mothers, children, brothers, sisters torn apart

戦いが始まってさ
多くの命が失われたけど、教えてくれよ、いったい誰が勝利者なのさ?
みんなの心の中に溝が掘られ
母親、子供、兄弟、姉妹、みんなが引き裂かれてるだけじゃないか

Sunday, Bloody Sunday
Sunday, Bloody Sunday
日曜日、血に塗れた日曜日
日曜日、血に塗れた日曜日

How long? How long must we sing this song?
How long? How long?
‘Cause tonight
We can be as one tonight

どれくらい、どれくらいこの歌を歌わなきゃならないんだい?
どれくらい、どれくらいだい?
だってさ、今夜
僕たちはひとつになれるんだから、今夜
Sunday, Bloody Sunday (Tonight, tonight)
Sunday, Bloody Sunday (Tonight, tonight)
Come get some

日曜日、血に塗れた日曜日(今夜、今夜)
日曜日、血に塗れた日曜日(今夜、今夜)
殺っちまおうぜ

Wipe the tears from your eyes
Wipe your tears away
I’ll wipe your tears away
I’ll wipe your tears away

瞳の涙を拭いなって
涙を拭い取りなよ
僕が君の涙を拭ってあげるよ
僕が君の涙を拭ってあげるよ

Sunday, Bloody Sunday (I’ll wipe your bloodshot eyes)
Sunday, Bloody Sunday
Sunday, Bloody Sunday
Sunday, Bloody Sunday, oh
Sunday, Bloody Sunday
Sunday, Bloody Sunday, oh
Yeah, let’s go

日曜日、血に塗れた日曜日(血走ったその目を僕が拭ってあげるよ)
日曜日、血に塗れた日曜日
日曜日、血に塗れた日曜日
日曜日、血に塗れた日曜日
日曜日、血に塗れた日曜日
日曜日、血に塗れた日曜日
そうさ、行こうぜ

And it’s true we are immune
When fact is fiction and TV reality
And today the millions cry (Sunday, Bloody Sunday)
We eat and drink while tomorrow they die (Sunday, Bloody Sunday)
The real battle just begun (Sunday, Bloody Sunday)
To claim the victory Jesus won (Sunday, Bloody Sunday) on

僕たちが慣れっこになってるのは事実さ
真実が作り話にされて、テレビの方がほんとのことを言ってるんだなんてことにね
何百万もの人々が今日も涙に暮れてる
そんな人たちが明日は死ぬかもなのに、僕たちは飲んで食っての平穏暮らし
今こそ本当の戦いが始まったのさ
イエス様が勝利したことを世界に知らせる為にね

*この後コーラスでSunday, Bloody Sunday を連呼して曲は終了。

Sunday Bloody Sunday Lyrics as written by Adam Clayton, Paul David Hewson
Lyrics © Universal Music Publishing Group

【解説】
この曲の歌詞はU2 のギター担当David Howell Evans(エッジEdge の名で知られている人物で、ダブリン育ちですが、英国生まれのイギリス人)が書いたとされているようですが、クレジットにその名は無く、Edge が綴った詩をPaul David Hewson(この聞き慣れない名前こそ、U2 のボーカルであるBono の本名)が書き直し、さらにベース担当のAdam Clayton(彼もダブリン育ちですが、英国生まれのイギリス人)が意見を加えて最終的な形になったというのが真相のようです。軍楽隊が打ち鳴らす太鼓のような勇ましいドラムの音色とどこか陰鬱なBono の叫び声が交錯するイントロの後に続く第1節はシンプルな2行の歌詞のみで構成されており、イントロの響きと相まって何か悲劇が起こったことを聴く者に感じさせます。第2節はこの曲が意味のない暴力、殺し合いを非難するものであることが前提となっていて、第1節で明かされた悲惨なニュースに対して、この世のすべての人間は皆、仲良くできるはずなのに、いつまでこの歌を歌わなければならないのかと悲しみをぶつけています。

第3節も難解な部分は見当たらず、前半の2行では72年の血の日曜日事件の状況が淡々と語られていますが、後半の2行では、暴力には迎合しない、自分が暴力を用いれば、暴力によって自分が抑えつけられることにもなるという反暴力の強い意思が表明されています。にも拘らず、第4節では人々がSunday, Bloody Sunday と怒りを露わにする中、Oh, let’s go という言葉に乗ってしまい、主人公は暴力の現場へと足を運んでしまいます。そして、そんな暴力の嵐の中に飛び込んでしまった主人公を待ち受けていたのが何であったのかが描かれているのが第5節です。trench は塹壕のことで、暴力の場を戦場と見立ててその言葉が使われていると考えましたので、和訳では単に「溝」という言葉を当てはめました。mothers, children, brothers, sisters torn apart は、聖書のマタイの福音書第10章35節「For I have come to turn‘a man against his father, a daughter against her mother, a daughter-in-law against her mother-in-law(わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである)」からの引用だと考えられています。6、7節目は解説不要。8節目のCome get some は「イギリス兵やイギリスの警官の一人や二人、殺ってしまえ」にしか僕には聞こえませんでしたので、このように訳しました。懲りずにまた暴力に誘われているという訳ですが、結果は同じことになったようで、第9節がそれを暗示しています。ここの節でも、聖書のヨハネの黙示録第21章4節「And God shall wipe away all tears from their eyes(人の目から涙をまったくぬぐいとって下さる)」の言葉が引用されています。にも拘らず、10節目で再びYeah, let’s go という言葉が入れられているのは、終わりない暴力に繰り返し迎合してしまう者たちに対する皮肉と警鐘ではないでしょうか。

第11節ではまとめに入っていて、1行目のwe are immune は直訳すれば「免疫がある」ですので、このように訳しました。2行目のfact is fiction and TV reality は、日本でも同じですが、事実を捻じ曲げるカスゴミに対する揶揄であると考えます。4行目のWe eat and drink while tomorrow they die もまた、聖書のコリント人への第一の手紙第15章32節「Let us eat and drink, for tomorrow we die(わたしたちは飲み食いしようではないか。あすもわからぬいのちなのだ)」の引用ですが、かなり解釈が変えられています。そして最後に「イエス・キリストの博愛精神(イエスの勝利)を世界に伝えることが本当の戦いだ」という言葉で歌詞は終わりますが、イスラム教徒なんかは「そんなの絶対認められない。この世で勝利を与えることができるのはアッラーのみだ」と反論すること間違いなしです。キリスト教という観点からでしか物事を見ることのできないこの偏狭な思考回路は、Bono という人が持つ思想の限界点を表しているとも言えるでしょう(因みにBono は幼い頃より敬虔なキリスト教徒であり、U2 の初期の曲も宗教染みた歌詞が多いです。なので、この曲の歌詞に聖書からの引用が多いのは決して偶然ではありません)。まあ、最後のあたりのフレーズは、なんだかモニョモニョと濁しているようにしか聞こえませんが。

僕にはこのBono という人物もBob Geldof と同じ匂いしか感じないので、この人のことは好きじゃないし、この人の思想なんてどうでもいいんですけど、U2 というバンドが生み出してきた音楽が、紛れもなく超一流のものであるということだけは認めない訳にはいきません。

【第25 回】Roxanne / The Police (1978)

アイルランドのミュージシャンを続けて紹介したので、今日はそのお隣の国の大御所の曲もついでに(おっと、またまた失礼・笑)紹介しておきましょう。Police のデビュー・アルバムOutlandos d’Amour に収録されていたRoxanne(ロクサーヌ)という曲です。ロクサーヌというのは女性の名前で、この曲はPoliceがまだ無名時代の1977年にライブ演奏をする為パリを訪れた際、宿泊先のホテル周辺の路上にたむろして客を引いていた娼婦の姿にボーカルのSting がインスパイアーされて作詞作曲したと伝えられています。僕はロンドンのソーホーあたりの売春宿(赤線)で働く娼婦の話だと勝手に決めつけていたのですが、確かに英語圏でRoxanne という名前を持つ女性がいないという訳ではないものの、この名はどちらかと言えばフランスで使われる名前ですね。名前と言えば、このバンドの名前The Police もおかしな名前で、どうして「警察」なんていうくだらないバンド名にしたのだろうと思って以前に調べてみたことがあるんですが、その由来が何なのかについては二つの説があって、ひとつは、ロンドンの通りを歩いていたSting が、通りに停まっていたパトカーにふと目を向けた際、車体に大きく描かれていたPOLICE の文字のインパクトの強さに衝撃を受けてバンド名にしたというもの。もうひとつは、ドラム担当のStewart Copeland が、バンドを結成しようとしていた当時、新たなトレンドとして現れたパンク・ムーブメントと国家権力、即ち警察との間に次々と摩擦が生じ始めていた状況(パンクの魂が反権力、反体制なのだから当然なのですが)を逆手に取って自分たちの側の名にしたというものでした。因みにStewart Copeland はイギリス人ではなく、アメリカのバージニア州生まれのアメリカ人。父親がCIA の要職に就いていたことから(つまりは、中央情報局のエージェントです)幼少期を父親の赴任先であったカイロやベイルートなどの中東で過ごしたというユニークな経歴の持ち主でもあります。あくまでも、CIA の局員であったのは彼の父親であって彼自身ではないのでお間違えないように(笑)。

Roxanne
You don’t have to put on the red light
Those days are over
You don’t have to sell your body to the night
Roxanne
You don’t have to wear that dress tonight
Walk the streets for money
You don’t care if it’s wrong or if it’s right

ロクサーヌ
赤いランプを灯さなくったっていいんだ
そんな日々はもう終りさ
夜になっても体なんか売らなくっていいんだ
ロクサーヌ
今夜はあんな服に身を包まなくてもいいのさ
金の為に通りをうろつくことが
いいか悪いかなんてことを君は気にもしてないけどさ

Roxanne
You don’t have to put on the red light
Roxanne
You don’t have to put on the red light

ロクサーヌ
赤いランプを灯さなくったっていいんだ
ロクサーヌ
もう赤いランプを灯さなくったっていいんだ

(Roxanne) Put on the red light
(Roxanne) Put on the red light
(Roxanne) Put on the red light
(Roxanne) Put on the red light
(Roxanne) Put on the red light, oh

なのに、ロクサーヌは赤いランプを灯してた
ロクサーヌは赤いランプを灯してた
ロクサーヌは赤いランプを灯してた
ロクサーヌは赤いランプを灯してた
ロクサーヌは赤いランプを灯してた、あぁー

I loved you since I knew you
I wouldn’t talk down to ya
I have to tell you just how I feel
I won’t share you with another boy
I know my mind is made up
So put away your makeup
Told you once, I won’t tell you again
It’s a bad way

君と出会って以来、僕は君の虜なんだから
気持ちを抑えることなんてないよ
僕の気持ちを正直に伝えないとね
他の男の好きにはさせないってことをさ
その気持ちがもう変わらないことは自分でも分かってるよ
だから化粧を落としなよ
一度口にしたことを、僕は何度も言わない
それって良くないことだもの

Roxanne
You don’t have to put on the red light
Roxanne
You don’t have to put on the red light

ロクサーヌ
赤いランプを灯さなくったっていいんだ
ロクサーヌ
もう赤いランプを灯さなくったっていいんだ

*この後、アウトロでRoxanne, You don’t have to put on the red light, Roxanne, Put on the red light を連呼して曲は終りとなります。

【解説】
ご存知の方も多いかと思いますが、Police の司令塔であったSting(本名Gordon Sumner)は苦学の末に教育大学に通って教員資格を取り、小学校で2年間、国語と美術を教えていたという経験を持つ人物です。ポリスのヒット曲にDon’t Stand So Close to Me というのがありますけども、あの曲には先生を誘惑する女子高生が登場するので、Sting の教師時代の実体験に基づいて書かれた歌詞であると勘違いしてしまう人が多いのですが(僕もそうでした・汗)、前述のとおりSting が勤務していたのは小学校で、本人も歌詞は学校で働いていた時の体験によるものではなく、有名ミュージシャンのもとに集まってくるグルーピーの少女たちの姿にインスパイアーされたと語っています。Sting が教えていた国語というのは、伝えたいことを明確に正確に伝える技術を教える科目であり、そのせいかどうかは分かりませんが、概して彼の書く歌詞は分かり易く綴られていて、この曲の歌詞もそれに違わぬものとなっています。なので、中学校の英語教材なんかにお薦めなのですけども、教育委員会や現場の先生方が許さないでしょうね。なんたってこの曲、英国の国営放送(BBC)で当時は放送禁止になってましたから(笑)。

このRoxanne という曲の歌詞も、第1節からして簡便な言葉で語られていて、中学生でも訳すのにそれほどの苦労はないと思います。但しYou don’t have to put on the red light の部分は日本語に訳すことはできても、中学生だとその意味を理解することは恐らくできないのではないかと思います。というのも、実はヨーロッパでは、ドイツやオランダ、イギリスなど多くの国で売春が合法化されていて(合法化されているのは、国の許可を得ている施設でのみ行える管理売春と呼ばれるものだけですが)、売春業の許可を受けている大抵の施設には、店の入口に赤のライトが取り付けてあります。なぜなら、そのライトのオン、オフで営業中かどうかを示すようになっているからで、それこそがこの歌詞に出てくるred light の正体なのです。従って、6行目のthat dress も普通の服ではなく、娼婦が男の興奮を煽る為に着ているセクシー衣装を意味しています。てなこと、中学校の英語の授業では教えられませんよね(笑)。2節目は解説の必要なしですが、3節目はちょっと戸惑うかも知れません。前節でYou don’t have to put on the red light と言っているのに、どうしてここではPut on the red light なんて逆のことを言ってるのかと。そして、多くの人はYou don’t have to が省略されているんだなという結論で落ち着くようなのですが、僕はここのPut は命令形として使われているのでもYou don’t have to が省略されているのでもなく、過去形のPut として使われていると考えます。You don’t have to put on the red light と諭したにも拘らず、ロクサーヌはその夜も赤いライトを灯していたという訳です。そして、そのことを知った主人公は、再びロクサーヌのもとへ向かい、最後の説得を試みます。それが第4節で述べられていることなのだと考えると辻褄が合いますね。第4説も難しい部分はなく和訳のとおり。強いて言えば、4行目のI won’t share you with another boy は、直訳だと「他の男と君をシェアしたくない」ですが、その理由は言わずもがなでしょう(汗)。

残念ながらポリスは早くに解散してしまいましたけども、3人のメンバーは今も健在。とは言え、時代はあっという間に過ぎていくもので、Sting とStewart Copeland も既に70歳を超え、Andy Summers に至っては80歳を超えています。「3人とも存命ならPolice の再結成はまだ可能だ」なんてことは言わないでくださいよ。そんなよぼよぼ爺さんの集まりなど見たくもないです(笑)。

【第26 回】Money for Nothing / Dire Straits (1985)

ポリスのスティングつながりでもう一曲、イギリス発で大ヒットした面白い曲を紹介しておきましょう。1975年にMark Knopfler(マーク・ノップラー)によってロンドンで結成されたDire Straits が1985年にリリースしたMoney for Nothing という曲です。Knopfler なんて苗字、大変珍しいものですが、これはMark の父親が第二次世界大戦中にナチスの迫害から逃れてイギリスへやって来たハンガリー系ユダヤ人だったからだそうです。因みにDire Straits の名は、メジャーデビューする前、生活の為の稼ぎの大部分を注ぎ込むまでして音楽活動を続けているせいで経済的に困窮状態にあったバンドのメンバーたちのことを友人が揶揄ったことに由来しているらしく(be in dire straits で、経済的に大変困窮するという意味です。direはterrible と同意、strait は単数なら海峡の意味ですが、複数で使うと困窮の意味にもなります)、このDire Straits という名に変えるまではCafé Racers というダサいバンド名で活動していました(笑)。

I want my, I want my MTV
I want my, I want my MTV
I want my, I want my MTV
I want my, I want my MTV

欲しいね、自分専用のMTVが欲しい
欲しいね、自分専用のMTVが欲しい
欲しいね、自分専用のMTVが欲しい
欲しいね、自分専用のMTVが欲しい

Now look at them yo-yos, that’s the way you do it
You play the guitar on the MTV
That ain’t working, that’s the way you do it
Money for nothing and your chicks for free
Now that ain’t working, that’s the way you do it
Lemme tell ya, them guys ain’t dumb
Maybe get a blister on your little finger
Maybe get a blister on your thumb

頭が空っぽのあの連中を見て見なよ。あのやり方をさ
MTVに出てギターを弾くのさ
そんなの仕事って呼べるもんじゃねえけど、それがそのやり方さ
ただで金と女どもを手に入れるな
そうさ、そんなの仕事って呼べるもんじゃねえけど、それがそのやり方さ
ただ、言っとくけどな、奴らは能なしって訳じゃねえ
小指にマメくらいはできてんだろうし
親指だって同じだろうね

We got to install microwave ovens
Custom kitchen deliveries
We got to move these refrigerators
We got to move these colour TVs

俺たちは電子レンジの据え付けもやるし
オーダーメードのキッチンを運んだりもする
この冷蔵庫は移動させて
こっちのカラーテレビも動かしてってな感じでな

See the little faggot with the earring and the makeup?
Yeah buddy, that’s his own hair
That little faggot got his own jet airplane
That little faggot, he’s a millionaire

イヤリングして化粧顔のあの小柄なオカマ野郎を見て見なよ
まじ、あの髪って本物なんだぜ
あのオカマ野郎はプライベート・ジェットだって持ってるし
なんたって億万長者さ

We got to install microwave ovens
Custom kitchen deliveries
We got to move these refrigerators
We got to move these colour TVs
Hoover mover, uh

俺たちは電子レンジの据え付けもやるし
オーダーメードのキッチンを運んだりもする
この冷蔵庫は移動させて
こっちのカラーテレビも動かしてってな感じでな
掃除機かけて、さあ、作業だ

Got to install microwave ovens
Custom kitchen deliveries
He’s gotta move these refrigerators
Got to move these colour TVs
Looky here, look out

電子レンジの据え付けもやるし
オーダーメードのキッチンを運んだりもする
この冷蔵庫は移動させて
こっちのカラーテレビも動かしてってな感じでな
左右よし、前後ろよしってやってんだ

I should a learned to play the guitar
I should a learned to play them drums
Look at that mama, she got it sticking in the camera
Man, we could have some
And he’s up there, what’s that? Hawaiian noises?
He’s banging on the bongos like a chimpanzee
Oh, that ain’t working, that’s the way you do it
Get your money for nothing, get your chicks for free

俺もギターを習っておくんだったな
ドラムだって習っておくべきだった
あの娘を見て見なよ、カメラの前で張り付いてたよな
あぁー、俺たちもおこぼれに預かりたいもんだぜ
おっ、今度は奴のお出ましだ、なんだ、あれ?ハワイの音楽かよ?
チンパンジーみたいにボンゴを叩いてやがる
そんなの仕事って呼べるもんじゃねえけど、それがそのやり方さ
ただで金と女どもを手に入れるな

We got to install microwave ovens
Custom kitchen deliveries
We got to move these refrigerators
We got to move these colour TVs

電子レンジの据え付けもやるし
オーダーメードのキッチンを運んだりもする
この冷蔵庫は移動させて
こっちのカラーテレビも動かしてってな感じでな

Listen here
Now that ain’t working, that’s the way you do it
You play the guitar on the MTV
That ain’t working, that’s the way you do it
Money for nothing, and your chicks for free

なあ、聞いてくれ
あんなの仕事って呼べるもんじゃねえけど、それがそのやり方さ
MTVに出てギターを弾くってことがな
そんなの仕事って呼べるもんじゃねえけど、それがそのやり方さ
ただで金と女どもを手に入れるな

*この後のRefrain はMoney for nothing, chicks for free と同種のフレーズの繰り返しでやたら長いので省略します。ギターのソロも長く(Mark Knopfler のギター演奏はめちゃくちゃ上手いですが)フルバージョンを最後まで聴くと8分超えとなります(汗)。

Money For Nothing Lyrics as written by Gordon Sumner, Mark Knopfler
Lyrics © Universal Music Publishing Group

【解説】
1981年8月、その後の音楽業界の流れを劇的に変えてしまうひとつの試みがアメリカのニューヨークのケーブル・テレビのチャンネルで開始されました。毎日24時間、ミュージシャンのビデオクリップを流し続けるというMTV(Music Television)時代の幕開けです。今回取り上げたMoney for nothing がリリースされた1985年頃は、そのMTV が全盛期に入り始めた時代であったことを先ず頭に入れておいてください。では、歌詞を見ていきましょう。この曲はI want my, I want my MTV の連呼で始まりますが、実はこのイントロの声の主、ポリスのスティングなんです。冒頭でスティングつながりと書いた理由がここにあります。8分超えのフルバージョンだと、このイントロ部分がやたらと長く「もういいって!」てな感じの間延び間があって僕は好きではありません。I want my MTV と1回だけ最初にスティングの声が入り、それに続いてパンチの効いたドラムの連打音が響いたあとMark Knopflerのノリノリのギターサウンドが炸裂する4分台に短縮されたバージョンのイントロが一番いいですね。

この曲の歌詞の内容はなかなかの難易度で、第1節(イントロ)のあとの次の節からいきなり意味不明なフレーズが連なっています。先ず1行目のyo-yo、これは玩具のヨーヨーのことですが、人に対して使われる際は「人に操られるバカ」そこから転じて「愚かな人」といった意味で用いられます。つまり、1行目から4行目の歌詞で表されているのは「MTV に出てくるアホそうな連中を見て見ろ、奴らはギターを弾いてるだけで、金も女も簡単に手に入れてる(chicks は本来、ひな鳥やひよこの意味ですが、日本語でも若い女性を子猫ちゃんと言ったりするのと同じですね)」という主人公の男がMTV に出てくるロックスターに対して持つに至った羨望の思いです。とは言え、ギターを弾いてるだけなんてthat ain’t working と蔑んではみるものの、その一方では単なるアホではできないことも理解しているようで、それが6行目のLemme tell ya から始まるフレーズです、指にマメができるくらいの練習くらいはしたんだろうから、その結果としてMTV にも出演できるようになったのだということくらいは認めてやろうってな感じでしょうか。Lemme tell ya はLet me tell you の口語での発音をそのまま綴りにしているもので、この発音からしても、男がさほど学の無い労働者階級の人間であることが推察できます。

次の第3節も一見何のことなのかさっぱりですが、男の仕事について語られていると考えれば納得がいきますね。その仕事が引越し業なのか家電取付業なのか何なのかは分かりませんが、歌詞を聴く限りでは、肉体労働であることは確かで、だからこそ男は、ギターを弾いてるだけなんてthat ain’t workingと馬鹿にしているのではないでしょうか。第4節では再びMTVに出てくるミュージシャンへの言及に戻り、See the little faggot with the earring and the makeup?とまたまた蔑みモードに入るものの、結局ここでもThat little faggot got his own jet airplane, That little faggot, he’s a millionaire と現実を認めています。ここではfaggot(オカマ野郎)という言葉が登場しますが、決して唐突に出てきたのではなく、MTV 全盛時代に入ると、映像というその特性からビジュアルが重視されるようになり、見る者にインパクトを与えようと化粧や奇抜なファッションを用いるミュージシャンが増加していたからで(ヴィサージやカルチャークラブ、デュラン・デュランなどがその典型例でしょう)、この男にとってはそんな彼らがオカマ野郎(あくまでも見た目)にしか映らなかったということではないかと思います。5節目は第3節のフレーズの繰り返しですが、最後にHoover mover, uh という言葉が付け加えられています。このHoover はイギリスの有名掃除機メーカーの社名で(今で言えばダイソンみたいなもんですかね)、かつてのイギリスでは、電気掃除機と言えばHoover であった為、Hoover という名詞自体が動詞化して「掃除機をかける」という意味でも使われるようになったと辞書には書いてあります(僕自身は、掃除をするの意味でHoover を使う人なんて見たことはないですが・笑)。第6節にも同じフレーズにLooky here, look out という言葉が加えられてますが、Looky はlook の口語表現でLooky here, look out は、日本の現場作業員が作業の前に口にする「左右よし、前後ろよし」ってな感じです。

第7節も難解フレーズのオンパレード。最初の2行のI should a learned は文法的に考えればどう見てもおかしな構文です。learned が名詞化することはありませんし、should の後に名詞が来ることもないですから。ここに当てはまるのはI should have learned 以外には無く、should have をshoulda と口語で発音するネイティブ話者もいることから、第3節のLemme tell ya と同様に発音をそのまま綴っているものと考えるのが自然です。3行目のshe got it sticking in the camera も難解で、この部分を聴いて僕の頭に浮かんだのは、MTV の局のスタジオ内でロックスターが演奏する小さな舞台の前でグルーピーの娘たちが食い入るような目でスターを見つめている姿をカメラが背後から映し出しているような光景であったので、このように訳しました。そんなに女が群がってるのだから、we could have some 一人や二人くらい分けてくれよという訳です。4行目のHawaiian noises も良く分からない表現ですが、男は自分には理解できないものの代名詞としてHawaiian を使っているのではないかと推測します(It’s all greek to me といった表現と同じ根でしょうかね)。なので、Hawaiian noises は「訳の分からん曲を演奏しやがって」みたいな意味で使っているのではと考えてこう訳しました。勿論、ハワイの住民にとっては気分の悪い表現なので、ハワイのラジオ局ではこの曲を放送禁止にしている局もあるようです(←真偽は定かではありません)。He’s banging on the bongos like a chimpanzee も同じで、MTV に出てくるロックスターの演奏を揶揄っているのですが、結局はここでもまたthat ain’t working, that’s the way you do it. Get your money for nothing, get your chicks for free という同じ結論に達しています。つまり、なんやかんや言っても男は、金と女を簡単に手に入れているMTV のロックスターのことが羨ましくて仕方ないのです(笑)。

この曲の歌詞内容は低レベルなミュージシャンを大量生産するMTV への批判のようにも聞こえると言う批評家は多いですけども、この曲のビデオ・クリップをMTV が流しまくったことが曲の大ヒットにつながったというのは皮肉な話です。そして、時代は変わり、一世風靡したそんなMTV も、スマホなどを使って24時間いつでも好きな時に好きな曲に接することができるようになった今ではすっかりと下火になってしまいました。まさしく「邯鄲の夢」ってやつですね。

【第27 回】Can’t Stop This Thing We Started / Bryan Adams (1991)

イギリスの次はカナダへ飛んでみましょう。本日紹介するのは、カナダはオンタリオ州のキングストン(カナダ軍の大きな基地があります)出身のBryan Adams の曲です。僕の中での彼の若かりし頃のイメージは「いつもジーンズに白のTシャツ姿のアメリカの元気な兄ちゃん」でしたが、アメリカ人ではなくカナダ人だったんですよね(汗)。余談ですが、つい先日、ネットでBryan の現在の姿を目にしてしまった時、彼がいい年のおっさんになっていてびっくりしてしまいました。どのアーティストもそうなのですが、僕の中では、僕がその曲を良く聴いていた頃の彼らの姿のままで時が止まってしまっていますから、現在の姿なんて見るもんじゃないとつくづく思った限りです。Bryan Adams は1980年代初頭からヒット曲を連発していますので、この曲はだいぶ後の時代のものなんですけど、個人的には90年代に入ってからの曲の方がそれ以前の彼の数々のヒット曲よりも僕は好きです。Bryan Adams の曲はロックじゃないという評論もありますが、この曲を聴けばそれが間違っていることが分かります。彼は充分にロックしてますよ。歌詞はクサいですが(笑)。

Yeah…
Baby, I’m coming to get you

よし
ベイビー、君を奪いに行くぜ

You might stop a hurricane
Might even stop the drivin’ rain
You might have a dozen other guys
But if you wanna stop me, baby, don’t even try
I’m going one way
Your way
Now it’s such a strong way
Let’s make it our way
Now baby

君はハリケーンを止められるかもしれないし
土砂降りの雨も止められるかもしれない
付き合う男だって1ダースはいるかもしれない
けど、俺を止めたいと思ってるんならよしときなよ
俺はただひとつの道を進んでるんだ
君と同じ道をだ
今やその道はびくともしないんだ
俺たちで共に道を切り開くんだ
今この時に

Can’t stop this thing we started
You gotta know it’s right
I can’t stop this course we’ve plotted, yeah
This thing called love we got it
No place for the brokenhearted
I can’t stop this thing we started, no way
I’m goin’ your way, yeah

俺たちが始めたことはもう止められない
それが正しかったって思わなきゃいけないよ
二人で描いた道を止めることなんて俺にはできない
俺たちが得たもの、それが愛ってやつさ
恋に破れた者に居場所なんてない
俺たちが始めたことはもう止められない、そうさ
俺は君と同じ道を進んでるんだ

You might stop the world spinning around
Might even walk on holy ground
I ain’t Superman and I can’t fly
But if you wanna stop me baby, don’t even try
I’m going one way
Your way
Oh, it’s such a strong way
Let’s make it our way
Now baby…

君は地球が回るのを止められるかもしれない
聖域を侵しさえするかもしれない
俺はスーパーマンじゃないし、飛ぶこともできないよ
けど、俺を止めたいと思ってるんならよしときなよ
俺はただひとつの道を進んでるんだ
君と同じ道をだ
今やその道はびくともしないんだ
俺たちで共に道を切り開くんだ
今この時に

Can’t stop this thing we started
You gotta know it’s right
I can’t stop this course we’ve plotted, yeah
This thing called love we got it
No place for the brokenhearted
Can’t stop this thing we started, no way
I’m goin’ your way
That’s where I’m goin’

俺たちが始めたことはもう止められない
それが正しかったって思わなきゃいけないよ
二人で描いた道を止めることなんて俺にはできない
俺たちが手にしたもの、それが愛ってやつさ
恋に破れた者に居場所なんてない
俺たちが始めたことはもう止められない、そうさ
俺は君と同じ道を進んでるんだ
それが俺の向かう先なのさ

Oh, why take it slow
I gotta know
Hey, ‘cause nothing can stop
This thing that we got, yeah

あー、何ぐずぐずしてんだってな
思わなきゃな
だって、止められるものは何もないんだから
二人が手に入したものをさ

Oh yeah
I can’t stop this thing we started
Yeah, you gotta know it’s right
Can’t stop this course we’ve plotted, ohh yeah
This thing called love we got it
Ain’t no place for the brokenhearted
I can’t stop it
I can’t stop it

俺たちが始めたことはもう止められない
それが正しかったって思わなきゃいけないよ
二人で描いた道を止めることなんて俺にはできない
俺たちが手にしたもの、それが愛ってやつさ
恋に破れた者に居場所なんてない
俺には止められないのさ
俺にはさ

*この後、同じフレーズが繰り返され。Can’t stop it を連呼して曲は終わります。

Can’t Stop This Thing We Started Lyrics as written by Robert John Lange, Bryan Adams
Lyrics © Universal Music Publishing Group

【解説】
ギターとドラムが織り成すパンチのあるイントロの後、その容姿には似つかわぬBryan のダミ声が炸裂するこの曲、メロディーラインは素晴らしいのですが、タイトルのCan’t Stop This Thing We Started ってのがイケてません。長過ぎますね(笑)。直訳すれば「僕たちが始めたことは止められない」ですが、歌詞を読み解いていくと、それが「恋をすればもう止まらないcan’t stop loving」の意味で使われていることが分かりますので、そのクサい歌詞をゆっくり見ていきましょう。

第1節のI’m coming to get you は、直訳だと「君を迎えに行こうとしているところだ」ですが、この言葉に続く歌詞全体の流れからこの訳としました。第2節の1行目から3行目では「洋楽あるある」の大袈裟フレーズが続いていますが、この3行から僕が受けたのは、男が恋する相手の女性が自分の思うことは自分の思うとおりに何でもやってのけるような女性であり、男にもモテモテの女性であるという印象です。5行目以降はやや難解で、I’m going one way, Your way は、I’m going, one way, your way と考えれば理解し易いでしょう。I’m going your way という言葉をネイティブ話者が口に出すのは、例えば、街中で出会った友人がたまたま同じ方向を目指しているのが分かった時などで、その意味は「僕も同じ(方向)だよ」となります。つまり、ここで語られているのは、恋する相手の女と共に同じ道を進んで行くという男の決意です。way で韻を踏む為にこういう歌詞にしたのでしょうが「なんだかなぁー」って感じですね。第3節のCan’t stop this thing we started は前述のとおりで、2行目のI can’t stop this course we’ve plotted, yeah からは、男と女の二人が既に自分たちの将来を思い描いている姿が目に浮かびます。This thing called love we got it も和訳のとおりで、日本語では恋と愛にはある程度の区別がありますが、英語ではどちらもlove なので、love という言葉の入っている歌詞は、常にそれが恋なのか愛なのかに注意を払いながら訳すことが重要です。5行目のNo place for the brokenhearted は「この恋に破れれば行き場はない」即ち、それくらいの覚悟でもってこの恋をしているという男の強い意思だと思いました。4節目も再び大袈裟フレーズが続きますが、この節が言わんとしているのは、思うことは自分の思うとおりに何でもやってのけるような女に対して、自分はそんな風にはできないけど、君を愛するということにおいてだけは、絶対にやってのけるという男の熱意でしょう。5節目以降はほとんどが同じフレーズの繰り返しで、内容は和訳のとおり。つまりこの曲は、恐らくは奔放な性格なのであろう女性に恋をした(そして、付き合ってもいる)男の一途な気持ちを歌っていると言えそうです。

では最後に、ブライアンにまつわるエピソードを紹介して話を締め括りましょう。彼の父親は元イギリス陸軍の将校で(サンドハースト王立陸軍士官学校を卒業したエリート軍人でした。つまりは上流階級の人です)、退役後にカナダへ移住してカナダ軍に勤務(ブライアンがキングストン生まれなのはそれが故)、最終的にはカナダの外務省に入省して外交官になったという変わった経歴の持ち主でして、父親の赴任先の関係でブライアンは少年期をポルトガルやイスラエルといった国々で過ごしています(ブライアンの成人後、父親は日本のカナダ大使館でも勤務していました)。父親が定期的に転勤する為、ブライアンにはこれといった親友ができず、少年期はネクラな性格だったようですが(←真偽不明)、その半面、いろいろなことを体験する機会には恵まれていて、彼が人生で初めて目にしたライブ・パフォーマンスが、父親の休暇で訪れたスペインで9歳の時に見たフラメンコであったというのは興味深いところ。ポリスのスチュワート・コープランドもそうでしたが、若いうちに様々な世界を見ておくことが芸術を生み出す力のひとつになることは間違いはなさそうですね。

【第28回】First We Take Manhattan / Jennifer Warnes (1986)

カナダつながりでもう1曲。Bryan Adams 以外のカナダ出身のアーティストで僕の頭に浮かぶ人と言えば、Neil Young、Joni Mitchell、Leonard Cohen くらいですが、今回紹介するのはその中のLeonard Cohenの曲です。と言っても、この曲を歌っているJennifer Warnesはカナダ人ではなくアメリカ人なんですが(汗)。「Jennifer Warnes?誰ですかそれ?」って思った人は、リチャード・ギアが主演した映画「愛と青春の旅立ち」を思い出してみてください。あの映画の主題歌をJoe Cocker とデュエットしていたのが彼女です。Leonard Cohen はシンガーソングライターである以前に本業が詩人という人だけあって(10冊以上の詩集を出版しています)、その歌詞は非常に難解。さてさて、うまく和訳できるでしょうか…。

They sentenced me to twenty years of boredom
For trying to change the system from within
I’m coming now, I’m coming to reward them
First we take Manhattan, then we take Berlin

奴らは僕に20年間に渡って退屈しろって言い渡したんだ
思考回路を内側から変えようとしてさ
僕は今、やつらに報いてやっている、報いてやってるんだ
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ

I’m guided by a signal in the heavens
I’m guided by this birthmark on my skin
I’m guided by the beauty of our weapons
First we take Manhattan, then we take Berlin

僕は天のメッセージに導かれてるんだ
肌にあるアザに導かれてるのさ
武器の美しい輝きに導かれてるんだ
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ

I’d really like to live beside you, baby
I love your body and your spirit and your clothes
But you see that line there moving through the station?
I told you, I told you, told you, I was one of those

ほんとは君の傍で暮らしたいんだよ
君の身体も魂も着てる服も好きなんだ
けど、君には駅を通り抜けてくあの列が見えるだろ?
言ったよね、言ったよね、言ったよね、僕はそのうちの一人だったって

Ah you loved me as a loser, but now you’re worried that I just might win
You know the way to stop me, but you don’t have the discipline
How many nights I prayed for this, to let my work begin
First we take Manhattan, then we take Berlin

君は敗者としての僕が好きだったんだろうけど、今は恐れてるよね、僕が勝者になるかもしれないってさ
そんなことだから、分かってても僕を止めることができないんだ
いったい幾晩祈ったかな、僕の仕事を始めさせてくれってさ
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ

I don’t like your fashion business mister
And I don’t like these drugs that keep you thin
I don’t like what happened to my sister
First we take Manhattan, then we take Berlin
I’d really like to live beside you, baby …

僕は流行りの服を追うような君の仕事は嫌いなんだ
ドラッグで痩せた身体を保とうなんてすることもさ
僕の妹に起きてることが嫌なんだ
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ
ほんとは君の傍で暮らしたいんだけどね

And I thank you for those items that you sent me
The monkey and the plywood violin
I practiced every night, now I’m ready
First we take Manhattan, then we take Berlin

君が送ってくれたものには感謝してるよ
猿とベニヤ板のバイオリンのことさ
毎晩練習もしたし、今や準備は万全だ
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ

I am guided
僕は導かれてるんだものね

Ah remember me, I used to live for music
Remember me, I brought your groceries in
Well it’s Father’s Day and everybody’s wounded
First we take Manhattan, then we take Berlin

あー、僕のことを覚えてるかい、音楽の道で生きてた僕を
覚えてるかい、食料品をせっせと運び込んでた僕をさ
さあ、父の日だ、皆が傷ついてるね
僕らは最初にマンハッタンをやっつける、その次はベルリンさ

First We Take Manhattan Lyrics as written by Leonard Cohen
Lyrics © Universal Music Publishing Group, Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
Leonard Cohen の歌詞、如何でしたか?やはり詩人の書くそれは、そのあたりのへっぽこロックスターが書くようなクサい歌詞とはレベルが違うと言わざるを得ないですよね(笑)。英語で読んでも日本語で読んでも何が言いたいのかよく分からないこの曲の歌詞ですが、Cohen はそれを理解する為の最高の手掛かりを残してくれていました。インタビューでこの曲の歌詞について尋ねられた彼が「I think it means exactly what it says. It is a terrorist song. I think it’s a response to terrorism. There’s something about terrorism that I’ve always admired」と答えていたという事実がそれです。彼のこの言葉に偽りがないのであれば、この曲はテロリストの歌ということになります(汗)。実際、この曲のイントロには緊迫した感じの口調のドイツ語のアナウンスみたいなものが入ってまして、ドイツ語はほとんど分からないので確かなことは言えませんが、聞き取れたin Berlin やAnschlag, Polizei といった言葉から想像するに「ベルリンで起きたテロで警察がなんちゃらかんちゃら」と言っているみたいなんです。やはり、この歌はテロリストの歌で間違いなさそうですね(但し、コーエンの真意はテロリズムをadmire しているのではなく、テロリズムの「決して妥協はしない」という基本原理をadmire しているということのようですが)。実のところ、この曲の歌詞の構文は英語として難しい部分はありません。なので、今回は英語の解説ではなく、英語歌詞の裏に潜む意味を中心に紐解いていきたいと思います(←で、できるかな・汗)。

先ず第1節のThey sentenced me to twenty years of boredom というフレーズを聞いて僕の中に思い浮かんだのは、男(女かもしれませんが、ここでは男とします)が裁判で20年の刑を言い渡されている姿です。For trying to change the system from within は和訳のとおりで、この最初の2行は、独房で20年間、退屈な日々を送らなければならないし、その間に権力者は受刑者を洗脳する気だということの比喩でしょう。3行目のI’m coming now, I’m coming to reward themは、刑務所にぶち込まれてるのに、ぶち込んだ相手をreward するというのは矛盾しているようにも思えますが、reward には犯人を捕らえた人への褒賞金という意味もありますので、男が自らの体で権力者に報奨金を払っている(自由を奪われるという代償を払っている)と考えれば納得できます。男が刑を言い渡した権力者に仕返しに向かっていると取れなくもないですが、収監中の男にはそのようなことはできないので話の整合性が取れません。4行目のFirst we take Manhattan, then we take Berlin はこの曲の歌詞の最大の難関です。この難関を突破するには、この歌詞が書かれた1986年に目を向けなければならないでしょう。その当時はまだソ連邦が崩壊しておらず、ベルリンの壁も取り払われていない東西冷戦の時代でした。そんな時代背景を頭に入れた上で、資本主義経済の中心地であるニューヨークのマンハッタンを資本主義のシンボル、壁で東西を強制的に分断した共産主義のシンボルをベルリンと考えれば、このフレーズが当時の世界を支配していた二大勢力(権力)である資本主義と共産主義への敵意と理解できます。ここの主語がwe になっているのは、前述のとおり男は収監されていてもはや何もできないが、志を共にする同志たちがそれをやるだろうということではないでしょうか。この後、僕は最後まで一気に歌詞を聴いてみましたが、僕の達した結論は、第2節以降は男が自らの行動によって20年の刑を受けるに至るまでの回想であるということでしたので、その結論を前提に話を進めます。

第2節は和訳のとおりで、男を行動へと向かわせた要因の比喩であるとしか考えられません。I’m guided by this birthmark on my skin のbirthmark はその綴りのとおり、生まれた時からある印であり、同時に生まれる前から自らの体に与えられた印であって、何者も変えることができないものです。そこから考えると、この単語が「運命」といったものの代替語として使われているのではないかと推測できます。I’m guided by the beauty of our weapons のweapons も、Armed with logic(理論武装)ってな言葉もあるように、銃器といった実際の武器だけでなく思想なども含めた包括的な武器を意味しているのではないでしょうか。第3節では、I’d really like to live beside you, baby, I love your body and your spirit and your clothes という言葉が唐突に出てきますが、これはテロリスト(ここで言うテロリストは、自らの信念に従って行動を起こす人という意味でです)になってしまった男が、ほんとは元の暮らしに戻りたいということを言っているのではないかと思いました。また、この曲の歌詞に出てくるyouは二人称としてのyouではなく、対象を限定しない一般人称としてのyou でしょう。そう考えれば、後に続いているBut you see that line there moving through the station? I told you, I told you, told you, I was one of those もしっくりときます。テロリストになる前は、男も通勤で駅へと向かうようなごく普通の人間の一人であったということです。4節目もかなり難解ですが、you loved me as a loser, but now you’re worried that I just might win から僕の目に浮かんだのは、自らの信念に従って行動を起こそうとしている男を、そんなことできる訳ないだろうと高を括っていた周囲の人間たちの姿で、You know the way to stop me, but you don’t have the discipline は、直訳すれば「君は僕を止めるやり方が分かってるけど、僕を律する気はない」ですが、男をみくびっていたせいで止めることができないということを対義語的に言っているのではないかと思いましたので、このような訳にしました。How many nights I prayed for this, to let my work begin も同じく反義で、本当は止めて欲しかったという男の心情を表しているのではないでしょうか。

第5節の1行目から3行目のフレーズも、なぜこのような言葉がここで出てくるのかという唐突感が否めませんが、資本主義の恥部のひとつである行き過ぎた商業主義を批判しているということ以外の答えが僕には思い付きませんでした。男は行き過ぎた商業主義のひとつの例としてファッション・ビジネスを引き合いに出しているのであり、そのビジネスの広告塔であるモデル女性たちが、自らの価値(痩せた身体)を維持する為にドラッグに走っているなんて言語道断だということではないかと思います。I don’t like what happened to my sister は、そんなことが身近なところでたくさん起こっているということの比喩でしょう。第6節でも意味不明なフレーズが続きます。1行目はまあ良しとして、2行目のThe monkey and the plywood violin っていったい何のことなんでしょう?僕には皆目見当もつかず、いろいろと調べてみた結果、どうも東欧のジプシーのことを言っているのではないかということが分かりました。中世の東欧では、猿や熊を安物のバイオリンの音色に合わせて踊らせることで見世物にして生活の糧を得ていたジプシーが存在していたようで、ここのThe monkey and the plywood violin は「商売の道具」という言葉に入れ替えることができるのではないかというのが僕の結論です。つまり、友が送ってきたitemsというのは、テロで使う道具であったのでしょう。それがライフルや拳銃などの銃器だったのか爆弾の材料だったのか何だったのかは分かりませんが、男はその扱い方の訓練を繰り返し準備完了となった。そう考えれば、ここの節はすべてクリアーになりませんか?そして、最後の節で男はRemember me, I used to live for music, Remember me, I brought your groceries inと、自分が普通の人間の一人であったことを覚えておいてくれと言い残し、ついに行動に移ります。男が選んだのは父の日(家長優位的な社会への挑戦であったのかもしれません)、銃を乱射したのか爆弾を爆発させたのかは分かりませんが、多くの人が怪我をすることeverybody’s wounded となりました。そして、男は逮捕され裁判で判決を受けることになります。それが第1節の最初に述べられていることではないかというのが僕の考えです。以上、何だかミステリー小説の謎解きみたいになってしまいましたが、皆さん、楽しんでいただけましたか?(汗)。

このFirst We Take Manhattan という曲は、Jennifer Warnes のFamous Blue Raincoat というアルバムに収録されています(曲はすべてLeonard Cohen が作詞)。このアルバムの完成度は非常に高く、他にも素晴らしい曲がこれでもかというほどに詰め込まれてますので、聴いたことがないという方はこれを機に是非とも彼女の美しい歌声を聴いてみてください。聴いて絶対に損はないです。僕がこれだけ言うんですから(←しつこいぞ・笑)。

【第29回】Luka / Suzanne Vega (1987)

しばらくアメリカから離れていましたので、ここらでロック・ミュージック発祥の地アメリカへと戻りましょう。今日、紹介するのは名門コロンビア大学を卒業した才女、Suzanne Vega(スザンヌ・ヴェガ)が1987年にリリースしたLuka という曲(ロックとはちょっと違う曲でありますが・笑)。Luka というのは人の名前で、日本人の耳には女性の名前のように響きますが、実は男性の名。ルカのカの部分にka の綴りを用いるのは大抵の場合、旧ユーゴスラビア圏の出身者とその子弟のようです。実はこの曲、児童虐待というそれまでには取り上げられることの無かったような社会問題を歌っていて、それ故にアメリカの音楽史に名を刻むことになりました。歌詞の内容はシビアなものでしたが、その重さを吹き飛ばすかのような爽やかささえ感じさせるメロディーラインのおかげか、87年度のビルボード社年間チャートで52位に食い込んでもいます。リリース直後のインタビューでLuka に関して質問を受けたSuzanne は、Luka は近所でよく見かけた同じ名の少し変わった子供をモデルにして作った曲ではあるけども、その子が虐待に遭っていたという訳ではないと答えていたんですが、近年になって、Luka は自分自身のことであり、自らの体験に基づいた作品であることを告白しています。Luka というまったく別人の名にしたのは、歌詞の内容が自分のことであることを知られたくなかったからだそうです。なんだか切ない話ですね…。

My name is Luka
I live on the second floor
I live upstairs from you
Yes, I think you’ve seen me before

ぼくの名はルカ
二階に住んでるね
きみのおうちの一階上だよ
ぼくのこと、見かけたことあるんじゃないかな

If you hear something late at night
Some kind of trouble, some kind of fight
Just don’t ask me what it was
Just don’t ask me what it was
Just don’t ask me what it was

夜遅くに何か聞こえてきても
いざこざみたいな音とか喧嘩みたいな声がしてもね
あれって何だったのとかぼくに訊かないで
あれって何だったのとかぼくに訊かないで
あれって何だったのとかぼくに訊かないで
I think it’s ‘cause I’m clumsy
I try not to talk too loud
Maybe it’s because I’m crazy
I try not to act too proud

ぼくって気のきかない子なんだと思う
だから、大きな声で話さないようにしてるよ
たぶん、ぼくっておかしな子だから
目立たないようにしてる

They only hit until you cry
After that, you don’t ask why
You just don’t argue anymore
You just don’t argue anymore
You just don’t argue anymore

あの人たちって泣くまでぶつのに
その訳を訊いたりはしないんだなんて
もう逆らったりはしない気なんだね
もう逆らったりはしない気なんだね
もう逆らったりはしない気なんだね

Yes, I think I’m okay
I walked into the door again
If you ask that’s what I’ll say
And it’s not your business anyway

そうだけど、ぼくは大丈夫かな
お部屋に戻ったからね
きみに訊かれたらそう言うさ
きみには関係のないことだしさ

I guess I’d like to be alone
With nothing broken, nothing thrown
Just don’t ask me how I am
Just don’t ask me how I am
Just don’t ask me how I am

ぼくはひとりでいるのが好きなんだろうな
何も壊れないし、何かを投げつけられたりもしないもの
大丈夫なのかなんてぼくに訊かないでよね
大丈夫なのかなんてぼくに訊かないでよね
大丈夫なのかなんてぼくに訊かないでよね

My name is Luka
I live on the second floor
I live upstairs from you
Yes, I think you’ve seen me before

ぼくの名はルカ
二階に住んでるね
きみのおうちの一階上だよ
ぼくのこと、見かけたことあるんじゃないかな

If you hear something late at night
Some kind of trouble, some kind of fight
Just don’t ask me what it was
Just don’t ask me what it was
Just don’t ask me what it was
And they only hit until you cry
And after that you don’t ask why
You just don’t argue anymore
You just don’t argue anymore
You just don’t argue anymore

夜遅くに何か聞こえてきても
いざこざみたいな音とか喧嘩みたいな声がしてもね
あれって何だったのとかぼくに訊かないで
あれって何だったのとかぼくに訊かないで
あれって何だったのとかぼくに訊かないで
あの人たちって泣くまでぶつのに
その訳を訊いたりはしないんだなんて
もう逆らったりはしない気なんだね
もう逆らったりはしない気なんだね
もう逆らったりはしない気なんだね

Luka Lyrics as written by Suzanne Vega
Lyrics © BMG Rights Management, Sony/ATV Music Publishing LLC, Warner Chappell Music, Inc.

【解説】
どこか春の到来を告げるような感じのアコースティックギターの音色で始まる清涼感のあるイントロ、そして、そのあとに続くSuzanne Vega の優しく柔らかな声の響き。それらのどこからも悲壮感を感じることは微塵もありませんが、そのメロディーラインとは裏腹に歌詞の内容は前述したとおり非常にシリアスです。ですが、歌詞に使われている英単語は中学校で学習するレベルのもので文法的に難しい部分も皆無ですので、今回も英語の歌詞の裏に潜む意味を中心に見ていくことにしましょう。

第1節は非常にシンプルで解説の必要はないですね。この節を聴いた誰しもの目に浮かぶのは、主人公のルカが集合住宅の階下に住む同じ年ごろであろう男の子か女の子に話しかけている光景でしょう。ですが、第2節に入ると、ルカは友達を作ろうとして階下の子に話しかけているのではなく、どうやら彼が深刻な問題を抱えていることが分かってきます。late at night にsome kind of trouble やsome kind of fight を耳にしてもそれが何であったのか訊かないで欲しいだなんて、ただごとではなさそうですよ。3節目では、真夜中に騒ぎが起こる原因をルカが語っています。どうも彼はその原因の責任が自分にあると思っているようですね。ルカは自分がclumsy(不器用、ぎこちない、気がきかない)でcrazy だと語っていますが、恐らく彼は利発で聡明な子なのでしょう。I try not to act too proud からは、ルカが両親の機嫌を損なわないよう自我を自らで抑えつけている様子が窺えます。第4節では、語り手がルカから階下の子に変わります。ルカはJust don’t ask me what it was と頼んでいましたが、階下の子はThey only hit until you cry と、何が起こっているのか薄々は気付いているようで、なぜそんなことをするのかを尋ねないのかyou don’t ask why、なぜ言い返さないのかYou just don’t argueanymore と疑問を抱いているようです。つまり、そこから読み取れるのは、ルカが家族から何らかの暴力を受けているのではないかという事実であり、ここに来て初めて、彼が虐待を受けているのではないかという疑惑をこの曲を聴いている者の中に生じさせます。

第5節は、再び語り手がルカに戻り、You just don’t argue anymore と疑問をぶつけてくる階下の子に対して、don’t ask me what it was と言ってるのに、それでも訊いてくるのならI think I’m okay, I walked into the door again と答えると言っていて、さらにit’s not your business anyway と諦めにも似た心情も吐露しています。なぜ、そう答えるとルカが言っているのかの理由は6節目のI guess I’d like to be alone with nothing broken, nothing thrown の言葉どおりです。ルカにとっては、一人になれる自分の部屋だけが平和な世界なのでしょう。そして、そんな自分に対してdon’t ask me how I am と階下の子に心配されることを拒絶しています。他者が介入し始めることで両親が機嫌を損ね、暴力がエスカレートすることをルカは怖れているのかもしれません。スザンヌ・ヴェガはいつもこの曲をさらりと歌っていますが、ルカが自分の分身であったという彼女の言葉が事実であれば、恐らく最初の頃は顔や声には出ていなくとも、内心ではもがき苦しんでいたのではないかと思いますね(涙)。

この曲はMe llamo Luka というタイトルでスペイン語バージョンもリリースされていて、Suzanne Vega自身がスペイン語で歌っています。スペイン語バージョンを聴いてみたところ、ブロンディのCall Me のスペイン語版よりは遥かにましではありましたが、スペイン語のイントネーションがやはりちょいとヘンで、いい線を行ってはいるものの「おっ、スペイン語版もイケてる!」と思わせるものではありませんでした。スペイン人がスペイン語で歌えばもっとイイ感じの曲になるはずだと感じたので、スペインで誰かこの曲をカバーしている歌手はいないものかとyoutube で探してみたところ、意外な人が歌っているのを発見しました!そこに映っていたのは、スペインのガリシア州出身のLuís Tosar という現地では多才なことで知られる有名俳優で、俳優になる前から「The Ellas(現在はガリシア語のDi Elas に改名)」というバンドを率いて音楽活動もしている人です。そんな彼が2007年頃にLuka をスペイン語で歌っているMTV 風の映像があったんです(恐らく、オフィシャルなカバーではないと思われますが)。スザンヌの歌うスペイン語の歌詞に違和感があったのか、歌詞が若干変えられてますし、曲のアレンジもロック風に変えられてますし、男性ボーカルなのでスザンヌの歌声のような優しい響きも消えてしまってはいますが(スペイン女性の多くはダミ声なので、女性ボーカルでも変わらない気はしますけども・笑)、メロディーラインにスペイン語がばっちりはまっていて、これなら合格と思いました!(←なんで上から目線?汗)。

【第30回】Jungleland / Bruce Springsteen (1975)

早いものでこのコーナーも30回目に突入。今回は第30回記念として、僕のお気に入りのアーティストの一人であるBruce Springsteen(ブルース・スプリングスティーン)の曲を紹介することにしました。彼の数ある曲の中から僕が選んだのは、1975年にリリースされた彼の3枚目のアルバムBorn to Run に収録されているJungleland という曲です。この曲はアルバムのリリース後、音楽業界で高く評価されることになった曲なのですが、シングルカットされることはありませんでした。なぜなら、演奏時間が9分半というとても長い曲だからなのです。当時、シングル曲を販売する為に使われていたドーナッツ盤に音質を落とさず収録できるのは45回転で6分程度が限度とされていましたから、シングルカットされていないと言うよりも、シングルカットできなかったんですね(笑)。余談ですが、どうしてドーナッツ盤みたいな利用範囲の狭いレコードが生まれたのかと言うと、ジュークボックス(若い方はご存知ないかもですが、ジュークボックスは有料でレコードの音楽を聴くことができるアナログな機械で、小銭を投入して曲の選択ボタンを押したらその曲を収録したレコードが自動的にかかるようになっていました)で再生する為だけに設計製造されたからだそうです。ドーナッツ盤の中央の穴が大きいのは、機械のアームがレコードをつかみ易くする為だったんですね。そう言えば、昔はドーナッツ盤を聴く際、穴が大きいのでレコード・プレーヤーにプラスチックのアダプターみたいなのをセットして再生していたことを思い出します。「あぁー、そうだった、そうだった。懐かしーい」なんて思うのは年配の人間だけですが(笑)。このJungleland という曲、長いだけでなく、その歌詞が難解であることでも名を馳せていまして、今回の解説は、記念回に相応しい大作となりそうな気配です…(汗)。

The Rangers had a homecoming
In Harlem late last night
And the Magic Rat drove his sleek machine
Over the Jersey state line
Barefoot girl sitting on the hood of a Dodge
Drinking warm beer in the soft summer rain
The Rat pulls into town, rolls up his pants
Together they take a stab at romance
And disappear down Flamingo Lane

レンジャースが顔を出したんだぜ
昨日の夜遅く、ハーレムであった会合にね
マジック・ラットが奴の愛車を飛ばしたのは翌朝のことさ
州境を超えてニュージャージーへ向かったんだ
裸足の彼女はダッジのボンネットの上に腰掛けてたよ
そぼ降る夏の雨の中、生温かいビールを飲みながらね
川向こうの街に入ったラットは、ズボンの裾をまくり上げ
女とのロマンスにしけこんだね
そして、フラミンゴ通りの彼方に消えようとしたのさ

Well, the maximum lawman run down Flamingo
Chasing the Rat and the barefoot girl
And the kids ‘round here look just like shadows
Always quiet, holding hands
From the churches to the jails
Tonight all is silence in the world
As we take our stand
Down in Jungleland

ところがその時、ポリ公の車がフラミンゴ通りを駆け始めたんだよな
ラットと裸足のガールフレンドが乗った車を追いかけてね
なのに、この辺りのガキどもはみんな影みたいで
いつも静かに手を取り合ってる
教会からムショに至るまで
今夜、この世界のすべてが静寂に包まれるよ
俺たちが事を構えるからにはね

このジャングルランドで
Well, the midnight gangs assembled
And picked a rendezvous for the night
They’ll meet ‘neath that giant Exxon sign
That brings this fair city light
Man, there’s an opera out on the turnpike
There’s a ballet being fought out in the alley
Until the local cops’ cherry top
Rips this holy night

真夜中のギャング仲間たちが集まり
今夜の待ち合わせ場所を決めたんだってよ
連中、あのでかいエクソンの看板の下に集合するってさ
この巨大な街を照らす看板のね
ハイウェイの出口ではオペラが催され
裏通りでは力任せのバレエの公演さ
地元のポリ公のパトカーの赤色灯が
聖なる夜を切り裂くまではね

The street’s alive as secret debts are paid
Contact’s made, they vanished unseen
Kids flash guitars just like switch-blades
Hustling for the record machine
The hungry and the hunted
Explode into rock’n’roll bands
That faced off against each other out in the street
Down in Jungleland

こっそりと金をやり取りすることで通りは活気づき
顔を突き合わせては、皆その姿を消していくけど
飛び出しナイフみたいに通りに出てギターを鳴らすガキどもだっているんだ
夢を追ってがむしゃらにね
飢えた者たちと追われる者たちが
ロックンロールのバンドに大変身するのさ
互いがいがみ合うこの街の通りでだよ
このジャングルランドの

In the parking lot the visionaries dress in the latest rage
Inside the backstreet girls are dancing to the records that the DJ plays
Lonely-hearted lovers struggle in dark corners
Desperate as the night moves on
Just one look and a whisper, and they’re gone

駐車場では目敏い連中が流行りの服に身を包み
裏通りでは女どもがDJのかけるレコードの音に合わせて踊り
孤独な恋人たちは暗闇の中の片隅でもがいてる
夜が更けるごとに絶望し
一目見て囁き、そして消えて行く

Beneath the city, two hearts beat
Soul engines running through a night so tender
In a bedroom locked in whispers
Of soft refusal and then surrender
In the tunnels uptown, the Rat’s own dream guns him down
As shots echo down them hallways in the night
No one watches when the ambulance pulls away
Or as the girl shuts out the bedroom light

そんな街で二人の鼓動は高鳴り
魂の鼓動も優しく夜を駆け抜ける
ベッドルームで女は囁き
じらしはしたけど、無駄な抵抗だった
アップタウンの地下道でラットの夢が撃ち砕かれたのはそのあとのこと
真夜中の通路に銃声がこだましたんだ
奴が救急車で運ばれて行く姿も
女がベッドルームの灯りを消すのも見た者はいないけどさ

Outside the street’s on fire in a real death waltz
Between what’s flesh and what’s fantasy
And the poets down here don’t write nothing at all
They just stand back and let it all be
And in the quick of the night
They reach for their moment and try to make an honest stand
But they wind up wounded, not even dead
Tonight in Jungleland

外では街の通りが燃え上がってる、死のワルツという炎でね
何が現実で何が幻想かってことの間で揺れ動いてる炎さ
でも、ここの詩人たちはまったく何も書こうとはしない
ただ後ずさりして、成り行きに身を任せるだけなんだ
やがて、夜の痛みの中で各々が
目の前の現実に手を伸ばし、何かをしなきゃって口にはするんだけど
それだけじゃあ、傷つきはしても、死にやしない
それが今宵のジャングルランドなのさ

Jungleland Lyrics as written by Bruce Springsteen
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
Jungleland の歌詞、如何でしたか?長いですよね、長過ぎです(汗)。でもこの曲、最初から最後まで聴く者を飽きさせることなく聴かせ続けるというとんでもないことをやってのける名曲なんですよ。「嘘だぁー、10分も続く曲なんて、ダレるだけでしょ」なんて風に思う方は、騙されたと思って是非とも一度聴いてみてくださいね。この曲の歌詞の英語、複雑な構文や難しい単語はほとんど使われてはいませんが、冒頭でも触れたとおり、歌詞の内容を理解しようとすると非常にやっかいな相手となります。暗喩が多く、ネイティブ話者であっても滅茶苦茶な解釈をしてる人が数多くいるくらいに難解ですので、そんなおかしな解釈にならぬよう、気合を入れて歌詞を見ていくことにしましょう。

先ず1節目ですが、のっけからぶちかましてきます。「はぁ?The Rangers!?」それっていったい何のことなんでしょう。ネイティブ話者もそれが何なのかと悩むようで、ベトナムの戦場から戻った帰還兵だとか、ホッケーチームの名前だとか、法執行機関の比喩だとか様々な意見が飛び交っていますが、僕の中ではThe Rangers はギャングのグループ名であるという結論以外ありませんでした。なぜその結論に至ったのかを分かっていただく為には、当時のニューヨークのギャング事情を知っておいてもらう必要があります。1970年代のニューヨークというのは、小規模な不良集団が割拠するストリート・ギャングの全盛期とも呼べる時代で、マンハッタンだけでも300に近いグループが活動し、縄張り争いを繰り広げていたと言われています。縄張り争いと言っても、マフィアや日本の暴力団のように自らの金銭的利益を得る為の領域争いではなく、自らが支配する領域ではよそ者に勝手なことはさせないというプライドのようなものから出てくる縄張り争いであって、彼らにとって最も価値を持つのは富ではなく、自らの縄張りを守り、そして同時に、縄張りを広げることで自らの力を誇示するということだったのです。実際、ギャングたちが金銭を重視していなかったのは事実で、麻薬の取引で手っ取り早く稼ぐといった者もほとんどいないばかりか、逆にギャングたちにとって麻薬は嫌悪の対象ですらありました。しかし、その半面、力による縄張り争いは熾烈を極めるもので、ギャングが多く暮らすハーレムやブロンクスでは抗争による殺人事件は日常茶飯事(年間1000件のペースで殺人事件が発生していたようで、超危険地帯であったハーレムやブロンクスに住人以外の者が近づくことはありませんでした)であった為、無用な殺し合いを防ぐ為の平和協定を結ぶべくギャングたちの代表がしばしば集って会合を開いていたくらいでした。僕の中でピンときたはこの会合でして、The Rangers had a homecoming のhomecoming は、そういった会合のことではないのかと思ったのです(アメリカ英語では、年に一度の同窓会や学園祭といった人が集まる意味で使われることがあります)。このフレーズの響きからは、どうしてもThe Rangers が街へ戻ってきたというイメージを抱いてしまいがちですが、The Rangers のリーダーがハーレムで夜遅く行われた平和協定を結ぶ為の会合に顔を出したと受け止めれば、この後に出てくるthe Magic Rat こそがThe Rangers のリーダーということになり、話の辻褄がすべて合います。以上のようなことを総合してみた結果、The Rangers がギャングのグループ名であるという結論に至りました。

3行目のsleek machine という言葉から目に浮かぶのは、ギャングが好みそうな車、ピカピカのアルミホイールを装着したマスタングみたいな中古のマッスルカーで、恐らくMagic Rat(以下、ラットと記します)は、当時のマンハッタンではまだ多数派であったプエルトリコ系のギャングでしょう。そんな車に乗ったラットはハドソン川の向こう側のニュージャージーへと向かって走っている訳ですが、その理由が語られているのが、5行目以降の歌詞です。ラットの目的地はハドソン川を超えた対岸のニュージャージー州のどこかにある美しいビーチ、そこでデートの待ち合わせをしていると思われます。車のボンネットに腰掛けてビールを飲みながらビーチで待っているのはラットの彼女Barefoot girl(ビーチでは普通、裸足になりますね・笑)。車はDodge としか書かれていませんので車種は分かりませんが、ギャングのリーダーの彼女となるような女性ですから、ラットと同じようにDodge のチャージャーみたいなマッスルカーに乗っているのかもしれません。The Rat pulls into town, rolls up his pantsからは、ビーチに着いたラットが車を止めた後、ズボンの裾を捲り上げ、彼女のところまでビーチの砂の上を裸足で駆けて行く光景が目に浮かびます。9行目のFlamingo Laneは架空の通りの名前で、ニュージャージー州アズベリーパーク(ブルース・スプリングスティーンがデビュー前、音楽活動をしていた街です)にかつて存在したFlamingo Motelという宿泊施設が通りのモデルではないかとも言われています。ニュージャージー州にFlamingo Laneという名の通りが存在するのか調べてみましたが、どこにも見当たりませんでしたので、架空の通りであることは間違いなさそうです(ニューヨーク州には同名の通りがありましたが、とても短い通りで、ビーチの傍にある訳でもないので該当しませんね)。

第2節1行目のlawman とは、法執行者のこと、つまりは警察の人間です。わざわざmaximum を付けているのは、lawman を単なる法執行者としてではなく、権力の象徴として強調しているのかもしれません。3行目のAnd the kids ‘round here look just like shadows, Always quiet, holding hands は、なぜにここでkidsが唐突に出てくるのか良く分かりませんが、パトカーに追われるラットを目にしてもおとなしくしているだけ(権威、権力に無抵抗な)の若者たちの無気力を嘆いていると僕は理解しました。そのことが5行目以降の歌詞につながっていて、最後の4行を聴くと、俺たちはそうじゃないと言っているようにも思えます。なぜなら、その夜、彼らはJungleland でwe take our stand する気だからです。take one’s stand は持ち場につくといった意味で用いられますが、僕は敵対するギャングたちに対する宣戦布告であると考えました。恐らく、前夜の平和協定の会合の場で話し合いが決裂したのでしょう。From the churches to the jails, Tonight all is silence in the world と言っているように、おまえたちがそういう態度を取るのなら、力で黙らせてやるという訳です。

さて、ここでようやくJungleland という言葉が出てきました。いったい、このJungleland ってのは何のことなのでしょう?ここまでの歌詞を聴いただけでは、Jungleland が何なのかはまだ漠然としたイメージしか湧いてきませんが、曲を最後まで聴いて至った結論は、社会の底辺で生きる者たちの多くが、特に若者たちが、その底辺から抜け出せないでいる大都市(歌詞にニューヨークの名は出てきませんが、この曲の舞台がニューヨーク市であることは明白です)の現実を、右も左も分からぬままに出口を探してさ迷い歩くものの、決して出口にはたどりつけないという深い密林に覆われたジャングルに重ね合わせているのだろうということでした。この曲の中でのJungleland は、そういった現実が放置されたままでいる世界(社会)を表す代替語と考えて良いのではないかと思います。因みにブルース・スプリングスティーン本人は、アズベリーパークにあった「Palace」という遊園地(貧しい人々が束の間の息抜きをできる場所だったようです)がいつの間にか、ティーンエイジャーが喧嘩をしたり暴力を振るう場所に変わってしまっている姿を目にしたことにインスパイアーされてJungleland の歌詞を書いたと雑誌のインタビューに対して語っています。そのことから考えると、Jungleland の歌詞の原点は、かつての楽園が今や荒野という状況に陥っていたPalace にアメリカン・ドリームの崩壊を重ね合わせたことにあるとも言えそうです。

第3節で描写されているのは、宣戦布告したラットたちが敵対するギャングのもとへと向かう様子でしょう。3行目のthat giant Exxon sign は、これもまたアズベリーパークに関係していて、当時のアズベリーパークの街には住民の誰もが知る巨大な「Exxon(ガソリンスタンドの大手です)」の看板があったそうで、一言告げるだけで誰にでも分かる場所は集合場所としては最適ですよね。4行目のfair city はfair sized cityのことであり、3行目のgiant と対になっていると理解しましたが、もちろんここのfair は反語であって、街に対する皮肉が込められているのだと思います(不公平unfair な街ということです)。5行目のMan, there’s an opera out on the turnpike とそれに続くThere’s a ballet being fought out in the alley は、詩的な表現で超難解。turnpike は高速道路の料金所のことですが、ニュージャージにはNew Jersey Turnpike という名称の有料道路がありますので、ここのturnpike はその道路を指しているのだと思います。there’s an opera out on the turnpike を聴いて僕の目に浮かんだのは、派手な車に乗って高速道路から続々と下りてきて終結するギャングたちの様子(それをオペラと比喩しているのでしょう)、a ballet being fought out in the alleyは、裏通りで繰り広げられる血の応酬(それをバレエと比喩)でした。7行目のcherry top は日本でも今は見かけませんが、昔のパトカーのルーフに取り付けられていた単灯式の赤色灯のことで(アメリカのパトカーもかつてはそうでした)、その夜、警察が介入、もしくは追ってくるまでは、血で血を洗う暴力が続くの
だということです。

続く4節目も相当に難解ですが、ここで描かれているのは抗争が開始される前の街の様子だと推測しました。The street’s alive as secret debts are paid とContact’s made, they vanished unseenは、通りで公然と行われている麻薬の売買をギャングたちが苦々しく思っている様子なのでしょう。前述したように、この当時のギャングたちにとって麻薬は嫌悪の対象でしたが、この頃より麻薬の売買で手っ取り早く金を得ようとする若者たちが急増するようになっていました。ですが、その一方ではKids flash guitars just like switch-blades, Hustling for the record machine のように、音楽の世界(音楽だけとは限りませんが)で成功することで社会の底辺から脱出しようとする若者たちもいるということが示されています。言い換えれば、それくらいしか抜け出す手段がなかったのでしょう。the record machine は、レコードプレーヤーといった機械類のことではなく、機械のようになってしまった音楽業界(金儲けの為だけに大量生産を繰り返している)のことを指しているものと理解しました。Explode into rock’n’roll bands that faced off against each other out in the street は「互いが殺し合うこんな糞みたいな街であっても、音楽で身を立てようとするような若者はいるんだぜ」ってな感じでしょうか。

第5節から僕が受けたインプレッションは、戦いが始まる前の束の間の静けさです。1行目から3行目で語られているのはごく普通の若者たちの姿であり、この節の趣旨は、ギャングたちもかつては普通の若者だったが、時が流れるごとに絶望だけが残り(なぜなら、社会の底辺から抜けだせないから)今はこうなって(ギャングになって)しまったということではないかと考えました。そして、この後、その夜の静けさの中で、今や伝説となったClarence Clemons のテナー・サックスの哀愁を帯びた音色が2分以上に渡って鳴り響きます。何千回聴いても、今聴いても尚、体が震えてくる魂の叫びです。6節目は、街で彼女(例のBarefoot girl なのか、別の愛人なのかは分かりませんが)と落ち合ったラットが、二人で彼女の部屋かホテルの部屋にしけこんでいる様子であろうと推察しました。ラットは既に、女と愛し合うのもこれが最後になるかもしれないという運命を覚悟していたのかもしれません。Whispers of soft refusal「だめぇ、だめぇ、今夜はそんな気になれないの」の類でしょう。ですが女は結局、surrenderします。そして、女とことを終えたラットは戦いの舞台へと向かいますが、彼を待ち受けていたのは地下道に響く銃声でした。the tunnels uptown は、最初はニューヨークとニュージャージーを結ぶLincoln Tunnelのことだと考えましたが、Lincoln Tunnel があるのはMid Town ですし、tunnels と複数形になっていることから、ここに記されているthe tunnels はsubway(pedestrian tunnel とも呼ばれます)の類であろうというのが僕の結論です。そう考えると、敵対ギャングに追われて地下道に逃げ込んだラットが、背後から銃撃を受けているような光景が目に浮かんできますね。No one watches when the ambulance pulls away, Or as the girl shuts out the bedroom light は、ラットが誰に気付かれることもなく(彼女さえ)ひっそりと(憐れに)死んでいった、つまり、一人のギャングの死など誰も気にとめもしないということの比喩なのでしょう。

最後の節でも尚、難解な歌詞が続きます。Outside the street’s on fire in a real death waltz between what’s flesh and what’s fantasy という詩的なフレーズからは、ラットたちが仕掛けた抗争で街が大混乱に陥っている様子が窺えます。そこらじゅうの通りに死体が転がっていて「これって現実?映画の世界じゃないの?」っていう感じでしょうか。And the poets down here don’t write nothing at all, They just stand back and let it all be は、そんな状況にも拘らず、街の人々(特に若者たち)は何の行動も起こそうとしないし、現実に目を背けるだけだということなのだと思います。And in the quick of the night, They reach for their moment and try to make an honest stand, But they wind up wounded, not even deaは、この曲を聴くものに突き付けられる最後の難問で、やがて事の重大さに気付き始めた若者たちが、何かを変える必要があるんじゃないかと自問をするものの、結局はうわべだけで終わる(not even dead何かを変えようとする為の死ぬ気の覚悟がない)ということではないかと僕は考えました。それがJungleland の現実なのです。

ふぅー、やはり予想どおりの長い解説になってしまいましたね(汗)。最後までお付き合い頂きまして誠にありがとうございました。このJungleland という曲が、社会の底辺に生まれ、暮らし、そして、そこから抜け出せないでいる行き場のない若者たちを主人公にした一種の叙事詩であることを分かってもらえたとしたら、解説を書いた甲斐もあったというものです。この曲がリリースされたのは1975年、良く考えれば、それから50年近くもの年月が過ぎ去っています。一般市民が近づくことなどあり得なかったハーレムでさえ、今や再開発が進んで富裕層が暮らすようになっているように、時代はすっかり変わってしまいました。ですが、アメリカ人の若者も含め、今の若い人たちがこの曲を聴いても、随分と昔に僕らの世代がこの曲を初めて聴いた時と同じ気持ちで受け止めることができるのではないかと僕は思っています。なぜなら、中高生といった若い人たちの自殺という悲しいニュースを聞かない年は無いという事実が存在するように、行き場を失い絶望する若者たちの姿は、残念ながら今も尚この世から消えてはいないからです。

【第31回】New York State of Mind / Billy Joel (1976)

前回のJungleland におけるニューヨークは歌詞に出てくる主人公たちにとって絶望の街でしかありませんでしたが、それとは対照的にニューヨーク愛を歌い上げている曲を今日はご紹介します。この曲を歌っているのは、ニューヨーク市のサウス・ブロンクスで生まれたBilly Joel(ビリー・ジョエル)。70年代後半から80年代前半のアメリカや日本で大変人気のあったシンガーです。ビリー・ジョエルの最大の特徴は、自らピアノを弾き鳴らしながらロック調の曲を歌うことで(彼の最初のヒットとなった曲のタイトルは「ピアノ・マン」でした・笑)その歌詞には都会で暮らす人々の心情を感じさせるものが多く、地方代表といった感のあるジョン・メレンキャップのそれとは対照的。両者の曲を聴き比べてみると面白いですよ。このNew York State of Mind は、1976年にリリースされたTurnstiles というアルバムに収録されていた曲で、発売当時は注目されることもなくセールスも不調でしたが、後にニューヨーク育ちの女優兼歌手、バーブラ・ストライサンドがカバーして歌い、広く知られるようになりました。このアルバムにはSay Goodbye to Hollywood という曲(同じく当初は奮わなかったものの、後にヒットしました)も収録されているとおり、ニューヨークを離れて西海岸のロサンゼルスで3年ほど暮らしていたビリーが、生活の場を再びニューヨークへ戻した直後に制作されたもので、タイトルのTurnstiles は、収録されている曲がニューヨークの地下鉄の改札口を抜けて行く人々の人物模様を描いていることを表しているとされています(実際、アルバムのジャケットの写真も、地下鉄の改札口で撮影されていて、写っている人物がそれぞれの曲に対応しています)。しかし、このアルバムのSide1(A 面)がSay Goodbye to Hollywood で始まり、New York State of Mind で終わっていることから考えると、ビリーが自らの生活style をturn させたことにひっかけているような気がしないでもありません。

Some folks like to get away
Take a holiday from the neighborhood
Hop a flight to Miami Beach or to Hollywood
But I’m taking a Greyhound
On the Hudson River line
I’m in a New York state of mind
(Mmh-mmh)

何処か遠くへ行きたがる人って
休暇を取って地元から離れたりするよね
飛行機でマイアミのビーチとかハリウッドへ飛んだりしてさ
でも、僕はグレイハウンドのバスに乗ってる
ハドソン川に沿って走るね
だって、僕の心はニューヨークと共にあるんだから

I’ve seen all the movie stars
In their fancy cars and their limousines
Been high in the Rockies
Under the evergreens
I know what I’m needing
And I don’t want to waste more time
I’m in a New York state of mind
(Mmh-mmh)

たくさんの映画スターを見たことがあるよ
リムジンや高級車に乗ってる姿をね
ロッキー山脈にも登ったさ
緑の絶えることのないね
でも、僕には自分に何が必要なのか分かってるし
もうそんな所で無駄に過ごしたくもないんだ
だって、僕の心はニューヨークと共にあるんだから

It was so easy living day by day
Out of touch with the rhythm and blues
But now I need a little give and take
The New York Times, the Daily News

日々の暮らしは楽だったよ
リズム&ブルースからかけ離れてたからね
でも今は、折り合いを付けて行かなくっちゃ
ニューヨークタイムズやデイリーニュースを読んでね

It comes down to reality
And it’s fine with me ‘cause I’ve let it slide
I don’t care if it’s Chinatown or on Riverside
I don’t have any reasons I left them all behind
I’m in a New York state of mind
(Mmh-mmh, oh yeah)

現実を突き付けられても
僕は平気さ、だって大目に見ることにしたから
その現実がチャイナタウンでもリバーサイドであっても気にはしないさ
気にする理由なんて無いからね、そんなもの全部捨てちゃたよ
だって、僕の心はニューヨークと共にあるんだから

It was so easy living day by day
Out of touch with the rhythm and blues
But now I need a little give and take
The New York Times, the Daily News

日々の暮らしは楽だったよ
リズム&ブルースからかけ離れてたからね
でも今は、折り合いを付けて行かなくっちゃ
ニューヨークタイムズやデイリーニュースを読んでね

It comes down to reality
And it’s fine with me ‘cause I’ve let it slide
I don’t care if it’s Chinatown or on Riverside
I don’t have any reasons I left them all behind
I’m in a New York state of mind
(Mmh-mmh)

現実を突き付けられても
僕は平気さ、だって大目に見ることにしたから
その現実がチャイナタウンでもリバーサイドであっても気にはしないさ
気にする理由なんて無いからね、そんなもの全部捨てちゃたよ
だって、僕の心はニューヨークと共にあるんだから

I’m just taking a Greyhound
On the Hudson River line
‘Cause I’m in a, I’m in a New York
State of mind, yeah

僕はグレイハウンドのバスに乗ってる
ハドソン川に沿って走るね
だって、僕の、僕の心はニューヨークと
共にあるんだから、そうさ、そうなんだ

New York State of Mind Lyrics as written by Billy Joel
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
如何でしたか?この曲ではニューヨークが同じ頃にリリースされたJungleland とは真逆の愛すべき街として描かれていることがお分かりいただけたでしょうか?どうして歌詞にそんな天と地のような差異が出てくるのかと言うと、答えは簡単。ビリー・ジョエルはサウス・ブロンクスで生まれたとは言え(そもそも、彼が生まれた1949年頃のブロンクスは、それほどの危険地帯でもありませんでした)、育ったのはロングアイランドだからです。ロングアイランドというのは、富裕層が暮らすエリアなんですよ!ビリー自身は、久し振りにニューヨークへ戻り、治安の悪化で街が荒廃している姿を目にして、街が誇りを取り戻せるような曲を作りたかったと語っていますが、もし彼が貧困層で生まれ育った人間であったのなら、こんな歌詞が生まれてくることはなかったことでしょう。当時のニューヨークのスラム街の住民たちが、街を誇りに思う気持ちなど持っていたとは思えないですから(←あくまでも僕の想像です・汗)。今回は、そういったことを頭に入れつつ、歌詞を見ていきましょう。この曲の歌詞も難しい英語は使われていませんが、その真意を読み解くのはなかなか難解な作業です。

第1節は和訳のとおり。4行目のGreyhound はアメリカ最大のバス会社のことで、かつては長距離バスの代名詞でした。飛行機の運賃が大幅に下がったことで飛行機との競争に破れて何度も倒産していますが、その度に外国企業に買収されて再生し、多くの長距離路線を廃止した現在も営業を続けています。5行目のthe Hudson River line は、鉄道で言えば「東海道線」みたいな路線名を表していますが、Greyhound の各路線にはそういった名称が付けられているという事実はありませんので、恐らく、この路線名はビリーが勝手に作って名付けたものでしょう。曲のタイトルにもなっている最後のI’m in a New York state of mind は、難解というよりも、どう日本語に置き換えるべきかに悩むフレーズでして、state of mind は「心の状態」、I’m in a New York は「ニューヨークに私はいる」であることを念頭に歌詞を最後まで何度も聴いてみた結果、I’m in a New York state of mind の最適な和訳は「僕の心はニューヨークと共にある」であると判断しました。第2節は難解というよりは、歌詞の内容が余りにも唐突で、ビリーがこの曲の歌詞を書く直前までハリウッドで暮らしていて、ニューヨークに戻ってきたばかりであったという冒頭で触れた事実を知っていないと何のことなのかさっぱり分かりません。ビリー本人は、ハリウッドからニューヨークに戻った当日、妻の待つハイランド・フォールズ(ニューヨーク市の北、約60キロに位置するハドソン川沿いにある小さな町)へと向かうグレイハウンドのバスの中でこの曲の歌詞を書いたと語っていて、最初の2行はハリウッドで経験した出来事、3行目と4行目からは、ハリウッドからニューヨークへ戻る途中にロッキー山脈に立ち寄ったか、単にロッキー山脈へ行ったこともあるという事実が推察できます。要は、ニューヨーク以外の街で暮らしていた歌詞の主人公が、ニューヨークへ戻ることを決意したことを表しているのが第2節です。

第3節は全体的に非常に難解ですが、2行目のthe rhythm and blues は、厳しい競争や独特の感性、生活リズムなどが溢れたニューヨークの暮らしの比喩であろうと僕は考えました。ビリーにとって、西海岸での暮らしはニューヨークでの暮らしより精神的には楽なものだったと推察します。ですが、ニューヨークへ戻ることにした今、主人公はすっかり変わった街にgive and take(折り合いを付ける)する必要を感じているのでしょう。その後にThe New York Times やthe Daily News といった新聞の名前が並んでいるのは、この二つの新聞がニューヨークにおける二大新聞であり、それらの新聞が報じる記事に目を通すことでニューヨークの現実を知る必要があるということだと僕は理解しました。そして、第4節1行目のreality こそがまさにそのことであり、そのrealityとは、麻薬の蔓延やギャング同士の抗争などによる治安の悪化と荒廃した街の姿です。3行目のChinatown or on Riversideという言葉も意味不明なものに思えるかもしれませんが、Chinatown が当時のニューヨークのスラムの代表格であったことやRiverside がマンハッタンの代替語であると捉えると、ニューヨークの治安の悪化がもはやどこで起ころうがI don’t care である、なぜならI don’t have any reasons I left them all behind だと考えることで、第4説で語られていることの全てがクリアーになります。6節目は1節目の後半の繰り返しなので説明は不要ですね。

ピアノのソロで始まるイントロと適度に組み合わされたテナー・サックスの音色が生み出す哀愁を帯びたこの曲のメロディーラインはジャズそのもの。オランダ出身のジャズ歌手Ann Burton のカバーを聴くとそのことを確信するジャズの名曲、それがNew York State of Mind です(笑)。

【第32回】California Dreamin’ / The Mamas & The Papas (1965)

今回もニューヨークと関係する曲をもう1曲。男性二人と女性二人が集ったグループThe Mamas & The Papas(ママス&パパス)のCalifornia Dreamin’ という曲です。この曲がリリースされたのは僕が生まれる前年の1965年、つまり、約60年近くも前のことですから、もう懐メロを通り越してクラッシックの領域に入っていると言っても過言ではない曲ですね(笑)。「この曲のタイトルってCalifornia Dreamin’ なんでしょ?ニューヨークといったい何の関係があるんです!?」なんて思われるのは当然。実はこの曲、メンバーのMichelle Phillips と夫のJohn Phillips がニューヨーク市で新婚生活を送っていた際、カリフォルニア州ロングビーチ生まれのMichelle がホームシックになっていることにインスパイアーされたJohn が、妻が持つ生まれ故郷のカリフォルニアへの郷愁(ヒッピー文化の聖地となったカリフォルニアへの賛辞も含む)を歌詞にしたもので、歌詞の舞台となっているのはカリフォルニアではなくニューヨーク市なんです(前回紹介したNew York State of Mind のまさに逆パターンですね)。このMichelle Phillips という女性、ヒッピー世代の落とし子と言うのか奔放と言うのか、メンバーのDenny Doherty(デニー・ドハーティ)や他グループのミュージシャンと不倫したり、ジョンと離婚した後、映画「イージー・ライダー」でピーター・フォンダの相棒役を演じた俳優のデニス・ホッパーと再婚したものの僅か8日で離婚したりと、かなりぶっ飛んだ性格の人だったようで、後年は女優業に転身して映画やテレビのドラマで活躍したりもしました(思い出せるところでは「ビバリーヒルズ青春白書」でバレリー・マローンの母親役を演じていましたね)。余談ですが、ジョージ・ルーカスが監督した映画「アメリカン・グラフィティ」でジョン・ミルナーの黄色のホットロッドに乗り込んでくるおませな少女を演じてたのは、John Phillips と彼の最初の嫁であったSusan Adams(Michelle とは再婚)との間に生まれた娘であるMackenzie Phillips(マッケンジー・フィリップス)。マッケンジーは父のジョン同様、ティーンエイジャーの頃から重度の麻薬依存に陥っていたことから麻薬の不法所持で警察に何度も検挙されたことのあるお騒がせ女優でしたが、2009年には父親のジョンと近親相姦の関係にあったことを告白して世間に衝撃を与えました。

All the leaves are brown (All the leaves are brown)
And the sky is gray (And the sky is gray)
I’ve been for a walk (I’ve been for a walk)
On a winter’s day (On a winter’s day)
I’d be safe and warm (I’d be safe and warm)
If I was in L.A. (If I was in L.A.)
California dreamin’ (California dreamin’)
On such a winter’s day

樹々の葉が茶色に染まり
空も灰色に染まる中
僕はちょっと外へ出掛けたんだ
冬の日にね
暖かいし、安心して過ごせたろうな
ロスアンゼルスにいればさ
ああ、カリフォルニアのことを夢見てる
こんな冬の日に

Stopped in to a church
I passed along the way
Well, I got down on my knees (Got down on my knees)
And I pretend to pray (I pretend to pray)
You know the preacher liked the cold (Preacher liked the cold)
He knows I’m gonna stay (Knows I’m gonna stay)
California dreamin’ (California dreamin’)
On such a winter’s day

教会に立ち寄ってさ
祭壇に向かう通路を進んだ
そのあと跪いて
祈るふりをしたんだ
牧師って寒い日が好きだろ
僕が長居することを牧師は分かってたよ
ああ、カリフォルニアのことを夢見てる
こんな冬の日に

All the leaves are brown (All the leaves are brown)
And the sky is gray (And the sky is gray)
I’ve been for a walk (I’ve been for a walk)
On a winter’s day (On a winter’s day)
If I didn’t tell her (If I didn’t tell her)
I could leave today (I could leave today)
California dreamin’ (California dreamin’)
On such a winter’s day (California dreamin’)
On such a winter’s day (California dreamin’)
On such a winter’s day

樹々の葉が茶色に染まり
空も灰色に染まる中
僕はちょっと外へ出掛けたんだ
冬の日にね
彼女に言わなければ
今日、旅立つことができたろうな
ああ、カリフォルニアのことを夢見てる
こんな冬の日に
こんな冬の日に
こんな冬の日に

California Dreamin’ Lyrics as written by Michelle Phillips, John Phillips
Lyrics © Universal Music Publishing Group

【解説】
この曲はアコースティック・ギターの哀愁を帯びた音色のイントロで始まり、Denny Doherty の澄んだ歌声とMichelle Phillips、Cass Elliot という二人の女性コーラスの歌声が交互に響く中、間奏にフルートのソロが入るという珍しい構成の曲になっていて、タイトルのCalifornia dreamin’ とは裏腹に、聴く者に対して全体的に暗い印象を与える曲ですが、一度聴けば二度と忘れることはないメロディーラインでもあります。歌詞はとてもシンプルですが、若干解説が必要な部分もありますのでさっと見ていきましょう。

第1節は和訳のとおりで、特に難しい部分はありません。I’d be safe and warm if I was in L.A は、仮定法過去の用法で、日本の学校の英語の授業ではI were とするよう教えられますが、このようにwas を使うネイティブ話者は結構な比率でいます。1965年頃のニューヨーク市の治安が既に悪化していたことから、ここでのsafe はロサンゼルスにいる方が安全だということを言いたいのだと理解しました(70年代に入るとロサンゼルスも安全とは言い難い街になりますが)。第2節は、冬のある日に散歩へ出かけた主人公がその途中に教会へ立ち寄った光景が描かれていますが、主人公がI got down on my knees and I pretend to pray したのは、教会へ立ち寄った理由が神へ祈りを捧げる為だったのではなく、外の寒さから逃れる為であったからだと考えられます。そのことは5行目のYou know the preacher liked the cold につながっていて(the preacher lights the coals と聞き間違えるネイティブ話者もいるようです)寒い日にはこの主人公のように暖を取りたいが為に教会へ立ち寄って長居する人が増えるから、牧師は寒い日が好きなのだと言っているのでしょう(暖を取る為だけに教会に立ち寄るような信仰心の無い人を信者にするチャンスが増えるからです)。因みにpreacher は、プロテスタント系の教会の牧師のことであり、カトリック系の教会では神父(priest やfather)と呼ばれます。歌詞を書く数日前にミシェルとマンハッタンの聖パトリック大聖堂を訪れた経験から第2節の歌詞が生まれたとジョンは雑誌のインタビューに語っていますが、この節から感じるのは宗教に対する敬意ではなく、人の弱みにつけ込む宗教への揶揄のような気が僕にはします。第3節も和訳のとおり。If I didn’t tell her I could leave today は、彼女を街に残したまま、ひとりでもカリフォルニアへ向かいたかったという気持ちを表しているとしか理解できませんが、ひょっとすると、そういった縁を捨てでも向かう価値がカリフォルニアにはあるといったことや人が持つべき自主性を暗喩しているのかもしれませんね(←恐らく考え過ぎ・笑)。

僕にはこの曲の歌詞が飛びぬけて素晴らしいものだとは思えませんが、青い空や海、輝く太陽や温暖な気
候といった言葉を使わず、I’d be safe and warm if I was in L.A というフレーズだけでカリフォルニアへの郷愁を描き出すことが出来ている点は凄いことだと認めない訳にはいきません(←上から目線はやめろ・笑)

【第33回】You Should Hear How She Talks About You / Melissa Manchester(1982)

あと数回、ニューヨーク関連のネタにお付き合いいただきましょう。今日ご紹介するのは、ニューヨーク市ブルックリンで生まれ、マンハッタンで育った生粋のニューヨーカーMelissa Manchester(メリッサ・マンチェスター)が1982年にリリースし、その年のビルボード社全米年間ヒットチャートで18位に食い込んだYou Should Hear How She Talks About You という曲です(ブライアン・アダムスの曲を紹介した回でも書きましたけど、こういう長いタイトルってのはいだだけませんね・笑)。Melissa は既に70年代からバラード調の曲を中心に何曲かヒットを飛ばしていましたが、最初にこの曲を聞いた時は今までの彼女の曲調とあまりにも違っていて、彼女が歌っている曲だとまったく気付かないくらいでした。

She’s so very nice, you should break the ice
Let her know that she’s on your mind
Whatcha tryin’ to hide when you know inside
She’s the best thing you’ll ever find?

彼女ってほんと素敵な人、今こそ話してみるべきね
彼女のことを思ってるって分からせるのよ
いったいあなたは何を隠そうって言うの、あなたにとって
彼女が今までで一番最高の人だって分かってるでしょ?

Ah, can’t you see it?
Don’t you think she’s feeling the same?
Ah, I guarantee it
She’s the one who’s calling your name

あー、分かってないの?
彼女も同じように感じてるって思わないのね?
あー、これだけは確実に言えるの
彼女はあなたに夢中だってね

You should hear how she talks about you
You should hear what she said
She says she would be lost without you
She’s half out of her head (out of her head)

彼女があなたのことをなんて話してるのか耳を傾けてみなさいよ
彼女が何て言ったのかを知らなきゃ駄目なの
あなた無しでは何も手につかないって彼女は言ってるのよ
彼女ってあなたに夢中なの

You should hear how she talks about you
She just can’t get enough
She says she would be lost without you
She is really in love (she’s in love with you, boy!)

彼女があなたのことをなんて話してるのか耳を傾けてみなさいよ
彼女は満足できてないの
あなた無しでは何も手につかないって彼女は言ってるのよ
彼女ってほんと、あなたに恋してるの

I ain’t tellin’ tales
Anybody else could repeat the things that I’ve heard (heard)
She’s been talkin’ sweet and it’s on the street
How that girl’s been spreadin’ the word

あたしは話を盛ってるんじゃない
あたしが聞いたのと同じことを誰もが繰り返して言うわよ
彼女があなたのことを好きだって話してるし、噂にもなってるって
あの娘はあっちこっちでそう話してるのよ

Ah, you should hurry
You should let her know how you feel
Ah, now don’t you worry
If you’re scared her love is for real

あー、急がなくちゃ駄目
あなたの気持ちを彼女に伝えなきゃね
あー、おじけづいてちゃ駄目
彼女の気持ちが本物かどうか心配ならね

You should hear how she talks about you
You should hear what she said
She says she would be lost without you
She’s half out of her head (out of her head)
You should hear how she talks about you
She is really in love (she is really in love)

彼女があなたのことをなんて話してるのか耳を傾けてみなさいよ
彼女が何て言ったのかを知らなきゃ駄目なの
あなた無しでは何も手につかないって彼女は言ってるのよ
彼女ってあなたに夢中なの
彼女があなたのことをなんて話してるのか耳を傾けてみなさいよ
彼女ってほんと、あなたに恋してるの

Ah, you should hurry
You should let her know how you feel
Ah, now don’t you worry
If you’re scared her love is for real

あー、急がなくちゃ駄目
あなたの気持ちを彼女に伝えなきゃね
あー、おじけづいてちゃ駄目
彼女の気持ちが本物かどうか心配ならね

You should hear how she talks about you
You should hear what she said
She says she would be lost without you
She’s half out of her head (Out of her head)
You should hear how she talks about you
She just can’t get enough
She says she would be lost without you
She is really in love (She is really in love)

彼女があなたのことをなんて話してるのか耳を傾けてみなさいよ
彼女が何て言ったのかを知らなきゃ駄目なの
あなた無しでは何も手につかないって彼女は言ってるのよ
彼女ってあなたに夢中なの
彼女があなたのことをなんて話してるのか耳を傾けてみなさいよ
彼女は満足できてないの
あなた無しでは何も手につかないって彼女は言ってるのよ
彼女ってほんと、あなたに恋してるの

Talk, talk, talk
Talk, talk, talk
Talk, talk, talk, talk, talk
Can’t you see? (can’t you see?)
It’s me! (ooh!)
(What she said, what she said, ah)

話すの、話すの、話すのよ
話すの、話すの、話すのよ
話して、話して、話して、話して、話してよ
まだ分からないの?
あたしによ!

*この後、You should hear how she talks about you で始まる同じフレーズのコーラスが続いて曲は終わります。

You Should Hear How She Talks About You Lyrics as written by Dean Pitchford, Tom Snow
Lyrics © Arista Records LLC

【解説】
ベースの弾ける音色で始まるイントロが印象的なこの曲、タイトルも長いですが、歌詞も結構長いですよね。こういうのを英語ではredundant(クドい)と言います。覚えておいて損のない単語ですよ(笑)。では、そのクドい歌詞をさらっと見ていきましょう。この曲の歌詞はシンプルで分かり易く、韻もうまく踏んでいますが、自身もシンガーソングライターであるMelissa Manchester の手によるものではなく、Dean Pitchford とTom Snow というソングライターの有名コンビが書いたものです。

第1節に難解な部分は無く、和訳のとおり。1行目のbreak the ice は直訳すれば「氷を砕く」ですが、日常会話では「話の口火を切る」といった意味で用いられます。3行目のWhatcha はWhat are you の口語ですね。第2節から第4節も特に解説の必要な個所は無いでしょう。She’s the one who’s calling your nameやShe’s half out of her head、She is really in love といったフレーズはShe is mad(crazy) about you の言い換えです。5節目のbe on the street は、噂になっているという意味で、どうやら彼女はあちらこちらで主人公の男のことが好きで好きでたまらないと言いふらして回っているようで(笑)、彼女が自分のことを好きであることに気付いていない男に対して、6節目で早く自分の思いを彼女に伝えろとせかしています。7節目から9節目も同じようなフレーズの繰り返しで冗長ですが、10節目に面白い仕掛けが待っています。Can’t you see? It’s me!がそれなんですが、皆さんもうお分かりですよね!第1節の始めから「彼女って素敵よね」と褒めちぎり、そのあとも熱く語られ続ける「主人公の男に気のある彼女」というのは、自分のことだったって訳なんです。洒落のきいたなかなかうまいオチじゃないですか!(笑)

あれっ?歌詞が長い割には、もう解説が終わってしまいました。「クドいけど、まあ分かり易い」それがYou Should Hear How She Talks About You という曲なのです(←強引なオチでスミマセン・汗)。

【第34回】The Way We Were / Barbra Streisand (1973)

今回でニューヨーク市出身の歌手紹介も最終回。本日ご登場いただく歌姫(と言うか、もうおばあさんですが・汗)は、ブルックリン育ちのBarbra Streisand(バーブラ・ストライサンド)です。日本の若い方々にはあまり馴染みのない名前かもしれませんが、アメリカでは歌唱力のある実力派シンガーとして超有名な大御所。アカデミー賞の主演女優賞を受賞した経験もある女優でもあります(僕自身はアカデミー賞なんて何の価値もないと思ってますが)。今日紹介するThe Way We Wereという曲も、1973年に公開された映画「追憶」でロバート・レッドフォードと共演した彼女が、映画の主題歌として歌った曲なんですよ(因みに映画の出来は凡庸で、この曲の歌詞は映画を見ていなくても理解可能なものですので、映画の内容については省略させていただきます・笑)。16歳で一人暮らしを始め、ひたすらニューヨークのショービジネスの世界での成功を目指した苦労人であるバーブラ、個性的な顔立ちをしていて決して美人ではないと思うのですが(大変失礼・汗)、私生活では結構、浮名を流しておられまして、リアム・ニーソンやジョン・ヴォイト、リチャード・ギアなどの錚々たる面々が彼女と交際していた相手の名として上がっている他、有名テニス・プレーヤーのアンドレイ・アガシとも付き合っていたそうですし、変わったところでは、テレビの有名ニュースキャスターであったピーター・ジェニングスや元カナダ首相のピエール・トルドーなんかとも恋愛関係にあったようです。

Barbra Streisand という名前、なかなか変わった名前ですけども、ほぼ本名です。わざわざ「ほぼ本名」と言ったのは、本名であるBarbara Joan Streisand のBarbara という名が嫌いだった彼女は、a を一文字はずしてBarbra と名乗っているからで、完全に別の名前にしなかったのは、この曲の歌詞のようにthe way I was でいたかったからのようです。Streisand という姓はもともとドイツのそれですが、作曲家ヨハン・シュトラウスのStrauss と同系統の姓であることからも分かるとおり彼女もユダヤ系アメリカ人であり、自ら「ユダヤ人としての血統をとても誇りに思う」と語っています。それを証明するかのように彼女は長年イスラエルに肩入れしてきましたが、2023年に始まったイスラエルによるガザ地区のパレスティナ人虐殺に対しては「My heart is broken for all the suffering of innocent civilians in Israel, Palestine, and Ukraine. Terrorism must not triumph」と述べているだけで、そのあと「We have to stand up for democracy and against the invasion of Ukraine by dictator Vladimir Putin. Congress needs to pass the aid package now so Ukraine can defend itself」とも発信しています。プーチンのロシアがやっていることを悪だと非難する一方で、ネタニヤフのイスラエルがやってることに対して立ち上がれとは言いません。他の多くの欧米人がそうであるように彼女もまた偽善者の典型であり、自らの矛盾に気付いていない、もしくは気付いていても知らぬ存ぜぬの態度でいるのは大変残念なことです。

(Hmm hmm)
Memories
Light the corners of my mind
Misty water-colored memories
Of the way we were

数々の想い出
があたしの心の隅々を照らすの
淡い水彩画のような想い出
ありのままのあたしたちのね

Scattered pictures
Of the smiles we left behind
Smiles we gave to one another
For the way we were

残された数々の写真には
あたしたちの笑顔が写ってる
あたしたちって互いに微笑んでたわよね
ありのままのあたしたちでいる為に

Can it be that
It was all so simple then?
Or has time re-written every line?
If we had the chance to do it all again
Tell me, would we?
Could we?

そんなことってあり得るかしら
あの頃はすべてが単純だったなんてことが?
それとも、時の流れがすべてを変えてしまったの?
もう一度最初からすべてやり直せる
って言ってくれない?
あたしたちならできるんじゃない?

Memories
May be beautiful and yet
What’s too painful to remember
We simply choose to forget

数々の想い出は
甘美なものなのかもしれないけど
思い出すのが辛い時には
忘れることを選んでしまうわよね

So it’s the laughter
We will remember
Whenever we remember
The way we were
The way we were
(Hmmmmm hmmmmm)

だから、笑みを溢すの
あたしたちは忘れないもの
思い出す時はいつでもそう
ありのままのあたしたちの姿を
ありのままのあたしたちの姿をね

The Way We Were Lyrics as written by Alan Bergman, Marilyn Bergman, Marvin Hamlisch
Lyrics © EMI April Music Inc. o/b/o Colgems-EMI Music Inc.

【解説】
Hmm hmm というバーブラのハミングとピアノの伴奏で始まるどこかもの悲しさの漂うイントロが非常に印象的なこの曲、歌詞は短くシンプルなものですが、なかなか味わい深いものになっていまして、決して忘れることのない想い出を心のどこかに抱えている人であれば、この曲の歌詞はそのメロディーラインと相まって心に突き刺さるものがあることでしょう。

1節目のMemories ですが、この単語にThe が付いていれば、映画の中に出てくる特定の想い出のことを指していることになりますが、この歌詞ではそうなっていません。冒頭で映画を見なくともこの曲の歌詞は理解可能と書いたのはこのことからです。ここでのMemoriesは、良いも悪いも含めた人が持つ様々な想い出、記憶といったものであると理解して差支えないかと思います。2行目のthe corners of my mindのthe corners から僕が得たのは「決して忘れることのできない想い出が保管されている心の中の場所」といったイメージで、Memories light the corners of my mind のフレーズからは、Memories がその場所で浮かび上がっている状態(光景)が目に浮かびました。3行目のMisty water-colored memories は、そのMemories がくっきりしたものではなく、ややぼやけていること(つまりは、かなり過去の想い出)を表しているのでしょう。water-colored は水彩で描かれたといった意味ですが、そもそも水彩画はぼやけた線しか描けないものであるのに、ここではさらにMisty という言葉を付け加えてそのぼやけ具合が強調されていますが、ここで重要なのは、既に線がぼやけたようなMemories であっても、その中のthe way we were が永遠に変わることはないということです。

第2節のScattered pictures からは、床やテーブルの上にばら撒かれた写真といったイメージが頭に浮かびますが、実際には、脳裏で走馬灯のように巡るスナップ写真のような過去の様々な情景といったものではないかと想像します。Smiles we gave to one another for the way we were は、二人が互いに誠実に生きていたということをSmiles で暗喩していて、そのことが第3節のCan it be that it was all so simple then?という言葉につながっているのだと僕は思いました。あの頃は誠実に生きることができていたのに、なぜできなくなったんだろう?時間のせい(様々な経験を通じて大人になったから)?という訳です。そして、主人公は相手(映画では離婚した夫役を演じているロバート・レッドフォード)に告げるのです。昔のように戻れないものかと。さて、その言葉に対するレッドフォードの答えは如何なるものだったのでしょうか?それは、映画を見てみてください(←映画は見なくてもいいと言ったじゃないかと責めないでくださいよぉー・笑)。第4節のWhat’s too painful to remember, We simply choose to forget の部分は、男女間の恋愛絡みの想い出に限って考えた場合、想い出を自ら忘れようとする行為には賛成できません。心は未来に生きるものであり、どんな悲しく辛い想い出であっても、月日が流れていけばやがて懐かしく思えるようになるというプーシキンの詩の方が断然、真理をついているのではないでしょうか。そのことはこの曲を作詞した人たちも良く分かっているようで、だからこそ第5節でSo it’s the laughter と言っているのではないかと思います。この曲を雨の日に雨音をバックに聴いたりなんかすると、非常にしんみりした気分になってしまいますが、とてもいい曲なので、聴いたことがない方は是非とも一度聴いてみてください。

【第35回】Eye of the Tiger / Survivor (1982)

今回は米国ビルボード社1982年の年間チャートで2位(週間チャートでは6週連続1位)に輝いたシカゴ出身のハードロックバンドSurvivor の大ヒット曲をカバーしましょう。ブリッジミュートしたエレキギターの弦から響く「ドコドコドコドコ…」というCの単音から「ジャッジャジャジャー」とパワーコードで一気に曲調がヒートアップする(こんな描写ではうまく伝わりませんね・汗)一度聴けば二度と忘れることはないイントロのこの曲、ボーカルDave Bickler の広域に渡るパンチのある声とも相まってプロレスやボクシングなどの格闘技の試合で入場行進曲として使われることも多いですが、それはこの曲がシルベスター・スタローン主演の映画「ロッキー3」の主題歌として作られたことと無縁ではありません。そんな背景を持つこのEye of the Tiger という曲、映画のことを知らずに聴いた場合「挫けることなくがんばれ」という歌い手のメッセージは感じ取れますが、細かい部分ではどうも何を言ってるのか良く分からないというのが正直なところではないでしょうか。曲のタイトルとなっているEye of the Tiger にしても、なぜTiger なのか?Wolf やLion じゃ駄目なのか?という疑問が沸き上がってきます(そんな疑問を持つのは僕だけだったらスミマセン・汗)。そこで、この曲が映画の主題歌として作られた以上、それらのヒントは必ず映画の中にある筈だと思って映画を見てみると、やはりありました!なので、先に映画のあらすじを簡単に紹介させていただきます。

前作のロッキー2で宿敵アポロを破ってチャンプとなったロッキーは、その後、10度の防衛を果たしますが、それらの防衛は弱い相手を選んでばかりの対戦で得た結果であり、世界ランク1位にのし上がってきた新たな挑戦者クラバーの「おまえは弱い相手と戦うだけで強い相手からは逃げている、強い俺と戦え」という挑発を受けて遂に強敵とタイトル戦を組むことになります。ロッキーのトレーナーである親友のミッキーは「クラバーの言ってることは正しい。奴と試合をすればお前は負ける」と試合を止めさせようとするのですが、ロッキーは聞く耳を持たず、彼を待ち受けていた運命は、その言葉どおりリング上でクラバーに叩きのめされ、ミッキーも試合中に心臓発作で亡くなるという最悪のものでした。タイトルも親友も同時に失って絶望するロッキー。その前に現れたのはかつての宿敵アポロで、彼は「Now, when fought, you had that eye of the tiger, And now you gotta get it back, and the way to get it back is to go back to the beginning(俺たちが戦った時、おまえは虎みたいな目をしてた。おまえはあの目を取り戻さないといけねえ、その為には初心に戻ることだ」と言い放ち、そればかりか、ロッキーのトレーナーを買って出て負け犬を再び徹底的に鍛え上げ、二人はクラバーと再戦。その結果、見事に勝利するという、クサイというかハチャメチャな内容のストーリーです(作品自体の優劣やスタローンの演技についてはノーコメント・笑)。つまり、この曲のタイトルはかつての宿敵アポロの台詞にあったという訳です。この映画の中に出てくるeye of the tigerという言葉は、ハングリー精神の言い換えであるとも言えますね。バンドのリーダーであり、この歌詞を書いたJim Peterik (ジム・ピータリック)に対して新聞社が行ったインタビューによると、スタローンから主題歌の作詞作曲の依頼を受けたジムが、曲作りの参考の為にスタローンからもらった映画の台本の中にアポロの台詞を見つけ、気に入って曲のタイトルにしたとのこと。因みにスタローンは最初、Queen のAnother One Bites the Dust を映画の主題歌として使いたかったようですが、Queen に断られたみたいです。Queen が了承していればこの曲は生まれなかったし、デビューしたものの実力の割にはずっと鳴かず飛ばずであったSurvivor もsurvive できずに解散の憂き目に遭っていたのではと思うと、人の運命というのはほんと不思議なものだと言わざるを得ません。

Risin’ up, back on the street
Did my time, took my chances
Went the distance, now I’m back on my feet
Just a man and his will to survive

立ち上がれ、あのリングへ戻るんだ
時間をかけて、チャンスを掴んだあのリングへ
遠回りはしたけど、俺は立ち直ったんだ
諦めない気持ちを持ち続ける一人の男として

So many times it happens too fast
You trade your passion for glory
Don’t lose your grip on the dreams of the past
You must fight just to keep them alive

いつだってほんの一瞬のことなんだ
情熱を栄光と引き換える時ってのはね
かつての夢を追うことを忘れちゃいけないんだ
夢をかなえる為には戦わないといけないのさ

It’s the eye of the tiger, it’s the thrill of the fight
Risin’ up to the challenge of our rival
And the last known survivor stalks his prey in the night
And he’s watching us all with the eye of the tiger

そうさ、虎のような目になって、それが戦いのスリルなんだ
ライバルからの挑戦に立ち向かうのさ
最後まで生き残った奴は暗闇で獲物に忍び寄るように
俺たちのことを見てるんだ、虎みたいな目で

Face to face, out in the heat
Hangin’ tough, stayin’ hungry
They stack the odds still we take to the street
For the kill with the skill to survive

熱いリングで、面と向き合ってさ
屈することなく、ハングリーであり続ける
奴らは汚い真似もするけど、それでも俺たちはリングに向かうのさ
奴を仕留めて生き残る為に

It’s the eye of the tiger, it’s the thrill of the fight
Risin’ up to the challenge of our rival
And the last known survivor stalks his prey in the night
And he’s watching us all with the eye of the tiger

そうさ、虎のような目になって、それが戦いのスリルなんだ
ライバルからの挑戦に立ち向かうのさ
最後まで生き残った奴は暗闇で獲物に忍び寄るように
俺たちのことを見てるんだ、虎みたいな目で

Risin’ up, straight to the top
Had the guts, got the glory
Went the distance, now I’m not gonna stop
Just a man and his will to survive

立ち上がるんだ、頂点へ向かってまっしぐらにさ
根性も身についたし、栄光も手に入れた
遠回りはしたけど、俺はもう止まりはしないさ
諦めない気持ちを持ち続ける一人の男として

*この後は3節目と5節目と同一のコーラスが入り、続いてアウトロでThe eye of the tiger を連呼して曲は終わります。

Eye of the Tiger Lyrics as written by Frank Sullivan, Jim Peterik
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC, Warner Chappell Music, Inc.

【解説】
この曲の歌詞は一見シンプルに思えますが、ところがどっこい、日本語に置き換えるとなると相当にやっかいな相手で、歌詞の内容が難解という訳ではないのですが、なかなかうまい具合に日本語がはまりませんでした。そこで、ロッキー3という映画の主題歌としての日本語訳という点を優先させて、なんとか上記のようにまとめてみましたので一読してみてください。

先ず第1節目ですが、ここが一番悩みました。back on the street(ムショから釈放される)やdo my time (do time なら、服役するの意味になります)、go the distance(ムショ送りになる)といったように、スラングとして使った場合、刑務所と関連する意味になるワードが並んでいるので、刑務所から出所した男が人生をやり直す為の決意をしている情景のように思えてしまいますが、この曲の歌詞ではそれらのことは無視していいと思います。なぜなら、この歌詞の主人公はloser であってもprisoner ではないからで、ロッキーを1、2まで遡って見てみても、主人公のロッキーは借金の取り立て屋のようなヤクザな仕事をしているもののムショ上がりであるという描写はどこにも出てこないし、僕にはback on the street のthe street が、ロッキーが初心(通りでヤクザな仕事に就いていてもハングリー精神を持っていた頃)に立ち返って戻るべき場所、即ちボクシングのリングと言っているようにしか聞こえなかったからです。なので、第1節は敢えてこのように訳しました。2節目のSo many times it happens too fast とYou trade your passion for glory も、日本語にすれば、こんな感じかなと思うのですが、具体的に何を指しているのかはいまいち僕には良く分かりません。恐らく、ボクシングのリング上では、重ねてきた努力はもちろん、過去の屈辱でさえも一発のパンチで一瞬にして栄光に変わるのだということを表しているのではないかと個人的には考えています。

第3節ではコーラスに入りますが、It’s the eye of the tiger のtiger がwolf でもlion でもないのは前述のとおり。eyes ではなくthe eye になっているのは、身体的な特徴としての目ではなく、目つきや眼差しといった目の表情の意味で使われているからです。3行目のthe last known survivor は映画に当てはめればクラバー、4行目のus はロッキーとミッキー(もしくはアポロ)のことでしょう。クラバーの方がハングリー精神に満ち溢れている(虎みたいな目をしている)ことを暗喩しているのではないかと思います。4節目のstack the odds もいまいちよく分からない部分ですが、stack the cards と同じ意味で使っていると考えてこう訳しました。5節目は3節目と全く同じコーラスの繰り返し。6節目は特に難しい表現はなく、7節目も同じコーラスを繰り返し、最後のアウトロでThe eye of the tiger を連呼して曲は終わります。

それでは最後に、Survivor というバンド名に関するエピソードをひとつ。Survivor 結成時のドラマーGary Smith とベースのDennis Keith Johnson はもともとビル・チェイスというジャズ奏者が率いるChase というバンドのメンバーで、二人と知り合いだったジム・ピータリックは1974年にミネソタ州ジャクソンで開催予定だったChase のコンサートにゲスト出演することになり、ビルと共に飛行機でジャクソンへ向かうはずでした。ところが、ジムは飛行機に乗り遅れたか何かで同乗できず、逆にそのことで九死に一生を得ることになりました。なぜなら、ビル・チェイスを乗せて飛び立った飛行機が墜落し、彼は帰らぬ人となったからです。この経験からジム・ピータリックは自らをsurvivor と認識するようになり、後に結成したバンド名をSurvivor にしたと伝えられています。この曲の歌詞にもsurvive やsurvivor という言葉がちりばめられていることからすると、恐らく、これらの言葉はジムのお気に入りなのでしょう(←あくまでも想像です)。

【第36回】Livin’ on a Prayer / Bon Jovi (1986)

今回も前回のEye of the Tiger 同様、パンチのあるイントロが特徴的な曲をご紹介。1987年の米国ビルボード社年間チャート10位に食い込んだBon Jovi(ボン・ジョヴィ)の名曲Livin’ on a Prayer です(この名曲が87年の10位で、その年の1位に輝いたのがThe Bangles のWalk Like An Egyptian だったってのはどう考えても納得がいきませんが・笑)。シンセサイザーが奏でる荘厳な響きに続き、打ち鳴らされるドラムの音と共に「ウワウワウフッフフ、ウワウワウフッフフ・・・」というなんか変な人間の声みたいな音が聞こえ始める特徴的なイントロ。この変な声はトーキング・モジュレーター(ビニールのチューブを口にくわえて口内の振動を電子音に変える機械)という装置を使って作られている音で、エアロスミスの名曲スイート・エモーションなどでも同じものを使って音作りが行われていますが、ボン・ジョヴィの使い方の方が断然面白いですね。ハードロック調のメロディーラインとは対照的に歌詞の方はというと、ストのせいで仕事の無いトミーと彼の代わりに食堂で懸命に働くジーナという若い二人が、貧困の中で夢を追いつつ生きるが現実は厳しいというシビアな内容で、後にジョン・ボン・ジョヴィ(本名の姓はBongiovi でイタリア系の姓です)はテレビ番組の対談で、この曲の歌詞は当時のアメリカ大統領であったレーガンが始めた金持ちと大企業優遇政策(金持ちと大企業が潤えば、その金は滴る水のように貧困層にも巡っていくと主張してましたが、結局は貧富の差が拡大しただけでした)に対する批判だったと語っています(日本国にも、なんとかミクスとか訳の分からない名を付けて同じようなことをやって自画自賛していたアホな奴がいましたね)。ロックスターとなる前の貧しかったジョンは正しかった訳ですが、この曲が大ヒットし、今では億万長者になって金持ちの側に彼がいるというのはなんとも皮肉な話です。

Once upon a time, not so long ago
昔、いや、それほど前のことじゃない

Tommy used to work on the docks
Union’s been on strike, he’s down on his luck
It’s tough
So tough
Gina works the diner all day
Workin’ for her man, she brings home her pay
For love
Mm, for love

トミーは港のドックで働いてたんだけど
組合がストを打ったもんだから、ツキが無くてへこんでたね
きつい話さ
ほんと、きついよ
だからジーナは一日中ダイナーで働いたんだ
彼氏の為に働いたのさ、彼女が稼ぎを持って帰るのは
愛の為
そう、愛の為にね

She says, "We’ve gotta hold on to what we’ve got
It doesn’t make a difference if we make it or not
We’ve got each other and that’s a lot for love
We’ll give it a shot"

彼女は言ったね「夢を諦めちゃだめ
うまくいくかどうかは重要じゃない
あたしたちには互いがいる、愛にはそれで充分
だからやってみましょうよ」ってね

Woah, we’re halfway there
Woah-oh, livin’ on a prayer
Take my hand, we’ll make it, I swear
Woah-oh, livin’ on a prayer

道はまだ半ばさ
だから、祈るような気持ちで生きてる
手を携えよう、うまくいくって誓うよ
希望を糧に生きてるんだから

Tommy’s got his six-string in hock
Now he’s holdin’ in, when he used to make it talk
So tough
Ooh, it’s tough
Gina dreams of runnin’ away
When she cries in the night, Tommy whispers
"Baby, it’s okay
Someday"

トミーは6弦のギターを質に入れちまった
よくかき鳴らしてたギターを今は我慢してるなんて
きつい話さ
ほんと、きついよ
だから、ジーナは逃げだす夢を見るようになってさ
真夜中に泣き出すんだけど、そんな時トミーは囁くんだ
「ベイビー、大丈夫さ
きっといつか」って

We’ve gotta hold on to what we’ve got
It doesn’t make a difference if we make it or not
We’ve got each other and that’s a lot for love
We’ll give it a shot

夢を諦めちゃだめ
うまくいくかどうかは重要じゃない
あたしたちには互いがいる、愛にはそれで充分
だからやってみましょうよ
Woah, we’re halfway there
Woah-oh, livin’ on a prayer
Take my hand, we’ll make it I swear
Woah-oh, livin’ on a prayer, livin’ on a prayer

道はまだ半ばさ
だから、祈るような気持ちで生きてる
手を携えよう、うまくいくって誓うよ
希望を糧に生きてるんだから、希望を糧にね

Ooh, we gotta hold on, ready or not
You live for the fight when that’s all that you’ve got

諦めちゃだめ、心の準備ができてなくても
夢しかないんだから、それに向かって挫けず生きるの

Woah, we’re halfway there
Woah-oh, livin’ on a prayer
Take my hand and we’ll make it, I swear
Woah-oh, livin’ on a prayer

道はまだ半ばさ
だから、祈るような気持ちで生きてる
手を携えよう、うまくいくって誓うよ
希望を糧に生きてるんだから

*この後は同じフレーズのコーラスを2回繰り返してフェードアウトです。

Livin’ on a Prayer Lyrics as written by Desmond Child, Jon Bon Jovi, Richard S.Sambora
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC, Universal Music Publishing Group

【解説】
イントロの終りにOnce upon a time, not so long ago というアナウンスのようなメッセージが入り、そのあと第1節が始まりますが、特に難しい部分はありません。2行目のstrike はILA(国際港湾労働者協会)とCONSA(北大西洋海運協会)が1977年10月に東海岸の主要港で起こした44日間という長期に渡るストがモデルになっていると思われます(当時、ジョン・ボン・ジョヴィは15歳)。5行目のdiner というのは、列車の食堂車を模した長方形型のアメリカ特有のレストランの形態で、提供される食事は主にハンバーガーやオムレツ、パンケーキといった軽食です。どんな形状の建物を使っていようが店がダイナーと名乗っていればダイナー、レストランと名乗っていればそれはレストランです。区分けの明確な基準はありません。日本の英和辞書ではしばしば簡易食堂、軽食堂という訳語で紹介されていますが、アメリカでは内装が豪華&お洒落なダイナーも存在しますので、必ずしも簡易という訳ではないですね。

2節目のWe’ve gotta hold on to what we’ve got は直訳すれば「今自分たちにあるものにしがみついていないといけない」もしくは「今自分たちにあるものを手離してはいけない」ですが、what we’ve got はトミーとジーナが今持っているもの、つまり夢であると考えます。なので、gotta hold on to も「しがみついていないと」ではなく「諦めちゃいけない」と訳した方がしっくりとくるのでこの訳にしました。4行目のWe’ll give it a shot は、何か新しいことに挑戦する時に「やってみよう」という感じでよく使われるフレーズです。この曲の歌詞では、トミーの夢、つまりは二人の夢に向かって挑戦してみようということなのでしょう。第3節のコーラスは、2節目のジーナの言葉に対するトミーの返事です。ここも内容的に難解な部分はありません。そんな二人がちょっと深刻な事態に陥り始めていることを匂わせているのが4節目。Get in hockは質に入れるという意味で、何を質に入れたのかというとsix-string、つまりギターです。2行目でNow he’s holdin’ in, when he used to make it talk と言っていることから、そのギターはトミーに大切なものであったのに、生活の為に質に入れたことと、彼の夢がミュージシャンとして成功することであろうことが窺えます。そんな状況から逃げ出したくなったジーナは真夜中に泣き出しますが、トミーはBaby, it’s okay と言って彼女を慰めます。Someday の後は省かれてますが、後に続く言葉は勿論We are gonna make it でしょう。この後のプリコーラスとコーラスは前述と同じフレーズ。続いてギターのソロが入り、直後のブリッジだけ違うフレーズが出てきます。ready or not は「準備ができてなくても」という意味ですが、ここでの準備は、夢に破れた時の心の準備なのではないかと思います。それに続くYou live for the fight when that’s all that you’ve got はジーナの言葉であり、that’s all that you’ve got はトミーの夢であるとしか考えられませんので、このように訳しています。どうやらジーナは開き直って逞しく生きようと決心し、逆にトミーを励ましているようですね。めでたし、めでたし!と、あっという間に解説が終わってしまいましたが、ボン・ジョヴィの名曲Livin’ on a Prayer、如何だったでしょうか?

因みにこの曲に出てくるジーナは、ジョンと共同で作詞を担当したDesmond Child が、アーティストとして食えずにニューヨークでタクシーの運転手をしていた時代に同棲していた彼女(後に歌手デビューするMaria Vidal です)がモデルになっていて、実際にジーナというニックネームで呼ばれていた彼女は当時、ニューヨークの「Once Upon A Stove」という名のダイナーで働いていたそう。トミーの方は、学生野球で活躍しメジャーリーガーを目指していたものの、恋人が妊娠した為に夢を諦め、生活費を手にする為に工場勤めを始めたというジョンの友人がモデルだとされています。

【第37 回】Part-Time Lover / Stevie Wonder (1985)

僕が良く聴く黒人歌手の音楽と言えばジェームス・ブラウンくらいなのですが、今日はスティービー・ワンダーのPart-Time Lover という曲を紹介してみることにしました。アルバイトのことを英語ではpart-time job と言いますが、小難しい日本語に直すと非正規雇用ですね。なので、Part-Time Lover は非正規の恋人、つまり、愛人や浮気相手、不倫相手ということになります。Part-Time Lover という言葉を聞くと、スティービー・ワンダーの名前が直ぐに頭に浮かぶ人は多いかと思いますが、実のところ、エルトン・ジョンが1978年にPart-Time Love という曲を既にリリースしていますので、スティービーの専売特許という訳ではありません。スティーヴィー・ワンダーは未熟児として生まれた為、生後すぐに保育器の中に入れられたそうで、その時の機器の不調が引き起こした酸素の供給過多によって未熟児網膜症となり視力を失ったというのが長らく伝えられてきた公式見解なのですが(未熟児だった彼も今では185cmと結構デカいです)、一方では「スティーヴィーに塗り絵をプレゼントしたら凄く喜んでくれた」みたいな酷いブラックジョークもあったりするくらいに、ある程度見えてるのではないかという噂も絶えません。とは言え、聾と偽っていただけでなく、創作にゴーストライターも多用していた日本の某作曲家とは違い、スティーヴィーが全盲であろうがなかろうが、彼の作品の価値が不変であることは確かです。Part-Time Lover が米国ビルボード社の年間ヒットチャートで22位に食い込んだのは1985年のこと。ここで注意が必要なのは、第5回でも触れたとおり、その頃というのはアメリカでもまだ携帯電話が普及していない固定電話オンリーの時代であったということです。そのことを思い出しながら、先ずは歌詞を一読してみてください。

Call up, ring once, hang up the phone
To let me know you made it home
Don’t want nothing to be wrong with part-time lover
If she’s with me, I’ll blink the lights
To let you know tonight’s the night
For me and you, my part-time lover

電話をかけ、ベルを一度鳴らしたら切る
君が家に帰ったことをそうやって知らせてくれ
浮気相手には悪者になって欲しくないから
彼女が傍にいる時は、部屋の電灯を点滅させる
今夜が二人の夜になるかどうかをそうやって知らせるよ
僕と君とのね、愛しの君との

We are undercover passion on the run
Chasing love up against the sun
We are strangers by day, lovers by night
Knowing it’s so wrong, but feeling so right

僕たちは逃げるようにしてこっそり情熱を育んでる
太陽に逆らって愛を育んでる
昼間の君が赤の他人でも、夜になれば恋人だなんて
悪いことだと分かってはいても、いいんじゃないかって感じちまう

If I’m with friends and we should meet
Just pass me by, don’t even speak
Know the word’s "discreet" with part-time lovers
But if there’s some emergency
Have a male friend to ask for me
So then she won’t peek it’s really you my part-time lover

友達といる僕を君が見かけたとしても
知らんふりしてくれ、話しかけることさえしちゃいけないよ
不倫相手ってのは慎み深さが必要なんだ
何だかやばそうみたいな時は
男友達を使って知らせてくれ
そうすれば、彼女も君が僕の不倫相手かどうかなんて詮索しないさ

We are undercover passion on the run
Chasing love up against the sun
We are strangers by day, lovers by night
Knowing it’s so wrong, but feeling so right

僕たちは逃げるようにしてこっそり情熱を育んでる
太陽に逆らって愛を育んでる
昼間の君が赤の他人でも、夜になれば恋人だなんて
悪いことだと分かってはいても、いいんじゃないかって感じちまう

I’ve got something that I must tell
Last night someone rang our doorbell
And it was not you, my part-time lover
And then a man called our exchange
But didn’t want to leave his name
I guess that two can play the game
Of part-time lovers
You and me, part-time lovers
But, she and he, part-time lovers

ちょっと君に知らせておかなくっちゃいけないことがあるんだ
昨晩、僕の家の呼鈴を鳴らした奴がいたんだけどさ
君じゃなかった、僕の浮気相手じゃなかったんだ
その後、知らない男がうちに電話してきたんだけど
名前を名乗るのも嫌がったんだ
だから僕はピンときたね。僕だけじゃないんだ
不倫ができるのはって
君と僕とは不倫中
でも、彼女と奴も不倫中なのさ

*この後は、タッタッタッタタタッタナナナと延々スキャットが続いてフェードアウトします。

Part-Time Lover Lyrics as written by Stevie Wonder
Lyrics © Jobete Music Co.Inc, Black Bull Music Inc

【解説】
軽快なリズムのイントロと「タッタッタッタタタッタナナナ」というどこか能天気な声のスキャットで始まるこの曲、実際に聴いてみると、歌い方がもろ黒人のそれなので、慣れないとちょっと聞き取り辛くて何を言ってるのか良く分かりませんが(汗)、何回も聴き直していると、意外と恐い曲であることがわかってきます。そうなんです。スティーヴィーの曲としては珍しいですが、Part-Time Lover は男女の不倫について歌っているちょっとヤバい曲なのです。それでは、どんな風にヤバい歌詞なのかを見ていきましょう。

先ず第1節。1行目に出てくる電話機は前述のとおり、携帯電話ではなく家庭にある固定電話です。携帯だとこっそり隠れて電話を受けることもできるし、メッセージを入れておいてもらうこともできますので、今の時代には決して生まれてくることのない歌詞ですね。3行目は主語のI が省略されていると考えればすぐに理解できます。戸惑うのは4行目と5行目で、これを1セットのフレーズとして考えてしまうと「僕が彼女と一緒にいる時は、ライトを点灯させて今晩が二人の夜だと君に知らせる」となって「えっ、ちょっと待って、彼は彼女と一緒にいるんだから、浮気相手の女は彼と会えないんじゃないの?なのに二人の夜って?」と訳が分からなくなるのですが、それぞれ独立した文が2行区切りになっていると理解し、5行目の文にif を補ってTo let you know if tonight’s the night とすれば謎が解けます。なので、第1節を聞いて僕の頭に浮かんだのはこんな情景でした。男から電話のワン切りを指示されている浮気相手の女は、男が同棲中の彼女(もしくは妻。彼女という言葉を使うと二人いてややこしくなるので以後は妻とします)と暮らすアパートメントの部屋が見えるごく近所に恐らく住んでいるのでしょう。つまり、男の家にワン切りの電話がかかってきた時は、浮気相手の女が帰宅して、自室の窓から男の部屋の窓を見て返事を待っている状況です。そこで、男は家に妻がいる時は部屋の電灯を点滅させて危険を知らせ、点滅しない時は部屋に来てくれという合図を送る訳です。第5節でLast night someone rang our doorbell and it was not you と出てくることからそういう流れであると推測しました。この電話と電灯を使ったやり取りを怠ると、妻と浮気相手が部屋でかち合うことになりDon’t want nothing to be wrong with part-time lover が現実になってしまうという訳です。「あんた誰なのよ!この泥棒ネコ!(そして取っ組み合い)」っていうメロドラマによく出てくるパターンですね(笑)。

2節目の1行目もちょっと難解です。2行目のsun と韻を踏む為にこういう言い回しにしたのだと思いますが、要は不倫のスリルを表現しているのでしょう。2行目も、不倫がこっそりと密かに行う陽の当らない恋(3行目にあるとおり、この歌詞の二人の場合は夜にしか会わない恋)だから、against the sunという言葉を使っていると考えれば納得。4行目も同じく不倫のスリルです。第3節は特に難解な部分はありませんが、男の身勝手な言葉が並んでいるので「スティービーってそんな人なの?」と、ちょっと引きますって言うか、ドン引きですね(スティービーは3回結婚をしていて、結婚しなかった女性も含めて5人の女性との間に9人の子供がいるらしいです)。4行目のemergency は、具体的には「あー、浮気がばれそう」ってな緊急事態のことだと想像しました。6行目のpeek はこっそり覗くといった意味で使われる動詞です。4節目は2節目と同じフレーズの繰り返し。そして、いよいよ問題の5節目です。英語として難解な部分は特にありませんが、3行目のexchange はアメリカの電話番号の市外局番の後に続く3桁の数字のことで、そこの電話回線がどこの電話局の交換機につながっているのかを示す数字のことですが、ここでは単に電話番号という意味で使っているのではないかと思います。わざわざexchange なんていう単語を選んだのは、その後のname とgame と同様に綴りをe で終わらせたかったからなのかもですね。良くはわかりませんが(涙)。

さてさて、皆さんは第5節の歌詞をどう受け止めましたか?自分では浮気をこっそりうまくやってると思っていたら、妻も同じことをしていてダブル不倫だった!だなんて結末、スリルじゃなくってホラーですよね!なのに、曲のエンドもまたまた「タッタッタッタタタッタナナナ」と能天気なスキットでフェードアウトするってのが、この曲の面白いところです(笑)。

【第38回】On the Beach / Chris Rea (1986)

今日は大人の雰囲気が漂うしっとりとした曲を紹介します。Chris Rea(クリス・レア)のOn the Beachという曲で「誰それ?そんな曲、聞いたことない」ってな方も多いかもしれませんが、日本では昔、車のCMでこの曲が使われたことがあり、その際に日本でもクリス・レアの人気が一時だけ高まりました。クリスは英国の北東部、北海に近いMiddlesbrough(ミドルズブラ)という歴史の浅い田舎町生まれのイギリス人で(と言っても、父親はイタリア人、母親はアイルランド系ですが)、本国ではとても人気のある有名人。とは言え、この車のCMでクリスが起用されたのは、曲調が車のイメージに合っていたみたいな理由ではなく、彼が大の車好きとしても有名だったたからで(英国BBC の有名な名車紹介番組『Top Gear』にも何度か出演してましたね)、ブラジル出身のF1ドライバー、アイルトン・セナが1994年5月、イタリアのイモラ・サーキットで開催されたレース中に事故死した際には、ポルトガル語を母国語とする彼の為に「サウダージ」という曲を作って捧げ追悼したくらいのレース好きとしても知られています。このOn the Beach という曲、リリースした1986年にはほとんど注目されなかったものの、2年後に出したアルバムに再集録したらチャートの上位に食い込んだという変わったエピソードがありますが、それだけでなく曲の出だしもかなり変わっていて、タイトルを思い起こさせるかのように自然の波音がイントロに挿入されています。僕の知る限りではこういった自然の音をイントロに使っているというのは他に類を見ませんね。波音に続くちょっぴりボサノバ風のエレキギターの音色も印象的で、最後まで続くどこかメランコリックなメロディーラインは、ギンギンの太陽に照らされた真夏のビーチではなく、シーズンが終わって誰もいなくなった頃の寂しいビーチの方が似合う。そんな素敵な1曲です。

Between the eyes of love I call your name
Behind the guarded walls I used to go
Upon a summer wind there’s a certain melody
Takes me back to the place that I know
On the beach
On the beach, yeah

愛し合う眼差しの狭間で僕は君の名を呼ぶ
僕がよく行った高い塀の前でね
夏の風が吹くといつものメロディーが流れてきて
僕を想い出の場所へ連れ戻すんだ
あのビーチへね
そう、あのビーチさ

The secrets of the summer I will keep
The sands of time will blow a mystery
No-one but you and I
Underneath that moonlit sky
Take me back to the place that I know
On the beach, yeah, yeah
On the beach
On the beach
On the beach

あの夏の秘密は守り続けるよ
なぜ愛し合ったのかは、いつか時が忘れさせるだろうけど
誰もいない中、僕と君だけが
月明りの浮かぶ空の下で経験したことが
僕を想い出の場所へ連れ戻すんだ
あのビーチへね
そう、あのビーチさ

Forever in my dreams my heart will be
Hanging on to this sweet memory
A day of strange desire
And a night that burned like fire
Take me back to the place that I know
On the beach, yeah
On the beach
On the beach

夢の中で僕の心はいつまでも
この甘い想い出にしがみ続けるだろうね
なぜだか燃え上がったあの日のこと
焔のように燃えたあの夜のことが
僕を想い出の場所へ連れ戻すんだ
あのビーチへね
そう、あのビーチさ

On the Beach Lyrics as written by Christopher Anton Rea
Lyrics © TuneCore Inc., BMG Rights Management, Sony/ATV Music Publishing LLC, Warner Chappell
Music, Inc.

【解説】
この曲の英文の歌詞、読んでいただいて分かるとおり、出てくる単語も文法もほとんどが中学校で習うレベルのものばかり。ですが、いざ日本語に置き直すとなるとそれなりの技術が必要で、恐らく中学生では歯が立たない歌詞ではないかと思われます。あとひとつ付け加えておくならば、曲を聴いていただけば分かりますが、このChris Reaという歌手は冠詞のaをアイと発音して歌うので、ちょっと聞き取りにくい部分がありますね。では、第1節から詳しく見ていきましょう。2行目のthe guarded walls は、僕の中のイメージでは、誰も近付けないようにする為に大豪邸などをぐるりと囲んでいる高い塀みたいなもので、1、2行目から僕に伝わって来たのは、嘗てはその豪邸にこっそりと招き入れられていたのに、今は入ることができなくなった男が、塀の前で彼女の名をただ呼ぶだけという情景でした。但し、実際にそういったシチュエーションがあったのかどうかは分かりません。越えてはいけない一線(the guarded walls)を越えて嘗ては愛し合ってしまったけれど、今はその恋も終り(もしくは、何らかの事情で会えなくなり)ただ彼女の名を口にして懐かしんでいるという感じの心理状況を暗喩している可能性もあります。いずれにせよ、最初の2行から感じたのは、二人の恋がリスクを伴うもの(不倫、身分違いの恋、周囲に知られてはならない恋など)であったのではないかということです。第2節の1行目でThe secrets of the summer I will keep と言ってるのはその為だと考えれば辻褄が合いますね。そして男は、夏が来て風に吹かれる度に、彼女のことを思い出し、彼女との恋の舞台となった想い出のビーチへ心が飛んでしまうのです。a certain melody は、彼女と時を過ごしていた時に流れていた実際の音楽、曲のメロディーというより、彼女の姿や彼女との想い出と考えた方が良いかもしれません。

第2節の2行目、ここも相当に難解です。The sands of time は、砂時計が刻む時のことで、a mystery は、恋の不思議さ、つまり「どうしてあの人と恋に落ちちゃったんだろう?分からない…」みたいに、理性や理論で考えても見つからない答であると理解し、このように訳しました。砂時計が止まる頃には(つまり、時が経てば)そんな恋の不思議さも忘れてしまっているだろうってことです。3行目のNo-one には、間にハイフンが入ってますが、これはイギリス英語の綴りにしばしば見受けられる特徴で意味はありません。No one と同じです。いつかは忘れ去ることになる想い出であっても、月の光の下、ビーチで愛し合った時のことを思い出すと、心がビーチに向かう。そんな思いを歌っているのが2節目です。3節目も同じく、女のことを忘れようとしても忘れられない男の未練が吐露されています。Forever in my dreams my heart will be hanging on to this sweet memory は、まさしくその気持ちですね。3行目のstrange desire も難解ですが、2節目と同じく「どうしてあの人と恋に落ちちゃったんだろう」という普段の自分であればあり得ないようなおかしな気持ち、理性や理論では説明できないおかしな気持ち、と僕は理解しました。この歌詞に出てくる男、こんな調子じゃあ、この先もずっと毎年ビーチに来ては彼女との想い出に浸ってそうですね(笑)。

On the Beach、如何でしたか?タイトルの割には夏が似合わない曲。それがクリス・レアのOn the Beachです(笑)。因みに、クリスへのインタビュー記事によると、この曲のモデルとなったビーチは、地中海に浮かぶスペインのバレアレス諸島に属するフォルメンテーラ島にあるビーチだそうです。バレアレス諸島と言えば、ショパンがジョルジュ・サンドと時を過ごしたマヨルカ島もその中のひとつなんですが、この二人の恋も禁断の恋でした。ひょっとすると、この曲にはそんな歴史的大恋愛にインスパイアーされた部分があるのかも知れませんね(←あくまでも勝手な想像です・汗)。

【第39回】Poor Poor Pitiful Me / Linda Ronstadt (1977)

今回ご紹介する曲は、1974年にアルバムからシングルカットしてリリースしたYou’re No Good で全米1位になったことを皮切りに次々とヒットをを飛ばし、その愛らしいルックスと歌の上手さも手伝って「西海岸の歌姫」の称号を獲得したLinda Ronstadt(リンダ・ロンシュタット)のPoor Poor Pitiful Me です。歌姫と言っても、バーブラ・ストライサンド同様、今ではいい歳のおばあさんで、2011年には持病(パーキンソン病のようです)の悪化が原因で歌手業から引退したことを発表していますから、リンダの可愛らしい姿しか知らない僕たちおっさん世代にとっては隔世の感ってやつです。余談ですが、リンダ・ロンシュタットが西海岸を代表する歌手であることは確かですが、生まれはアリゾナ州のツーソンで、19歳だった1965年に歌手目指してロサンゼルスに移住するまで彼女はそこに住んでいましたので(1978年には商業主義に冒された西海岸に嫌気がさしてニューヨークへ移住。現在は故郷のアリゾナ在住)、西海岸の歌姫と言っても西海岸の街で生まれ育った訳ではありません。リンダ・ロンシュタットという人は(ロンシュタットっていう珍しい苗字はドイツ系の苗字ですが、彼女のファミリーツリーを見てみると、ヒスパニックの血が濃いです。そのせいか、彼女はメキシコでも大変人気がありました)、ちょっと有名になれば、やれ映画監督だ、俳優だ、作家だ、画家だと、才能も無いのに他のことをやりたがる人たちと違って、歌うことが自らの天分であるとわきまえて歌手に専念した人であったので、彼女が作詞、作曲をすることはありませんでした(有名になりたいから歌手になったのではないとも語っています)。なので、このPoor Poor Pitiful Me という曲も、米国のWarren Zevon というミュージシャンが作詞、作曲したもの。Zevon の作詞では主人公が男性なのですが、リンダは歌詞に少し手を加えて主人公を女性にして歌っています。なぜ、そのようなことになったのかの経緯は後ほど解説で。では先に、リンダ版の歌詞をどうぞ。

Well I lay my head on the railroad track
Waiting on the Double E
But the train don’t run by here no more
Poor poor pitiful me

あのさ、あたし、線路の上に頭を乗っけて
地下鉄の電車を待ってたんだけど
そこにはもう電車が走ってなかったんだよね
あぁ、ほんと最悪

Poor poor pitiful me
Poor poor pitiful me
Oh these boys won’t let me be
Lord have mercy on me
Woe woe is me

ほんと最悪
目も当てられないよね
あぁ、男の子たちがあたしを放っておかないみたい
主よ、あたしにどうかお慈悲を
だって絶望的な気分だもの

Well I met a man out in Hollywood
Now I ain’t naming names
Well he really worked me over good
Just like Jesse James
Yes he really worked me over good
He was a credit to his gender
Put me through some changes Lord
Sort of like a Waring blender

そのあと、ハリウッドで男と出会ったんだよね
名は明かさないけど
彼、あたしをこき使ったの
ジェシー・ジェームスみたいにね
ほんと、うまく使われちゃった
男であることが彼の誇りだったのよね
主よ、あたしを変えてくんない
ミキサーでかき混ぜるみたいにして

Poor poor pitiful me
Poor poor pitiful me
Oh these boys won’t let me be
Lord have mercy on me
Woe woe is me

ほんと最悪
目も当てられないよね
あぁ、男の子たちがあたしを放っておかないみたい
主よ、あたしにどうかお慈悲を
だって絶望的な気分だもの

Well I met a boy in the Vieux Carres
Down in Yokohama
He picked me up and he threw me down
He said "Please don’t hurt me Mama"

それでさ、今度はビュ・カレって店で男の子に会ったの
ヨコハマの下町にあるね
その子、あたしを誘ってベッドに投げおろし
こう言ったわ「痛くしないでね、ママ」って

Poor poor pitiful me
Poor poor pitiful me
Oh these boys won’t let me be
Lord have mercy on me
Woe woe is me

ほんと最悪
目も当てられないよね
あぁ、男の子たちがあたしを放っておかないみたい
主よ、あたしにどうかお慈悲を
だって絶望的な気分だもの

Poor poor poor me
Poor poor pitiful me
Poor poor poor me
Poor poor pitiful me
Poor poor poor me
Poor poor pitiful me

最悪、最悪、最悪
ほんと目も当てられない
最悪、最悪、最悪
ほんと目も当てられない
最悪、最悪、最悪
ほんと目も当てられないわ

Poor, Poor Pitiful Me Lyrics as written by Warren Zevon, Linda Ronstadt
Lyrics © Universal Music Publishing Group, Warner Chappell Music, Inc.

次にゼヴォン版です。リンダ版の主人公が女性であるのに対しこちらは男性で、こっちの方がオリジナルの
歌詞です。

I lay my head on the railroad tracks
And wait for the Double E
The railroad don’t run no more
Poor, poor pitiful me

僕さ、線路の上に頭を乗っけて
地下鉄の電車を待ったんだけど
電車が走ってなかったんだよね
あぁ、ほんと最悪

Poor, poor pitiful me
Poor, poor pitiful me
These young girls won’t let me be
Lord, have mercy on me
Woe is me

ほんと最悪
目も当てられないよね
あぁ、女の子たちが僕を放っておかないみたい
主よ、僕にどうかお慈悲を
だって絶望的な気分だもん

Well, I met a girl in West Hollywood
But I ain’t naming names
But she really worked me over good
She was just like Jesse James
She really worked me over good
She was a credit to her gender
She put me through some changes, Lord
Sort of like a Waring blender

そのあと、ウエスト・ハリウッドで少女に出会ったんだよね
名は明かさないけど
彼女、僕ををこき使ったよ
彼女はジェシー・ジェームズみたいだった
ほんと、うまく使われちゃった
女であることが彼女の誇りだったんだよね
主よ、僕を変えてくれないかな
ミキサーでかき混ぜるみたいにして

Poor, poor pitiful me
Poor, poor pitiful me
These young girls won’t let me be
Lord have mercy on me
Woe is me

ほんと最悪
目も当てられないよね
あぁ、女の子たちが僕を放っておかないみたい
主よ、僕にどうかお慈悲を
だって絶望的な気分だもん

I met a girl at the Rainbow Bar
She asked me if I’d beat her
She took me back to the Hyatt House
I don’t want to talk about it, hey

それでさ、今度はレインボウ・バーって店で女の子に会ったんだ
その子、あたしを痛めつけてくれるかって僕に訊いたあと
ホテルの部屋へ僕を連れて行ったんだ
何があったかは話したくないけどね

Poor, poor pitiful me, woo!
Poor, poor pitiful me, ha, never mind, yeah
Poor, poor pitiful me, woo-hoo, yeah
Poor, poor pitiful me
Poor, poor pitiful me

ほんと最悪だぜ!
目も当てられないよね、でも気にしないってんだ
最悪万歳
ほんと最悪
目も当てられねえよ

Poor Poor Pitiful Me Lyrics as written by Warren Zevon
Lyrics © Universal Music Publishing Group, Warner Chappell Music, Inc.

【解説】
Poor Poor Pitiful Me のオリジナルの作者Warren Zevon(ウォーレン・ジヴォン)という人、かなりの変人だったのか(芸術家というのは大抵そんなものですが・笑)、歌詞が支離滅裂と言うか、ぶっ飛んでますよね。他にもWerewolves of LondonやLawyers、Guns and Money、Roland the Headless Thompson Gunnerといった彼の作詞した曲はどれも辛辣な内容で、ジヴォンの曲はブルース・スプリングスティーンやニール・ヤング、ボブ・ディランらにも影響を与えたと言われています(リンダ・ロンシュタットは、影響を受けた人ではなく彼の曲を有名にした人。リンダのヒット曲Hasten Down the Wind もジヴォン作です)。因みにウォーレン・ジヴォンの父親は、映画「バクジー」のモデルであるマフィアの大幹部ベンジャミン・シーゲル(カジノの街ラスベガスの土台を作った人です)の用心棒をしていたミッキー・コーエンの下で働いていた腕の立つ博徒、つまりはマフィアの一員でしたが、少年時代のウォーレンはそんな世界の悪影響を受けることもなく、ひたすらフォークシンガーになることを夢見ていたようです。恐らくその頃から彼には作詞の才能が既に芽生えていたのでしょう。ではでは、リンダ版の歌詞の解説に入ります。

第1節は読んで字の如く「鉄道の線路に頭を乗せて、Double E 線を走る列車が来るのを待っていたが、そこはもう電車が走っていない場所だった」ですから、主人公は自殺を試みたが果たせなかったということが推測できます。ここでDouble E という言葉が使われているのには理由があって、この曲が出来た1976年にニューヨーク市の地下鉄のEE 線(Double E と呼ばれていたそうです)が廃止されたことと関係しています。つまり、自殺を試みた場所は廃線の線路の上で、もとから自殺なんかできなかったということですね。だから、Poor poor pitiful me という言葉が続くのです。Poor me!は「ついてないわ、あたしって馬鹿ね」といった感じの感情を表現する際に良くネイティブ話者が使います。Pitiful me!というのは聞いたことがないですが、poor とpitiful、どちらの言葉も「同情したくなるくらい可哀そう」という意味。そんな言葉がPoor poor pitiful と3回も連なっているのですから、憐れや可哀そうを通り越して「チョーサイアクー」ってな感じにしか僕には聞こえませんでしたので、このように訳しました。1976年頃にウォーレン・ジヴォンが住んでいたのはロサンゼルスなので、なぜニューヨーク市の地下鉄をモデルにしたのかは良くわかりません。当時のニューヨーク市は巨額の財政赤字を抱え、次々に地下鉄路線の統廃合を進めていた時期なので、西海岸で暮らしていてもそういったニュースを耳にする機会が多かったのかも知れませんね。

2節目の3行目も難解です。Oh these boys won’t let me be が何を意味しているのかが良くわからなかったので、ゼヴォン版を聴いてみたらthese boys の部分がyoung girls になっていました。となると、なぜ主人公が自殺しようとしていたのかということは第1節の文だけでは想像すら不可能という事実は変わりませんが、この3行目は自殺を失敗し、なぜそうなったのかを考えた主人公が最終的に得た答(こじつけの答であっても)ではないかという結論に達しました。この1行から推測できるのは、自分は異性にモテモテ(実際そうだったのでしょう)という自意識過剰のナルシストな主人公の姿です。5行目のWoe is me はPoorme とほぼ同じ意味ですが、こんな言葉を口にしている人を見たことはないですね。普通はPoor me を使います。なので、第2節目はナルシストである主人公の視点で考えてみて「異性にモテモテの自分は自殺することさえ許してもらえない、あー絶望的な気分だ」と言っているのだと僕は理解しました。3節目では、ニューヨークからハリウッド(ジヴォン版ではウエスト・ハリウッド)に渡った主人公が一人の男と出会うことから始まります。2行目のname names は、警察などに捕まった犯人が共犯者の名を挙げるといった感じの意味の表現。work someone over は誰かを攻撃したり叩いたりするという意味ですが、good が付け加えられているので、worked me over but good と考え、こう訳しました。4行目のJesse James は西部開拓時代の悪人で、手下に命令して強盗を繰り返した男。つまり、とある男とハリウッドで出会った女が、うまいこと口車に乗せられて何か犯罪の片棒を担がされたということを暗喩していると考えます。6行目以降も難解ですが、異性にモテモテと思っていた女が、その異性にころりと騙されてしまい、こんなことなら性を変えてしまいたいという願望に憑りつかれていると理解し、このような訳にしました。Waring blender のWaring はアメリカの家電メーカーの名前で、blender は日本で言うところのジューサーミキサーです。

4節目は2節目と同じフレーズの繰り返しですが、5節目では再び意味不明なフレーズが続きます。1行目のthe Vieux Carres はジヴォン版だとthe Rainbow Bar。このthe Rainbow Bar はウエスト・ハリウッドに今も残るRainbow Bar & Grill のことだと思われるので、the Vieux Carres(フランス語で「古い一角」という意味で、アメリカでは一般的にニューオリンズにある「フレンチ・クォーター」のことを指しますが)も店の名前であると考えました。Rainbow Bar & Grill は70年代、ハリウッドで暮らす退廃的セレブたちが集うことで有名だった店です。2行目のYokohama は、その名がなぜ唐突にここに出てくるのか全く分かりません(ジヴォン版にはありませんね)。まあ、それはともあれ、今度はその店で少年と出会い、どうなったのかというのが3行目以降です。男になってみたいと思いつつも相変わらず男にモテモテなままの女は、今度はチェリーボーイの童貞卒業のお手伝いをする羽目に。あー最悪、やってられない。ってな感じでしょうか。この部分がジヴォンのオリジナルだとShe asked me if I’d beat her, She took me back to the Hyatt House, I don’t want to talk about it, hey となっています。つまり「私を痛めつけて欲しいという変態趣味の少女と出会い、ホテルの部屋へ行くが、そのあとどうなったかは話したくない(話すのも恐ろしい)」ってことなのですが、リンダはこの歌を歌わないかとジャクソン・ブラウンから薦められた際、ここの部分を聴いて「こんなのあたしには歌えない」と言って、主人公を女性に変えて歌詞を書き直したと伝えられています。その結果、もともと良く分からない歌詞が主人公の性別を変えて書き換えられ、さらによく分からなくなったという面が否めませんね。なので、上記の和訳もあくまでも僕の感性に従って訳したものなので悪しからず。

さて、最後にもう一度Yokohama の話に戻りましょう。リンダが初来日した1979年、彼女が武道館でのコンサートでこの曲を歌いYokohama の部分では日本人ファンが大歓声を上げたと伝えられていますが、とても情けない話だと僕は思っています。なぜなら、1977年の秋に在日米軍の戦闘機が横浜の住宅街に墜落し、大やけどを負った1歳と3歳の兄弟が翌日に亡くなり、同じく酷いやけどを負った母親もなんとか命は助かったものの、子供を失ったことと何度もの皮膚移植の傷みで心を病み、4年後に心的原因の呼吸困難でお亡くなりになっているからです。今ではほとんどの日本人が覚えていない(まだ、生まれてなかったという方も多いでしょうけど)この横浜で起こった惨劇、被害者の方々にとってはPoor, poor pitiful meで済むような話ではありません。この曲は事故よりも前にリリースされているので、リンダには何の責任もないし、事故ともまったく関係はありませんが(曲がリリースされたのは77年9月6日、墜落事故は9月27日)、79年に彼女が来日した際、ファンたちには「お願いだからYokohama と歌うのは止めて」と彼女に訴えて欲しかったです。あなたがこの曲をリリースした3週間後に日本の横浜で米国の戦闘機が起こした惨劇をご存知ですかと事情を話せば、米国人であり尚且つ芯のある彼女ならきっとYokohama と歌うのは止めた、もしくはコンサートでの披露曲からPoor, poor pitiful me を外したと思います。3歳の長男が亡くなった時の最後の言葉は「パパ、ママ、バイバイ」だったそうで、僕は今でもこの話を聞くたびに涙が頬を伝います。リンダがYokohama と歌うこの曲がもうこの世から消えることはありませんが、せめて、日本人がこの曲を聞いて1977年に横浜で起こった惨劇、そしてそのようなことが起こるのはそもそもなぜなのか(今もまったく状況は変わっていません)ということを考えてくれればと思い、数あるリンダのヒット曲の中からPoor, poor pitiful me を敢えて選びました。

【第40回】Layla / Eric Clapton (1970)

このコーナーで紹介する洋楽も早いもので40曲目となりました。今日はその区切りの回を記念して僕のお気に入りの曲を数多くリリースしているアーティストの一人Eric Clapton(エリック・クラプトン)の名曲Layla をご紹介しましょう(なぜ、こんなまどろっこしい表現をしているかというと、僕は人としてどうなのかと首を傾げざるを得ないエリック・クラプトンという人間は嫌いなんですが、彼の作品はどれも素晴らしいと思うからです)。エリック・クラプトンは皆さんもご存知のとおり、ジミ・ヘンドリックスやジミー・ペイジと並ぶギターの名奏者として世界中で名を馳せているアーティストであり、かつては重度の麻薬中毒者、アルコール中毒者であることでも有名でした(Cocaine なんて曲も歌ってましたね・汗)。ですが、幾度かのリハビリを通じて麻薬やアルコールと縁を切ることができたようで、1980年代後半頃からはその種の話が伝わってくることはなくなったように思います。ヘビースモーカーとしても知られていたクラプトンは煙草を吸いながら舞台に立つことも頻繁にあり、火のついた煙草をギターのヘッドの下の弦に挟んで演奏することから彼のギターヘッドにはいつも焼け焦げた跡が付いていたほどでした。見かねたギターの製造会社フェンダーが、煙草を差して立てておくことのできる小さな穴を取り付けたギターを彼の為に作ったエピソードはあまりにも有名ですね。

日本ではエリック・クラプトン伝説として「ギターのピッキングが余りにも早くてその動きが残像のように見えるので、彼の奏法はスローハンドと呼ばれるようになった」というものがありますが、それは大きな誤解です。クラプトンの超絶ギター奏法を比喩する表現としては面白いと思いますけども、アニメの北斗の拳のように残像が見えるようなくらいに素早い動きを繰り返すことのできる人間などこの世にはいません(笑)。スローハンドの名はギターの奏法の一種ではなくslow handclap と呼ばれていた観客の拍手が語源となっているもので(クラプトンの奏法はボトルネック奏法もしくはスライドギターと呼ばれるそれです)、デビューしたての頃のクラプトンは演奏中にギターの弦を切ることが多く、弦を張り替える間、観客たちが早くしろとせかす皮肉を込めてゆっくりとしたテンポの拍手をしていたことから、その光景をしばしば目にしていたヤードバーズのプロデューサー兼マネージャーであったGiorgio Gomelsky が彼にSlowhand というニックネームを付けたというのがスローハンド伝説の真相。なので、スローハンドというのはクラプトンのニックネームのことなのです。ところが、なぜだか日本では上記のような逸話に変わってしまいました。恐らく、クラプトンの超絶技法の演奏が詰め込まれた同名のアルバムが1977年にリリースされたことが影響しているのでしょうね。

今回紹介するLayla という曲は1970年、当時クラプトンが参加していたDerek and the Dominos というグループがリリースしたアルバムLayla and Other Assorted Love Songs に収録されていたものですが、実のところこの曲が当初、世間から注目されることはありませんでした。曲が7分以上と長くラジオで放送するのに不向きだったからです(当時、曲をヒットさせる唯一の方法は、ラジオでヘビーローテーションしてもらうことしかなかったのです。また、リリース直後のLayla の商業的失敗はクラプトンの鬱を悪化させ、麻薬中毒が加速する原因になったとも言われています)。そこで3分以内にまとめたショートバージョンを71年にリリースしたところ、米国ビルボード社のチャートで51位に食い込み、翌年にはオリジナルのロングバージョンも10位となるヒット曲に変わりました。それを切っ掛けにこの曲の評価は不動のものとなり、今ではクラプトンの最高傑作のひとつとされています。

What will you do when you get lonely
And nobody’s waiting by your side?
You’ve been running and hiding much too long
You know it’s just your foolish pride

寂しくなった時はどうする?
君の傍には誰もいないんじゃない?
だって、君はずっと逃げ隠れし続けてきたんだもん
それが愚かなプライドのせいだって分かってるよね

Layla, you got me on my knees
Layla, begging, darling, please
Layla, darling, won’t you ease my worried mind?

レイラ、君の前にひざまずくよ
レイラ、頼むよ、愛しの君、お願いだからさ
レイラ、愛しの君、僕の恋焦がれる気持ちを和らげてくれないかい?

I tried to give you consolation
When your old man had let you down
Like a fool, I fell in love with you
You turned my whole world upside down

僕は君を慰めようとしたんだ
君の彼氏が君を傷付けた時にね
馬鹿みたいだけど、君に恋をしたのさ
君が僕の生きる世界を一変させたんだよね

Layla, you got me on my knees
Layla, I’m begging, darling, please
Layla, darling, won’t you ease my worried mind?

レイラ、君の前にひざまずくよ
レイラ、頼むよ、愛しの君、お願いだからさ
レイラ、愛しの君、僕の恋焦がれる気持ちを和らげてくれないかい?

Make the best of the situation
Before I finally go insane
Please don’t say we’ll never find a way
Or tell me all my love’s in vain

うまい具合に立ちまわってくれよ
僕がおかしくなっちまう前にさ
解決策が見つからないなんて言わないでよね
僕なんて相手にしてないって言ってくれていいんだ

Layla, you got me on my knees
Layla, I’m begging, darling, please
Layla, darling, won’t you ease my worried mind?
Layla, you got me on my knees
Layla, I’m begging, darling, please
Layla, darling, won’t you ease my worried mind?

レイラ、君の前にひざまずくよ
レイラ、頼むよ、愛しの君、お願いだからさ
レイラ、愛しの君、僕の恋焦がれる気持ちを和らげてくれないかい?
レイラ、君の前にひざまずくよ
レイラ、頼むよ、愛しの君、お願いだからさ
レイラ、愛しの君、僕の恋焦がれる気持ちを和らげてくれないかい?

*2分20秒くらいまでに歌詞は歌い終わり、そのあと7分過ぎまで楽器のブリッジが延々と続いて曲は終了します。

Layla Lyrics as written by Jim Gordon, Eric Patrick Clapton
Lyrics © Warner Chappell Music, Inc.

【解説】
7音のギターリフで始まり、そのあと、狂ったかのようなクラプトンのスライドギターの激しい音色が続くこの曲、そのメロディーラインからはあまりイメージできませんが、歌詞を見ていただければ分かるとおり、レイラという女性に恋をした男が自らの気持ちを切々と語っているラブソングです。実際、この歌詞は仕事を通じて交友関係のあったジョージ・ハリスン(あのビートルズの一員です)の妻であったPattie Boyd(パティー・ボイド)に横恋慕したクラプトンが彼女に対する気持ちを歌ったものであるというのが定説になっていて、後にハリスンと離婚したパティーはクラプトンと再婚しています(この二人も結局は離婚しましたが・汗)。とは言っても、離婚の原因はクラプトンの横恋慕にあったのではなく、その前にパティーは後にローリング・ストーンズのメンバーとなるロン・ウッドと浮気をしていたこともあって二人の関係は既に破綻していました。その所為かどうかは分かりませんがクラプトンとパティーの結婚式にはジョージ・ハリスンも笑顔で参列しています。それ以外にも、クラプトンはパティーの妹のポーラとも付き合おうとしていたようで、この曲を聞いたポーラが、これはパティーのことを歌ったものだと気付いて、彼のもとを去って行ったという話も伝わっています(←真偽のほどは不明)。っていうか、どう割り引いて考えても滅茶苦茶な男女関係ですよね。「よくそんなことができるもんだ。厚顔無恥にもほどがある」としか僕には思えませんね(笑)。

では、いつものように歌詞を見て行きましょう。クラプトンの曲の歌詞は概してシンプルで分かり易いものが多いですが、この曲もその典型で、難解な部分は皆無です。第1節目も和訳のとおり。クラプトンはwhen の発音が弱いので、ちょっと聞き取り辛いということくらいが難点でしょうか。第1節目から窺えるのは、ジョージ・ハリソンとパティーの関係がうまくいっていない状況です。第2節のyou got me on myknees は直訳すれば「君は僕をひざまずかせた」ですが、実際に男が彼女の前でひざまずいた訳ではなく、男の願望を現しています。3行目のworried mind は、恋に落ちた男のドキドキハラハラしている内心ですね。3節目も和訳のとおり。2行目はジョージ・ハリソンがロン・ウッドの妻であったクリシーを誘ってスペイン旅行へ出掛けたことを指しているのではないかと思います。4節目は第2節と同一。5節目の1行目は直訳すれば「その状況をうまく利用する」ですが、その状況とは第1節で語られていること、つまりは二人が上手くいっていないという状況のことを指しているのでしょう。2行目のgo insane はgo crazy, go madのちょっと硬い言い方です。4行目のtell me all my love’s in vain は、男の彼女を愛する気持ちは無駄である、無駄な努力であると言ってくれ、即ち「あなたなんて相手にしてないわと言ってくれ」ということです。

あぁー、なんてことでしょう!もう解説が終わってしまいましたよ!そうなんです。この曲、7分以上もの長さがあるのに、歌詞は2分ほどで歌い終え、あとはひたすら楽器演奏だけなんです(まさしくギターが鳴くという言葉が相応しい、しびれるサウンドが最後まで続きます)。因みにピアノ演奏のコーダの部分は、Layla の作詞作曲のクレジットに名を連ねているJim Gordon(Derek and the Dominos のドラマー)の手によるものですが、このJim Gordon、精神を病んで1983年に母親を殺害し、40年近く刑務所暮らしをした末の2023年、収容先のカリフォルニア州立医療刑務所で亡くなっています。クラプトンが彼と面会する為に一度でも刑務所を訪れたことがあるのかどうかは分かりませんが、恐らくないでしょうね。

【第41回】Got My Mind Set On You / George Harrison (1987)

前回、ジョージ・ハリスンの話題が出ましたので、ついでにという訳ではないですけども、今日は彼が1987年にリリースしたGot My Mind Set On You という曲を紹介します。この曲は翌年の米国ビルボード社の年間チャートで3位にもなった大ヒット曲ですが、ハリスンが作詞作曲したのではなくニューヨーク出身の黒人歌手James Ray が1962年にリリースした同名の曲のカバーです。オリジナルの曲の方はルンバ調の古臭いというか、どこか悲し気なメロディーラインであるのに対し、ハリスン版は彼のアレンジによって現代的でノリのいいポップな曲調に生まれ変わっています。ビートルズ時代には、どうしてもジョン・レノンとポール・マッカートニーという二人の天才の間に埋もれてその才能が目立たなかったハリスンですが、作曲に関してはこの曲でのアレンジ力を見ても分かるように、二人にひけをとらぬ実力の持ち主であったことは確かでしょう。あとひとつ、ハリスンの才能として付け加えておくならば、ギター演奏の腕前はレノンやマッカートニーより遥かに上。彼はギターソロをあまりやらなかったですが、それは単にやらなかっただけで、スライドギターのレベルはクラプトン級ですし、シンプルな造りですが演奏がとても難しいとされるインドの民俗楽器シタールも直ぐに弾きこなせるようになっていますので、彼には弦楽器全般の才能があったのでしょう。

I got my mind set on you
I got my mind set on you
I got my mind set on you
Got my mind set on you

君に決めたよ
君に決めたよ
君に決めたよ
君に決めたんだ

But it’s gonna take money
A whole lotta spending money
It’s going to take plenty of money
To do it right, child
It’s gonna take time
Whole lotta precious time
It’s gonna take patience and time
Mmm, to do it, to do it, to do it, to do it, to do it
To do it right, child

でも、お金がかかるんだよね
お金をいっぱい使わなきゃね
すごくお金がかかるんだ
うまくやるにはね、坊や
時間だってかかるし
大切な時間をいっぱい使わなきゃね
時間と辛抱が必要だけど
そう、やるんだ、やるんだ、やるんだ、やるんだ、やるんだ
うまくやるんだ、坊や

I got my mind set on you
I got my mind set on you
I got my mind set on you
I got my mind set on you

君に決めたよ
君に決めたよ
君に決めたよ
君に決めたんだ

And this time I know it’s for real
The feelin’ that I feel
I know if I put my mind to it
I know that I really can do it
See upcoming rock shows
Get tickets for your favorite artists

今度ばかりは本気さ
僕が感じてるのはそんな気分
気持ちをしっかり持てば
絶対やれるんだ
ロックコンサートを見に行こう
君のお気に入りのアーティストのチケットを買ってね

I got my mind set on you
Set on you
I got my mind set on you
Set on you
君に決めたよ
君にね
君に決めたんだ
君にね

*このあとは、第2節以降のフレーズを順番にもう一度繰り返し、アウトロでSet on you を連呼して曲は終了します。

Got My Mind Set On You Lyrics as written by Rudy Clark
Lyrics © Carbert Music Inc, Warner Bros. Records Inc

【解説】
ちょっとノスタルジックなドラムソロの音色で始まるGot My Mind Set On You という曲、なんかビートルズのShe Loves You を思い出してしまうのは僕だけでしょうか?この曲の歌詞に関しては特に難しい部分はありませんが、簡単におさらいをしておきます。

第1節のI got my mind set on you は、I got my mind set on loving you と言い換えても良いでしょう。つまり「君を愛すると心に決めた」ということです。2節目の2行目のlotta はlot of の口語で、A whole の前にThere is を付け加えれば分かり易いですね。4行目のdo it right はオリジナルの詞では「do it up right うまいことやれ」になっていて、それに続いているchild は呼びかけの言葉です。3節目は1節目の繰り返しになっていますが、オリジナルには下記の歌詞が入っているのにハリソン版では省略されています。オリジナル版を歌ったJames Ray は、一度は歌謡界で成功したもののその後はヒットに恵まれず、落ちぶれてホームレス生活をしていた際、この曲を作詞したRudy Clark と出会って再起を賭けて活動を再会したのですが、程なくして麻薬の過剰摂取で亡くなりました。オリジナル版の曲調にどこか絶望感のようなものが漂っているのはRay がこの歌をレコーディングするほんの前まで惨めな生活を送っていたからだと考えられていて、ハリスンはそんなRay へ敬意を示す為に歌詞にあった以下のネガティヴな部分を省略し、曲調も明るくしたと言われています。

Everywhere I go, you know
Bad luck follows me
Every time I’ve fallen in love
You know I’m left in misery

どこへ行ってもさ、僕には
不運がつきまとうんだよね
恋をしたっていつも
惨めな気持ちのままなんだ

4節目の3、4行目は「You can do it if you put your mind to it やればできる」という定番フレーズを変形させたもの。5行目のrock shows はオリジナルの詞ではpop shows だったものが時代に合わせてrock に変更されています。それにしても「女を口説くには金も時間もかかるんだ」とあれだけ言っておきながら、コンサートのチケットってオチは「えっ!それで済むの!?」って感じですが、ホームレス生活者にとっては人気アーティストのコンサートに行くなんてことは夢のまた夢だったのかもですね。

因みにジョージ・ハリスンはマリワナ愛好家として知られていて、ポール・マッカートニーの結婚式の日に大麻の不法所持で逮捕されたのは有名な話。そのハリスン、1999年にジョン・レノンと同様、自宅で暴漢にナイフで襲われて重症を負い(刺傷は40ケ所に達したそう)、その傷は回復したものの、2001年、肺癌が原因で天に召されています。ヒンドゥー教に傾倒して(彼の長髪、髭面の姿はどう見てもイエス・キリストですが・笑)ヨガや菜食主義を実践し、どちらかと言えば健康に気を使っていたジョージ・ハリスンが病を患って早死にし、麻薬、酒、煙草と、とんでもなく不健康な生活を送り続けていたエリック・クラプトンが長生きしている姿を見ると、天がそれぞれの人間に与える寿命というのはほんと分からないものだとつくずく思います。

【第42回】La Grange / ZZ Top (1973)

クラプトンのLayla に続き今回も、演奏時間は長いけども歌詞は短いという曲をご紹介。1973年にZZ Top がリリースしたTres Hombres(トレス・オンブレス)というアルバムに収録されているLa Grangeという曲です。ZZ Top は1969年にBilly Gibbons が中心になってテキサス州ヒューストンで結成されたバンドで、Tres Hombres がスペイン語で「3人の男たち」を意味するとおり、Billy Gibbons、Dusty Hill(2021年に死去)、Frank Beard(この人も重度の薬物中毒だった人で、稼いだ金のほとんどを薬物に使ってしまったと公言しています)というZZ Top の3人のメンバー(全員テキサス州出身)によって生み出されたアルバムです(結成時のメンバーは違っていましたが、直ぐにこの3人に落ち着きました)。ZZ Topという名前の由来は、Gibbons がブルース界の著名人であり尚且つ尊敬するB.B.King とZ.Z.Hill を組み合わせて自らのバンド名をZ.Z.King にしようとしたものの、それでは余りにもB.B.King と似通っていて平凡だったので、King は頂点top に立つものだと考え、最終的にZZ Top としたということにあるそうです。この曲をリリースした頃はBilly Gibbons もDusty Hil も、その後ZZ Top のトレードマークとなるイスラム原理主義者のようなあの長い髭をまだ生やしておらず、彼らが髭を長くし始めたのは1977年頃からのこと。髭を長くしてからは見た目が双子のようになってしまい、晩年はギターの形を見ない限り、どっちがどっちなのか分かりませんでしたね(笑)。

一方、曲名のLa Grange はテキサス州にある人口5千人の田舎町の名前、つまりは地名(日本ではラ・グランジェと紹介されてますが、正しいカタカナ読みはラ・グレインジです)。アルバムのタイトルがスペイン語なので、これもスペイン語?と思われる方もおられるかもですが、こちらはフランス語の人名が語源です。何でもアメリカ独立戦争の際、米国の独立派の軍に志願してイギリスと戦ったラファイエットという名のフランス貴族がいて、その貴族はアメリカの独立に大いに貢献したとしてその名が米国の各地で地名になって残っているそうなのですが、テキサスにあるファイエット郡もそのひとつで、その郡で郡都の名を決める際、ラファイエットのフランスでの居城であったChâteau de la Grange-Bléneau という城の名前からLa Grange の部分を使わせてもらって町の名にしたらしいです。ところがLa Grange とタイトルがつけられたこの曲、実はその町のことを歌っているのものではなく、由緒正しい歴史などまったく関係がないLa Grangeの郊外にあった売春宿のことを歌っている曲なんですよね(笑)。それがどういうことなのか、歌詞を見ていきましょう!

Rumor spreading round in that Texas town
About that shack outside La Grange
And you know what I’m talking about
Just let me know if you wanna go
To that home out on the range
They gotta lotta nice girls
Have mercy
A-haw haw haw-haw
Heh, a-haw haw-haw

あのテキサスの町で噂が広まってるぜ
ラ・グレインジの外れにある館のことさ
何のこと言ってんのか分かるよな
行きたいなら俺に言ってくれ
この地の我が家へさ
あそこはかわい娘(こ)ちゃんだらけなんだ
なんて言ったらいいもんやら
へっへっへっへ
にやけちまうぜ

Well, I hear it’s fine if you got the time
And the ten to get yourself in
A hmm, hmm
And I hear it’s tight most every night
But now I might be mistaken
Hmm, hmm, hmm
Have mercy

時間があるならいいとこらしいぜ
お代は10ドルときたもんだ
うーん、いいね
ほとんど毎晩いい感じなんだってよ
今じゃ、違ってるかもしれねえがな
うーん、うーん、どうだろう
なんて言ったらいいもんやら

*1分10秒くらいまでに歌詞は歌い終わり、そのあと3分半過ぎまでギターソロが延々と続いて曲は終了します。

La Grange Lyrics as written by Frank Beard, Billy Gibbons
Lyrics © BMG Rights Management

【解説】
ご覧いただいたとおり、この曲の歌詞は非常に短いです。「えっ、もう終り?」って感じですね。僕が知る洋楽の曲の中では、これより短い歌詞の曲はR.E.M のThe One I Love かJohn Cougar Mellencamp のアルバムScarecrow に収録されているGrandma’s Theme の歌詞(John が歌ってる訳じゃないですが)くらいでしょうか。この曲La Grange のイントロはまさしくブルース。そのあとBilly Gibbons とDusty Hill が交互に歌詞を歌いますが、当時のレコードを聴くと、録音技術に問題があったのか、訛っているというよりも発音が不明瞭で何を言ってるのか良くわかりませんけども(汗)、デジタルのリマスター版を聴けばかなり鮮明に聞き取れます。

先ず第1節目。ここのRumor は、テキサスのLa Grange 郊外にあるshack に関するそれだと言ってる訳ですが、このshack(掘っ立て小屋)というのはChicken Ranch(Ranch は牧場の意)の言い換え、要するにBrothel(売春宿)のことです。アメリカでは売春行為は伝統的に違法行為であり(例外的にネバダ州では1971年に管理売春のみ合法化。ロードアイランド州も嘗てはそうでしたが2009年に非合法化しました)、ここに出てくる噂とは「その売春宿が無くなっちまうんじゃないか」という類のものでなかったかと思われます。なぜなら、この曲がリリースされた1973年当時、テキサスのテレビ局KTRK-TV の報道番組がLa Grange 郊外で長らく違法営業を続けていたChicken Ranchを番組で取り上げ問題視していた為、施設の閉鎖は時間の問題と考えられていたからです(実際、そうなりました)。なので、And you know what I’m talking about. Just let me know if you wanna go は「テレビの報道知ってるだろ?俺が連れてってや
るから今のうちに早く行っとけ」ということなのだと思います。5行目のhome out on the range は、フォスターの民謡Home on the range(日本では「峠のわが家」と訳されていますが)の原曲が、1871年にホームステッド法に基づいてカンザス州スミス郡に土地を取得し、インディアナ州から移住してウエスト・ビーバークリークという地で小さな小屋に住み始めたBrewsterHigley という人物によってその時に作られたものである為、前述のshack とその小屋、そしてLa Grangeとthe range の両方をかけている言葉遊びなのだろうと僕は理解しました。7行目のHave mercy は「おやまぁ」みたいな軽い驚きや感嘆を表したい時に口にする言葉ですので、第1節と2節の同じ部分にうまくはまる言葉として「なんて言ったらいいもんやら」にしてみました。8行目のhaw-haw は、高笑いなどを表す際に使う英語のオノマトペです。2節目のAnd the ten to get yourself in は、下品ですが僕には「1発やるのに10ドルだぜ」という風にしか聞こえませんでした(因みに、La Grange 郊外のChicken Ranch のサービス料金は1950年代で既に15分15ドルだったようですので、10ドルというのはちょっと安く言い過ぎですね・笑)。4行目のit’s tight のtight はcool(イケてる)と同じ意味で使われることも多く、ここでは別のちょっとエッチな意味も同時に含ませているのかもしれません(←あくまでもエロ親爺の思考回路による推測です・笑)。5行目のBut now I might be mistaken は、第1節の噂が確かであるなら「店はもうやってないかもしれないけどな」ということではないかと思います。

ZZ Top のLa Grange、如何でしたか?歌詞は凡庸で芸術的な輝きもありませんが(おまけに女性蔑視も加わってますけど)男性の僕としてはなぜだかhaw-haw と、彼らと同じように口にして思わず頬を緩めてしまいますから、その点では面白い歌詞ですね。まあ、歌詞はさておき、音色の方はBilly Gibbons のギター演奏が素晴らしく、70年代前半という時代に既にこの完成度に達していたことを考えると(もう半世紀以上も前のことですよ・驚)名曲であるとしか言いようがありません。

【第43回】I Come Undone / Jennifer Rush (1987)

お届けするのは、Jennifer Rush(ジェニファー・ラッシュ)のI Come Undone という曲です。彼女のヒット曲と言えば1984年にリリースしたThe Power of Love(1993年にセリーヌ・ディオンがカバーして全米チャート1位にランクインしたあの名曲です)ですが、僕はこのI Come Undone というパワフルなメロディーラインの曲の方が断然好き。それに、なんと言ってもジェニファー・ラッシュは声がいいし歌も上手いです。父親がプロのオペラ歌手で母親も元歌手、ジェニファー自身もジュリアード音楽院で学んだ経験ありという彼女のバックグラウンドを知れば、なるほど歌が上手い訳だと納得ですね。ジェニファー・ラッシュはニューヨーク州生まれのアメリカ人ですが、本国での知名度はそれほど高くなく(ジェニファーがThe Power of Love を歌った時、イギリスではヒットチャートの1位となりましたが、全米チャートでは57位止まりでした)、父親の仕事の関係で幼少期に住んでいたドイツ(その後、移住)や、現在の居所があるイギリスなどヨーロッパの国々で人気の高い歌手です。

Time heals the wounded
But my heart still bleeds
I can’t get you out of my life
Here is my confession, you’re all I need
I don’t want to love you but oh, oh oh

時は傷を癒すけど
あたしの心はまだ傷ついてる
あなたのことが頭から離れないの
告白するわ、あなたがあたしのすべてだって
でも、あなたのことを愛したくない、あぁ、だけど

With the touch of your hand
I come undone
With the flash of your burning eyes
I know that you’re the only one
I come, I come undone
I come undone

あなたの手に触れるだけで
あたしの心はぐらついちゃう
あなたの燃える瞳の閃光を目にするだけで
あなたしかいないって思っちゃうの
そう、我を失っちゃうの
心がぐらぐらついちゃうの

Your footsteps are heartbeats
There’s knocking on my door
I swore that I won’t let you in
Love’s got its heroes but I know that I just
Can’t hold out forever and oh, oh oh

あなたの足音は心臓の鼓動
ドアをノックしてるのが聞こえるけど
あたしはあなたを部屋に入れないって誓ったの
愛には理想の男ありきだけど、あたしには分かってる
そんな男をずっと傍に留めておけないことをね、だけど

With the touch of your hand
I come undone
With the flash of your burning eyes
I know that you’re the only one
I come, I come undone
I come undone

あなたの手に触れるだけで
あたしの心はぐらついちゃう
あなたの燃える瞳の閃光を目にするだけで
あなたしかいないって思っちゃうの
そう、我を失っちゃうの
心がぐらついちゃうの

Don’t know what you’re doing to me
Cause when your arms reach out I’m gone
あなたがどうやってあたしをその気にさせてるのかがわからない
だって、あなたの腕が伸びてくるだけで気がへんになっちゃうもの

Here is my confession, you’re all that I need
I don’t want to love you but oh, oh oh

告白するわ、あなたがあたしのすべてだって
でも、あなたのことを愛したくない、あぁ、だけど

With the touch of your hand
I come undone
With the flash of your burning eyes I know
That you’re the only one
I come, I come undone
I come, I come undone

あなたの手に触れるだけで
あたしの心はぐらついちゃう
あなたの燃える瞳の閃光を目にするだけで
あなたしかいないって思っちゃうの
そう、我を失っちゃうの
そうよ、心がぐらついちゃうの

I Come Undone Lyrics as written by Morrie Brown, Ellen Shipley
Lyrics © BMG Rights Management

【解説】
シンセサイザーが奏でる音とジェニファーの美しい声がクロスオーバーするこの曲のイントロ、しびれます。イントロでしびれる曲ってのは例外なくすべて名曲というのがこの世の常ですね(←思い込みではなく、自信あり・笑)。そんなI Come Undone の歌詞ですが、とてもシンプルで分かり易いので、久し振りに解説が短くて済みそうですよ!

第1節目からして難解な部分は皆無。my heart still bleeds は直訳すれば「私の心からはまだ血が流れてる」ですが、日本語ではそういう言い方はしないので、やはりここは「あたしの心はまだ傷ついてる」でいいと思います。I can’t get you out of my life も同じで、直訳だと「あなたのことを私の人生から切り離せない」ですが、こちらも「あなたのことが頭から離れない」にしました。第1節の歌詞から推測できるのは、事情は分かりませんが男に心を傷つけられた女が、その男のことを忘れようと努力をしてみてはいるものの踏ん切りがつかないという状況ですね。第2節もシンプルなフレーズが連なっていて和訳のとおり。女がどうして男を切ることができないのかの理由が語られています。come undone は通常、主語に物を持ってきて緩む、ほどける等の意味で使われる動詞ですが、この歌詞では人が主語になっているので、イメージ的には心がほどける、つまり、心がぐらぐらする、ぐらつくといった感じで、要はlost control of myself の状態ということかと思います。5行目はIcome で一旦区切っていて、3節目にknocking やI won’t let you in といった言葉が出てくるので、僕のようなエロ親爺は、別の意味が込められているのではないかと直ぐに妄想してしまうのですが、この歌詞を書いたEllen Shipley がインタビューに「It wasn’t meant to be sexual」と答えている記事を読んで、この詞に性的な意味合いは含まれていないことがはっきりしました(恥&汗)。3節目も特に難しい部分はありません。強いて言えば、4行目のheroes でしょうか。この詞の中では、恋愛における理想の相手、もしくは理想像の言い換えであると僕は理解しました。4節目は2節目のフレーズの繰り返し、4節目のDon’t know what you’re doing to me は、直訳すれば「あなたが私にしていることは何なのかわからない」ですが、言い換えるなら「私にあなたのことを好きにさせるのにいったいどんな魔法を使ってるのかわからないんだけど」という感じでしょうか。以降、再び同じフレーズの繰り返しに入り、曲は終了です。おっと、やはり、あっという間に解説が終わってしまいました!(別に手を抜いた訳ではないです・笑)

昔、伊勢正三さんがヒットさせた曲に「あなたにさようならって言えるのは今日だけ。明日になってまたあなたの暖い手に触れたらきっと、言えなくなってしまう」って歌詞がありましたから、女心ってのは洋の東西を問わないってことですね。

【第44回】I Love Rock’N Roll / Joan Jett & The Blackhearts (1981)

僕の青春時代がBlondie のCall Me の音色と共に幕開けしたせいなのか、僕は女性の歌声の方が断然好き。ということで、先週Jennifer Rush を紹介したのを機に、暫くは特集として魅惑的な声を持つ女性アーティストたちを紹介していきたいと思います。今回お届けするのは1982年の米国ビルボード社年間チャートで堂々3位に輝いたJoan Jett & The Blackhearts のI Love Rock’N Roll です。Joan Jett (ジョーン・ジェット)は元々、下着みたいな恰好で歌うボーカルのCherie Currie が一世風靡したThe Runaways というキワモノバンドのメンバーでしたが(このバンドに興味のある方は、彼女たちの青春を描いた同名のアメリカ映画がありますので見てみてください)、The Runaways が解散後の1979年にThe Blackhearts を結成し、この曲の大ヒットで「ロックンロールの女王(女番長?・笑)」という地位を獲得しました。なので、I Love Rock’N Roll=Joan Jett というイメージが定着してしまいましたが、実はこの曲、Arrows という英国のバンドが1975年にリリースした同名の曲のカバーなんです。そのうえ、カバーの曲というのは歌詞やメロディーラインに手が加えられることが多いですけども、ジョーン版はどちらもオリジナルとほぼ同じ。ほぼ同じというのは、Arrows のボーカルAlan Merrill が男性だったからで、オリジナル版では曲の主人公が男性ですが、ジョーン版では女性に替えられています。余談ですが、Alan Merrill はI Love Rock’N Roll を作詞しただけでなく、1960年代末から70年代初頭の一時期、日本で芸能活動をしていたという変わった経歴を持つ人で、2020年、コロナ騒ぎの初期にウイルスに罹患して亡くなりました(彼が来日したのは、ジャズ・ミュージシャンである母親がその当時、日本に居住していたからだったようです)。ついでに余談をもうひとつ。ジョーン・ジェットはその見た目からもレズビアンではないかと言われ続けていますが(長髪をブロンドに染めていたデビューしたての頃の彼女は可愛らしい娘さんだったんですがね)、本人は肯定も否定もしていません。The Runaways のメンバーであったLita Ford が自らの脱退原因を「When I found out that the girls were all gay in the band, I wasn’t sure how to take it. I didn’t know what it was(他のメンバーが全員レズビアンだって分かった時、どう受け止めていいのかも分からなかったし。それが何なのかも分からなかったわ)」と雑誌のインタビューで語っていますので、真相はこの辺りにありそうです。

I saw him dancin’ there by the record machine
I knew he musta been about 17
The beat was goin’ strong
Playin’ my favorite song
And I could tell it wouldn’t be long
‘Til he was with me, yeah, me
And I could tell it wouldn’t be long
‘Til he was with me, yeah, me, singin’

あそこのジュークボックスの傍で彼が踊ってんのを見たんだ
彼、17くらいに違いなかったかな
鼓動は高鳴るし
お気に入りの曲はかかってるしだったから
時間はかからないだろうなってのは分かってた
彼と恋人同士になるのにね、そう、あたいがさ
時間はかからないだろうなって分かってた
彼と恋人同士になるのにね、そう、あたいがさ、こんな風に歌いながらね

I love rock ‘n’ roll
So put another dime in the jukebox, baby
I love rock ‘n’ roll
So come and take your time and dance with me

あたいはロックンロールが好きなのさ
だから10セント硬貨をもう一枚ジュークボックスに入れてよ
あたいはロックンロールが好きなの
だからここへ来て、焦らないでいいから、あたいと踊ってよ

He smiled, so I got up and asked for his name
"That don’t matter," he said, "’cause it’s all the same"
Said, "Can I take you home where we can be alone?"
And next we were movin’ on
He was with me, yeah, me
Next we were movin’ on
He was with me, yeah, me, singin’

彼、微笑んだんだよね。だからあたいはぱっと名前を訊いたんだ
そしたら彼「そんなのどうでもいいだろ。名前なんて同じなんだから」だってさ
こうも言ったね「うちへ送ろうか?二人っきりになれる」って
次の瞬間、あたいたちはおうちへ向かってた
彼と一緒にね、そう、あたいがさ
あたいたちはおうちへ向かってたのさ
彼と一緒にね、そう、あたいがさ、こんな風に歌いながらね

I love rock ‘n’ roll
So put another dime in the jukebox, baby
I love rock ‘n’ roll
So come and take your time and dance with me

あたいはロックンロールが好きなのさ
だから10セント硬貨をもう一枚ジュークボックスに入れてよ
あたいはロックンロールが好きなの
だからここへ来て、焦らないでいいから、あたいと踊ってよ

Said, "Can I take you home where we can be alone?"
Next we were movin’ on
He was with me, yeah, me
And we’ll be movin’ on and singin’ that same old song
Yeah, with me, singin’

こう言ったんだ「うちへ送ろうか?二人っきりになれる」って
次の瞬間、あたいたちはおうちへ向かってた
彼と一緒にね、そう、あたいがさ
あたいたちはおうちへ向かうんだ。あの同じ古い歌を口遊みながらね
そう、あたいとね、こんな風に歌いながら

I love rock ‘n’ roll
So put another dime in the jukebox, baby
I love rock ‘n’ roll
So come and take your time and dance with me
I love rock ‘n’ roll

あたいはロックンロールが好きなのさ
だから10セント硬貨をもう一枚ジュークボックスに入れてよ
あたいはロックンロールが好きなの
だからここへ来て、焦らないでいいから、あたいと踊ってよ
このあと、同じコーラスを延々繰り返して曲は終わります。

I Love Rock N’ Roll Lyrics as written by Jake Hooker, Alan Merrill
Lyrics © BMG Rights Management, Kobalt Music Publishing Ltd., Exploration Group LLC

【解説】
キタァァァ…!って感じですね。久し振りにクサい歌詞の登場ですよ(笑)。クサい歌詞は大抵そうですが、この曲の歌詞も非常にシンプルなフレーズで構成されているので、難しい部分は特に見当たりません。第1節目の1行目、the record machine は第2節のコーラスで出てきますが、ジュークボックスのことです(ジュークボックスについては本コーナーの第30回の記事も参考ください)。2行目のmusta はmust have の口語。3行目のThe beat は心臓の鼓動とロックの鼓動の両方の意味を含めているのだろうと思います。5行目からのAnd I could tell it wouldn’t be long till he was with me(クドイです。駄目な詩の典型です)は直訳すれば「彼が私と一緒にいるようになるまでに長い時間はかからないと言えるでしょうね」ですので、このような訳にしてみました。2節目の2行目のdime ですが、これは米国の10セント硬貨のこと。オリジナルの歌詞でもdime になってまして「イギリスの硬貨ってペニーじゃないの?」と疑問に思った方は優秀です。Arrows は英国のロンドンで結成されたバンドとは言え、この曲を作詞したJake Hooker はイスラエル生まれのアメリカ育ち。Alan Merrill に至ってはニューヨーク市生まれのアメリカ人。なのでdime という単語を使っている訳です。60年代頃のアメリカのジュークボックスの料金は機械によってまちまちですが、1曲5セント、2曲10セント、4曲25セント(機械の構造上の問題なのか、なぜか5曲ではなく4曲です)というのが相場だったみたいです。なのでSo put another dime in the jukebox というのは「ご機嫌になれるロックンロールをもう1曲かけてくれと」いうことになります。

3節目も和訳のとおりで難しい部分はありません。2行目のThat don’t matterは、正しい文法ではdoesn’t ですね。4節目は2節目のコーラスの繰り返し。5節目も一見、難解な点は見当たりませんが、1か所だけひっかかる部分があります。4行目のAnd we’ll be movin’ on and singin’ that same old song です。なぜ、ここがひっかかるのか皆さんは気付かれましたか?その理由は、ここまでの歌詞が過去形で語られているのに、ここのフレーズだけwill という未来形が使われているからです。なので、その瞬間、僕の頭に浮かんだのは「その夜、バーに現れた女が、店の片隅にあるジュークボックスを眺めながら昔会った若いイイ男のことを思い出していると、その夜にもまたまた別のイイ男が現れ、昔と同じあの歌を歌いながら性懲りもなく昔と同じように男としけこもうとしている」といった感じの情景でした。勿論、あの歌というのはI love rock’n roll から始まる4行のコーラス部分のことですね。あれれれぇー、またまた今回も短い解説で済んでしまいましたよ!ちょっとやりがいがないですね(←嘘です。短くて済む方が断然楽でいいです)。

では、最後にJoan Jett の名前に関するエピソードをひとつ。このJett という苗字、あまり聞かない苗字なので、タイガー・ジェット・シンみたいなインド系かと思い(Joan Jett の顔立ちって、インド系と言わ れれば、そんな風に見えませんか?笑)調べてみたんですが、何の関係もありませんでした。彼女の本名は Joan Marie Larkin(Larkin の苗字を持つ人は大抵アイルランド系です)で、スターになる為にはLarkin で はダサいので、恰好のいい響きの苗字にしようとJett にしたそうです(←たいしたオチもなくてスミマセン・汗)。

【第45回】Seven Wonders / Fleetwood Mac (1987)

今回ご紹介するのは、ほぼ60年という恐ろしく長い活動歴を誇る英国の老舗バンドFleetwood Mac が1987年にリリースした18枚目のアルバムTango in the Night に収録されているSeven Wonders という曲です(1977年リリースの名曲Dreams にするかどうか迷いましたが)。Fleetwood Mac はJohn Mayall が率いるThe Bluesbreakers に所属していたPeter Green が、同じバンドのメンバーであったドラムのMick Fleetwood とベースのJohn McVie を誘って1967年に結成したバンドで、二人をメンバーに誘う餌としてバンド名をFleetwood Mac としました(と言ってもJohn McVie の方は直ぐには参加してくれなかったのですが・笑)。長い歴史を持つバンドはどこもそうですが、このバンドもメンバーが頻繁に入れ替わっていて、バンドを結成した張本人のPeter Greenからして、薬物(LSD)で精神錯乱を起こし1970年に自ら脱退しています(←って言うか、昔のアーティストってこんな奴ばっかだったんですよね・汗)。Seven Wonders をリリースした時代のFleetwood Mac のボーカルはStevie Nicks というアリゾナ州フェニックス生まれのアメリカ人女性で(小柄なせいか、いつも厚底靴を履いているのがご愛嬌)1974年にメンバーとなりました。彼女の父親はアメリカの長距離バス会社の最大手Greyhound 社の副社長だった人だそうなので、ちょっとしたお嬢様ですね。Stevie の名は概して男性の愛称と考えられがちですけども、女性名のStephanie の愛称としても用いられ、実際、Stevie Nicks の本名もStephanie Lynn Nicks なのですが、彼女の場合は、彼女が幼少の頃、自分の名前をteedee としか発音できなかった為、父親が面白がって彼女をStevie と呼ぶようになったと伝えられています。この曲Seven Wonders の歌詞は、クレジットにStevie の名が並んでいるものの、歌詞の大部分は歌手兼作詞作曲家であるStevie の友人Sandy Stewart が手掛けました。とは言え、Stevie も大学を中退してはいるものの国語の教師を目指していただけあって、実のところ、歌が上手いだけじゃなくて(ちょっとしゃがれ気味のあの声、いいです)作詞の方もなかなかの才能の持ち主なんですよね(←上から目線はいい加減やめろ・怒)。

さてさて、Seven Wonders の歌詞はと言うと、難解な単語も文法も全く使われてはいませんが、暗喩だらけで歌詞を理解するのはちょっとひと苦労。かなり手強い相手ですので、先ずは歌詞にざっと目を通してみてください。

So long ago
Certain place
Certain time
You touched my hand
On the way
On the way down to Emmeline

ずっと遠い昔
とある場所で
とある時に
あなたはあたしの手に触れたわ
あの道でよ
エマラインへと向かう途中のね

But if our paths never cross
Well, you know I’m sorry, but

でも、あたしたちの運命が重なることはもうないんだから
なんてのかな、悪いんだけど

If I live to see the seven wonders
I’ll make a path to the rainbow’s end
I’ll never live to match the beauty again

この世で七不思議を目にすることができると思って
あたしは虹の向こうに続く道を切り開くわ
あの甘美さに代わるような世界に生きることはもうないけどね

The rainbow’s edge
(Aaron)
(Aaron)

虹の入口に向かうの
(そうすべきでしょう)
(アーロン)

So it’s hard to find
Someone with that kind of intensity
You touched my hand, I played it cool
And you reached out your hand to me

とても難しいことなのよ
ある種の情熱に溢れた人を見つけるのはね
あなたがあたしの手に触れた時、あたしは冷静に振る舞った
あなたはあたしに手を差し伸べてくれたの

But if our paths never cross
Well, no, I’m not sorry, but

でも、あたしたちの運命が重なることはもうないんだから
なんてのかな、悪いって訳じゃないんだけど

If I live to see the seven wonders
I’ll make a path to the rainbow’s end
I’ll never live to match the beauty again

この世で七不思議を目にすることができると思って
あたしは虹の向こうに続く道を切り開くわ
あの甘美さに代わるような世界に生きることはもうないけどね

The rainbow’s edge
(Aaron)
(Aaron)
虹の入口に向かうの
(そうすべきでしょう)
(アーロン)

So long ago
It’s a certain time
It’s a certain place
You touched my hand and you smiled
All the way back you held out your hand

ずっと遠い昔
とある時に
とある場所で
あなたはあたしの手に触れ、微笑んだわね
帰り道に手を差し伸べてくれたの

If I hope and if I pray
Ooh, it might work out someday
望み、祈れば
あぁ、いつか願いはかなうかもしれない

If I live to see the seven wonders
I’ll make a path to the rainbow’s end
I’ll never live to match the beauty again
(Well if I hope and I pray)
(Well maybe it might work out someday)
If I live to see the seven wonders
(if I live to see the seven wonders)

この世で七不思議を目にすることができると思って
あたしは虹の向こうに続く道を切り開くわ
あの甘美さに代わるような世界に生きることはもうないけどね
(望み、祈れば)
(いつか願いがかなうかもしれないし)
この世で七不思議を目にすることができるとして
(そう、この世で七不思議を目にすることができるとしてね)

Seven Wonders Lyrics as written by Stephanie Nicks, Sandy Stewart
Lyrics © Universal Music Publishing Group, Kobalt Music Publishing Ltd.

【解説】
シンセサイザーを使ったイントロが印象的で、その直後からStevie の美声が響くこの曲を聴いて、皆さんは何のことを歌っている曲だと感じられましたか?いまいち良く分かりませんよね(汗)。この曲の歌詞、一般的には、もう二度と会えなくなった(もしくは別れた)恋人に対して、あなたと過ごした時間は世界の七不思議だって敵わない甘美なひと時であったという気持ちを歌っているとされていますが、果たしてそうなのか歌詞を見ていきましょう。

先ず1節目は、6行目までは短い簡単なフレーズの羅列でとても分かり易いですが、6行目にいきなり謎が出てきます。On the way down to Emmeline のEmmeline です。このフレーズからするとEmmeline は地名であるとしか受け止められませんね。Emmeline にいろいろな意味を持たせようとする方もおられるようですが、僕の中では「これって地名?」ってこと以外には特に何も頭に浮かんできませんでした(因みにEmmeline は女性の名前でもあり、発音をカタカナにするとエマリーンとエマラインの2種類があるのですがStevie がしている発音は後者です)。とは言え、このEmmeline とは何なのか、なぜここに唐突に出てくるのかが理解できなかったので調べてみたところ、ファンの間では、Sandy Stewart から曲のデモテープを受け取って聴いたStevie が、本来のフレーズをEmmeline と聞き間違えたというのが定説になっていることが分かりました(最初はプロの歌手が聞き間違いなどするものかなと思いましたが、Stevie もご多分にもれず強度の麻薬依存者だった人でして、この頃からその治療を受け始めているという事実から考えると、そういった薬物の影響があったのかもしれませんね)。では、その本来のフレーズとはいったい何だったのかと言うと、これも二つの説があって、ひとつはheld the line、もうひとつはend of the line というものでした。前者だとOn the way down とつなげてみても意味が良く分かりませんが、後者だとなるほどと思えるので、僕は後者ではないかと考えています。その理由は後ほどに(但し、この人が書いてる詩の構成から考えると、ここの部分は4行目のhand と韻を踏むはずなので、本当はOn the way you held out your handではなかったのかという気がしないでもないのですが…)。

2節目の2行目も何が言いたいのか、この言い回しの趣旨が良く分かりませんけど、要はour paths never cross なのだから、第3節に続く内容は確かなことであるということの強調でしょう。3節目のthe seven wonders はSeven Wonders of the World 世界の七不思議(ギザのピラミッド、バビロンの空中庭園、エフェソスのアルテミス神殿、オリンピアのゼウス像、ハリカルナッソスのマウソロス霊廟、ロドス島の巨像、アレクサンドリアの大灯台という七つの古代建造物を指します)のことで、この曲のプロモーション・ビデオを見てもそのことは明らかです。2行目のrainbow は未来に向かって架かる橋の暗喩であり、4節目のThe rainbow’s edgeは未来へと向かう橋の袂(入口)と僕は理解しました。つまり、第3節目で歌われているのは「あなたと過ごした日々に代わるものにはならないけど、私は未来に向かって歩む」という決意ではないかと思います。次のたった1行しかない第4節目に現れるのはこの曲で最大の謎です。なぜなら、The rainbow’s edge と歌ったあと、小声で囁くように2回、Stevieが「Aaron」と言ってるからです(キーボード担当のChristine McVie の声かもしれませんが)。「Aaron?なんじゃそれ!?」って感じなんですけど(Aaron は男性の名前ですが、ネイティブ話者の人たちの中にはここの部分がSara とかTara に聞こえる人がいるようです。どう聞いても僕にはAaron としか聞こえなかったですが・笑)こちらも調べてみたところ、真偽のほどは分かりませんが、Aaron はSandy Stewartの亡くなった友人の名前で、この歌のタイトルも当初はAaron にする予定であったという噂があるようです。その噂話を眉唾物だと僕が思えないのは、our paths never cross とあるとおり、この曲がAaron という故人に対する追悼の意味も込められていると考えれば合点がいくからで、そうでもなければここでわざわざAaron と囁く意味がありません。冒頭でend of the line の話に触れましたが、Aaron が故人であるのなら、On the way down to end of the line を死へと向かう途中、即ち死の間際でと考えればすべての辻褄が合うのです。つまり、この曲の歌詞は、もう二度と会えない恋人に対する思いを歌っているというよりも、亡くなった友人(嘗ては恋人関係にあったかもですが、どちらかと言えば恩人的な存在の人)への思いを歌ったものではないかというのが僕の結論です。If I live to see the seven wonders は、いくら故人のことを想ったところでその人と再会することは世界の七不思議以上のこと、つまりは「あり得ないことだけど」ということの暗喩なのでしょう。だから、Aaronという囁きは、私は前へ向かって進んでいかなくっちゃという主人公の決意を「そうでしょう、アーロン」と自らで念押しをしているように僕には聞こえました。第5節の2行目kind of intensity はpassionの言い換えと考えてこのように訳しました。3行目のplay it coolは「冷静に振る舞う、さりげなく振る舞う」といった意味で使われるスラングです。6~8節目はほぼ同じフレーズの繰り返し。9節目のIf I hope and if I pray. Ooh, it might work out somedayは、故人がもうこの世には戻ってこないことを承知で言っているのであればとても切ないですね。

と、いろいろ勝手に解釈しましたが、僕自身も小説を書きますので、表現者としての立場から言わせてもらうなら、自分の作品にどういった思いが込められているのかなど、所詮は他人に分かるはずがないと思う ことがしばしばあります。なので、この曲の歌詞に込められた思いというのも、作者であるSandy Stewartが自ら語らない限り、誰も分かる者はいないというのが正直なところです。

【第46回】Don’t Get Me Wrong / Pretenders (1987)

さてと、今回お送りするのはPretendersが1987年にリリースしたDon’t Get Me Wrongという曲です。Pretenders は1979年に英国で結成され、今も活動中の老舗バンド。このバンドもメンバーの入れ替わりは激しいですが、ボーカルは結成時からずっとChrissie Hynde(この人もオハイオ州生まれのアメリカ人です)が務めていて、勿論この曲のボーカルも彼女が担当してます。珍しい低音域で歌う彼女の声はとても魅力的で、一度聴いたら忘れられない声だし、歌い方も独特だと僕なんかは思うのですが、声はいいけど歌が上手くないという評価を下す人もいるみたいですね。この曲は1987年度の米国ビルボード社の年間チャートで92位と、それほどヒットした訳ではなかったものの、どこか明るい調子のメロディーラインとその旋律にミスマッチな歌詞が僕は好きで、お気に入りの1曲でもあるんですけど、この曲を作詞したChrissie Hynde がDon’t Get Me Wrong は彼女の友人であるプロのテニス・プレーヤーで、その短気な言動からとかく誤解されがちであったジョン・マッケンローの為に作ったと語っていたことを先日に知って「えぇぇー、そうなのぉぉぉ」と衝撃を受けました。世の中には知らずにいる方が良いこともあるというのは確かなようですよ。Don’t Get Me Wrong のエピソードとしてもうひとつ付け加えておくと、この曲のプロモーション・ビデオは、1960年代にイギリスのテレビで放映されていたスパイアクションドラマ「アベンジャーズ(日本では「スパイ㊙作戦」のタイトルで放送)」へのオマージュといった仕立てになっていますが、この曲の歌詞とは全く関係性がありません。関係性も整合性もゼロ!意味不明です(笑)。

Don’t get me wrong
If I’m looking kind of dazzled
I see neon lights
Whenever you walk by

勘違いしないでよね
あたしが眩しそうにしてても
ネオンサインを見つめてるだけだから
あなたが傍を通り過ぎる時はいつもね

Don’t get me wrong
If you say hello and I take a ride
Upon a sea where the mystic moon
Is playing havoc with the tide
Don’t get me wrong

勘違いしないでよね
あなたの誘いにあたしが乗っても
海の水面の上に浮かぶ神秘的な月が
潮の満干をおかしくしてるだけだから
勘違いしないでよね

Don’t get me wrong
If I’m acting so distracted
I’m thinking about the fireworks
That go off when you smile

勘違いしないでよね
あたしがぼおっとしていても
花火のことを考えてるだけだから
あなたが微笑むと打ち上がる花火のことをね

Don’t get me wrong
If I split like light refracted
I’m only off to wander
Across a moonlit mile

勘違いしないでよね
あたしが屈折した光みたいに二つになっても
単にさ迷い始めてるだけだから
月に照らされた道を横切りながらね

Once in a while, two people meet
Seemingly for no reason
They just pass on the street
Suddenly, thunder showers everywhere
And who can explain the thunder and rain?
But there’s something in the air

二人はたまに会うわよね
取りたてて理由もないのに
それで、通りを歩いてたりすると
突然、そこらじゅうで雷雨になったりするよね
その雷と雨のことを説明なんてできる?
何かが起こりそうな感じってことは言えるけどさ

Don’t get me wrong
If I come and go like fashion
I might be great tomorrow
But hopeless yesterday

勘違いしないでよね
あたしの恋心が流行みたいに長続きしないとしたら
明日は輝く日になるかもしれないわよ
だって、昨日は望み薄だったんだから

Don’t get me wrong
If I fall in the mode of fashion
It might be unbelievable
But let’s not say so long
It might just be fantastic
Don’t get me wrong

勘違いしないでよね
あたしが流行に乗るようなことがあったら
かなり信じられないわよね
でも、お互いさよならなんて言わないでおきましょうよ
だって、その方がいい感じじゃない
勘違いはしないで欲しいんだけどさ

Don’t Get Me Wrong Lyrics as written by Chrissie Hynde
Lyrics © Hipgnosis Songs Group

【解説】
歌詞を見ていただけば分かるとおり、冒頭で触れた「誤解されがちであったジョン・マッケンローの為にこの曲を作った」というChrissie Hynde の言葉はちょっと真に受けられませんね。この曲がリリースされたのは1987年。前年にジョン・マッケンローは女優のテータム・オニールと結婚してますから、この曲はジョン・マッケンローの為に作ったと言うよりも、Chrissie Hynde の嫉妬心も含んだマッケンローに対する横恋慕な気持ちを歌っているのではないかという気がしてなりません(←あくまでも勝手な推測です・汗)。ジョン・マッケンローは自らもギターを弾く大の音楽好きだそうなので、Chrissie は当時既婚者でしたが(夫はロックミュージシャンのJim Kerr、後に離婚)仕事に関係なく気軽につきあえる彼に意外と気があったのかもです(←これも、あくまでも勝手な推測。ですが、第8回でも紹介したとおり、ジョン・マッケンローは薬物依存を改めようとしないテータム・オニールと離婚後、Patty Smyth と再婚しているんですよね。意外とマッケンローは女性アーティストに好かれるタイプの男性なのではないでしょうか)。

では、問題の歌詞をもう一度ゆっくりと見ていきましょう。歌詞は「Don’t get me wrong と言ったあと、その理由を比喩で述べる(言い訳をする)」という節を繰り返す構成になっていて、韻はあまり踏んでいないものの、歌詞自体にはそこそこのセンスが感じられます(←また出た!上から目線)。1節目、最初に出てくるタイトルと同じDon’t get me wrong は、日常会話でもよく使われるフレーズ。「私のことをwrong(間違ったふうに)get しないでね」ということですから「誤解しないで、勘違いしないで」という意味。つまり、Don’t misunderstand me と同じです。第1節では「あなたが傍を通り過ぎる時、あたしが眩しそうな顔をしていても(あなたを見て瞳を輝かせていてもということです)ネオンサインを見つめてるだけだから、そのことをget me wrong しないでと言ってる訳です。つまりDon’t get me wrongと言ってはいるものの、それ以降のフレーズで述べられていることは、何を誤解しないでと言ってるのではなく、それらのことこそ事実なのだという逆説であると僕は考えます。主人公がI see neon lights と言い訳をしているのはそれが故ですね。要するにひねくれた女なのです(笑)。2節目はちょっと難解です。If you say hello and I take a ride の部分を聴いて僕の脳裏を過ったのは「やあ,(車に)乗ってくかい?」「じゃあ、乗ってこうかな」ってな情景でしたので、このように訳しました。Upon a sea where the mystic moon is playing havoc with the tide は相当に難解で、僕には女性の生理(月のもの、つまりはメンス)のことを言っているように聞こえました。車に乗ることにした(誘いに乗ることにした)のは、生理の周期の関係でちょっと積極的(ムラムラしていた)になっていたからだとここでも言い訳をしている訳です(←あくまでも僕の勝手な推測です・汗)。

第3節も第1節と同じパターン。「あなたがにっこり微笑むのを見るだけで、花火を目にして見とれるくらいにぼおっとしちゃう」ってな感じでしょうか。distract という動詞はDon’t distract me(私の気を散らさないでくれ、集中してるから邪魔するな)という表現として日常生活でも良く使われ、be distracted だと「ぼおっとしている、気もそぞろである」といった意味になります。やはり、この歌詞の主人公は相手にぞっこんのようですね。第4節はさらに難解で、何を言いたいのやら良く分かりませんが、写真の撮影技術にsplit lighting というテクニックがあることから(被写体の半分の面に光を当て、陰陽半分ずつにして撮影する技術)、主人公が持つもうひとつの顔(別の顔)が現れても、それはI’m only off to wander(出来心みたいなもの。be off to は、今いるところから離れてどこかへ向かうというイメージです)ということではないかと考えました。「あなたの誘いに乗ったとしても、それは出来心からだ」とでも言いたいのでしょう。第5節ではDon’t get me wrong のフレーズが消え、二人の関係の描写に入ります。6行目のthere’s something in the air は「なんだか何かが起こりそうな予感がする」という気持ちを表現したい時に使われる決まり文句で、この第5節を聴くと、やはり歌詞の主人公は恋が次の段階に進むことを期待しているとしか思えません。にも拘らず、第6節では再び思わせぶりな台詞を主人公は口にしています。2行目のcome and go は読んで字の如く「行ったり来たり」の意味ですが、そのコアには「何かが長続きせず一定期間だけ存在する」というイメージが存在します。このあとに続くfashion は、流行、流行りの意味ですが、流行は直ぐにすたれるものであり、燃え上がるような恋も同じように直ぐに冷めることから、love の暗喩ではないかと考えました。なので、2行目のI は「恋心を持つ私」であり、I might be great tomorrow, but hopeless yesterday は「私の恋心は長くは続かないから、早く私を口説かないと気が変わってしまうわよ」と相手をせかしているように僕には聞こえました。そして、相手が乗ってきたとみるや、主人公はまたまたひねくれた態度を取ります。それが第7節。2行目のfall in the mode of fashion は前述のようにfall in the mode of love と言い換えれば分かり易いです。つまり、主人公は自分で相手をせかしておきながら「あたしが恋に落ちるなんて考えられないわよね」なんてことを言ってる訳なんです。しかも、たとえそうなってもlet’s not say so long.It might just be fantastic と嘯くのですが(so long はgood bye の言い換えとして70年代くらいまではよく使われていたフレーズです)、最後にDon’t get me wrong と言うところがこの歌詞のミソ。二人の恋が真剣なものであるというような勘違いはするなということだと僕は理解しました。おっ、お、恐ろしい女です…(汗)。

【第47回】99 Red Balloons / Nena (1983)

今日ご紹介する女性歌手は、英米中心の洋楽界では珍しいドイツの一発屋、Nena です(失礼な紹介の仕方でスミマセン・汗)。その名のとおりの一発屋なのでヒット曲はこの99 Red Balloons(原曲のドイツ語版タイトルは99 Luftballons)しかありませんが、1983年から84年にかけて世界中で大ヒットしました(米国ビルボード社の84年の年間チャートで第28位。でも、後追いで作られた英語版は人気がなく、チャートインしたのはドイツ語版の99 Luftballons の方です)。心地良いテンポのこの曲のメロディーラインとそれにぴったりはまったNena の歌声が人気を後押ししたこともありますが、99 Red Balloons がヒットした背景には(世界中の若者に反戦歌として受け容れられました。歌詞の内容に関しては解説で)、自由主義陣営と共産主義陣営とが世界を二分して激しく対立していたという当時の緊張状態、いわゆる冷戦があったと思います。この曲がリリースされた80年代初頭というのは、ソ連が新たに開発した核兵器搭載可能な中距離弾道ミサイルSS-20(どうでもいい話ですが、NATO がそう名付けただけで、ソ連での正式名称はRSD-10 と言います)を脅威に感じた西ヨーロッパ諸国がその配備を止めるようソ連に強い圧力をかけていた時代。とは言え、ソ連がそんな圧力に屈するはずもなかったので、ドイツは対抗処置としてアメリカ製の同様のミサイルPershing II の国内配備を始めようとしていました。99 Red Balloonsが生まれたのはそんな状況下のこと。1982年に西ベルリンで行われたローリング・ストーンズのコンサート会場を訪れていたこの曲の作詞者Carlo Karges が、会場から飛ばされたいくつもの風船が塊になってUFOのような形で空を舞っているのを見て「この風船がこの形のままベルリンの壁を越えてソ連軍が駐留する東ベルリンに飛んで行ったら何が起こるだろう?」と思った瞬間、歌詞が頭に浮かんできたそうです(実際、オリジナルのドイツ語版の歌詞にはこのUFOという言葉が出てきます)。この曲で歌われているような、何か些細なことが切っ掛けとなって核戦争が起こるというシナリオは、あの時代、決して絵空ごとではなかったんですよね。その切迫感が、この曲のヒットにつながったのではないかと思います。Nena はボーカルの女性の愛称であるのと同時に、Gabriele Kerner(Nena の本名)とドラマーのRolf Brende が西ベルリンで結成したドイツ人5人組のバンド名でもあり、Nena の名はスペイン語のniña(girlの意味。ニーニャと発音します)に由来するそうです。

You and I in a little toy shop
Buy a bag of balloons with the money we’ve got
Set them free at the break of dawn
‘Til one by one, they were gone
Back at base, bugs in the software
Flash the message, "Something’s out there!"
Floating in the summer sky
Ninety-nine red balloons go by

あたしたち二人、小さなおもちゃ屋で
ありったけのお金で沢山の風船を買って
夜明けに飛ばしたの
ひとつひとつ、全部なくなっちゃうまでね
そのあと基地に戻ったら、コンピューターが誤作動してて
「未確認物体発見!」なんてメッセージが画面に点滅してた
夏の空に浮かんだ
99の赤い風船がそっと飛んでるだけなのに

Ninety-nine red balloons
Floating in the summer sky
Panic bells, it’s red alert!
There’s something here from somewhere else!
The war machine springs to life
Opens up one eager eye
Focusing it on the sky
When ninety-nine red balloons go by

99の赤い風船が
夏の空に浮かんでるだけなのに
警告音が鳴って、警戒警報発令!
どこかしらからやって来た未確認物体発見!だってさ
急に動き出した迎撃システムが
どんなものでも見落とすまいと
空に焦点を合わせてた
99の赤い風船がそっと飛んでる時にね

99 Decision Street
Ninety-nine ministers meet
To worry, worry, super-scurry
Call the troops out in a hurry
This is what we’ve waited for
This is it, boys, this is war
The president is on the line
As ninety-nine red balloons go by

デシジョン通りの99番地じゃあ
99人の大臣が集まって
まずいぞ、まずいぞ、急ぐんだ
急いで部隊に出動命令だって大騒ぎ
この時を待ってたんだ
遂にだぞ、君たち、これは戦争だって
大統領も電話で大騒ぎ
99の赤い風船がそっと飛んでる時にね

Ninety-nine knights of the air
Ride super high-tech jet fighters
Everyone’s a superhero
Everyone’s a "Captain Kirk"
With orders to identify
To clarify and classify
Scramble in the summer sky
Ninety-nine red balloons go by
As ninety-nine red balloons go by

99人の空の騎士が
最新鋭のジェット戦闘機を操縦
みんなが英雄
みんながカーク船長
正体を突き止めろって命令で
それが何だかを突き止める
夏の空に緊急発進
99の赤い風船に向かって
99の赤い風船がそっと飛んでる時にね

Ninety-nine dreams I have had
In every one, a red balloon
It’s all over and I’m standin’ pretty
In this dust that was a city
If I could find a souvenir
Just to prove the world was here
And here is a red balloon
I think of you, and let it go…

あたしが寝てるあいだに見た99の夢
どれもが赤い風船だったの
すべてが終った時、あたしは無傷のままでいたわ
塵になった街の中でね
もし何かあなたへのプレゼントが見つかるとしたら
ここに世界があったと示すことくらい
そして、ここにあるのは赤い風船がひとつ
あなたを思って、飛んで行かせる…

99 Red Balloons Lyrics as written by Kevin McAlea (ドイツ語のオリジナル版はCarlo Karges)
Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

【解説】
99 Red Balloons の歌詞、如何でしたか?最後のオチがコワ過ぎですよね。この歌詞は英語版ですが、ドイツ語版は趣旨とオチは同様なものの歌詞はかなり違っているとの噂だったので、どれくらい違っているのだろうかと思ってドイツ語版の最初の3行だけがんばって訳してみました。

Hast du etwas Zeit für mich?
Dann singe ich ein Lied für dich
Von 99 Luftballons

あたしに少し時間をくれるかしら?
そしたらあなたの為に一曲歌うわ
99の風船の(歌を)ね

やはり、かなり違っている、って言うか、全く違うじゃないですか!(笑)。これは、英語版の歌詞がオリジナルの作詞者Carlo Karges の手によるものではなく、アイルランド人のKevin McAlea という別人が手掛けたということが原因のようです。Carlo Karges が後に英語版は失敗だったと語っているように、この曲の英語版はその響きがどこか間の抜けたものになっていて(オリジナルの歌詞を別の言語で歌うと、大抵の場合そうなるんですが)ドイツ語版の方が断然いいのは誰が聴いても明らかです。アメリカで英語版の人気が出なかったのも頷けますね。タイトルにもなっているRed Balloons の部分も、オリジナルではLuftballons(ドイツ語で風船、気球の意)。でも、英語で風船を表す単語はBalloon と綴りが短く、間が空いてしまうので語呂のいい響きのred を付け加えただけとのこと。英語版のこのred には何の意味もないそうです(どうせなら、そのままLuftballons にしておくか、緊張状態にある国境で風船を飛ばしたことを悪い冗談だと揶揄する意味を込めてbad balloons にして欲しかったと僕なんかは思いますが)。なので、ほんとはドイツ語版の歌詞を紹介したかったんですけど、ドイツ語は勉強したことがないので3行でご勘弁を(汗)。

それでは、ドイツ語版ではなく(←まだ言うか!)英語版の歌詞をを見ていきましょう。英語版は簡単な単語ばかりが並んでいて、日本語に訳すのに特に難しい部分はありません。1節目は日本語訳のとおり。6行目のSomething’s out there は直訳すれば「向こうに何かがある」ですが、緊張感を出す為にこのような訳語にしました。8行目のgo by は、僕の中では、誰にも気付かれぬまま上空を通り過ぎて行くというイメージですね。2行目のPanic bell はemergency bell やalart bell の類と理解。5行目のThe war machine は、話の流れから「迎撃システム」という言葉を使いました。spring to life は「突然に活気づく」といった状態を表す際に使われる慣用表現です。6行目のeager eye は、日本語で言う「鵜の目鷹の目」のこと。何も見落とさないぞとばかりに熱心に目を凝らすといった感じでしょうか。3節目の最初に出てくる99 Decision Street は勿論、架空の通りの名前。議事堂や大統領官邸といった政治を決定decision する場所をイメージさせる言葉遊びです。4節目4行目のCaptain Kirk はテレビドラマ・シリーズの「スタートレック」に出てくる宇宙艦USSエンタープライズのカーク船長のこと(勇敢な行動でどんな困難も切り抜ける有名船長です)。このCaptain Kirk のくだり、オリジナルのドイツ語版ではHielten sich für Captain Kirk(自分がカーク船長だと思って)とスクランブルで飛び立って行ったパイロットたちを形容する言葉として使われています。そのあとに続くWith orders to identify to clarify and classify はちょっとクドイ表現ですね。複数の物の差異を明確にして特定したい時に使うのがidentify、結論や正体がわからないといった曖昧な状態が実際はどうなのかを明確にしたい時に使うのがclarify。classify は複数あるものを分類する、仕分ける、整理するといった意味です。まあ、それぞれの細かなニュアンスは違いますが、僕には同じことばかり言っているようにしか聞こえません(汗)。そして、最後の5節目。1行目のdreams は将来の夢といった夢の方ではなく、寝床で見る夢のこと。5行目のsouvenir はお土産のことですが、ここでは、あなたの為に探したプレゼントといった意味合いですかね。そして、It’s all over and I’m standin’ pretty in this dust that was a city(ここのstand の使い方は状態を表す用法なのでstand pretty は「美しいまま」となり、intact の言い換えと理解しました)とthe world was here が語っているのは、夢で見た話だということにはなっているものの、要は、遊びで飛ばされた空に舞う風船を敵と勘違いして核戦争(必ずしも核戦争という訳ではないですが、時代背景を考えれば核戦争でしょう)が始まり、街が灰になってしまったということです。冒頭で述べた「コワいオチ」の意味が分かっていただけたでしょうか?

僕がベルリンの街を東西に分離していた落書きだらけのコンクリート製の壁の前に立ったのは冷戦の最中の1985年のこと(勿論、落書きだらけだったのは西ベルリン側の壁だけです)。その時、チェックポイント・チャーリーを通って東ベルリンも訪れたんですが、結構な数のソ連軍が駐留してるはずなのに街にソ連兵の姿はなく、出稼ぎのベトナム人が街の通りを歩いている光景の方が僕には衝撃でした(当時の東ドイツとベトナムは社会主義国同士。東ベルリンで東洋人を何人か見かけたので声をかけてみたら、彼らは西ドイツに定住したベトナム難民ではなく、出稼ぎの為に本国からやって来た労働者たちだったんだです)。その後、1988年に再びベルリンの壁を越え、今度はアルバニアを除く東ヨーロッパの国々をすべて訪れましたが(東ドイツは外国人旅行者に対しても移動の自由を与えていませんでしたが、それ以外の東欧諸国は共産主義下であっても自由旅行をすることが可能だったんですよ!但し、当時のアルバニアは鎖国状態で個人旅行者は入国不可でした)、どこの国へ行っても耳にするのは共産主義体制の陰口、悪口のオンパレードで(多くの人々の不満はやはり、言論と移動の自由が制限されていることと、共産党関係者など特権階級化した人間だけがいい思いをしているということでした)、人々が不満しか感じていないような体制はいつか崩壊し、ベルリンの壁が取り払われる日も近い将来やってくるであろうということをひしひしと感じました。まさかその日が翌年やって来ることになろうとは流石に思いもしていなかったですけども。その時に東欧で体験したことをもとにベルリンの壁やルーマニアの日常を描いた短編小説『過去からやってきた旅人』という作品を本サイト内の『小説の棚』にアップしてありますので、興味のある方は読んでみてください。

【第48回】Papa Don’t Preach / Madonna (1986)

この人のことは好きではないのですが、80年代に青春を過ごした僕らの世代はこの人の曲を避けて通ることはできません。それに、いつも言ってますように、作者がどんな糞な人間であっても、素晴らしいと認めざるを得ない作品の価値がそのことによって下がることはないという真理は不変です。ということで、今回は「この人」ことマドンナの名曲Papa Don’t Preach を紹介することにしました。1986年にリリースされたこの曲は、全米でヒットすると同時に(この年のビルボード年間チャートで29位)アメリカ社会に大きな衝撃を与えた曲でもあります。何が衝撃的だったのかと言うと、歌詞の中で未婚のティーンエージャーの妊娠について言及されていたからです。今でもそうですが、米国では人工妊娠中絶を認めるかどうかという意見の表明は国を二分するほどにセンシティヴな問題で、それが歌になって公共の電波であるラジオやテレビでバンバン流れたのですから、多くの人が衝撃を受けたのも当然のことだったのです(日本人の感覚からすれば「えっ、なんで?」って感じですけども)。この曲は中絶賛成派からは激しい反発を食らい、逆に賛成派は大いに擁護しましたが、それがどういうことだったのか、先ずは歌詞をご覧ください。

Papa, I know you’re going to be upset
‘Cause I was always your little girl
But you should know by now
I’m not a baby
You always taught me right from wrong
I need your help, daddy, please be strong
I may be young at heart
But I know what I’m saying

パパ、パパが気を悪くするのは分かってるわ
だってあたし、ずっとパパのいい娘だったもの
だけどもう分かってもらいたいの
あたしは子供じゃないって
パパはいつも善悪の区別を教えてくれたわよね
そんなパパの助けが必要なの、パパ、気を確かにね
あたしはまだ小娘かもしれないけど
自分が何を言ってるのかくらいは分かってる

The one you warned me all about
The one you said I could do without
We’re in an awful mess
And I don’t mean maybe, please

気をつけろってパパが言ったあの人
やめとけってパパが言ったあの人と
すごく困ったことになってる
多分じゃなくて本気で言ってるの、だから

Papa, don’t preach, I’m in trouble, deep
Papa, don’t preach, I’ve been losing sleep
But I made up my mind, I’m
Keeping my baby, ooh
I’m gonna keep my baby, mm

パパ、お説教はやめて、あたし、すごく困ってるのよ
パパ、お説教はやめて、眠れないほど悩んできたの
だから決めたのよ、あたし
子供を産むってね
お腹の中の子を産むつもりなの

He says that he’s going to marry me
And we can raise a little family
Maybe we’ll be all right
It’s a sacrifice

彼、結婚しようって言ってくれてるから
あたしたち、ささやかな家庭を築けるわ
多分、うまくいくと思う
この身を捧げるんだもの

But my friends keep telling me to give it up
Saying I’m too young, I ought to live it up
What I need right now
Is some good advice, please

なのに友達はみんな、やめときなってずっと言ってる
あたしが若過ぎるだなんて言ってる、人生を楽しむべきだって
でも、あたしに今必要なのは
まともなアドバイス、だから

Papa, don’t preach, I’m in trouble, deep
Papa, don’t preach, I’ve been losing sleep
But I made up my mind, I’m
Keeping my baby, ooh
I’m gonna keep my baby, ooh, ooh

パパ、お説教はやめて、あたし、すごく困ってるのよ
パパ、お説教はやめて、眠れないほど悩んできたの
だから決めたのよ、あたし
子供を産むってね
お腹の中の子を産むつもりなの

Daddy, daddy if you could only see
Just how good he’s been treating me
You’d give us your blessing right now
‘Cause we are in love
We are in love (In love), so, please (So)

パパ、彼がどんなにあたしに優しくしてきてくれたか
パパが分かってくれるなら
今すぐに祝福してくれるはずよ
だって、あたしたち愛し合ってるんだもの
そう、あたしたち愛し合ってるの、だから

Papa, don’t preach, I’m in trouble, deep
Papa, don’t preach, I’ve been losing sleep
But I made up my mind, I’m
Keeping my baby, ooh
I’m gonna keep my baby, ooh, ooh

パパ、お説教はやめて、あたし、すごく困ってるのよ
パパ、お説教はやめて、眠れないほど悩んできたの
だから決めたのよ、あたし
子供を産むってね
お腹の中の子を産むつもりなの

*このあと、アウトロでPapa, don’t preach を連呼して曲は終了しますが、下記のコーラス部分だけ違っています。

Papa, don’t preach (don’t stop loving me, daddy)
Papa, don’t preach (I know I’m keeping my baby)
パパ、お説教はやめて(あたしのことをずっと愛して、パパ)
パパ、お説教はやめて(子供は産む気だけどね)

Papa Don’t Preach Lyrics as written by Brian Elliot
Lyrics © Reservoir Media Management, Inc.

【解説】
なんかビートルズのEleanor Rigbyみたいなオーケストラ演奏で始まり、そのあとドラムとベースの音色が加わることで一気にアップテンポになってマドンナの歌声が続くという構成のこの曲のイントロ、ここだけで何かドラマを感じさせてくれてとてもいいです。マドンナはカリスマ性だけが売りで歌は下手だという意見もあるようですが、彼女のDon’t Cry For Me Argentinaなんかを聴くと、歌唱力がないとは言い切れませんね。全米を騒がせたこのPapa Don’t Preachという曲は、西海岸在住のBrian Elliotというアーティストがたまたま地元で耳にした女子高生の立ち話からヒントを得て作詞したもので、彼自身はこの曲について「a love song about a young girl who found herself at a crossroads in life and didn’t know where to turn ・人生の岐路に立った時、どこへ向かっていいのか分からなかった少女のラブソングだ」と語っています(とは言え、ラブソングでは起こり得ない騒ぎが起こることを彼は分かっていたというのは間違いないでしょう)。この曲の歌詞の英語は比較的分かり易いものの、やや難解な部分もありますので一緒に詳しく見ていきましょう。

先ず第1節の最初に出てくるPapa と6行目のdaddy ですが、これは通常、子供が使う言葉です。ティーンエイジャーで使う人はあまりいません(高校生くらいのティーンエイジャーがpapa とかdaddy とか言ってたら逆にちょっと気持ち悪いです・汗)。このことは、歌詞の主人公がまだ精神的には子供の域を出ない少女(恐らくはローティーン)であることを示唆しており、7行目のI may be young at heart がそのことを証明しています(普通be young at heart は、年老いた人に対して気が若いと言いたい時に使う表現です)。5行目のteach someone right from wrong は「どんなことが正しく、どんなことが悪いことなのかを教える」ということであり、一般的に英語圏におけるその区分はキリスト教的価値観に基づく道徳を基準にして行われます。2節目のThe one は人のことを指していますが、ここではそれがまだ誰であるかは明確ではありません。物事を敏感に察する人ならそれが誰だか想像はつきますが、The one が少女の彼氏のことであることがはっきりするのは第4節目に入ってからです。1行目のall about はその前の文の内容を強調する為に付け加えられているもので、2行目のThe one you said I could do without はYou said I could do without the one と考えれば分かり易いでしょう。4行目のAnd I don’t mean maybe、これも、その前にある文の内容を強調したい時、文尾に付けて使われる決まり文句です。

そしていよいよ問題の3節目。don’t preach はsomeone gives you advice in a very serious or boring wayといった状況にある時、その相手に対して発する言葉で、正確にはdon’t preach at me となります。2行目のI’ve been losing sleep はI’ve been losing sleep over と理解しました。眠れないくらい気をもんできたということでしょう。4行目のKeeping my baby は、直訳すれば「私の赤ちゃんを保持する」ですが、この歌詞の中では「お腹の中の赤ちゃんを中絶せずに産む」ことを意味しているのは明らかですし、実際、若い娘さんがI’m gonna keep my baby と言うのを聞けば、ほとんど大多数の人はそう受け止めると思います。そして、米国社会に衝撃を与えたのがまさしくこのフレーズ。「そうよ、どんどん産みなさい」と中絶反対派や保守層が色めき立ったのは当然ですが、その逆に中絶賛成派が猛反発した理由はこのフレーズのせいだけではなく、第4節の歌詞も大いに関係していたと思われます。その4節目、He says that he’s going to marry me のフレーズから推測できるのは、第2節のThe one が少女のボーイフレンドであることであり(2節目で述べられていたのは、父親が娘の彼氏のことを最初から良くは思っていなかったということだったんです)、彼氏から結婚しようと言われている段階ですので、当然、少女は未婚ですね。未婚で妊娠、つまりは婚前交渉をしたということになりますから、馬鹿らしい話ですが、このくだりはカトリック教会という名の偽善者集団から非難されることにもなりました。中絶賛成派が憤ったのはそのあとに続く歌詞部分で、特に最後のIt’s a sacrifice がとどめを刺したのでしょう。賛成派の人たちは「家庭を築くという理由で男に人生を捧げるという伝統的な価値観に縛られたこの少女は、中絶という女性の権利を最初から放棄している。そんな風に女性を描くような歌詞は認められない」と考え、激しく反発したのではないかと思います。因みにこの曲が論議を巻き起こしていた最中のマドンナはというと、歌を賛美する反対派、歌をこき下ろす賛成派、どちらの派に対しても距離を置いていたようですが、後に彼女は雑誌のインタビューでこの曲のことを「It just fit right in with my own personal zeitgeist of standing up to male authorities(男性権力に立ち向かうという私の時代的な精神に合致していた)」と答えています。つまり、マドンナ自身は家庭を築くという理由で男に身を捧げるような女性ではなく、歌詞の内容とは違って中絶賛成派だったと言えますね。

第5節目の1行目のgive it up は、何を諦めろと言ってるのかというと、勿論、子供を堕ろさずに産むことです。少女のまわりの人間はそんなありきたりのことしか言わないので、彼女は父親に対して、説教はいいからまともな助言をしてくれと言ってる訳ですね。つまり、少女は父親のことを頼りになる人と考えているのです。6節目は第3節の繰り返し、7節目ではそんな父親に対し、二人は愛し合ってるし、彼氏が少女の事を大切にしてると思うなら素直に祝福して欲しいという思いを吐露しています。アウトロの部分で少女がdon’t stop loving me, daddy と言っているとおり、彼女は父親のことが好きなのであり、関係の悪化は望んでいないのです。この歌詞には母親は一切出てきませんので、父親が男手ひとつで愛情を注ぎつつ娘を育てていたのであろうことが推測できると言えるでしょう。

さて、このあと、この二人の親子関係はどうなったのでしょうか?マドンナが自ら出演しているこの曲のプロモーション・ビデオを見る限りでは、最後のシーンで父親が娘を抱きしめて終わっています。なので、父親は娘の意思を尊重し、ありのままの娘を受け容れたということなのだと理解しました。つまり、この曲で重要だったのは「少女が子供を産むという選択をしたことの是非」ではなく「たとえ少女であっても、自分のことは自分自身で決める権利がある」ということだったのだというのが僕の結論です。1983年のアルバムデビュー以来、マリリン・モンローに似せたそのルックスとダンスという武器を使ってMTV人気に乗っかりLike a Virgin やMaterial Girl、Crazy For You などの曲を次々にヒットさせてスターダムにのし上がったマドンナ。それでもまだその時点での彼女の位置付けは流行歌手程度のものでしたが、Papa Don’t Preachを歌ったことを機に本物のアーティストとして認められるようになった気がします。

【第49回】Upside Down / Diana Ross (1980)

女性ボーカル特集も今回で最終回(←勝手に最終回・汗)となりますので、米国の芸能界の大御所ダイアナ・ロスを大トリとしてお迎えすることにしました(←勝手に迎えるな・笑)。今日ご紹介するのは、彼女の代表曲のひとつUpside Down です。ダイアナは1944年、ミシガン州デトロイト生まれ(第二次世界大戦末期。ノルマンディー上陸作戦が行われた年ですよ・驚)。まだ女子高生であった1961年にデトロイトの新興レコード会社「モータウン」と契約し、黒人女性3人組のユニットThe Supremes としてデビューするやヒット曲を連発して(ビルボード社の週間チャートで1位になった曲は実に12曲)たちまち大スターとなり、グループ解散後はソロシンガーとしてさらに名を高めただけでなく今でも現役という、60年以上に渡って歌い続けてきたスゴい歌手なんです(2015年の時点でも尚、来日して武道館でコンサートをしてましたね)。マイケル・ジャクソンが家族のように慕い、絶対的な信頼を寄せていた人物としても知られています。Upside Down は、後に天才プロデューサーの名を欲しいままにするNile Rodgers(彼がプロデュースした様々なアーティストのアルバムはトータルで5億枚以上売れたと言われています。5億枚ですよ・汗)がプロデューサーとしての活動初期に初めて大物アーティストとタッグ組んだ際の作品で、米国ビルボード社の1980年の年間チャートで18位にランクインしました。Bee Gees のNight Fever みたいな出だしのこの曲、メロディーラインはファンキー&ダンサブル。歯切れのいいギター演奏とベースの音色も素晴らしく、ダイアナの声も良くマッチしていますが(ちょっと白人みたいな歌い方ですが)、何よりも歌詞がなかなかユニークですので、先ずは歌詞をお楽しみください。

I said, "Upside down, you’re turning me"
You’re giving love instinctively
‘Round and ‘round, you’re turning me

言ったでしょ「逆さまだって、あんたがあたしをその気にさせてるんだ」って
あんたって誰かに愛を感じさせてる人、無意識なんだろうけどね
ぐるぐるとかき回して、あたしを翻弄してるわ

Upside down
Boy, you turn me inside out
And ‘round and ‘round
Upside down
Boy, you turn me inside out
And ‘round and ‘round

逆さまなのよ
癪だけど、あんたが逆にあたしをその気にさせてんの
ぐるぐると惑わせてね
逆さまなのよ
癪だけど、あんたが逆にあたしをその気にさせてんの
ぐるぐると惑わせて

Instinctively, you give to me the love that I need
I cherish the moments with you
Respectfully, I say to thee
I’m aware that you’re cheating
When no one makes me feel like you do

あんたにはそのつもりがなくとも、あたしが求めてる愛をあんたは感じさせてくれる
あんたと過ごす時をあたしは大切にしたいの
謹んで汝に申し上げさせてもらう
あんたが浮気をしてることなんて分かってるけど
あんたみたいにあたしに愛を感じさせてくれる人はいないの

Upside down
Boy, you turn me inside out
And ‘round and ‘round
Upside down
Boy, you turn me inside out
And ‘round and ‘round

逆さまなのよ
癪だけど、あんたが逆にあたしをその気にさせてんの
ぐるぐると惑わせてね
逆さまなのよ
癪だけど、あんたが逆にあたしをその気にさせてんの
ぐるぐると惑わせて

I know you got charm and appeal
You always play the field
I’m crazy to think you’re all mine
As long as the sun continues to shine
There’s a place in my heart for you, that’s the bottom line

あんたが魅力ある人だってのは分かってる
いつもいろんな女と遊びまわってるものね
あんたがあたしのもんだって考えるなんてイカれてるけど
太陽が輝き続ける限り
あたしの心の中にはあんたが居てる、問題はそこなの

*このあとは上記と同じ節の繰り返しが続き、アウトロでUpside down, you’re turning me. You’re giving love instinctively を連呼して曲は終了します。

Upside Down Lyrics as written by Nile Gregory Rodgers, Bernard Edwards
Lyrics © TuneCore Inc., Sony/ATV Music Publishing LLC, Songtrust Ave, Warner Chappell Music, Inc.

【解説】
この曲の歌詞で要となるのはUpside down と’round and ‘round(この言い回しはChuck Berry の名曲Around and Around から着想を得たのかもですね)という言葉なんですが、この曲においてこれらの言葉を元の英語の響き、感覚を損なうことなく日本語に置き換えるというのは至難の業でした。上記の和訳はあく
までも自分の感性に従って訳したものですので悪しからず。

では歌詞をみていきましょう。第1節、曲のタイトルにもなっているupside down は「上下逆さま」、2節目に出てくるinside out は「裏表逆さま」というのが本来の意味です。余談ですが「左右逆さま」はそれじゃあleftside rightなのかと言うと、面白いことに英語ではそういった言い回しは存在せず wrongやopposite、backwards などを使って表現するしか他はありません。2行目にはinstinctively という長ったらしい単語。3節目にもRespectfully という単語が使われていますが、これらの単語は多音節語と呼ばれるもので、音節の強勢をリズムに乗せたかったのかどうなのかは良く分かりませんが、何らかの意図があってこういった多音節語を使っているのではないかと思われます。3行目の’Round は正式な文法書では認められていませんがaround の綴りと同じことで、’Round and ‘round というフレーズのコアのイメージは何かが円を描くような動きです。’Round and ‘round, you’re turning me は直訳すれば「私をぐるぐると回転させている」ですが、僕には歌詞の主人公が恋の相手に翻弄されている情景が頭に浮かんだので、このような訳にしました。コーラスに入る2節目、2行目のBoy は感嘆詞のBoy と理解。日本語に置き換えれば「えぇーっ!」とか「ちぇっ!」みたいな感じの言葉で男性でも女性でも使います。第1節と2節を聴いて受けた印象は、歌詞の主人公は本来は好きになってはいけない相手(既婚者や恋人のいる人、危険な匂いの漂ってる人など)を好きになってしまって翻弄されている状況であり、なぜそんなことになってしまっているのかというと、第3節で語られているようにInstinctively, you give to me the love that I need だからです。

3節目3行目ではRespectfully, I say to theeと急にあらたまった言葉遣いになっていますが、Respectfully という普通、相手に敬意を示す際に使う言葉のあとにI say to thee という芝居がかったフレーズが使われていることから考えれば(thee はシェークスピアの小説なんかによく出てくるthou と同様、中世の英語で使われていたyou を意味する言葉です)わざとそういう言い方をしている訳で、I wanna tell youとかI have something to say to you とか言うよりも、どこか嫌味たらしさを込めている感があります。4行目のcheating はゲームなどでズルをするという意味もありますが、ここでは浮気のことでしょう。第4節は2節目のコーラスの繰り返し。第5節目のplay the field は、元々は競馬で全部の馬に賭けることを意味していた言葉で、そこから転じて「手広くやる」となり、口語ではさらに「手当たり次第に異性と付き合う、遊び回る」という意味で使われるようになった表現です。5行目のthe bottom line も、元々は企業の決算書の最後のページの一番下の最後の数字(つまりは決算の結果を表している数字)から転じて、結論や肝心な事という意味でも使われるようになった言葉。第5節を聴いて分かるのは、この歌詞の主人公が相手に対して相当夢中であるということであり、There’s a place in my heart for you, that’s the bottom line というフレーズで締め括っているように、その原因が自分にあるという自覚もあるようです。このUpside Down という曲はアルバム「Diana」に収録されていたもので、アルバムを制作するにあたって事前にダイアナ・ロスに対して長時間のインタビューを行っていたNile Rodgers は、ダイアナがそのインタビュー中に「I just wanna turn my whole career upside down 今までの自分のキャリアをひっくり返したい」と吐露するのを聞いてこの歌詞を書いたと最近になって語っています(ダイアナのその発言の根底には、16歳のデビュー時から在籍し、腐れ縁になってしまったモータウンから離れたいという気持ちがあったようです)。彼女のそんな思いがどう転じてこんなラブソングに変わってしまったのかは良く分かりませんが(笑)。

締めくくりはダイアナではなくNile Rodgers のエピソードを少し。彼はニューヨーク市Lower East Sideの生まれで、今では高級住宅街に生まれ変わっていますが彼が生まれた1952年当時のLower East Sideは貧民街だった所です。そんな環境のせいか、Nile の母親が彼を妊娠したのは13歳の時でしたし(まさしくPapa Don’t Preach の世界ですね)、Nile 自身も13歳で麻薬常用者となり、革命による黒人解放を掲げて武装蜂起を黒人に呼びかけていた過激派「ブラックパンサー」に所属していたこともあります。学歴もコネも何もない貧民街生まれの黒人がギャングになって死ぬことにならずに億万長者になれたのは、彼には音楽の才能だけではなく他人の才能を引き出すマネージメントの才能もあったからで、Nile Rodgers という人はとても頭の切れる人なのだろうと思いますね(←勿論、彼と会ったことも話したこともないので何の根拠もアリマセン・汗)。

【第50 回】Stairway to Heaven / Led Zeppelin (1971)

Woo-hoo! I made it!!(本当はHip hip hooray!と何人かで集まってやりたいところですが、一人孤独にこのコーナーを書いてますので自己満足の証としてI made it にしときます・涙)。ということで、洋楽紹介も早いものでついに50回目を迎えました!(パチパチパチーと一人で虚しく拍手)。このコーナーで紹介している曲は僕の青春と共にあった古い曲ばかりですけど、皆さん、楽しんでいただけてるでしょうか?このコーナーにいったいどれくらいの読者がいるのかは僕には分かりませんが(恐らく数人でしょう・汗)僕の解説を読んで一人でも洋楽ファンが増えたのであれば本望です。

さて、第50回という節目となりました今回、何の曲を選ぼうかといろいろ迷った結果、僕にとってはすごくお気に入りの曲という訳ではないのですが、レッド・ツェッペリンの名曲Stairway to Heaven(日本でのタイトルは「天国への階段」)を紹介することにしました。なぜかと言うと、この曲が紹介される時にはお約束のように「歌詞が難解だ」という解説が付け加えられているので、果たしてそれが事実なのかどうかを初心に戻って確かめてみようと思ったのです(←できるんだろうか…。汗)。レッド・ツェッペリンはRobert Plant、Jimmy Page、John Paul Jones、John Bonham という4人の英国人ミュージシャン(全員イングランド出身)が集まって1968年にロンドンで結成した伝説のロックバンドで、Jimmy Page のギター演奏を中心にしたスピードとパワーを感じさせるダイナミックな音作りは後に多くのアーティストに影響を与え、ハードロック、ヘビーメタルの祖とも位置づけられています。ですが、同時に傍若無人なミュージシャンの祖でもあり(麻薬乱用のせいなのか、商業的に成功して天狗になってたのか、良くは分かりませんが)、1971年の来日時には宿泊していたホテルの備品を土産物屋で買った日本刀(土産物屋で売ってるような代物なので、恐らくは真剣ではなく模造刀でしょう)で次々に切りつけて破壊するという蛮行に及び、ホテル側は多大なる迷惑と損害を被りました(彼らの乱痴気ぶりについては、本コーナーの第3回Hotel California の解説欄も参考ください)。このバンドに関する情報は巷に溢れてますので、レッド・ツェッペリン自体に関する歴史やエピソードはそれらに譲ることにして、先ずは難解とされる問題の歌詞を一読ください。

There’s a lady who’s sure all that glitters is gold
And she’s buying a stairway to Heaven
When she gets there she knows if the stores are all closed
With a word she can get what she came for
Ooh-ooh, ooh-ooh, and she’s buying a stairway to Heaven

きらめくすべての物は黄金だと信じてる女性が一人いてさ
天国への階段を買おうとしてる
彼女は分かってるんだよね、そこへ行けば、お店が全部閉まってたって
彼女がひと言発すれば、目的のものが手に入ることを
あぁー、それだから、彼女は天国への階段を買おうとしてるんだ

There’s a sign on the wall, but she wants to be sure
‘Cause you know sometimes words have two meanings
In a tree by the brook, there’s a songbird who sings
Sometimes all of our thoughts are misgiven

壁には道しるべがあったんだけど、彼女は疑ってかかったね
だって、言葉ってのは時に違う意味で使われることがあるじゃない
小川の傍の木ではさ、小鳥がメロディーをさえずってる
人の思いってのは、時に疑いを引き起こすものだって

Ooh, it makes me wonder
Ooh, makes me wonder

あー、なんだか気になる
ほんと、気になる

There’s a feeling I get when I look to the West
And my spirit is crying for leaving
In my thoughts I have seen rings of smoke through the trees
And the voices of those who stand looking

西の方を見る時、感じることがあるんだ
ここから離れたいって魂が叫ぶんだよね
僕にはこんな気がしたんだ、樹々の間に煙の輪が見えてさ
目を逸らさず見つめている人たちの声がしたって気がね

Ooh, it makes me wonder
Ooh, really makes me wonder

あー、なんだか気になる
ほんと、気になる

And it’s whispered that soon if we all call the tune
Then the piper will lead us to reason
And a new day will dawn for those who stand long
And the forests will echo with laughter

噂じゃさ、僕たちが思いどおりに物事を決めれば
笛吹き男が正しい道へ導いてくれるって話だよね
長いこと耐えてきた人たちの為に新しい日の朝がやって来てさ
森の中で笑い声がこだまするんだ

If there’s a bustle in your hedgerow, don’t be alarmed now
It’s just a spring clean for the May queen
Yes, there are two paths you can go by, but in the long run
There’s still time to change the road you’re on

生垣が騒がしくたって、心配しないでよ
5月の女王の為に春の大掃除をしてるだけだから
そう、君には二つの道がある、結局のところ
今君がいる道を変える時間はまだあるのさ

And it makes me wonder
Oh, woah

気になるんだよね
なんだか

Your head is humming and it won’t go, in case you don’t know
The piper’s calling you to join him
Dear lady, can you hear the wind blow?
And did you know
Your stairway lies on the whispering wind? Oh

頭の中でブンブンと鳴る音は消えないよ、知ってるだろうけど
笛吹き男がいっしょにやろうぜって君のことを呼んでるんだもの
親愛なるお嬢さん、君にはあの風が吹く音が聞こえるかい?
知ってたかい?
君の求めてる天国への階段はその風のささやきから延びてるってことを

And as we wind on down the road
Our shadows taller than our soul
There walks a lady we all know
Who shines white light and wants to show
How everything still turns to gold
And if you listen very hard
The tune will come to you at last
When all are one, and one is all, yeah
To be a rock and not to roll

あちこち寄り道しているうちに
陰の背丈は魂より大きくなり
皆が知ってるあの女性がそこを歩いてて
白い光で照らしながらどうやるかを示したがるんだ
あらゆるものをさらに黄金色に変える方法を
でも、耳を澄ませば
最後にはあの曲が流れてくるだろうさ
みんながひとつに、ひとりがみんなになった時にね
分裂するのではなくひとつにまとまるために

And she’s buying a stairway to Heaven

なのに、彼女は天国への階段を買おうとしてるんだ

Stairway to Heaven Lyrics as written by Robert Plant, Jimmy Page
Lyrics © Warner Chappell Music, Inc.

【解説】
さてさて、Stairway to Heaven の歌詞、皆さんはどう受け止められましたか?はっきり言って、英語で読んでも日本語で読んでも、何を言いたいのやらよく分かりませんよね(笑)。ただでさえそうなのに、その状況をさらに混乱させているのが、この歌詞を書いたRobert Plant のこれまでの発言です。なぜなら、この人は目立つのが好きなのかメディアのインタビューによく応じていて、その度にStairway to Heaven の歌詞についていろいろと語っているのですが(本来なら、その種の発言は歌詞を理解する手掛かりとなるので歓迎のはずなんですけどね)、Robert Plant の発言が逆に混乱を招く原因となってしまっているのは、同じ質問であっても彼はしばしば異なる(以前の発言とは矛盾する)回答をするからです。しかし、彼が今までに発言してきた内容を順番に追って行くと、一貫してブレていない発言も中にはあることが分かってきました。僕が気付いた昔も今も変わらぬ彼の発言は3つ。その要点は以下のとおりです。

① Stairway to Heaven は「何の考えも思いやりもないまま(何も返すことなく)欲しいものをいつでも何
でも手に入れる女性のことを歌ったものである。it was about a woman getting everything she wanted all the time without giving back any thought or consideration」
② Stairway to Heaven の中で彼が試みたのは「人里離れた牧歌的なイギリスやほとんど語られることのない古いケルト文化への関連性を作品に取り入れようとしたことである。I was really trying to bring the remote, pastoral Britain, the old, almost unspoken Celtic references into the piece」
③ Stairway to Heaven は「希望の歌である。I used to say it in Zeppelin, This is a song of hope」

これらの事はRobert Plant が若い頃から今に至るまで繰り返し口にしていますから、この3点をStairway to Heaven の歌詞を理解する鍵と考えても良いかと思います。なので、この鍵を手掛かりに歌詞を紐解いていくことにしましょう。先ず、第1節1行目ですが、このフレーズが前述した3つの要点の①を指していることに疑いの余地はありません。glitter はただ単に光る、輝くではなくキラキラと光る、輝くというイメージ。ここのgold は、世界共通の認識であるgold=money です。2行目に早速、a stairway to Heaven という言葉が出てきますが、ここで言うHeaven とは勿論、キリスト教によって定義されている天国のことであり、天国へ向かう階段という言葉を聞いて僕の頭に浮かんだのは「最後の審判を受けずに天国へ行くことを手助けするインチキな手段」といったイメージでした。つまり、そのような手段を主人公の女が欲しがっていることを示唆することによって「金で何でもできる、金があればなんとでもなる」という女の根底にある強欲さ(悪)を暗喩しているのだと思います。3、4行目のフレーズも、1、2行目の表現を変えただけであり、4行目のword をmoney に置き換えれば、ここで言及されていることも「金で何でもできる、金があればなんとでもなる」であることが分かります。僕には3行目のthe stores が天国の門のことのように思え、天国の門が閉まっていても、金さえあれば門番であるペテロから鍵を手に入れることができると女は信じていると言っているように聞こえました。では、なぜに天国への階段を買おうとしている者をa lady を使って表現したのでしょうか?あくまでも推測ですが、恐らくRobert Plant の周囲に強欲を地で行く性格を持つ人物モデルのような人がいて、たまたまそれが女性であっただけのことだと思います。ここでのlady は世の女性が強欲だと言うために使われているのではなく、男女を問わない強欲(悪)の象徴であると僕は理解しました。

第2節目で歌われているのも同じことで、天国への階段を欲しがっている女がどんな女であるのかを比喩しています。1行目の壁にあるサインは恐らく、天国への道を示す標識。でも、女はその標識が本当に天国の方向を指しているのかどうかを疑っており、words have two meanings と思うのも他人の言葉を信用しないことの裏返しだと考えます。つまり、歌詞の主人公である強欲女が信じるのは金だけで、何も信じない、誰も信じないということでしょう。女は金(欲)が自分から人々を遠ざけてしまっていることに気付いていないようです。3行目のIn a tree by the brook, there’s a songbird who sings は唐突で良く分からないフレーズですね(汗)。a songbird に続く関係代名詞がwhich ではなくwho なので、songbird は人のことなのかもと考えてもみましたが、ペットの愛犬など家族同然の存在の場合や話者がその対象を愛らしい存在と思っている場合なんかは動物に対してでもwho を使うことがありますので、やはりここに出てくるsongbird は鳥なのでしょう(一般にsongbird は、その鳴き声が歌っているように聞こえる鳥のことを指します)。songbird という言葉をここで使ったことに特にこれといった意味や意図はなく、a tree、the brook、a songbird という単語を並べることで単に英国の田園風景をイメージさせようとしただけではないかと思います。この節が3つの要点の②のことであるのは間違いなさそうですね。因みにRobert Plant は、イングランドのWest Bromwich 出身で、West Bromwich 自体は大都市バーミンガムの経済圏内なので街中には都市の景観しかありませんが、郊外へ行けば典型的な田園風景が広がっています。そのあとに続くSometimesall of our thoughts are misgiven は、人を信じることのできない女に対する助言のようなものではないかと理解しました。

3節目に登場するのが、この曲の歌詞の中でa stairway to Heaven 同様、記憶に残って忘れられなくなるit makes me wonder という印象的なフレーズ。直訳すれば「そのことが私に考えさせる」ですが、日本語に置き換える場合、感覚的には「なんか気になるなー」と言う時の感じと同じかなという気がします。第4節も唐突感が否めず、何が言いたいのかその内容もいまいち良く分かりません。なぜなら、ここまで語り手が第3者の目で女と天国への階段について語っていたのに、ここにきて突然、自らの感情を剥き出しにし始めるからです。先ず、1行目のthe West ですが、これは世界の多くの地域で日の沈む西には死後の世界があると考えられているとおり、この歌詞においても死後の世界の代替語としてthe West が使われていると思われます。2行目のmy spirit is crying for leaving は、語り手の魂が死後の世界へ行きたがっていることを匂わせていて、3、4行目でその理由が語られています、rings of smoke through the trees は何のことか意味不明ですが、3つの要点の②を参考に考えた結果、僕はケルト神話に出てくるナナカマドRowanという木から出た煙ではないかと推測しました。ケルト神話ではナナカマドを燃やした時に出る煙は霊を呼び出すと言われていて、4行目のthe voices はその霊に導かれて死後の世界へ向かう故人を見つめている人々の声(stand looking は「直視することに耐える」の意味であるstand looking at と理解)、つまり、嘆き悲しむ声ではないかという気が僕にはしました。語り手は、霊に導かれて死後の世界へやすらかに向かう人の姿を、強欲女に見せたかったのかもしれません。今のままの君では天国の階段を手に入れたところで、霊に導かれるような安らかな死を迎えることはできないとでも言いたかったのかもですね(←あくまでも僕個人の勝手な見解です・汗)。

第5節は3節目の繰り返し。6節目はまたまた意味不明なフレーズの羅列です。難解ではなく意味不明なんです(笑)。1、2行目はHe who pays the piper calls the tune という諺がベースになっていることは誰の目にも明らかですね。直訳すれば「金を払うものが笛吹きに曲を指示できる」。即ち「金を出す者に決定権がある。金を出す者は口も出す」といった意味です。it’s whispered that は、that 節以降のような噂がありますよと言いたい時の用法。英国において英国人がthe piper と言った場合、普通はバグパイプ奏者のことを指しています。2行目のreason は、ここではものごとの分別、良識、道理といった意味で使われていると理解し「正しい道」という訳語にしてみました。3行目のAnd a new day will dawn for those who stand longは、この曲を理解しようとした世界中の先人の方々の間では、ルカの福音書第1章78節であるA new day will dawn on us from above because our God is loving and merciful(これは私たちの神の憐み深い御心による。また、その憐みによって、日の光が上から私たちに臨み)からの一部引用であるというのが定説になっているようです。因みに第79節にはHe will give light to those who live in the dark and in death’s shadow. He will guide us into the way of peace(暗黒と死の陰とに住む者を照らし、私たちの足を平和の道へ導くであろう)という言葉が続いていて、この第79節も歌詞に影響を与えているような気がします。僕にはこの6節目が、伝統や習慣、社会、政治システムなどに縛られて自分の思う本心を隠したり行動できなかったり、それらのことを我慢している人々に対して「自分が思うように自由にやればいい、それこそが正しい道であり、そうすれば明るい未来が開けて、あなたたちも笑顔になれる」と言っているようにしか聞こえませんでした。そのことが強欲女と天国への階段の話とどう関係しているのかは、理解不能としか言いようがありませんが、3つの要点の③の根拠はこの節にあるような気がします。

第7節はさらに意味不明です(笑)。there’s a bustle はなんだか騒がしい、騒々しいといったイメージで、hedgerow は生垣、つまり、庭に低木を連なるように植えて塀代わりにするというあれです。「あなたの生垣が騒がしい」だなんて何のことかさっぱりですが、調べてみたところ、英国の田園地帯における生垣は自分の土地と隣人の土地を分ける境界線の象徴だそうで、境界線が騒がしいというのは、隣人(他者)と揉め事のような何らかの問題が起こっているような状況を想像させます。2行目のa spring clean は、日本でいうところの大晦日にやる大掃除みたいなもので、ヨーロッパでは、冬に薪や石炭の暖房を使って煤けた部屋を春の到来と共に掃除するという習慣が昔はありました(英国では今でもこの習慣を続けている家庭も多く、特に日は決まっていませんが3~4月に行われます)。そのあとのthe May queen というのは、その年の豊穣を祈る春祭りの日(日本では労働者の日というイメージしかない5月1日が春祭りの日です)に少女の中から選ばれる豊穣の女神の代理のような存在で、選ばれた少女はサンザシの花の冠を頭にかぶります。では、If there’s a bustle in your hedgerow, don’t be alarmed now. It’s just a spring clean for the May queen とはいったい何を意味してるのでしょうか?先程も申し上げたとおりワケワカメではあるのですが(←出た!必殺オヤジギャグ!)、僕はa bustle in your hedgerow は時として人が味わうことになる人生における苦難、the May queen は明るい未来の象徴と考えてみました。つまり「人は時として苦難を味わったり問題を抱えることもあるが、そういった状況は未来へ向かう為の自分自身の整理整頓(誤った過去の清算)の為だから、心配は要らない」と言ってるのではないかと。そう考えると、3行目がYes という言葉で受けていることも納得できるのです。そのあとに続くtwo paths は誤った過去に戻るか正しい未来に進むかであり、but in the long run, there’s still time to change the road you’re on で「今ならまだ間に合う」と強欲女を諭しているように僕には聞こえました。

と第7節を無理矢理に解釈して乗り切ったかと一安心したのも束の間、8節目もまたまたワケワカメです(笑)。Your head is humming and it won’t go って「なんじゃこれ?」ですよね。僕が思うに、彼女の頭に鳴り響くブンブンという音は「天国への階段を金で買おうなんて考えはそもそも悪である」と見做すような善良な人々の怒りにも似た声であり、3行目のthe wind blow と同じものであると考えます。2行目のThe piper はこの歌詞の中ではそんな善の側の人間の象徴であり、正しい未来へ進もうという人々の思いが消えることは永遠に無いということではないでしょうか。だからこそ最後にDid you know your stairway lies on the whispering wind? と尋ねているのだと思います。天国への階段は、金で手に入るようなものではなく、正しい道を歩む(善良に生きる)ことでいつか目の前に現れるものだということなのでしょう。おぉぉー、最後はなかなかうまくまとまったじゃないかと思ったら、このあとギターのソロが終わってからのブリッジにまたまた意味不明なフレーズが…。「あー、もう勘弁してくれー」と言いたいところですが、最後までがんばってみます。1行目のwind は主語にwe を取ってますので、名詞のwind ではなく動詞のwind です(ワインドと発音する方です)。ここで主語がwe に変わりましたが、このwe は善の側にいる人間全体を指していると思われます。we wind on down the road の部分を聴いて頭に浮かんだのは、蛇のようにうねりながら道を進んでいるようなイメージでしたので、このように訳しました。2行目のshadow は悪い欲望、soul は汚れのない善良な心と理解しました。3行目に出てくるa lady we all know は、天国への階段を買おうとしている強欲女のことであり、悪の側の象徴です。4行目のwhite light は何のことなのかまったく分かりません(←もうなげやりデス)が、強欲女が再び出てきてOur shadows taller than our soul という状況に対して「ほーら、見たことか」と言ってる感じですかね。7行目のThe tune は善良な人々の声であり、皆がひとつにまとまる(ひとつになって希望に満ちた正しい未来に向かう)時、その声が最後には聞こえてくるだろうと強欲女をいさめているのだと理解しました。ここの部分も、3つの要点の③と関連しているのではないでしょうか。最後の行のrock は一枚岩、roll は船を揺さぶって転覆させようとしているような情景が頭に浮かんだのでこのような訳にしています(ロックンロールという言葉を歌詞に入れてる曲は山ほどありますが、この曲のそれは類のない表現ですね)。

ここで最後の疑問。果たして強欲女は、反省し善良な心を取り戻したのでしょうか?残念ながら、アウトロで歌われているのがAnd she’s buying a stairway to Heaven というフレーズであるとおり、そうではなさ
そうです。強欲なだけあって、やはり一筋縄ではいかない女のようですね(汗)。僕が最近見たRobert Plant の姿は2023年にテレビのインタビュー番組に出演していた時のもので、そこでStairway to Heaven の歌詞について訊かれた彼は、やはりこう答えてました。「It was a song about fate and somerhing very British almost abstract, but they were coming out of a 23 years old guy, you know・あれは運命やとても英国的な事柄の歌なんだ。まったくもって抽象的なね。だってさ、23歳の若造が作った歌詞なんだもの」そして、そのあとも「It was a great achievement to take such a monstrously dramatic musical piece and find a lyric that was ambiguous enough and a delivery which was not over pumped just it almost was like the antithesis of the music was this kind of lyric and this vocal delivery that was just about enough to get in there」ってな調子で語ってたんですが、その話しぶりから僕が感じたのは「この人は、簡単なことを小難しく言いたがる人なんだ」ということでした。日本にもそういった人はいますよね(笑)。そして、その瞬間、僕はStairway to Heaven の歌詞には取り立てて深い意味などないことを確信しました。実際、Robert Plant はStairway to Heaven の歌詞がもう自分でも何のことだか良く分からなくなっていると最近は言ってるようで、なぜそんなことになってしまうのかというと、元から歌詞には大した意味がなかったからです。

「ごく簡単なことを小難しく言いたがる若造が作った出鱈目な歌詞が、自らの思わせぶりな声と神がかったJimmy Page のギターの音色によって昇華されてしまい、聴くものに何か深い意味があるかのように思わせてしまった」これが僕のStairway to Heaven の歌詞に対する結論であり、この曲の歌詞は難解なのではなく、そもそもからして筋が通っていないだけのことではないかと思います。まあ、歌詞はともあれ、ラベルのボレロをロックで再現したようなこの斬新な曲、歴史に名を残す名曲であることに変わりはないですが…。

『洋楽の棚①』はここまで。続きは『洋楽の棚②』でお楽しみください!